2011年6月25日土曜日

朝日新聞さん「さようなら」,東京新聞に乗り換えます。もう我慢なりません。

わたしが物心ついたときから慣れ親しんできた朝日新聞さん,長い間,お世話になりました。わたしが中学生から高校生,そして大学生だったころの朝日新聞の毅然とした姿勢(是々非々が徹底していたと記憶する)が,いまや,その片鱗もみられなくなってしまいました。まことに残念です。わたしがこよなく愛してきた朝日新聞さんと,もうこれ以上は無理と判断しました。ごめんなさい。でも,最後に「ありがとうございました」とお礼をひとこと。

可愛さあまって憎さ百倍といいます。もう,我慢なりません。今日の夕刊。一面トップの記事。あきれはててものも申せません。朝日新聞さん,ほんとうに大丈夫ですか。おそらく,偏差値でいえばトップ・クラスの人たちが集まっている集団でしょう。その人たちが,いまの日本の置かれている状況を把握した上で,この記事をトップにもってきますか。これをトップ記事におくことの意味は重々承知の上で,デスクが決断をして,このような紙面になったとわたしは受け止めました。

風力発電は「赤字・故障 撤去も高額」で,自治体はあえいでいる,と。
誤解を避けるために,この記事の冒頭の書き出しだけは引用しておきましょう。
「原発に代わる自然エネルギーとして注目が集まる風力発電事業を手がける自治体が,想定外の逆風にさらされている。赤字続きで撤退を検討するところもあるが,一度回り出した風車は容易に止められない。」とある。
この文章を読んだだけで,怒り心頭に発しています。どうか,みなさん,この文章を何回も繰り返して読んでみてください。まことにレベルの低い企みが丸見えです。それも承知の上で,記者がこの文章を書いていることもわたしには丸見えです。つまり,この文章の背後にある意図を読み取れる読者は,ほんの少数である,ということを計算済みで書いている,ということです。つまり,確信犯です。だから,わたしは許せないのです。

これは明らかに「世論操作」でしかありません。もし,朝日新聞社のデスクが本気でそう考えているのであれば,もっとしっかりした根拠を提示していただきたい。一応,丁寧にも「都道府県別風力発電の設置基数」なる一覧表が掲載されている。その下には「日本における風力発電導入量の推移」という図表まで掲載されている。これはこれで,わたしにとってはとてもありがたい資料でした。なるほど,と納得する。

しかし,である。ご丁寧にも,つぎのような囲み記事まで掲載されている。ここはきちんと転載しておくべきでしょう。
見出しは「民間企業の支援に力を」とあって,「前東大総長の小宮山宏三菱総合研究所理事長(66)の話」として,つぎのようにある。
「自治体が啓発のために風力発電事業を手がける意義は薄れた。今後は大規模な事業に乗り出す民間企業の支援に力を尽くすべきで,地域住民との調整を担うなど行政にできることは多い。」

小宮山さん,貴方はいったいどこに目がついているのですか,とわたしは聞きたい。貴方の耳は正常に機能していますか,と。違うでしょう。貴方はわが身の保存のために,あやつり人形に徹しているだけでしょう。前東大総長ともあろう人が,このようなことを平然と発言するとは,わたしには信じられません。どうか,お願いです。あやつり人形にならずに,ごくふつうの人間として感じていることをありのまま言ってください。

この記事にはおまけがついていて,とても丁寧に,失敗した事例としていくつかの地方自治体の例が紹介されています。そして,どれをとってもどうにもならない状況ですよ,と書いた上で,とってつけたように「成功例」が紹介されています。しかし,よくよく読んでみると,この成功例もまた「限界」にきている,とご丁寧にもコメントしています。

あきれはてた手の入れようです。このまま記事を素直に読めば,ほとんどの人はみんな「なるほどなぁ」と納得してしまいます。それを期待してでっちあげた記事であることは,少しばかり「目利き」の読者なら,すぐに見破ります。もう,いい加減にしてください。わたしはもうこれ以上は我慢なりません。ですから,残念ながら,朝日新聞さんに「さよなら」を言わせていただきます。そして,こういう新聞社に購読料を払うこと自体が,日本の将来にとって「犯罪的」であるということに,遅きに失した感はありますが気づきました。

ということで,長年,購読をし,愛してきた朝日新聞社さんと「決別」することになりました。
今月一杯で,朝日新聞の購読を止め,来月からは「東京新聞」を購読することにしました。なにゆえに,「東京新聞」であるか,についてはまた機会をみてこのブログに書いてみようと思います。少なくとも,この2カ月は,朝日以外のありとあらゆる新聞に目をとおして,わたしなりに信頼のおける新聞の見極めをしてみました。その結論が,いまのところ「東京新聞」であった,という次第です。もちろん,よくよく読んでみたら違っていたということもあるかも知れません。少なくとも「脱原発」を明言し,終始一貫してその主張を貫いているという点では,まず,間違いはないだろう,と信じています。

わたしの愛した「朝日新聞」さん,長い間,ありがとうございました。そして,最後のお別れです。「さようなら」。



『原発労働記』(堀江邦夫著,講談社文庫)をようやく読み終える。哀しい。

なんと哀しい現実が,わたしたちの知らないところで展開していたことか。そして,それがいまもほとんど変わることなく展開していることか。

新聞などで原発の作業員という名のもとにひとくくりにされている人たちの「作業」の実態が淡々と語られている。しかも,1978~79年にかけて,著者自身が原発作業員としてはたらいた体験をありのまま記したものだ。日本の原発が営業開始したのが1970年の敦賀発電所だというから,それからまだ間がないころの,ほんとうに初期のころの定期検査の実態が語られている。

まずは,強烈な印象に残ったことから書いておこう。
原発作業員とは被曝との闘いのなかでの作業であるということ。一日に被曝してもよいとされる限界ぎりぎりまで作業をして,それを超えてしまうと,作業は打ち切り。しかも,累積被曝量が多くなると首である。まさに,使い捨て。

建屋内はものすごいホコリがたまっていて,それを手作業で拭き取るのだということ。そこにたまっているホコリとは,いうまでもなく放射性廃棄物質の一種である。なんのことはない,「死の灰」のことだ。その量たるや恐るべきもので,歩くだけで舞い上がり,周囲がよくみえなくなってしまうほどだ,という。

その作業は死にそうに苦しいということ。なぜなら,防護服に身を固め,全面マスクをすると,間違いなく呼吸困難になってしまうという。完全武装なので,体温の逃げ場がない。全身から滝のような汗が流れ,目にもしみこみ(見えなくなることがある),マスクにホコリが詰まって呼吸困難に陥る。苦しくなると,仕方がないので,そのマスクをはずしてしまうこともある,という。はずしてしまえば,どうなるか。体内被曝である。そういう放射線量は計測されない。

原発は電気を発電することだけを目的に設計されていて,原発を維持管理することを配慮した設計にはなっていないということ。たとえば,定期検査のたびに作業員が入っていって作業する場に電灯がほとんどない,という。だから,一人ひとりがつけるヘッド・ライトが頼りだという。ときには,数人で入っても先導役が一人,手提げランプをもって入り,そのあとを手さぐりでついていくこともある,という。しかも,建築現場の周囲にあるような踏み板一枚が並んでいるだけで,一歩足を踏み外せば何十mも下に転落してしまう,という。

原発作業員は,あちこちでケガをしているのだが,それは一切,極秘にされてしまうということ。いわゆる原発は「安全」なものでなくてはならないので,作業員のケガは闇から闇へ消されてしまう。つまり,労災保険の対象にはならない,ということだ。ケガが生傷であったら,それは即,体内被曝となる。そのための応急処置すら現場の素人の手で適当に処理されている。その手の「事故」はあちこちで起きているという。著者もまた,灯もなく足場が悪かったために転落して,肋骨を骨折している。しかし,事務所では,ひたすら原発ではなく,別のところで転んだことにして,一般の病院に通院してくれ,その代わり,十分な治療費を支払う,と主張。もし,ここで労災にしてくれ,と踏ん張れば,ほどなく解雇されるという。こういう事実の隠蔽工作の積み重ねの上に「無事故」「安全」が連呼されていく。そして,それを実証するかのように統計処理(隠蔽)された数字を見せつけられる。それをわたしたちは信じさせられてきたというわけだ。

原発作業員は,きわめて複雑な下請け制度のもとでかき集められ,世話をされ,給料の支払いを受けていること。つまり,直接的には,親方と呼ばれる「手配師」が作業員をスカウトしてくる。それを,親方の懇意にしている下請け会社に紹介する。そのまた上の下請け会社に登録して・・・という具合に何層にも下請けが連なっている。最近,新聞に掲載されていた図式でも「第四次下請け」会社まで確認されている。しかも,これらの下請け会社がそれぞれ作業員に支払われる給料の「ピンはね」をしている。東電から支払われる作業員一人への給料は相当な額だそうだが(この額がいまだに明らかにされてはいない),じっさいに作業員の手にわたるときには微々たる日当になってしまう。場合によっては,すぐ上の下請け会社が倒産してしまったからという理由で,支払われないことさえある,という。

もう,これ以上は哀しくて書けない。こんなことが現実に行われているのだ。
だから,とても一気には読めない。そのむかし『原発ジプシー』という書名で初版が刊行されたときには,こんなことがあるのだろうか,というまるで非現実の世界を想像しながら読んだ記憶がある。しかし,いまや,そうはいかない。それが厳然たる「現実」なのだから。

こういう人たちの犠牲の上に,原発が存在する。いや,原発は存在しないのかもしれない。なぜなら,人間の手で制御できないものを「存在」とはいえないからだ。それは,まるで「神」のような,人間の世界を越えた存在というべきだろう。だから,わたしたちがいま向き合っているのは「原発らしきもの」なのだ。だって,もはや,発電すらできないしろものとなりはてているのだから。こういう得体のしれない「化け物」の犠牲になっている人たちのことに思いを馳せるとき,それでもなお「原発推進」と言い続ける人たちは,はたして「人間」なのか,とわたしは考えてしまう。かれらは,もはや,人間の顔をした,原発と同じ「化け物」なのかもしれない。

しかし,そういう「化け物」と運命共同体にはなれない。と叫んだところで,その「化け物」たちと運命をともにするしか,いまや,選択肢がないのだ。

なんと「哀しい」時代を生きることになったことか。

猛暑の到来,デパートも電車も去年並みの冷やし方,それでいいのか?

いま,12時少し前,鷺沼の事務所でこのブログを書いている。東側と西側の窓をそれぞれ5センチほど開けてある。風向きがいいのか,今日はとてもさわやかな風が吹き抜けていく。室温は31℃。からだは熱くほてっているのだが,流れる風がこの熱を奪ってくれる。汗ばんではいるが,汗が流れるほどではない。心地よい風だ。

人間の体温はホメオスターシス(恒常性維持)の機能がはたらいて,つねに一定の体温を保つことができるようになっている。そんなことはみなさんもご承知のとおり。だから,ほうっておいても暑ければ汗を流し,寒ければ鳥肌を立てて,体熱の調節をしている。だから,わたしたちのからだは基本的には暑さ・寒さにたいしてはほうっておいても自動的に調節してくれるようにできている。それでも耐えられないときには,むかしは扇子や団扇で涼をとった。それで長いことやってきたのだ。扇風機を自分の部屋に置けるようになったのは,たしか,40歳をすぎていたころだと思う。いまから30年前は,みんなそんな生活をしていたのだ。

夏休みには,上半身裸になって背中に濡れタオルを背負いながら,必死になってハンス・グロルの翻訳をやっていたことを思い出す。奈良教育大学に転勤になってまもないころだ。もちろん,大学の研究室にもエアコンなどはなかった。だから,あのころの学生さんたちはみんなタオルと団扇をもって教室を移動していた。われわれも同じだった。ちょっとだけ差をつけて,しゃれた扇子を使いながら講義をしていた。それが「ふつう」だった。

この夏は,あのころに戻ればいい,とさっさと覚悟を決めていた。たぶん,電車の車内も暑かろう。ならば,扇子とタオルをもって乗り込めばいい。デパートや本屋(大型の)さんも,少しはエアコンを入れても,そんなには涼しくなることはなかろう。とにかく,ことしの夏はみんな我慢して,節電に励み,来年に備えよう・・・・そうするものだと勝手に思い込んでいた。

しかし,である。この2、3日の猛暑に,さすがにデパートもスーパーも電車もエアコンを入れて,一気に涼しくなっている。今日は,昨日よりもエアコンを強くしているように感じた。いつも,溝の口の丸井の1階を通り抜けして電車に乗り,鷺沼ではスーパーに立ち寄って昼食の食材を買って,事務所にくる。これがわたしの定番のコースである。そこが,今日になって,すべて一段と涼しいのである。いや,ひんやりと寒いのである。この設定温度はだれが決めているのだろうか,と思わず考えこんでしまった。

われわれお客の側からすれば,外気よりほんの少し気温が低いだけで,それで十分に涼しいのである。だから,こんなに冷やす必要はなにもない。いまも,事務所の部屋で,このブログを書いている。室温31℃。風はときおり吹き込んでくるだけ。たぶん,秒速2~3m。風速1m/秒で,体感温度は約1℃といわれている。登山などをしているときには,風速10m/秒であったら,10℃気温よりも低いと思え,とむかし教えられた。いま,部屋にいて,2~3mの風が吹いているとすれば,31℃より2~3℃低い温度を体感しているはずだ。風が吹かないと暑い。しかし,適当な間隔で風は吹いてくる。すると,とても涼しいのである。

人間のからだは,7℃の温度差までは自動的に体温調節ができるように,ホメオスターシスの仕組みができている。これ以上の温度差が起きた場合には,着ているものを脱ぐなり,重ね着をするなりして,体温調節を助けてやる必要がある。

丸井も通過するだけ,電車は7分,スーパーは2,3点の買い物をするだけ。だから,ひんやり感から冷たいなぁへ移るころには,その場を離れるから問題はない。もし,電車で15分以上乗らなければならないとしたら,上着を一枚持って歩かなくてはならない。冷やしすぎである。去年までは,わたしは都心へでかけるときは,かならず上着を一枚持ってでかけた。そうしないと途中でからだ冷えてしまって調子がおかしくなってしまう。そういう馬鹿げたことを,この日本の文明化社会は,なんの疑問ももたずにやってきたのだ。

この構造は,まさしく,原発推進と軌を一にしている。電力は有り余るほどあるからどんどん使え,と。もっと必要なら,原発を増設すればいい。じじつ,そのような計画で進んできていたのだ。そして,有り余る電気料金の徴収分を,あちこちにばら蒔いて「口封じ」につかってきた。その隠蔽工作の実態がいまわたしたちの眼前にひろがっている「事実」だ。いまも臆することなく研究費という名の献金をたくさんいただいた「御用学者」さんたちが代わる代わるテレビにご出演なさって,「原発は安全です」とほざいている。あるいは,「わたしは原発推進でも反原発でもありません」と,さも客観的な立場に立っていますといわぬばかりの,まことに無責任な評論活動を展開している著名人は枚挙にいとまがないほどだ。

電車もデパートもスーパーも,去年並みの冷え方をみると,会社も同じなのか,と想像してしまう。たぶん,窓も開かない欠陥ビルを建てておいて(電力は無限にあるという前提に立って),エアコンを入れなければ仕事にならない,といいわけをすることだろう。この姿勢,これまでの考え方が基本的に間違っていたことが,今回のフクシマで実証されたのだ。だから,このことをこそ大いに反省すべきではないのか。こんな欠陥ビルを建ててしまったのだから,ほかの職場よりも,この際,設定温度が高くても仕方がないと我慢するしかないのだ。その覚悟が求められているのだ。

わたしのような人間ですら,ことしの夏はエアコンは入れない,と決めた。そして,いよいよになれば,背中に濡れタオルを背負えばいい,と覚悟を決めている。若いサラリーマンは,もっともっと我慢ができるはずだ。夏にランニング・シャツ一枚で仕事をしていた,わたしの子供時代の市役所の風景が彷彿とする。小学校の先生も,夏はランニングシャツ一枚で教室の授業をやっていた。

ちょうど,このブログを書きはじめて1時間が経過。
今日はここまで。
ことしの夏は我慢の夏だ。みんながその覚悟をするだけで,電力なんかなんの心配もいらない。そして,原発がなくてもやっていけるという実績を残すべきだ。そうしないと,原発で被曝しながら作業をしている人たちに申し訳がたたない。サラリーマン諸君,頼みますよ。

2011年6月24日金曜日

八百長の背景「似通うKリーグと大相撲」(中小路徹)という記事にひとこと。

ちょっとバカにしてないか,というクレームです。
朝日新聞に「記者有論」というコラムがあって,毎回,記者の実名でときの話題がとりあげられる。企画そのものは面白く,記者のナマの声が聞けて,いろいろ考えることも少なくない。
今回(6月24日・朝刊)は,「スポーツグループ次長・中小路徹」という署名・写真入りの記事だ。そして,ブログのタイトルに書き写した見出しがそのまま掲載されている。
たぶん,朝日新聞社の記者になるような「社会性」があって,「常識」があって,しかも「待遇」(収入)のよい人たちが読むと,「なるほど」となんの抵抗もなく納得できてしまうにちがいない。
中小路さんの論旨はこうだ。韓国プロサッカー・Kリーグの八百長事件が起きた背景と,日本の大相撲の八百長が起きた背景は「似通う」ところがある,というのだ。その根拠は,一人前になるまでに通過する「世界の狭さ」(つまり,「社会性」の欠落),そして「常識が身につかないまま大人になりやすい」こと,三つめが「待遇の悪さ」だという。もう一つ,加えておけば「上下関係の厳しさ」をあげておられる。つまり,「先輩から協力を依頼されれば,後輩は断れない風潮」が指摘されている,という。
はたして,こんな単純なことなのだろうか。
だったら,こんな世界はサッカーや大相撲に限らず,どこの世界にもある。
わたしは,韓国にもスポーツの専門家(研究者や,実践家)の友人がいて,これまでにも何回もシンポジウムや講演を頼まれてでかけている。そして,なにか「事件」のようなことがあると,すぐにお互いの情報交換をしている。今回の韓国プロサッカー・Kリーグの八百長事件についても,韓国の専門家たちはどのように受け止めているのか,という情報もえている。
それによると,以下のようだ。
サッカーの八百長などは子供の遊びに等しい。もちろん,悪いことだから法的手続き(国民体育振興法違反)をへて処分されることになるだろう。それは当然だ。しかし,そんなに大騒ぎをするほどきことではない。こういうバカなことをやれば,Kリーグが廃れていくだけのこと。おのずから自主規制をはたらかせ,自浄能力があるかないか,が問われるだけの話。
そんなことより,政界・財界をふくめて,もっともっと大がかりな「八百長」がまかりとおっているではないか。それをちょっと「真似」しただけの話。大きな工事現場では手抜き工事が平然と行われている。現場監督も見て見ぬふりをしている,という。なぜなら,すでに「賄賂」で抱き込まれているからだ,と。世の中,あちこちで,もっともっと悪質な「八百長」が行われている。しかも,ほとんどの人がそのことを知っている,という。
だから,韓国Kリーグの八百長は,単なる社会の「写し鏡」にすぎない,というのだ。問題は,八百長をやる体質,それを容認する体質が蔓延していることにある,と。そこの根源を絶たないかぎりなんの問題の解決にもならない,というのだ。もっと言ってしまえば,とかげの尻尾切りと同じで,Kリーグの八百長を騒ぎ立てることによって,巨悪の隠れ蓑として仕立て上げるマスコミも,同じ八百長の仲間なのだ,という。
この話は,とてもお隣の韓国の話として笑っているわけにはいかない。
今回のフクシマ原発事故以後,政府も官僚も財界(東電)も三位一体となって,まるみえの「八百長」劇をみせてくれたではないか。のみならず,そこに学会(御用学者)とマスコミ(朝日新聞も含めて)の2者が加わり,「黄金の五角形」(河野太郎)まで構築して,歴史に残る「大八百長」演劇を,いまも平然と演じつづけているではないか。
この延長線上に,中小路さん,あなたのこの記事は「ピタリ」と寄り添っているみごとなものだと思います。だから,わたしは恥ずかしい。あなたのような「社会性」があって,「常識」があって,しかるべき「待遇」をえている立派なエリートが,このような情けない記事を書くことが。
正直にわたしの意見を書きましょう。
中小路さん,あなたは,ことの真相(深層)をすべてご存じの上で,このような記事を書いていらっしゃる(ひょっとしたら,書かされていらっしゃる)のではないですか。韓国でKリーグの八百長がどのような反響を呼んでいるのか(低俗な週刊誌情報から,一定の見識をもった人たちの見解まで)は,新聞記者として当然,ご存じのはずです。にもかかわらず,こんな薄っぺらい記事を書いて(書かされて)いらっしゃることが情けない。もし,かりに知らないで書いていらっしゃるとしたら,それは新聞ジャーナリズムに対する冒涜です。もし,知っていて書いているとしたら,中小路さん,あなたは「犯罪者」です。
しかも,サッカーのようなチーム・ゲームと大相撲のような個人競技とを同列に並べて論じて,なんの矛盾も感じていらっしゃらないとしたら・・・・。中小路さん,あなたは「スポーツとはなにか」について,一度,とくとお考えいただきたい。
大相撲に関するわたしの見解は,不十分ながら,雑誌『世界』(岩波書店)6月号に掲載されていますので,ご検討ください。スポーツグループ次長という肩書でお仕事をなさっている中小路さんが読んでいらっしゃらないとは思いません。が,念のためにタイトルは「大相撲 真の再生への提言──21世紀的世界観に立った改革を」(P.172~179.)です。
さいごにひとこと。こういう「八百長」社会を,意識的にしろ,無意識的にしろ,あるいは,結果論にしろ,容認してしまっている最終的な責任は,わたしたち自身にある,ということです。この自覚のない論説がなんと多いことか。わたし自身もふくめて自戒のことばとしたいと思います。

2011年6月22日水曜日

民主党は脱原発に舵を切ったのではなかったのか?

ほんとうに,なにを考えているのやら・・・?!
浜岡原発を止めて,ようやく脱原発への舵を切り,いよいよ民主党も覚悟を決めたかと国民に最後の期待をもたせたのに・・・・・。またぞろ,この醜態である。

国民世論の圧倒的支持(東京新聞調査によれば,「徐々に原発を廃止していく」の支持は80%を超えている)があるのに,なにゆえに,「原発稼働」に舵を切り直すのか。それほどに影で蠢いている「原発推進」派集団の圧力が恐ろしいのか。政治はだれのためにあるのか。

わたしの長年愛してきた朝日新聞もまた,ようやく脱原発に舵を切ったかと思わせておいて(星浩さんが社説で,ようやく重い腰を持ち上げて書いた),その一方で,この夏の電力不足を歌い,東電8月に値上げと報じ,御用学者を登場させて読者に猫だましをかませ(東浩紀,見田宗介,赤坂憲雄,藤原帰一,ほか)るような無駄な記事を掲載し,IAEA報告をもって免罪符とする海江田くん(それに便乗する民主党執行部)を大きく取り上げ・・・・と際限がない・・・・。

われわれが知りたいのは,この期に及んで,まだなお「原発推進」を主張する人たちの顔とその根拠である。この関連の情報を朝日新聞ともあろうマス・メディアが知らないはずがない。知っていて書こうとはしない,そこが大問題だ。選挙のときと同じように,明らかに国民の意識を自在にコントロールし,ある意図のもとに「誘導」しようとしているかにみえる(結果的には間違いなく誘導されている)。テレビ各社も同じだ。

どうしても首相の座に居座りつづけたいのなら,カン君,だれになにを言われようと「脱原発」を主張しつづけなさい。あなたへの国民の信頼は完全に失墜しているけれども,唯一,「脱原発」だけは国民の圧倒的多数の支持をえている。ここにすがるしか延命策はないのだ。どうせ,もう,辞めると公言してしまったのだから,しっかりとした理念を堂々と主張しなさい。「財界はなにを考えているのか」「国民のことを考えよ」と叱り飛ばすくらいのことをやってみてはいかがか。

いまは,なにはともあれ,国家の非常事態なのだ。大震災の被害を受けている「弱者」の立場に立つ政治をどんどん繰り広げるべきときなのだ。こんなことは小学生にもわかる。四面楚歌に陥った首相にもはやいかなる味方もいないようにみえる。もし,これが事実なら,小学生にもわかる単純明快な論理に立つ政治をとことん展開していくことだ。国民はそこに,ほんのわずかな期待をしている。それでも駄目なら,堂々と胸を張って,辞任すればいい。それが男の花道というものだ。

国民が期待しているのは「脱原発」「発電・送電の分離」「太陽光・風力などの活用」「原子力委員会・保安院の分離独立」であり,そして,なによりもまずはフクシマ制御に全力をあげることだ。いま,政局を論じているヒマはない。

そして,いまさら原発再稼働を提案したところで,地元住民は納得しないことは目にみえているし,こんどこそ他地域からも反対のデモ隊が馳せ参ずることになるだろう。わたしはそのつもりでいる。沖縄の基地問題にも可能なかぎりからだを張りたい。もはや,動いて,からだで意志表示するしか方法はない。直接民主制に立ち返って。

脱原発の風を,いまこそ,もっと強く吹かせなくてはならない。この風を止めてはならない。これができなかったら,それこそ,この国に夢も希望もなくなってしまう。いまが,絶好のチャンスなのだ。

カン君,もう一度,目を覚ませ! と声を大にして言いたい。
ほかに代打がいないのだから・・・・。情けないかぎりだが・・・・。

2011年6月21日火曜日

バタイユの内奥性に接近する,触れる経験とスポーツ的なるもの。その2.

その1.につづいて,その2.を書いてみたいとおもう。
その前に,その1.をいま読み返してみたら,あまりの文章のつたなさに驚き,大急ぎで応急処置をほどこしておいたので,いくらか読めるものになったつもりである。一度,確認しておいていただけると幸いである。

さて,その2.である。内奥性に接近する,触れるという経験は,さまざまなことばで表現することが可能である。たとえば,自己を超えでていく経験,わたしの身体がわたしの身体であってわたしの身体ではなくなる経験,フロー体験,ランニング・ハイ,ゾーンに入る,スローモーションの世界,幽体離脱,などなど。

18日の「6月例会」では,「自己を超えでていく経験」ということが話題となり,しばしば取り上げられ内容が検討された。かんたんに言ってしまえば,「自己を超えでていく」とは主体を超えでていくことであり,理性を超えでていくことである。つまり,自己意識の管理下から自己の身体がはみだしてしまい,ある意味ではコントロール不能の状態に入っていくことを意味する。コントロール不能という表現からは,かなり危ない状態が想像されてしまうかも知れないが,ここでは「いい意味」での「自己を超えでて」いくことを指す。

よく知られているように,おすもうさんたちが調子のいいときにいうセリフに「からだが動く」というものがある。自分で考える前に,からだが動く,というのである。だから,気がついたときには勝ち名乗りを受けている,と。野球の王貞治は調子のいいときには「ボールが止まってみえる」と言っている。あるいは,「ボールが大きくみえる」とも。そういうときには,からだが勝手に反応してバットがでていくという。

ローマ・オリンピックの金メダリスト(ボートのエイト)で,のちに著名な哲学者となったドイツのハンス・レンクは,金メダルを獲得したときのレースでフロー体験をしたことを,自著の『スポーツの哲学』という本の冒頭でかなり詳しく述べている。それによると,決勝レースの最後の500mくらいのところで,突然,フローの状態に入った,と。ボートの残りの500mといえば,「死ぬほどくるしい」デッド・ゾーンとしてよく知られている。しかし,かれは,このとき恍惚状態でゴールにたどりついたという。しかも,その状態に入った瞬間に,すでに勝利を確信していたという。フローに入った瞬間に,まわりの景色は霞がかかったようにぼんやりとしはじめ,すべてのものがスロー・モーションで見えていた,と。だから,自分のオールさばきも普段よりも細かく分節化された状態で見えているので,じつに細かく修正を加えることができた,とも。そして,オールのひとかきごとに相手の艇との距離が着実に広がっていくのも冷静に見えていた,という。
普段であれば,ボートの残り500mといえば,死に物狂いでオールを漕ぐ場面であり,意識も朦朧としてくるところだという。その苦しさは言語を絶するという。

ボートのオリンピック選手で太宰治に弟子入りして作家となった田中英光は『オリンポスの果実』のなかで,主人公につぎのように言わせている。恋人の彼女から「ボートを漕ぐのはたいへんなんでしょうね」と問われ,「漕いだことのある人には説明しなくてもわかるけれども,漕いだことのない人にはいくら説明してもわかりません」と。もう,生きた心地はない,とも。でも,だから楽しいのだ,と主人公は言う。

わたしは,こういう経験を「死に限りなく接近していく」経験と名づけている。もう,これ以上頑張ったら死んでしまうという,ある意味では「臨死体験」に近い経験がスポーツ実戦のなかではしばしば起こる。つまり,「生と死の境界領域」,すなわち,「グレイ・ゾーン」に自己を超えでていく時空間が広がっているようにおもう。

この領域は,バタイユの内奥性に接近する,触れる経験と,まさに隣接しているのではないか,とわたしは考える。それがまた人間が生きる実在の世界ではないか,と。つまり,生きものとしての人間の生がまっとうされる場ではないか,と。

この問題は,また,視点を変えて考えてみたいと思う。
とりあえずは,今日はここまで。

2011年6月20日月曜日

バタイユの内奥性に接近する,触れる経験とスポーツ的なるもの。その1.

18日(土)の午後に行われた西谷修さんのトーク(4時間超)をボイス・レコーダーをとおして,くり返し聴きながら,わたし自身の課題である「スポーツとはなにか」という問いについて考えている。昨日は,さすがに緊張から解かれほっと一息入れる。そして,終日,ごろごろしながらボイス・レコーダーに耳を傾けて一日を過ごした。至福のときである。

そのなかのいくつかの点については,これから少しずつではあるが,このブログのなかで書いていってみたいと思う。今日はその最初ということで,バタイユのいう「内奥性」について,西谷さんの解説をとおして,わたしが考えたことがらについて書いておこう。

結論的なことをさきに提示しておけば,人間の意識(あるいは理性)と内奥性との折り合いのつけ方が宗教(あるいは,宗教的なるもの)出現の源泉だ,ということである。そして,このこととスポーツ(あるいは,スポーツ的なるもの)の出現はパラレルである,ということである。つまり,人間が内奥性に限りなく接近する,そして,ついには触れるという経験のうちに,宗教もスポーツもその源泉を求めることができる,ということである。

このことを,ごく大づかみに噛み砕いてみると以下のようになろうか。
内奥とは,国語辞典には「内側の奥深いところ」としか書いてない。つまり,ことばで表現のしようのないものだ。それをあえてバタイユの思考の世界に分け入って考えてみると,つぎのようになるだろうとわたしは考える。
人間はもともとは動物性の世界のなかに埋没して生きていた。つまり,一個の動物として生きていた。しかし,そのうちに,ある意識にめざめた人間が登場し,オブジェ(物・客体)の存在に気づき,自他の区分にめざめ,自己意識をわがものとし,ついには道具・ことばを獲得するようになる。そこから思考ということがはじまる。すなわち,動物性の世界から人間性の世界への<横滑り>のはじまりである。こうして,しばらくの間,当初の人間は,動物性と人間性の両方の世界を往来しながら生きていたと思われる。しかし,いつのまにか人間は,動物性の世界から完全に離脱してしまい,人間性の世界に移行してしまう。すると,もはや,動物性の世界は遠い過去の闇の世界へと消え去ってしまう。しかしながら,人間の身体には,よく発達した脳の活動(理性)と同時に,動物性(遺伝子情報,本能)を生きたころの生命活動とが共存している。つまり,人間は「二つの身体」を同時に生きることを余儀なくされたといってよい。言ってしまえば,理性的人間と,動物的人間の二つが一つの身体を共有しているということだ。だから,この両者の間には絶えず葛藤がくり返される。これが人間が生きるということの現実だ。
別の言い方をすれば,人間は理性だけでは生きられない。同時に,人間は本能だけでも生きられない。この両者の「折り合い」のつけ方が求められる。ここでいう本能のさらに「奥深いところに存在する」と考えられているもの,それがここでいう「内奥」であり,「内奥性」と呼ばれているもののことだ。だから,これは人間の側から想定された非現実の世界である。それは,一種の幻想(イリュージョン)であり,架空の存在である。しかも,そこに「聖なるもの」や「至高性」が存在する,とバタイユは考える(このことについては,相当に長い導入が必要。バタイユ自身はかれ特有の「エクスターズ」体験をとおして実感してもいる)。この内奥性に「聖なるもの」や「至高性」を求めることによって,人間は一定の安寧をえるのである。なぜなら,ときおりわき上がる本能とも異なる得体のしれない強度をともなった衝動を前にして,理性はなんらかの説明を求められることになるからだ。それに名前を与えた結果が「内奥」という意味不明のことばだ。しかも,このことばは理性の完成されたもの,最終ゴールでもある「絶対知」(ヘーゲル)をも飲み込んでしまい,暗黒の奈落の底までつき落してしまう,という。バタイユの思考の原点にある「非-知」(non savoir)の概念はここに通底している,とわたしは理解する。
西谷さんの説明を借りれば,内奥性は,理性や意識を一つずつ取り外していって,人間を成立させている条件を全部取っ払ったときに,突如として「せり上がってくる」(立ち現れる)もののことだ,ということになる。それこそ剥き出しの動物性と呼べばいいだろうか。そこには,もはや,人間は存在しない。しかし,そこには無限に広がる強度をともなった時空間がある,とバタイユはいう。かれは,神秘体験として「恍惚」(エクスターズ)をしばしば経験する。しかも,宗教的なプログラムにしたがった神秘体験ではなく,突然,なんの前触れもなくやってくる,きわめて個人的な「神なき恍惚」であるという。その意味で,そのみずからの神秘体験を『内的体験』と名づけ,同名の書物を著している(ニーチェの『ツァラツストラはこう言った』を,バタイユは強く意識しつつも,それをかるがると凌駕していくバタイユ独特の世界を描き出している)。その世界は,底無しの恐怖と至福とがないまぜになった「恍惚」(エクスターズ)の世界だとバタイユはいう。

長くなっているので,ここで一旦,終わりにしておく。
このバタイユのエクスターズの経験と,スポーツのごく限られたトップ・アスリートたちが時折経験するという「神がかり」的なパフォーマンスとは,どこかで通底している,とわたしは考えている。それを,あえてことばに置き換えるとすれば,それは「内奥性に接近する,触れる経験」ではないか,とわたしは考えている。この世界は,仏教でいうところの「本覚」(本覚思想)とも近いものであるとわたしは考える。さらには,西田幾多郎の「純粋経験」や「行為的直観」なども,きわめて近接した世界ではないか,と。そして,竹内敏晴が探求した「じか」に触れるというワークショップもここにつながる,と。こうして,例を挙げていけば際限がない。という具合に,いわゆる「実在」(ハイデガー)というものを求める姿勢は,期せずしてみんな同じベクトルに向かっているように,わたしにはみえる。そして,スポーツの「本質」もまた,ここに到達するに違いない,と。その理路を明らかにしてみたい。それが,わたしの考える「スポーツとはなにか」のゴールだ。後日,このつづきを書いてみたいと思う。とりあえず,今日のところはここまで。

2011年6月19日日曜日

『宗教の理論』読解のトーク,無事に終了。

昨日(18日),青山学院大学の教室をお借りして,「ISC・21」6月東京例会を開催しました。すでに,わたしのHPにも紹介しておきましたように,西谷修さんにお出でいただいて,バタイユの『宗教の理論』を読むための基本的な概念について,お話をうかがいました。北は北海道をはじめ,神戸,大阪,名古屋からも大勢の方たちが集まり,総勢24名。

午後2時から6時まで,あっという間にすぎてしまうほどの,中味の濃いお話でした。最初のこころづもりとしては,できるだけキャッチ・ボールをしながらのトークになるようにと思っていましたが,いざ,はじまってみたら,西谷さんの独演会になってしまいました。間に割って入るほどの力量のなさをしみじみと痛感しました。つまり,バタイユの『宗教の理論』を読み解くための基本的な哲学上のタームや概念について,西谷さんは,懇切丁寧に,わかりやすく説き聞かせてくれました。ですから,わたしもすっかり聞きほれていた,という次第です。

最初に,まずは,わたしの方からこのラウンド・テーブルを計画した意図と位置づけについて説明。それは「スポーツとはなにか」というわたしの長年にわたる根源的な問いがあって,それへの最終的な応答を,この『宗教の理論』に求めることができるのではないか,と考えたこと。すでに,30年ほど考えつづけてきたことの,いよいよ「まとめ」に入るためのテクストとして,この『宗教の理論』に出会ったこと。すでに公刊された本でいえば,『スポーツの後近代』(三省堂出版),『近代スポーツのミッションは終わったか』(平凡社)などを経て,ようやくここにいたって『スポーツとはなにか』というライフ・ワークのまとめに入ろうとしていること。しかも,「3・11」を通過したいま,それ以前までの考え方に大幅な変更を迫られていること。このことは「スポーツ文化」全般についても同様であること。したがって,「3・11」以後の時代や社会を生きる人間にとっての「スポーツとはなにか」,つまり,21世紀を生きる人間のためのスポーツ文化の創造のための理論武装をすること,など。

これを枕にして,『宗教の理論』というテクストが,バタイユの著作群のなかではどのように位置づけられるものなのか,というところから西谷さんにお話をいただくことになった。短く,要点をというつもりだったのですが,西谷さんが最初から絶好調で,一気に1時間30分ほど,熱のこもったお話をしてくださいました。バタイユという思想家は不思議な存在の人であること,神秘体験がかれの思想を考える上で重要であること(たとえば『内的体験』『非-知』など),キリスト教とはいかなる宗教なのかということ,などなど。一つひとつの話が,哲学的な思考を構築していく上での不可欠な概念の説明であり,人間というものの本質規定にかかわる内容(たとえば,ことばを話す動物,動物にはもどれない存在,など)に深く分け入っていく思考であり,ここに簡単にご紹介できるような代物ではありません。

詳細については,テープ起こしをして手を加えたものを,いずれ公表できるようにしますので,それまでお待ちください。いまのところ,『IPHIGENEIA』第3号(通号第11号)・2011,に掲載の予定。刊行は12月末。なお,そこにはこのブログで書きつづけてきた,わたしの『宗教の理論』読解も掲載の予定。その他の方たちにも『宗教の理論』読解の原稿を書いてもらおうと思っていますので,その意味では,次回の『IPHIGENEIA』は『宗教の理論』読解・特集号になりそうです。

いすれにしましても,この6月東京例会を通過したことによって,わたし自身はなにか「物の怪」がとれたような気分です。つまり,西谷さんのお話をうかがうことによって,なんとなくぼんやりしていたことがらがすっきりしてしまいました。これで「前にでる」ことができる,と確信しました。あとは,「スポーツとはなにか」というテーマを,どのような構成で書き上げるか,ということだけです。とりあえずは,新書をイメージして,ごく簡単に,わかりやすくスケッチをするつもり。そして,そのあと,本格的なハード・カバー本を書こうと思っています。たぶん,それをやりとげると,また,つぎの知の地平がみえてくるのではないか,と楽しみにしているところ。

有言実行。まずは,高らかに宣言をして,みずからを縛りつけておくことにしよう。でないと,意志が弱いので,内緒にしていると途中でくじけてしまいそう。退路を絶って,前にでるのみ。でも,ようやくここにたどりついたかとおもうと感慨一入でもあります。そういうところにたどりつけたのも,一重に,「ISC・21」のみなさんのお蔭であり,西谷修さんのお蔭です。もう,しばらく頑張ってみたいと思っていますので,こんごともよろしくお願いいたします。

2011年6月17日金曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その11.「10.人身供犠」について

人身供犠と聞いて,わたしの脳裏にまっさきに思い浮かぶのは古代ギリシアの悲劇の主人公「イフィゲネイア」(Iphigeneia)である。トロイア戦争のために船出をしようとした父王アガメムノンはアルテミスの怒りを解き船出に必要な風をえるために娘イフィゲネイアを生贄に捧げたという話(このつづきはもっともっとあって,恐ろしい悲劇がつぎつぎに起こるのだが・・・)。

映画化された『イフィゲネイア』は,「娘イフィゲネイアを生贄に捧げるべし」という神判がくだると,イフィゲネイアは半狂乱になり,悩み,苦しみ,さまざまな葛藤を経てのち,ついに決断し,自分の意志でひとりで祭壇に登っていくという感動的なシーンで終わる。イフィゲネイアの置かれた位置は,いわゆる二律背反,アポケーである。みずから死を選べばギリシア軍の船出が可能となる。しかし,死を拒否すればギリシア軍は崩壊してしまう。父王アガメムノンも妃クリュタイムネストラも,その一族全員が「判断不能」の状態に陥る。そこから,このギリシア悲劇ははじまる。

しかし,このアポケーでの二者択一にしか「正義」は成立しない。それ以外の「選択」は,かならずなんらかの利害・打算が加わる。すなわち「有用性」という「はかり」(基準)によって。つまり,「正義」は神の領域のものであって,「有用性」という理性的判断が最優先する人間性の世界にあっては「正義」は存在しない。もし,あるとすれば「ガラガラポン」の抽選だけだ(コイン投げの裏表,サイコロ,などもここにふくむ)。

ところで,スポーツに「正義」はあるのか,と問うてみる。
スポーツの本質規定の一つは,「やってみなければ結果はわからない」というものがある。その意味では,スポーツは賭けである。
この賭けと人身供犠とをつないでみると,スポーツの起源の一つである「決闘」が思い浮かぶ。日本の相撲の起源も,古代ギリシアのレスリングも,およそ,格闘技の起源は「決闘」である。決闘は生きるか死ぬか,確率二分の一だ。つまり,相手が供犠となるか,自分が供犠となるか,ということだ。古代ローマの剣闘士の戦いは,負けは人身供犠であり,勝ちは無罪放免(神の意志の表出という意味での「正義」=「神判」)。しかし,ここに徐々に「有用性」の考え方が浸入してくる。その結果が,こんにちの近代スポーツ競技としてのレスリング,ボクシング,相撲,柔道,剣道,フェンシング,等々である。ここには,もはや,人身供犠の考え方もないし,神判の考え方もない。あるのは,アスリートとしての自助努力のみだ。

しかし,よくよく考えてみると,広義の「贈与」の性格を垣間見ることができそうだ。たとえば,こうだ。勝利至上主義の軛から解き放たれたアスリートたちがよく口にするセリフ「勝ち負けはいい,全力をつくして人びとが感動してくれればそれでいい」のなかに「贈与」の精神が流れているように思う。あるいはまた,「勝ち負けではない,銭のとれる相撲をとれ」ともいう。つまり,「全力を出し切る」ことに人びとは感動する。この感動の源泉は「贈与」だ。かつて「贈与」のなかに「人身供犠」も含まれていたことを考えれば,「全力を出し切る」こともまた姿・形を変えた「人身供犠」といえなくもない。

スポーツにはいくつもの「顔」がある。その「顔」のよって立つ基盤も複雑怪奇である。だから,ことはそんなに単純ではない。いろいろな要素が渾然一体となって,こんにちのスポーツ文化は成立している。そこにメスを入れるとすれば,事物化に向う力なのか,それとも供犠に向う力(事物化からの解放の力)なのか,を慎重に腑分けしていくことなのだろう。

しかし,このような視点からの作業はまだだれも手をつけてはいないのだ。だから,現段階ではまったくの未知数としかいいようがない。しかし,新たな可能性,すなわち,21世紀のスポーツ文化を模索していくとすれば,そして,とりわけ,3・11以後の人間の在り方への問いかけと直にリンクするスポーツ文化を模索していくとすれば,バタイユ的視点の導入こそが求められているのではないか,とわたしは考えている。その意味では,こんにちもなお「人身供犠」の考え方は生きているのではないか,と。



2011年6月16日木曜日

節電実績を,なぜ,新聞・テレビは取り上げないのか。

国民の節電意識は相当に高いのではないか,とこのところ考えていた。わたしの事務所のあるマンション(周囲もすべてマンション)を見回してみると,あちこちの窓が開けてあって,風がとおるようになっている。それをみるかぎり,エアコンはまだ使っていない,ということがわかる。周囲のマンションも同様だ。夕刻になっても,電気をつける部屋は一つ。これも3・11以前とは違う。つねづね,国民は節電に頑張っている,と感じていた。

しかし,その実績がどのくらいなのか,わからなかった。新聞もテレビもそのことを報道しないからだ。しかし,今日,インターネット上にその情報が流れていることを発見(すでに,前からあったのかもしれないが,わたしは知らなかった)。

それをみて驚いた。みごとな節電の成果がそこに現れていたからだ。
結論からいうと,昨年の今日と比較して,ほぼ3割ほど消費電力が少なくなっている(折れ線グラフなので精確な数字はわからない)。これには驚いた。じつに立派なものだ。原発が担っている電力は全体の29%だ。もう,すでに,原発を全部止めても,ぎりぎり達成しているではないか。あとは,原発に代わる代替電力を少しずつ増やしていけばいい。少し時間はかかるかもしれないが,不足分は我慢すればいい。第二次世界大戦の敗戦後の生活を考えれば,いとも簡単なことだ(あのときの「飢餓感」はいまも忘れない)。非常時なのだから,我慢すればいい。空腹よりは我慢ができる。しかも,数年後には解決できる。

わたしの予想では,10~15%くらいは節電しているのではないか,と思っていた。だから,関西電力から15%の節電の呼びかけがあったとき,それくらいのことは「できる」と確信していた。それを,なんでわざわざ新聞が驚いたように取り上げるのか,そして,その記事は読者を脅かす内容になっている。読んでいる途中で,新聞社(わたしの場合は朝日新聞)もまた,電力会社とタイアップして,原発推進をしないとやっていかれませんよ,と警告をしていることに気づく。なんとまあ,いやらしいやり方か,と。それなら,もっと積極的に原発推進キャンペーンを張って,その根拠を明確に示すべきではないか。

インターネットには「東日本大震災関連情報」というのがある。そこに,「停電・節電」という見出しがある。そこを開くと「東京電力/電力の使用状況グラフ」という見出しがある。そこをクリックすると,「20時台実績74%」(22時30分現在)とある。さらに,見たいところをクリックしていくと,「電気予報」という見出しが目に入ってきた。早速,開いてみると,面白い折れ線グラフがでてくる。しかも,きちんとしたデータも掲載されている。

それによると,「本日の予想最大電力:3,430万kw。本日のピーク時供給電力:4,370kw」とあり,さらに,本日の使用電力量が棒グラフで1時間単位で表示してあり,そこに,折れ線グラフで,前日の実績,前年相当日実績が書き加えられている。これをみて,またまた驚いた。ほぼ,予想どおりの「最大電力」が今日の実績としてグラフにある。ということは,まだ,約1,000万kwほどの余裕がある。きわめて健全ではないか。みんなが節電に努めている結果なのだ。このことをもっともっと広く国民に知らせるべきではないか。なのに,大手の新聞もテレビも無視する。それどころか,「知らしむべからず」という政府,官僚,財界,そして御用学者と足並みを揃えている。つまりは「原発推進」を支持しているということ。このことを明確に表明しないまま,読者の意識コントロールをやっている。もっとも悪質だ。

わたしたち国民は,できる範囲で小さな節電の努力をしている。ことしの夏はエアコンは無理だねぇ,と言った友人がいる。偉いなぁ,とわたしなどは感心してしまう。そうか,みんな我慢しようと覚悟を決めている。そのせいか,扇風機が売れているという。そう,扇風機で十分なのだ。ついこの間まで,扇風機すらない生活が日本人の当たり前の生活だった。みんな「団扇」か「扇子」で涼を自分で産み出したものだ。疲れたら暑いまま。我慢ができなくなったら扇ぐ。その繰り返し。ことしの夏はそれでやり過ごそうと覚悟をすればそれでいいのだ。その点,高齢者はみんな若いころに体験ずみのことだ。

まあ,それはともかくとして,「節電実績」を,日々公表してほしい。新聞・テレビできちんと報道してほしい。そうすれば,みんながどれほど頑張っているかがよくわかる。それを知って,さらに頑張る人もでてこよう。ことし一年はそうやって励まし合うしかないのだ。そして,一年後に向けて,代替電力を確保すべく努力すればいい。すでに,自宅にソーラー・システムを導入しようと考えて,実行に移している人がわたしの身近にも出はじめている。心強いばかりだ。

もう一度,言っておく。なにゆえに大手の新聞・テレビは国民の日々の「節電実績」を隠そうとするのか。その魂胆がどこにあるかを,わたしたちは見逃してはならない。
垂れ流しのテレビ視聴はやめよう。受け身の新聞購読はやめよう。そして,情報はわたしたちが必要とするものだけを選んで確保しよう。そのためには,インターネットはまことに有力な武器となる。しかも,ほとんどリアル・タイムで最新の情報が流れている。また,古い情報も「検索」すれば,いくらでも確認することができる。新聞・テレビ離れが若者ほど早いというのも一理あるからだ。

またまた,このブログが終わらない。
そう,「節電実績」を日々,公表しよう。「天気予報」のとなりに「電気予報」として。

バタイユ『宗教の理論』読解・その10.「9.戦争の奔騰を人間─商品の連鎖へと還元すること」について

前節で考察したように,戦争が戦士の内在性を回帰させるかにみえて,じつはそうではない,戦士が利益を享受する仕組みなのだ,とバタイユは説く。つまり,戦士の力は「一部分は嘘をつく力」だというわけだ。そして,この「虚偽の性格」は重大な結果をもたらすことになる,と。では,なにが,どのように?か。

戦争は計り知れないほどの大きな荒廃をもたらすことになる。同時に,戦士の激烈な暴力性が内奥性を喚起するかのような錯覚に陥る。が,それはきわめて表面的なことであって,内実はそうではない。戦士は,利益につながる労働として戦争に従事するという意識を,じつに曖昧ではあるけれども,一応は排除している。しかしながら,結果として,戦争は負けた戦士たちを奴隷として捕縛してしまう。こうして捕縛された奴隷は,勝者たちの完全なる「事物」に仕立てあげられてしまうことになる。

こうして,「軍事秩序は,そのような奴隷を一個の商品」にしてしまう。戦士たちの勇気ある行動(とりわけ,戦いの勝利)は,現実秩序を支配的なものにする上で大きな貢献をする。この戦士たちの獲得する「聖なる威信」は,じつは深いところで「有用性」と結びついているのだが,それを押し隠すための装置として機能することになる。つまり,表面をとりつくろうための仕掛けにすぎない,とバタイユは主張する。そして,つぎのようなパンチの効いたことばを投げつける。

「戦士の高貴さとはちょうど淫売婦の微笑と同じような性質のものであって,その真実は利益追求にあるのである。」

ここまで読み進めてきたところで,わたしは立ち往生をしてしまう。なぜなら,スポーツの起源の一つは,この戦闘行為に求めることができるからである。しかも,スポーツ(あるいは,スポーツ的なるもの)が代理戦争的な役割をはたしてきたことも歴史的な事実である。もちろん,ヨーロッパ近代という時代をとおして,スポーツのもつ「激烈なる暴力」は極力排除・隠蔽されていく。しかし,それでもなおスポーツから「戦闘」のイメージは抜きがたく残る。しかも,戦闘にかかわる用語がスポーツ用語としていまも多用されている(いまは死語になってしまったかもしれないが,アタック,キル,など)。それよりもなによりも,わたしの思考のなかで渦巻いていることは,スポーツのヒーローたちに付与される「神的な次元」である。つまり,「神話」作用である。

いまでは,ほとんどの人がなんの意識もなく,ひたすら偉大なるスポーツマンたちの「勝利」を称賛し,絶賛する。その結果,スポーツは勝利至上主義の名のもとで完全に「事物化」し,「商品化」していくことになる。いまや,スポーツに関するありとあらゆるものが「金融化」への道を歩んでいるといっても過言ではない(そのことによる荒廃ぶりは,大相撲をみよ。もちろん,他のスポーツも大同小異である)。こうして,スポーツもスポーツマンも「有用性」という名のもとで,そのもの本来の内実を喪失しつつ,ますます「事物化」が進展していく。

そのゴールは「金融化」だ。そのうち,金メダリストの「精子」や「卵子」が商品として売買される時代がくるのではないか。あるいは,遺伝子が・・・。いやいや,金メダリスト同士が結婚したら,まだ,うまれる前の子供の「遺伝子」が前倒しで「金融化」されていたり・・・といったことも絵空事ではなくなってきている現実がある。

この節の投げかけている問題提起は,わたしにとっては重大そのものである。すなわち,スポーツの世界にいま起きていることが,つまり,わたしたちの視野のうちに入ってくる「表面的なことがら」とは裏腹に,その深いところの根っこでなにが起きているのか,いかなる「化け物」が待ち受けているのか,そこまで思考の触手をのばしていくことが不可避であり,不可欠となるからだ。わたしたちは,いま,いかなる「淫売婦の微笑」の前で目くらましに遇い,真実をごまかされているのだろうか。・・・・原発問題もふくめて。・・・・その根はすべてに通底している。

バタイユ『宗教の理論』読解・その9.「8.戦争──暴力が外部へと奔騰するという幻想」について

なにゆえにこの節があるのだろうか,としばし考えてみる。
そして,みえてくることがらは,戦争とはなにかという根源的な問いをみずからに発してこなかった,という自分自身への反省である。だから,この節でバタイユが言おうとしていることがらがあまり明確にみえてこない。

とまずは,いいわけをしつつ,いくつかの留保を残しながら,現段階での読解を提示しておくことにしよう。あくまでも議論の手がかりのために。

バタイユは,戦争と祝祭とは似たところがあるが,厳密にはまったく別のものだ,と主張しているように読める。その分岐点となるのは,どうやら「有用性」にあるようだ。

たとえば,こうだ。戦争も祝祭も「破壊的な激烈さ=暴力性」の発露という点では共通しているのだが,その主眼が「有用性」に向けられるのが戦争であり,「消尽」に向けられるのが祝祭だ,と。この裏側にある理論は,もはや断るまでもなく戦争は「人間性」の世界の産物であり,祝祭は「動物性」の世界への回帰願望からうまれてきたとするバタイユ仮説である。しかし,すでに,これまでの節で考察してきたように「祝祭」もまた,ある意味での「有用性」の概念のなかに取り込まれていく。だから,「祝祭」のなかで再現可能な「動物性」の世界は,あくまでも「有用性」の許容範囲内でのことである。

このことは,サッカーのワールド・カップなどの競技場とその周辺のことを想定してみるとよくわかるだろう。フーリガンの存在はその判断の分岐点となる。大会運営者の,あるいは,治安維持者の許容範囲内でのフーリガンの活動は見逃してもらえるが,その範囲を逸脱した場合には,ただちに制御の対象とされる。その基準はあってないようなものだ。それを決めるのは人間性(つまりは,理性)の支配論理である「有用性」である。だから,フーリガンの共有する「内奥性」の発露をどこまで認めるかという治安上のレベルの話になる。

サッカーの歴史を少し繙くだけで,じつは,「動物性」(「内奥性)の発露の場が少しずつ抑制され,排除されながら,ついには人間性の求める「有用性」の枠組みのなかに絡め捕られていくことになる。すなわち,サッカーの「事物化」である。これが近代スポーツ競技の成立過程の内実なのだ。この意味でも,バタイユの『宗教の理論』は,スポーツ史やスポーツ文化論,もちろん,スポーツ哲学を考える上で不可欠の文献である,ということになる。だから,このバタイユの視野をみずからの思考の領域に取り込むことによって,スポーツ事象のみえ方は一変する。そして,これまで抑圧,隠蔽されてきたものの闇の世界が浮き彫りになってくる。すなわち,スポーツ(および,スポーツ的なるもの)の根源にある運動欲求のよってきたる動物性(内奥性)の世界が,にわかにクローズアップされることになるからだ。そして,そこまでわたしたちの視野が広がったところで,はじめて,「生きものとしての人間」にとってスポーツとはなにか,という問いが成立する。わたしの意図するところはここにある。

この節で,もう二つだけ注目しておきたいことがある。
一つは,戦士が到達するかにみえる内在性はみせかけのものにすぎない,という指摘である。つまり,戦争行動は,戦士の「生」の価値を否定して,賭け(勝つか負けるかという戦争)に身を投げ出すことによって個人が解体され,供犠と同様に内在性に向うかにみえるけれども,時間の経過とともにその「生」に価値が付与されるようになる。なぜなら,「生き残った方の個人が,その賭への投入の結果を利益として享受する人」になってしまうからである。すなわち,「有用性」への転換以外のなにものでもなくなってしまうからだ,という。

もう一つは,栄光にかがやく戦士の力は,「一部分は嘘をつく力である」というバタイユの指摘である。戦争行動を支える戦士は,「個体─事物の彼方へと向うはず」なのに,栄光につつまれた個人性の方向に取り込まれていく。つまり,戦士は「個人性の否定という手段によって,個体のカテゴリーのうちに,神的な次元を導入する」。しかし,栄光につつまれた戦士は,一旦はみずからの「生」を否定して,つまり「持続を否定」したにもかかわらず,その結果としてえられた「栄光」を持続的なものにしようとする,「矛盾した意志」をもつことになるからだ,という。

かくして,バタイユはつぎのように言い捨てる。
「戦争は一つの大胆な突出であるけれども,そのからくりは最も見えすいたものである。」

この一文に追い打ちをかけるようにして,栄光の戦士が過大評価したり,「なにものでもないものにたぶらかされて自分を大したものだと空威張りするためには,力に劣らず単純さが──そして愚かしさが──必要であろう」と書き記している。

さて,ここでバタイユのいう「栄光の戦士」を,「栄光にかがやくトップ・アスリート」に置き換えてみると,そこにみえてくるものの異形性が浮かび上がってくるのだが,それははたして深読みのしすぎだろうか。


2011年6月15日水曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その8.「7.祝祭の限界づけ,祝祭が有用なものであるとする解釈および集団の定置」について

この前のブログでも少しだけ触れたように,祝祭は混沌をめざしているにもかかわらず,いつのまにか一定の整序のもとに絡め捕られることになる。この矛盾しつつ一定の調和に到達するところが,いかにも人間性の面目躍如たるところである,とバタイユは説いているように思う。その謎を解く鍵は有用性と共同性にあるようだ①。あるいは,明晰な意識と内奥性の意識とのせめぎ合いにあるようだ②。あるいはまた,動物性から抜け出してしまった結果として到達した人間性は,いくら頑張っても動物性の内奥にもどることはできない,というところにあるようだ③。

一応,①から③まで,三つの視点を提示したが,じつは,これらは個々に独立してある現象(つまり,祝祭)を引き起こすのではなくて,これらの三つの要素が渾然一体となって祝祭の整序ということが起こる。が,便宜上,それぞれの視点から,祝祭が整序に向うプロセスを考えてみることにしよう。

思考のプロセスとしては,③から逆に考えていった方がわかりやすいように思うので,それに従うことにしよう。人間性を身につけてしまった人間は,もはや,動物性へはもどることはできない。限りなく動物性に接近することはできても,内在性をとりもどし,内奥の世界に身をゆだねることはできない。なぜなら,人間性として獲得した「明晰な意識」がそれを拒むからだ。あるいは,内奥の世界を把握することができないからだ。これが②の問題である。内奥性の意識(このような言い方が適切であるかどうかは問題なしとはしないが,バタイユもテクストのなかでこの表現を用いているので,それに倣うことにする)とは,逆説的な言い方をすれば,意識の遠くおよばない晦冥の世界の意識ということだ。だとすれば,内奥の意識とは,曖昧模糊としてとらえどころのない,これといった実体のない意識のことだ。だから,人間性がわがものとした明晰な意識は,この内奥の意識の前で足踏みをするしかない。

この内奥性や内在性への希求を,人間性はどこまで行っても実現することはできない。この矛盾のうちに身をゆだねていくしか方法がない,そして,その疑似体験をする,その受け皿が祝祭ということだ。だから,祝祭とは,幾重にも錯綜した矛盾だらけの世界だということになる。したがって,その矛盾をなんとか合理化する必要に迫られるのが「明晰なる意識」を獲得した人間性の世界を生きる人間である。となると,そこに,なんらかの「操作」の手が伸びていく。バタイユはつぎのように述べている。

「だからついには祝祭それ自身が操作であるとみなされ,その効能は疑いの余地のないものとなる。生産する可能性,田畑を実らせ,家畜を繁殖させる可能性が祭礼に与えられるのである。そしてそうした祭礼の操作的形態のうち最も隷従的ではないものは,神的世界の怖るべき激烈さ=暴力性に対し一歩譲って,その火が燃える部分を分け前として与えてやり,それを防火地帯として他の部分を保全しようとする目的を持っている。」

こうして,祭礼は「有用性」と「共同性」への道を開いていく。もう少しだけ,バタイユの言説に耳を傾けてみよう。
「いずれにせよ積極的には豊穣を希求することにおいて,消極的には贖罪を願うことにおいて,まず事物として──つまり決定的な個体化と,持続を目ざした共同の作業という意味で,事物として──共同性が祝祭のうちに出現する。」
かくして,バタイユは決定的なつぎのような言説を投げつける。

「祝祭は内在性への真の回帰ではなくて,諸々の両立不能な必要性の間の和解,友情に溢れた,しかし不安に充ちた和解なのである。」

「宗教とは,その本質は失われた内奥性を再探求することにあるのだ。」



2011年6月14日火曜日

見田宗介さん,赤坂憲雄さん,そして,朝日新聞さん,ほんとうに大丈夫ですか?

しばらくは時事ネタも新聞ネタも,このブログで書くことを禁欲してバタイユに専念しようと思っていたが,今日の朝日新聞夕刊をみて,黙ってはいられなくなってしまった。恥ずかしながら私見を書かせていただく。

トップ・バッターは見田宗介さん。久しぶりに大きな顔写真入りの記事。「時の回廊」に登場。お顔のことは好みの問題もあるので触れないことにしておく。しかし,ずいぶんとお変わりになりましたね。こういうお顔になられるとは,ちょっと意外でした。わたしが最後にお会いしたのは,故竹内敏晴さんの追悼記念集会のときですから,もう3年が経過しているということでしょうか。そのときも,すでに,奇人にみえました。遅れて駆けつけて,いきなりスピーチをなさって,しかも「トンチンカン」な内容にびっくり仰天。これが,かつて,わたしが愛読した真木悠介の成れの果てか,と。その前に,朝日新聞は竹内敏晴さんの訃報に,見田宗介さんの追悼文を掲載した。それがまた,とんでもない文章だった。竹内さんがなにをどのようになさったのかということの実績についてほとんど触れることなく,10年も前の思い出話でお茶を濁してしまったのである。このときも唖然としてしまった。あまつさえ,竹内さんの没後1周年を記念して藤原書店が季刊誌『環』で竹内さんの小特集を組んだ。そのときもまた,見田宗介さんは,朝日新聞に書いた記事をそのまま転載してお茶を濁した。わたしはもう開いた口がふさがらなかった。この人はもう完全に終わった,と。
その見田宗介さんを,「時の回廊」に取り上げた。しかも,見田宗介「現代社会の理論」,幸福な社会 道筋示した,という見出しのもとで。聞き手・塩倉裕,とあるのでかれがインタビューをして書いたようだ。その意味ではこの記事を書いた記者もまた同罪だ。かつて輝かしい業績を残した学者といえども,いつまでも輝いているとは限らない。そして,1996年に書かれた『現代社会の理論』(岩波新書)は当時にあっては注目もされた。かく申すわたしも熱読したひとりだ。しかし,この新書もいま読むと,すでに色あせてしまって過去の遺物と化している。それを取り上げて,褒めあげ,もう一度,著者の考えを聞こうというのだ。しかも,この記事にみるべき内容はなにもない。第一,これを書いた記者の塩倉さん,おかしいとおもわなかったのでしょうか。そして,それがそのまま記事になる。これは,記者に問うべきか,朝日新聞社の文化欄担当のチーフに問うべきか。いずれにしても,この部局で一応の議論を経て,見田宗介さんをとりあげる「決定」をしているはずだ。だから,わたしは問う。朝日新聞社さん,ほんとうに大丈夫ですか?と。
見田宗介さんとは同世代なので,若いときから,わたしはすごい人がいるものだと尊敬していた。そして,見田さんの本は出版されるとすぐに飛びつくようにして読んできた。そして,大きな影響をうけた。また,それが大きな励みにもなった。だからこそ,残念でならないのだ。こういう無残な姿を目にすることに耐えられないのだ。中沢新一事件以来,見田さん,あなたはもはや時代の寵児ではなくなったのですから。そして,ほんとうの意味で「馬脚」を現してしまったのですから。それをまた承知で,朝日新聞社は「追っかけ」をする,このクレイジーな「ファン」心理がわからない。狂った者同士はなんの違和感もないのかもしれないが・・・・。

セカンド・バッターは,赤坂憲雄さん。なんでまたそろいもそろって,見田さんと同じ日の同じページで登場することになったのでしょう。これもなにかのご縁ということでしょうか。赤坂さんもまた,若いときから彗星のごとく現れて,一世を風靡した学者さんだ。わたしも「東北学」などという理論仮説がとても新鮮だったし,内容が面白かったので「追っかけ」をしたひとりだ。が,あるときから,おやっ?とおもうことがあった。以後,赤坂さんの書かれるものにも批判的に読むようになった。そして,今回のこの記事である。見田さんと違って,赤坂さんはご自分でこの記事を書いておられる。だから,もっと責任重大である。なにが?赤坂さんもまた「わたしは原発推進でも,反対でもない」と書かれた。東浩紀さんと同じだ。このごに及んで(つまり,3・11から3カ月が経過したいまに及んで),いまなお,「原発推進でも,反対でもない」と仰るその神経の太さにわたしは参る。それでいて平気なのだ。いったい,赤坂さん,あなたは,いまも日夜,交代しながら,どうにも制御できなくなってしまった原発と向き合い,放射能を浴びながら,なんとかしなければと命懸けで取り組んでいる「作業員」と呼ばれる人たちの決意と努力を,平然と覚めた目でみることができるんですね。

ほんとうに,ほんとうに,朝日新聞社さん,大丈夫ですか。
もう,これ以上は書かないつもりですが,それにしても,最近の記事のまとめ方は信じられないほどの狂い方をしているように,わたしには見えるのですが・・・。「産官学の癒着が・・・」と朝日新聞が批判的に書く資格があるのだろうか・・・と。朝日新聞さん,あなたもまた同罪ではないですか。自分のことは棚にあげて・・・・。無責任。

断わっておきますが,わたしは50年にわたる朝日新聞の愛読者です。その歴史的変遷(報道内容や報道の姿勢)もともに歩いてきました。が,ここ10年くらいの朝日は驚くべき無節操ぶりです。とくに,3・11以後はみるに耐えられない記事が多くなってきました。もう,とっくのむかしに購読を止めればいいのに,人間は惰性で,慣れ親しんだ新聞から離れられないものなんですね。今月で終わりにしよう,今月こそ・・・と思いつつ,いまだに購読しています。いよいよ,購読打ち切りの時期が迫ってきたなぁ,と思いはじめています。それが朝日新聞のためだ,とおもうようになったからです。

こういう長年の購読者の期待に応えられるような記事を書いてほしいのです。かつての朝日の栄光はどこに行ってしまったのでしょうか。是々非々の歯切れのいい記事が,なぜ,書けなくなってしまったのでしょうか。そういう期待と失望とがないまぜになって,いま,このブログを書いています。猛省を信じつつ・・・・・。

バタイユ『宗教の理論』読解・その7.「6.祝祭」について

この読解シリーズのクライマックスである。
すなわち,「祝祭」をバタイユはどのように考えていたのか,の読解である。当然のことながら,バタイユの「祝祭」解釈は,これまた独特のものである。少なくとも,わたしにとっては眼からウロコの経験であった。そして,スポーツの本質は「(抑圧されてしまった)内在性への回帰願望の表出である」とする,わたしの仮説に確たる信を与えてくれた節でもある。

しかも,この節でのバタイユの文章は喜々とした躍動感にあふれている。だから,読んでいて快感である。気持ちが落ち込んだら,ここを読むといい。少なくとも,わたしにとっての特効薬である。

この節は,大きく三つのパラグラフで成り立っている。
第一のパラグラフは,祝祭なるものの特質の全体像を,バタイユはじつに美しいことばで歌いあげていく。しかも,このパラグラフの冒頭の一文で,この節でバタイユが言おうとしている意図が明示されている。引いておこう。
「聖なるものはこのように生命の惜し気もない沸騰であるが,事物たちの秩序は持続するためにそれを拘束し,脈絡づけようとする。」
「聖なるもの」は,つまり,内在性は,まるで太陽が惜し気もなく燦々と燃えつづけるように「生命の惜し気もない沸騰である」。しかし,「事物たちの秩序」は,つまり,人間が生きる世俗の現実秩序は,(祝祭を)「持続するためにそれを拘束し,脈絡づけようとする」。すなわち,祝祭での沸騰をあるところでコントロールすることによって,この祝祭の持続が可能となる,とバタイユは説くのである。祝祭のすべてを内在性の沸騰にゆだねてしまうと,それはもはや無秩序状態になってしまって,その祝祭を「持続」することは不可能になってしまうので,そこに若干の抑制がかかることによって祝祭が成立するのだ,とバタイユは説く。ここで暗示されていることは,ここに「人間性」の問題を考えるエキスがある,ということだ。つまり,内在性と事物のバランスのとり方の問題として。しかも,この「聖なるもの」(=内在性)と「事物」(人間性)の葛藤に,わたしは「スポーツ的なるもの」の原初形態の出現をみる。

第二のパラグラフでは,さらに,この問題に深く踏み込んでいく。
たとえば,供犠をきっかけにして一気に「聖なるもの」の炎が燃え上がる。しかし,ここでバタイユは驚くべきことを指摘する。この「聖なるもの」の燃焼には限界がない,と言いつつ「そういう発火状態に適合しているのは人間の生であって,動物性ではない」と指摘する。その上で「内在性に対立する抵抗こそが,その内在性に再び噴出するよう命ずるのである」という。言ってしまえば,発火状態を準備しているのは「事物」を生きる人間の「生」だというのである。その事物(理性)が内在性を抑圧するからこそ,その内在性がより噴出しやすくなるのだ,と。この動物性と人間性の相補関係をどのようなバランスで保っていけばいいのか,これは生きものとしての宿命を生きる人間の永遠の課題なのかもしれない。だから,バタイユはつぎのように述べてこのパラグラフを閉じる。
「・・・・一個の事物であることなしには人間として存在することが不可能であり,また動物的な睡りに回帰することなしには事物の限界を逃れることが不可能であるという事態が常に提起し続ける問題は,祝祭という形によって制限つきの解決を得るのである。」
つまり,両者のバランスをとっているのは「祝祭」という文化装置なのだ,と。

さいごの第三のパラグラフは圧巻である。
祝祭は,供犠をきっかけにして燃焼状態へと開かれていくのだが,その燃焼は「逆方向に働くある種の知恵」によってコントロールされる。
「祝祭の内に炸裂するのは破壊への熱望であるけれども,保守的に作用する知恵がそれを整序し,制限するのである。」
この文章はそのまま,近代スポーツの成立過程を説明するためのテーゼとして用いても,なんの矛盾もない。そして,ついには,わたしのいうふ仮説のクライマックスを迎える。
「一方では,消尽のあらゆる可能性がとり集められる。舞踊(ダンス),詩,音楽そしてさまざまな技芸が繰り拡げられるおかげで,祝祭は目を奪う劇的な昂揚と奔騰の場となり,また時間となる。」
ここでいうところの「さまざまな技芸」のなかに,「スポーツ」の原初形態がふくまれることは,あえて断わるまでもないだろう。しかも,それは純粋なる「消尽」であることも,ここでしっかりと確認しておくべきだろう。
われわれのよく知っている古代オリンピアの祭典競技もまた立派な「消尽」だったのである。それは,まさに,このような祝祭空間のなかで展開されたものであり,そのような「時間」を保証したものである。もちろん,ここでバタイユが述べている祝祭に比べれば,はるかに時代が下ってからの祝祭であるのだが・・・。

ここで再度,確認しておくべきことは,以下のことであろう。
動物性の世界から人間性の世界に<横滑り>してしまったことによって人間は内在性を抑圧した事物と化してしまう。しかし,事物は現実秩序の持続が義務づけられているために,それをかき乱す「死」に怯え,「不安」に陥る。この不安解消のために供犠が執り行われることになる。事物をもう一度,内在性の世界に送り返すために。しかし,この供犠を契機にして,事物のなかに抑圧されていた内奥性が一気に解き放たれ,奔騰する。こうして祝祭の時空間が生まれる。なにものにも制約をうけない酒池肉林の混沌の世界が表出する。しかし,その一方で,この混沌の世界と和合しえない事物の意識が,密かにこれをコントロールすることになる。そうして,あるバランスがとれたところで祝祭の時空間が承認され,持続することになる。

言ってみれば,動物性と人間性のせめぎ合い,これが生きものである人間の避けてとおることのできない宿命でもあるのだ。祝祭はその両者の折り合いをつけるための文化装置として誕生した。スポーツという文化装置もまた,まったく同じ土壌のなかから立ち現れる・・・・とわたしは考える。そして,この地平から,いま一度,「スポーツとはなにか」という根源的な問いを発すること,そして,それに応答する「スポーツ学」「スポーツ史」「スポーツ文化論」を立ち上げること,これが,いま,わたしの考えていることの核心にある。

このことの「是非」についての議論が,こんどの18日(土)の6月東京例会で,できれば幸いである。


バタイユ『宗教の理論』読解・その6.「5.個体,不安,供犠」について

バタイユは,「内奥性を表現するのに,言説(ディスクール)に依拠したやり方で行うことは不可能である」と断り,その理由をいくつもあげて説明した上で,なおかつ,つぎのように言う。
「それにもかかわらず私は分節化という行為に頼ることになろう。」
つまり,内奥性をことばで説明することは不可能であるが,それでもことばで説明するしか方法はない,というのである。ということは,内奥性を議論することには限界がある,ということだ。それを承知で,それを前提として,これからさきの議論をしようとバタイユは提案する。

このことの隠喩をまず読み解いておこう。バタイユがいうところの事物によって支えられている現実秩序とは,換言すれば,ヨーロッパ近代の法秩序ということだ。この法秩序はことばで表現できる範囲での秩序体系のことであり,ことばに絡め張られた秩序体系のことである。しかしながら,この秩序体系のなかにあっては,内奥性がふくみもつ激烈な暴力や破壊はすべて「禁止」されている。つまり,生きものとしての存在である人間のうち,動物性は極端に抑圧され,排除されていて,これらを人間性(ヘーゲル的にいえば理性)によってコントロールすることが義務づけられる。これが,事物化してしまった人間の生き方というわけだ。

当然といえばあまりに当然なことなので,議論する前にこのことをとりたてて断ったりは,ふつうわたしたちはしない。しかし,バタイユはあえてこの問題を取り上げ,重視する。なぜなら,ことばで説明できないことを説明するという矛盾のうちに「内奥性」の問題が潜んでいるからだ。つまり,内奥性について,ことばでどこまで語ったとしても「本質的なもの」は抜け落ちてしまうからだ。

このことはスポーツについて語るときも同じだ。スポーツの「本質的なもの」はほとんどなにも語ることはできない。たとえば,わたしの仮説にもとづいていえば,「スポーツは内在性(動物性)への回帰願望の表出である」と言ったところで,なにが,どこまで理解してもらえるのかはまったくの未知数である。そして,これをさらに踏み込んで説明しようとすれば,そのこと自体は可能であっても,質的にどこまで可能であるかと問えば,それは限界があるということだ。つまり,わたしの考えるような「内在性への回帰願望」としてのスポーツの本質を語ることは,最終的には不可能なのだ。

こうした前提に立った上で,バタイユは「個体,不安,供犠」の関係について語る。
バタイユがここでいうところの「個体」とは,内在性から切り離され,ばらばらにされてしまった事物としての人間のことである。そして,この個体を現実秩序のもとで「持続」させなくてはならないという宿命に気づいたとき,人間は「不安」にかられることになる。つまり,事物として生きることの不安,すなわち,事物としての持続を不可能にする死に対する不安である。しかも,事物である以上,内奥性を完全に封じ込めた上で現実秩序のもとで生きていかなくてはならない。(内奥性・内在性のもとにあっては死はなにも恐れるべきものではない,ということは前の節で検討したとおりである)

こうして,バタイユは,つぎのような文章を置いてこの節を閉じる。あまりの名文なので,そのまま引用させていただく。
「人間は,事物たちの秩序と両立せず,和合しない内奥次元を怖れるのである。そうでなかったとしたら,供犠は存在しなかったであろう。そしてまた人間性もありえなかったであろう。内奥次元が,個体の破壊のうちに,そしてその聖なる不安のうちに啓示されることもないであろう。内奥性は事物と隔たりのない同一平面にあるのではなく,むしろ事物がその本性において(つまりそれを構成する諸々の企図において)脅かされる状態を通じてこそ,戦慄する個体のうちで,神聖な,聖なるものであり,不安という光背を帯びているのである。」

「宗教的なるもの」の出現する現場を,このような言説で解き明かした文章を,わたしは知らない。そして,同時に,これぞ「スポーツ的なるもの」の成立する根拠ではないか,とわたしは直観する。まさに,内奥性・内在性から引き離されてしまった個体,すなわち,動物性から<横滑り>してしまった人間性,つまり,事物と化してしまった人間が,その不安のうちにあって,内奥性・内在性への回帰願望が立ち上がるのはごく自然ななりゆきといってよいからだ。

では,それはどのようにして可能なのか。次節の「6.祝祭」にその鍵が秘められている。

2011年6月13日月曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その5.「4.供犠という消費」について

ここでバタイユは再度,「供犠」とはなにか,と問いかけその確認を行っている。
供犠というとどうしても「死」とセットで考えがちであるが,けしてそうではないのだ,と強調する。そして,供犠の本質は「放棄すること」であり,「贈与すること」であるという。

すなわち,供犠とは贈与である,と。
ここで想起されるのはマルセル・モースの『贈与論』。以前にも触れたように,バタイユの視野のなかには当然のごとくマルセル・モースの「贈与論」が入っている。しかも,きわめて大きな影響を受けている。そのことは,このテクストのP.158.にも明らかである。そこにはつぎのように記されている。

マルセル・モース『供犠の性質および機能に関する試論』
マルセル・モース『贈与論』
前者は,古代の供犠に関する歴史的な基本資料をみごとに集成した労作である。後者はそもそもエコノミーというものを,生産活動の超過を破壊する諸々の形態と結びついたものとして理解する全ての立場の基本となるものである。

となると,こんどはマルセル・モースの『贈与論』の内容を確認しなければならなくなる。が,この問題についてもすでにこのブログで何回かに分けて論じているので,ぜひ,ご確認いただきたい。わたし自身は,バタイユの「消尽」という概念も,マルセル・モースの『贈与論』からもかなり大きな影響をうけていると考えている。とりわけ,ポトラッチのシステムは,供犠そのものと言っても過言ではなかろう。

さて,話をもとにもどそう。
供犠にとって重要なことは,と断ってバタイユはつぎのように言う。
「重要なのは持続性のある秩序から離れて,つまりそこでは諸々の資源の消尽が全て持続する必要性に服従しているような秩序から離脱して,無条件な消尽の激烈さ=暴力性へと移行することである。」
そして,さらに,つぎのようにつづける。
「言いかえれば現実的な事物たちの世界の外へ,その現実性が長期間にわたる操作=作業に由来するのであって,けっして瞬間にあるのではないような世界の外へ出ること──創り出し,保存する世界(持続性のある現実の利益となるように創り出す世界)から外へ出ることが重要なのである。供犠とは将来を目ざして行われる生産のアンチ・テーゼであって,瞬間そのものにしか関心を持たぬ消尽である。」

こういうバタイユの文章をくり返し読みながら想像力をたくましくしていると,わたしの頭のなかは「これはスポーツのことを言っているのではないか」,あるいは「この運動はまさにスポーツと同じではないか」という考えでいっぱいになってしまう。つまり,供犠のメカニズムや機能は,そっくりそのままスポーツに当てはまってしまうのではないか,と。ただし,この点についてはもう少し厳密な論考が必要なので,ここではとりあえず頭出しということにしておこう。

さいごに,決定的なバタイユの文章を引いておこう。
「犠牲として捧げるということは殺すことではなく,放棄する(アバンドネ)ことであり,贈与する(ドネ)ことである。」

バタイユ『宗教の理論』読解・その4.「3.死と供犠の通常行われる連合」について.

この節では,バタイユの真骨頂をみることができる。それは,「死」についての思考の地平を限りなく広げてくれるからだ。そして,きわめて通俗的な言い方をすれば,バタイユ個人はおそらくみずからの死を恐れてはいなかっただろう,ということだ。だからこそ,バタイユは「無神学」(大全)を構想することができたのだ,と。さらに,もう一歩踏み込んでおけば,内在性を生きるということは神を生きることであって,他者としての「神」は不在だということになろう。「神なきエクスターズ」を語ったかれの『内的体験』は,そのなによりの証左である。

この節でバタイユが述べていることを,わかりやすく整理しておくと,動物性の世界での「死」と人間性の世界での「死」とは,まったく別物だということだ。動物性(内在性)の世界にあっては,「死」はたんなる「消尽」であって,ほとんどなんの意味ももたない。しかし,人間性(事物・有用性)の世界にあっては,「死」は事物(有用性)の「持続」の不可能(断絶)を意味するので,一大事となる。

したがって,供犠と死とがセットになるのは,人間性の世界からの見方・考え方であって,内在性を生きる動物性の世界にあってはなんの意味もない,というわけだ。表題の「死と供犠の通常行われる連合」とは,このあたりのことを論じたいがためのものである。だから,この節の冒頭でバタイユはつぎのように語りはじめる。

「供犠には実に子供っぽい無意識状態があるので,生贄を死へと至らしめることがその動物に加えられていた侮辱を,つまり惨めにも一個の事物の状態まで還元されていた動物の被っていた侮辱をはらしてやる一つの様式として現れるほどである。しかし実のところを言うと,殺害することが文字通りに必要だというわけではないのである。それでも死という現実秩序の最大の否定が,神話的秩序の出現を促すうえで最も好都合なのだ。また他方では,供犠における殺害は生と死の苦悩に充ちた二律背反をある一つの転倒によって解消するのである。実際内在性においては,死はなにものでもない。が,しかし死がなにものでもないということから,ある一つの存在はけっして真には死から分離していないのである。死が意味を持たないということ,死と生の間に差異がないということ,死に対する怖れもなくそれに対抗する防御もないということ,こうした事実からして死はなんらの抵抗をひき起こすことなく全てに侵入しているのである。持続が価値を持つことはない。」

この導入部分がクリアできれば,あとは,バタイユ特有のごてごてとした不可解な議論がつづくものの,なんとかその意味するところを追っていくことはできるだろう。その主題は,現実秩序を維持していく上で(つまり,事物の世界を持続させていく上で),内奥性の世界が露呈することはきわめて危険なので,なんとしてもそれを封じ込めなくてはならない,それが人間性の世界の論理だ,という点を強調することにある。すなわち,「呪われた部分」を隠蔽・排除する世界,それが人間性の世界だというわけだ。

しかし,そこに根源的な矛盾を抱え込んでしまったがために,人間性の世界にはこの「呪われた部分」が,まるで「亡霊」のように(デリダ),忘れたころに突如として出現することになる。この葛藤はいまもつづいている。ここに「宗教」が成立する根拠がある。

もうひとこと触れておけば,この「呪われた部分」を解消するための文化装置の一つとして「祝祭」がある。その祝祭のなかから「スポーツ的なるもの」も出現することになる。それも「有用性」に絡め捕られるかたちで。この点については,のちの節で,踏み込んで考えてみることにしよう。供犠とスポーツがセットになる,ということも。あるいは,スポーツは供犠である,と。




2011年6月12日日曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その3.「2.神的世界の非現実性」について

「神的世界」のイメージをバタイユがどのように描いているのか,ここはいささか慎重にならざるをえない。たとえば,前節の最後のところでバタイユは,供犠執行者の呟きとして,つぎのように語らせている。

「内奥においては,この私は神々の至高な世界に,神話が示すような至高性の世界に属している。すなわち激烈な力が荒れ狂う,利害や打算を離れた雅量の世界に属している。ちょうど私の妻が諸々の私の欲望に属しているのと同じように。生贄の獣よ,私はおまえをそのいる世界から引き戻す。つまりおまえが事物の状態に還元された形でしか存在できず,だからおまえの内奥の本性にとっては外的な意味しか持てないような世界からおまえを引き戻すのだ。そして私はおまえを神的世界との親密な交わりへと,あるいは全て存在するものの深い内在性との親密な交わりへと立ち返らせる。」

供犠執行者の「内奥」は「神々の至高な世界」に,あるいは,「至高性の世界」に属しているという。ということは,生贄の獣もまた,その内奥においては供犠執行者と同じ「神々の至高の世界」や「至高性の世界」に属していることになる。だから,生贄の動物を事物の状態から内奥の世界に引き戻すと,供犠執行者はいう。そして,「神的世界との親密な交わり」へと,あるいは「深い内在性との親密な交わり」へと立ち返らせる,という。ということは,「内奥性の世界」も,「神々の至高の世界」も,「至高性の世界」も,「深い内在性の世界」も,そして「神的世界」も,すべて一連の「世界」とバタイユはとらえているようだ。つまり,そこには確たる境界線はなく,みんな自他の区別のない,曖昧模糊とした世界としてイメージされていることがわかる。

だとすれば,神的世界が「非現実」的なものであることは,あらためて断るまでもないことだ。しかし,なにゆえに,ここで「神的世界の非現実性」という節を立てて,このことを論じなくてはならないのか。その意図は,つぎのようなところにある,と類推するのだが・・・。つまり,供犠は事物としての「現実」を否定することによって成立するものなのだが,生贄となる動物の「客観的な現実」というものがきわめて曖昧なものでしかない(確認のしようがない)。だから,「供犠にまつわる領界には,なにやら子供っぽい無動機性という様相がつきまとう」とバタイユはいう。そして,事物が破壊されて「内在的な内奥性へと回帰することは,当然の帰結として意識が朦朧と曇ることを含んでいる」という。

この「子供っぽい無動機性」と「意識が朦朧と曇ること」とが,「内在的な内奥性へと回帰」する場合には不可欠だ,ということが確認できれば,わたしとしては満足である。

なぜなら,「スポーツ的なるもの」の発現する現場がこのようなところにあった,と確認することができたことになるからである。


バタイユ『宗教の理論』読解・その2.「1.供犠が応じている必然性,供犠の原理」について

供犠とはいったいどういうことなのか。なにゆえに,神さまにいけにえを捧げなくてはならないのか。なにゆえに,仏さまに初物(農産物)を供える習慣があるのだろうか(わたしは禅寺で育ったので,こどものころから疑問に思っていた)。

周囲の大人たちに聞いてみると,神さまや仏さまに感謝するためだ,という。こういう自然の恵をいただいて,わたしたちはいまも元気に生活しています,という報告とこれからもよろしくというご挨拶だ,と。つまり,感謝と予祝の意味がある,とのちに書物で知ることになる。しかし,それでもまだなんとなく不明瞭だった。

古代ギリシアの祭典競技の一つ,オリンピア祭でも,生きた牛をいけにえとして捧げていた。ゼウス神殿の前で牛の首を刎ね,その血を祭壇のあちこちに塗りつけ,胴体を解体して,みんなで焼いて食べてしまう。これは祭典の公式行事としても行われたし,選手たちが必勝祈願を兼ねて牛をいけにえにして捧げたりもしている。その数たるやたいへんなものだった,とものの本に書いてある。神さまは,洋の東西を問わず,よほど「いけにえ」がお好きなのだ,とずっと考えてきた。

しかし,バタイユはそうは言わない。しかも,驚くべき仮説を提示する。わたしは天地がひっくり返るほど驚いた。しかも,瞬時にして納得してしまったのである。眼からウロコであった。こんにちのわたしたちの思考のベクトルとはまったくの正反対なのである。こういう世界の見方,認識の仕方があったのか,と感極まってしまった。
この節の冒頭でバタイユはつぎのように書き出している。
「収穫の初物を供犠として献上したり,一頭の家畜を供犠に捧げたりするのは,事物たちの世界から植物や動物を引き戻すためであり,そして同時に農耕者や牧畜者を引き戻すためである。」

この文章を理解するためには,この「Ⅲ.」にいたる「Ⅰ.」と「Ⅱ.」の章でのバタイユの議論が前提となっている。この引用文を読み解くためのキーは「事物たちの世界から植物や動物を引き戻すため」というところにある。もっと絞れば,「事物たちの世界」ということになろう。では,この「事物たちの世界」とはどういうことなのか。

人類が動物性の世界から抜け出してきて人間性の世界を構築し,植物を栽培し,動物を飼育するようになる。このとき,人間は植物の本来のあり方を否定して「栽培」をはじめる。つまり,人間の意のままになる「所有物」として取り扱うようになる。このことを,バタイユは,植物が「事物」になる,と表現する。同じように,動物もまた「飼育」されるようになると,それは人間の「所有物」となり「事物」となる。つまり,植物や動物が,それぞれ本来の「生」をまっとうするのではなくて,人間の都合のいいように利用される「事物」として囲いこまれてしまう,というわけだ。もっと言ってしまえば,栽培植物も飼育動物も,みんな人間に従属する「事物」となる,ということだ。

のみならず,人間もまた,植物や動物とともに内在性を生きていたのに,そられを「事物」にしてしまったために,みずからもまた内在性を生きることができなくなり,「事物」と化してしまうことになる。こうして,人間性の世界が構築される。こうして,栽培植物や飼育動物は人間の手によって本来の「生きもの」の世界(動物性の世界)から引き離されてしまう。同時に,人間もまた本来の「生きもの」の世界から引き離されてしまう。

その結果,なにが起こったか。ここが,この『宗教の理論』がめざす核の部分になる。事物になってしまった人間は,折あるごとに「内在性」への回帰願望が頭をもたげることになる。つまり,生物としての「生きもの」である人間は,当然のことながら,事物としてのみ生きることに満足できなくなる。そのことは,栽培植物も飼育動物も同じであろうと人間は推測する。だとしたら,定期的に栽培植物や飼育動物を「内在性」(動物性)の世界に引き戻してやる必要がある。同時に,農耕者も牧畜者も同じように「内在性」(動物性)の世界に引き戻すことが必要となる。そのための儀礼が「供犠」だというのである。

「動物性」と「人間性」の端境期,あるいは,境界領域こそ,宗教が立ち現れるハイマートなのだ。その仲立ちをする儀礼が「供犠」だというわけだ。このように「供犠」がはじまる「必然性」,あるいは,「供犠」の「原理」が理解できたときに,わたしのなかの根源的な疑問が一気に瓦解した。古代オリンピアの祭典競技もまた,「動物性」への回帰願望の表出として編み出された文化装置だったのだ。

だとすれば,わたしの大きな仮説の一つである「聖なるもの」(宗教的なるもの)と「スポーツ的なるもの」とは「同根」であった,という根拠の一つをここに求めることができる。

2011年6月11日土曜日

ジョルジュ・バタイユ著『宗教の理論』(湯浅博雄訳,ちくま学芸文庫)読解。その1.

18日(土)を一週間前にして,そのための助走を兼ねて,いよいよ『宗教の理論』の具体的な読解にとりかかることにしよう。

このテクストについては,すでに,2回ほど読解を試みていて,このブログでも公開している。詳しくは検索して確認していただきたいが,1回目は,第一部基本的資料の「Ⅰ.動物性」の部分を,2回目は,「Ⅱ.人間性と俗なる世界の形成」をとりあげ,それぞれ数回にわたって連載したと記憶している(最近は,すぐに過去のことを忘れてしまうので,きわめて怪しいのであるが)。

したがって,今回はその3回目ということで「Ⅲ.供犠,祝祭および聖なる世界の諸原則」がその対象となる。スポーツ史やスポーツ文化論的立場から読むと,この「Ⅲ.」が一番,刺激的な面白いし,さまざまな研究上のアイディアがつぎつぎに浮かんでくるところでもある。9日のブログにも書いたように,「聖なるもの」と「スポーツ的なるもの」とは「同根」ではないか,とわたしが仮説を立てる根拠もこの部分にある。そして,「Ⅰ.」と「Ⅱ.」で論じられた動物性と人間性とに引き裂かれた存在としての原初の人間の苦悩の表出として「供犠」や「祝祭」が,鮮やかに描きだされている。ここでは,少なくともこれまでわたしたちが教えられ,あるいは,本で読んで学んできた「供犠」や「祝祭」とはまるで異なる論理展開が待ち受けている。あるいは,まったく正反対の論理展開,と言ってよいだろう。眼からウロコが落ちるような経験をわたしは何回もした。

それこそがバタイユのバタイユたる所以であって,こういう斬新な視点の提示こそが,かれをして『宗教の理論』を書かしめたというべきであろう。手短に,図式的に説明しておくと,以下のようになろうか。ヘーゲルが「絶対知」を人間の到達するゴールとして設定したのにたいして,バタイユは「非-知」を設定する。つまり,ヘーゲルは動物性から離脱して,自己意識を獲得し,さらに理性をわがものとし,共同体の精神を構築し,宗教を超克して絶対知に到達する,という直線的な人間の進歩発展を思い描いたのにたいして,バタイユは,その正反対を主張したと考えてよいだろう。バタイユは,動物性から人間性へと<横滑り>したことに,ある種の人間の原罪をみる。なぜなら,人間がいくら頑張って動物性から抜け出そうとしても,それは人間が生物であるかぎり不可能であって,どんなに遠くまで動物性から離れたつもりでいても,最終的には「生死」「生殖」という「生きもの」としての動物性の枠組みのなかに取り込まれてしまうことになるからだ。そして,人間が安穏に「生」を享受できるとしたら,それは「非-知」のレベルではないか,と問題を投げかける。

このあたりのことは,やや短絡的に聴こえるかもしれないが,道元が『正法眼蔵』のなかで説く「無」の教えや,自然との一体化をめざす正覚の世界につながっていく。西田幾多郎の説く「純粋経験」の世界もまた,バタイユのいう「非-知」の世界ときわめて近似している,とわたしは受け止めている。しかも,その境地は日本の武術の世界にも通底する世界でもある。

あまり話が逸れないうちに話をもとにもどすことにしよう。
このようなバタイユの基本的な考え方は,このテクストの「緒言」の終わりのあたりで,つぎのように述べていることからも確認することができる。引用しておこう。

哲学というイデーそのものに,ある一つの原初的な問いが,すなわちいかにして人間的な情況から外へ出るのかという問いが結ばれている。いかにして,必要性による行動に服従している思考,有用な区切りを立てるよう定められている反省的思考から,自己意識へと,すなわち本質なき──が,意識的な──存在の意識へと横滑りしていくのか,という問いが結ばれているのである。(P.16)

ここには,まぎれもないヘーゲルの論理を逆手にとったバタイユの戦略がみごとに提示されている。『精神現象学』の前半を読んだ人にはすぐにピンとくる,バタイユの挑発でもある。しかも,この「緒言」の最後はつぎのような文章で結ばれている。

不可避なものとしてある未完了は,一つの運動である応えを,──たとえそれがある意味で応えの不在であるにせよ,運動である応えを──いかなる割合においても鈍らせたり,緩慢にしたりすることはない。それどころか未完了は,その応えに不可能なことの叫びという真実を授けるのである。この『宗教の理論』が衝こうとする背理(パラドックス),すなわち個人を「事物」にし,さらにまた内奥性の拒否としてしまうこの根本的な背理は,おそらくある一つの無力さを明るみに出すであろうが,この無力さの叫びこそ最も深奥にある沈黙への前奏曲となるのである。(P.16~17.)

バタイユかなにゆえに「緒言」のさいごにこの一文を置いたかは多言を要すまい。
このことをつねに念頭に置きながら,このテクストを読み進めていくと,面白いほどバタイユの仕掛けたロジックが透けてみえてくる。
とりあえず,今日は「Ⅲ.供犠,祝祭および聖なる世界の諸原則」への導入まで。



お詫び。なぜ,いま,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』なのか,を推敲しました。

6月9日に書いたブログ「なぜ,いま,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』なのか」の文章を読み直してみて(滅多にこういうことはしないのですが),あまりのひどさに呆然。自分でもあきれはててしまいました。よくもまあ,こんな文章を書いて,それも書きっぱなしで,読み返しもしないでそのまま「公開」してしまうとは・・・・。いやはや,申し訳ありません。

そこで,こんどは気持を集中させて,きちんと推敲してみました。こんどはいくらか読めるものになったのではないか,とみずからを慰めています。というわけで,ぜひ,もう一度,読んでみてください。内容そのものは,これまでのわたしの勉強の集大成のようなものになっています。こんどの18日(土)に向けての,わたしなりの「思い入れ」は理解していただけるのではないかと思います。

それにしても,気持ばかりがはやってしまって,飛躍や論理矛盾がいっぱいあって,まさに素人の文章になってしまいました。読んでいただくにはあまりに恥ずかしいものでした。重ねてお詫びいたします。

とりあえず,お詫びと訂正・修正のお知らせまで。

2011年6月9日木曜日

なぜ,いま,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』なのか。

今月の18日(土)の午後に,青山学院大学の教室をお借りして,西谷修さんと一緒に『宗教の理論』(ジョルジュ・バタイユ著,湯浅博雄訳,ちくま学芸文庫)の読解を計画している(詳しくは,わたしのHPを参照のこと)。当然のことながら,なぜ,いま,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』なのか,という問い合わせがわたしのところにやってくる。

そういうことも折り込み済みで,わたしはこの企画を立てた。いまこそ,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』をしっかりと読み込むべきときだ,と。あるいは,ようやくバタイユの『宗教の理論』が受け入れられる情況が,あるいは,時代がやってきた,と。しかも,「3・11」という未曽有の災害を契機にして一気に『宗教の理論』でバタイユが主張していることを理解できる「情況」ができあがった,とわたしは考えている。つまり,ものの見方・考え方を逆転させることなしに,わたしたちは「3・11」以後を生きることはできない,ということに気づいたからだ。

わたしは,かなり早い時期から,このテクストがもっと世の中でまじめに読まれるべきだ,と考えてきた。世間には,バタイユという名を口にしただけで,鼻でせせら笑う「哲学者」は少なくない。わたしは,そういう「哲学者」の何人かに,軽くあしらわれた苦い経験がある。こちらは大まじめにバタイユの話を切り出しているのに,「まあ,あの人も変わった人ですからねぇ」と取り合ってくれない。ならば,ニーチェはどうなんだ,と切り込む。すると,「この人も,ちょっと主流からははずれてますからねぇ」と。これが哲学の主流といわれる「形而上学」にどっぷりと身を浸している哲学者たちの言い分だ。そこから一歩も外に出ようとはしない。なぜなら,「理性」という名の「砦」に囲まれた安住の地であるからだ。そこには人間の「命」という視点が欠落している。つまり,生きものとしての人間の存在をトータルに考える視点が欠けている。

「バタイユは変わった人だ・・・」と?そんなことは百も承知している。その上で,バタイユに挑んでいるというのに・・・・。

バタイユ自身はもっともっと意図的・計画的に自分の思想・哲学を展開した。主流といわれるヘーゲル哲学,とりわけ,『精神現象学』を徹底的に読み込んだ上で,それをいかにして超克していくべきか,と考えた。いな,ヘーゲルを読み込むことによって,みずからの思想・哲学の位置づけが可能となったとさえバタイユは述べている。その結果として,ヘーゲル哲学の「絶対知」の対極に位置づく「非-知」(non savoir)をキー・コンセプトに設定して,まったく新たな哲学体系の構築を試みる。つまり,ヘーゲルのいう「知」(理性,絶対知)を真っ向から否定するところから出発したのだから。このことが,のちの哲学者たちの多くの誤解を招いたようだ。しかし,バタイユの書き残した著作を丁寧に読みこんでいくと,そこには恐ろしいほどのスケールの大きな思想・哲学上の問題提起が仕掛けられていることに気づく。いわゆる「無神学大全」の構想である。

ここで断わるまでもなく,ヘーゲル哲学がヨーロッパ近代の論理を構築していく上できわめて大きな役割をはたしたことは周知のとおりである。つまり,ヨーロッパ近代の合理主義的な考え方の基本はヘーゲルに求めることができる。とりわけ,科学的合理主義はヘーゲルのいう「絶対知」への過剰な信頼なしには語れないだろう。つまり,現代世界を支配しつつある「科学」神話」の根源にあるものの見方・考え方の根底にあるものは,ヘーゲル哲学にその端を発しているといっても過言ではない。この「科学」神話」の一端が,いま,もろくも崩壊しはじめている。

「3・11」以前までは,こうした「科学」神話,すなわち「原発安全」神話が大手を振ってまかりとおっていた(マダラメ君を筆頭に)。しかし,「3・11」を通過したこんにちでは,すでに,そんな「原発安全」神話は間違っていたことを,世界中の多くの人びとが「学んで知った」(マダラメ君もとうとう「間違っていた」と国会で答弁している)。わたしたちは,「3・11」を通過することによって,「科学」一辺倒のものの見方・考え方の悪夢からようやく「目覚めた」というべきであろう。では,この「科学」神話に修正を加えるとしたら,どこからはじめればいいのか。

いま,話をわかりやすくするために「原発安全」神話を例にとり出したが,それは,市場原理を中心とする「経済」主義とも深く深くリンクしていることを忘れてはならない。「科学」も「経済」もわたしたちの「理性」によって支えられている。しかし,その「理性」がどこかでボタンを一つかけ違えたばかりに,最後の最後でボタン穴が一つ余ってしまった。その一つ余ってしまったボタン穴のための「ボタン」はどこにも見当たらないのである(松田道雄)。どこかで狂ってしまった「理性」を,もう一度,原点から立て直さなくてはならない(「生きもの」としての人間理解を),と西谷修はいう(『理性の探求』岩波書店)。そして,同じ論理を『”経済”を審問する』(西谷修編,せりか書房)の第一章でも展開している。

「3・11」以前に,すでに,『未来ははじまっている』(宇沢弘文,内橋克人著,岩波書店)のだ。そのことに多くの人たちは気づいていなかった(気づいていても,気づいていないフリをする知識人も多くいる=「原発安全」を唱えつづけている御用学者たちはその一例)。エッジに立つ批評のできない,ぬるま湯に浸っている「評論家」の多くはそういう人たちだ。しかし,「3・11」を通過したいま,わたしたちは,それ以前まで主流とされてきた考え方(たとえば,「原発推進」という考え方,経済の「金融化」,経済の進歩発展主義,大量生産・大量消費,など)が,もはや通用しないことに,ハタと気づいた。では,それに代わるべき考え方はなにか。そのキー・コンセプトはなにか。

それに代わるべき考え方も方法も見つからない・困難である,といって口を濁す評論家・学識経験者のなんと多いことか(ほんとうなら,ここに実名を挙げておきたいくらいだが,誤解のもとになるので,やめておく。少なくとも,いま,マス・メディアにちやほやされて,大きな顔をしてものを言っている人たちのほとんどは,なんの定見も示すことができないまま,問題を「むつかしいもの」に仕立てあげて,一時を糊塗して平気でいる。そのつもりでご確認いただきたい)。それは,ある意味では,当然の帰結というべきだろう。ヨーロッパ近代の論理(形而上学)で,ヨーロッパ近代の論理(形而上学)がぶちあたった壁を乗り越えることは不可能だから。それとは違うまったく違う論理,すなわち「形而上学」を超克する思想・哲学が必要なのはだれの眼にも明らかだ。

その期待に応える思想・哲学が存在するのに,多くの識者たちは「みて,みない」フリをしている。そう,ジョルジュ・バタイユの思想・哲学だ。ヨーロッパの近代論理主義者は,みんな,バタイユが嫌いなのである。だから,読もうともしない。

しかし,ほんの一握りの識者たちは,しっかりとジョルジュ・バタイユを視野に入れて,「未来ははじまっている」と予言する。たとえば,経済学の領域で。こんにちの経済の「金融化」の隘路から抜け出すには,もう一度,経済とはなにか,という根源的な問いから出発すべきだ,と(宇沢弘文,内橋克人,金子勝,西谷修,ほか)。しかも,その大きなヒントはマルセル・モースの『贈与論』にある,と。このマルセル・モースの『贈与論』をヒントにして,もっと気宇壮大な「経済学理論」を構築しようとしたのがほかならぬジョルジュ・バタイユだ。かれは,モースのいう「贈与」の原点にあるものは「消尽」であると考え,経済のはじまりは,物々交換ではなく,贈与であり,消尽である,と主張する。この贈与や消尽を否定する考え方が「有用性」である。この「有用性」という考え方こそ「理性」が主役を演ずるための舞台装置だったのだ。そして,贈与や消尽を「呪われた部分」として抑圧・隠蔽・排除してしまう。「理性」に「狂気」が忍び込んだとすれば,ここではないか,とバタイユを読みながら,わたしは考える。

そして,バタイユはその理論的裏づけの糸口を,なんとヘーゲルの『精神現象学』から導き出すのだ。それが,『宗教の理論』の冒頭にかかげられたアレクサンドル・コジェーヴの『ヘーゲル読解入門』からの引用文である。こうして,バタイユは,ヘーゲルを徹底的に批判しつつ継承するという立場をとる。

そのヒントになったものが,ヘーゲルが『精神現象学』で展開している「自己意識」をめぐる議論である。ヘーゲルは『精神現象学』の中で,まずは,動物的な「意識」の問題を論じることからはじめ,やがて,人間の「自己意識」がどのようにして構築されるのか,を取り上げる。この問題を,バタイユはさらに掘り下げ,「動物性」の世界から「人間性」の世界への<横滑り>という概念を用いて論じている。そして,人類が動物から人間になるときに,いったい,なにが起きたのか,と問う。そのきっかけとなったのが,さきほども指摘した『宗教の理論』の冒頭に引用されているアレクサンドル・コジェーヴの,謎かけのような文章である。もう少しだけ触れておけば,コジェーヴの読解のテクストは,ヘーゲルの有名な「主人と奴隷」の議論である。主人を奴隷が乗り越えていく弁証法的なロジックのコジェーヴ的読解を手がかりにして,バタイユは,さらにもう一歩踏み込んで,いかにもバタイユらしい固有の議論を展開する。

かくしてバタイユは,「呪われた部分」と「有用性」の思考に到達し,ヘーゲルとはまったく次元を異にする「自由」の理想に向って飛翔していく。すなわち,「呪われた部分」にこそ人類の理想郷が存在したのだ,と。それが『宗教の理論』に籠められたバタイユのひとつの重要なメッセージではなかったか,とわたしは受け止める。

この「呪われた部分」に封じ籠められてしまった原初の人間にとっての「聖なるもの」に,宗教の源泉をバタイユは見届けている。この「聖なるもの」の出現と「スポーツ的なるもの」の発現とは,ほとんど「同根」ではなかったか,というのがわたしの大きな仮説である。しかも,それを裏付ける根拠が『宗教の理論』のなかには満載されているのだ。つまり,「スポーツ的なるもの」こそ,まさに「消尽」そのものであり,「贈与」そのものであったではないか,と。それは,こんにちわたしたちの眼になじんでいる近代競技スポーツの根源のところに,潜在化しているものだ。それが,ときに「顕在化」する。そのとき,わたしたちは「神の降臨」をみる。すなわち,スーパー・プレイ出現の瞬間のことだ。

ヨーロッパ近代の「科学」はこの「宗教」を否定することからはじまり,いつのまにか「科学」の多くが「宗教」と化してしまった。そして,その宗教化した盲目的な「科学」が破綻をきたした。だとしたら,もう一度,宗教とはなにか,という問いからはじめるべきではないか。経済も科学も,そして「スポーツ文化」も,「3・11」を通過したいま,もう一度,原点に立ち返って議論する必要がある,というのがわたしの考えである。そのキー・ワードは「命」。人間は「生きもの」であり,「命」をまっとうする存在である。その意味で,動物性の枠組みから抜け出すことは不可能なのだ。このことは,コジェーヴの引用文のなかにも明記されている。そのことを徹底的に論じたもの,それがバタイユの『宗教の理論』なのだ。

「3・11」以後を生きるわたしたちの新しい道しるべとなるべき思想・哲学を,わたしはバタイユの『宗教の理論』に求めている。と同時に,それは,21世紀のスポーツ文化論を展開していくための根拠であり,21世紀のスポーツ史研究の大前提でもある。

いま,わたしが18日(土)の企画について考えていることは以上のようなことである。
その詳論については,これから,できるだけ,このブログで取り上げていきたいと考えている。
乞う,ご期待!

2011年6月8日水曜日

『原発労働記』(堀江邦夫著,講談社文庫)に手が伸びる。

締め切りのある仕事に追われるとストレスがたまる。そういうときに限って,いろいろの本が読みたくなる。欲求不満の裏返しである。あとで・・・と自分に言い聞かせて,本だけは買ってある。その山が日毎に高くなっていく。ますます読みたくて仕方がなくなってしまう。

それでとうとう欲望を抑えることができなくなって,すーっと手が伸びた本がある。『原発労働記』。もともとの書名は『原発ジプシー』(現代書館,1979年,講談社文庫,1984年)。もう,ずいぶん前に(まだ,奈良教育大学に勤務していたころに),だれかに薦められて読んだ本だ。その本がどこを探してもみつからない。「3・11」以後,もう一度,読み直して「原発の作業員」と呼ばれている人たちの現場を確認しておこうと思っていたら,『原発労働記』という書名となって復刻された。すぐに,本屋に走り,手に入れてはあった。

その本に手が伸びてしまった。人間の記憶というものはいいかげんなもので,そのほとんどを忘れてしまっている。ただ,ぼんやりと原発というところは「人間の働く現場ではない」,とてつもなく過酷な,人非人扱いの作業に従事させられる・・・という際立った印象だけが残っているにすぎない。しかも,初めてこの本を読んだころは「原発安全神話」がまことしやかに喧伝されていたこともあって,原発の作業現場にはこんな過酷な現実があるのだなぁ,とどこか別の世界のことのように受け止めていたことも事実だ。つまり,切実感がまったくなかった。

しかし,今回は,まったく情況が違う。冒頭から,大きなハンマーで後頭部を打たれつづけているような衝撃が全身を走る。これほどまでも過酷な作業をしていたのだ・・・と。しかも,その作業は「定期検査」の間のことだ。つまり,とくべつの異常事態が起きてからの原発の作業ではないのだ。にもかかわらず,その作業の実態を読み進めていくうちに,わたしなどは「吐き気」をもよおしてきて,必死でこらえている。もちろん,食欲などはどこかにすっとんでしまった。たぶん,今夜は夕食抜きになるだろう。

原発という設備はなんと汚れの激しいところなんだろう,というのが今回の強烈な印象である。その「汚れ」にはいろいろある。ひとつは,原発の設備を構成しているさまざまな管の内部に膨大な汚れが溜まっていることだ。なにゆえに,このような汚れが溜まるのかは「作業員」には知らされていない。もちろん,教えてもくれない。真っ黒い粉塵がいっぱい管の中にこびりついている。それを作業員は手作業で拭き取り,払い落とし,電気掃除機で吸い取るという。立って歩けるほどの太いものから,匍匐前進でしかくぐり抜けられないような細い管まで,さまざまだ。この作業からでてくると,衣服から顔から手からありとあらゆるところが真っ黒になっている。ときには,息苦しくなってきて,ついには意識朦朧とした状態で限界ぎりぎりまで作業をしなければならない,という。しかも,この汚れには,放射能が含まれている。外部被曝も内部被曝も関係ない。それに対する管理体制もこれまたまことに杜撰。被曝の量についての基準はあるが,それを超えると,その基準をあっという間に3倍に上げて,さらに仕事をさせる,という。こんなことが,この本の著者が作業員として仕事に従事していた1979年に,すでに,まかり通っていたというのだ。

これらはまだまだ序の口の話だ。
この著者が,最初にもらった給料と民宿に支払った金額が掲載されている。
▽基本給=7万7000円(日当5500円×14日)
▽時間外=2577円(3時間)
▽合計=7万9577円
ここから昼食代3500円(1食250円)と民宿代6万3000円(1泊2食付3500円)が引かれ,結局,手元に残ったのはわずか1万3077円だった。

驚くのはまだ早い。この賃金は,かれが雇われている下請け会社(山田工業)にピンハネされたものだ。しかも,そのピンハネの額がけたたましい。これはどう考えても「犯罪」だ。ちなみに,つぎのような会話を参考までに引いておこう。
「堀江さん(著者の名前),わしらの賃金が安いって言うけど,元請会社から山田工業に,一人当たりいくら支払われてるか知ってる?」
「わしが聞いた話だと,1万数千円・・・」と沢田さん。
「そんなところじゃないかな。たとえば,1万5000円としようよ。それが堀江さんには5500円しか渡らない・・・。単純計算しただけでも,山田工業は,9500円もピン(ピンハネ)してることになる」
「それも一日・一人についてのピンだからなぁ」
「労働者を50人かかえてれば,たった一日で,えーと,47万5000円。ひと月を20日間とすると,一カ月のピンハネ料だけで,なんと,950万・・・・」

こんなことがまかりとおっている世界なのだ。呆然自失。しかも,山田工業は元請会社の下請だ。だとすると,元請会社はいくらピンハネしているのだろうか,と気が遠くなってしまう。そういう現実を知っていても,なおかつ,働かなくてはならない人たちがいる。この現実は,基本的にはいまも変わってはいない。フクシマで働いている作業員の人たちの手にわたる給料の,もともとの金額はいくらなのか,わたしたちは想像だにできない。不当労働であることは明白なのに,そこにはだれも手をつけようとはしない。

わたしは,まだ,この本の第1章 美浜原子力発電所を読み終えたばかりだ。そして,第2章が福島第一原子力発電所だ。(第3章は敦賀原子力発電所)。福島では,もっと恐ろしい体験を,著者堀江邦夫さんはしていることを,おぼろげながら記憶している。いまから,もう,恐ろしくて読む気になれない。しばらく間をおいてからにしようと,いま,ものすごく弱気になっている。

「3・11」以前と以後とでは,まったく別人になったわたしがいる。この本を読みはじめてみて,はっきりと自覚することができた。
この本を,かつて,読んだ人は多いと思う。しかし,もう一度,読まれることをお薦めする。こういう人非人的労働を強いることなしには原発は維持管理できないという事実を,わたしたちは,肝に銘じておくべきだ。ましてや,いま,フクシマで働いている作業員の人たちは,コントロール不能となってしまった原発の事故処理に従事しているのだ。この本の定期点検とは次元が違う。そういうことを加味したとき,いま,作業員としてフクシマで働いている人たちに,なんとことばをかけたらいいのか
わたしにはわからない。

そういう人たちに支えられていまのわたしたちの生活がある,このことだけは忘れてはならない。

2011年6月7日火曜日

『フィールドへようこそ!2009』南房総の民俗(筑波大学民俗学研究室)がとどく。

A4サイズで400ページもある民俗調査の報告書がとどいた。ずっしりと重い。送ってくださったのは門口実代さん。筑波大学民俗学研究室の先生を筆頭に院生,学生さん総出で行った民俗調査の報告書だ。なかなかふつうでは手に入らない貴重なものだ。
正式な名称は『フィールドへようこそ!2009.南房総の民俗(千葉県館山市畑・南房総市白浜町白浜)』筑波大学民俗学研究室編,2010年3月31日発行。

送ってくださった門口さんは,いまは三重県立博物館の専門職として働いていらっしゃるのだが,この報告書を書いたころは院生として学生の指導にもあたっていらしたようだ。しかも,この報告書の編集も担当され,あちこちに文責・門口実代というサインがある。相当に気合の入った報告書であることが伝わってくる。

この門口さんとは,先月の「ISC・21」5月鳥羽例会(世話人・竹谷和之)の折に初めてお会いし,すっかり仲良しになったばかりである。とても落ち着いた雰囲気のある,それでいてテンポよく会話がはずむお嬢さん。こういう人から聞き取りをされるとどんどんしゃべりたくなってしまうから,民俗調査はまさに天職。

で,5月鳥羽例会のテーマは「海女の研究・PART2」(山本茂紀・和子夫妻)ということだったので,この「海女」の調査もこの報告書のなかにあるということで,門口さんは気をきかせて送ってくださった(と,これはわたしの推測)。しかし,わたしは,まずは,知った人の文章から読む,といういつものセオリーどおりに門口さんの調査結果報告のところから読みはじめた。門口さんのテーマは「白浜における結婚と結婚後のくらし──生業との関係から──」というもの。白浜といえば,海女さんのいるところとして全国的にも有名なところ。当然のことながら,海女さんと結婚の問題が主要なテーマとなってくる。それを,一人ひとり丁寧に聞き取りをして,わかりやすい文章に置き換え,手にとるように再現してくれる。民俗学は聞き取りが上手であることと同時に文章力が問われる。柳田国男や折口信夫の書いたものが注目されたのも,深い見識と同時に,作家の書いたような美しい文章にあった。ついつい引きこまれてしまう,そういう文章の力が必要だ。門口さんは,その点でも,素晴らしい才能に恵まれた人だ。

海女に関する調査報告を一つひとつ内容に立ち入って紹介できるといいのだが,このブログではそこまではできないので,とりあえず,海女に関連する調査報告のタイトルと調査者だけ紹介しておくことにしよう。
「白浜海女まつり──海女漁撈地域における商業的祭り」(田中伸吾)
「漁村の禁忌──海女と漁師の生活を通して──」(高橋紗恵子)
「観光の中に生きる『海女』──旧安房郡白浜町における町おこしと海女芸者──」(伊藤永)
「青木地区の海人の人間関係」(山崎力)
「アマとアマ芸者の事例からみる女性たちの関係──南房総市白浜青木地区の事例より──」(後藤知美)
「海女の生業」(石川慶悟)

以上は,タイトルに海女との関係が歴然としているものだけを拾いだしてみた。この地域は海女さんが大勢,生活しているわけなので,生活のあちこちに海女との関係を見届けることはできる。じっさいに,一つひとつの調査報告を読んでいくと,そうか,こういうところにも海女・海人の風俗・習慣がしっかりと根づいているのか,ということもわかる。だから,言ってしまえば,この調査報告書は,要するに「海女・海人」の住む地域の「民俗」を総合的にとらえているということなのだ。だから,変に分類したり,個別化するのではなくて,まるごと「海女の民俗」というように読んだ方がよさそうだ。また,そのつもりで門口さんはわたしにこの報告書を送ってくださったにちがいない。

そのつもりで,これからじっくりと読んでみたいと思う。海女に関心をもつ人にとっては必携の文献となろう。

2011年6月6日月曜日

論文「メディア(論)の憑依」を読む(『美学芸術学論集』第7号)。

昨年の5月の日本記号論学会でお世話になった前川修先生から『美学芸術学論集』第7号(神戸大学文学部芸術学研究室編集・発行)が送られてきた。この手の論文集は読んだことがなかったので,わたしにはとても新鮮だった。特集:テレビゲームの感性的論理──ニューメディアと文化,というとても魅力的なタイトルにまずは惹かれた。

この論集の巻頭を飾る論文が,前川修先生の「メディア(論)の憑依」を読む──ボスト・メディウム的状況における写真,である。まずは,この論文から読みはじめる。やはり,知っている人のものから読むというが,わたしの流儀。
しかし,いきなり,躓いてしまった。タイトルの「憑依」という用語で。論集のタイトルは「憑依」ではなくて,憑の字が,下の心のない字になっている。あれっと思って辞書を引いてみる。憑依はこの表記しか載っていない。だとすると,これは前川先生の造語(専門用語としての)かな,と思ってあちこちその根拠を探してみる。どこにもそれらしき「断り書き」はない。むしろ,「参考文献」をみると,同じ前川先生の論文に「映画に憑く写真,テレビに憑く写真──心霊写真の現在形」というものがあって,ここでは「憑」の字が用いられている。だとすれば,憑依と同じ意味になるはずなのに・・・。と,素人はこんなところで躓いてしまう。困ったものだ。

なぜ,こんなことにこだわるのかといえば,それもわたしの勝手な解釈があってのこと。つまり,憑依といえばエクスターズかな,だとすればバタイユとの接点があるな,メディアやメディア論が憑依するというのはどういう現象のことをいうのだろうか,そうか,ひょっとしたらメディア(論)が近代の呪縛から解き放たれて,まったくの「開かれた」状態になることなのかな,サブタイトルの「ボスト・メディウム的状況における写真」というのはいったいなにを意味しているのだろうか,などなど。

ここまでが,前川先生の論文を読みはじめる前の,表紙と目次を眺めている段階のわたしの想像の世界。が,論文を読みはじめたら,なんのことはない全部「憑依」となっている。なんだ,単純な誤植だったのか,といささか拍子抜け。こういうことはよくあることなのだが,意外に気づかないことが多い。あとで「しまった」と思うのみ。わたしも何回もにがい経験をしてきている。かなり念入りにチェックを入れたつもりなのに,一番目立つところに目溢しが多い。

で,わたしの頭のなかは「憑依」「憑依」とこのことばばかりが一人歩きをしていて,論文の中味が頭に入ってこない。それもそのはず,バタイユのエクスターズとはなんの関係もないところでの論理の展開だったから。前川先生が「霊媒写真」の研究者であるということは聞いてはいたものの,じっさいにその論文を読んだことがない。だから,これまでの蓄積の上にこの論文が成り立っているはずなので,いきなり,この論文を読もうする方が無茶な話だ。でも,どんなことが書いてあるのかぐらいはわかるはずだ,と勇み立つ。しかし,素人には難解で,立ち往生することばかり。

面白いと思ったのは,メディウム(英語でいえばメディアム)ということばの語釈である。情報伝達手段としての新聞・ラジオ・テレビ・インターネット,写真,映画,ビデオ,などはごくふつうに頭に浮かぶ。しかし,このメディウムには,巫女,霊媒も含意されている,という。これは,わたしにとっては新しい発見であった。もっとも,人と人との間をとりもつ「媒体」という意味で考えれば,なんの矛盾もない。そうか,だとすれば,お相撲さんも人と神の間をとりもつ「異形の人」「異能の人」なのだから,お相撲さんもメディウムであり,霊媒なんだ。

とここまで頭がつながったとき,前川先生のさきほど引いた論文のタイトル「映画に憑く写真,テレビに憑く写真」という意味がおぼろげながらみえてくる。そこで,あらためて気合を入れて前川先生の論文を読み直す。内容を要約するだけの力はないので,とりあえず,小見出しだけを紹介しておく。とても魅力的なので。
1.憑依されるメディウム
2.憑依するメディウム
3.メディア論の憑依
4.霊媒=メディウムとしての写真
おわりに

まだ,全部を読んだわけではないので,部分的な紹介というか,わたしの眼に止まった面白そうなところを紹介しておくと以下のとおり。
河田学「(コンピュータ・)ゲームの存在論」はしっかりと読んでみたいと思った。こちらも小見出しを紹介しておくと,
序論
1.テーマ論の試み──模倣としての(コンピュータ・)ゲーム
2.「遊び」としての(コンピュータ・)ゲーム──カイヨワによる「遊び」の定義
3.フィクションとしてのゲーム──ウォルトンの「ごっこ遊び」(メイク・ビリーヴ)の理論
4.ゲームのスペクトル
5.コンピュータ・ゲームの身体性
結語にかえて
とある。その中の図6ゲームのスペクトルでは,現実から暴力性を排除したスポーツをさらに脱身体化すると古典的ゲームになる,そして,そのさきにコンピュータ・ゲームが位置づくのでは,という仮説の提示がわたしの眼を引いた。そして,そのあとに5.コンピュータ・ゲームの身体性の論考がある。わたしの頭のなかは,いきなりタイムスリップして,1793年に書かれた『青少年のための体操』(ドイツの汎愛学校の先生だったグーツムーツの著書)が駆けめぐる。ここには,目測(距離の測定)や大声での朗読も「体操」(Gymnastik)の内容として取り上げられている。
ちなみに河田学先生は京都芸術大学芸術学部専任講師とある。一度,お話を伺ってみたいなぁ,と思った次第。

ときにはこういう冒険もして,頭を揺さぶっておかないと,ますます脳のはたらきが硬直化してしまうので,要注意と自分に言い聞かせている。「美学芸術学」という研究領域が意外なところで,わたしたちの関心事とつながっていることを知っただけでも大収穫だった。もっともっと視野を広げないといけない,と反省ばかり。前川先生はとっくのむかしにわたしの研究領域まで触手を伸ばしていらして,強い関心をもっていらっしゃることを初めてお会いしたときに知った。それにしても,いい人との出会いは嬉しい。幸せである。

2011年6月5日日曜日

『”経済”を審問する』(西谷修編)を読むとバドミントンのルール改正(?)の背景が透けてみえてくる。

西谷修さんから本がとどいた。すでに,西谷さんのブログで新著がでたことは知っていた。急いで本屋さんに行って・・・ともたもたしているうちに「謹呈」のサイン入り本がとどいてしまった。申し訳ないと思いつつ,感謝の念をこめて本を開く。

この本は,冒頭の「はじめに──本書の成立ち」に詳しく説明がしてあるように,2009年と2010年の2回のシンポジウムとラウンド・テーブルの記録と関連論文に,あらたに西谷さんの総論が書き下ろしで加えられて,世にでたものである。もう少しだけその経緯について触れておけば,以下のようである。まず,2009年と2010年の2回のシンポジウムとラウンド・テーブルの記録と関連論文は,すでに,記録集『グローバル・クライシスと”経済”の審問』(西谷修/中山智香子編)として刊行されていて,関係者に配布されている。この記録集に,それぞれのスピーカーたちが推敲の手を加えたものが,この本の骨格である。そこへ新たに「”経済”とは何か,それはどんな考え方の枠組みなのか,それが現代世界の組織化と認識にどのような役割を果たしてきたのか,その『”経済”を審問する』ということに含まれる課題は何なのか」といったことを包括的に述べた西谷さんの書き下ろしを「趣旨展開をかねて冒頭におく」というかたちをとっている。

だから,わたしにとっては,この冒頭の西谷さんの書き下ろし「Ⅰ.経済学は何をしてきたのか──経済・産業技術システムの興隆と破綻」(約50ページ)のところに飛びつくことになった。そして,いつものことながら,凄いなぁ,とひとりごとをいいながら読み進む。問題の核心を,余分な修飾語抜きで,ずばりとすくい取って提示する思考の明晰さに,酔い痴れてしまう。わたしのような者ですら,強烈に刺激され,早速,自分の専門領域であるスポーツ史やスポーツ文化論へのヒントがつぎつぎに浮かび上がってくる。
たとえば,以下のような文章を,みなさんはどのように読まれるでしょうか。

「テロとの戦争」というのは,9・11の直後から言ってきたようにグローバル世界秩序とその安全保障の問題です。軍事力の洗練やグローバル化の相互依存のために,今ではもはや対等の国家同士の戦争というのは問題になりません。むしろ,グローバル資本の利益追求がなされる市場一元化秩序を維持するために,この一元化が生み出す「異物」の排除,あるいは「汚染」の除去のための諸国家横断的な安保体制,もっとはっきりいえば鎮圧体制が必要になる。それが「テロとの戦争」という新たな世界規模の戦争のレジームです。そこでは「安全」が至上命題として掲げられ,もはや「平和」は問題にもされず,そのために「テロリスト」や「ならず者」相手の不断の監視体制が敷かれ,「予防戦争」さえ正当化どころか必要だとされて,「異物」が徹底的に潰されてゆく。つまりあらゆる障害は秩序の病理であるかのように,「検疫体制」と「予防接種」で潰してゆくということです。例えば,豚インフルエンザが発生したと言って徹底的にワクチンで鎮圧しようとするように。

ここから説き起こして,経済のグローバル化の意味するところを明確にし,さらに「グローバル化の三つのステージ」へと論を展開していきます。それはそれは気宇壮大な議論が,これでもか,といわぬばかりに繰り広げられてゆきます。読んでいるうちに,ある意味で,快感を呼び起こします。かゆいところに手がとどくように,きちんと,わかりやすく説明してくれます。いわゆる,わたしのような人間の「蒙」を「啓」いてくれる,とてもありがたいテクストになっています。(あっ,いけない。いつのまにか西谷さんの文章の「です・ます」調になってしまっている)。

この新しい第一章を読みながら,わたしはわたしで「バドミントンのルール改正」(2006年・サービス権制からラリーポイント制へ)の背景でいかなる「力」のせめぎ合いがあったのか,と考えたりしている。あるいは,1920年代に繰り広げられた「体操改革運動」(Neue Gymnastikbewegung)の背景にあったものはなにか,などと考えたりしている。さらには,マルセル・モースの『贈与論』が頭をよぎり(このテクストの138ページには,ラウンド・テーブル「”経済”を審問する──MAUSSとともに」が収められていて,モースへの隠喩を読み取ることができる),そこからさきは,やはり,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』へと一気につながっていく。

バドミントンのルール改正(といっていいのかどうかは疑問)について少しだけ触れておこう。サービス権制からラリーポイント制への転換は,じつは,バドミントンというスポーツ文化の特質にいちじるしい「変更」「変質」「変容」を迫るものなのだ。しかし,そんなことはお構いなしに,ただひたすら普及のために,わかりやすくするために,テレビで楽しんでもらえるために,管理運営上(試合時間の短縮)のために,そして,オリンピック競技種目として認定してもらえるために・・・等々の理由での「ルールの変更」である。この一つひとつを詳細に分析していけば,その背景にいかなる「力」がはたらいていたかは明々白々である。こうして,バドミントンという古きよき時代のイングランドの伝統精神を色濃く残していたスポーツ文化が,最終的な「グローバル化」への舵を切った,とわたしは考える。このことがなにを意味しているのか,わたしたちは,いまこそ,しっかりと考えなくてはならないことなのだ。

そういうことを,このテクストは教えてくれる。あるいは,気づかせてくれる。これからのスポーツ史研究,あるいは,スポーツ文化論を展開していく上で不可欠の文献。
また,いつか,研究会で取り上げて,みんなで議論をしてみたいと思う。



2011年6月4日土曜日

『穂国幻史考』(柴田晴廣著)なる奇書がとどく。

「母からすすめられてこのブログを読むようになりました」と,つい最近コメントを入れてくださった柴田晴廣さんから『穂国幻史考』なる大著が送られてきた。この「母」とは,わたしの小学校のときの同級生で,わたしたちは「さっちゃん」と呼びならしていた。なかなかの美人で,会話のテンポがよくてクラスの人気者だった。その「さっちゃん」の息子さんから,こんな大著がとどくとは夢にも思っていなかったので,びっくり仰天である。800ページにも達する大著である。

わたしはこういう本がとどくと,すぐに吸い込まれるようにして読みはじめてしまう。忙しいときには困ることもあるのだが,たいていはとても面白いのだ。この本も面白い部類の筆頭だ。読みはじめたら止められない。困ったものである。

それには理由がいくつもある。
一つは,「穂国」とはわたしの出身地である東三河地方の古称だから,その中味は,全部,わたしにとっては馴染みのある話ばかりだから。
二つには,この「穂国」に持統天皇が行幸したのはなぜか,という古代史の謎解きからはじまっているから。
三つには,わたしのこどものころのお祭りで踊られていた「笹踊」の由来がくわしく書かれているから。
四つには,小学校の同じ校区である長瀬町の「冨永」一族の歴史が語られているから。さっちゃんは旧姓「冨永」。著者の柴田さんは,さっちゃんのお父さん(つまり,柴田さんのおじいさん)から聞いたという話をてがかりに「冨永」の出自を歴史的にたどりはじめる。
五つには,菅江真澄(東三河出身)の謎解き(この人は謎だらけの人)に踏み込んでいること。
などなど。

恥ずかしい話ながら,古代史にはほとんどうといので,持統天皇が穂国(東三河)に行幸されたということも知らなかった。著者によれば,持統天皇がわざわざ軍を率いて伊勢から舟で穂国にやってこなければならなかったほどの「理由」があったはずだ,という。それが「穂別の祖・朝廷別王」を歴史から抹消するためだったのでは・・・と著者は仮説を立てる。そして,これまで語られることのなかった東三河の古代史が浮かびあがってくる。
このことを知って,あっ,と思ったことが一つあった。それは,額田王がこの地に住んだという伝承があって,なぜだろうととかねがね疑問には思っていたこと,そして,額田郡という地名がいまも残っていること,である。
持統は天武の正妻である。額田王は天武の寵愛をうけ一子(十市皇女・といちのひめみこ)をもうけている。まことに素人っぽい推測をすれば,額田王を大和の地からこの地に移し,封じ込めたのではないか。あるいは,もっと推測すれば,額田王とともに兵を残し,「穂別の祖」の見張りをしていたのだろうか,などと思ったりする。この辺りのことは単なる当てずっぽう。でも,むかしからの疑問なので,なんとなくわくわくしてくる。

もうひとつだけ。長瀬町の冨永は,もともとは野田城主だったという。その野田城は,菅沼一族によって乗っ取られてしまった(この辺りのことは,宮城谷昌光著『風は山河より』(新潮文庫,全6巻に詳しく描かれている)。そのために,冨永一族は長瀬町に流れてきたのだ,という。しかも,興味深いことに,野田城主だった富永は首を刎ねられたということを記憶するために,以後,「富永」ではなく,頭に点のない「冨永」と名乗ることになった,という。このことを,著者は,祖父から直接聞いた,という。

わたしは長瀬町のとなりの大村町に住んでいたのだが,そういう話は初耳であった。こどものころ,さっちゃんのほかにも「冨永」君という友達がいて,長瀬の集落に遊びに行ったことがある。そのときの記憶では,集落全体に一種独特の雰囲気があって,なかなか入りづらいものを感じたことを覚えている。だから,ひとりで行ったことはない。いつもだれかと一緒だった。あるいは,冨永君に集落の入り口まで迎えにきてもらった。集落のつくりも不思議だった。一軒,一軒が背丈の高い細葉垣根で囲まれ,家々をつなぐ細い道も複雑に曲がりくねっていた。そして,どの家も屋敷のなかに大きな木があって,集落全体がこんもりした森に見えた。いま,思いかえせば,わたしの住んでいた大村町の友達よりも,みんな一人ひとりがしっかりしていたように思う。女の子も同じだ。しっかり者という意味では,さっちゃんはその筆頭だった。ふさえさんもしっかりしていた。
うーん,そういうことであったか,といまさらのように思う。

というような具合で,この本を読み終えるまで,しばらく仕事も手につかなくなりそうだ。中味が初めて知ることばかりだ。こんな本はこれまで接したことがなかった。しかも,大部だ。困ったものだ。その意味で,『けんちく体操』とは別の意味で,この本もまたまぎれもない「奇書」である。だからこそ面白い。歴史はロマンだ。


2011年6月3日金曜日

泰山鳴動してネズミ一匹。でも,6月末には首相退陣を。

当てずっぽうで書いたブログのとおりになってしまったので,オヤオヤである。それにしても政界はいつも「藪の中」。それでも,ハトヤマ君の言っていることがほんとうだとしたら,ここは「復興基本法案」(おおむね野党の了解もとりつけている)を6月末までに国会を通過させて,カン君はいさぎよく退陣してほしい。そして,若くて情熱があって,的確な判断力をもち,かつ責任を引き受けるリーダーを一刻も早く選び出して,政治の空白から脱出してほしい。

泰山鳴動してネズミ一匹,とはよく言ったものである。それにしても,今回の「ネズミ」が首相の退陣表明だったとしたら,唯一の成果というべきか。しかし,カン君はなにを聞き違えたか,退陣は年明けをメドに,などととんでもないことを言いはじめている始末。年明けには原発の冷却もメドが立つ,という。とんでもない,原発は半永久的に機能不全のまま,だましだまし「なだめて」いくしか,いまのところ方法はないと聞いている。だとしたら,またまたカン君はそこに眼をつけて延命策をはかろうとしているようにみえる。

こうなったら,6月11日(土)に予定されている「脱原発」の大がかりなデモを切り替えて,とりあえず,「カン,辞めろ」デモにしなくてはなるまい。そうして,一刻も早く,新しいリーダーを決めて,「3・11」後の日本の社会の未来図を描き,その実現に向けて全力を傾けなくては・・・・。でないと,折角の復興熱が冷えきってしまう。

野党はまたぞろ「政権のたらい回し」といって批判するだろう。これは自民党のお家芸であったにもかかわらず。もっと言っておけば,原発だって自民党政治のツケだ。そのことになんの反省もなく,原発問題についてイチャモンをつけて平気でいる。この厚顔無恥に国民はあきれはてていることを知らないのだろうか。それどころか,河野太郎君や小泉進次郎君が,原発推進政策は自民党の誤りだったと認め,「脱原発」に舵を切るべきだ,というまことに穏当な発言が自民党内で「総スカン」をくっているという。なんたる体たらく。あのシンタロウ君だって,「脱原発」にまなざしを向けるようになってきているというのに・・・・。

まあ,それはともかくとして,カン君,ここはいさぎよく身を引きましょう。「災害復興基本法案」を通過させたら,そこが引退の「花道」です。野党もコザワ君も(この人たちはなにを考えていたのか),戈の収め場所に困っているのだから。そして,政権のたらい回しなどと言わないで,ここは東北地方の選挙人名簿をはじめとする選挙体制が整うまでの暫定内閣として例外措置をとり,整い次第,ただちに解散総選挙を行えばいい。国家の非常時にあって,つまらない政争をくり返しているときではなかろう。日々,命懸けで原発の作業にあたっている人や,瓦礫の整理にあたっている人びとの気持を第一優先に,まじめに政治という仕事に取り組んでほしい。

いまこそ,政治家に汗をかいてもらいたい。たった一日でいい。スコップをもって瓦礫かきのボランティアをやってみてほしい。「もう帰ってしまうのか」と避難民に叱られてしまうような,おざなりの視察などはいらない。議員さんが現場で一緒に作業すること。からだに記憶を叩き込んで,その上で,政治を考えてほしい。「3・11」以前のゆでカエルのままでは,もはや,つとまりません。「3・11」以後を生きる人びとのための政治を,からだに叩き込むには,一日ボランティアが一番。

にもかかわらず,議員の誰一人として「からだ」を提供しようという人はいない。ここに「国民目線」を失った議員の姿が如実に現れている。もはや机上の空論を闘わせているときではない。人間の「命」をぺースにして,つまり,「からだ」をとおしてものごとを立ち上げるときだ。このことは国民であるわれわれも同じだ。「3・11」以後の日本の社会の復興を考えるための指針は「命」だ。ここからすべてをスタートさせよう。

そのためには,カン君。お願いです。6月末で退陣を。

2011年6月2日木曜日

いまこそ超党派の一致団結内閣を(期限つきで)。

そのむかし,古代ギリシアのオリンピア祭(古代オリンピック競技祭)を開催するために「休戦協定」が結ばれ,少なくとも半年間は戦争をしないこと,選手たちや見物人の移動(旅)を妨げないこと,などを守り,実行したという故事がある。だからこそ,1,200年もの長きにわたりオリンピア祭が継続して開催されてきたのだ。

やはり,昨夜は眠れなかった。内閣不信任決議案を提出した3党,そして,それに便乗するコザワ一派,ハトヤマ君らの,国民を無視した自分たちの利害打算しか考えない(まさに「ミーイズム」の典型)あまりの「愚かさ」に腹が立って,腹が立って,どうにも収まりがつかないからだ。

今日の午後には採決がなされ,いずれにしろ結論はでる。どちらの結果になろうと,政治は当分の間,空転することはマチガイナイ。おそらく,政界再編劇が,被災地を無視して繰り広げられることになるのだろう。この際,しっかりと,だれがどのような言動をとるか,見極めておきたい。そして,しかるべき選挙の折に,徹底的な批判をこめた投票行動でお返しをする以外にない。

もう,ずいぶん前,つまり,「3・11」以後の間もないころに,「超党派の一致団結内閣を期限つきで立ち上げよ」という提案をした人がいた(すでに名前すら記憶していない)。この非常時に一党の力で乗り切るには手が足りない。あらゆる党派から,最高の人材を適材適所に配置し,首相は3人くらいにして集団指導体制を確保し,国を挙げて(国民も一致団結して)これからの難事に対処すべきだ。なのに,それどころか一党一派の利害打算しか考えようとはしない,そういう集団がこんにちの日本の国会議員の大多数を占めていることが情けない。

今日の採決の結果いかんを問わず,振り出しにもどって,一年なり,二年なりの期限を切って,「災害復興内閣」を超党派で組織してほしい。そして,「3・11」以後を生き延びるための国の基本となる理念と骨格を構築してほしいものだ。けして「3・11」以前にもどってはならない。前へ。ただ,ひたすら前へ。そして,過去のあらゆるしがらみを清算して,まったく新しい日本の姿を模索すること。そうでもしないことには日本の未来はない。

どうにも収束の目処が立たない原発の事故処理についても,まずは,世界の叡智を結集して,最善の処置を講ずるべきときだ。それすら緒についていない。この目処が立たないかぎり復興の目処も立てようがない。この原発事故処理を筆頭に,やらねばならないことは山のようにある。それがどこもかしこも機能不全を起こしている。勇断と手足が,圧倒的に不足している。つまり,人材だ。この人材を公募してもいいではないか。企業から派遣してもらってもいい。とにかく,これまでの政府と官僚だけでは,とても対応できる規模ではない。

だから,ここは,なんとしても超党派の一致団結が必要なのだ。その姿勢を示すことが,いま,政治家に求められている国民の最大の期待であり,喫緊の課題だ。

必要なカネはみんなで出し合うしかないだろう。この国で生きていこうというかぎりは。

ああ,頭がイタイ。

日本の国家の中枢部がメルトダウンを起こしている。

2011年6月1日水曜日

内閣不信任決議案,3党共同で提出という「狂気」ぶり。

カン君が駄目なことはもうみんな知っている。かといって,カン君に代わってだれが内閣総理大臣になれるというのか。こちらも駄目だとみんな知っている。該当者なし。こんなに政治家が総崩れを起こしている時代がかつてあっただろうか。

第一,この国家の非常事態にあっては,政治家が党派を超えて一致団結することが先決ではないか。なのに,その認識はひとかけらもない。相も変わらず党利党略のみ。このノー天気ぶりにあきれてしまう。そこに割って入って声を挙げる若手政治家もいない。もう,日本の終末をみる思いだ。しかし,それでも日本人はじっと我慢している。

親はあっても子は育つ(西谷語録),とか。つまり,親がいて,その親が無能でなにもできなくても,子は立派に育つ,という。いまの日本の実情を言い当てていて妙である。いま,一番,良識をもって頑張っているのは国民だ。原発という人災にも身を犠牲にして立ち向かう勇気ある人びとを筆頭に,地震・津波という天災にもひるむことなく立ち向かっている国民自身だ。政府高官も官僚も野党の政治家も,被災の現場にたいしてなにをしたというのだろうか。現実の困難に必死で取り組んでいるのは,みんな名もなき国民だ。「3・11」からまもなく3カ月になんなんとするのに,政府はいったいなにをしたというのだろうか。やるやるといいながら,結局,なにもしていないに等しい。そこに国民がいらだっていることは間違いない。

だからといって,野党3党に内閣不信任決議案を出せという国民は,まず,いないだろう。もし,いたとしても,ほんの一握りの人たちにちがいない。そんなことを言っている場合ではない,ということを国民はよく知っているし,みんな我慢しているのだ。史上最悪の政府であったとしても,現場の声を拾い集めながら,なんとか道を切り開いていくしか方法はないと覚悟しているのだ。

明日には国会で採決が行われるのだから,すぐに,結果はでる。
いまの段階で「もし」などということは考えても無駄かもしれない。しかし,ちょっとだけ考えておいてもいいかと思う。
もし,内閣不信任決議案がとおってしまったら,内閣総辞職,解散,選挙ということになるのだろう。そんなことをしている場合ではないことはサルでも知っている。第一,選挙などできるわけがない。いまもなお,特例法で東北地方の首長選挙を先送りしている(9月まで)ところさえある。つまり,選挙人名簿すら整っていないのだ。あちこち拡散してしまって,その所在すら不明な人が多くいるのが現状だ。こんなことすら,野党3党の人びとは忘れてしまって,党利党略に走っているのかと思うと情けなくなってしまう。おそらくほんとうのところはなにもわかっていない,そういう政治家が圧倒的多数を占めている。だから,この国家の非常事態に内閣不信任決議案を提出することができるのだ。もし,解散・選挙ということになって,選挙したくても選挙もできない国民の意志をどうしてくれるというのか。つまり,選挙はできない,これが現状なのに。それすらわかっていない。タニガキ君,一度でいい,ボランティアになって悪臭ふんぷんたる現場でスコップを握り,みんなと一緒に泥よけでもしてきたらどうですか。
もし,内閣不信任決議案が否決されたら,コザワ君,どうするんですか。そして,その一派の子分たちはどうするんですか。やはり,党を割ってでていくしかないでしょうね。それでも,党を割る意志はないという子分さんもいる。親分はその気でも,子分のなかにはそうでない者もいる。コザワ派は今晩一晩は眠れない夜を送るのだろう。いやいや,民主党の幹部(患部)以下,全員が今夜は眠ってはいられないだろう。切り崩し作戦の展開のために。もちろん,被災地で苦しんでいる人たちを無視して。政治不在の一夜がはじまる。

わたしは,泰山鳴動してネズミ一匹,で終わるのではないかとおもっている。自民党の中にだって,そんな馬鹿なことをやってはいけない,という良識をもった議員もいるだろう。公明党だってしかり。つまり,笛吹けど踊らぬ議員がでてくる,と。あちこち,政党がガタガタになっていくのではないか,と。そして,そのあとにでてくるのは,お馴染みの「政界再編」だ。コザワ君はそれを狙っているのではないか。いまや,それはコザワ君のヤマイでもある。ハトヤマ君も情けない。ミトコウモンさんもついに惚けたか。こうなると,いまや,まともなのは意外にもカメイ君ということになってしまう。非常時にはカメイ君はいいかもしれない。しかし,支持母体はどこにもない。

まあ,「3・11」以後,日本の恥部がつぎつぎに露呈してきて,国家の根幹ともいうべき政界・官僚・財界・学界・メディアの5本柱が,音を立てて崩れ落ちていく姿を目の当たりにしてしまった。それでも,国民は黙って我慢をしながら,明日に向って歯を食いしばって一歩ずつ重い足を踏み出している。やはり,親はあっても子は育つ,ということなのか。情けないかぎり。

2011年5月31日火曜日

『けんちく体操』のいう「けんちく体質」とはなにか。

すでに,このブログでも紹介した『けんちく体操』なる奇書について,その後も折に触れ考えている。これはどう考えてみても,これまでになじんできた「健康体操」や「美容体操」などといった,ある目的合理性を追求する体操とは趣をことにする,とおもうからだ。つまり,体操をとおして「健康」や「美容」をわがものとしようという類のものとはちがう,ということだ。まさか,体操をとおして「建築」をわがものとしようとは,この著者たちは考えていないだろう。この著者たちの目指すものは「けんちく」である。だから,わざわざ「ひらがな書き」で表記している。では,かれらの目指す「けんちく」とはなにか。それは「けんちく体質」のことにちがいない。

もし,このアナロジーが正しいとしたら,わたしの興味・関心は一気に深まっていく。それは,いま,わたしが仮説を立てて,その裏付けを求めようとしている「スポーツ」の本質そのものに,かぎりなく近いところに到達するからだ。もっと言ってしまえば,「体操」の本質そのものにかぎりなく接近していく営みにみえるからだ。

著者たちの言を借りれば,けんちく体操をやればやるほど「けんちく体質」が身につく(と言われている),という。ここがポイントだ。「けんちく体質」は,けんちく体操をする前まではなにもなかったものが,けんちく体操をやりはじめるとしだいに身につきはじめる,というのだ。では,この「けんちく体質」とはいかなるものなのか。

かんたんに言ってしまえば,おもしろいという興味・関心が湧いた瞬間に,その建築物の模写を身体で表現しようとしたくなる「体質」のことだろう。つまり,意識的に模写をする身体から,しだいに無意識のうちに模写をする身体へと変化していく,そういう「体質」のことだ。これは,換言すれば,「わたしの身体」から「わたしではない身体」への移りゆきのことだ。「けんちく体質」のレベルが高まっていけばいくほど,わたの身体は「わたしの身体ではなくなっていく」ことになる。

わたしはこれまで長い間「スポーツする身体」ということを考えつづけてきている。その結果として,スポーツに習熟すればするほど「わたしの身体はわたしの身体であってわたしの身体ではなくなる」というところに到達した。つまり,トップ・アスリートたちのスーパー・パフォーマンスは,直接,そういう人たちに聞いてみると異口同音に,「わたしの身体だったとは思えない」「わたしがやったという意識はまったくない」「だれかに動かされていたようにおもう」「気がついたときは動いていた」などという。このことはなにを意味しているのだろうか。

「スポーツする身体」には,意識的にコントロールされる身体と,無意識的に動いてしまう身体とのふたつの身体が同居している。スポーツに習熟する,つまり,トップ・アスリートになればなるほど,意識的にコントロールされる身体から無意識的に動いてしまう身体へと比重が移っていく。すなわち,考える以前に「からだが反応する」という境地にいたる。日本の武術の名人は,みんなこの境地に到達している。力士の身体もまた,調子のいいときは「からだが自然に動く」という。

これは西田幾多郎のいう「純粋経験」(『善の研究』)の世界で起こる現象と同じである。ヘーゲルもまた『精神現象学』のなかで,「自己意識」が立ち上がる以前と以後の関係性を解きあかすところで,詳細に論じている。このヘーゲルの「自己意識」読解をとおして(アレクサンドル・コジェーヴの『ヘーゲル読解入門』に啓発されながら),ジョルジュ・バタイユは『宗教の理論』のなかで,「動物性」から「人間性」への<横滑り>を起こしたことによって生じた二つの身体の問題を論じている。このバタイユの説によれば,「動物性」の身体は考える以前に「からだが反応する」ことになるし,「人間性」の身体は考えてから「動く」ということになる。もちろん,こんなに単純に区別できることではなくて,この境界領域にこそ人間の身体をめぐる「難題」がいくつも隠されているのだが・・・・。

じつは,「けんちく体質」と著者たちが名づけた概念は,この問題と深く切り結んでいるとわたしは考えている。ここではこれ以上の深追いはしない。『けんちく体操』の仕掛け人たちが,どこまで,この問題を意識しているかどうかはわたしの知るかぎりではない。しかし,荒川修作の提起した「建築する身体」の考え方を知らないはずはないし(けんちく体操博士の専門は「建築史」),表紙カバーに張り付けてある隅研吾のコピー「建築の身体性ってこういうことだったのか」からも十分に推測できるように,この著者たちの「たくらみ」はただごとではない,とわたしは受け止めている。だから,かれらの主張を,わたしの専門である「体操」(あるいは「体操史」)のサイドから,どこまで深追いすることができるのかと興味津々である。

このさきの展開は,また,機会をあらためて書くことにしよう。
今日のところはここまで。

2011年5月30日月曜日

DVD映画『バーレスク』を観る。

ちかごろはまことにありがたいお仕事が舞い込むようになった。DVD(映画)が送られてきて,その感想を聴かせてくれ,とのこと。しかも,スポーツ史家という肩書で,感じたままを書いていい,とおっしゃる。こんなにありがたいことはない。

さて,今回の映画は『バーレスク』(BURLESQUE)。いつもだと,DVDのほかにもリーフレットや関連の解説などがあって,ある程度の予測がつくのだが,今回は,丸裸のDVDだけがポンととどいた。カバーの写真や短いキャッチ・コピーだけが手がかり。
「バーレスク」かぁ,と短いため息をひとつ。このため息は,忘れていた世界を懐かしく思い出すときの,あの少しだけ緊張が解けたときの,ごくごく短いため息だ。それでいて,犬であれば,しっぽを振りまくっているはず。なぜなら,「バーレスク」ということばから真っ先に浮かぶイメージは,情けないことに「ストリップ・ショウ」だ。ケースの写真にもそれらしきものが載っている。だから,この映画はストリップに違いない,と勘違いをしたのだ。そんな,ストリップ劇場に足を運ぶときのような,ときめきを感じながら,パソコンにセット。

しかし,予想はみごとにはずれた。そんな卑猥な関心事とはなんの関係もない,堂々たる歌とダンスをふんだんに盛り込んだ素晴らしい映画だった。しかも,人生はどこまでも自分の夢を追い求めていくべきで,けして途中で諦めてはいけない,というお馴染みの「アメリカン・ドリーム」を絵に描いたような映画だ。そして,人間が「信」をおくべきものは「金」ではなくて,ほんものの「愛」だよということも,しっかりと教えてくれる。たぶん,この映画は折に触れて何回も観たくなるに違いない。落ちこんだときに観れば,間違いなく元気が湧いてくる。だから,DVDとして手元にあることは,それだけで幸せである。貯金が少しばかりたまったような気分。

ストーリーはカバーに書いてあるコピーを借用すると・・・。
バーレスク・ラウンジ,それはセクシーなダンサーたちがゴージャスなショーを繰り広げる大人のためのエンタテインメントクラブ。片田舎を離れ,アリは歌手になる夢を追いかけて,ロサンゼルスを目指す。テスが経営するクラブで自分が思い描いていた憧れの世界に出会ったアリは,アルバイトを始める。やがて,アリは抜群の歌唱力と突出したダンスの才能が話題となり,クラブは大盛況を極めていくのだが・・・・。

この映画がとてもよくできているなぁ,とごく個人的に感心したのは,つぎのようなことだった。
ひとつは,主人公のアリの顔がメイクひとつでみごとに変化するということ。つまり,歌う歌とダンスにマッチするように顔のメイクがみごとに工夫されているということ。メイクの威力とでもいえばいいだろうか。人間の顔というものはかくも変化するものなのか,とびっくりするほどである。映画の中ですら,同じ人間とはとても思えないほどの顔の変わり方をする。日常生活でそれをやったら,ひとりで何役をもこなすことができそうだ。それだけメイクの技が高度化したということでもあるのだろうが,それにしても驚くべきことだ。この女性のもつ奥行きの深さに,男は圧倒されてしまう。まことに残念なことではあるが・・・・。
だから,アリはステージに立つたびに,まったくの別人に変化してしまう。まったくの別人が歌を歌い,まったく別人がダンスを踊る。幕が上がるまでは,アリがどんな顔でスポットライトの中に浮かび上がってくるのか,だれも予測がつかない。考えてみれば,それこそが「バーレスク・ラウンジ」の見せ所でもある。そのお目当てのスターの変身ぶりが客を惹きつける。リピーターの客はそれが楽しみでまたやってくる。

もうひとつは,映画のストーリーの展開に合わせるようにして主人公のアリの顔も変化していく。これもまたメイクの威力なのだろう。田舎にいるときのアリは,まだ,田舎娘のままだ。そのアリがロサンゼルスにでてきて,少しずつ,そこでの生活に慣れてくると,顔や立ち居振る舞いも変化してくる。街中を歩く姿までが自信に満ちてきて,都会風となる。人間はこころの成長とともに歩き方も変わる。そういう演出もみごとだ。

さいごのひとつは,嫉妬や愛憎の渦巻くダンサーたちが,どんなにもめごとが起きようとも,さいごのところではひとつになって団結していかなくてはステージはつとまらない,ということをしっかりと承知している点だ。長年の借金の返済を迫られ,しだいに追い詰められていく経営者のテス(歌手であり,演出家でもある)を,アリは必死で支えていく。そのアリに,このバーレスク・ラウンジを買収しようとする資本家の誘惑の手がのびてくる。そして,お決まりのようにアリのこころは揺れ動く。しかし,意外にアリはしっかり者である。そこでも自分が「信」をおくべきところは「金」ではなくて,「友愛」だと自覚していくアリが描かれる。

まあ,歌とダンスがストーリーとみごとに織りなされていて,現実とステージとが入れ子模様のように展開していく。が,なんといっても,アリを演ずるクリスティーナ・アギレラの歌唱力の素晴らしさ,そして,ダンスの歯切れのよさ,がさいごまで観る者の眼を釘付けにする。もう,それだけで十分という映画だ。

きわめて健康的で,きわめて健全な映画だ。だから,こちらがピンチに陥ったときには間違いなく元気がもらえる。そういう映画になっている。いまの日本の,このどんよりとした,なんとも気持の晴れない世相にあっては,一場の救いの神様であるかもしれない。

2011年5月29日日曜日

海女さんは海のなかに溶け込んでいく=「内在」する存在。

海女さんのことを勉強して帰ってきました。
5月28日(土)午後1時から,山本茂紀・和子さんご夫妻のご尽力により,鳥羽市の「海の博物館」会議室で海女さんの勉強会(「ISC・21」5月鳥羽例会・世話人竹谷和之)が行われました。幸いにも,地元の生き字引のような方がお二人,そして,博物館で専門職としてお仕事をしていらっしゃる若い方がお二人,さらに,三重県博物館の学芸員の方がお一人と,いつもにもまして盛会でした。今回は,われわれの仲間うちから3人が代表して質問をし,それに答えていただくという方法をとりました。とてもいい雰囲気でQ&Aが繰り広げられました。お蔭で多くのことがわかってきて,とてもいい勉強会になりました。

そのなかの,わたしにとっての収穫の一部をご紹介しておきたいとおもいます。

それは,このブログのタイトルに書いたことです。
つまり,海女さんは海のなかに溶け込んでいく存在であるということ,すなわち,海と一体化し海に「内在」する存在であるということです。このことは,わたしにとってはかけがえのない大きな収穫でした。なにか,海女さんの世界というものが,わたしのなかにすとんと落ちてきました。なんともはや快感すのものでした。

どういうことかというと,以下のとおりです。
海女さんは,海に入っていくときに,地上を歩いているときの呼吸のまま,すっと入っていくといいます。つまり,わたしたちが海に潜るときにやるような大きな息の吸い込みはしない,ということなのです。いま,一緒に話をしていたのに,ふと気づくともう海のなかに入っている,というのです。この自然体こそが,海に入る海女さんの身体であり,こころである,というわけです。

海に入ってもすぐに深く潜るということはしない,ともいいます。徐々に,徐々に,からだを海に慣らしながら深く潜っていくということです。そして,平常心で気持ちが落ち着いているときには,あわびがどこにいるかがわかる,つまり,よく「みえる」といいます。駄目なときは,いくら頑張ってもなにも「みえない」ので,そういうときは無理をしないで海と戯れていることにしている,とも。この「みえる」「みえない」という表現が,わたしにはピンとくるものがあって,おおいに納得でした。

さらに,あわびは身の危険を感じると瞬間的に岩に吸いついてしまう,そうすると,どんなに頑張ってもあわびを岩から引き離すことはできないのだそうです。だから,海女さんは,あわびに危険を感じさせないように,さりげなく接近するといいます。そして,あわびが気を許している瞬間に,ノミ(オオノミ,コノミ,カギノミの3種がある)を入れて岩からはがしとります。この間合いのとり方がとても大事だといいます。

ということは,海女さんの泳ぎはできるだけ脱力して,へらーっと海水と戯れているような泳ぎになります。このことが酸素消費を少なくすることになり,長い間,海中にいることができる,というわけです。この海女さんの「潜る身体」は,近代スポーツの競泳選手の「早く泳ぐ身体」とはまるで正反対です。まるで海草が海中に浮かんでいるように,海女さんの身体も海中をただよわせている,といっていいでしょう。つまり,海のなかよ溶け込んでいく身体,海と一体化する身体,すなわち,「水の中に水があるように存在する」(バタイユ)そういう身体,もっといってしまえば,「内在」する身体(あるいは「存在」)というわけです。

この状態は,瞑想する身体,坐禅する身体,悟りの身体,自他の区別のない身体,つまり,他者のなかに溶け込んでいく身体,とほとんど違いがありません。

海女さんという人たちの身体,あるいは,存在はそういう世界を生きている,ということです。このことが,今回の勉強会での,わたしにとっての大きな収穫でした。そして,とても大きな喜びでした。また,ひとつ,わたしの思考の世界が広がりました。

2011年5月28日土曜日

『けんちく体操』なる奇書がとどく。

この本をどう思うか読んでみてほしいという依頼とともに『けんちく体操』なる本がとどいた。『けんちく体操』(THE ARCHTECTURAL GYMNASTICS),体操と文=米山勇+高橋英久+田中元子+大西正紀(チームけんちく体操),エクスナレッジムック,2011年4月刊,1,200円。

宅急便で送られてきたので,そこからとり出した瞬間に笑ってしまった。その表紙をみて。なぜなら,東京タワーの前で,3人の大人(うちひとりは女性)が立位開脚姿勢で両腕を頭の上に伸ばし,手の平を合わせている。真っ青の空に赤白に塗られた東京タワーがそびえ立つ前で,3人が大まじめな顔をして,さきほどのポーズをとっている。つまり,東京タワーになったつもりなのだろう。人の影が長く伸びているところをみると早朝の撮影であることがわかる。これが,すなわち「けんちく体操」だというわけだ。

いつものクセで,目次を拾い読みしたら,すぐに,うしろにまわり,奥付から順番にチェックを入れていく。表紙カバーの折り返しのところに「けんちく体操」の定義らしきものが書いてあるので,それを引いておこう。
【けんちく体操】
建築物を模写する体操。外観だけでなく,構造や用途,個人的に抱いた第一印象などを身体で表現するもので,身体能力以上に,建築を見る,知る,愛する情熱が問われる体操である。やればやるほど「けんちく体質」を身に付けられると言われている。「けんちく体操」を行うために作られたロボット「けんちく体操マン・ウーマン」は,現在,3体確認されている。

ひととおり内容をチェックしてから,この定義を読むと,なるほど,まことに手際よくまとめてあることがわかる。みごとというほかはない。「建築物を模写する体操」ですべて言い切っている。その上で,身体能力よりも建築を見る,知る,愛する情熱」が大事だという。そして,やがて「けんちく体質」が身につくという。このあたりでもう一度,ぷっと吹き出してしまう。さいごに,ロボットが3体確認されている,というところで再度「ぷっ」である。

奥付を一枚めくると,「チームけんちく体操」の4人のメンバーが紹介されている。それがまたふるっている。けんちく体操博士”イサーム・ヨネ”=米山勇,けんちく体操マン1号=高橋英久,けんちく体操ウーマン1号=田中元子,けんちく体操マン2号=大西正紀。それぞれの経歴が詳しく紹介されている。うち,お二人は建築の専門家,あとのお二人も建築にかかわるお仕事にたずさわっていらっしゃる。この4人が横並びに直立不動の姿勢で立っている写真が眼を引く。その顔ぶれをじっと眺めていると,やはり,ふつうの人たちではないな,ということが伝わってくる。

日本の有名な建築を中心に,世界のよく知られる建築を加えて,全部で73のパフォーマンスが紹介されている。みんな,表紙の東京タワーと同じように,身体的なパフォーマンスとしてはきわめて単純で簡単なものばかり。むつかしい身体技法はひとつもない。見れば,すぐに,その場で,だれでもできるものばかりである。たとえば,白川郷の合掌造りは,開脚で立ち,上体をやや前傾して,顔の下で両手を合わせて合掌しているだけである。

これが,なぜ,「けんちく体操」なのかなぁと考える。みんな真剣な表情をしている。つまり,自分のイメージする建築になりきっているのである。この「なりきる」ということが大事らしい。そして,「けんちく体質」を身につけること。そうなると,どうも快感がともなうようになるらしい。ここまで思いがたどりついたとき,はたと気づいたことがある。

そうか。これは,まさに「体操」である。それも体操の「本質」をみごとに衝いている。

20世紀の前後にかけてヨーロッパでは「体操改革運動」(Neue Gymnastikbewegung)なるものが展開された。それは,19世紀に盛んに行われるようになった体操が次第に形骸化してしまい,まるで,ピノキオのような人形が体操をしているようなものになってしまった。そこで,ピノキオに人間の魂を吹き込んで,人形の体操から人間らしい体操をとりもどそうと主張する人びとが登場した。そこに集まってきた人たちは体操の専門家だけではなく,ダンスや音楽や芸術の専門家たちまで集まってきて,人間の魂の内奥からわき上がってくるような快感をともなう体操を模索することになった。

この体操改革運動は,断わるまでもなく,この時代の芸術運動と連動するものであった。たとえば,絵画の印象派やキュービズムやシュールレアリスムなどの,いわゆるアヴァンギャルドと呼ばれる運動と密接にリンクしていたのである。この時代はまた,ジョルジュ・バタイユやカイヨワや岡本太郎などが集まって形骸化してしまったアカデミズムに対する根底的な問いを発していたころとも符号する。これらの主張に共通していることは,人間の内奥の表出を擁護するという立場である。体操改革の主眼もそこにあった。

こうした体操改革の成果は,第二次世界大戦後になって,さらに細分化しそれぞれの道を歩むこととなる。たとえば,競技化をめざした新体操,健康や美容やリズムやエアロビックといった目的別にそれぞれの体操体系を立ち上げ,こんにちにいたっている。しかしながら,1920年代の最大の成果である体操の本質,すなわち,人間の内奥と共振・共鳴する体操の存在が,どこか影がうすくなってきているように思われる。いな,目的意識の明確な体操ブームに煽られてしまって,体操をすることそのものの喜びを重視する体操(体操の本質につながる体操)がどこかに置き去りにされているのではないか,とわたしなどは危惧している。

そこに,この「けんちく体操」の登場である。これを「体操」と名づけたところを高く評価したいと思う。なぜなら,ものまね芸だと片づけてしまってもなんの問題もないかのようにみえるからだ。お笑いの世界でも「炎」という文字をからだで表現する芸がある。形態模写(コロッケの芸)やパントマイムのような芸もある。しかし,それらの芸とは明確に一線を画して,声高らかに「けんちく体操」と名乗りをあげたところが素晴らしい。

なにゆえにか。建築は,人間が産み出した純然たるオブジェそのものである。つまり,人間の身体性ともっとも深くかかわるべきはずの建築が,動物性そのものを体現している身体とはもっとも遠いところに位置づけられることになってしまった。その結果,人間の身体もまたオブジェと化しつつある。このことをもっとも危惧していた建築家に荒川修作がいた。かれは,近代が産み出した直線的な建築に人間の身体がとりこまれてしまうことは「死ぬ」ことと同じだ,と主張し「死なないために」というコンセプトの建築をめざした。そのひとつが「養老天命反転地」というテーマ・パークだ。ここで目指されたものは,建築をとおして「死にかけて」いた身体を蘇生させることだった。

このことと「けんちく体操」は深くつながっている。しかし,そのベクトルは逆だ。「けんちく体操」は,純然たるオブジェである建築物を身体で表現しようとする。しかし,そこにはどう頑張っても埋め合わすことのできない深い溝がある。だから,「なりきる」ことによってその溝を埋め合わせようとする。そのように努力していると,いつのまにか「けんちく体質」が身につくという。この「けんちく体質」こそがポイントだ。すなわち,たんなるオブジェにすぎない建築物に身体をなりきらせようとするとき,身体の「動物性」が蘇生する。つまり,身体の動物性に「じかに」触れる体験をともなう。このとき,人間はいわくいいがたい快感にしびれる。これこそが「体操」の根源であり,「体操」の本質そのものに触れることなのだ。

「けんちく体操」は,長い間,忘れていた「体操」の本質そのものを呼び覚ます恐るべき「文化装置」として,この21世紀に誕生したことになる。

とまあ,大急ぎで,いま,わたしが感じ,考えたことを整理すると以上のようになろうか。このあたりのことは,きわめて重要なことなので,もう少し考えを推敲してみたいと思う。とりあえず,今夜はここまでとする。

2011年5月27日金曜日

山本太郎のツイッター発言を所属事務所が否定とか?!ナヌッ?

インターネット情報はリアル・タイムで流れてくるので,とても面白い。空き時間があると,すぐにあちこち面白そうな情報を探して歩いている。

と,早速,山本太郎のツイッターでのつぶやきが,すでに取消になっていて,山本太郎も「つぶやかない」宣言をしたという。しかも,所属事務所は,山本太郎のつぶやきを「事実ではない」と否定しているという。ここまで魔の手は延びてきているということを実証したようなものだ。おもしろいのは,所属事務所の応答の仕方。事務所の電話番の女性が「事実ではない,と応答するようにといわれています」の一点張りで,それ以上のことはなにもわからないということ。

もし,ほんとうに「事実でない」というのであれば,きちんと説明すれば済むこと。それを事務の女性に代弁させて,おうむ返しの応答しかしていない,というこの事実がすべてを語っているとわたしは受け止める。で,もし,ほんとうに「事実」ではなかったとすれば,山本太郎君自身がツイッターで釈明すれば済む。それもさせないで,ツイッターを消去させ,しかも,ツイッターを中止させた,この不自然な力学を考えれば,だれが,どのようにプレッシャーをかけているは歴然としている。こんな子どもだましのようなことをやるところが,まさに,原子力村の応対ととてもよく似ている。

つまり,責任のなすり合い。だれも責任をとろうとはしない。お互いに,だれかに責任を押しつけ合っている舞台裏がいまでは丸見えだ。で,結局,関係者は全員,貝のように口を閉じてしまい,ただ事務所の女性に「事実ではない」と言わせて終わりにしようという魂胆まで丸見えだ。そして,最後は,山本太郎君に責任をとらせようということ。しかし,太郎君のツイッターまで「口止め」してしまった,この恐るべき「暴力」がまかりとおること自体がおかしい。こういう言論弾圧が,日本の社会ではまかりとおる,ということを見逃してはなるまい。

じつは,この構造は,芸能界という特殊な世界にかぎられたことではなくて,ごくふつうの会社でも,大学でも同じだ,ということが恐ろしい。日本の社会のすみずみまで浸透している,という事実。これは,みなさんの身近にもいっぱい思い当たることがあると思う。この「壁」をいかに突き破っていくかということも,じつは,「3・11」以後を生きるわたしたちの大きな課題なのだ。それもこれも,みんな福島原発の事故が引き金となって,長年培ってきた都合の悪いことは「隠蔽」するという日本の悪しき慣習行動が,ようやく明るみにでてくるのだから。

その意味で,山本太郎君,もう一踏ん張りしませんか,と呼びかけたいし,みんなで支援していきたいと思う。福島のご両親やファンの人たちは憤懣やるかたなし,というところでしょう。日本人として,しかも基本的人権を守る立場からして,きわめてまっとうな発言をし,姿勢を貫くことに,闇の世界から意味不明なプレッシャーがかかってきて,ものも言えなくしてしまう。この構造が厳然と存在し,いまも大きな力をもっている。

あなおそろし,あなおそろし・・・・。

反原発の俳優山本太郎がドラマ出演降板だとか・・・・。ナヌッ?!

日本の社会の支配層に数多く棲息する魑魅魍魎が,このところつぎつぎに馬脚を現しはじめている。まるで「原子力村」のような構造があちこちにあって,自分たちの好き勝手に,やりたい放題のことをやりつづけてきた組織や団体が,音を立てて崩れ落ちはじめているようだ。

芸能界も,むかしから伏魔殿としてよく知られているとおり,摩訶不思議な魔物が数多く棲息しているところとして知らぬ人はいない。こんどは「反原発」を主張し,デモにも参加(20シーベルトから子どもたちを守れ,というきわめてまともなデモ)したという理由で,予定されていたドラマ出演からはずされた,という(本人のツイッター)。

ひとりの俳優として,そして,ひとりの市民として,未来の日本を背負うべき子どもたちのからだのことを憂い,「原発は止めよう」「20シーベルトはあまりに数値が高すぎる」と意思表示をしたことで,ドラマ出演からはずされてしまう,という恐るべき事実が露呈した。

ということは,そのドラマに出演する人たちは,みんな「原発推進」派か,それとも「知らぬ勘兵衛」派の人たちばかりだということになる。もちろん,そのドラマの制作にかかわる人びとは,間違いなくそのいずれかである。もちろん,スポンサーも。(ひょっとしたら,東電かな?)

こういう「踏み絵」を踏まされて制作されるドラマとはいったいなんなのか。
山本太郎君は立派だと思うのは,「ドラマ制作の現場に迷惑をかけるから,どのドラマかは言わない」とつぶやいたことだ。これでいい。放っておいても,どのドラマであるかは,すぐにわかることだ。その方が効果は大だ。みんな特別の関心をもって,そのドラマを観るだろう。あるいは,意図的にチャンネルを変えるだろう。

そうなると,そのドラマに出演している俳優さんや女優さんの立場はどうなるのだろう。まるで,「原発推進」派であることをドラマ出演をとおして表明しているようなものだ。あるいは,頬っかむりをして「知らぬ勘兵衛」さんを押し通す厚顔無恥をさらけ出すことになる。この逆の「踏み絵」も恐ろしいことだ。そのことに気づいた俳優・女優はどうするのだろう。

もっともそのむかし,「原発は安全です」というコマーシャルの顔として大活躍したタカハシ君は,これからどうするのだろうか。早いうちに,「わたしは間違えていました」と懺悔した方がいい。そうしないと,タカハシ君,あなたの人格までが傷ついてしまいます。人間はとてもいい人だ,と聞いているだけにますますそう思う。率先垂範して,タカハシ君,あなたがそういう姿勢を提示することが,わかい俳優・女優さんたちをどれだけ勇気づけることか。そして,芸能界を洗浄するための,きわめて重要な一石を投ずることになることか。ぜひ,やってほしい。

それが,山本太郎君への最大のエールになる。
これから,このドラマの行方をしかと見極めていきたいと思う。
こころの底から許せないから。
そして,山本太郎君に,大いなる拍手を。

2011年5月25日水曜日

小出裕章さんの参議院での陳述にサブイボが立つ。

5月23日の西谷修さんのブログ「小出裕章・後藤政志さんら,参議院で陳述」を読んで,そのなかに紹介されていた「参議院USTREAM中継・脱原発への道」のアドレスを開いて,サブイボが立ってしまった。サブイボとは鳥肌のこと。これは必見の中継。

きちんと紹介しておくこう。「参議院行政監視委員会」行政監視,行政評価及び行政に対する苦情に関する調査(原発事故と行政監視システムの在り方に関する件)。参考人,小出裕章(京都大学原子炉実験所助教),後藤政志(元東芝原子炉エンジニア),石橋克彦(神戸大学名誉教授・地震学),孫正義(ソフトバンク株式会社代表取締役社長)。この人たちが順番に意見陳述をしていく。それぞれの参考人に与えられた時間は短いものであったが,その迫力たるや抜群。なかでも,わたしは小出裕章さんの発言にフリーズしてしまった。

それにしても,参議院の行政監視委員会が,よくも,これらの人たちを参考人として招聘し,意見を聴く場を設けたものだと,ある意味では感動もした。なぜなら,これらの人びとは,NHKをはじめとするマスメディアからは忌避され,排除されてきた人たちだからだ。それを承知で参議院が招聘してそれらの人たちの意見に耳を傾けたことは,高く評価してよいと思う。いや,むしろ,大きな拍手を送りたい。

なかでも小出裕章さんの陳述に,目の前で落雷を受けた大木が真っ二つに引き裂かれていくような,身の毛もよだつ衝撃を感じた。小出さんは,きわめて冷静に,重大な問題点に焦点をしぼり,的確な事実を提示しながら,しかも,気迫をこめて,ことばを選びぬいた陳述を展開。そのすべてを紹介したいところだが,わたしには不可能なので,残念ながら,強烈な印象に残ったところだけを紹介しておこう。

小出さんは,原子力こそ未来を照らすエネルギーだと信じてこの研究の世界に身を投じた,と切り出しながら,途中で,これほど危険で手に負えないエネルギーはないということに気づき,その危険性に警鐘を鳴らしつづけてきた,という。原子力関連の裁判闘争の証人にも立ち,反原発の闘争を展開してきた,という。その上で,つぎのように語る。
高速増殖炉の開発は不可能である,ということが歴然としているにもかかわらず,そこに巨額の資金を投じて,いまも研究開発をつづけている。こんなことが野放しにされていていいのか,と問う。これは,詐欺罪に相当する,と。1億円の詐欺をはたらくとほぼ1年の実刑になるのが過去の判例から明らかだが,モンジュの開発費だけで,すでに1兆円を投じている。したがって,この開発の関係者を詐欺罪で訴えたとしたら,全部で1万年の実刑に相当する。100人で分けもったとしても100年の実刑に相当する,という。こんな馬鹿げたことが野放しにされていることの「狂気」こそが重大問題だ,と指摘。

また,つぎのようにも指摘する。ヒロシマの原爆は800グラムのウランが使用された。しかし,原発1基が1年で消費するウランは1トンになる,と。つまり,ヒロシマの原爆に換算すると1000発以上に相当する,と。こういう原発が日本国内に54基ある。もちろん,定期的に点検に入っているので,すべての原発が稼働しているわけではないが,とんでもない量のウランが絶えず消費されていることに間違いはないのだ。

これ以上のことは,ぜひ,USTREAMで確認してみてください。
全体的な印象としては,原子力村(最近,このことばが踊りはじめた)はやりたい放題の,しかも,狂気の集団のたむろしている村落共同体だ,というものだ。困ったことだが,それが,現実なのだ。だとしたら,まずは,この原子力村の解体からとりかからないかぎり,脱原発はとうていかなわない夢のまた夢に終わりそうだ,ということだ。

その意味では,これからが正念場だと言ってよいだろう。
それは,ちょうど,福島原発の封じ込めに,いまだに「決め手」がみつからないまま,事態はますます悪化していることと同じだ。ここをどのように「通過」するか,日本の将来のすべてがかかっているといっても過言ではない。わたしたちも,そのつもりで監視をつづける必要がある。そして,できるところから行動に移すこと。でないと,日本の将来には夢も希望もなくなってしまう。

これからも小出裕章さんの発言に注目していきたい,としみじみ思ったしだいである。
ひとまず,今夜はここまでとする。

2011年5月24日火曜日

高槻市の上宮天満宮,今城塚古墳を見学。

今日(23日)の午後に,高槻市の如是公民館から依頼されていた講演を済ませて,さきほど,もどってきました。演題は「相撲ってなに?古代相撲から現代相撲まで」というもの。この演題は,如是公民館の富田英子さんに決めてもらいました。というのも,富田さんがわたしのブログを読んで,野見宿禰に関する記述をみつけたのが講演依頼のきっかけだった,と聞いたからです。

この講演に先立って,午前中に,富田さんが上宮天満宮と今城塚古墳を案内してくださいました。
上宮天満宮(じょうぐうてんまんぐう)では,代表役員という肩書の森嘉和さんが応対してくださり,いろいろと貴重な勉強をすることができました。事前に,富田さんが『てんじんさん風土記』という冊子をおくってくださっていたので,ある程度の予習はできていました。
そこで,まずは,ここの境内にある野身神社。この「野身」という文字が気になりました。で,さっそく,あちこち文献をあたってしらべてみましたら,いろいろの表記があるということがわかりました。たとえば,以下のようです。
野見,能見,能美,弩美(のみ),祈祷(のみ),乃禰(のみ),濃美,濃味・・・・という具合です。
要するに,野見一族が,あちこちに分散して,それぞれに好みの当て字を用いて名乗っていたことの名残だろうと,いまのところは推測しています。
それはちょうど,安曇野に拠点をおいた「あずみ」族と同じだなぁ,とかんがえています。安曇,安住,渥美,安積,などのヴァリエーションがあるのと同じだ,と。

上宮天満宮に野身神社があることは,なんの不思議もありません。天満宮は菅原道真を祀った神社ですから,その祖先である野見宿禰を祀るのは当たり前のことでもあります。もちろん,北天満宮にも野見宿禰神社があります。
が,驚いたのは,上宮天満宮は,北天満宮よりも2年前に建立された,という事実です。しかも,この上宮天満宮のある高槻市一帯は,野見一族の拠点になっていた,という事実です。この二つの事実を知って,わたしの頭のなかはフル回転をはじめました。奈良県には「出雲」と呼ばれる土地があって,野見宿禰はそこに住んでいたといわれています。そして,この「出雲」と出雲大社のある出雲とを混同して,野見宿禰は出雲の人,と考えられているからです。わたしも長い間,野見宿禰は出雲の人だと思っていました。が,この事実を知って仰天です。

高槻市には,野見,菅原,という地名がいまも残っていて,その近くには「野見郷」(のみのさと)と呼ばれている土地もあります。それは,上宮天満宮からまっすぐ南にくだってきた地域につらなるようにしてあります。ということは,上宮天満宮ができてからのちも,野見宿禰の子孫たちが,そこに居住していたとかんがえていいだろう,ということです。

さらに驚いたことは以下のことがらです。
富田さんの案内で,今城塚古墳を前にしたときです。発掘したときにでてきた埴輪が,ほぼ,その位置に並べてあるのだそうですが,それがとてつもない数の多さでした。雨が降っていたのと,時間が足りなくなっていた(講演前でしたので)のとで,ゆっくりと見学するわけにはいきませんでしたが,ここは,もう一度きて,じっくりと巨大な今城塚古墳の全体を歩いてまわりながら,感じ,考えてみたいと思いました。そこに並んでいた埴輪の一部に,力士埴輪があって,それらは相撲の所作と考えられるポーズをとっています。そのなかの一体は,神官や巫女さんの集団の先頭に立って,なにやら相撲の所作をしています。その近くには,祭祀が執り行われたであろう二階建ての建物を表した埴輪がいくつも置いてありました。この力士埴輪を眺めているかぎりでは,力士は「すまい」(=素舞い)をしているであって,相撲をとっているわけではありません。「素舞い」とは,祈りの所作が大きくなったもの,つまり,「舞い」=「祈り」=「祈祷」(のみ)そのものである,ということです。

このことと同時に,この今城塚古墳から,これほどの大量の埴輪がでてくることの意味を考えてみると,もっと驚くべきことが明らかになってきます。埴輪を焼くようになったのは,『古事記』によれば,野見宿禰が天皇に上申したのがはじまりだった,ということになっています。以後,埴輪が多く制作されるようになった,というのが一般的な理解です。そして,この埴輪は土師氏という職能集団が焼いたものであります。その長ともいうべき人物が野見宿禰だったわけです。そして,ここにおびただしい数の埴輪が出土するということの意味もおのずから明らかになってきます。

となると,野見宿禰は,出雲の人ではなくて,ここ高槻の人ということになってきます。
だからこそ,菅原道真が太宰府に流されたとき,京都を出発して,最初に宿泊したところが先祖の拠点であったここ高槻ではなかったか,とわたしは考えます。そして,太宰府に到着した菅原道真は2年後には失意のうちに没してしまいます。

それからまもなく京の都ではたいへんなことが起こります。天皇の子どもたちが立て続けに病気になって死に,右大臣であった菅原道真に冤罪をかぶせた左大臣一族がつぎつぎに奇病にかかって死んでいきます。さらに,雷が鳴りつづけ,疫病が大流行します。この現象を京の都の人たちは菅原道真の怨霊による祟りだと受け止めます。そして,菅原道真の御霊を鎮めるために北天満宮を建立します。
が,その前に,菅原道真の死後,ただちに,高槻に住む野見郷(のみのさと)の人びとは天満宮の造営にとりかかったのではないか,とわたしは考えます。その結果,北天満宮に先立つ天満宮という意味で「上宮天満宮」と名づけられたのではないか,とこれもまたわたしの推測です。

というようなわけで,今回の高槻市如是公民館での講演がご縁となって,とんでもない大発見が(少なくともわたしにとっては)ありました。それもこれも,みんな,富田英子さんのお蔭です。富田さんが,もし,わたしのブログを読むことがなかったら,この講演は成立しなかったわけですから。富田さん,お世話になりました。ありがとうございました。
いつか,チャンスをつくって,必ず,もう一度,時間をかけてあちこちの古墳めぐりをしたいと考えています。そのときは,ぜひ,お付き合いくださいますよう,お願いいたします。
取り急ぎ,富田さんへのお礼を兼ねて,このブログを捧げます。ありがとうございました。

2011年5月22日日曜日

国立民族学博物館の「ウメサオタダオ」展に行ってきました。

高槻市の如是公民館が主催する講演を依頼されていましたので(23日午後2時より),少し早めに関西にやってきて,二つ,三つ用事を済ませ,今日(22日),万博記念公園の中にある国立民族学博物館の特別展「ウメサオタダオ」展に行ってきました。

じつは,昨日(21日),関西に在住の友人たちが国立民族学博物館へ案内してくれ,常設展の方を見物してきました。特別展もやってるよ,と教えてくれましたが,梅棹忠夫さんのことをほとんど知らない人たちといくところではないと自分で決めて,お断りをして図録『梅棹忠夫─知的先覚者の軌跡』だけ買って帰ってきました。夕食後,早速,この図録を読みはじめ,朝方の4時ころまでかかってほぼ全部を読み終えました。この人,梅棹忠夫という人の発想の奇想天外さがどこからくるのかと,以前から気がかりでしたが,この図録を読んで,とてもよくわかりました。のみならず,いまさらながらに感動してしまいました。

しっかり予習をしたところで,今日(23日)のすべての時間をかけてもいいから,じっくりと特別展をみようと思って眠りにつきました。が,なんと,今日の午前中はひどい雨風で,これではでかけられないと諦めてホテルに籠もっていました。そして,もう一度,あちこち拾い読みをはじめていたら,午後になって雨が止み,雲が切れてきて,明るくなってきました。これなら大丈夫と走るようにして高槻を出発。万博記念公園は雨上がりの青空をバックに新緑がみごとで,岡本太郎の「太陽の塔」もにこやかに迎えてくれました。

展示の内容はほぼわかっていますので,お目当ては,梅棹さんが用いたフィールド・ノート,メモ用カード,スケッチ・ブック,タイプライター,など。いわゆる『知的生産の技術』という名著を書くにいたる小道具たちがどのように使いこなされていたのか,そこに興味がありました。それと,もう一点は,『文明の生態史観』を生み出すにいたる梅棹さんの足どりとその発想の原点でした。この点については,『図録』でも大勢の人が謎解きをしてくれていますので,一定の予備知識はもっていましたが,やはり展示をみるとじかにその迫力が伝わってきました。

ここでは,わたしなりに納得した結論的なことだけを,思いつくまま書き記しておきたいと思います。
それは,まずなによりも,「足で歩き,その現場に立ち,肌で触れて,そこから思考をスタートさせる」という梅棹さんの基本的なスタンスでした。とにかく行動の人。そして,歩きながら(移動しながら)考える,あるいは,考えながら歩く,その上で文献のチェックをするというスタンス。あらゆる既成の概念にしばられることなく,まったく自由に,想像力(創造力)をはたらかせること。そこから生まれる発想をつぎつぎに書き記していくこと。さらに,カメラはあるのにスケッチをすること。そのスケッチにその瞬間,瞬間に浮かぶアイディアやイメージを書き込むこと。そして,それを整理すること(この整理学こそが梅棹さんの本領発揮というところです),しかも,それらを可能なかぎり文章化すること。これらを精力的にこなすこと。

なぜ,こんなに精力的に仕事ができるのか,と問われた梅棹さんは「あそび」だから,と答えたそうです。当然のことながら,ここでいう「あそび」とは通俗的な意味の「遊び」ではありません。なにものにも拘束されることなく,まったく自由に脳内活動(知的遊戯)を展開すること,これが梅棹さんのいう「あそび」です。ですから,楽しくて楽しくて仕方がない,というわけです。それは,まるで,子ども時代に熱中したという昆虫とりや植物採集(これらも,すでに,整理分類することが,必然的にともなっていた)と同じです。そして,その後は山登りです。三高の2年生のときには,一年のうち100日以上も山で暮らしたといいます。その結果,2年生を3回くり返した(落第したため)といいます。それでも,梅棹さんは,いやいやふつうの人より3倍多く友達ができた,と豪語しているほどです。つまり,これは面白いとなったら,もう,止めようがないという次第です。それが梅棹さんのいう「あそび」です。こういう「あそび」にあやかりたいものだとしみじみ思いました。

その止めようもなく面白いことが,梅棹さんにとってはフィールド・ワークであり,そこから生まれる「発見」であり,それらの「発見」を積み上げていくと,かつて,だれも考えたことのなかった,まったく新しい発想が生まれてくる,それを文章にして発表する,すると,かならず,大きな反響がある。それは,いつも,賛否両論に真っ二つに割れる。だから,なおさら,面白い,と梅棹さんはいう。要するに,梅棹さんは,まことに天性に合った「あそび」が仕事になってしまった,というわけです。ですから,やることなすことみんな面白くて仕方がない,と。

それにしても,こんなに才能に恵まれた人も少ないのではないか,と思います。たとえば,スケッチのみごとさ(画家になっても一流になったのではないかと思います),写真はプロ並み,動物学から社会科学への転身(知りたいと思ったら,いかなる学問領域にも飛び込んでいって,それをわがものとする。そして,さまざまな学問を横断する視野の広さが梅棹さんの発想の根源にある),数学という得意技(オタマジャクシの群れる現象を数学的に解析した論文が学位論文だという),鳥の鳴き声や川の流れる音,風の音,などを五線譜に移しとることができるほどの耳のよさ,地図のない未開の土地への探検・登山を試み,地理上の発見をすること,学術調査の団体を組織して(必要とされるあらゆる学問領域の専門家をあつめる)そのリーダーとなり,調査報告書をまとめあげる力,そして,国立民族学博物館を設立するために行政を説得し,巨費を捻出させる力,などなど。挙げていけばきりがありません。

そうした,トータルな能力の高さが,やがて世界的にみてもトップレベルといわれる「国立民族学博物館」を立ち上げ,初代館長となるところに向けられていきます。そのころに書いたかと思われるメモ書き(たぶん,どこかのレストランで食事でもしていて,眼の前にあったコースターの裏に書いたと思われる)が,『図録』の内側のタイトルの下に掲載されています。そこには,つぎのように書いてあります。しかも,あちこち推敲の跡がいっぱいで,なんとも汚いメモ書きです。
「ふかい学識,ひろい教養,柔軟な行政力,やたかな国際性,いきいきとした市民感覚」

今日は,いささか興奮気味で,まとまりのない文章でお許しください。これから,何回にも分けて,梅棹忠夫さんのことは書いてみたいと思いますし,わたし自身も,これからの仕事をすすめていく上で,ちょっとスタンスが変わるかもしれないと、思っています。このブログの書き方も変わるかもしれません。なぜなら,梅棹さんの「あそび」にあやかってみたい(ちょっと遅きに失したとはいえ),と切実に思うからです。

では,今日はここまで。これから,明日の講演の準備にとりかかります。ちょっと,時間が足りないかな?不安がいっぱい(笑い)。

2011年5月20日金曜日

「3・11」以前の「普通」はふつうではなかった。

なにもかもがメルトダウンを起こし,「3・11」以前に構築されてきた「あらゆるもの」(戦後民主主義も日米関係も,そして,マスメディアもアカデミズムもふくめて「あらゆるもの」)が崩壊(メルトダウン)してしまった。さて,われわれはこれからどのような「問い」を立て,その答えをみつけていけばいいのか,という問題提起を西谷修さんがブログのなかで書いている。

昨夜も今朝もずっとこのことを考えつづけている。

現実には,被災地の復旧・復興に向けて日夜,多くの人びとが全力をそそいでいる。そして,一刻も早く「3・11」以前の「普通」の状態をとりもどそう,という掛け声が鳴り響く。わたしもまったく同感であった。しかし,よくよく考えてみると,ここでいう「普通」とはなにか,という肝心要の「問い」が抜け落ちていることに気づく。この「3・11」以前の「普通」もまた「メルトダウン」してしまったのだ。一度,メルトダウンしてしまったものは半永久的に「普通」にはもどれない。そのことも今回の原発事故によって学んだ貴重な教訓のひとつだ。

そこで,もう一度,「問い」を立て直して考えてみよう。
「3・11」以前の「普通」とはなにか?
この「問い」への応答の仕方は無限に広がっていくので,まずは,この夏に向けての当面の課題である「電力」に限定して考えてみよう。すると,にわかに奇怪なイメージが浮かび上がる。電力事情を「3・11」以前の「普通」にもどすとは,どういうことなのか?という「問い」だ。これは,まさに,原発推進派や東電の思うつぼである。十分な電力を確保するためには,いま停止している原発を一刻も早く再始動させることだ,と。もちろん,いまでは,すでに,原発に頼らなくても電力は確保できる,と多くの識者の試算が提示されているように,この夏の電力は足りる。

このことを確認した上で,「3・11」以前のような電力の消費状態は,はたして「普通」だったといえるのか,という新たな「問い」がここでは不可欠だろう。このブログでも,何回かに分けて書いてきたように,わたしたちはあまりに贅沢に電力を消費してきたのではなかったか。家庭のテレビはつけっぱなし。夜の街中は必要以上に明るい。コンビニを筆頭に,デパートも,駅舎も,会社の中も,とにかく明るいことはいいことだとばかりに目一杯に電力を消費してきた。徐々に,徐々に,少しずつ,長い時間をかけてこの「明るさ」が増大してきたので,わたしたちはこれを「普通」だとカンチガイしてしまった。この明るさは,ヨーロッパの人たちからみると「異常」なのだ。わたしの少なからぬヨーロッパ滞在経験からしても,ヨーロッパの「節電」は徹底している。

「3・11」以後,わたしたちが経験した街中の「節電」も,当初は「暗い」なぁと感じたものの,ものの2,3週間もしたら慣れてしまった。慣れてしまえば,それが「普通」になる。しかも,なにも不自由はない。電車の本数も通常の「8割運転」になった。日中の運転間隔が,やや,遠くなったかなぁ,とは思うが,なんの不自由も感じない。これでいいのだ。つまり,過剰なサービスは不要だということ。デパートの照明も,いま敷設されている電灯の「8割」で十分だ。それでも,ヨーロッパのデパートよりは,はるかに明るい。

このように考えてくると,「3・11」以前の「普通」はふつうではなかった,ということがわかってくる。いったい,この「普通」とはなにか,というつぎなる「問い」が立ち上がってくる。ここからさきはみなさんに考えてもらうことにしよう。

いま,重要なことは,「普通」をどこに設定するかによって,「3・11」以後の目指すべき方向やレベルが決まる,ということだ。以前の「普通」は異常だったという認識に立つことが先決である。そして,つぎなる「ふつう」をどのように模索していくか,それがわたしたちに課せられた「問い」である。そのためには,人が「生きる」とはどういうことなのか,という根源的な「問い」からやり直さなくてはならない。つまり,「0(ゼロ)」からの再出発である。

ことほどさように,なにもかも,「0」からの再出発が必要だ。原発も「0」から仕切り直し。
経済も同様。宇沢弘文さんが仰るように,「人間と自動車とどちらが大事なのか」と考えよ。人間が大事なのは分かり切っているだろう。だったら,道路は歩行者優先にして,まずは,歩く人のための道路を確保した上で,つぎに自動車の走る道を考えるべきだ。それが,いまや,人間が自動車に道を譲らなくてはならない道路になってしまっている。これは本末転倒だ。と宇沢さんの本を読むと,経済そのものの考え方の根本が狂っている,ということがわかってくる。その狂ってしまった市場経済最優先政策の結果として立ち現れた「消費文明」を,わたしたちは「普通」とカンチガイする羽目に陥ったのだ。そこから脱出すること。それこそが,なにもかもメルトダウンしてしまった,「3・11」以後を生きるわたしたちの最大の課題ではないか,とわたしは考えている。

この問題は,これからも折に触れ,取り上げて考えていきたいと思う。
なぜなら,いま,わたしたちが眼にしている「スポーツ」もまた「普通」だと思っている人が圧倒的多数なのだが,じつは,これもまた「普通」ではないどころか,きわめて「異常」なのだ。それは,生きる人間にとってスポーツとはなにか,という根源的な「問い」を立ててみれば,すぐにわかることだ。このことと,「3・11」以前の「普通」とは間違いなく「連動」しているからだ。

なにもかもがメルトダウンして,それまで「普通」だと思っていたことが,きわめて「異常」であったということに,初めて気がつく。すべては「気づく」ことからはじまる。早い・遅いは仕方がない。気づいたときが吉日だ。そこから出発するしかないのだから。

気づいたところから「3・11」以前の「普通」を乗り越えていこう。そして,あらたな21世紀を生きる「ふつう」を構築していこう。

2011年5月19日木曜日

「こちら特報部」の原子力ポスターコンクール見送りの記事について。

ハントルネーム「大仏さん」からコメントが入りました。
昨日のブログの記事のうち,教育に「推進」おかしい,の内容が気がかりだというご指摘でした。この記事は,教育関係者にとってはきわめて身近な,重要なテーマだと思いますので,「気がかり」を解消するために,記事の全文を転記しておきましょう。そして,みんなで考えていただけるとありがたいと思います。わたしたちの身近には,こういう「おかしい」ことが慢性化し,惰性になっているものが,ほかにもたくさんあると思います。そのためのヒントとして,ぜひ,熟読玩味していただければと思います。

以下は引用文です。
まずは,見出しを繰り返しておきます。

原子力ポスターコンクール見送り
教育に「推進」おかしい
市民が中止要請
「事業費は自然エネルギーに」

原発をテーマにした小中学生らによるポスターコンクールが見送られた。1994年から主催してきた文部科学省と資源エネルギー庁は「原発事故が収束しない。当面コンクールはふさわしくないと判断した」と説明する。一方,市民団体は「子どももちに,将来のエネルギーは原発しかないと刷り込みをしてきたのは問題だ」と。永久中止を主張している。(篠ケ瀬祐司)

昨年度の応募要項は「ヒントを参考にして,ポスターをつくろう!」と呼びかけている。
ヒントは九つ。「地球にやさしい原子力発電」「五重の壁で安全を守る発電所」「電気のごみは,地下深くへきちんと処分」など,原発の利点や安全性を強調する内容がずらりと並ぶ。
素直な子どもたちは「ヒント」を参考にしたのだろう。入選作品をみると,地中に核廃棄物が眠る花畑で笑顔をみせる女の子の絵や,原発が森林保全に役立っているデザインに「原子力は地球を守る」との標語をかぶさた「原発との共生」をうたった作品が目立つ。
同コンクールは「ポスターをつくることで,原発に親しみを持ってもらおうというのが目的」(資源エネルギー庁原子力立地・核燃料サイクル産業課)だから,「ヒント」に沿って原発推進色の強いポスターが出品されたのは,主催者の狙い通りともいえる。
文科省によると,これまでに反原発ポスターの応募もあったが,入選はしていないという。
毎年6月に募集を始め,夏休み明けの9月に締め切ってきた。昨年度は小学生以下の3,694人と中学生以上の3,197人が参加した。昨年の実施費用は約4千万円。運営は財団法人「日本原子力文化振興財団」が請け負った。
今年は「原発事故だけでなく津波の被害などで住む場所もない方がいる。今は復旧復興に力を入れるのが先だ」(文科省原子力課)として募集前に実施が見送られたが,そもそも賛否が分かれる原子力利用をめぐり,子どもたちにポスかーをつくらせることには批判の声が上がっていた。
同コンクール中止に向け,1万2千人以上の署名を集めたNPO法人「環境市民」(京都市)の堀孝弘事務局長は「原発は事故だけでなく,放射性廃棄物処理や,原発建設の賛否をめぐる地域対立などの社会的問題を抱えているのに,利点だけを強調するのはおかしい」と指摘する。
その上で「物事を多面的にみるのが教育なのに,子どもに一方の考え方を刷り込むのでは軍国主義(時代)と変わらない」と,教育現場に「原発推進」が持ち込まれたことを厳しく批判する。
同コンクールは来年度以降どうなるのだろうか。文科省は「福島の事故の検証や原子力政策をめぐる議論には時間がかかるから,来年度も開催は難しいのではないか」(原子力課)とするが,資源エネルギー庁は「開催見合せは『当面』。(今後は)様子をみながら決める」(原子力立地・核燃料サイクル産業課)と微妙にニュアンスが異なる。
堀氏は「事故が収束したとしても,多くの人の生きる糧やすむ場所を奪ったのは事実。これを記憶するためにもコンクールは永久に中止し,その分のカネを自然エネルギー推進に使うべきだ」と話している。

以上,全文です。
今夜はこの記事について,余分なことは言わないことにします。みなさんのところで,じっくりと考えてみてください。これが,ひとつの現実なのだ,ここをどのように切り抜けていくか,がこれからの大きな課題になってくるとわたしは考えています。そのためには,やはり,ある「覚悟」が必要だ,と。この「覚悟」をどのようにしてわがものとしていくか,それが問題です。
では,今夜はこれまで。

「大仏」さん,いかがですか。


2011年5月18日水曜日

「こちら特報部」の東京新聞が素晴らしい。

今日は,週に1回の稽古のあとのハヤシライスの日。例によってKさん,Nさん,Iさんの3人。ほかの人たちはさきの予定があって足早に帰る。今日は,なぜか,3人ともカレーライスだった。それも,半分の人,少なめの人,まるまるの人という具合にライスの量については注文が分かれる。そして,いつものようにKさんの素朴にして鋭い質問がNさんに向けられる。それに懇切丁寧に応答するNさん。少しも手抜きはしない。それを聞いているIさんは,いつも感動している。そして,あっ,いけない,今日もボイスレコーダーを忘れている,と。

というわけで,Nさんによるスペシャル・レクチャーは,残念ながらここでは紹介できません。ただ,そのなかの一部には,6月18日(土)に予定されている「ISC・21」の6月例会の『宗教の理論』(バタイユ)読解のど真ん中に入っていくような話があった。それはヒトが人間になるとはどういうことか,という話。赤ん坊がことばをおぼえていくプロセスを考えるとよくわかる,という切り出しから深い話へと分け入っていく。わたしは,しばらくの間,唖然として聞いていた。そうか,「はじめにことばありき」という聖書のことばには,そういう意味も籠められているんだ,とこころのなかでつぶやく。で,それは伏せておいて,その話は『宗教の理論』でいうところの「動物性」から「人間性」へと「横滑り」していくときのことを考える重要なポイントになりますね,とわたし。ああ,これで6月例会の入り口は決まりました,とわたしは嬉しくて仕方がない。Kさんは,早速,手帳を出して「6月18日ね,空けとかなくちゃ」と乗り気まんまん。

解散後,わたしは鷺沼の事務所に向う。その前に,コンビニで東京新聞を購入。このところ毎日のように東京新聞を買って読んでいる。もう,ずいぶん前から(「3・11」以前から),Nさんが,いま,まともな報道をしているのは東京新聞だけだよ,と言っていたので,ちょくちょく買って読んではいた。しかし,5月12日のNさんのブログ「やっぱり東京新聞」を読み,納得。そして,しばしば話題になるのが,東京新聞の「こちら特報部」という2面にわたる特報記事。だから,電車に乗ってすぐにここから読みはじめる。

いきなり眼に飛び込んできたのは,つぎのような見出しのコラム。
原子力ポスターコンクール見送り
教育に「推進」おかしい
市民が中止要請
「事業費は自然エネルギーに」
これがひとつのコラムのなかで躍動している「見出し」である。これだけで,中身を読まなくてもわかってしまう。ほんとうにそうだよ,と思う。原発安全神話をでっちあげた大きな力はここにあったのだ。つまり,子どものやわらかい頭脳を洗脳するという恐るべき方法。刷り込みは若いほど効果がある。これを「市民の要請」があって実現した,というところが嬉しい。いよいよ動きはじめた,こころある人びとが。そう,幼い子どもをもつ親が立ち上がるべきときだ。そして,まずは子どもの「命」の安全を確保すること。そのためには,できるところから身の丈に合わせて,行動を起こすしかない。この記事に,まずは,感動。
つぎのコラムは,うーん,そうなっていたのか,と勉強になる。まずは,見出しの列挙から。
日本の電気はなぜ高い!?
新規業者縛る「制度」
・割高な送配電網利用料
・参入46社で販売3%未満
まず,現在の電力供給のしくみをわかりやすく説明した上で,それが自由競争をはばむ「制度」で守られている。ここでも,東電のような地域独占の電力会社を解体すれば,電気料金はやすくなることを,具体的に解説してくれている。これを読めば,電力の自由化と発電・送電の分離が,まずは突破すべき当面の課題であるということもよくわかる。
そして,そのとなりのコラムの見出しはこうだ。
欧米で進む「発送電分離」
電力10社自由化阻む
電源分散で再生エネ促進
原発の高コスト明らかに
電力の自由化が進めば,あちこちで独自の発電ができるようになり,工場も規模に応じた自家発電が可能となる。そして,余剰電力を一般家庭に買ってもらうこともできる,というわけだ。そうなると,概算では,いまの電気料金の三分の一くらいに下がる,らしい。そうなると,いまの原発のコストがいかに高いかが明らかになる,というのだ。これも,みごとに納得。
こういう記事を読んでいると,わたしたちが考え,選択し,行動すべき道筋がみえてくる。これこそが新聞の責務ではないか。

Nさんのブログによれば,毎日新聞も「脱原発」に舵を切った,産経新聞もなかなかまじめに取り組んでいる,という。読売新聞は正力松太郎以来の原発推進派なので,これはもう論外。かつて,もっとも左翼的といわれた朝日新聞は,いまや,どっちつかずの体たらく。

というようなことが,自分の思考をとおして納得できるようになってきたので,いよいよ,朝日新聞にお別れするときがきたなぁ,としみじみ思う。

よし,来月から朝日を断って,東京にしよう。これもまた,自分の身の丈に合わせた,手のとどくところからはじめる「脱原発」のひとつの行動だ。「原子力ポスターコンクール」を止めた,こころある市民を見倣って。


2011年5月17日火曜日

ヘーゲルの『精神現象学』からやり直し・「3・11」以後のスタンスのために。

いまさら・・・という気もしないわけではありませんが,ここらでもう一度,われとわが身の立ち位置を「0(ゼロ)」から再度チェックし直してみようと思い立ちました。「3・11」は,日本という国がまったく新しく生まれ変わる,大きなターニング・ポイントになるだけでなく,おそらく,世界史に記録されるべき大きな歴史事象になる,と考えるからです。当然のことながら,その一翼を担うひとりの日本人として,いかに考え,いかに行動し,いかにその思想・哲学を鍛え直していくのか,がわたし自身に問われている喫緊の課題である,と考えるからです。それで,まずは,ヘーゲルの『精神現象学』(長谷川宏訳)をとり出して読みはじめています。

なぜ,ヘーゲルからなのか。
その答えは,ジョルジュ・バタイユをより深く理解するため。
さらには,『般若心経』の読解を深めるため。
もっと踏み込んでおけば,道元の『正法眼蔵』と西田幾多郎の世界に分け入るため。
そのキー・ワードは「命」。あるいは,人が「生きる」とはどういうことなのか。
そこから,まったく新しいスポーツ史・スポーツ文化論を立ち上げること。

このことと「3・11」以後を生きるための理論武装は,わたしにとっては表裏一体。

もう少しだけ踏み込んでおきましょう。
じつは,直近の課題は『宗教の理論』(ジョルジュ・バタイユ)の読解にあります。すでに,何回も読み返しては考え,ときにはこのブログにも連載で書いてみたり,あるいは,神戸市外国語大学での集中講義でも取り上げたりして,熟考を重ねてきています。そして,このたびの「3・11」以後のできごとと真っ正面から向き合って,考えるうちに,やはり,この『宗教の理論』に立ち返って考えることが,みずからのスタンスを再確認する上で不可欠である,と考えた次第です。その上に,ありがたいことに,西谷修さんからの提案で,6月の「ISC・21」の定例研究会でこの『宗教の理論』の読解にお付き合いくださる,というのです。

お断りするまでもなく,『宗教の理論』の冒頭には,アレクサンドル・コジェーヴの『ヘーゲル読解入門』の一節が引用されています。しかも,この引用文のなかに,バタイユがなにゆえにこの『宗教の理論』を書いたか,というもっとも重要な鍵がこめられています(と,わたしは理解しています)。ここにこめられている内容は,これもわたしの理解にすぎませんが,人間が「動物性」の世界から離脱して「人間性」の世界に「横滑り」をしはじめる契機はなにか,ということをヘーゲルから読み取ろうとしたバタイユの痕跡です。しかも,コジェーヴの読解をとおして,です。もちろん,バタイユをヘーゲル哲学に(それも『精神現象学』に)導いたのはコジェーヴであったわけですが。

バタイユ自身も,ヘーゲルがいたお蔭で,自分の思想・哲学の立ち位置を明確にすることができた,と語っています。だとしたら,バタイユに,それほどの影響を与えたヘーゲル哲学とはいかなるものなのか,ということを確認しておかなくてはなりません。しかも,それを自分のことばで語れるようにしておかなくてはなりません。ヘーゲルの「知」にたいして,バタイユは「非-知」を主張します。このことの意味するところはなにか,を考えてみたいのです。

そのための第一歩が『精神現象学』読解です。もう何回も読んではいるのですが,自分のことばで語ることができません。それは,読んだことにならない,というのがわたしの考えです。ですから,どうしても,自分で「読んだ」といえるところまで理解を深めておきたい,という次第です。

これから,ちょくちょく,『精神現象学』読解・試論のようなものをこのブログでも書いていければいいなぁ,と思っています。どうぞ,よろしくお願いいたします。

2011年5月16日月曜日

浜岡原発停止に賛成が6割を超える。

月曜日は,鷺沼の事務所にくる途中で,2,3軒の本屋をはしごするのが慣習となっている。その主たる目的は週刊誌にざっと眼をとおすこと,そして,月刊誌を立ち読みすること,あとは,文庫本の新刊をチェックすること,など。一カ所にあまり長くいるのもなんとなく気が引けるので,ついつい,はしごということになる。

それで,今日の感想は,ほとんどの週刊誌がどういうわけか,「脱原発」に舵を切ったなぁ,というもの。今朝の新聞にも,そして,インターネット情報でも,浜岡原発を止めたことについてのアンケート調査の結果6割が「支持」しているという。ざっとみわたしたかぎりでは62%から66%の巾があるが,6割を超えて7割に達しようかという勢いである。こういう空気をいちはやく感じ取ったのだろうか,各週刊誌の見出しの雰囲気ががらりと変化した。「脱原発」の風が吹きはじめた,といってよいだろう。しかし,問題はこれからだ。

「脱原発」に舵を切るということは,わたしたち自身の生活の姿勢そのものの舵も切り替えるということだ。もっと言ってしまえば,ものの見方・考え方を根底から変えるということだ。電気も水道も使い放題にしてきたこれまでの「消費文明」から離脱して,「命を守る」21世紀型の文明へと移動することだ。そのためには相当の覚悟が必要だ。沖縄にはむかしから「命どぅ宝」ということばがある。まずは,なにがあっても「生きる」こと。「生きる」ことを最優先にして,生活の基本を構築していく考え方だ。その上に文化・文明を積み上げていく。わたしたちは,いつのまにか,「命の大切さ」ということを忘れて,目の前の欲望を充たすことにふりまわされてしまい,それが日常化してしまっていた。そのことへの最大の警告・教訓として原発問題が立ち現れた。

いまも制御不能のまま,きわめて危険な状態がつづいているという。しかも,いまごろになって燃料棒が溶融していた,しかも,地震の直後からだ,という。もはや,こうなると,これらを人間の手で制御できるようになるには何年かかるかわからないという。このごにおよんでなおも原発推進派の政界・財界の大物たちが,つぎの戦略を打ち出すために,密かに「ミーティング」をくり返しているという。これからの勝負は,こうした原発推進派と一般市民の脱原発派とのせめぎ合いだ。そして,やはり鍵をにぎるのは,ここでもメディアだ。このメディアも,これまでのマス・メディアからブログやツィッターのようなプチ・メディアにいたるまで,多様化してきた。しかも,いまの若者たちは新聞は読まないがツィッターは読む,という。だから,これからは「情報」の流れをどのように止揚していくか,にかかってくる。

さて,この6割が,これから具体的な行動をとおしてなにかを動かす「力」を身につけるかどうか,そして,意識的に選挙行動にまでつなげることができるかどうか,そこが問題だ。いっときの情緒的反応では困るのだ。その意味で,わたしたちは,もう一度「命」のレベルからものごとを考え,ルールを立ち上げ,制度を構築していくこと,そこからはじめることがなによりも優先されることになる。まずは,一人ひとりの身の丈に合わせて,できるところから「脱原発」に向けて行動を起こすこと,それにつきる。