スポーツ・遊び・からだ・人間
人間の「生」にとって「スポーツとはなにか」を問う。それは「儀礼」なのか,それとも「贈与」なのか。はたまた「宗教」なのか。この問いはどこまでも広く,かつ深い。
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2015年10月16日金曜日
「おや,だれかとおもったら,この門のかめんだわ」(浦島太郎)。
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最近,なんの脈絡もなく突然,こどものころのことがふっと脳裏に浮かんでくることが多くなってきたようにおもいます。加齢による特異現象の一つなのでしょうか。あるいは,惚けのはじまりか。でも,慌てても仕方ありません。あるがままの「いま」を素直に受け止めて,そのことをエンジョイすること...
2015年8月14日金曜日
遠い日の思い出。8月15日の玉音放送とその前後の記憶。
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1945年8月15日。わたしは国民学校2年生。夏休みで,毎日のように,疎開先の寺の広庭にむしろを敷いて,従姉妹たちとままごと遊びのようなことをして過ごしていた。時折,艦載機が低空飛行をして,バリバリバリと銃を乱射して通過していく。そのたびに,震え上がって庫裡のなかに逃げ込む。...
2015年4月18日土曜日
戦争の記憶・その1.戦争のことを話そう。ひとりの語り部として。
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まもなく敗戦後「70年」を迎える。遅ればせながら,この3月でわたしも「77歳」になった。敗戦の年,わたしは7歳だった。当時の小学校である国民学校2年生。まだ,小さかったが,それなりに戦争の記憶は鮮明に残っている。というか,加齢とともに幼かったころの記憶がつぎからつぎへとよみが...
2014年11月16日日曜日
「48会」(愛教大卒業生の会)に参加。「美術する身体」展を鑑賞のあと,懇親会で旧交を温めてきました。
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昭和48年(1973年)に愛知教育大学に入学した学生さんたちの集まりなので「48会」。わたしが同大学に勤務したのが,その翌年,昭和49年(1974年),36歳のときでした。これがわたしの初めての定職でした。それまでは非常勤講師やらなにやら,いろいろのことをしながら食いつないで...
2014年10月22日水曜日
1907(明治40)年,神社の境内で遊ぶ子どもたち。
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わたしの育った村は,小さな集落(字)ごとに神社と寺があり,村落共同体の基本単位となっていました。子どもたちも,自分たちの字の子とそうでない子との間には,どことなく仲間意識が違っていました。その違いは遊ぶ場所の違いからきていたように思います。 みんなの共通の遊び...
2014年8月18日月曜日
木田元さんが逝く。85歳。こころからの哀悼の意を表します。
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わたしのハイデガー理解は,木田元さんの著作によってだった。それまで,いろいろの人のハイデガー解説本を読んでみたが,いまひとつ納得がいかなかった。というより,なにを言っているのか理解不能でした。しかし,木田元さんのものは,じつにわかりやすく,こなれていました。ですから,木田元さ...
2014年3月18日火曜日
バレエダンサーの米沢唯さん,中川鋭之助賞を受賞。おめでとう!
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新進気鋭のダンサーに贈られる中川鋭之助賞を米沢唯さんが受賞した,という囲み記事(「この人」・東京新聞)が今日(18日)の朝刊に掲載されていました。早速,切り抜いて保存しました。笑顔で座っている米沢唯さんの写真もあって,しばらくじっと眺めてしまいました。やはり,どこか似ているな...
2013年12月27日金曜日
長松禅寺の奇祭「どんき」。神仏混淆時代の名残りか。穂国(ほのくに)の匂いも。
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ことしも友人の柴田晴廣(『穂国幻史考』の著者)さんから,たくさんのお祭りの写真を送ってもらいました。「穂国」(ほのくに)は愛知県三河地方の古称。どうやら「瑞穂国」の由来とつながっているらしいのです。つまり,日本の古代史にかかわるきわめて重要な根っこのひとつが,穂国・三河にある...
2013年11月15日金曜日
島倉千代子,逝く。75歳,寅年。死ぬ3日前までスタジオで吹き込み,とか。 おみごと,万歳。
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この人の声と,あのコロコロところがる節回し,そして,歌に籠められるこの人の深い情感がわたしのからだに,わたしの人生とともにしみこんでいる。突然の訃報を聞いて涙した。なんだか知らないが,涙した。わたしにとってはそういう歌手だった。 「東京だよ お母っさん」をラジオで聞いた...
2013年8月30日金曜日
犬山・木曽川の鵜飼ショーをみてきました。小学校の同級生9名と。
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「面白ろうて,やがて哀しき鵜飼かな」 夜景にライトアップされた犬山城を眺めながら,その足下で繰り広げられる木曽川の鵜飼ショーを見物してきました。手を伸ばせば鵜にとどきそうな,しかも篝火の火の粉が舞ってくる至近距離で,じっくりと鵜飼ショーを堪能しました。初めての経験でした...
2013年6月26日水曜日
サツマイモ畑に花が咲く,というお話。
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子どものころ,つまり,敗戦後のまもないころ,食料確保のために,わずかばかりの畑にいろいろの作物を植えて,母親が必死になっていた。父親もまた,昼の勤務を終えてから,腰に懐中電灯をつけて畑にでかけていた。当然のことながら,子どもたちもみんなで畑を手伝っていた。生き延びるために家族...
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