2013年7月15日月曜日

参院選投票まであと1週間。支持する政党も候補者もみつからない。ならば得票率で。

  いよいよ選挙まであと一週間。なのに気持ちはむなしさばかりがふくらみます。なんともはや気の重い選挙になってきました。支持したい候補者も政党もみつからないのですから。

 わたしの住んでいる溝の口は田園都市線とJR線とがクロスする交通の要所になっています。その乗り換えのためのコンコースが選挙演説をするには絶好のポイントになっていて,毎日のように各政党の候補者が入れ代わり立ち代わりして,演説をやっています。ですから,いつのまにかほとんどの政党・候補者の演説を聞き,パンフレットも集まっています。

 わたしがガッカリしてしまうのは,まずは,演説が下手。なぜ,もっと演説の仕方を研究しないのだろうか,と不思議です。この人たちはふだんから演説の稽古をしていなくては駄目でしょう。おそれ多くも,政治家を志すのであれば,道行く人の足を止め,聞き入らせるくらいの弁論術を身につけるべきではないか。なのに,どの候補者もまるで一夜漬けの素人演説。人を説得する力に欠ける。つまり,演説に感情移入が足りない。

 わたしが子ども時代を過ごした田舎の小さな寺は,選挙があるたびに候補者の演説会場となっていました。父はなぜか,政党の区別なしに,申し入れがあればどの候補者にも門戸を開いていたようです。ですから,子どものころから,地元では有名な政治家の演説を聞いていました。ふだん新聞もほとんど読まない農家の人たちを相手に,じつに気持ちの籠もった,説得力のある演説をぶっていました。小学生だったわたしにもなるほどと納得させる演説でした。ですから,政治家というのは偉い人たちなんだと思って育ちました。

 それに引き換え,市会議員候補の演説はやはり下手でした。小さな村から一人の市会議員を送り出すのが精一杯でしたので,事前に話し合いがなされ,競合を避けていたのでしょう。たいした選挙運動もせず,演説会もせず,当選していました。が,あるとき,同じ村から二人も立候補するときがあって,このときは激しい選挙運動が展開されました。演説会もひんぱんに開かれました。もちろん,わたしの寺もその会場となりました。ですから,両方の候補者の演説を聞かせてもらいました。が,演説の体をなしていません。これは仕方がないのだろうなぁ,と子どもごころにも理解していました。

 ですから,衆議院議員候補の演説のうまさがなみはずれて光っていました。子どもですらホロリとさせられるほどの情感のこもった語り口とことばが,聞く人のこころを打ちました。いま,こんな演説のできる候補者は数えるほどしかいないのではないか,と思います。

 この演説が下手な上に,訴える選挙スローガンが,わたしとは相容れない候補者ばかりです。ですから,演説を聞いていて,あなたはいったいどんな勉強をして,どんな情報にもとづいて,そのような主張をするようになったのか,と苛立つばかりです。しっかりとした裏付けのない,ほとんどなんの根拠もない,もっと言ってしまえば,誤解と勘違いによる主張ばかりが口からでてきます。しかも,人のこころをとらえる情話がほとんどありません。ですから,「無力感」というか,「むなしさ」ばかりがふくらんでいきます。

 わたしのスタンスは,まずは,脱原発に舵を切りましょう,つぎに尖閣諸島を「棚上げ」にもどしましょう(アメリカのニューヨーク・タイムスの社説でも「棚上げ」にもどすべし,と主張しています。これが国際社会の常識です。藪から棒の,突然の一方的なわが国固有の領土宣言は,百害あって一利なしです),その結果として,憲法改悪・集団的自衛権は必要なし(自民党の憲法草案を読むべし。中学生でもこれは変だということがわかります),そして,TPP反対(アメリカン・スタンダードに組み込まれるということは日本が日本ではなくなるということです),沖縄の米軍基地を県外へ(基地の大半を沖縄に押しつけて平気でいられるヤマトンチュであることが恥ずかしい。無責任そのもの),連動して「日米地位協定」の廃絶を(これがあるかぎり,日本は独立国とは言えません。つまり,主権国家ではないまま,こんにちにいたっているということです),そして,なによりもフクシマは終ってはいない,この国難に真っ正面から取り組むべし(臭いものにはフタ,という姿勢がありあり),そして,復興予算の適正な配分を(ほんとうに困っている人のところにとどくように)・・・・とうとう。あげていけば際限がありません。

 こんな風に考えていますので,支持政党も候補者もなくなってしまうわけです。ほんとうに日本再生を考えるのであれば,まずは,ここからはじめるべきだとわたしは考えています。「強い日本をとりもどそう」などといって再軍備にむけて舵を切ろうとしている政党こそ,ベクトルがまったく逆だ,とわたしは考えています。

 わたしが不思議で仕方がないのは,どの政党もこぞって「尖閣はわが国固有の領土だ」と主張しているということです。これでは,まるで「裸の王様」も同然です。情けないことですが,これが日本の政党の現状です。だれかひとりくらい「王様は裸だよ」という人がでてきてもいいのではないでしょうか。いまこそ,「裸だ」と言える「正気」をもった政治家(なんにんかいらっしゃることは,すでに,このブログでも書いたとおりです)が必要です。いまは「狂気」一色に染まってしまった政治情況からの離脱と移動が喫緊の課題だと,わたしは強く主張したいと思います。

 とはいえ,投票日はやってきます。棄権するのはくやしいので,圧勝を予想されている政党とは,少なくともどこかで対抗している政党のいずれかに投じようと思っています。そして,少なくとも,得票率だけでも過半数はやらない,という意志表明をしたい,と。

 みなさんはどんな風にお考えなのでしょうか。


日曜美術館・鈴木其一の「朝顔図屏風」をみる。解説がなにか変?

 恥ずかしながら鈴木其一という琳派の流れをくむ画家の名前も画業も知りませんでした。が,今日(14日),NHKの日曜美術館をみて初めて知りました。そして,ごの人の絵は桁がはずれていると素直に思いました。こんな凄いひとがいたんだ,とびっくりしました。「青い」朝顔を屏風いっぱいにうねりくねった姿で描いたこの屏風は素晴らしいと思いました。「青い」色にこんなに奥行きがあって,しかも柔らかい。変幻自在の「青」。この絵をみるためだけでもいいからメトロポリタン美術館へ行ってみたいとおもいました。

 しかし,この人の絵をめぐって,日曜美術館の制作者たちは,科学的なデータを示したり,解説をする画家や美術史家とか美術評論家といわれる人たちに,NHKにとって都合のいい解説ばかりを「編集」してみせていました。この人たちの解説を聞いていて,いったい,この人たちはなにを考えているのだろうか,と強烈な違和感を感じました。どう,考えてみても,今日の番組に登場して解説した人たちはみんな奇怪しい,とわたしは感じました。また,この人たちを起用したNHKの制作者たちも奇怪しい,と。

 まず,第一に,鈴木其一の「朝顔図屏風」(メトロポリタン美術館所蔵)という傑作を,科学的に分析してみると・・・・という発想そのものが奇怪しい。鈴木其一が描いた朝顔の「青い」色使いを科学的に分析してみた結果は,膠を混ぜる量が少し少なめであった,だから,其一独自の「青」が出せたのだ,という説明。バカいってんじゃないよ,と画面に向かっていつものように「吼え」てしまいました。画家が自分の好みの色をどのようにして出すか,そんなことを「科学」で説明してみたところで,だからなんなんだ,と聞きたい。ならば,どのくらいの割合で膠を混ぜたのか,そのデータを一つひとつ提示せよ,といいたい。そして,この色合いを出すにはこの割合だったと,もし,科学的根拠の正当性を主張したいのであれば,きちんとその「科学的」データを提示すればいい。でも,そんなことはなにもしませんでした。たぶん,それをやっている制作者たちも意味がないということを承知しているはず。だから,それで終わり。

 こうやって,NHKという公的メディアは,「科学」という名のもとに「正しい」とされる分析結果を提示することによって,これを視聴する国民の意識に対して,無意識のうちに大きな影響を与えつつげているのです。この事実にわたしは驚愕の念を禁じえません。「アート」を「科学」で説明してなんになる,というのがわたしの立場です。ことばでも科学でも説明できない世界のひろがりがあるからこそ,「アート」の存在理由がある,とわたしは考えています。それを「理性的」に,「合理的に」解説することの無力さをわたしは痛切に感じています。ですから,もし,どうしてもそのような議論をしたいのであれば,そのことの意味(有用性)と限界をはっきりと提示した上で,議論をしてほしいと考える者であります。

 それともう一点。何人かの解説のために登場した人びと(画家,美術史家,美術評論家,など)の多くの人が,鈴木其一を「「奇想の人」とか,「狂気の人」とか,「クレージー」ということばを用いて評論したこと。これは断じて許せません。あなた方はいつから「上から目線で」ものをいう資格をわがものとしたのでしょうか。これはこの番組を制作したプロデューサーやディレクターも同じだと思いますが,江戸時代の画家は,近代のわたしたちからみれば,まだまだ発展途上の未熟な存在でしかない,という不遜な目線に満ちあふれているように思います。この姿勢に対して,わたしは全体重をかけて「ノー」と言いたいのです。

 天才と呼ばれる人たちを,ふつうの物差しではかってはいけません。そこからはずれるからこそ「天才」なのです。そうでなかったら,ふつうの人で終わりです。鈴木其一は,ただ,ひたすら,みずからの信ずる「美」を追求しただけのこと。師匠を超えてやろうとか,ライバルを意識して違う方法を編み出したとか,そんなことはどうでもよかったはず。たとえば,「青」を,自分にとっての理想の「青」を出すためには,ありとあらゆる創意工夫・試行錯誤を繰り返したはずです。そして,この「青」こそが求めてやまなかったものだ,ということがはっきりした段階でその「青」をとことん表現していくのだと思います。

そのなによりの証拠を,青の色粉60グラムで米一俵に相当した,といわれる色粉を惜しげもなくつかってこの屏風図を描いたというところに,みてとることができます。鈴木其一にとって,カネなどというものはどこかにすっとんでいたはずです。ですから,解説者たちは「奇想の人」「狂気の人」「クレージー」などと名づけて平気でいられるのでしょう。しかし,このような「名づけ」をして平然としている人たちがもし「正気」であるというのなら,「正気」からはなにも新しいものは生まれてこない,ということです。むしろ,なにものにもとらわれない美意識をそのまま表現する営みこそが「正気」であって,近代合理主義的な考え方に支配された計算・打算で生きている人たちの方がむしろ「狂気」なのではないか,と考えます。裸の王様に向かって「裸だ」という人こそ「正気」であり,それが言えない人たちこそ「狂気」ではないか,と。

 「日曜美術館」を制作しているあなた方は,いまもなお「進歩発展史観」にあぐらをかいて,いまという時代を生きている自分たちこそが最高の歴史的遺産の上に存在しているのだ,と信じて疑わないのだろうなあ,と思いました。しかし,それこそが根本的に間違っているというのがわたしの立場です。いま,この日本で生きているこの社会は,はたしてわたしたち日本人がめざしてきた理想的な社会だったのでしょうか。そうではなくて,とてつもない「破綻」をきたした社会であることはだれの眼にも歴然たる事実です。ここで,あえて,原発の問題をもちだすまでもないでしょう。

 ましてや,「アート」の世界を近代論理(あるいは,近代の「科学神話」)で解説したところで,なんの意味があるというのでしょうか。「アート」の世界こそ,つねに,時代を超越した新しい感性が,時代の制約を突き破って花開く場だとわたしは考えています。たとえば,ピカソ。かれは,鋭く時代精神と対峙しつつ,そんなものはどこ吹く風とばかりに飛翔し,みずから信ずる「美」の世界の探求に没頭しました。それは,近代論理の限界をはるかに超越した,いや,近代の呪縛から解き放たれた「自由の世界」を遊ぶことだった,とわたしは受け止めています。

 ですから,鈴木其一の描いた「朝顔図屏風」を,近代論理の高みから解説することの「愚」を,今日の日曜美術館をみていて,いやというほど感じてしまいました。ああ,こうやって権力にとって都合のいい価値観を「日曜美術館」という番組をとおして,視聴者の無意識の底に流し込んでいくのだ,ということがよくわかりました。

 すこし前のブログで紹介した辺見庸の『青い花』(角川書店)のなかに,「模範的国民意識形成機関NHK」という痛烈な批評表現が書き込まれています。このことを,まさに,「地」でいく番組のひとつが「日曜美術館」であったかと,いまさらのように驚いている次第です。

 まあ,ここまで書いてしまいましたので,最後に,思い切って辺見庸の文章を引いて,このブログを閉じたいと思います。どうか,最後まで読んでみてください。そして,途中で笑い出さないでください。なにはともあれ,大まじめに読んでみてください。それが,わたしの願いです。

 ・・・・・・・・下痢ばかりしている戦争狂の道化。軍事オタクの同輩。テレビからひりだされてきた大阪のあんちゃん。あんちゃんに土下座してあやまる自称進歩的新聞社。どこまでも図にのるあんちゃん。道化どもをもちあげるマスコミ。模範的国民意識形成機関NHK。いいね! サムアップ。拡散希望! 歓呼の声をあげる貧しきひとびと。携帯をだきしめる貧しきひとびと。いきわたる貧困ビジネス。スマホ。スアホ。ドアホ。闇汁ファシズムは骨がらみひとをだめにする。闇汁ファシズムにとくていの領野はない。なんでも融かすのだ。石でも良心でも憎悪でも「不幸な意識」でも共産党でも,なんでも。だれをも不感症にしてしまう。税金と受信料と新聞代,携帯料金をはらってファシズムを買っている。われら貧しきひとびと。虐げられしひとびと。いいね! サムアップ。拡散希望! わたしはあるいている。風にのってどこからか,しずやかな歌声が聞こえてくる。これは演歌ではないか。わたしは耳を澄ましてあるいている。これはコロッケのふざけた声ではない,本物のちあきなおみの哀しい声だ。声が闇にとろけていく。ちあきなおみ本人の姿はない。「・・・こんなにはやく時はすぎるのか・・・紅い花,暗闇のなか・・・踏みにじられて流れた・・・紅い花・・・」。こんなにもはやくときはめぐるのか。青い花よ。きょうこ。わたしはあるいている。わたしは線路をあるいている。


2013年7月14日日曜日

工事完了。さて,これからが大変。「終活」に向けて第一歩を踏みだすこと。決意あるのみ。

 給排水管の総入れ替えをするという,築30年を経過したマンション(1,103世帯)の大修理が,ようやく今日(13日)夕刻,わたしの部屋のある階まで完了しました。全体でいうとあと少しだけ残っています。が,まずは,やれやれというか,お疲れさまというべきか,疲れました。ほぼ一ヶ月前から荷物の片づけに入り,大事なものもふくめすべて段ボールの箱につめてビニールの袋をかぶせて,ベランダに積み上げる,この作業に没頭していました。6月には20日から4日間,娘夫婦を沖縄から呼び寄せて,手助けをしてもらいました。そのあとは,老人がよたよたしながらの片づけです。ほとんど毎日,その作業に没頭していました。そして,この工事がはじまる前日の午前3時にようやく片づけが終わりました。滑り込みセーフでした。

 それから4日間,大勢の職人さんたちが出入りして,それはそれは凄い働きぶりでした。これは見ているだけで,とてつもない勉強になりました。肉体をつかって仕事をしている人たちは,まずはチーム・ワークが第一,その息の合った働きぶりは感動的ですらありました。われわれの頭しか使わない甘っちょろい仕事とは違う,としみじみ思いました。

 第一,この猛暑のなか,完全武装の作業服で身を固め,汗びっしょりかきながら,仲間と声を掛け合いながらひっきりなしにからだを動かし,休むことなく働きます。久し振りにこういう仕事をする人たちにじかに触れ合うことができて,とても勉強になりました。この仕事に比べたら,わたしたちのやっている仕事は甘っちょろい,とこころの底から反省した次第です。

 さて,問題はこれからです。いよいよ「終活」ということを具体化しなくてはなりません。まずは,あと何年生きるか,それまで元気でいられるのは何年か。そのあとはできるだけコロリと死ぬこと,そのための設計図を描かなくてはなりません。それを視野に入れて,さて,手元に残すべきものを厳選すること,あとは,保存してもらえる人に預けること(所有権を預けること,つまり,寄付すること),そして,その他は思いきって捨てること,この作業をしなくてはなりません。これをどのペースでやっていくか,こころとからだと相談しながらの,まったなしの思案のしどころです。

 まずは,書籍の処分。家に残すべきものはほんのわずかでいい。つまり,最小限にとどめること。しかし,これがそんなに容易なことではありません。片づける段階でそれに取り組んでみましたが,それをやっていては間に合わないということがわかり,途中で放棄しました。が,こんどは待ったなしで「捨てる」という最大の課題に取り組まなくてはなりません。

 これからのち,ある程度,まともな状態で仕事ができるとしても,あと5年。つまり,80歳を想定。それまでの間,手元に置いておきたい本を厳選すること。あとは,だれかに預けること。預けておけば,もし,必要があれば借りにいけばいい。幸いにしてそんなやっかいなことを引き受けてもいいと言ってくれる人も現れました。もっとも,自分の本を借りにいく,そんなことが,以後,何回,起きるだろうかと想像してみる。まずは,よほどのことがない限りないだろう,と想定。もし,あったとしたら旅行にでもいく気分ででかければいい。そんなつもりで・・・・・と自分に言い聞かせて選別にとりかかる。比較的気持ちは楽になる。でも,「捨てる」ということは勇気のいるものだと知りました。

 そのむかし,大阪大学の教員宿舎に住んでいたころ,社会学のS教授と親しくさせていただいた。この先生も,千葉大から大阪大学に移るときにもっていた書籍の半分以上は処分した,と仰っていました。そして,それは「とても勇気のいることでした」と述懐されていたことを思い出します。そして,どうしても必要な本はもう一度買えばいい,と腹をくくった,とのこと。なるほど,そこまでの決断があればあとはなんとでもなる,といまごろになって思い出しています。

 いまなら,アマゾンで手配すれば,すぐに手に入ります。必要がなくなったら,また,処分すればいい,といまは冷静に考えることができるようになりました。しかし,実際にどうなるかはわかりません。やはり,「捨てる」ということはものがなかった時代に成人した人間にとっては,ほんとうに大変なことです。いまの時代に育った人たちには理解不能だろうと思います。それは,ある意味では,トラウマのようになっていて,病気のようなものでもあります。

 でも,もう,この期に及んでは,そんなことは言ってられません。とにかく,こころを鬼にして「捨てる」。それなくして明日はない。とまあ,このブログは,私自身に引導を渡すために書いているようなもの・・・・。情けないですが,それが実態。

 一気に片づける気力も体力もありません。毎日,少しずつ,2時間ほどをこの片づけ仕事に当てて,のんびりやることにします。こうやって,おさらばの心構えをみずからに教え込んでいるようなものかもしれません。

 それでも,元気なうちはもうしばらくは・・・・と考えていますので,どうぞよろしくお願いいたします。このブログも自分自身へのエールのようなもの。書く元気のあるうちに書いておこう,と。

 というわけですので,元気がでるようなコメントをいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。

2013年7月13日土曜日

『スポーツする文学』の批評性について。「スポーツする」文学なのか,それとも,スポーツする「文学」なのか。

 7月1日のブログ「『スポーツする文学』(疋田,日高,日比編著,青弓社)をどう読んだか」の末尾に,このテクストのもつ「批評性」について,のちほど考えてみたいと書き込んでおきました。その約束をこれからはたしてみたいと思います。

 ひとくちに「批評」といってもさまざまな立場があり,そんなに単純な世界ではないということは承知しているつもりです。しかし,その根源には思想,信条,哲学,宗教,などが渾然一体となった個々人の世界観なり人間観がある,と考えています。そして,そのレベルや是非論はともかくとして,そこから対象をみつめたときになにが写し出されてくるのか,それをどのように受け止め,論評するのか,これが一般的に考えられる「批評」のひとつの流れなのだろう,とも考えています。別の言い方をすれば,批評者は批評をとおしてみずからの裸体を曝け出す営みでもある,と。

 文学そのものはわたしの専門ではありませんが,以前,20年以上もの長期にわたってある雑誌(『月刊体育施設』,現在は『SF─スポーツ・ファシリティ』)に「文学にみるスポーツ」という連載をやっていた関係で,かなりの文学作品を読み込んだ経験があります。これらの連載は編集しなおして,何冊かの単行本にもなっています。その中の一冊は『日本文学のなかにスポーツ文化を読む』(叢文社)というものです。ですので,このテクスト『スポーツする文学』は,わたしにとっては以前から気になっていたもののひとつでした。それが,今回,直接,編著者と膝付き合わせてお話ができるというので,とても楽しみにしていた次第です。

 それと,もう一点だけ,文学批評ということで触れて置かなくてはならないことがあります。さきほどの雑誌連載中にも,かなり多くの文学批評に関する論考を読み漁りました。が,その中でもっとも強烈にわたしのこころを打った文学批評は,ジョルジュ・バタイユの『文学と悪』でした。この作品をどのように読んだか,ということについてもこのブログの中で書いていますので,検索してみてください。一口で言ってしまえば,バタイユが全体重をかけてそれぞれの作家・作品と対峙し,バタイユの思想・哲学の深奥で真剣勝負をしている,ということです。そして,これが「批評」というものなのだ,とわたしは深く納得しています。

 そういうこともあって,わたしは『スポーツする文学』というタイトルをみた瞬間に,まずは,つぎの二つのことが脳裏をよぎりました。ひとつは,「スポーツする」文学を研究対象にしているのか,あるいはもうひとつの,スポーツする「文学」に研究対象が置かれているのか,という点です。

 前者の「スポーツする」文学を研究対象とするのであれば,わたしが長年取り組んできた「文学にみるスポーツ」「文学作品のなかにスポーツ文化を読む」という営みとほとんど重なってくるのではないか,と考えました。もう少し踏み込んでおきますと,「スポーツする」文学とは,わたしの場合,「スポーツする」ことによって生まれるスポーツの熱狂や人間の葛藤などを文学作品のメイン・テーマとしている文学を意味します。しかし,そんな作品は厳密に言うとほんのわずかしかありませんので,もう少し枠組みを広げて,文学作品のなかに「スポーツする」情景が取り込まれている文学もこのなかに含むことにしています。ですから,ここでは「スポーツする」営みがどのように文学作品のなかに取り込まれ,描かれているのか,が考察の対象となります。もちろん,そこからさきの分析はスポーツ史やスポーツ文化論の,きわめて専門的な見識が強力な武器になってきます。わたしの職務はここにある,とずっと考えながら「文学にみるスポーツ」の連載をやっていました。

 もうひとつのわたしの関心事は,スポーツする「文学」,という発想にあります。つまり,「文学」がスポーツする,とどうなるのか,ということです。この発想はわたしのくたばってきた脳の皮を引っぱがすほどの,めくるめくような,新鮮な響きとともにあるなにかをわたしに訴えかけてきました。なぜなら,「文学」(とりわけ,小説の時代は終ったとする大江健三郎の主張や筒井康隆の主張など)がある限界に達しつつあるという危機意識のようなものが感じ取られていて,それを打破して新たな「文学」の地平を切り開いていくには「スポーツする」しかない,と編著者たちが考えているとしたら,これは凄いことだ,と考えたからです。つまり,「文学」に「スポーツする」という補助線を一本引くことによって,これまでにないまったく新しい「文学」の可能性がそのさきに待っている,とわたしは考えたからです。

 もし,編著者たちがここまで考えてこのテクストを編んだとしたら,では,そこで考えられている「スポーツとはなにか」という根源的な問いが立ち現れてきます。つまり,「スポーツ」を世間一般に理解されているような近代スポーツ競技という枠組みのなかでのみ考えるのか,そうではなくて,近代スポーツ競技というような近代的なシステムの枠組みからはこぼれ落ちてしまうような広義の「スポーツ文化」にまで広げて考えるのか,さらには,スポーツの「始原」をたどりながら,そこで「生成・変化」していくスポーツの「原初形態」にまで思考を広げていくのか,すなわち,生きる人間にとってスポーツとはなにか,という大問題にまで触手を伸ばそうとしているのか,ということです。ここまで思考の枠組みを広げていって,「スポーツする文学」を考えているとしたら,それはまさに「文学」のまったく新しいスタイルの誕生を意味することになるし,そこに向けて誘うような論考が展開されているとしたら,それこそ,わたしの考える「批評」のUrformenのひとつをみることになります。

 そんな意気込みで,このテクストを再読してみました。が,残念ながら,このような意図はわたしには感じ取れませんでした。だとすると,このテクストに秘められた「企み」はなにであったのか,編著者の人たちの意見・お考えをとことん聞いてみたい,という強い衝動に駆られています。もし,チャンスがあれば・・・・。

2013年7月12日金曜日

私説「エアコン功罪論」。小さい扇風機が大活躍。

 マンションの部屋の給排水管取り替え工事の4日目。畳を上げて床板をはがしての給排水管の取り替えと,天井に穴を開けての給排水管の取り替えが終わり,あとはトイレと浴室の細かいところの給排水管の取り替えを残すのみとなりました。工事をしている間は,窓という窓を全部開け放って自然の風を通します。なにせ,工事をしている職人さんたちは全員作業服(長袖,長ズボン,ヘルメット)で身を固め,汗びっしょりになって仕事をしているのですから。

 9階という高さと風向きがちょうどよかったのか,とてもよく風が抜けて具合がいい。夜も風が抜けるので,そのまま。ですから,テレビから流れてくる猛暑の情報が,身近なようであって遠い話に聞こえてきます。体温を越える気温となると,これはもう自力ではどうにもなりません。こうなると,エアコンを惜しまず使って身を守りましょう,に賛成です。ですが,この4日間,部屋のなかの気温は34℃。これくらいまでは風さえとおってくれれば,それでなんとか適応することができる,ということを学びました。

 そのむかし山を歩いていたころに教えてもらったことですが,山では風速1mにつき1℃下がる,と考えよ,とのこと。これをそのまま都会にも援用すると,この4日間,ほぼ,かなりいい風が吹いていたので,これを仮に風速5mとすると,平均34℃の室温は5℃低くなることになり,平均29℃となります。そうか,29℃なら,なんとかやりすごせるものなのだ,と知りました。

 で,今日(12日)は工事の山場を越えたと判断し,久しぶりに鷺沼の事務所にやってきました。第一の目的は風呂に入ること。工事中は浴室が使えませんので,仮説のシャワー・ルームを使うことになっています。汗をかいていますので,夕刻,行ってみました。が,あまりの汚さにびっくり。1103世帯が住むマンションのうち,すでにほとんどのところは工事が完了していて,わたしたちの住んでいるA棟が最後です。これまで相当の使用頻度ではあったのでしょうが,後始末というか,使用後の清掃ができていない,つまり,マナーが悪いために,汚れっぱなしです。これに懲りてしまって,あとはシャワーも浴びないまま,我慢していました。が,とうとう我慢の限界でした。

 ですから,鷺沼の事務所にきて,すぐに,ぬる目の風呂を入れて,のんびりとリラックスし,歌まで歌いました。ほんとうは熱めの風呂が好きなのですが,炎天下を歩いてきて吹き出すような汗みずくでしたので,まずは,シャワーで汗を流し,それからぬる目の風呂に入りました。やはり,風呂はいい。ほんとうにいい気分。

 事務所の窓は全部開けておいたのですが,なぜか,風が入りません。外の街路樹をみるとわずかですが,枝が揺れていますので,風は強くはないものの吹いてはいます。ですが,風向きが悪いようで,少しも入りません。事務所の窓は北側に二つ,東北側に斜めの窓が一つだけです。ですから,南風と西風の日は事務所にはひとつも風が入りません。今日はそんな最悪の日でした。

 とにかく風呂上がりの汗が扇子を使っても一向に引きませんので,とうとうエアコンにスイッチを入れました。28℃にセットして気分は最高。あっという間に汗は引いて,さっぱり。開けておいた窓を締めて,机に向かいました。ああ,エアコンはいいなぁ,としばらくは堪能していました。が,そのうちに少しずつ気分が悪くなり,吐き気がしてきました。これはいけない,と古い記憶が蘇ってきました。エアコンの効いている部屋で会議をしていて,何回も経験したのと同じだ,と思い出しました。このときには,ちょっと気分が悪いので外気を吸ってきます,と言って途中で退席。ものの10分もすると納まりますが,部屋にもどると,ほどなく同じような吐き気を催します。同僚からは「精神的なものではないか」と冷やかされましたが,わたしは本気(正気ではなく,狂気)で「たぶん,そうだと思います」と答えることにしていました。

 それを思い出しましたので,すぐにエアコンを切って,小型の扇風機をとりだしてきてセット。数年前に2,980円。一応,首振り。音も静かなので,これは便利。ちょうどいま,午後3時。机上の寒暖計は33℃。湿度50%。このパソコンを打っている手の甲にうっすらと汗が浮かんでいます。やはり,相当に暑いことはたしかです。が,夏が得意のわたしとしては,まあ,充分に許容範囲内。まずまず快適です。これなら原稿も書けますし,本を読むこともできます。

 でもまあ,半分以上は野生のままの,非文明人の言うことですので,話半分に聞いてください。でも,半分以上野生のままですので,お蔭さまで,この何十年もの間,風邪というものを引いたことはありません。文明化社会の進展とともに,病気の数も増えてきているといいます。つまり,文明人のからだは弱くなっている,ということ。免疫力の低下,適応能力の低下,恒常性維持能力の低下,などなど。野生人ヤフーは,文明化した人間よりも,はるかに適応能力が高い,と自負しています。このあたりも半分は冗談,半分は本気。

 いえいえ,半分以上は「狂気」,それ以外は「正気」を演じているだけ(辺見庸),かも。
 ああ,もう一度,辺見庸さんの『青い花』を読み返そう。まことにすぐれた,というよりは超越的な,あるいは神がかった文明批評のお手本なのですから。すなわち,スポーツ批評のお手本である,ということ。







遠のく稀勢の里の綱とり。必要なのは気魄の籠もった破壊力のある立ち合いだ。

 先場所の千秋楽で大関・琴奨菊に電車道で寄り切られた相撲が,ずっと気になっていた。その不安が,昨日(11日)の千代大龍の相撲で露呈してしまった。立ち合い一気に前に圧力をかけてくる力士に弱いという稀勢の里の弱点が修正されていない。つまり,立ち合いの先制攻撃と,自分の得意の型に持ち込む相撲の流れがまだできていない。となると,綱とりはまだまださきのことといわねばなるまい。

 立ち合いの厳しさを欠くと,もはや横綱でもなんでもないごく平凡な相撲になってしまう見本が,日馬富士の高安戦だった。高安に張手をくらってびっくりしてしまったのか,出足のないまことに平凡な立ち合い。そして,いともかんたんにがっぷり左四つ。その瞬間に高安の右からの上手ひねりになすすべもなく左膝をついてしまった日馬富士。負けた本人が一番不本意だったことは,テレビの画像をとおしてもはっきりと伺えた。しかし,この勝負の分かれ目は,日馬富士が,この日に限って立ち合いの厳しさを欠いたこと,ただこの一点にある。だから,高安の思いのままに相撲をとられてしまった。

 翌日から反省した日馬富士は,低い姿勢からの鋭い立ち合いと,それにつづく先制攻撃をとりもどした。これでもとの横綱の相撲をとりかえした。昨日の時天空との対戦などはその典型といってよい。低い姿勢からの下から上に向かって頭から突き上げていく立ち合いにつづいて,右手を延ばしてのどわにいく手が相手の胸に当たった。けたぐりの奇襲にきた時天空の重心が高かったので,そのまま時天空のからだは宙に浮き,その一突きで突き飛ばされる形になった。これでいいのである。これぞ横綱相撲。基本どおり。相手に付け入るスキを与えない,完璧な相撲。

 日馬富士が横綱に昇進するときにみせた二場所全勝の相撲内容は,けして褒められたものではなかった。しかし,立ち合いから一気に攻め込む,あの激しさ・闘魂が相撲内容を凌駕した。あの白鵬ですら2連敗したのだ。とりわけ,綱取りを決定づけた白鵬との死闘は歴史に残る名勝負だった。綱とり場所に求められるのは,こういう「激しさ」「気魄」「勢い」だ。あるいは「力」としかいいようのないプラスα。どんな相手であれ,自分の得意の型に持ち込んで屠る,そういう野生的な,空恐ろしい気魄がなにより必要だ。

 今場所の稀勢の里にはそれが欠けている。初日の立ち合いがまさにそれだった。負けられないという気持ちが先走ってしまっては相撲はとれない。なにがなんでもおれが勝つ。そのために全知全能を傾けて,もてる力のすべてを土俵にぶっつけていく。そのとき,生まれ変わった稀勢の里が姿を現す。そこの地平に飛び出していくための,最後の仕上げのハードル,それが綱とり場所だ。それをどう勘違いしたか,負けてはならないという守りの相撲になってしまっている。これでは元の木阿弥。無駄なとりこぼしの多い大関の汚名を返上することはできない。

 相手充分にはさせない破壊力のある立ち合いを身につけること。いかなる相手であろうと,自分の前に立ちはだかる相手はすべて「破砕」してやる,さあ,来い,というくらいの気構えがほしい。そして,迷わずわが道をいく,そういう強いこころがほしい。稀勢の里,意外に小心者か?土俵上の面構えも態度も,おれが一番という自信に満ちたオーラがいっぱいなのに・・・・。意外にもろい。

 才能のある力士として早くから期待され,そのとおりに伸びてきた。しかし,大関で足踏みをしてしまっている。なぜか。その理由をみずからとことん問い質し,そこを超克すること,ただ,この一点にかかる。大関稀勢の里よ,まだ若い。いまは亡き師匠・隆の里の,悩み苦しんだのちに綱とりに成功した例もある。

 これから後半戦に向けて,内容のあるいい相撲をとってほしい。勝ち負けを度外視したさきに,綱を手にする人たちの世界が開けてくる,そう信じて。未完の大器がいつ大輪の花を咲かせるか,いまから楽しみにしている。いつ,化けるか。それだけだ。

 頑張れ!稀勢の里!

2013年7月11日木曜日

10年前のイタリア・ミラノ駅で経験した40℃を思い出す。

  夏は得意だ,暑いのは平気だ,と嘯いてきたわたしですが,三日連続39℃を超えたという山梨県甲府市のニュースを聞くと,これはたいへんだとすっかり考え込んでしまいます。なにせ,相手が自然現象ですので,だれが悪いでもない,じっと我慢するしかないのですが,それにしても・・・・・。とついつい同情してしまいます。この猛暑がそんなに長くはつづくはずもない,と言ったところで自然のやることはわたしたちの理解をはるかに越えています。

 こんなニュースを聞いていたら,ふと,10年前のイタリア旅行のことを思い出してしまいました。2003年の3月から半年間,ドイツ・スポーツ大学ケルンの客員教授として招かれ,契約の授業がすべて終ってようやく迎えた夏休み。家族でスイスの友人宅に何泊かして,そのあとイタリアに向かいました。そうして乗り換えのためにミラノ駅に降り立ったときのことです。ここまでの列車はスイスの列車で,エアコンも効いていて快適。窓から眺める景色は抜群。深い山の中を何回も大きく曲がりながら,やっと平野にでたら,そこがミラノの駅でした。そこからはローマ行きの列車に乗り換えです。喜び勇んで列車から降り立ちました。

 とたんに異様なものを感じました。メラッと炎に舐められたのではないか,と思わず周囲を見渡してしまいました。まわりの建物が左右にゆらゆら揺れているように見えました。蜃気楼現象のように。しばらく,これはなにごとぞ,と考えてしまいました。いままで経験したことのない熱風が吹いていたのです。それも,けたはずれの熱風でした。これは尋常ではない,と直感しましたので,すぐに温度計がどこかにあると思って探しました。すると,駅舎の正面の時計の下に温度表示がデジタルででていました。なんと「40℃」とあるではありませんか。一緒にいた娘に,あれを見ろ,こんなところに長居は無用,すぐにレストランに入ろう,と思わず走り出していました。

 ですが,駅舎のなかのどのレストランもカフェもみんな満員。当然です。みんな逃げ込んでいたのです。まあ,当然といえば当然。わたしたちの乗る列車までは約1時間あります。ウェイターのお姉さんに事情を話して頼みこむことに。偶然,いい人に当たったようで,「大丈夫,すぐに席は空くから,ここで待っていなさい」と言って観葉植物の間に小さな椅子を出してくれました。なるほど,みんなつぎの乗り換え列車を待ちながら「一時避難」していたのです。ですので,つぎの列車の発車時刻が近づくとぞろぞろとお客さんはでていきます。

 まあ,これでなんとかことなきを得ましたが,そのあとがたいへんでした。レストランの中はとても快適。お茶で済ませてしまうのも悪いと思い(このあたりはとても日本的だと,あとでイタリアの友人に笑われてしまいました),定食を頼んで,ビールも頼みました。すぐに時間は過ぎて,さきほど確認しておいた5番線の列車に向かいました。席はがらがらで,まずは安心。しかし,エアコンつきの列車ではありませんでした。ですから,窓を開け放って,風を待つしかありません。しかし,風はかなり強く吹いているのですが,それが熱風。

 列車が動きはじめても,窓は開けっ放しで,こんどは猛烈な熱風がものすごい勢いで吹き抜けていきます。あっという間にからだ中の水分がどこかに吹き飛ばされていきます。まさかエアコンなしの列車とは思ってもいませんでした。が,いずれにしても水は必要と思って,一人一本ずつ買って列車に乗り込みました。が,この一本があっという間になくなってしまうのです。あとは,目的地のモデナ駅まで我慢。しかし,不思議なもので,モデナ駅に降り立ったときには,もう,それほど暑さを感じなくなっていました。慣れるというか,適応するというか,人間のからだはまことによくできているなぁ,とわれながら感心してしまいました。

 でも,のどはカラカラ。駅を降りてすぐに売店を探しました。そこに,友人がにっこりと笑って歓迎してくれていました。さすがに賢い子(女性・娘の友人)で,冷えた炭酸水を3本差し出し,まずは,これを飲みなさい,と。夕方から夜にかけてはすっかり涼しくなり,暑さから解放され,ほっとしました。「40℃」の気温を全身で感じながら,数時間を列車のなかで耐え忍びました。じっと,坐っているだけで,これはたいへんなことだ,と感じていました。家族のだれかが異常を訴えないように・・・と神にも祈る気持ちでした。ときおり,娘の顔を観察しながら,なんとか耐えてくれ・・・と。

 この年のイタリア北部は猛暑がつづいていたようです。このあとローマに滞在した三日間もかんかん照り。どれほどの水分を補給しながら歩いていたことか,いまから考えると想像を絶するものがありました。でもまあ,無事に楽しい旅がつづけられたのですから,丈夫なからだに生んでくれた親に感謝あるのみです。

 こんなことを考えながら,山梨県の人びとをはじめ,館林,熊谷,名古屋などの地名をニュースで見て,さぞやたいへんな日々を送っていらっしゃるのだろうなぁ,とわが経験に引き受けて考えていました。明日からいくらか気温は下がるとか,さきほどのニュース。でも,猛暑に変わりはないとのこと。猛暑つづきの人びとにこころからお見舞いを申しあげます。どうぞ,あらゆる智慧をしぼって,この猛暑を乗り切ってください。

 ということで,今日のブログはここまで。お互いに気をつけましょう。

辺見庸の最新作『青い花』(角川書店)を読む。文明批評てんこ盛りの「現代の黙示録」。感動。傑作。必読。

 フクシマの汚染水が地下水のみならず海洋にも拡散しはじめているらしいという,なかば予期された,しかし,そうあっては欲しくない最悪の事態が昨日・今日とメディアを賑わしている。しかも,打つべき手はなにもない,という。ただ,傍観するのみ・・・・。この無力感・・・・。

 作家辺見庸の直感力は,このことを充分に予期した上で,さらに,大震災が何回もくり返され,ついには戦争まではじまり,人びとが路頭に迷う,恐るべき近未来の世界を「黙示録」のようにして描き出す。大津波による流木や死体がごちゃ混ぜになってあたり一面に放置されたままの世界にあって,妻も子どもも両親も犬も友達もみんないなくなり,自分の存在がかぎりなく希薄化していくことを感じとりながら,ただ,わけもなく線路の上を「あるく」。これといった目的もなく,ただ,ぶらぶらと「あるく」。この世とあの世の境目も分別できない世界を浮遊物のように漂いつつ「あるく」。そして,あてもなく「あるき」つづける主人公の無意識の底を流れているものは,多幸剤「ポラノン」がほしい,ただ,その一念のみ。つまり,ただ「あるく」だけの存在でしかなくなってしまった「いま」もなお,高濃度の放射線を浴びながら,生死の境をさまよいつつも,人間の最後の欲望は「くすり」しかない,と言わぬばかりに。

 まるで,こんにちの日本人が,科学神話を盲信し,みずからの健康の保持増進をサプリメントに依存してこと足れりとする究極の姿,それは「薬物依存症」なのだ,と言わぬばかりに。この「狂気」が圧倒的多数を占めると,それが「正気」となり,薬物を拒否する人間が「狂気」のレッテルを張られてしまう。

 こういう階層秩序的二項対立(J.デリダ)の無意味・無根拠を,辺見はつぎつぎに具体的な挿話を繰り出して,証明していく。その挿話に恐るべき説得力がある。人間を丸裸にして,裏も表も,内側も外側もない,あるがままの人間に光を当てる。こういう話がつぎからつぎへと,意識も朦朧としたまま線路を「あるき」つづけるしかない主人公の記憶をたぐりよせるようにして,読者の前に突きつけてくる。

 たとえば,主人公を子どものころから可愛がってくれた叔父さんは,みずから「おれはキチガ〇だ」とだれはばからず公言し,実際にも近くの精神病院に入院して療養していたときの話がある。この話は,この小説のコンセプトを構築する重要な要素となっている。それは,療養中の叔父さんがみずから戯曲を書き,それを患者や医師,介護士,事務職などの人びとが配役となって演ずる話である。この演劇を病院の近所の人や患者の縁故の人たちにみてもらう。主人公も叔父さんの縁故でこの演劇をみる。終ってから,主人公は叔父さんと話をして驚く。主人公が,この役を演じている人は患者に違いない,そして,この役を演じている人は医師だろう,と予想していたことが,ことごとく裏切られていく。つまり,演劇で配役を決めて芝居をはじめると,「狂気」と「正気」の区別がつかなくなってしまう,というのだ。それどころか,ふだん「正気」を演じている人が,芝居で「正気」を演ずると「狂気」が露呈してしまうのだ,という。とりわけ,医師は演劇のなかでは,みんな「患者」にみえてしまう,という。この逆転現象はいったいなにか。

 日常生活で,無意識の世界でうごめいている気持ちをそのままことばや行動に移すと,その人は「狂気」と判定され,その無意識の世界でうごめいている気持ちを理性的にコントロールして,ことばを選び,慎重に行動する人が「正気」とされる。しかし,この「正気」は平和な日常性の中では機能しても,一端急を告げるような事態に陥ると,みんな丸裸の,素の人間に戻されてしまう。そこでは,「正気」の人は「狂気」となり,「狂気」の人は「狂気」のままだ。いったい,このことはなにを意味しているのか。

 小説なのに,こんなにひっきりなしに線を引かずにはおかない本も珍しい。前半はともかくも,後半に入ると,どこもかしこも線だらけ。何回も何回も立ち止まっては考え込み,そのつど書き込みもしてしまう。ときには,涙しながら読む。わたしのからだ(ん?こころか)の奥座敷のなかにまで,どんどん,なんの遠慮会釈もなしに入り込んでくる,この辺見庸の人間洞察力とその文体に圧倒されてしまう。んだ。こんな体験は初めてのことだ。なにゆえにこんなことが起きるのか。それには理由がある。その鍵を握っているのはジョルジュ・バタイユの思想。

 どうも,わたしがわかったような顔をして解説を書いているより,この作品のどこでもいい,みなさんに読んでもらった方が話が早い。なので,その一部を紹介してこのブログを閉じることにする。いずれにしても,恐るべき作品が世にでてきたものだ。でも,いったい,だれが,どのようにこの作品を「評論」するのか,そちらの楽しみもある。

 以下は,辺見庸の『青い花』からの引用である(P.161~163.)

 ・・・・・もとい。起立。礼。天皇陛下の赤子(せきし)たちは,カックン超特急にみんなで乗らせていただき璽(なんじ)臣民,其れ克(よ)く朕が意を体せよ,と朕さんかおっしゃるものだから,コクタイをゴジさせていただき,さんざがんばってはたらいて学校でガリ勉し,シャブばんばんうって労働もセックスもしまくり,戦中そろいもそろってあっさり思想転向したはずの共産党員も詩人も作家も記者も編集者も,戦後は口をぬぐって,民主主義万々歳やて。見あげたもんだよ屋根屋のフンドシ。そのていどのミンシュシュギやってん。朝鮮戦争にろくに反対もせず,戦争特需で大もうけし,戦争の苦しみをわすれ,浮かれ,かつ虚脱し,いちじは三百万人以上の潜在ヒロポン常用者がいたこと,すさまじい苦しみにのたうちまわっていたこと,一九五三年の医薬品総生産高は約七百五十六億円だったけれども,ヒロポンなど覚醒剤の売り上げは同年,一説に二百数十億円だったこと,ヒロポン生産に抗議した製薬会社のまじめな労働者たちが生産妨害者として解雇されたこと,理のとうぜん,精神科病院が超満員だったことを,セニョール,セニョール,ご存知ないのでありましょうか。と,叔父はあの芝居で表現したかったのではないだろう,とわたしはおもう。叔父はだれかを告発したかったのではないはずだ。叔父はそんなひとではない。麻薬撲滅をうったえたかったのでもなかろう。わたしはあえぎながらあるく。くらいカナルをあるく。もう,夜なのに・・・。きょうこのカナル,アナル,ナアル,エイナル,null・・・。狂気とはなにか。正気とはなにか。叔父は狂気というものの内的恒常性,正気の本質的虚妄をかんがえていたのではないだろうか。精神の下地には正気ではなく,狂気の海原がある。津波のような狂気の海原──それがこころの内層である。溺死体。「崩れ落ちた鼻の穴が太陽に向かっていびきをかく」のだ。狂気は凪ぐとまるで正気に見えてしまう。ヒロポン以前の狂気と正気。叔父はだれも告発しなかった。三重吉さんも,本橋先生も,きょうこも,ブタと性交した男も,だれひとり告発しなかった。だれのせいにもしなかった。だれのせいでもない。わたしはよろよろあるいている。

※わたしのワープロ変換技術の未熟さにより,一部,漢字をひらがなに,漢字を同義のもので代替したことをお断りしておきます。

2013年7月10日水曜日

大相撲が波瀾万丈。今場所は面白い。新しい主役が登場するチャンス。

 白鵬が二日つづけてドタバタ相撲。いつもの白鵬とはどこか違う。稽古不足を指摘する相撲解説者もいるが,それだけだろうか。仕切り直しをしている間に汗びっしょりになるあのからだは,これまでにもその傾向はあったが,今場所はとくにひどい。しかも,制限時間いっぱいになったあとも,その胸・腕のあたりの汗を拭おうともしない。そのまま,最後の仕切りに向かっていく。これも作戦というか,戦略というか,でも,ちょっと奇怪しいと思う。相撲内容は間の詰めが甘い。あれでは上位には通用しない。さて,これからどこまで修正していくか。

 日馬富士が不思議な負け方をした。それも,これまでに見たこともない負け方だった。高安が力をつけてきたことは間違いない。昨日の白鵬をあそこまで苦しませた力量は高く評価していい。2,3年前から,高安は強くなると目星をつけていたので,わたしとしては驚くに値しない。しかし,やや,時間がかかりすぎた。でも,これからでも遅くはない。今場所の台風の目となりそうな一人だ。しかも,将来を見据えても大いに期待できる。その高安に日馬富士が,がっぷり四つに組み合った瞬間のひねり技にからだが浮いてしまい,もろくも膝から崩れ落ちた。負けた日馬富士が一番不本意そうな顔をした。

 でも,これは,すべて日馬富士の責任だ。第一に,昨日の白鵬との一戦を意識しすぎたのか,立ち合いから守りの姿勢がみえた。消極的にすぎる。そして,がっぷり四つに組み合ったので安心したのではないか。もちろん,張手をくらって,一瞬,呆然としていたのかもしれない。しかし,その前に勝負は決していた。なぜなら,立ち合いのあの気魄に満ちた日馬富士の先手の攻撃がひとつもみられなかったからだ。昨日の相撲のように,立ち合い一気に押し込んでいく,そういう気魄の籠もった出足が,今日はまったくなかった。あれでは相撲はとれない。先場所と同じ轍を踏むことになるのだろうか。

 昨日の相撲の良さに自信を深めたのか,それとも横綱相撲を意識しすぎたのか。でも,それはちょっと違う。日馬富士の相撲は立ち合いから先手をとって,とことん攻め込んでいく相撲だ。その立ち合いからの激しい攻めを欠いてしまったら,ただの平幕の相撲になってしまう。明日からは,勝ち負けを度外視した,ほんとうにみごたえのある激しい相撲をみせてほしい。そして,終盤を全勝で飾ってほしい。それが起きると,今場所はまことに面白くなるだろう。

 高安についでの殊勲者は,栃煌山。綱取りに挑む稀勢の里に完勝。その取り口には余裕さえ感じ取られた。ここ3場所は栃煌山が勝ち越している。その自信なのか,あるいは,稀勢の里の苦手意識なのか,終始,土俵を支配していたのは栃煌山だった。稀勢の里は必死に攻めようとするが,なにひとつ通用しない。最後は,栃煌山の余裕の突き落としを食らってしまった。この決まり手は先場所と同じである。こういう苦手をつくってしまっては,稀勢の里の将来に暗雲が漂うことになる。しかも,下位の力士に。

 稀勢の里は初日の立ち合いに課題を残したように,心技体のバランスがどこか狂っている,と見受けた。とりわけ,「心」をどのようにコントロールするか,ここを克服しないかぎり横綱はみえてこない。相撲の型が未完成,というのがわたしが以前から気になっている点だ。立ち合いの攻撃から,いかにして自分得意の型に持ち込むか,という戦略や型がまったくみえてこない。たぶん,稽古場では噂のとおり他を寄せつけない強さをもっているのだろうと思う。しかし,本場所の一番はまったく違う。このハードルをいかにしてクリアするか,そこが問われている。とりわけ,後半戦に入ったときにどのような相撲を展開するか,いまから楽しみにしたい。

 もうひとりの楽しみは,蒼国来。今日,ようやく初日がでた。嬉しいだろうなぁ,と共感して涙してしまった。詳しくは言うまい。よくぞ,ここまで耐えて,本場所の土俵に立ち,初白星。感慨無量のものがあるだろう。インタビューを聞いていて涙してしまった。性格がとてもいい,という印象。かれの裁判を支えた女性ファンたちの気持ちもわかる。ソフトで,爽やかで,男前。三拍子そろっている。それでいて相撲はしぶとい。陰ながら応援したいと思う。

 十両でいえば,大砂嵐と青狼が,今日はいい相撲をとった。この二人,異色の力士ではあるが,そして,まだ粗削りではあるが,みていて面白い。つまり,味がある。これからどのように伸びてくるのか,楽しみ。

 部屋の給排水管の取り替え工事に立ち合いながら,久し振りにたっぷりと相撲を楽しむことができた。明日は,しばらく行っていない事務所で仕事の予定。こちらにも仕事がたまっている。でもまあ,元気がなにより。

2013年7月9日火曜日

今日(9日)から部屋の給排水管の取り替え工事がはじまりました。N教授の授業に出席できず,残念。

  昨夜午前3時までかかって,ようやく工事がしてもらえる状態にまでこぎつけました。狭い部屋にびっしりとものを詰め込んでしまい,ものを捨てるということをしてこなかったツケがここにきて露呈。これからは気をつけなくては,と大いに反省しています。

 そのむかし,わたしの親しくしていた友人のお宅にお邪魔したおりに,部屋がとてもすっきりと片づいているので驚いて尋ねたことがあります。子どもさん3人を育てながらの奥さんのことばは以下のようなものでした。収納スペースがいっぱいになった段階で,新しいものをつぎに購入したら,かならずそれに見合うものを捨てること。そして,常時,同じ状態を維持することだ,と。収納スペースからはみ出したものを部屋の隅に置かないこと,と。必ず廃棄処分にすること。なるほど,理屈はそのとおりですが,なかなかできることではありません。

 でも,ならば,われらも・・・・とそのときは固い決意をしました。そして,そのはずであったのですが,ついつい捨てられない症候群とやらの病魔に侵されてしまい,どの部屋も不用品で満杯です。その結果,必要なものが,すぐには見つかりません。ですから,この機会に一大決心をして不要なものは「捨てる」ことに徹しました。が,勇気が足りないというか,ものがなかった時代に育った人間の性というべきか,その大半は捨てることができないまま,段ポールの箱に入れたまま残ってしまいました。ですから,工事が終ってから旧に服するときに,相当に思いきって「選別」をし,さらに「捨てる」ことに全力を投球しなくてはなりません。

 その大半は書籍です。大した分量のものではないのですが,やはり長年かかって買い込んだ本の量ははんぱではありません。とりわけ,金銭的に苦労した時代に購入した本は,変色して,表紙もボロボロになっていて,もはやなんの役にも立たないことがわかっているのに,こういうものほど愛着が強くて,捨てることができません。まあ,自分たちの居住空間を本に奪われたまま,生涯を送ることになるのかなぁ,と半分は諦めています。

 でも,最近はやりの「終活」をいまのうちにやって置かなくてはいけない,と今回の片づけ仕事をしながらしみじみ思いました。工事が終って,ベランダに出してある書籍をもとに戻すときに,最小必要限度のものだけを手元に残すことにして,あとは,娘夫婦とも仲良くしていてくださる,信頼できる人に託そうと考えています。娘夫婦もあの人なら,と言ってくれていますので,それが一番かと考えているところです。

 この調子では,この夏休みは本の片づけだけで終ってしまいそうです。でも,いつかはこれをしなくてはならないわけですので,ちょうど,そのタイミングが今回の給排水管の取り替え工事によって現実になってきたのかもしれません。だとしたら,素直に,これを神様の啓示だと信じて,とりかかろうと決心しているところです。

 でも,この夏休み中に書かなくてはいけない原稿も山ほどあって,困ったなぁと思案投首。こころを鬼にして,ここではじめをつけないことには,もう,このあとはないだろうと思います。ここまでは,考えられるのですが,それを実行するにはもうひとつパワーが必要です。それは若さです。もう一度,この若さをとりもどして,書籍の分別に取り組んでみようと思っています。

 そうか,部屋を片づけるということは,若さを取り戻すことなんだ,と知りました。が,それができるかどうかは,やってみないことにはわかりません。でもまあ,こんな予期せざることがつぎからつぎへと起こるから人生はやっていかれるのかもしれません。まあ,そんなことをエンジョイするくらいの気分で,これから取り組もうと思っています。

 というようなわけで,今日はとっておきの火曜日のN教授の授業に出席することはできませんでした。初めて,わたしの個人的な理由で欠席することになってしまいました。今日も工事の進みゆきをみとどけながら,そして,工事責任者とあれこれ相談しながら,いまから行けばN教授の授業には間に合うなぁと思いつつ,やはりこの場を離れることは無理でした。

 先週の予告では,いろいろと映像資料をみながら,学生さんを交えた議論が展開されたのではないだろうか,と想像しています。いつも,一緒に傍聴に行かせていただいている太極拳仲間のKさんからお話を聞かせてもらおうと思っているところです。

 というようなところで,今日のわたしのレポートはこれでお終い。







原発再稼働はありえない。なのに5原発10基再稼働申請(プラス2原発も近々)。

 東電社長と新潟県知事の交渉の一部がテレビで流れ,みていてものの哀れを感じてしまった。いわゆる他流試合となると,東電社長という人間の器の小ささばかりが目立ち,新潟県知事の怒りをにこやかな笑顔で抑え込んだ人間の大きさが,強烈な印象となって残った。いわゆる既得権益者集団のなかで立身出世してきた人間は,なるほど右を見,左を見,上を,下を見ながらみずからの才覚で身の振り方を考え抜いてきた「優等生」には違いないだろう。しかし,既得権益集団の一歩外にでて,他流試合となると,相手の度量の大きさに飲まれてしまって,とたんに顔は凍りついてしまう。とても,とても相手を説得するなどという気魄もなにもない。ただ,伝えるだけ。説得とはほど遠い。

 ということは,同情したくなる点もないわけではない。なぜなら,自分たちの主張を相手側が飲んでくれるということは,最初から不可能だと承知しているからだろう。なぜなら,みずからの言い分が,既得権益集団(=原子力ムラ)の中では「常識」であるが,一歩外にでたら「常識はずれ」であるということがわかっているからだ。

 ということは,世間の「常識」は既得権益集団にとっては「非常識」,既得権益集団の「常識」は世間の「非常識」,ということだ。このギャップを埋める努力もしないで,原発再稼働ありきで突き進もうとする。なぜなら,政府自民党が後押しをしてくれるから。いまの自民党人気に乗っかれば押し切れる,という甘い判断がみえみえだ。だが,あれほど元気のいいふりをみせている安倍首相は,この「再稼働」の問題については「沈黙」を守っている。なぜ?票の増加につながらないからだ。だから,原発に関してはなんとか蓋をして「経済一本」で押し切ろうという作戦にでる。

 しかし,原発再稼働に踏み切ると最終的に日本の経済は破綻をきたすことはだれの目にも明らかだ。使用済み核燃料をとのようにして最終処理を行うのか,その方法すらまだみつかってはいない。一説によれば「不可能」だ,と専門家たちはいう。だとしたら,半永久的にこの使用済み核燃料の子守を子々孫々にいたるまで引き受けなくてはならない。この費用はだれが負担するのか。そこまで計算して「採算」を考えているのか。だとしたら,原発は「安上がり」だという根拠をもっと明確に提示してほしい。わたしたちが知らされている「採算」の積算の基礎は「単位時間」当たりのコストの比較でしかない。それは違うだろう。

 原発再稼働しか考えない政府自民党と,いちはやく原発廃止を決めたドイツ政府とでは,その思考回路が真反対だ。日本国政府は一度,手にした既得権を手放そうとはしない。権力の中枢にいる人びとが寄ってたかって既得権益を守ろうとする。多くの国民を犠牲にしてでも,わが身の保身のために盲目的に突き進む。ドイツ政府は「国民」にとって原発エネルギーと再生可能エネルギーのどちらが「幸せ」につながるかを熟慮した上で,再生可能エネルギーを選択した。国民の圧倒的多数がこれを支持し,政府と国民とが一丸となって再生可能エネルギーを確保するために,ありとあらゆる智慧を出し合って,その実現に向けて邁進している。しかも,それが驚くべき早さで進んでいて,近く「電力輸出国」になるという。

 やればできる。ドイツにできることが,なぜ,日本ではできないのか。その最大のネックになっているものが既得権益集団である。政・官・財・学・報の「五位一体」となったこの既得権益集団(またの名を「原子力ムラ」という。そういえば,近頃,この「原子力ムラ」ということばが消えつつある。なぜか。どこかから圧力がかかったことは間違いない)が,いまや,日本の中枢を占め,一致団結して国を動かそうとしているからにほかならない。この集団に対して日本国民は甘い。上意下達,寄らば大樹の陰,という江戸時代からの悪しき慣習行動が,いまも生きている。情けないことこの上ないが,その甘えの構造は間違いなく存在している。

 ドイツ国民には,自分たちが国を動かしているという自覚と自負がある。賢明なるドイツ国民は「フクシマ」を教訓にして,脱原発を「即決」した。そのときの決断の最大の根拠は「人の命」を最優先するという考え方である。そして,そのことのためなら国民は一致団結して行動を起こす。それには立派な実績ももっている。

 たとえば,西ドイツ時代(1960年代)の「ゴールデン・プラン」がある。国民の多くが過食・運動不足のために肥満体となり,成人病が多発した。そのため労働力の低下,医療費の増大,など連鎖的に国力の低下をもたらすという結果にいたる。その対策として考えられたのが「運動の促進」「健康の保持増進」運動であり,そのための「施設づくり」であった。国民一人あたりの運動施設面積を割り出し,それを実現しようという遠大な計画であった。そして,そのための金を国が半分,あとの半分は国民が負担する,ということを決めて,国民は募金運動を展開した。

 ところがである。目標としていた募金が,期限前に倍以上も集まってしまった。そこで,急遽,「ゴールデン・プラン」をさらに大きな規模に練り直すことになった。そうして,さらに「10年計画」を立て,「第二次ゴールデン・プラン」を実行に移していった,という実績をもっている。それが,こんにち,ドイツのどこに行っても見られる立派なスポーツ施設だ。

 日本でも,ひところ,各地方自治体が中心になって「ゴールデン・プラン」の日本版をめざしたが,さしたる成果はあがらなかった。なぜなら,市民が「募金」に応じなかったからだ。笛吹けども踊らず。こういう箱ものは国や自治体がやるものであって,国民・市民はそれをありがたく頂戴する,という受け身の姿勢から抜け出ていない。残念ながら,江戸時代からの慣習行動から,いまも抜けきれていないのだ。

 しかし,いつまでもそんなことではいけない。スポーツ施設ができなくてもいい,橋が架からなくてもいい。しかし,国民の「命」にかかわる原発だけはなんとしても回避しなくてはならない。このことに関しては,若いお母さんたちはみんなわかっている。そして,若い世代の人びとも関心は高い。なぜなら,まだまだ,未来に向けて「生きて」いかなくてはならないからだ。

 一番,鈍感なのは,既得権益に身をすり寄せることによって甘い汁を吸うことを覚えてしまった世代から上の世代だ。困ったことに,こういう世代が国の中枢を占めている。この人たちに目覚めてもらうしかない。

 こんどの参院選は,この原発問題だけは自分の選挙行動の起点においてほしい。つまり,選挙の「争点」から外してはならない。その意味で,日本の未来を決する重大な選挙だ。慎重に,慎重に。そして,一大決心を。

2013年7月8日月曜日

稀勢の里の綱取りはなるか。日本人横綱誕生の期待に応えられる「こころ」ができているか。

 稀勢の里が一回で立てなかった。豪風が2回もつっかけることになり,ひたすら豪風が土俵下の審判委員に頭をさげるシーンがテレビに映った。しかし,わたしの眼には,立ち合いのタイミングをはずしたのは稀勢の里にある,とみえた。タイミングをはずしたというよりは,むしろ,稀勢の里は「立てなかった」のではないか,とみた。

 綱取りのかかった場所の初日。緊張するのはとてもよくわかる。とにかく初日に勝って流れをつくりたい・・・これは綱取りの力士にかぎらず,だれも同じ。いずれにしても,この場所を占うことになる初日の勝ち負けは重要である。だから,どの力士も真剣そのものの顔をしている。だから,初日の相撲は面白いのだ。よほどのことがないかぎり,初日に八百長を仕掛ける力士はまずいない。だから,この場所の活躍を占うことができるのは初日,とわたしは考えてきた。

 その意味で,今日の稀勢の里の相撲は注目した。相手の豪風は小兵ながら,脇を締めて相手の腕を挟み付けるようにして前にでる,そして,相手の力を真っ正面から受けた瞬間に,その力をかわして逆襲にでる,それがかれの相撲だ。そんなことは稀勢の里は百も承知。だから,どのような相撲をとるか,は事前に充分に考えてきたはずだ。にもかかわらず,一回で立てない。いかにも慎重に仕切っているようにみえたが,どう考えても豪風の仕切りについていかれない精神状態にあったのではないか,とわたしはみた。だから,とても不安だった。

 わたしの眼には,なぜ,稀勢の里はあのタイミングで立たないのか/立てないのか,と不思議だった。やはり緊張しているんだ,とみた。その理由は,3回目も前2回とほとんど同じような流れの仕切りで,稀勢の里が立つという意志を露にして,ようやく立ち合いが成立。つまり,2回の仕切り直しの間に,稀勢の里は自分の気持ちの整理をしていた,とわたしはみた。

 あとは,小兵の豪風を徐々に,徐々に圧力を加えて自分有利の体勢をつくり,寄り切った。これで,稀勢の里はプレッシャーから解き放たれて,明日から,もっといい相撲をとることになるであろう。しかし,あえてここで苦言を呈しておくと,以下のとおり。

 今日の立ち合いをみるかぎりでは,右で張っておいて左差しに行った。しかし,右の張手は空振りだった。こんなことを稀勢の里がやるとは,わたしは思ってもいなかった。だから,やや意外だった。その結果,腰高の立ち合いになってしまった。でも,これは小兵の豪風にはよかった。いつもの稀勢の里のように一気に相手に圧力をかけて前にでる相撲ではなかったので,豪風はなすすべもなく徐々に,徐々に圧力を加えられて,最後は左四つの稀勢の里の得意の型に入って,勝負あったとなる。

 今日の相撲に味をしめてしまうと,前半戦はこれでいいかも知れない。しかし,後半戦はそうはいかない。たとえば,先場所の琴奨菊戦のように,腰高のまま立ち合い,相手の圧力を真っ正面から受けることになり,あっという間に押しこまれてしまうことになりかねない。ましてや,横綱戦ともなれば,相撲の中味がまったく違う。だから,できるだけ低い姿勢の立ち合いで,まずは,相手のでてくる圧力を受け止め,そこから自分得意の型に持ち込む,そこがポイントだ。

 さて,今場所の稀勢の里のゆくえはどうか。とにかく,初日に勝てたので,あとは気分よく連勝を重ねてほしい。しかし,上位との対戦を考えて,立ち合いの姿勢と,得意の「左」をどのように使っていくか,しっかりと試していくことが不可欠だ。そして,この得意の「左」で上位を制することができたとき,綱取りが実現するだろうと,期待している。

 この「左」を活かすも殺すも,あとは稀勢の里の「「こころ」の問題。ここが横綱になるための最後のハードル。ここをどのようにして越えていくか,横綱になれる力士となれない力士の違いだ。でも,過去の横綱たちはみんなここを通過していったのだ。さて,稀勢の里はどのようにしてこの「こころ」の問題をクリアしていくのか,楽しみはむしろこちらにある,とわたしはみている。勝ち負けを度外視して,自分の相撲を取りきる,そこに徹することができるようになったとき,「綱」がみえてくる。

 稀勢の里の相撲に関しては,わたしは,これまでとても辛口の批評をしてきた。それは,いまも変わらない。なぜなら,これまでの稀勢の里に日馬富士や白鵬を圧倒するだけのパワーがあるか,と問われれは「ノー」としか答えようがないからだ。稀勢の里よ,あわてることなかれ,日馬富士と白鵬を圧倒するだけのパワーを身につけてからでいい。その方が日本相撲協会の隆盛のためにいい。正統派大相撲ファンを納得させる横綱になってほしい。

 さて,あと14日間,楽しみである。

2013年7月7日日曜日

「熱中症にならないように惜しみなくエアコンを使いましょう」だって?NHKのニュースで。

 熱中症のニュースが飛び交っています。そして,水分の補給に充分注意するように,とさも非常事態であるかのようにメディアが騒ぎ立てています。ご丁寧にも,エアコンを惜しまずに使いましょう,となんとNHKのニュースで流れました。

 ああそうですか,一般家庭でもエアコンを惜しまずにどんどん使え,と公共メディアが指示するんですか,ととたんにへそ曲がりの虫が騒ぎだしました。いらぬお世話です。暑ければどうするかは,個人で考えること。その対策もそれぞれの場所や条件に合わせて考えること。それをわざわざ「エアコンを惜しまず使え」と?いったいNHKさまは何様なの?

 わたしに言わせれば,エアコン依存症になっているから,すぐに熱中症にやられてしまう,ただ,それだけ。だから,日頃からできるだけエアコンに依存しない生活の仕方を工夫すべきだ,ということになります。

 たしかに今日はこれまでにもまして暑かったことは間違いありません。しかし,風もいつもよりはよく吹いていて,かなり涼しくもありました。わたしは今日は朝から必死で部屋の片づけをしていました。なにせ,9日(火)の朝から一週間かけてマンションの部屋の給排水管の総入れ換えの工事がはじまります。そのために,給排水管のとおっている部屋の荷物はすべてどかさなくてはなりません。結論的に言えば,約半分の部屋を空にして,その荷物を残りの部屋に入れなくてはなりません。そんなことはとてもできません。したがって,この際,不要と思われるものをどんどん捨てなくてはなりません。その選別と荷造り,そしてゴミ置き場までの運搬,となかなか大変なのです。ですから,朝から丸一日,肉体労働がつづきました。たしかに暑くて汗をいっぱいかきました。

 でも,窓という窓をすべて開放すると,風が強すぎて涼しすぎるくらいでした。ですから,窓を開ける度合をコントロールしながら,肉体労働をしていました。それでも,汗はかきますし,喉も乾きます。当然のことながら,作業は水分を補給しながら。でも,わたしは夏の水分は冷たい水ではなく,熱いお茶を飲むことにしています。その方がわたしのからだには具合がいいということを,長年の経験で知っています。

 今日の作業の途中で,段ボールが足りなくなり買い出しにでかけました。ついでに,食材なども買い出しにとスーパーとコンビニにも立ち寄りました。が,段ボールを売っている「ハウス・センター」のエアコンは弱冷房になっていて,とても快適でした。が,スーパーとコンビニは,あまりに冷やしすぎていて,寒くて長くはいられませんでした。汗ばんだ皮膚には冷たい空気は過剰に効いてきます。あっという間に皮膚の温度が下がってしまって,寒くて仕方がありません。

 そういえば,しばらく前からわたしの住んでいる近くのデパートもスーパーもコンビニも,がんがんにエアコンを効かせています。女性の店員さんたちの多くはカーディガンを羽織っています。足元をみると,みんな長いソックスをかなり上まであげて履いています。これでなくては耐えられないのでしょう。そこへ,わたしのような人間が,Tシャツに短パンで,サンダル履きで(外ではこれでも暑い),入っていきます。一度に冷やされてしまって,とても長くはいられません。駆け足で(ほんとうに走って),必要最小限のものを買って,外に飛び出しました。いったいお客さんの都合というものを考えているのだろうか,と首をかしげてしまいます。

 そのむかし,生理学の授業で,人間の体温調節の適応範囲は「7℃」までだ,と教えてもらったことがあります。つまり,部屋の外と中の温度差が「7℃」であれは,人間のからだは自動的に調節できる,というのです。その温度差を超えたら,一枚着るなり,脱ぐなりしなければならない,と。ですから,エアコンの温度調節は,外気の温度よりも「7℃」の範囲で下げればいいわけで,それ以上下げると着衣によるコントロールが必要になる,というわけです。

 NHKが流すべき情報はこのようなことであって,「惜しみなくエアコンを使え」ということではないはず。「7℃」の範囲内で,上手にコントロールしましょう,というべきなのに・・・・。

 「えっ?」「惜しみなくエアコンを使え」だって?
 ああ,NHKも東電と同じ既得権益を保持するために一致団結しているグループなんですね,そして,政府自民党にみえみえのエールを送っているんですね。この選挙運動の最中に。これって「選挙違反」にならないの?のみならず,自民党が過半数を獲得する「勢い」とかいって,それに関するニュースをご丁寧に流すのも,おやおや?です。こういう情報の流し方も,わたしには立派な「メディア・コントロール」にみえてきます。まさに,メディアこそが自分たちに都合のいい偏向情報だけを流して,民意を操作しようとしているではないか,と。

 やはり,わたしたち一人ひとりが相当にしっかりと「メディア・リテラシー」をしっかり身につけ,自衛していないと,メディアの思うままに操られてしまうことになりかねません。

 何気ないNHKのニュースのなかにも,悪質な「毒」が潜んでいますので,要注意です。クワバラ,クワバラ。

 熱中症にかからないように惜しみなくエアコンを使いましょう・・・・なんとおみごとなことか。
 これとまったく同じ情報に「お中元はいつもより2~3割高めの商品が人気」「景気が回復しているらしい」というものもあります。思わず「バカヤローッ」とテレビ画面に向かって吼えてしまいました。気をつけなくては・・・・。クワバラ,クワバラ。

2013年7月6日土曜日

政党党首の書いた文字をみてびっくり。う~ん。

 いまどきの政治家は,色紙を書いたり,掛け軸になるような揮毫をしたりすることはないのだろうか。昨夜のNHKのニュースをみていて驚いた。4日の参院選の公示を受けて,一斉に選挙運動に入った各政党党首に問う,というかたちで特番が組まれていた。たぶん,ご覧になった方も多いことと思う。

 NHKのアナウンサーと政治部の記者が交互に,各政党党首に質問をするという形式で進められた。その質問の仕方も,わたしには不満だらけであったが,それはもういつものことなので,この際は問わないことにする。それ以外の、まことに些細なことにみえるかもしれないが,わたしにとっては一大事だと感じたことを書いてみたい。

 各政党党首は,NHKが用意した三つの質問に対してその考えをボードに書かされて,それを自分の映像の前に立ててみせながら,再度,質問に答えるということを「演じさせられた」。みなさん大まじめにお答えになっていたのだが,その構図がなんとも漫画チックで可笑しかった。その効果を上げたのが,ボードに書かれた各政党党首の「文字」だった。

 まともな「文字」が書けていたのは,海江田氏と小沢氏ともうひとり女性の代表だけで,あとの党首たちは,みるも無惨。これが政党の党首と呼ばれる人たちの書く「文字」なのかと大いに失望した。平均点は「中学生」なみ。およそ「文字」というものが本来どういうもので,それを読む/見る人にどのような印象を与えるか,なにも考えていないかのようだ。もちろん,それがその人の性格を期せずして露呈するものでもある,などということには一切無頓着の様子。まあ,読めりゃあいいんだろ,というような「投げやり」の姿勢がわたしにはもろに伝わってきた。

 海江田氏は,これまであまりいい印象はなかったが,この人の書いた「文字」をみて,ああ誠実な人なんだなぁ,と思った。まじめに,きちんと楷書で,整った「文字」になっていた。上手・下手は問わない。一生懸命に書いたな,つまり,気持ちの籠もった「文字」だな,と伝わってきた。ただ,欲を言えば,もう少し「力」のある「文字」を書いて欲しかった。党首なのだから。

 それと同じことが,小沢氏にも言える。辣腕・小沢というイメージがゆきとどいている割には,「文字」は小心者。余白をいっぱい残したまま,小さな文字で,律儀にきちんと書かれていた。まあ,褒めるとすれば「隙のない文字」。さあ,どこからでも掛かってこい,と言わぬばかりの「守り」の文字。なるほど,囲碁好きの小沢氏らしく,まずは「守り」から入るというわけか。

 もうひとりの女性(名前を間違えるといけないのでこのままにする)は,しっかりと視聴者に読まれることを意識して,デザインまでされていた。漢字を大きく,ひらがなを小さく,そして,全体のバランスまできちんと配慮されていた。この人は,あらゆることに神経を行き届かせて,他人に不快感を与えることのないように,という心配りのできる人かなぁ,と想像した。

 あとの人は,なにを考えているのか,いや,なにも考えないで,ただ書いた,という「投げやり文字」。安倍氏は,その意味では天真爛漫。これがときの総理大臣の文字とはとても思えない。かえって,あまりに無邪気・無神経・無防備な文字に,この人,大丈夫?という不安をいだいてしまう。もっとひどかったのが橋下氏の文字。中学生以下,小学生上級生の悪筆のレベル。まさに,傍若無人。読む人,それを見る人のことなど眼中になし。書きゃーいいんだろっ,という腕白坊主そのままの性格が文字にみごとに露呈している。その意味でとてもわかりやすかった。

 あとの人のことは割愛。論評するに値しないということ。

 わたしの記憶では,むかしの偉大なる政治家と呼ばれた人たちは,その多くが立派な書を残している。勢いのある「力」の籠もった書をあちこちでみかけ,その個性的な書が,わたしの印象に残っている。明治の人たちは「書」を嗜むことが教養のひとつだったとも聞く。それが,時代とともに書の文化が廃れていく。いまでは,手紙の代わりに,すべてパソコンで書いて,そのまま送信して終わり。文字を手で書くことはどんどん減っていく。だから,文字に対する感覚もほとんどなくなってきている。文字は試験の答案を書くためのツールくらいにしか考えてはいないらしい。そこでは文字の上手下手は問題にされない。

 むかしの武将はこぞって「力」のある文字を書いた。あの教養がないといわれた豊臣秀吉ですら,文章の中味はともかくとして,書く文字は桁外れに「威力」をもっていた。誰はばかることもない天真爛漫さに加えて,気魄が相手の武将を圧倒するような「力」をもっていた。だから,かれの書はわたしのこころを釘付けにしてきたし,味があってわたしは大好きである。

 文字は体を表す。そして,性格を表す。その人の身振りを表す。つまりは,その人のすべての要素が凝縮しているパフォーマンスのひとつなのだ。もっと言ってしまえば,文字はもともとは「呪文」を表すもので,書く人の魂が籠もっているものだ。だから,なにも考えないで文字を書く人の気持ちは,そのままに伝わる。つまり,気持ちが籠もっていない,と。

 テレビ・カメラの前で,自分で書いたボードを持たされて,それをもとにして質問がなされる。視聴者はじっとそのボードに書かれた文字に注意をそそぐことになる。場合によっては,ボードだけがクローズアップされて,人物の顔さえ画面からは消えている。こうなると,ボードに書かれた文字が,その人の顔の代役となる。

 だから,がさつな人はそのまま文字に表れていて,とてもわかりやすい。武者小路実篤のように,ヘタウマという文字もある。それが度を超えているので,ある「呪力」をもちはじめる。となると,何回見ても飽きない味がでてくる。だから,色紙として大切にされた。武者小路実篤の書の根底にながれていたものは「誠心誠意」である。

 いまの政治がハチャメチャにみえるのも,この政治家たちの書いた文字を眺めながら,なんとなく納得してしまった。もちろん,立派な文字を書かれる政治家も少なくないと思う。たとえば,江田五月さんなどは立派な書家の域に達している。だから,この人の揮毫された文字はあちこちでみかける。切れ味のいい鋭い文字である。が,欲をいえば,政治家らしい太い線がとぼしい。

 いまの学校現場が乱れてしまうのも,きちんとした気持ちの籠もった文字の書ける先生が激減してしまったことと,どこかで符号しているように思えてならない。

 以上,政党党首の書いた文字雑感まで。
 ひとこと断っておけば,「筆跡学」はわたしの趣味のひとつ。

2013年7月5日金曜日

『読売新聞』社説 「尖閣問題を紛争のタネにするな」(1979年5月31日)を読む。エッ? まさか?

 びっくり仰天するような「社説」に出会いましたので,紹介したいと思います。ブログの見出しにも書きましたように「尖閣問題を紛争のタネにするな」と,こともあろうに『読売新聞』の社説が主張していたという事実です。1979年5月31日。この時代には,『読売新聞』ですら,こんなに「健全な」主張を社説をとおして展開していた,ということを知り驚いた次第です。それに引き比べ,いまの大手新聞の堕落ぶりには呆れ果ててしまいますが・・・・。

 ネタ元は,『「対米従属」という宿痾』(鳩山由紀夫,孫崎亨,植草一秀共著,飛鳥新社,2013年6月27日刊,P.136~138)。この話がでてくる節の見出しは「尖閣問題の出発点は田中角栄・周恩来間の棚上げ合意」というものです。

 問題の社説には,つぎのようなことが書かれている,と孫崎亨氏が丁寧に紹介し,問題の本質がどこにあるのかを鮮明にさせています。その要旨は以下のとおりです。
 「日中双方とも領土主権を主張し,現実に論争が”存在”することを認めながら,この問題を留保し将来の解決に待つことで日中政府間の了解がついた。それは共同声明や条約上の文書にはなっていないが,政府対政府のれっきとした”約束ごと”であることは間違いない。約束した以上は,これを順守するのが筋道である」,と。

 この社説については,該当ページ(P.137.)に写真も乗せ,巻末には全文が資料として掲載されています。この事実を確認した上で,さらに3人の意見交換がそのあとにつづきます。とてもスリリングで,重要な内容がふくまれています。ぜひ,ご一読いただければ・・・と思います。


 そこでの議論の入り口のところを紹介しておきますと,以下のとおりです。

 日本政府の主張は,「尖閣列島は”先占の法理”によって日本の領土になっており,中国も1970年代までは文句を言ってこなかった」の一点張り。

 この点について,孫崎亨氏がきわめて重要な指摘をしていますので,少し長いですが,紹介しておきたいと思います。

 「日本政府は1895年に,尖閣列島にはどの国の主権も及んでいないという10年間の調査の結果をふまえて,これを日本の領土だと宣言します。これが”先占の法理”と言われるものですが,この”先占の法理”とは,ある時期の植民地支配の理論でもあるわけです。例えば,中東遊牧民のベドウィンが歩いているような地域は,誰の支配も確立していな無主の地であるから,先に宣言した欧州列強の領土であるという理論だったわけですが,この理論は,いまでは国際司法上はあまり大きなウェイトを占めていないと思います。中国は,明,清の時代,周辺地域に対して非常に大きな影響力を持っていました。例えば,日本の海賊である倭寇(わこう)を討伐する人間が任命されたりしている。ということは,この地域が無主の地ではなく,中国が公権力を及ぼしていた事実があるとも考えられるわけです。
 いずれにしても田中角栄,周恩来による日中国交正常化交渉の中で,『日中双方とも領有を主張し,現実に論争が存在することを認めながら,この問題を留保しようということで棚上げになった』わけです。さらに,この”棚上げ”の確認は,周恩来の時代とトショウヘイの時代,二度にわたって行われています。」

 こうした事実確認をした上で,鳩山由紀夫,孫崎亨,植草一秀の三氏による鼎談は佳境に入っていきます。われわれには隠されていた,さまざまな事実関係が,この三氏によってつぎつぎに明らかにされていきます。とりわけ,鳩山由紀夫という血統書つきの政治家が徹底的に標的にされて,メディア・バッシングがくり返されてきたことの背景が浮き彫りになるという点で,きわめて刺激的です。なぜ,これほどまでに鳩山由紀夫という政治家が「宇宙人」だの,「言った,言わない」だの,「嘘つき」だのとメディアに叩かれるのか,わたしには不思議でした。やはり,鳩山由紀夫という政治家はよほど奇怪しいに違いない,と思い込まされていました。

 しかし,この本を読むと,眼からウロコが落ちるようにして,その背景がみえてきます。ひとことで言ってしまえば,圧倒的多数の政治家や財界のリーダーたちが「対米従属」によって獲得してきた既得権益を死守しようとするのに対して,鳩山由紀夫は,「対米自立」をめざし,既得権益を打破して,友愛の精神にもとづく政治の理想をかかげ,国民主権の政治の実現をめざすことにあるからだ,ということになるでしょうか。わけても「東アジア共同体」の理想をかかげたことがアメリカおよび「対米従属」派にとっては許しがたいことだったようです。ですから,既得権益派は徹底して鳩山由紀夫排除のためにあらゆる手段を用いたということなのでしょう。

 そうしたメディア報道に,圧倒的多数の日本人は間違いなく「洗脳」されてしまいました。わたしもそのうちのひとりであったことを正直に告白しておきましょう。ですから,だれもが鳩山由紀夫=宇宙人と思い込んでいます。しかし,そうではない,ということがこの本をとおして明らかになってきます。つまり,鳩山由紀夫=宇宙人は,メディアがでっちあげた「嘘」と「詭弁」であり,そうすることによって政治の世界から葬り去ることが目的であった,と思い至ります。

 断っておきますが,私自身は,この本に書かれていることがすべて正しい,と言うつもりはありません。そうではなくて,これまでの支配的なメディアが流してきた鳩山由紀夫バッシング情報と,この本のなかでしっかりとした事実関係を確認しながら論を展開していく三氏の議論の両方を,読み比べることが大事だ,と言いたいのです。つまり,両方の意見のあまりの隔たりが,どこからくるものなのか,素直に耳を傾けながら,みずからの思想・信条(心情も)にもとづく結論を導き出すこと,そのための,きわめて重要なテクストとしてこの本を紹介したい,ということです。

 わたしたちは,いまや,あらゆるメディアをとおして,ほぼ完璧に「メディア・コントロール」されてしまっています。そして,無意識のうちに思想・信条までもがコントロールされつつあります。そこを突き抜けるための「メディア・リテラシー」を身につけることが,いま,もっとも求められており,ひとりの人間としての基本的な能力として不可欠である,と考えています。このことは,昨日のブログにも書いたとおりです。

 しばらくの間は,この本を手放すことはできそうにありません。それほどの説得力を,いまのわたしにはもっています。

2013年7月4日木曜日

「メディア・リテラシー」で自衛せよ。(聴講生レポート・その11.)

 4週間のフランス出張からもどられたN教授の授業が7月2日(火)から再開されました。やや日焼けした顔をよくみると顎のラインがすっきりしています。おやっ?と思って全身を観察すると,以前より細身になっていらっしゃる。余分な肉は落したい,と以前から仰っていたので,さては,パリで密かに・・・?と勘繰ったりしながら,久し振りに楽しい授業を聞かせてもらいました。

 間が開いたせいか,最初のうちはシラバスのことを気になさって,その辻褄合わせの調整をなさっていましたが,いつのまにか教卓の前に立って,フリーハンドで熱弁を展開。こうなるとN教授の面目躍如というところ。やはり,シラバスなどに縛られないで,いま,現在の,その場の力に反応する臨機応変のお話の方がはるかに迫力があって,魅力的です。授業は「生きもの」なのですから。

 いつもにも増して刺激的なお話が多かったのですが,7月2日(火)の講義で,もっともわたしのこころに響いてきたお話は「メディア」の問題系でした。その中核になっているテーマは「メディア・コントロール」と「メディア・リテラシー」だと受け止めました。

 講義の冒頭で,カタール政府の肝入りで立ち上げられた放送局「アルジャジーラ」をとりあげ,このアラブ世界・アラブ人の目線から,つまり,攻撃される側から湾岸戦争(1990年)を報道するということの画期的な意味についてお話をされました。それは,それまでの戦争報道は,つねに圧倒的戦力を誇る攻撃側からの情報のみが垂れ流しになっていて,世界中のほとんどの人びとの,いま,行われている戦争のイメージを固定化するはたらきをもっていました。

 わたしも記憶していますが,戦闘機の頭にテレビ・カメラを設置して,そのカメラが映し出す映像をみながら,まるで実況中継をしているかのような報道が常態化していました。いま,標的のどこどこに命中しました。こんどは,どこどこの標的を狙っています。これです。この建物はテロリストの拠点になっていて,ここを爆撃することが重要です。照準が定まったようです。発射しました。みごとに的中しました・・・というような報道が日本のテレビにもそのまま流れていたわけです。

 ところが,そこには爆撃されて死んでいく人びとの姿はどこにも映ってはいません。しかし,実際には,大量の人間が無差別に(つまり,多くの市民を巻き込んだまま)殺されているわけです。その実態を,攻撃される側に入り込み,みずからの身の危険も辞さずという決意のもとに,爆撃され死んでいく人びとの実態を同じ地に立って,映像化して世界に向け発信していく,それがアルジャジーラという放送局でした。もちろん,アルジャジーラの多くのジャーナリストがアメリカ軍の攻撃を受けて,死んでいきました。いな,アメリカ軍はアルジャジーラのジャーナリストたちを標的にして,殺すことに血眼になっていました。

 わたしたちは,このアルジャジーラの報道をとおして,はじめて湾岸戦争のもう一つの側の実態をしることができたわけです。それでもなお,日本のメディアは,アルジャジーラの報道をほとんど無視していました。が,インターネット情報をとおして,少し頑張ればわたしたちでも眼にすることができました。

 ここで問題になっているのが「メディア・コントロール」ということです。第一に既得権益を守ろうとする人びと(日本のメディアのほとんどはそういう人びとに独占されています)にとっては,都合の悪い情報は一切流しません。その結果,どうなるのか。アメリカ軍は「正義」のためにテロリストを撲滅しているのだ,というグローバル・スタンダードを世界中の人びとに「刷り込む」ことに成功するわけです。いまでも,アメリカは「正義」の国であると固く信じている日本人が驚くほど多いのはその成果の賜物といっていいでしょう。ですから,わたしのように,それは違うよ,アメリカが聖書に対して「正義」を誓うのであれば,テロリストと呼ばれる人びと(アメリカが勝手に名づけているだけ)はイスラム教を守るための「聖戦」(ジハード)を戦う「正義」そのものだ,と主張すると白い眼でみられて多勢に無勢というみじめな扱いを受けてしまいます。どちらも「正義」を主張している以上,両者の言い分にとことん耳を傾けて,その上で,自分の考えを固めるしかありません。それが良識ある人間のすることだ,それこそが責任ある言動だ,とわたしは信じています。

 この「メディア・コントロール」の力はすでに日本の社会のなかには根強く浸透しています。ですから,わたしたちがいま,日々,受け止めている情報の大半は,まちがいなく既得権益を守る人たちにとって都合のいいものばかりです。そうでない情報はきれいに排除されています。つまり,メディアによる「浄化作用」が,意図的・計画的にはたらいています。

 たとえば,政権交代をはたした小沢一郎が,検察もメディアも一致団結して,よってたかってあること・ないことをでっち上げて叩きつぶしにかかりました。しかし,どこまで叩いてみても,裁判でそのことを立証することはできませんでした。まるで,イラクに大量破壊兵器が隠されているという前提で,イラクを叩きつぶしてみたものの,大量破壊兵器はみつからなかった,というアメリカと同じです。しかも,小沢一郎の検察調書のなかには「嘘」ででっちあげたものまであったにもかかわらず,その調書を作成した検事は不起訴です。イラクをつぶしてしまったアメリカも無罪です。こんなことが,いま,平然と日本をふくめた世界で起きているわけです。

 最近では,メディアによる「国賊」呼ばわりによる「制裁」です。この構図は,アメリカとテロリストの関係とそっくりです。政府自民党の考えに反することを言ったり,行動したりすると「国賊」扱いにされてしまいます。わたしなどは,このブログを書いたり,デモにも参加したり,改憲反対のシンポジウムにも聴講にでかけます。もはや疑いようのない「国賊」です。でも,あまりに小物ですので,まだ,「国賊」と名指されたことはありません。

 いま,その矢面に立たされているのが鳩山由紀夫です。最近,刊行されたばかりの(6月27日発行)『「対米従属」という宿痾』(鳩山由紀夫/孫崎亨/植草一秀共著,飛鳥新社)で,徹底的に裏付けになる資料まで明示して,みずからの考えを主張しているのに,今日発売の『週刊新潮』と『週刊文春』が鳩山由紀夫つぶしにやっきになっている大見出しが躍っています。『戦後史の正体』というベストセラーが話題になっている外交の専門家・孫崎亨もまた,鳩山由紀夫の言動の正当性を支持し,政治・経済の専門家でありアメリカの情報通でもある植草一秀もまた,鳩山由紀夫を支持する根拠をきわめて明確に提示しているにもかかわらず,それらに対する反論ではなくて,たんなる「誹謗中傷」だけで鳩山叩きを展開しています。

 ここで問題になるのか「メディア・リテラシー」ということです。どちらの言い分が正しいのか,どちらの言い分にわたし自身は「信」をおくのか,それを決定するための徹底的な情報の分析です。どちらの「言い分」にもそれなりの根拠があるはずです。ですから,両者の「言い分」に,まずは耳を傾けること,そこからはじめるべきでしょう。しかし,相手を頭ごなしに一方的に否定するだけでは議論ははじまりません。たとえば,「尖閣諸島が係争地であるということを認めるところから仕切り直しをするしか,中国との国交正常化はありえない」と,しかるべき根拠を提示して主張する鳩山由紀夫を「国賊」のひとことで切り捨ててしまいます。これでは,議論もくそもありません。ヘイト・スピーチそのままです。情けないことに。それでもなお,深く考えようとはしない(「思考停止」している)多くの国民を「メディア・コントロール」の力で誘導することが,真の「国益」になるのだろうか,と考えることが必要です。どちらが「国賊」で,どちらが「国益」になるのか,しっかりと見極める力が,いま,国民に問われています。

 今日(4日)は参院選の告示日です。もう,すでに「メディア・コントロール」がさまざまなかたちで展開しています。これから,ますます,激しくなってくることでしょう。それらの「メディア・コントロール」を突き抜けていく「メディア・リテラシー」で自衛するしか,いまのわたしたちにできることはありません。そして,ひとりでも多くの人たちと議論を闘わすことが必要です。ほんの少し冷静になって,情報を集め,話し合うだけで,だれが,いつ,どこで,どんな風にして,「嘘」をでっちあげ,それをまことしやかな情報に仕立て上げて,メディアをとおして流しているか,じつに鮮明にみえてきます。

 N教授の名講義を聞きながら,わたしが考えたことの一端を,レボートにしてみました。ご批判をいただければ幸いです。

2013年7月2日火曜日

『スポートロジイ』第2号,表紙の色校正がでる。


 『スポートロジイ』(「ISC・21」=21世紀スポーツ文化研究所紀要)第2号の表紙の色校正がとどきました。写真ではうまく撮れませんでしたが,シルバーの,つやのあるなかなかおしゃれな表紙になりました。キャデックの井上登志子さんにお願いしました。創刊号の「水色」を,こんどは「シルバー」にしてみました。

 コンセプトは「水のなかに水がある」と「舞い躍る」と「無頭人」。頭の部分にはうっすらと八つの水玉。こんなやっかいなわたしの注文に井上登志子さんが応答してくださったのが,創刊号の作品。それの色違いということで第2号のシルバー版です。

 夜の写真撮影でしたので,シルバーが反射してしまって,ずいぶんと苦労しました。電灯の光をそらすような角度に被写体であるこの表紙をセットすると,反射が少なくなるということも初めて知りました。いろいろとやってみるものです。

 さて,それはともかくとして,特集 I グローバリゼーションと伝統スポーツ,特集 II ドーピング問題を考える,の二つの特集が眼に飛び込んできます。以前にも書きましたように,特集 I には、今福龍太,竹村匡弥,松浪稔,井上邦子,西谷修氏の玉稿がならびます。そして,特集 II には,伊藤偵之,橋本一径の両氏による,ドーピング問題を考えるためのとっておきの情報が上梓されています。おそらく大きな話題になること必定と確信しています。

 このほかにも,西谷修さんの手になる「書き下ろし」原稿が掲載されます。ナオミ・クラインの『ショックドクトリン』を俎上に乗せて,「自由主義」の由来について徹底的に論じています。眼がくらむような論の展開のなかに,わたしたちのスポーツ史・スポーツ文化論を考える上での重要なヒントも無数に埋め込まれています。

 そして,最後に,拙稿の「バタイユ読解」が研究ノートとして掲載されます。創刊号に書いたものと連動するものですので,ぜひ,読んでみてください。

 このままの進行でいきますと,7月16日(火)に見本が,そして,7月23日(火)には書店に並ぶとのこと。ぜひ,書店で手にとってみてください。発行・みやび出版,発売・星雲社。定価・本体2,400円+税。

 いよいよ現実味を帯びてきました。どうぞ,よろしくお願いいたします。
 とりあえずのご紹介まで。

戦争の足音のする「改憲論」に女性と20代の若者たちが反対という(『東京新聞』)。納得。

 戦争はもはや過去のものとなってしまって,いまどきの若者たちはほとんど関心もなければ意識もしていない,と聞いていた。しかし,そうではない,ということが今日(7月2日)の『東京新聞』朝刊を読んで知った。ひとまずは安心である。わけても女性たちは全般的に戦争への危機意識が高いということも知って,とても安心した。命の大切さを知っているのは,残念ながら,男性よりも女性の方が上だ。

 7月4日(木)には公示される参院選に向けて,『東京新聞』が全国3000人を対象に電話世論調査を実施し,その結果が公表された。大きな見出しを紹介しておくと,「安倍政権 評価分かれる」とした上で,争点となりそうな項目別の世論の動向について,つぎのような結果がでたという。

 憲法:「96条改憲 反対多数」
 原発:「再稼働ノー 5割超」
 TPP:「賛成51% 反対32%」

 安倍政権がめざす「憲法改定」と「原発再稼働」には反対多数,「TPP」については賛成多数という結果である。「憲法」と「原発」については「争点」がわかりやすいので,多くの国民が自分の意思を決めやすいが,「TPP」については相当に勉強しないとその問題点は理解できない難点がある。それでも,これまで自民党を支持してきた農協が「TPP」に猛烈に反対していることを考えれば,日本の農業がつぶされてしまうという,きわめて危険な選択であることはわかるはず。

 この世論調査がでたからといって安心できるわけではない。
 4日からはじまる選挙戦で,流れがどのように変化するかはわからない。自民党がやや凋落気味になってきているとはいうものの,選挙は生きもの,やってみないとわからないことが多い。投票するその瞬間まで迷う人も少なくない。それ以上に「支持政党なし」の票の行方が問題だ。

 その鍵を握るのは「投票率」。これが低いと組織票が有利,高いと浮動票が生きてくる。
 しかし,現時点での致命的なことは,自民党政権の選挙スローガンに対抗する「受け皿」となる政党が存在しない,このひとことに尽きる。「96条改憲 反対多数」「再稼働ノー 5割超」「TPP反対32%」の人びとの意思を反映してくれる政党が,ほとんどないに等しい。

 そんな中での選挙である。困ったものである。おそらく前代未聞の選挙戦になりそうだ。でも,このまま政府自民党に独走を許すわけにはいかないと考える有権者はどうすればいいのか。情けないことこの上ないが,「次善の策」を講ずる以外にはなさそうだ。そして,しっかりと民意を反映してくれる政党の出現を待つしかない。

 つまり,自民党政権の暴走を阻止するための「暫定的」な政党を選んで,そこに一票を投ずること。好きとか嫌いとか言っている段階ではない。とりあえず,原発再稼働に反対し,脱原発をスローガンにかかげる政党を選ぶこと。あるいは,改憲反対の政党を軸に選ぶこと。しかし,あれもこれもと考えていると,ほんとうに支持できる政党はなくなってしまう。だから,「暫定的」にと覚悟するしか方法がない。

 そうして,支持政党なしの浮動票が,どこまで選挙に参加してくれるか,ここが最大の鍵を握っているとわたしは考える。

 こんなに重要な選挙だというのに,支持できる政党がない。既成政党の廃頽ぶりは眼を覆うばかり。いったい,民意も読めない政治家とはどういう人たちなのか。それは,明らかに「既得権益」にしがみついている政治家たちだ。つまり,自分たちの利害しか考えていない,ということ。だから,民意よりも既得権益を守ることに必死になる。そのことが原因で民意から見放されてしまった,ということに気づいてもいない。もはや,こころある選挙民は既成政党になんの期待もしていない。いでよ,手垢にまみれていない,クリーンな政党よ,と多くの選挙民が待っている。

 今回の選挙は,このことを「知らしめる」ための選挙,というようにわたしはとりあえず位置づけて,多くの人たちと語り合っていきたいと考えている。ご意見をお寄せいただければ幸いである。ただし,できることなら実名でお願いします。もし,匿名であったとしても,建設的な議論につながるようなご意見であれば歓迎します。

 取り急ぎ,今日のところはここまで。

2013年7月1日月曜日

神武天皇像(奈良市登美が丘)と登弥(とみ)神社(奈良市石本町)をフィールド・ワーク。(出雲幻視考・その5.)

  村井康彦氏の『出雲と大和──古代国家の原像をたずねて』(岩波新書,2013年)をテクストにして,出雲幻視を楽しもうとかねてから企んでいましたが,久しぶりに奈良にでかける用事がありましたので,そのついでに二カ所ほどフィールド・ワークを楽しんできました。案内役は奈良市内に在住のT君。車で案内してくれるので,とても助かります。

 さて,テクストの『出雲と大和』の記述のなかに,長髄彦(ナガスネヒコ)のことが「国譲り」神話との関連で,かなり詳しく論じられています。それによれば,邪馬台国の「王」ではなかったかと村井氏が推理するニギハヤヒノミコトの右腕として大活躍したのがナガスネヒコ。かれは,神武東征の折に,その楯となって,一度は神武軍を圧倒して,追い返してしまいます。武力的には対等以上の力をもっていたと考えられています。

 そのナガスネヒコが拠点としていたのが,生駒の東山麓から矢田丘陵,さらに磐船街道および富雄川流域と奈良市内の登美が丘一帯でした。この区域内に,なんと巨大な神武天皇像(台座もふくめると高さ16m)があり,そこから富雄川にでて南にくだった辺りに神武がこの地に到来したことが神社の由来であるとする「登弥(とみ)神社」が祀られています(奈良市石本町)。その二カ所を回ってきました。

 まずは,神武天皇像から。なぜか,御嶽さんの奈良本宮(里宮)の境内の一角,それもこんもりと繁った小高い森の上に巨大な神武天皇像が建てられています。もちろん,御嶽さんの所有です。その入り口の案内によれば,「橿原神宮からの御分霊を入魂。国家安泰と国運隆昌を祈り,さらには地神であった登美能那賀須泥毘古(とみのながすねひこ:長髄彦)をはじめ戦いに散った御霊を慰霊申し上げています」とあります。


 
 
ここで注目したいことは以下のとおり。「地神」であったナガスネヒコという記述と,戦いに散った御霊,という記述です。テクストの著者村井康彦氏の説によれば,邪馬台国は奈良盆地のほぼ中央に位置する唐古・鍵遺跡のあたりに宮殿があり,その周囲を北西部・南西部・東部の三つ,すなわち「イコマ」「ミマス」「ミマキ」の三官が「ナカト」と呼ばれる宮殿を守っていたのではないか,といいます。このうちの「イコマ」がナガスネヒコの拠点であった,というわけです。つまり,神武が大和に侵攻して大和朝廷をつくる以前の「イコマ」はナガスネヒコが支配していた,という次第です。ですから,最終的には神武の勢力に敗れたナガスネヒコとその一族の「御霊」を慰霊する必要があるわけです。しかし,それを前面に出すことができないので,まずは,巨大な神武天皇像を建立し,天皇制を肯定した上で,その背後にあったナガスネヒコの霊を慰めようというわけです。

 しかし,奇怪しなことに,その神武天皇像からやや南に下った丘陵の中腹に,かなり広い玉砂利を敷いた聖域(石柱と石梁で囲まれている)があります。そこには,なんと,これまた巨大な「大黒さん」と「恵比寿さん」が大きな台座の上に鎮座ましましていらっしゃるではありませんか。大黒さんも恵比寿さんも,いろいろ神仏混淆があって,姿・形を変えてはいますが,もとの姿は大黒さんはオオクニヌシ,恵比寿さんはコトシロヌシ(事代主:オオクニヌシの長男)だと考えられています。ですから,ここには,堂々たる出雲族の代表者であるオオクニヌシとコトシロヌシの像が安置されているということになります。


 

 
しかも,神武天皇は西の方(すなわち,生駒山の方角=九州方面)を向いて立ち,大黒さんと恵比寿さんは南の方(すなわち,「ナカト」:邪馬台国の宮殿方向)を向いて立っています。このことは,いったい,なにを意味しているのでしょうか。しかも,大黒さんと恵比寿さんの聖域の端っこに,木曽の御嶽山に祀られている神々のミニチュアが飾ってあります。明らかに,こちらの神々は大黒さんと恵比寿さんに遠慮しているように見受けられます。この配置もまた,とても暗示的です。御嶽信仰と出雲族とは切っても切れないなにか秘められた関係がある,とその場でわたしは直観しました。詳しいことはこれからの課題ですが・・・・・。

 つぎに,登弥神社。こちらは富雄川を南に下っていって,まもなく丘陵がなくなり奈良盆地に吸収される先端,富雄川の左岸の丘の森の中にありました。最初の鳥居から社殿までは長いアプローチがあって,ゆるやかな坂道を登っていきます。こんもりと生い茂った森がとてもいい雰囲気を醸しだしています。参道の右側には古墳かなと思われるような丸い小山がみえます。


 
この神社で気になったのは,まずは,「登弥(とみ)」という表記。なぜ,「登美」,あるいは「冨」と表記していないのか。なにゆえに,わざわざ,一字,別の当て字を用いているのか。この神社の由来にも,やはり,神武がこの地にやってきたことを祈念してこの神社ができたと書いてある。しかし,神武が祀られているわけではない。どうみても,天皇制を,まずは肯定しているようにみせかけておいて,その実態はトミノナガスネヒコを祀るのが本音ではないか,と思われてならない。

 社殿は数えてみると大小とりまぜて全部で七つある。社殿ごとに祀られている神々は以下のとおりである。

 本殿御祭神
 東本殿:高皇産霊神,誉田別命
 西本殿:神皇産霊神,登美〇速日命,天児屋根命

 摂社御祭神
 祓殿社:瀬織津比売神,速秋津比売神,気吹戸主神,速佐須良比売神,表筒男神,中筒男神,底筒男神
 山室神社:大物主神,菅原道真公
 豊穂神社:大日零命,豊受比売神,天宇受女神
 荒神神社:大山祇神,庭高津日神
 比良田神社:猿田彦神,大巳貴神,八重事代主神


 
以上です。これらの神々の名前をじっとみつめていますと,なんともはや不思議な気分になってきます。まあ,なんと多くの神々が祀られていることか,と。しかも,系譜の異なる神々が渾然一体となっていることに驚きを禁じえません。さて,これらの神々の組み合わせをどのように読み解くかはこれからの課題としておきましょう。

 でも,一点だけ確認しておきたいことは,やはりその中心には「トミノニギハヤヒノミコト」が祀られていること,そして,摂社の主役は「オオモノヌシ」と「スガワラミチザネ」であり,「オオナムチ」と「ヤエノコトシロヌシ」であることです。すなわち,出雲族がその中心に鎮座しているということです。これはわたしの単なる推理でしかありませんが,たぶん,いろいろの神々を混淆させることによって,出雲族の存在を薄めることを,意図的・計画的に仕込んだのではないか,ということです。そうしないと,この「登弥神社」を維持していくことが困難になる,なんらかの事情があったのだろう,と。もう少し踏み込んでおけば,出雲族に対する圧力が終始働いていたのではないか,ということです。それは,「ノミ」や「スガワラ」という姓が,蔑称として陰口でささやかれていたという伝承からも,容易に想像できることです。

 こうした「トミノナガスネヒコ」にまつわる秘められた神社が,やはり,この富雄川の流域や登美が丘周辺には相当数,存在しているように思われます。あるいは,最近になって祭神の名を公表するようになってきているのかもしれません。だとすると,これからもっともっと多くの神社が,出雲族との関係を公表する時代がやってくるのではないか,とわたしは密かに期待しています。そうなることによって,天皇制の陰に虐げられてきた「国譲り」神話以後の出雲族の,真の姿が浮き彫りになるのではないか,それがまた日本史の真の姿を明らかにすることになるのではないか,と考えるからです。その鍵を握るのが「河童」伝承ではないか,と考えています。そして,そのさきに,わたしは密かに「相撲」のもうひとつの顔を透視しようと企んでいます。

 歴史の実像に少しでも近づくために。スポーツ史研究はそこまで踏み込む時代がやってきた,とわたしは自負しています。奈良在住のT君のこれからの仕事に大いに期待しつつ,わたしも密かにあれこれ推理を楽しむことにしています。まさに,「幻視」を楽しんでいるふりをしつつ,じつは真実に接近することを願って・・・・。

 とりあえず,今日のところはここまで。


『スポーツする文学』(疋田・日高・日比編著,青弓社)をどう読んだか。

 このテクストの編者2名と著者1名を囲んで,このテクストをどのように読んだか,という研究会が奈良教育大学で開催された(6月29日午後1時30分~6時)。主催は「ISC・21」(21世紀スポーツ文化研究所)。世話人は井上邦子さん。

 ブログラム的に紹介をしておけば,以下のとおり。
 日高佳紀:テニス文芸のレトリック─田中純と「月刊テニスファン」×林郁子
 西川貴子:「わたし」と「わたしたち」の狭間─「走ることを語ること」の意味×松浪稔
 疋田雅昭:スポーツしない文学者─祭典の熱狂から抜け落ちる『オリンポスの果実』×稲垣正浩

 最初に各著者によるかんたんなプレゼンテーションがあって,それを受けて各コメンテーターが意見を述べるという形式をとった。それぞれのディスカッションに各1時間30分ほどが配分された。が,いずれも時間が足りないほどの意見の交換があった。その意味では,とても盛り上がった研究会になったと思う。

 しかし,わたしの個人的な感想としては,いささか物足りなかった。それは最初から予想されたことではあったが・・・・。なぜなら,日本文学を専門とする人びとが「スポーツ」を語ることと,わたしたちスポーツ史・スポーツ文化論的な立場に立つ人びとが「スポーツ」を語ることとの間には,最初から相当の乖離があると予想されたからである。実際にも,このテクストを最初に読んだときのわたしの印象は,この人たちは「スポーツ」というものをどのように考えているのだろうか,という大いなる疑問があった。その意味では,巻末に紹介されていた著者たちの「スポーツ歴」が役に立った。なるほど,こういう人たちが「スポーツ」を語るとこういうことになるのか,と。わたしたちの側は,一応は,なんらかの形でSpitzensport(世界の頂点をめざす近代競技スポーツ)に全身全霊を傾けた経験をもっている。だから,「スポーツ」というものを研究対象にするときの姿勢が基本的に違っている。かんたんに言ってしまえば,文学の側から「スポーツ」に光りをあてるのと,スポーツの側から「文学作品」を取り上げるのとでは,そのヴェクトルが真逆になっているからだ。

 このことは最初からわかっていたことであるし,それどころか,そうであるからこそこの研究会は面白くなる,と大いに期待していた。結果は,予想どおり。もののみごとに議論はスレ違っていく。その理由を考えることにこそ,この研究会の意味はある,とわたしは最初から覚悟していたので,じつに楽しくみなさんの議論を傍聴し,かつ,参加させていただいた。しかし,ついに議論をかろうじて成立させるための共通の土俵はみえないままに終った。これは初対面の若い男女の会話のようなもので,と半分は楽しみつつ,半分は苛立っていた。

 その最大のネックは「スポーツ」ということばについての理解の仕方にある,とわたしは考えていた。それはなによりもわたしたちの責任でもあるのだが,「スポーツ」ということばの概念規定がきちんとできていない,ということからくるものであるからだ。だから,あえて言ってしまえば,「スポーツ」ということばは学術用語としては,いまだ,認知されていないのだ。議論が噛み合わなくてスレ違うのも,すべてはここに端を発している。

 こういうことは以前からわかっていたことであるし,考えつづけてきたことでもある。つまり,「スポーツとはなにか」という,ある意味では永遠のテーマがそこには横たわっている。だから,わたし自身としては,「スポーツとはなにか」というこの根源的な問いに対する応答の仕方として,スポーツ史という方法を選んだ。しかし,それだけではとても応答できないと知り,その枠組みを少しだけ広げてスポーツ文化論という立場を取り込んだ。この過程で,わたしは「文学作品」や「絵画」が,「スポーツとはなにか」を考える上できわめて有効な手段になるということに気づいた。そして,いっときは相当にのめり込んで,この分野をさまよい歩いた。その余波はいまも残っていて,文学にはそれなりのアンテナを張り,絵画を中心とする美術作品の動向にも強い関心をもちつづけている。

 が,それでもまだなにかが足りないと気づく。「スポーツとはなにか」という根源的な問いを深めていけばいくほど必要なものは思想であり,哲学である,と気づく。こちらも,いまから考えれば,その情熱のそそぎ方のレベルはともかくとして,相当以前に遡ることができる。とりわけ,西谷修さんをとおして触れることになったフランス現代思想からの影響は,長くて,強い。そのお蔭で,日本の禅仏教の思想,とりわけ,道元に触れ,西田幾多郎に触れ,とうとう仏教経典にまでのめり込むことにもなった。そして,それはとても役に立っている。というよりも,みずからが寄って立つべき思想・哲学というものが次第に明らかになるにしたがって,あらゆるもののみえ方が変わってきた。つまり,登山のようなもので,高い山の頂上に立つことを繰り返しているうちに,少しずつ「見晴らし」がよくなってきたのである。

 こうした遍歴を経て,ようやく「批評」ということの意味が少しずつわかりはじめてきた。今福龍太さんの『ブラジルのホモ・ルーデンス─サッカー批評原論』や蓮実重彦さんの『スポーツ批評宣言 あるいは運動の擁護』などの主張していることの意味がようやくみえてくる。となると,わたし自身の「スポーツ批評」のスタンスを明確にしなくてはならなくなってくる。いま,ちょうど,このことを考えつづけているときだったので,久し振りに読み返すことになった『スポーツする文学』は,「文学批評」に新たな「補助線」を引く,まったく新たな試みではないのか,と考えることになった。

 もし,このテクストの編者や著者たちが,このことを強く意識して『スポーツする文学』というタイトルをつけ,各論でそれぞれのスポーツ競技種目をとりあげて「スポーツ批評」を展開し,最終的にまったく新たな「文学批評」の磁場を構築しようとしているとしたら,このテクストは画期的な意味をもつものではないか,と考えた。だから,わたしはこの点にかなりこだわりをもってコメントをさせていただいた。が,残念ながら,議論はスレ違ってしまった。だれが悪いということではなくて,こういう本質的な議論をするためには,もっともっと時間をかけてしっかりとした共通の「土俵」(アリーナ)を構築しなくてはならないのだ。

 この研究会は異種格闘技のようなもので,初めての手合わせ。だから,お互いにとまどうのは当たり前。議論はこれからはじまる,とわたしは受け止めた。こんどは,わたしたちの側から「スポーツする文学」のワークショップなどとの接点をさぐっていくべきだ,とも。

 それにしても,やはり,異種格闘技はむつかしい。でも,とてもスリリング。こういう営みをとおして,わたしたちの思考回路の硬直化を防止しなくては・・・・としみじみ考えた次第。

 最後になりましたが,わたしたちの研究会にお出でくださった日高さん,疋田さん,西川さんにこころからの謝意を表します。ありがとうございました。これに懲りずに,こんごともお付き合いくださることを,このブログをとおして(失礼ながら)お願いします。

 わたしの考えた『スポーツする文学』の「批評性」について,はいずれ機会をあらためて書いてみたいと思います。取り急ぎ,今日のところはここまで。

2013年6月29日土曜日

「原発再稼働ありき」で動きはじめた既得権益集団。「脱原発」を参院選の最大の争点のひとつにして対抗しよう。

 既得権益集団(原子力ムラの住民たち)が露骨に動きはじめた。もう,なにも怖いものはないとでもいうように。完全に国民は舐められている。ひとかたまりの,圧倒的少数の特権階級が,自分たちの権益をどこまでも死守するために,圧倒的多数の国民の「命」を犠牲にしてでも,原発を再稼働させようとしている。

 6月19日(水)には「6原発再稼働申請へ」「新規制基準来月8日施行」「免震拠点未完成のまま」という大見出しが『東京新聞』の夕刊トップの紙面に躍っている。翌6月20日(木)の『東京新聞』朝刊一面には,「規制委 大飯運転継続容認へ」「9月まで,新基準,一部満たさず」と報ぜられ,6月27日(木)の『東京新聞』朝刊には「『再稼働ありき』総会」「電力9社,株主の『脱原発』すべて否決」と報じられている。

 もはやとどまるところを知らぬ暴走列車はますます加速されていく。国民であるわれわれは,黙って傍観しているときではない。きっちりとタッグを組んで,なにがなんでも「原発再稼働」を阻止しなくてはならない。われわれ一人ひとりの「命」を守るために。

 7月21日には,いよいよ参院選の投票が行われる。主権者であるわれわれ国民の意思を,直接,表明することのできるチャンスはこのときしかないのだ。ここではっきりと決着をつけないことには,なにもはじまらない。これから各党がかかげる「選挙公約」を徹底的にチェックして,「原発再稼働」を高らかに宣言する政党はどこなのか,そして,表現を和らげつつもそれを匂わせる政党がどこなのか,しっかりと見極める必要がある。

 参院選は都議選とはまったく別物である,とわたしは考えている。都議選は,ほとんどの都民は候補者の人柄も政策も思想もなにも精確には知らない。だから,なんとなくこの人,なんとなくこの政党,くらいのところで投票する人が多い。わたしが,かつて都民だったときがそうだった。恥ずかしながら・・・。だから,あとは組織票。今回は,その浮動票が棄権してしまった。浮動票の受け皿となる政党がなかったからである。争点もはっきりしなかった。

 しかし,参院選は違う。地方には,それぞれ長年の政治活動をとおしてしっかりとその土地に根をおろした立派な候補者がいる。住民もみんなよく知っている。その人たちの中から,今回はどの政党,どの人に投票するかを決める。だから,たとえ弱体化してしまった政党であろうとも,人間としての信頼関係がしっかり保たれているかぎり,その候補者は票を獲得することがある。政党よりも人物という人が,地方の選挙にはしばしばみられる現象である。

 その点では,「原発再稼働」派か,それとも「脱原発」派か,という争点はとてもわかりやすくていい。ここを見分けるだけで,あとの問題もみごとに仕分けていくことができる。だから,あまりたくさんのことを考える必要はない。まずは,「原発」をどうするのか,そこだけを見極めていけばいい。そうしないと,あれもこれもと考えると目先をごまかされてしまう。

 「原発」を廃止しても「経済」はやっていける。その実験国家がドイツだ。いちはやく,国を挙げて「脱原発」宣言をし,着々と代替エネルギーの確保に全力を上げ,すでに大きな成果を挙げている。このことを日本のメディアはほとんど報道しない(あるいは,ごく少ない)だけのことだ。ドイツに較べたら,日本の代替エネルギー資源ははるかに恵まれている。にもかかわらず,既得権益集団は「原発」にしがみつき(この方がはるかに「おいしい汁」を吸うことができるからだ),代替エネルギーの開発政策に圧力をかけてくる。

 なにゆえに,ひとかたまりの特権階級の人びとの利益のために,われわれ圧倒的多数の国民の「命」が犠牲にされなければならないのか。

 もう,これ以上は言うまい。あとは,われわれ一人ひとりの投票によって,われわれの「命」を守るべく,その意思をしっかりと表明することだけだ。

 ここで選択を間違えたら,既得権益集団にわれわれの「命」を預けるしかないのだ。そうならないように,これから気持ちを引き締めてかからねばならない。時間はもうない。待ったなしだ。

 いまこそ,嘘と詭弁に騙されない,確かな眼力で武装しよう。

2013年6月28日金曜日

柴田晴廣さんからのコメント,とても魅力的。夢が広がります。

 今日(28日),柴田晴廣さんからたて続けに2本のコメントが入りました。いずれも,とても魅力的で,夢が広がっていきます。こういうコメントは大歓迎です。わたしのちょっとした思い出や感想をもとに,史実にもとづく新しい知見を提示してくださり,ありがたいかぎりです。

 こういうコメントには,きちんとわたしからの応答をすべきところですが,いま,ちょっとタイミング的に時間がありませんので,いずれ,チャンスをみつけて応答してみたいとおもっています。今回は,とりあえず,ご紹介だけにとどめたいと思います。みなさんにも読んでいただいて,感想なり,ご意見なりを寄せていただければと思い,このブログを書くことにしました。

 ひとつは,6月26日のブログ:「サツマイモ畑に花が咲く,という話」。このブログに対して柴田さんは,東三河に甘藷をひろめたのは「牛窪村の喜八」(河合喜八)だと菅江真澄が書き残している,と指摘してくれました。菅江真澄が東三河の人であることはわかっているのですが,じつは,その出身地を特定することはできないままになっています。柴田さんも必死で追求していらっしゃるようですが,どうも牛窪(現・牛久保)のあたりだったのではないか,と推定。わたしは,牛久保の近くの大村町の「白井家」のどこかではないか,と推定。問題は,菅江真澄が最後までみずからの出自を明らかにしなかったという事実にあります。なぜか,隠す必要があったようです。

 そこからはじまって,芋切干の起源は御前崎という説を紹介してくれています。さらに,御前崎がらみの話を展開させて,「かんかんのう」や「かんかん踊」のもうひとつのルーツも御前崎だったという話を三田村鳶魚の記述から引いて紹介してくださっています。この博識ぶりに感服です。じつは,「かんかんのう」や「かんかん踊」にもいささかわたしは興味をもっていましたので,ありがたい情報提供をいただきました。詳しくは,柴田さんのコメントで確認してみてください。いやはや,その博識ぶりは驚くべきです。

 もうひとつのコメントは,同じく6月26日のブログ:「日本は尖閣諸島を国有化したときから戦時体制に入ったのか?河野洋平親子,鳩山由紀夫,野中広務は国賊?恐るべき言論統制」。できるだけ中味がわかる方がいいと考え,長ったらしいタイトルになってしまいました。が,このブログに対して柴田さんは,「支那」という呼称について取り上げ,つぎのように論じています。昭和21年6月21日に外務省が「『支那』は中国の蔑称なので,使用は極力避けるように」という通達を出しているにもかかわらず,どこぞの御仁はこの「禁句」を好んで用い,あまつさえ,寝た子であった「尖閣諸島」をわざわざ過激に挑発して,とうとう大変な事態を引き起こしているにもかかわらず,維新の会の共同代表をつとめて平然としている,と。しかも,「維新」の語源まで引いて,その精神に反する,というなかなかサビの効いた論を展開してくれています。

 どちらも長いコメントになっていますが,なかなか味のある論考を展開されていますので,ぜひ,柴田さんの原文にあたって,存分に堪能してみてください。

 というわけで,とりあえず,柴田晴廣さんのコメントのご紹介まで。
 できれば,柴田さんのコメントに,さらに応答するようなコメントを寄せていただけるとありがたいのですが・・・・。これは,読者のみなさんへのわたしからのお願いです。よろしくお願いいたします。

『「対米従属」という宿痾』鳩山由紀夫×孫崎亨×植草一秀対談(飛鳥新社,2013年6月27日,第一刷)を読む。

 6月27日(木),いつものように鷺沼の事務所に向う。駅を降りたところで,なんとなく本屋さんに寄りたくなる。そこで,いきなりわたしの眼に飛び込んできた本がこれ。なんというタイミング。孫崎亨氏が鳩山由紀夫氏と接近していることは知っていたが,そこに植草一秀氏が加わっていたとは知らなかった。これは面白い,タイミングも絶妙。即買。

 鳩山由紀夫氏の,一見したところ突飛もなくみえる言動をメディアは「宇宙人」的言動として囲い込み,奇人変人扱いすることで事なきを得る戦略にでて,それが成功しているようにみえる。そして,鳩山由紀夫氏の思い描く理想(祖父・鳩山一郎の描いた「友愛」社会の実現,など)を,さも夢物語であるかのごとく握り潰し,経済(それも「新自由主義」経済一辺倒)を支える既得権益集団(すなわち,原子力ムラを筆頭に,さまざまな分野に深く根を張っている既得権益をなにがなんでも守りとおそうという集団)の思うままに政治を動かそうという露骨な姿が,ここにきてますます強くなってきている。このことは,最近,とみに冴えてきた『東京新聞』の報道をみているとよくわかる。鳩山由紀夫の理想や言動は,そういう既得権益集団の圧力のもとで,「尾ひれ」までつけられて罵倒され,抹消されているのが現実の姿である。

 はたして,鳩山由紀夫とはいかなる人物なのか。そして,その実像はどうなのか。なにを考え,なにを根拠に,なにを主張しようとしているのか,このあたりで一度,しっかりと自分の眼で検証しておく必要があるだろう。この本は,そのための一助になるだろう。もっと知りたい人は,2011年12月,『NATURE』(科学誌)に掲載された論文(鳩山由紀夫・平智之共著)を読むといい。国賊どころか,きわめて高い理想をかかげ,日本という国家の行く末をみすえた立派な国家戦略を明らかにしている。なのに,既得権益集団は一致団結して鳩山由紀夫の主張を徹底的に排除・隠蔽することに全力を挙げている。

 その結果,鳩山由紀夫という人物は,まことに奇怪しな人だと,多くの人たちは信じて疑おうとはしない。つまり,既得権益集団の流す粉飾情報によって,わたしたちは,ほぼ間違いなく騙されてしまっているのだ。嘘と詭弁で塗り固められた大手メディアによる「情報」を一度,ひっぱがして,その裏にうごめいている恐るべき「力学」を,自分の眼で見届けることが不可欠だ,とわたしは考えている。その手始めにこの本をお薦めしたい。

 孫崎亨氏は『戦後史の正体』で電撃的デビューをはたし,いっとき,メディアも注目していろいろと話題になったとおりである。その後も立て続けに本を出版して,わたしたちが「目隠し」にされていた,まったく新しい「戦後史」を剥き出しにしてくれた。そのために,鳩山由紀夫氏と同じように,またまた既得権益集団から睨まれることになった。が,この人もまた,みずからの信念にもとづき,糺すべきことは糺す,という姿勢を貫いている。

 植草一秀氏についても,しばらく前に,いささか信じがたいような醜聞が流れ,だから,人格失格であるかのようにして既得権益集団から「制裁」を受けることになってしまった。しかし,この人の書くものは秀逸で,わたしなどはどれほど啓蒙されたかわからない。最近は,エコノミストとして金融市場の動向や政治の動向に鋭い分析を繰り広げている。そして,いまも時代の最先端に立つ言説を提示する論客として多くの読者をもっている。

 この三者による対談は,まことに刺激的である。ここでも「棚上げ」以外に日中友好の回復はありえない,という点でこの三者は一致している。しかも,その根拠までしっかりと提示されている。ここにはいろいろの論点がふくまれているが,少なくとも,日本はポツダム宣言により,無条件降伏をした「敗戦国」であるという認識に立ち返って,尖閣諸島の問題を捉え直さないといけない,という主張にわたしは賛成である。

 最後に,三者の言い分をコピーから引いておこう。
 鳩山由紀夫:既得権益の外にいる多くの国民には事実が隠蔽されている。
 孫崎亨:ほとんどすべての問題で問題を正視することなく,嘘と詭弁で事態が進行している。
 植草一秀:主権者のための政治がいま,既得権益の政治に完全に引き戻されつつある。そして,米国が支配する日本,米国に支配される日本の様相がより鮮明になりつつある。

 ぜひ,ご一読をお薦めします。

2013年6月27日木曜日

「身体──ある乱丁の歴史」(今福龍太講演録)に圧倒される。

 今日(26日),『スポートロジイ』第2号の再校ゲラがとどきました。これの編集をお願いしているみやび出版の伊藤さんから,まずは今福さんの講演録から読んでみてください,とコメントがありました。初校のときには,わたしは時間がなくて,別の人の原稿を一生懸命に読んでいました。今福さんのものは伊藤さんがしっかりみてくださるものと信じていましたので,あとまわしにしていました。ただ,今福さんからは,直接お会いしたときに,しっかり手を入れたいと思っている,とお聞きしていましたので,どんな風になったかなという密かな期待はありました。

 が,今日,真っ先に読ませていただいて,ビックリ仰天でした。これは書き下ろしではないか,と。しかも,その密度の濃さに圧倒されてしまいました。最初の第一行からわたしのこころを鷲掴みにしてしまい,夢中になって読んでいるうちに,なんどもなんども無呼吸状態になって苦しくなり,びっくりして深呼吸をする,ということの繰り返しでした。最後まで一気に読まされてしまう,恐るべき内容になっています。

 さて,この今福さんの講演録のすごさをどのように表現したらいいものか,これまた大変なことです。まあ,思いきって,わたしの受け止めたままを,ひとことで言ってしまえば,これは現代という時代・社会を生きる人間としての,こころの底からの「スポーツ批評」そのものではないか,ということです。つまり,いま,わたしたちの目の前で起きている「近代競技スポーツ」(今福さんの独特の用語)の諸矛盾について考えていくと,そのさきには身体に埋め込まれた始原の記憶が待ち受けている,だから,その身体の始原の記憶や身体の生成の記憶をいま一度探り出すことによって,これまで潜在化していた「スポーツの本質」を浮き彫りにすることができるのではないか,とわたしは受け止めました。

 「スポーツ批評」といえば,この講演録のなかで今福さんも触れているのですが,ご自身の書かれた『ブラジルのホモ・ルーデンス』が想起されます。なぜなら,この本のサブタイトルは「サッカー批評原論」となっているように,徹底した「サッカー批評」を展開されています。それを,こんどは「スポーツ批評」全体に拡大し,具体的な例を挙げて,説得力のある,明晰な分析の妙味を堪能させてくれます。そのあまりの迫力に圧倒されてしまい,ついには,なんども無呼吸に陥る,という次第です。でも,それがまた快感であり,快楽でもありました。

 とまあ,どんな風に表現してみても,表現不足。自分でまどろっこしくなるばかりですので,その触りの部分を引いておきたいとおもいます。たとえば,以下のようです。

 「・・・・いずれにしても,我々の身体と歴史の間の呼応関係,相互の干渉,紛争,そういう問題がここに出てきます。我々の身体に刻み込まれている歴史とは何か。それは,近代のスポーツを取り上げてみれば明らかになるわけですけども,そごで明らかになるのは支配的な歴史,制度的な歴史,権力によって構築されてきた歴史です。それは,われわれの近代の歴史そのものが戦争という,ひとつの強力な社会の変革力,それを軸にして語られてきたということを示しています。歴史は常に戦争という変動力をひとつの軸にして語られてきたわけですね。それとちょうど並行するように,戦争を擬似的な対抗原理として受け止めた時に「競争」という原理が出てきます。この戦争や競争あるいは勝敗原理といったものによって貫かれている歴史が,まさに近代スポーツという身体の中に深く刻み込まれている。この戦争,競争,勝敗原理という連続体が歴史として,われわれのスポーツする身体の中に深く刻み込まれているのです。」

 と述べた上で,多木浩二の「写真論」を援用して,歴史というものにも乱丁や落丁がある,写真とはその歴史の乱丁や落丁の証しであり,表現である,と述べた上でつぎのように今福さんは持論を展開されています。

 「この示唆を受けて,ここで私は身体というものも一つの歴史の乱丁の証と考えることができないであろうか,という問いかけをしたいと思うのです。これは,先ほど言ったような戦争,競争,勝敗原理といった連続体によって刻み込まれた歴史ではなくて,むしろそういう歴史の中で忘れ去られているある乱丁や落丁の痕跡です。それが身体の奥深いところに刻み込まれているのではないかということです。そこには,歴史の亀裂が封じ込まれているのではないか。支配的な歴史によっては捉えることができないような断片的な歴史が,乱丁のように,迷路のようにして身体の中に沈んでいるのではないか。正当な歴史的視点によっては見いだされないある種のリアリティが身体の中に眠っているのではないか,そういう問いかけです。」

 こうした伏線を布いた上で,さまざまな具体的な事例を引き合いに出して,詳細な考察を加えていきます。たとえば,ロンドン・オリンピックでの柔道の「ポイント制」「ジャッジ」「指導」「審判」「これは柔道ではない」「ビデオ判定」などについて。そして,最後につぎのように述べています。

 「写真が歴史の乱丁であり落丁であると多木さんは言われたわけですが,写真はその成立の初期から人間の身体を最も大きな対象としてずっと撮り続けてきたことも事実です。ですから,写真と身体は非常に深く関わっている。その写真映像が逆にデジタルな事実をつくり出してスポーツを搾取しようとしているのは,身体と写真映像の深い関係の反作用として生まれた問題かもしれない。ともかく,スポーツの探求は,歴史哲学的な探求としての歴史の乱丁や落丁を探り出すという作業につながってくるだろうと思います。身体という亀裂,空白,揺らぎ,その中に競争原理から離れた固有の美しさや快楽を探すことは,そうした思想的な探求につながっていくに違いないと私は確信しています。」

 ここで述べられている「スポーツの探求は,歴史哲学的な探求としての歴史の乱丁や落丁を探り出すという作業」という言説が,わたしには強烈な印象となって残りました。

 この今福さんの講演録が掲載される『スポートロジイ』第2号は,いまのところ7月15日発行の予定で進行しています。明日には,再校ゲラをもどすことになっています。今夜は眠れそうにありません。

2013年6月26日水曜日

日本は尖閣諸島を国有化したときから戦時体制に入ったのか。河野洋平親子,鳩山由紀夫,野中広務は国賊?恐るべき言論統制。

  日本はとうとう戦時体制に入ってしまったかのようにみえる。それもひとり芝居の結果として。つまり,尖閣諸島は日本国の固有の領土であると一方的に「国有化」宣言をしたことによって。当然のことながら,中国は黙ってはいない。毎日のように,「領海侵犯」(これもまた日本国の一方的な言い分)をくり返すことによって,中国はわれわれにも領有権を主張する根拠があるとして,みずからの意思を表明する。こうした一触即発の緊張状態を招来したのは,ほかならぬ日本国だ。

 1972年の「日中友好平和条約」締結時のいきさつを想起すべし。ここに書き記すまでもなく,田中角栄とトショウヘイの間で話し合った結果,尖閣諸島の領有権については「棚上げ」,ただし,日本による「実行支配」は認める,というところで妥結した。そして,領有権については,いつか平和的に話し合い,解決できるときがくるだろう。それまで「棚上げ」にしておこう,と。中国側のこの「おとな的」態度表明によって,念願の「日中友好平和条約」を締結するところまでこぎつけることができたのである。

 しかも,40年もの長きにわたって,両国はこの了解事項(「棚上げ論」)のもとで「友好親善」を保ってきた。そして,日中両国による「40周年記念式典」まで準備されていた。その矢先に,突如として豹変したのは日本国である。しかも,なんの「予告」も「話し合い」もなしに,突然だしぬけに,「棚上げ論」を破棄して,一方的に「固有の領土」宣言をしたのだ。これでは中国は黙って見過ごすわけにはいかないだろう。

 このことを鳩山由紀夫は「だまし取ったも同然」と発言したまでのことだ。すると,政府はもとより,メディアもこぞって,もちろんネトウヨも,声を揃えて鳩山由紀夫を「国賊」扱いにする。鳩山由紀夫はまことに素直に,みずから信ずる考えを述べたにすぎない。しかも,この発言は正鵠を射ている。あまりにもほんとうのことを正直に言ってしまうと,とたんに「国賊」扱いにされてしまう。鳩山由紀夫が「国賊」なら,このわたしも「国賊」だ,というブログを以前にも書いている。

 「国賊」扱いには参る。このことに怯えている人はたくさん居るはず。まずは,政治家たちだ。河野洋平・太郎,野中広務のような勇気ある立派な政治家を除けば,あとは,みんな「だんまり」を決め込み,野田,安倍の主張する超党派の「固有の領土」論に追随するのみだ。

 しかし,長老と呼ばれる政治家たちは1972年の条約締結当時のいきさつを,よもや忘れてはいまい。そして,いま,現役の政治家の多くは,その当時,だれかの秘書として政治家を目指していたはずだ。だから,その当時のいきさつを知らないはずはない。なのに,みんな「だんまり」を決め込んでいる。無責任。良心のかけらもない。長いものには巻かれろ族。「国賊」とはこういう人たちのことを指すことばのはず。

 なのに,財界・官僚はいうまでもない。メディアも同じ。頼みの学界もトーン・ダウンして,みんな「右へならえ」だ。こうなると,すべての情報は,政府見解の思いのままとなる。その結果,圧倒的多数の国民は,尖閣諸島は日本固有の領土だと信じて疑わなくなる。ここから大きな悲劇がはじまる。

 「物言えば唇寒し,秋の風」。これでは,まさに,言論統制そのものではないか。

 実行支配を維持していれば,いずれは固有の領土となる。これは国際法のルールでもある。なのに,わざわざ,「日中友好平和条約40周年」(昨年)のこの時期に,「棚上げ論」などはなかった嘯き,固有の領土論をぶち上げなくてはならなかったのか。そのために,どれほどの「国益」を失ったことか。そして,これからも「棚上げ論」に戻らないかぎり,半永久的に尖閣諸島をめぐって日中は「戦時体制」を維持しなければならない。こんな無駄な,国益に反することを,なぜ,いま,しなければならなかったのか,わかりやすく説明してほしい。

 できることなら,『世界』のような雑誌に実名で投稿してほしい。そして,そこを舞台にして,お互いに実名で,みずからの信ずるところを開陳し,大論争を繰り広げてほしい。そういうこともしないで,ただ,メディアを使って「国賊」呼ばわりして,切って捨てるようなやり方は,じつにアンフェアだ。正々堂々と,公明正大に,議論しようではないか。

 少なくとも河野洋平は,いちはやく,『世界』にみずからの信ずるところを,すなわち「棚上げ論」があったことを述べ,ここに立ち戻るべきだ,と主張している。が,これに対して,異を唱える論考を『世界』に投じた政治家は,わたしの知るかぎりひとりもいない。こちらもまた「無視」である。これがアベノミクスのやり口だ。自分の都合の悪いところは高圧的に蓋をして,都合のいいことだけを言挙げする。そして,世論を動かそうと企んでいる。

 しかし,そうは問屋は卸さない,とわたしは信じている。アベノミクスが破綻するのは,もう目の前にきている・・・・これはわたしの直観である。そのあとにくるのは,ふたたびの「腹痛」。政権「投げ出し」。それが非現実的な話ではないところが怖い。自民党のなかでは,すでに,次期首相候補がとりざたされている,という。

 このブログのまとめ。戦時体制からの脱却=言論統制の撤廃,すなわち,「棚上げ論」に立ち返ること。これあるのみ。これなしに日中に友好・平和は訪れない。間違っても,河野洋平・太郎,野中広務,鳩山由紀夫を「国賊」呼ばわりをしてはいけない。「国賊」呼ばわりする人間こそが「国賊」だ,と知るべし。

サツマイモ畑に花が咲く,というお話。

 子どものころ,つまり,敗戦後のまもないころ,食料確保のために,わずかばかりの畑にいろいろの作物を植えて,母親が必死になっていた。父親もまた,昼の勤務を終えてから,腰に懐中電灯をつけて畑にでかけていた。当然のことながら,子どもたちもみんなで畑を手伝っていた。生き延びるために家族が一致団結していた。兄弟喧嘩も絶えなかったが,それでも協力すべきときは仲良く力を合わせていた。その意味では深い情愛に結ばれていたように思う。

 そんな敗戦直後の食料難の時代の主食はサツマイモであった。くる日もくる日もサツマイモで飢えをしのいだ。しかし,この時代のサツマイモは当たりはずれが多く,うまいイモもあれば,まずくて食べられないイモもあった。その当時のもっとも新しくて美味しサツマイモと農林一号と呼ばれた新しく品種改良されたイモだった。その農林一号の苗(つる)を近所の農家から分けてもらって,わが家でも植えることになった。すでに,前の年に「農林一号」という名のサツマイモを一二度食べたことがあって,その味のよさは知っていた。ので,みんな必死で植えた。

 ことしの夏にはおいしいさつまいもが食べられる,と楽しみにしていた。ところがである。奇怪しなことが起きた。つるが伸びてきて,そろそろ地下には芋ができるころだ,イモ堀りも近いぞ,と思っていたら,畑のところどころに花が咲きはじめたではないか。サツマイモに花が咲くとは知らなかった。だから,なにごとか,と初めてみてびっくりした。それも,朝顔に似た清楚な花である。わたしたち家族はだれもこの異変がなにを意味しているのかを知らなかったので,ただ,ただ,傍観するのみだった。

 ところが,ある日,苗を分けてくれた農家の人がやってきて,「いもに花を咲かせちゃあダメだぞん。いもがつかんぞん。」という。なんのことかわからない母親が「どういうこと?」と聞いている。農家の人は「いもはのん,根元の方を活けて,芽の方は土の上に出して植えんと,みんな花が咲いてしまう。そうなると,いもがつかんくなるだぞん」という。そばで聞いていたわたしは「ヘェーッ」とびっくり仰天。

 そういえば,ほとんどの苗は根元と芽がはっきり確認できるものだったので,植え方を間違えることはなかった。が,ときおり,芽の方も切ってあって,どちらが根元なのか芽なのか判断できない苗があったことを思い出す。どちらが芽の方かわからないので,適当に判断して,こっちが根と考えて植えた。それが間違いのもとだったのだ。どうやら母親も知らなかったようで,だから,見分けがつかないまま植えた苗が,あちこちで花を咲かせることになったらしい。でも,それを知ってからは恥ずかしいので,家族交代で朝早く畑に行っては,花を摘むことにした。が,やはり,いもはつかなかった。

 あの花さえ咲かさなかったら,秋の収穫はもっともっと多かっただろうに,とみんなで悔しがった。が,後の祭り。それでも,みんなで苦労して世話をした農林一号の味は格別だった。収穫した当座は,蒸かし芋にして食べた。腹一杯になるほど食べた。米が配給でしか買えない時代なので,圧倒的に少なかった。だから,米のごはんにもサツマイモを角切りにして混ぜて増量した。このご飯も美味しかった。

 秋も深まり冷たい風が吹きはじめると,蒸かしたイモを薄く切って,ゴザの上に並べて干した。うっすらと白い粉が吹き出てくると完成である。これは保存食として大事に保管された。冬の間のおやつはこのイモ切り干しだった。わたしの育った地方ではイモ切り干しと呼んだが,東京にでてきたら「干しイモ」と呼ばれていて驚いた。

 いまごろになって,突然,こんな話を思い出したのは,ある人から「ジャガイモの苗木にトマトを接ぎ木すると,ジャガイモとトマトの両方ともとれる」という,とんでもない話を聞いたからだ。この話はまたいつか書くことにしよう。

 今日は,サツマイモ畑に花が咲く,という子ども時代(小学校3年生)の,なんとも笑えない懐かしい思い出話まで。 

2013年6月25日火曜日

全柔連上村会長のけじめのつけ方にひとこと。

 昨日(24日)に開催された全柔連理事会のあとの上村会長の記者会見で,つぎの理事会(10月予定)の結果をみとどけて辞任したいと発表。自分の手で「改革」をなしとげることが使命,それがうまくいけば辞める,という。ということは,うまくいかなければ「辞めない」ということだ。

 なんともはや,心根が腐っている。いま,現在の,全柔連会長としての「けじめ」のつけ方がまったくわかっていない。そのことをきちんと教えてくれる人もいない。はだかの王様と同じだ。こうなるとみじめとしか言いようがない。全柔連のほかの理事の人たちはなにを考えているのだろうか。こちらの方も硬直化してしまった組織のなかで,沈黙を守るしかないようだ。こんな組織体に「改革」ができるはずもない。自明のことではないか。

 新しく女性理事4名を加えることが「改革」だと思っているとしたら大間違いだ。これは世を憚るための単なるめくらまし(猫騙し)にすぎない。4名の女性理事を加えたからといって,先輩・後輩のしがらみで硬直化してしまった組織体にはなんの関係もない。世間がうるさいから,添え物として入れておこう,くらいの感覚ではないのか。

 もし,この4名の女性理事のなかで,比較的自由に発言できるとしたら橋本聖子外部理事だけだろう。それでも,橋本聖子氏のこれまでの言動の印象では,こころもとない。自分の役割をきちんとこなすだけの度量があるとは考えにくい。彼女はどこまでも自民党参議院議員としての立場にこだわり,その上での計算・打算で動く人でしかない。全柔連のあり方そのものを大所高所から「批判」するだけの見識も度量もあるとは思えない。それ以前に多勢に無勢だ。

 ましてや,他の3名の元柔道選手の抜擢も,現体制維持に都合のいい人材を選んだことは目に見えている。おそらく,この3名の指名された理事は,なんの疑問をいだくこともなく,すんなりと引き受けるだろう。その程度の認識しかないのだから。だが,そここそが大問題なのだ。

 もし,今回の不祥事の本質がわかっているとしたら,執行部が現体制のままでは引き受けられない,と拒否すべきだろう。それが「15名」の勇気ある女子選手たちの「直訴」への,良識ある応答の仕方というものだ。その点,山口香さんの眼力は鋭い。今日(25日)の『東京新聞』には,このことを力説する山口香さんの発言がきちんと報道されていた。この人はものごとの本質をきちんと理解している。みごとだ。

 一度,腐らせてしまった組織は,もう元には戻れない。ましてや,みずからの手で元に戻すことなどは,余程の奇跡でもないかぎり,不可能だ。新しいワインは新しい革袋に入れろ,という(『新約聖書』マタイ伝第9章)。もともとの意味は,新しいワインを古い革袋に入れると,新しいワインが発酵して(当時のワイン)古い革袋を破ってしまい,こぼれてしまうからだ,という。このことを援用して,イエス・キリストが「ユダヤ教のなかにキリスト教を入れることはできない」という比喩として「新しいワインは新しい革袋に入れろ」と言った,と辞典には書いてある。

 せっかくの4名の新しい女性理事を受け入れるのであれは,その組織体は執行部総入れ換えをしたあとの,まったく新しい全柔連でなくてはならない。そうしないと,いまの全柔連という古い組織体は恐ろしいほどに硬直化しているので,そっくりそのまま飲み込まれてしまう。つまり,朱に交われば赤くなる,を地でいくようなものだ。しかし,ことばの正しい意味で「新しいワインを古い革袋に入れる」と,この4名の女性理事が,本来の理事としての役割をはたせば果たすほどに,古い全柔連という組織体が壊れてしまう,ということになる。そんなことはこれまでの全柔連理事会をみているかぎりでは,まったく期待すべくもない。

 結論は,全柔連は一度,組織解体をして,基礎から立ち上げるしかない,ということだ。そのための蛮勇を奮うことこそ,いまの上村会長のとるべき「けじめ」ではないか。

 それを「10月を目処に辞任」だって? そうではないでしょう。「今でしょ!」

百獣の王ライオンのつもりが,ふと気づいたら山羊になっていたロック歌手の話。

  40半ばのロック歌手の知人と,久し振りに会って話をする機会があった。そのときに,そのロック歌手がとても面白い経験を話してくれた。かれの言うには,自分でもよくわからないが,どことなく快感で,どことなく空恐ろしい,そんな感覚がミックスしているようなところに,いま,おれは飛び出してきて,毎晩,ワクワクしながら真暗な森の闇のなかで練習している,という。

 中学生のときに衝撃的なロックとの出会いがあって,高校生でロックで生きていくことを決意。以後,勉強もそっちのけでロックに全身全霊で没入。それまでは優等生で両親の期待を裏切ることになった,という(この話はご両親からも伺っている)。デビューしてまもなくはそれなりに人気もあって,よし,東京で勝負と決意して上京。必死で頑張ったが,夢敗れて帰郷。その後も,郷里でアルバイトをしながら地味にロックのライブをつづけてきた。

 売れても売れなくてもいい。おれは一匹狼でかまわない。みじから信ずるロックを追求し,それを人に聞いてもらう,それだけでもいい。おれは百獣の王ライオンだ。この高みから吼えるロックはなかなか理解してもらえなくても仕方がないだろう。それでもなお,汚れきった世の中に向かって,あるいは,だらけきった人間に向かって,「それは違うだろうっ!」と鬱積する自分のこころを聴衆にぶっつけることに集中する。そういう自己と真剣に向き合うことをみずからに課してきた。それこそが理想のロッカーの生き方だと信じた。このコンセプトが自分のロックを支えてきた。それだけで,大満足だった。日々のつらいことも乗り越えることができた。

 その練習場として借りていた山羊小屋が解体されることになり,突然,その小屋から追い出されることになった。仕方がないので,近くに墓場のある森のなかの闇夜で練習をしているという。それもたった一人で。山羊小屋の解体とともに,バンド仲間もいつしか解体していた。長年の同志だったが,やはり,家庭の事情や考え方にも少しずつ差異が生まれていた。それも仕方のないことだ,と自分でも納得できた。しかし,おれは百獣の王ライオンだ。どんなことがあってもくじけはしない。最後まで自分の意思を貫くつもりだ。それで野垂れ死にしても構わない。自分の生をまっとうしたい。それが「生きる」ということだ。最後まで一本の道を貫いて生きとおしたい。

 だから,いまは,たった一人で,毎晩,その森のなかに分け入っていって練習をしている,という。そうしたある夜,闇のなかに光る眼が近くでじっと動かないでいることに気づく。どうやら猫らしい。こちらは無視して練習に集中している。猫はじっと聞いているのか,と気づく。えっ,どうして?と変な気持ちになる。この猫が現れる夜も現れない夜もある。が,現れたときにはじっと聞いているとしか思えない,そういう気配が伝わってくる,という。それが最初のきざしだった。

 そのうちに,夜の闇全体が,おれの音楽に耳を傾けているのではないか,ということに気づく。近くの木も遠くの木も,そして,その枝や葉っぱも,みんな聞いている。足元の草むらも,石ころも,みんな一体になっているような気がする。こちらが音を出すと,それにみんなが耳を傾けてくれる。その雰囲気がおれに跳ね返ってくる。それに刺激されて,いつのまにかおれも夢中になって音を出している。森全体と,闇全体と,おれとが一体化していると感ずる。

 そんな夜がつづいたある夜、突然,気づく。おれは百獣の王ライオンではなくなっている,と。これまでのように,こちらから一方的に吼えているだけではない,と。得体のしれない存在全体からの応答に自分が反応し,そこからおれの音楽がはじまっている,と。おれは,おれが音を出して,おれを取り囲む森の闇夜に音楽を聞かせてやっていると思っていたが,気づいたら,音を出せと促され,音楽をやらされている,と気づく。おれはロックをやっていると思ってきたが,そうではない,いつのまにかロックをやらされている。この感覚はなんだ?と気づいたときから,おれの音楽が変わりはじめた。いまは,どんな音が飛び出してくるか,そのときになってみないと自分でもわからない。それが,たまらなく快感であり,同時に,空恐ろしくもある。でも,明らかにこれまでとはまったく違う次元に突入したと思っている。もう,前に進むしかない,と覚悟している。

 さらに,極めつけのことばを吐いた。

 山羊小屋で練習しているときはなにも思っていなかったが,どうやら,その山羊小屋で飼育され,人間に食べられていった山羊たちの霊魂がおれに乗り移ってきたのではないか,と思う。山羊は食べられる時を知っているという。明日はいよいよ食べられてしまうという日は,一日中,「めえー,めえー,めえっ,めえー,めえっ,めえっ」と鳴きつづけると聞いている。そうして「食べられて」しまった山羊たちの霊魂があの小屋にはいっぱい宿っていたのではないのか,そして,おれたちの練習を聞いていたのではないか,と思う。

 その霊魂たちも小屋の解体とともに居場所を失った。どこに行けばいい,と路頭に迷ったはずだ。そうしたら,そんなに遠くない森のなかから,どこかで聞いたような音が聞こえるではないか。よし,あそこだ,というわけで押し寄せてきて,そこにたったひとりで音を出しているおれのからだに乗り移ったのではないか。そう思ったときには鳥肌が立った。どうしようかと思った。でも,ロックは止められない。おれひとりでもやっていく。だったら,この山羊たちの霊魂と運命共同体となればいい,と覚悟する。

 それと同時に,ある強烈なメッセージが山羊たちの霊魂から届いた。「明日は食べられてしまうと思って音を出せ」と。もう,今夜限りだと覚悟を決めて音を出せ,と。そうか,おれは甘かった,と気づく。これまでは,おれが作詩・作曲して,おれが演奏し,おれが歌うことによって百獣の王ライオンであると信じてきた。しかし,それは違うのではないか,と。明日なき「生」を生きる,ぎりぎりのエッジに立って,いま,この瞬間,瞬間に飛び出してくる音だけがすべてだ,と。このことを山羊の霊魂たちに教えられた。

 おれは百獣の王ライオンだと信じてこれまでロックをやってきたが,気づいてみたら,いまや立派な山羊になっていた。明日は食べられてしまう山羊のこころになってロックをやる。このことがなにを意味しているのか,おれにはよくはわからない。でも,この方がはるかに自然な気がする。そして,この方がワクワク・ドキドキ感があって,どこか空恐ろしいが同時に楽しい。

 最後には,もっと踏み込んだ話をしてくれた。おれはどうも自分がなくなっていくような気もする。まるで「無」の境地に近づいていくような気がする。これってなんだろうと思いながら,しばらくは仲良く付き合おうと思っている,とも。わたしは,ただ,ひたすら,感心しながら聞き入っていた。この男,いいところにやってきたなぁ,と。これからが,いよいよかれの持ち味全開のロックの表出となることだろう,と思いながら。そうして,最後は,自分の吐いたことばに,じっと耳を澄ますようにして黙り込んでしまった。これ以上はことばにすることはできない,というサインだとわたしは受け止めた。

 とてもいい話をしてくれてありがとう,とこころからお礼を述べてこの場を終わりにした。
 ほんとうは,かれの話を,わたしのことばで解説したいという欲望が強烈に湧いてきたが,ここは禁欲することにした。黙っていても,かれはかれのやり方で,もっともっといい地平に躍りだすことは間違いないのだから。

 どの世界にあっても,しっかりと対象をみつめ,地道に血のにじむような努力を積み重ねると,人間はみんな同じ「場所」に到達するんだなぁ,としみじみ思う。このロック歌手にこころからのエールを送りたい。

田中英光の短編小説『桜』を読む。

 今週末に予定されている『スポーツする文学 1920-30年代の文化詩学』(疋田雅昭/日高佳紀/日比嘉高編著,青弓社,2009年)をテクストにした研究会(「ISC・21」6月奈良例会)が近づいてきて,なんとなくわくわくしはじめています。なぜなら,このテクストの編著者たちのお話が伺えるということなので,こんなありがたい話はないと思うからです。

 以前から,この本の存在は気がかりになってはいましたが,なかなか踏み込んで読む,というところまではいかないままでじた。が,今回の奈良例会では,世話人の井上邦子さんが,このテクストの編著者のひとり日高佳紀さんと連絡をとってくださり,うまくことが運びました。ほかの編著者の方たちも2名ほど参加してくださるとのことですので,われわれとしても失礼のないように・・・・と考えている次第です。

 詳しい情報は,「21世紀スポーツ文化研究所」(ISC・21)のホーム・ページの「掲示板」にアップされていますので,そちらをご覧ください。

 で,わたしに与えられた役割は,このテクストの最後の章「スポーツしない文学者──祭典の熱狂から抜け落ちる『オリンポスの果実』」(疋田雅昭)のコメンテーター。とはいっても内輪の小さな研究会ですので,学会やシンポジウムなどとは違って,ごくアットホームな雰囲気のなかでの話題の提供。でも,一応は他流試合のような「場」になることは間違いないので,それなりのマナーは必要かと考え,できるだけの準備はしていこうと考えているわけです。

 といいますのは,このテクストの著者のみなさんは日本文学の専門家ばかり。それに引き換え,わたしたちはスポーツ史・スポーツ人類学・スポーツ文化論をフィールドにして研究をしてきたグループです。ですから,言ってしまえば,視点が間逆になっている,と言ってもいいかもしれません。たとえば,わたしたちは「スポーツ」という窓口から「文学」に踏み込んでいくのに対して,このテクストの著者の方たちは「文学」を拠点にしながら「スポーツ」を読み解く,というように。

 ですから,わたしたちに不足するものは「文学」についての基礎的な教養です。そのギャップを埋める努力はしておかなくては・・・とわたしなりに考えているところです。そんなわけで,まずは,書店で手に入った『桜・愛と青春と生活』(田中英光著,講談社学芸文庫,1992年)を読みはじめました。その冒頭に「桜」が載っています。田中英光という作家の出自を知る上では,なかなかいいテクストではないかと思いました。その冒頭の書き出しは以下のようです。

 「ぼくの家の祖先は伊予の国の住人,河野通有だということである。もちろん,系図などある家柄ではないから,確な保証はできないけれども,幼年時に,父からなんども直接聞いた話だから,間違いないことだと自分では信じている。歴史家であった父は,ぼくの十二のとしに,悲しくも,この世を去り,母は頭が古すぎ,兄はまた新しすぎて,それぞれ家系などに興味はないようであるから,いま,東京に手紙を出しても,簡単に確める方法はない。けれども,ぼくの記憶に残る父の話をいくらか思い出してみると,とあれ,伊予の国から土佐の国に移り,岩川氏を名乗ったのは,そう古いことではないようだ。
 むろん新しいと言っても戦国時代以後のことではあるまい。長曽我部氏が覇(は)を称(とな)える以前に,土佐に移り,長曽我部氏に亡ぼされた,確か豪族の遺臣であったように思う。だから,長曽我部浪人には関係なく,まして,関ヶ原以後移住してきた山内家の上士にもなれなければ,下士でもなかった訳げある。」

 少し長くなってしまいましたが,こういう家柄の出身であるということを,田中英光ははっきりと意識していたということは注目していいのではないか,とおもいます。かれの父親は長男であるにもかかわらず,家出をして上京し,苦労の末に,高級官僚としての出世街道を走ります。もう少しだけ,さきの引用のあとを書いておきたいとおもいます。

 「高知から四里ばかり離れた,土佐山村という,まったくの山の中に引っ込んで,近世は代々農(のう)をももって生活を営(いと)なんでいたらしい。しかし,まったくの農夫になり切らなかったということは,ぼくの曾祖父さんが村の神主をしていたという事実だけでもわかる気がする。曾祖父の岩川秀彬は関山と号する漢詩人で,村の寺子屋の先生もしていて,儒書(じゅしょ)をもっぱら講じていたらしいが,それより,亡父がいつも自慢にしていたのは,熱心な国学者で,したがって,その時代としては立派な尊王家であったということだ。」

 こんなことを知ると,やはり田中英光という作家も,相当の家柄の出身であることがわかってきます。土佐の山奥の出でありながらも,そのむかしは相当の名のある豪族であったこと,だからこそ,こんな山奥まで逃げのびる必要があったこと,もみえてきます。むかしから,山奥から偉大な人物が輩出することはよく知られているとおりです。

 この短編小説は,このあと,作家の記憶を頼りに「岩川家」にかかわる人脈や出来事が,かなり露骨に描かれていきます。そして,最後には,父が出奔した土佐山村の実家まで,尋ねていきます。そして,そこでの感慨がみごとな描写になっていて,読む者のこころを打ちます。

 その一端を引いて,このブログを閉じたいとおもいます。

 「山高く水清いこの土地で,父が燃やした世俗的な野心は,かえってお初さんの忍従さに負けた気さえした。いや,父ばかりではなく,当時の地方の新青年たちは,なにを追って東京市に出ていき,東京であくせく闘ってきたのであろう。政治,学問,芸術,それら純粋なるべきものの,かえって不純な姿を,お初さんの無言実践十年の婦道(ふどう)に較べてみた。ぼくは,お初さんの行き方ほど,清潔で緩みのないものをぼくは知らなかった。金のためでも名のためでも欲情のためでもなく,お初さんは日本の血と土地,そのままに生きてきた。」

 ※お初さんとは,田中英光のいとこの嫁。つまり,父が出奔してしまったために,父の弟が跡を継ぎ,その息子が跡を継いでいる。が,ここには大きな悲劇があった。父の弟が病に倒れ,その跡取り息子が発狂してしまう,という事件が起きる。田中英光の父親は驚いて駆けつけ,その場で,なにをやっていたのだと弟を叱責します。そのために弟は首をつってしまいます。病に倒れた父もまもなく死んでしまいます。残されたのは,発狂したままのいとことその嫁のお初さんと息子(12歳)だけ。お初さんは発狂したままの夫の世話をしながら,農業に勤しみ,息子と二人でこの家を守っています。このお初さんの「自然そのままに生きて」いる姿に,田中英光は感動してしまいます。その描写が,最後のクライマックスとなります。

 ※わたしにはとてもいい小説だと思いましたが,解説を書いた川村湊は,なぜか上から目線で田中英光を見下ろすような論評をしています。なにかないものねだりをしているように見受けられたのですが,これは,わたしとは立場が違うから,という単純な問題ではないと考えています。シモーヌ・ヴェイユが『根をもつこと』のなかで主張していることと,どこかで響き合うものが,わたしには感じられ,川村湊の論評には賛同しかねます。もちろん,素晴らしい指摘がたくさんあって,とても勉強になることは間違いありませんが・・・・。それでも,最終的に田中英光という作家をどう評価するのか,という点ではまったく違う結果になってしまいます。

 ※こういうところまで降りていって,『オリンポスの果実』をどう読むかという議論ができると面白いと考えています。

2013年6月24日月曜日

都議選は参院選の前哨戦,と言いくるめるメディアはいったいなにを考えているのか。

 都議選で自民党が圧勝,全立候補者が当選した,という。この勢いで参院選も自民党が圧勝するだろう,とメディアは口をそろえる。その根拠に小泉内閣のときの「連勝」神話を,もっともらしくメディアはもちだしてきて,その裏付けにしようとしている。これをくり返されると,テレビの報道に信をおいている視聴者の多くは「ああ,そうなんだ」と無意識のうちに刷り込まれてしまう。もう,すでに,メディアは選挙運動を展開しているようなものだ。

 NHKもふくめて,テレビ・新聞などのメディアのほとんどは原子力ムラの一員だといわれているので,足並みを揃えるかのようにして「都議選は参院選の前哨戦」「連勝」と言い募るのもよくわかる。そして,このままの勢いで参院選も自民党の圧勝へとつなぎたい,その気持ちもよくわかる。

 しかし,そうは問屋が卸さない。

 第一に,都議選と参院選では選挙の論争点がまったく違う。参院選では憲法改定が大論争となるはず。しかも,憲法改定に関しては,無党派層からの鋭い批判がある。とりわけ,子どもをもつ母親は再軍備などはさせない,わたしの子どもを戦争に行かせるわけにはいかない,と強く思っている。都議選には憲法改定の議論はほとんど無視された。もっと言ってしまえば,都議選で政党間の論点になったのはなにか,これにきちんと答えられる人はどのくらいいるだろうか。メディアもほとんど取り上げなかった。だから,なんとなく元気が良さ実にみえる自民党・公明党に票が流れただけの話ではないか。というか,民主党を筆頭にほかの党が自滅してしまっただけの話。その間隙を縫うようにして,漁夫の利をえたのは共産党だ。

 こうした憲法改定を筆頭に,参院選では論争となる点が目白押しである。東日本大震災後の復興に向けて法律はつくったものの,この一年間,なにも手をつけないまま無策であった,という衝撃的なニュースが流れている。被災地の人びとの参院選に向けての選挙行動はそんなに甘くはない。同じように,原発再稼働に向けて自民党が動きはじめていること,のみならず世界に向けて原発を売りに歩く「死の商人」を首相みずからが演じ,世界を飛び回っていること,などにも鋭い批判があること。これらも都議選と参院選とを同列には考えられない大きな理由である。

 TPPが日本の農業を破壊することを危惧する農協の存在もまた,参院選では大きな影響を及ぼすだろう。しかし,都議選では,農協の組織票はほとんど影響はなかったはずだ。同じように,中小企業の関係者も,都議選にはあまり大きな影響力はなかったようだ。しかし,参院選では無視できない存在となるはず。

 沖縄自民党は政府自民党と真っ向から対立している,この矛盾。

 などなど,都議選と参院選では,選挙の「土俵」が違う。なのに,都議選を参院選の前哨戦と公言してはばからない。いったい,メディアはなにを考えているのか,といいたくなる。そして,とどのつまりは,ああ,あの原子力ムラの代弁者なのか,というところに落ち着いてしまう。

 もう少し視点を変えてみると,都議選では投票率(43・5%)が史上第二位の低さだったこと,がある。その理由について考えられることは,多くの都民が自分の一票を投じたくなるような候補者がいなかったということ。その結果として,政党支持基盤の強い自民党,公明党,共産党の3党が躍進し,あとは沈没してしまった。自民党候補が全員当選したというが,その総得票数はそんなには伸びていないはず。その代わりにほかの政党の得票数が伸び悩んだだけのこと。

 参院選では,以上のようにどうしても避けては通ることのできない論点が目白押しである。したがって,その論点をめぐって激しい選挙戦が展開するはずであるし,国民の関心も高くなるはず。だとすれば,投票率は都議選よりはかなり高くなると考えられる。つまり,政党支持基盤のはっきりした組織票とは別に,無党派層の票が伸びてくるということだ。となると,都議選とはまったく違った展開が参院選ではみられることになるだろう。

 このほかにも,都議選と参院選とは決定的に違うという根拠はいろいろある。が,これだけ挙げておけばもう充分だろう。あとは,みなさんで数え上げてみてください。

 このブログでいいたいことは,以下のとおりです。
 メディアというものは,幸か不幸か,意識的にか無意識的にか,結果的には明らかに「世論を操作する」力を持ち合わせている。つまり,わたしたちは知らぬ間にメディアの情報に左右されている,ということだ。だから,都議選は参院選の前哨戦だ,などと繰り返して言ってくれては困る。そして,「連勝」は確実,などとも言ってほしくはない。視聴者の無意識を操作してしまうからだ。

 だから,わたしたちは,このことを前提にしてメディアとの対応の仕方を,戦略的に考えておかなくてはならない。これはとてもむつかしいことではあるが,選挙をするのはわたし自身なのだから。

4日間,部屋の片づけと格闘していました。久し振りの体力勝負。疲労困憊。全身,筋肉痛。でも,いたって元気。

 今週の木曜日(20日)から4日間,ぶっ通しで部屋の片づけをしていました。片づけといっても,ただの片づけではありません。築30年を経過した古いマンションですので部屋の下をとおっている給排水管を全部,新しいものと取り替える工事が7月中旬に予定されていて,その工事のためのスペースをつくらなくてはなりません。

 簡単に言ってしまえば,四つある部屋のうち二つの部屋を空っぽにしなくてはなりません。ですから,四つの部屋にびっしり詰まっていた荷物(そのほとんどは書籍と古くなった書類,雑誌類,など)を二つの部屋に移動させなくてはりません。が,そのスペースはまったくありません。では,どうするか。すべての部屋に分散しているすべての荷物を総点検して,必要最小限のものを残し,あとはすべて廃棄処分にする,そうして,絶対量を半分に減らす,というところからとりかからなくてはなりません。そこで,まずは,そのための区分けがたいへんだ,というわけです。

 しかも,この区分けは他人さまにお願いできる仕事ではありません。ただ,ひたすら,わたしの決断ひとつで「えいやっ!」と決めるしか方法はありません。この決断がたいへんでした。残すか残さないかの判断の基準などというものは,そんなにかんたんには決まりません。少しずつ作業をしながら,このあたりが選別のラインかな,というところが少しずつみえてきます。それでもなお,その日の気分によって,午前と午後では変わってきてしまいます。まあまあ,そんな具合でもっぱら自分自身と葛藤していました。「捨てる」ということはとてつもなく勇気の要る仕事だ,とあらためて知らしめられることになりました。

 その上で,区分けして残すものを段ボール箱に詰めて,ビニール袋をかぶせて,ベランダに積み上げる仕事と,廃棄処分にする書類や書籍・雑誌などを縛ってリサイクル資源にまわすものと,一般のゴミ処分にするものとを区分けしなくてはなりません。

 ですので,後者の仕事は,沖縄から二人の助っ人を依頼して,強引に呼び寄せ,手伝ってもらうことにしました。が,終ってみれば,この二人の助っ人が大活躍。一人はわたしの区分けしたもののうち,廃棄処分にしたものを再チェックしながらロープで縛る仕事をしてくれ,もう一人は保存する書籍を段ボールに詰めて,ヴェランダに積み上げる仕事(その前に,すでにヴェランダに出してあった大量のゴミを処理して,大掃除をする仕事がありました)に取り組んでくれました。この二人がみごとに獅子奮迅の大活躍をしてくれ,大助かりでした。

 沖縄からやってきた助っ人は身内の若い二人で,気力も体力も集中力もすっかり衰えてしまったわたしなどとは比べ物にならないほど,長時間にわたり,じつに内容のある仕事をしてくれました。若さはすごいなぁ,とあらためて感心してしまいました。

 それでも,最終ゴールまでは到達できませんでした。が,全体計画のほぼ7割は終わりましたので,あとの3割の仕事はわたしがひとりでこつこつとやることになります。でも,あと少しと,そのゴールはみえていますので,なんとかやり切れるのではないか,とほっと一息です。

 今日(23日)の午後5時で仕事を打ち切り,助っ人は羽田に向かいました。最寄りの駅まで見送って,戻ってきたら,どっと疲れがでてきたので,とりあえず,シャワーを浴びて,ひと眠りしました。それから夕食の支度をして,泡盛を少々。またまた,眠くなり,またひと眠り。ふたたび起きてきたら,こんどは早くも全身筋肉痛。おやおや,ず。久し振りの体力勝負で精根つきはて,筋肉まで音をあげているようです。

 少しからだを休ませて,また,残りの作業に取り組みたいとおもいます。
 病気をしていたわけではありませんので,どうぞ,ご安心ください。
 取り急ぎ,ブログを休んでしまったいいわけまで。

2013年6月20日木曜日

脱原発の報道が激減し,原子力ムラが復活する,この不気味さ。

 原発再稼働の申請が出されたとか・・・・・。原子力規制委員会が大飯原発再稼働を容認する方向だとか・・・・。死んだふりをしていた原子力ムラがふたたび機能しはじめたとか・・・・。安倍首相は「死の商人」と化して原発のセールス・ゲームに夢中だとか・・・・。

 その一方で,脱原発の声はかき消されてしまっている(『東京新聞』「社会時評」吉見俊哉・「かき消される脱原発の声」「事故の教訓手放さない」18日夕刊)。

 喉元すぎれば熱さ忘れる,という。だから人間は大きな悲劇をやり過ごして,生きていくことができる,ともいう。しかし,忘れてはいけない記憶・教訓まで忘れてはいけない。自分の首を締めたり,子どもたちの命を縮めてしまうようなカタストローフは,どんなことがあっても回避しなければいけないし,忘れてはいけない。なのに,いまの政府自民党は,すでに綻びをみせはじめた「アベノミクス」を旗印にして,そのカタストローフに向かって一直線。脇目もふらず猛進(盲進?)している,かにみえる。

 その頃合いやよしと判断したのか,しばらく死んだふりをしていた原子力ムラがふたたび息を吹き返し,表立って動きはじめている・・・・という。その顕著な例が原発再稼働への一連の流れだ。これから夏場に向かって,まざに出番だとばかりに・・・。

 そういえば,最近のデパートは以前にも増して「明るい」。どうみても過剰照明だ。その上,エアコンが過剰に効いている。老人は5分いるとからだが冷えてしまって,どうにもならない。スーパー・マーケットも同じだ。汗ばんだからだは一気に冷えてしまって,寒い。寒いから外に飛び出す。ほっとする。電車も同じ。駅舎もぐんと明るくなった。エアコンもがんがん効かせていて寒い。だから,常時,上着をもっていないと,都心にでることもできない。

 なんという矛盾。電気をもっと使え,とどこかから指令がでているのではないか。そして,電力不足を「記事」にして,やはり,原発再稼働は必要なのだ,と。みえみえの仕掛け。

 折も折,官房機密費が年間約12億円が支出されているという報道。どこに,どう使おうと一切公表する必要のないカネだという。闇から闇へ。一部の報道では選挙資金にも流れている,とか。一ヶ月約1億円。メディア対策に用いられてもなんの不思議もない。いまや政治はメディア頼みの時代だ。わざわざメディアの眼を引くような「事件」まででっち上げる時代だ。

 選挙運動で候補者に限りインターネットを利用することができる,とわざわざ法律までつくった。ついに「メディア・政治共同体」を構築し,政治が世論を積極的に操作する時代に突入してしまった。それでいて,監視の眼を張りめぐらせる,という。このときの「監視の眼」とは,だれにとっての「監視」なのか。こちらも原子力規制委員会と似たようなものになりかねない。ならば,いっそのこと選挙民にもインターネットを解放して,選挙運動を展開できるようにすればいいのに。そして,とことん「メディア合戦」をやればいい。選挙が面白くなる。若者も参入(乱入)すること間違いなし。

 それにしても,脱原発運動の報道がほとんど眼につかなくなってしまった。吉見俊哉氏が憂えるのもうなづける。わたしは吉見氏とは違ってもっと下品な「勘繰り屋」だから,原子力ムラと官房機密費が手を組んで「脱原発運動」つぶしにかかってきたか,とまことに「素直に」そう思う。こうして,いつのまにやら脱原発運動も終ったらしい,と世間に思わせれば,すべて「めでたし,めでたし」,ということらしい。

 しかし,そうは問屋が卸さない。毎週金曜日には首相官邸前での集会は絶えることなくつづいている。そして,それ以外の場所でも脱原発運動は,さまざまなやり方で展開している。ただ,メディアが無視するだけである。なぜ,メディアは無視するのか。メディアも立派な原子力ムラの一員であるからだ。

 これまでも何回も書いてきたが,原子力ムラとは,政界・財界・学界・報道界・官界の「五位一体」となった運命共同体なのだ。言ってしまえば,わたしたち「世俗界」は八方塞がりになっているということだ。つまり,完全に包囲されてしまっているのだ。それでも,原発は危ない装置なのだということが眼の前で証明されてしまうと,さすがの原子力ムラの「住民」も,一時的に「避難」して,死んだフリをしていた。ところが,頃合いやよし,ということになるとまたぞろ動きはじめる。

 これから一ヶ月。フクシマ,東北復興,沖縄基地,尖閣,TPP,ロシア,憲法,選挙の格差,原発,医療,介護,貧富の格差,正社員とそれ以外,学校教育,体罰,不祥事の連鎖,等々の多岐にわたる政治課題に,とりあえずの結論を出さなくてはならない。幸いなるかな,このところの地方選挙では自民党が大敗している。

 メディアが無視しているだけで,意外に「民意」はしっかりしているのかもしれない。

 わたしの選択の基準は簡単明瞭。いのちとカネとどちらを大事と考えるか。ドイツは「いのち」を選んだ。アメリカは「カネ」に執着している。アベノミクスは「カネ」のみ。「いのち」はいらないらしい。原子力ムラは自分の「ふところ」が温まればそれでいい,お互いの傷を舐め会う「仲良しクラブ」,人非人の集団。

 生きていてこそ「なんぼのもの」。カネが浴びるほどあっても放射能で汚染されたら「おしまい」。生身の人間として「生きる」こと,そこに「根」をはり,互助精神と情愛を軸に社会を再構築する,そのことを最優先する政治家がでてこないか。首を長くして待っているのに・・・・。新人よ,いでよ。インターネットだけで選挙運動もできる。若者の出番だ。ネットの威力を見せつける絶好のチャンスだ。

 それにしても,不気味な雰囲気が,いま,日本の社会を覆っている。この不気味さを取っ払うこと,その第一歩は「脱原発」。すべては,そこから,とわたしは考えている。断じて原子力ムラを復活させてはならない。

何回も言っておこう。「脱原発」からの世直し。出直し。原子力ムラという「妖怪」をつぶすこと。


2013年6月19日水曜日

スポーツのグローバル化とドーピング問題にどう向き合うか。

 「スポートロジイ」(Sportology=スポーツ学)と銘打つ新たな「学」を立ち上げ,その実績を世に問うために,われわれはどこから手をつければいいのか,と考えつづけてきた。当然のことながら,しかるべき手順を踏んで,一歩一歩前に進むべきではないか,と悩み考えた。しかし,そういう近代的なアカデミックな方法論の呪縛にとらわれているかぎり,モダニティに取り囲まれたフィールドの内側でのリング・ワンデルングから抜け出すことはできない,と気づく。ならば,モダニティの呪縛の外に飛び出し,まずは,隗より始めよ,である。

 われわれ「ISC・21」(21世紀スポーツ文化研究所)の研究員が,ここ数年にわたって取り組んできた研究テーマのひとつは「グローバリゼーションと伝統スポーツ」であり,もうひとつは「ドーピング問題」であった。前者のテーマについては,2012年8月に開催された第二回日本・バスク国際セミナー(神戸市外国語大学主催)で議論され,一応の成果をあげえたと考えている。そして,後者のテーマは「ISC・21」が主催する月例研究会でたびたび議論を積み重ねてきたものである。そこで,この二つのテーマを第二号の特集テーマとして設定することにした。

 第一特集・グローバリゼーションと伝統スポーツには,国際セミナー開催時に特別ゲストとして参加していただいた今福龍太,西谷修の両氏による基調講演が収められている。お二人とも,「ISC・21」の月例研究会にも何回も足を運んでくださり,わたしたちの意とするところを充分にくみ取ってくださった上での基調講演である。「スポートロジイ」の新たなる可能性に道を切り開く貴重な示唆に富んでいて,わたしたちを大いに勇気づけてくれる内容になっている。また,それに呼応するようにして若手研究者による原著論文三本がつづく。これまでの閉塞的な研究方法論の枠組みを悠々と乗り越え,伸びやかな感性のもとで魅力的な論考を展開している。


 第二特集・ドーピング問題を考える,の二本の論考もまた鮮烈をきわめる。一本は,これまで門外不出とされてきたドーピング・チェックの世界にメスを入れた元ドーピング・ドクター伊藤偵之さんによる研究報告である。眼からウロコが落ちる,そういう情報に圧倒されること間違いなし,の論考である。もう一本は,フランスの哲学者パスカル・ヌーヴェルによるドーピング問題の核心に触れる論考である。アンチ・ドーピング運動の正当性が根底から揺さぶられる問題提起になっている。橋本一径さんの手になる気合の入った翻訳紹介。いずれも本邦初公開であり,ドーピング問題に関心をもつ人にとっては必見・必読の論考である。

 これらの特集に加えて,もう一本の貴重な論考を上梓した。わたしたちの月例研究会では,ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン──惨事便乗型資本主義の正体を暴く』上・下(幾島幸子・村上由見子訳,岩波書店,2011年)の読書会を積み上げ,議論を重ねてきた。そして,最後にその仕上げの意味で西谷修さんを囲む「合評会」を開催した。そのときのメモリアルとして西谷修さんが書き下ろしの論考を寄せてくださった。わたしたちの熱意に応答する西谷さんの渾身の力作といっていい。グローバリゼーションとはどういうことなのか,を考えるための重要な礎を得た思いである。いまも加速しながら進展をつづけるスポーツのグローバリゼーションの問題系を考える上で,これからますます重要視される論考になることは間違いないだろう。

 最後に,「スポーツとはなにか」という根源的な問いをつねに内に秘めつつ,その問いに応答しうる思想・哲学的な根拠を求める「研究ノート」(スポーツの<始原>をさぐる──ジョルジュ・バタイユの思想を手がかりにして)を掲載した。なぜ,ジョルジュ・バタイユの思想に注目するのか,なぜ,「スポートロジイ」の根拠をそこに求めようとするのか,を明らかにしようという意欲作である。

 以上が第2号の概要である。

 21世紀のスポーツ文化を模索する「ISC・21」の研究紀要『スポートロジイ』の第2号が,西谷修,今福龍太,橋本一径,伊藤偵之の四氏の力強い後押しによって,無事に世に送り出されることをこころから感謝したい。そして,これを励みに,毎月開催している月例研究会により一層の情熱をそそぎたいと思う。さらには,今日から,第3号の発行に向けて準備に取りかかりたい。

 併せて,読者のみなさんの忌憚のないご批判をいただければ幸いである。

 2013年6月15日 ようやく梅雨らしくなってきた空を見上げながら
             21世紀スポーツ文化研究所(「ISC・21」)主幹研究員 稲垣正浩

 これは『スポートロジイ』第2号の「巻頭のことば」の全文です。今日(19日),初校ゲラがでてきて,再度,読み直してみたら,第2号の概要を簡潔に紹介していることがわかり,これは早速に,このブログでも紹介しておこうと考えた次第です。編集を担当してくださっているみやび出版の伊藤雅昭さんも「とてもいい内容になりましたね」と応援してくれました。わたしも,そう思っています。ちょっとした話題になるのではないか・・・と楽しみです。

 ということで,『スポートロジイ』第2号の前宣伝まで。
 

2013年6月18日火曜日

『スポートロジイ』第2号,いよいよ刊行へ。巻頭言,編集後記を送信。書店に並ぶのが楽しみ。

 今日の午後から頭痛が激しくなってきて,母親を思い出していました。わたしの母親は天気予報ができる「頭痛」をもっていました。明日の天気を聞くと,しばらく頭の様子を伺ってから,いまの頭痛の具合からすると・・・・と前置きをしてから,たぶん,雨が降るとか,午前中は雨かもしれないが午後には晴れてくる,という予報をしてくれました。これが,また,不思議によく当たるので,わたしは頼りにしていました。

 その体質を遺伝的に受け継いだのか,加齢とともに母親の「頭痛」がわたしのものとなりつつあり,いつしか天気予報ができるようになってきました。しかし,残念なことに,母親の当たる確率の足元にも及びません。が,このところよく当たるようになり,傘をどうするかの判断のひとつにはなってきました。他人さまに迷惑をかけない範囲で,今日は晴れるとか,明日は雨だとか,自分で占って楽しんでいます。

 今日の午後は,突然の頭痛でしたので,前線が動いたな,そして,まもなく頭上を通過するな,ということは場合によっては,この蒸し暑さからすれば雷をともなうにわか雨がくるな,と判断しました。それで,あわてて事務所を引き揚げ,帰宅しまた。溝の口の駅を降りたら,パラパラと雨が落ちてきました。あわてて丸井に飛び込んで,少しだけ雨宿り。一雨きて,小降りになったところで,自宅に駆け込みました。自分の部屋に入り,真っ黒になっている東の空を眺めながら,さあ,来い,と雷雨を待っていましたが,それは来ませんでした。ですから,今日のところは半分当って,半分はずれ,というところ。気がついたら,頭痛もすっかり消えていました。

 昨日のうちに『スポートロジイ』第2号(「ISC・21」研究紀要)の編集業務を完了しようと必死に取り組み,予定していた「巻頭言」と「編集後記」を書き終え,みやび出版の伊藤さんのところに送信。これで,ひとまず,書くべき原稿はすべて完了。あとは,わたしの「研究ノート」のゲラ校正を終えれば,すべて完了です。そう思って,昨夜からゲラの校正にとりかかっていました。

 しかし,もともとの原稿が,このブログで書いたものですので,精粗にばらつきがあり,それを調整しようととりかかりました。が,それをやりはじめたらエンドレスだ,ということに途中で気づき,そのための時間がないので,しばし腕組みをして熟考。この「研究ノート」(スポーツの<始原>について考える──ジョルジュ・バタイユの思想を手がかりにして),よくよく読み返してみると,いいところは抜群にいい,われながら感心してしまうほどいい,しかし,駄目なところはまことにお粗末,いっそのこと全部カットしてしまおうか,と考えたり・・・・。こころが大きく右へ左へと揺れ動きます。でも,最後は,せっかくゲラにまでなったのだから,全部,掲載することにしよう,と決意。そして,時間の許す範囲で,精一杯,直しのできるところは直して,間に合わないところは眼を瞑ってそのままとすることにしました。

 これで明日,みやび出版の伊藤さんにゲラ校正を渡せば,とりあえず,わたしの仕事は完了。ほっと一息,というところで,いま,このブログを書いています。いつも思うことですが,最初の構想の段階と,最後の校正ゲラを読むときとでは,まったく違う世界がそこには広がっているということです。たとえば,最初に,どの原稿を第2号に掲載するかの目星をつけます。その段階で,ほぼ,すべては決まりなのですが,なんとなく全体がよく見えないまま,まあ,こんなものかという程度のところで見切り発車をしていきます。そうして,巻頭言を書く前に,他の人たちのゲラにひととおり眼をとおします。すると,そこには驚くべき光景が待ち受けています。ゲラになったとたんにワン・ランク,いや,それ以上にレベルアップしているのです。

 このゲラに,人によっては,さらに徹底的に推敲を重ね,見違えるような読物に仕立て直すことになります。このゲラの校正の段階で,素人の書き手とプロの書き手の,圧倒的な「差」を見せつけられることになります。これは,毎回,痛感するところです。やはり,活字になるということはたいへんなことですので,それなりにきちんとしておかなくてはなりません。話し言葉は,そんな記憶はありません,で逃げ切ることはできますが,文字は一度刻印されたら消えません。不動の証拠となります。ですから,ほんとうはしっかり校正しなくてはいけません。が,だいたいは,時間を切られていますので,充分なことはできません。その時間を無視してでも校正にエネルギーをそそぎこめるようになれば,一流というところでしょうか。なかなか,その境地に達するには,相当の修行が必要なようです。

 しかし,みやび出版の伊藤さんからの連絡では,みなさん,約束の時間内に,しっかりとゲラに朱を加えて,素晴らしい読物に変身しているとのこと。そして,どの論考も素晴らしい,とのほめ言葉。この厳しい眼力のも持ち主の伊藤さんが褒めることは滅多にありません。それを知っているだけに,えっ,ほんまですかっ?と思わずツッコミを入れてしまいました。

 ゲラを通読しただけでも,今回の『スポートロジイ』第2号は素晴らしい,とわたしは受け止めていました。それが,もっと推敲されてよくなっているとしたら・・・・,わたしは,いまから刊行が待ち遠しくて仕方がありません。

 いま,パリに滞在中の西谷さんも,超多忙の今福さんも,真っ赤になるほどの朱を入れてくださったとのこと,その気合の入れ方になみなみならぬ気魄を感じます。それに比べたら,わたしなどはまだまだ駆け出しだなぁ,と反省することしきりです。

 それでも,わたしなりの「思い入れ」は巻頭言に書いておきました。書店で,ぜひ,手にとって確認してみてください。7月20日刊行を目標に,いま,仕事をすすめています。刊行されましたら,入手の仕方など詳しい情報をこのブログでもお知らせしたいとおもいます。

 グローバリゼーションと伝統スポーツ,ドーピング問題を考える,が特集の二つの柱です。ちょっと類書をみない内容になっています。その意味では自信作です。乞う,ご期待!

「96条の会」発足記念シンポジウムを取り上げたNHKのテレビ・ニュースに,わたしが映っていたとパリから情報が入る。

 世の中は不思議なことがありすぎて,わたしなどは,もはやついてはいけないことが日々,多くなってきて困っています。たとえば,こんなことがありました。

 今日(17日),フランスのパリに滞在しているNさんからメールが入り,NHKのテレビ・ニュース(6月15日朝放映)に「ばっちり映っていましたよ」と教えてくれました。まさか,あのNHKが「96条の会」のシンポジウムを取り上げるなどとは夢にもおもっていませんでしたので,びっくり仰天です。それにしても,なぜ,パリから?

 こういう時代なのでしょうか。国内にいようが,いまいが,情報の流れはどこにいようとほとんど変わらない,ということ。つまり,こちらのレシーパーの感度の問題だ,ということ。レシーバーの感度が鈍ってしまったら,どこにいようが同じこと。情報を選びとる時代を生きるということは,こういうことなのだ,とまずは覚悟する必要がありそうです。

 ちなみに,Nさんは「96条の会」の発起人のひとり。ですから,いま,パリに滞在していても6月14日に行われた上智大学での「96条の会」発足記念シンポジウムが,どのようななりゆきであったのか,ずっと気になっていたのだとおもいます。ですから,そこにアンテナを張っていたら,必要な情報が飛び込んできた,ということのようです。いまや,世界のどこにいようとも,必要な情報を得ようと思えば,いかようにもなる,そういう時代なのだ,ということをいまさらのように知らしめられたできごとでした。いまや,情報は「受け身」ではなく,積極的に自分の意思で「探索する」時代に入ったということの典型的な事例に出くわしたという次第です。

 ちなみに,ニュースの映像を確認したい方は以下のアドレスでどうぞ。
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/2013615/k10015318441000..html

 ほんの一瞬ですが,なるほど,わたしが映っています。それを目敏く見つけたNさんの眼力に敬服です。たぶん,わたしが家のテレビでみていたとしても,気づかなかったのではないかとおもいます。なにせ,わたしの親しくしている友人たちからも,なんの連絡も入りませんでした。だれも気がつかなかった,ということなのでしょう。

 わたし自身は,最近は,NHKのニュースをほとんど見なくなってしまいました。なぜなら,腹が立って腹が立って仕方がないからです。いま,なぜ,このニュースなのか,と。もっと重要なニュースがあるだろうに。ディレクターはなにを考えているんだ,とまたまた吼えてしまうからです。ならば,見ない方が精神衛生上いい,と判断しました。その代わりに,インターネットで,こちらの知りたい情報だけを,選んで読むことの方が健全ですし,ネット検索をとおして,みずからの思考を練り上げることも可能だからです。この方法の方がはるかに世界の動向を見極めるには有効だということもわかってきました。

 こんな個人的なことを書いたのはほかでもありません。わたしたちが日常的に受け止めている情報には限りがあるということを再確認しておきたかったからです。つまり,その限られ情報にもとづいて自分の見解を構築し,行動しているという事実を,そして,それ以外には方法はないという事実を,あえて再確認しておきたかったからです。すなわち,人間が生きるということは,どこまでいっても「ドグマ的」である,ということです。

 いま,パリにいるNさんが,早くから,ピエール・ルジャンドルの「ドグマ人類学」に注目し,多くの翻訳本を世に送り出していることもよく知られているとおりです。しかも,あえて,みずから「日本ドグマ人類学会事務局」を任じていることも,こういうことをとおして納得させられてしまいます。もっとも,Nさんは,ルジャンドルのいう「ドグマ」ということばの正しい意味での解釈をした上での,独特の運動を展開なさっていることを断っておきたいとおもいます。

 ルジャンドルで検索すれば,ここで言う「Nさん」がだれであるかも自明のことです。ついでに,るじりんどるの本もぜひお薦めですので,読んでみてください。たくさんの翻訳本が,いま,書店に並んでいます。

 Nさん,いまごろは,ひょっとしたらルジャンドルとワインでも傾けながら楽しい会話がはずんでいるかもしれません。ワインもほんのちょっぴり舐める程度にしか飲めないNさんではありますが・・・。でも,一献傾けながらの雰囲気を存分に満喫する「わざ」も心得ていらっしゃるNさんです。短期の外国出張ですが,どうぞ,お元気で,パリの生活をエンジョイしてきてください。

 また,7月からの名講義をお待ちしています。

 なにか,気がつけば,Nさんへのメールの応答をしているようなブログになってしまいました。お許しのほどを。

2013年6月17日月曜日

パワー・ポイントによるプレゼンテーションについて,ひとこと。

 まだ,大学に勤務していたときから,折にふれ異議申し立てをしていたのですが,一向に相手にもされず一笑に付されたまま,納得できないでいたことのひとつにパワー・ポイントによるプレゼンテーションがありました。たとえば,大学院の修士論文や博士論文の審査会などでパワー・ポイントによる発表がなされることが多くありました。これはこれでいいとおもっていました。この方がわかりやすいという点では文句はありません。しかし,発表が終って,質疑に入ったときに手元になにも資料がありません。すると,どういうことが起きるか。ちょっと記憶を確認しようとおもってもどうしようもありません。あとは,あいまいな記憶を頼りに質問をするしかありません。これではしっかりとした「審査」はできません。ですから,このパワー・ポイントによる発表形式は嫌いでした。終ったあとには,ほとんどなんの痕跡も残らないのです。すべてが忘却のかなたに消え去るのみです。せめて,審査会なのだから,ハードのペーパーを提出すべきではないか,と提案したことがあります。が,そのときの指導教員の応答を聞いて呆気にとられてしまいました。ペーパーを残すと盗用される恐れがあるので,あとに痕跡を残さないパワー・ポイントで発表させているのです,と。国際的な権威のある学会ならともかくも,大学院の修士論文レベルの研究発表です。しかも,その場の多数の意見だったことに,またまた驚きでした。

 同じようなことが,その後,たとえば,わたしの所属しているスポーツ史学会大会でも多くなってきました。パワー・ポイントで発表しつつ,ペーパーも配布する発表者がほとんどですが,時折,パワー・ポイントで発表するだけで,なんの痕跡も残さない発表者がいます。しかも,その傾向が徐々に増えつつあります。これは困った問題だとおもっています。やはり,学会からもどって,あの発表が面白かったなぁと振り返り,そのときの資料を頼りにもう一度,記憶をたどり直すことが,わたしの場合にはよくあります。そのときに資料がなにもないのは困ってしまいます。

 企業などでなされる極秘の戦略会議などでパワー・ポイントを用いて,出席者の合意をえるためだけの目的ならば,それでいいでしょう。間違ってもペーパーの資料は残さない方がいい,という特別の場合もあります。それはそれでいいとおもいます。しかし,極秘にする必要もない,むしろ,みんなに広く周知させたい情報をパワー・ポイントで説明して,あとに手元になにも残らないやり方というのはいかがなものか,と考えてしまいす。しかも,そこでの決定に責任をもたされるということになると,話は別です。

 そういうことが,今日,起こりました。わたしの住んでいるマンションの管理組合のある部会の引き継ぎ会議でのことでした。以前にもこのブログで書きましたように,ことし抽選でみごとに理事に当選してしまいました。75歳以上は辞退することができるという規定がありますが,これまで,なにもしないでお世話になるだけでしたので,お邪魔にならない程度にできることをやってこれまでの恩義を果たすべきだとおもって引き受けました。その結果,管理組合理事会のある部会にわたしも所属して,それなりの役割を分担することになり,その引き継ぎのための会議が今日ありました。そのときの会議が,なんとわたしの嫌いなパワー・ポイントによる説明でした。手元にはなんの資料もありません。それはそれは立派な,要領を得た,とてもわかりやすい手慣れたプレゼンテーションが展開されました。

 途中で,あれっ?と思うことも何回もありました。が,そのすべてをメモすることもできないまま,終って「なにか質問はありませんか」と仰る。なんとなくわかったような気にはなるのですが,もう一度,確認しようと思ったときには手元になにもありません。ですから,及び腰のまま,どうしても気がかりだったふたつの点について,教えてください,とお願いをしました。ほんとうは,もっともっと細部にわたって教えてほしいことがたくさんありました。だって,これからたった4人のまったく経験のない新しい理事で,この部会を支えていかなくてはなりません。その上で,リーダーと書記を決めなさい,ときた。初めて顔合わせをしたばかりのどこのどなたかもよくはわからない人同士で,リーダーと書記を決めることのあまりの不自然さに愕然としてしまいました。そうか,管理組合というのはこんな風にして維持されてきたのか,と。

 で,引き継ぎ事項については,あとでメールで送信します,ということで会議を解散。しかし,いまだにそのメールは届いていません。

 で,どうやら理事会の全体会議のことを合同会議と呼び,そこが理事会の最高の意思決定機関となっているのですが,そこでの会議も,今日,確認したかぎりでは,パワー・ポイントを使って説明をし,採決をするという手続を踏むとのこと。だとしたら,リーダーはパワー・ポイントを駆使してプレゼンテーションができる人しか不適切だ,ということになってしまいます。いろいろ聞いてみますと,必ずしもその必要はないとの説明もありました。

 しかし,主流はすでにパワー・ポイントを用いてすべて処理をし,ペーパー資料のような痕跡を残さない方向に向かっているようです。でも,それは違うのではないか。パワー・ポイントを用いて説明してもいい,同時に,手元に残るペーパーの資料(パワー・ポイントの画面をプリント・アウトしたもの)も配布すべきではないか。そうしないと,あとで,確認する方法がなくなってしまう。情報が上滑りをしていく可能性が大である。

 とまあ,管理組合の理事初体験の,引き継ぎ会議で出会ったパワー・ポイントだけによる説明に,以前から感じていた不安,それも,もっともっと進化したかたちでの,そこはかとない不安を感じた次第です。まあ,どうでもいいや,と思えばこれでいいのです。しかし,いま,すでに,あの話はどうだったのかなぁ,とおもっても確認する方法がありません。この疑問をいだいたときに,すぐに確認できることが重要なのだとわたしは考えています。それがなくなってしまうと,「考える」ということができなくなってしまう,のみならず,考えるということをしなくなってしまいます。そここそが大問題だとわたしは考えています。要するに「思考停止」の始原。

 さあ,これから管理組合にどのようにコミットしていくのか,考えなくてはならない正念場に立たされることになりました。まともなことを言えば言うほど嫌われるだろうし,かといっていい加減にしておくわけにもいかないし・・・・,さて,久し振りの思案のしどころ。

 パワー・ポイント使い方の功罪については,これからも慎重に考えていく必要があることは間違いありません。わたしはそう固く信じています。まずは,隗より始めよ。そのことわざどおりに,これからも慎重に対処していくことにしたいとおもっています。

 パワー・ポイント,とんだ騒動のお粗末。今日はここまで。

2013年6月15日土曜日

日本野球機構(NPB)よ,これでは全日本柔道連盟と同じではないか。

 またまた開いた口が塞がらない話。もう,すでに大きな話題になっているので,詳しいことは省略するが,統一球変更隠蔽疑惑の取り扱いについて,日本野球機構(NPB)の代表者会議で「コミッショナーの責任を不問」に付した,というのだ。

 これでは全日本柔道連盟と同じで,「自浄能力なし」とみずから認めたようなものだ。ということはNPBも全柔連も一つの組織体として「自律/自立」していない,ということだ。人間でいえば「未成年者」。

 だから,第三者委員会に丸投げするという。一見したところ「公明正大」であるかのような錯覚を起こすが,そうではない。自分たちの犯した不祥事を自分たちの手で決着をつける自浄能力を欠いている,ということだ。だとしたら,そういう組織・団体の幹部・執行部はすでに存在する意味を失っている。自力で管理・運営する能力がない,と認めたのだから。となれば,さっさとみずから身を引く以外にないではないか。

 それも許されないなにかが,その背景にはありそうだ。とてつもない「巨悪」が。だから,第三者委員会を立ち上げて,最終的には「とかげの尻尾切り」の落としどころを探そうとする。だって,第三者委員会もまた同じ穴の狢なのだから。

 加藤良三コミッショナーは「知らなかった」と嘯いたが,それはないだろう。統一球の検査結果は,検査のつど「すぐにコミッショナーに報告する」ことになっている,のだから。こんな簡単な検査結果の「報告」義務をサボタージュするとは,とても考えられない。にもかかわらず検査結果も統一球の変更も「公表」されなかったということは,どこかに「密約」がありそうだ。

 その手がかりとなりそうな記事が,今日の『東京新聞』に,ほんの少しだけ,ちらり,と載っていたので引用しておく。

 2011年に導入した統一球は,製造したミズノ社との二年契約が終わった昨年末に契約を延長した。12球団は昨年11月の実行委員会で,延長するかどうかの判断をNPBの下田邦夫事務局長に一任していた。この日の会議では,各球団にも責任があることを確認。日本ハムの島田利正球団代表は「(下田事務局長に)一任したところで,すでに12球団にも責任が生じていると思う」と話した。

 統一球をミズノが契約を延長できるかどうか,あるいは,他のメーカーに変えられてしまうのか,という問題はミズノにとっては死活問題にもつながる大問題だ。だから,あの手この手で「契約延長」のために最大限の「努力」をしたことは,ほぼ,間違いないだろう。このときに,公にはできない,なにか特別の密約があったのではないか,とこれはわたしの推測。この問題はそのうち,優秀な新聞記者がいれば,いずれ明らかになることだろう。それを楽しみにしたい。

 さきの新聞記事で気になることは,事務局長に一任した段階で,各球団にも責任がある,という認識をみんなが共有していることだ。だとしたら,みんなで,どこが間違っていたのかを検証すべきなのに,それはやってはいない。しかし,これは契約延長手続きの一任であって,このこと自体は今回の「統一球変更隠蔽」とはなんの関係もない。にもかかわらず,「責任が生じている」と問題をすり替えているところが,納得できない。

 もう一点は,記事のほかのところで「コミッショナーはオーナー会議で任命されるため,各球団は自らの任命責任を問われることを恐れているようにも見える」という点である。これは逆ではないか。任命責任があるからこそ,コミッショナーの今回の対応についてきびしく糾弾すべきではないのか。なにかに「怯えて」腰が引けているようにみえて仕方がない。

 加藤良三といえば,外務官僚としてエリート・コースを歩み,とんとん拍子で出世し,若くしてアメリカ大使をつとめ(最長の6年間),アメリカのシンクタンクからなにやらの「賞」を受けた人と記憶している。東大法学部出身の俊才である。その実績からして,統一球変更隠蔽疑惑を起こすような人物にはみえない。しかし,それとこれとはまったく関係がない。今回は,ひとりの人間としての判断能力が問われているにすぎないのだ。

 もっと厳密に言ってしまえば,コミッショナーの「知らなかった」という第一発言が大問題なのだ。組織のトップが組織内の,それも統一球を変更するかしないかという大問題について「知らなかった」では済まされまい。もし,ほんとうに「知らなかった」としたら,そのことの方がもっと問題だ(賢明なダルビッシュ投手はみごとに問題のツボを指摘している)。

 ことの真相はいつも「薮の中」。これから,どこまで事実関係が明らかにされるのか,そこが最大の課題。たぶん,大相撲のときと同じように,なんだかわかったようなわからない,つまらない「尻尾切り」で終わりとなりそうだ。いつも責任はうやむや。

 検察がにせ調書を裁判所に提出しても,責任は問われない,そういう国にいったいいつからなってしまったのか,そのことの方がもっともっと大きな問題だ。

 でも,こういうNPBの対応の仕方のなかに,いまの,日本社会が抱え込んでしまった抜きがたい病根の典型的な例をみる思いがする。なさけないことではあるが・・・・。