衆議院を解散する,と大見得を切ったドジョウ君。この啖呵は政界サル芝居としてはおみごと。政界一座の座長としては大向こうを唸らせる立派な演技。解散しろ,解散しろと言い続けてきた,敵役のアベ君も度胆を抜かれ,しばし茫然としたあきれ顔。シナリオのある,約束ごとの演技ではとてもできない迫真の演技。政界サル芝居としては立派な山場をつくって,ドジョウ君もスッキリしたことだろう。
大山鳴動して鼠一匹どころか,何十匹もの鼠が騒ぎはじめた。もう,すでに15日だけで,二つの新党結成が伝えられている。まだまだ,いろいろの新党が生まれ,新党までいかなくとも新会派が生まれることだろう。驚いたのは,社民党まで鼠が騒ぎはじめて,阿部知子が新党を結成するという。おやおや,である。加えて,高齢者議員がつぎつぎに政界引退を表明していることも,おやおや,である。こちらは,もはや,自分たちが馴染んできた政界ではなくなったという絶望がにじむ。こうして,若い鼠も,年老いた鼠も,身の振り方に四苦八苦というところ。これからしばらくは鼠の右往左往芝居がつづくだろう。
長生きはするものだ。長年,日本の政界をそれなりに眺めてきたが,こんなに面白いサル芝居をみせてくれるのは生まれて初めてのこと。千載一遇のできごとのはじまりだ。あまりの面白さで,嬉しいというよりは悲しい,いや,情けない。しかし,これが日本の政界の現実だ。立派な議員バッヂをつけてふんぞり返っていると,なんとなく立派な人に見えていたが,なんのことはない,大山が鳴動したら,この人たちの多くは単なる鼠だった。たかが解散と言われただけで,とたんに,わが身の保身に走りまわり,どこに身を寄せようかと必死だ。みっともない話だ。国を挙げて自己中心主義の大流行。自分の利害のことしか考えてはいない。
その一方で,なにを勘違いしたのか知らないが,もうすでに政権党になることが確約されたかのような顔をするどさ回りの一座もいる。この一座は,座長選びのときに5人もの座長候補が名乗りを挙げたが,揃いも揃って,みんな「原発推進」を高らかに明言した。それで平気なのである。いったい,だれに向かって宣言していたのだろうか。「原発ゼロ」を望む国民が80%に達しているというのに・・・・。かれらの顔は日本国の国民の方を向いてはいない。明らかに太平洋を越えたはるか東の国の方を向いて,ご機嫌をうかがっているようにみえる。
考えてみれば,もう,ずいぶん長い間,この一座の人たちは代々政権を担ってきて,東の方の米のなる木が生い茂る国の傀儡政権としての役割をはたしてきた実績をもっている。だから,そこに戻れば日本国は安泰だと信じて疑わないらしい。なぜなら,考える必要がないからだ。すべては,ご指示どおりに実行していれば,自分たちの身は保全される。その方が楽でいい。しかし,日本国民のことなど眼中にはない。沖縄をみれば一目瞭然だ。じかし,じつは,沖縄だけだと思っていたら大間違いだ。気がつけば,日本全体が,遠からず沖縄化するだけの話。それに気づいていても,気づいていないふりをする,もっとも質の悪い一座なのだ。
このサル芝居を,側面から演出しているのがマス・メディアだ。かれらもまた保身に走り,どの一座に身を寄せているのが一番安泰なのかと必死で計算している。それは報道の姿勢をみていればよくわかる。NNKに似たテレビ局を筆頭に,みんな東の国の方を意識しているかのように,わたしには見える。新聞も同じ。売り売り新聞などはその典型だ。その他の新聞もあっちに転んだり,こっちに転んだり,たいへんだ。
それは「第三局」をめぐる報道の仕方に如実に表れている。なにゆえに,第三局はハシモト君やイシハラ君の動きに集約されているかのような報道をするのか。いずれも,右側路線の,第三番目の政党にすぎないではないか。もっと,はっきり言っておこう。自民党は原発推進を明言しているし,民主党は脱原発をいいつつ,原発再稼働に踏み切っている。第三局も,どうみても原発推進派だ。ということは,みんな原発推進ではないか。
なにゆえに,原発ゼロを主張している社民党や共産党などの動向を,メディアは無視するのか。現状では,原発ゼロをはっきりと主張している政党が,どことどこなのかを正確に答えられる国民はほとんどいないだろう。そのようにメディアが仕掛けているからだ。もっともひどいのは,小沢一郎潰しに,どこもかしこも一致団結している姿だ。国民の生活が第一が,原発ゼロを主張し,TPPに反対しているからなのだろうが,その事実すら報道しようとはしない。この暴力はどこからくるのか。それほどに小沢潰しに躍起になっている集団がどこかに存在するということは確かだ。小沢裁判はそのための仕掛けだったことも,いまにしてみれば明らかだ。検察が偽証までして起こした裁判だというのに,お咎めなし,というのもわたしには納得できない。いしめられると人は強くなる。小沢一郎がどういう戦略で,こんどの選挙を闘おうとしているのか,わたしは注目している。
こんなに手の込んだ,執拗なまでの小沢潰しの元凶は,やはり,東の方の米のなる木が生い茂る国にあるらしい。しかし,これは,ほとんどわたしの確信に近い。そのための傍証も挙げろといわれれば,いくつも挙げることができる。そういうことを裏付け,実証している名著もたくさん出版されている。わたしは,そちらに「信」をおく。
そういう名著の何冊かを読むと,日本の占領政策はいまもつづいている,と考えざるをえない。なにも考えない,新聞・テレビの報道を丸飲みにしてなんの疑いももたない,のみならず週刊誌の「・・・らしい」という記事までまるごと信じてしまう,そういう国民がいつのまにか圧倒的多数を占めるようになってしまっている。それもまた占領政策の一環だったのではないか,とわたしの頭の中は不信感でいっぱいだ。だとしたら,AIC?は恐るべし。
こんどこそ,わたしたちが目覚めるときだ。これからはじまる「天下分け目の関ヶ原」という演目の政界サル芝居をとことん見極めて,みずからの命を託することのできる政党を探し出すこと。そのポイントはただ一つ。「原発ゼロ」か,「原発推進」かの二者択一だ。
なにはともあれ,これから佳境に入っていくであろう政界サル芝居を見物しながら,問題の本質がどこにあるのか,しっかりと見極めることにしよう。そこでは,いいことも,悪いことも,なにもかもが,みんな丸見えになってくるはずだから。しかも,そこにメディアというバイアスまでかかってくるのだから。いったい,なにが本当で,なにが嘘なのかすらわからないような情況が生まれてくる。その虚実の皮膜の間(あわい)にこそ真実は宿るという。つまり,問われているのはわたしたちの眼力だ。
さあ,これからはじまる政界サル芝居をとおして,われわれ自身の眼力を養うことにしよう。そして,しっかりと見極めることにしよう。その結果が,よくもわるくも,日本の将来を決するのだということを覚悟して。
大山鳴動して鼠一匹どころか,何十匹もの鼠が騒ぎはじめた。もう,すでに15日だけで,二つの新党結成が伝えられている。まだまだ,いろいろの新党が生まれ,新党までいかなくとも新会派が生まれることだろう。驚いたのは,社民党まで鼠が騒ぎはじめて,阿部知子が新党を結成するという。おやおや,である。加えて,高齢者議員がつぎつぎに政界引退を表明していることも,おやおや,である。こちらは,もはや,自分たちが馴染んできた政界ではなくなったという絶望がにじむ。こうして,若い鼠も,年老いた鼠も,身の振り方に四苦八苦というところ。これからしばらくは鼠の右往左往芝居がつづくだろう。
長生きはするものだ。長年,日本の政界をそれなりに眺めてきたが,こんなに面白いサル芝居をみせてくれるのは生まれて初めてのこと。千載一遇のできごとのはじまりだ。あまりの面白さで,嬉しいというよりは悲しい,いや,情けない。しかし,これが日本の政界の現実だ。立派な議員バッヂをつけてふんぞり返っていると,なんとなく立派な人に見えていたが,なんのことはない,大山が鳴動したら,この人たちの多くは単なる鼠だった。たかが解散と言われただけで,とたんに,わが身の保身に走りまわり,どこに身を寄せようかと必死だ。みっともない話だ。国を挙げて自己中心主義の大流行。自分の利害のことしか考えてはいない。
その一方で,なにを勘違いしたのか知らないが,もうすでに政権党になることが確約されたかのような顔をするどさ回りの一座もいる。この一座は,座長選びのときに5人もの座長候補が名乗りを挙げたが,揃いも揃って,みんな「原発推進」を高らかに明言した。それで平気なのである。いったい,だれに向かって宣言していたのだろうか。「原発ゼロ」を望む国民が80%に達しているというのに・・・・。かれらの顔は日本国の国民の方を向いてはいない。明らかに太平洋を越えたはるか東の国の方を向いて,ご機嫌をうかがっているようにみえる。
考えてみれば,もう,ずいぶん長い間,この一座の人たちは代々政権を担ってきて,東の方の米のなる木が生い茂る国の傀儡政権としての役割をはたしてきた実績をもっている。だから,そこに戻れば日本国は安泰だと信じて疑わないらしい。なぜなら,考える必要がないからだ。すべては,ご指示どおりに実行していれば,自分たちの身は保全される。その方が楽でいい。しかし,日本国民のことなど眼中にはない。沖縄をみれば一目瞭然だ。じかし,じつは,沖縄だけだと思っていたら大間違いだ。気がつけば,日本全体が,遠からず沖縄化するだけの話。それに気づいていても,気づいていないふりをする,もっとも質の悪い一座なのだ。
このサル芝居を,側面から演出しているのがマス・メディアだ。かれらもまた保身に走り,どの一座に身を寄せているのが一番安泰なのかと必死で計算している。それは報道の姿勢をみていればよくわかる。NNKに似たテレビ局を筆頭に,みんな東の国の方を意識しているかのように,わたしには見える。新聞も同じ。売り売り新聞などはその典型だ。その他の新聞もあっちに転んだり,こっちに転んだり,たいへんだ。
それは「第三局」をめぐる報道の仕方に如実に表れている。なにゆえに,第三局はハシモト君やイシハラ君の動きに集約されているかのような報道をするのか。いずれも,右側路線の,第三番目の政党にすぎないではないか。もっと,はっきり言っておこう。自民党は原発推進を明言しているし,民主党は脱原発をいいつつ,原発再稼働に踏み切っている。第三局も,どうみても原発推進派だ。ということは,みんな原発推進ではないか。
なにゆえに,原発ゼロを主張している社民党や共産党などの動向を,メディアは無視するのか。現状では,原発ゼロをはっきりと主張している政党が,どことどこなのかを正確に答えられる国民はほとんどいないだろう。そのようにメディアが仕掛けているからだ。もっともひどいのは,小沢一郎潰しに,どこもかしこも一致団結している姿だ。国民の生活が第一が,原発ゼロを主張し,TPPに反対しているからなのだろうが,その事実すら報道しようとはしない。この暴力はどこからくるのか。それほどに小沢潰しに躍起になっている集団がどこかに存在するということは確かだ。小沢裁判はそのための仕掛けだったことも,いまにしてみれば明らかだ。検察が偽証までして起こした裁判だというのに,お咎めなし,というのもわたしには納得できない。いしめられると人は強くなる。小沢一郎がどういう戦略で,こんどの選挙を闘おうとしているのか,わたしは注目している。
こんなに手の込んだ,執拗なまでの小沢潰しの元凶は,やはり,東の方の米のなる木が生い茂る国にあるらしい。しかし,これは,ほとんどわたしの確信に近い。そのための傍証も挙げろといわれれば,いくつも挙げることができる。そういうことを裏付け,実証している名著もたくさん出版されている。わたしは,そちらに「信」をおく。
そういう名著の何冊かを読むと,日本の占領政策はいまもつづいている,と考えざるをえない。なにも考えない,新聞・テレビの報道を丸飲みにしてなんの疑いももたない,のみならず週刊誌の「・・・らしい」という記事までまるごと信じてしまう,そういう国民がいつのまにか圧倒的多数を占めるようになってしまっている。それもまた占領政策の一環だったのではないか,とわたしの頭の中は不信感でいっぱいだ。だとしたら,AIC?は恐るべし。
こんどこそ,わたしたちが目覚めるときだ。これからはじまる「天下分け目の関ヶ原」という演目の政界サル芝居をとことん見極めて,みずからの命を託することのできる政党を探し出すこと。そのポイントはただ一つ。「原発ゼロ」か,「原発推進」かの二者択一だ。
なにはともあれ,これから佳境に入っていくであろう政界サル芝居を見物しながら,問題の本質がどこにあるのか,しっかりと見極めることにしよう。そこでは,いいことも,悪いことも,なにもかもが,みんな丸見えになってくるはずだから。しかも,そこにメディアというバイアスまでかかってくるのだから。いったい,なにが本当で,なにが嘘なのかすらわからないような情況が生まれてくる。その虚実の皮膜の間(あわい)にこそ真実は宿るという。つまり,問われているのはわたしたちの眼力だ。
さあ,これからはじまる政界サル芝居をとおして,われわれ自身の眼力を養うことにしよう。そして,しっかりと見極めることにしよう。その結果が,よくもわるくも,日本の将来を決するのだということを覚悟して。
0 件のコメント:
コメントを投稿