2014年5月31日土曜日

さしたる副作用なし。明日(1日)午前,退院。予定通り。

 本格的な抗ガン剤治療のワンクール目の入院(補助的化学療法)でしたが,今朝の回診で「さしたる副作用はありません」という診断をいただきました。これで予定どおりの4泊5日の入院が終わり,明日の午前には退院できることになりました。ありがたいことです。

 かなりの確率で副作用にやられる人が多い,と話にも聞いていましたし,病院からもらったパンフレットにもデータを挙げて図表になっていましたので,じつは,心配していました。が,なんとか乗り切ったようです。

 乗り切ったとはいえ,完璧になにもかも大丈夫だったというわけではありません。顕著な副作用が出現して,それに対する治療を要す,ということには至らずに済んだというのが現実的なところです。それにしてもやれやれです。これで大きな関門を一つ通過することができた,ということのようです。

 実際のわたしの体感したところの経過は以下のようです。
 何種類かの予備的な点滴を終えて,いよいよ本格的な抗ガン剤の点滴がはじまってしばらくはなにごともありませんでした。が,2時間かかる点滴の終わりころになるとからだがかっかと熱くなり,頭もぼうっとしてきました。あれあれと思っていましたが,それ以上の変化はないので,様子をみていました。この点滴がおわって,つぎの利尿剤入りの点滴に入るとすぐにひっきりなしにおしっこが出始め(これに通うのが面倒なほど)ました。そのうちにからだの熱さも頭のぼうっも消えていきました。そして,しばらくするとおしっこの間隔も少しずつ遠のいていき,頭のてっぺんから足のさきまですっかり洗い流されたような,すっきりした気分になりました。

 夕食も全部おいしく食べられました。夜は久しぶりに頭が冴えていましたので,これならというので持参した『バタイユ──呪われた思想家』(江澤健一郎著,河出ブックス,2013)を読み始めました。この本がまたたまらなく面白くて,深夜まで読みふけっていました。個室ですので,消灯時間は関係ないのですが,みるにみかねた看護師さんから「明日のための体力も温存しておいてください」と忠告されてしまいました。

 夜も熟睡。相変わらず,おしっこの回数は減らず。水分を補給して,おしっこで洗い流すための点滴を24時間体制でやっているわけですから,これは仕方ありません。でも,おしっこを済ませて横になればすぐに眠りに入ることができましたので,さしたる気にはなりません。

 一夜明けた翌日も快適そのもの。食事も全部たいらげました。そのあと朝の回診があり,このときは型通りの確認がなされただけでした。が,そのすぐあとに,院長先生がふらりと現れて,いろいろと詳しい説明をしてくださいましたので,わたしの方も甘えて,いろいろと疑問に思っていることを尋ねてみました。そのうちにいつものように雑談になり,盛り上がったところに院長コールが入り,残念ながら中断。そのあと,昨日のブログの最後のところに書きました本を差し入れてくださったというわけです。雑談の中味は,出雲大社の話でした。

 午後の2時ころになると,また,からだが熱くなり,頭がぼうっとしてきました。おやっ,と思って様子をうかがっていましたら,そのうち,すーっと引いていき,もとのすっきりしたからだに戻りました。ちょうど,抗ガン剤を注入した24時間後に相当しています。そうか,薬効とはこんな具合に巡ってやってくるんだ,と自分なりに納得。

 夜は院長先生にいただいた例の本を読み始めました。これがまたとびっきり面白い本で,熱中して読みました。でも,半分ほど読んだところで集中力がとぎれ,眼もかすんできましたのて,そのまま就寝。でも,12時はすぎていました。

 今朝の回診のときに担当医から「さしたる副作用なし」の診断を受け,「いつ,退院してもいいですよ」とのこと。そこで,「大事をとってもう一晩おいてください。そして,明日,退院ということで」とお願い。「では,そのように手配します」。

 回診がおわってまもなく院長先生が顔をみせてくれました。

 とてもいい経過なので,これからの治療もそんなに心配することはないでしょう。でも,大事をとって慎重に進めましょう。このあとのスケジュールは,3週間刻みでワンクールをこなし,2週間薬剤投与を休んで,ということの繰り返しだそうです。つまり,5週間単位で,その語の経過をチェックしていくということだそうです。次回からは様子がよければ3泊4日くらいの入院でいいでしょう,とのこと。さあて,どんな経過をたどることになるのやら・・・。あとは,神さまがうまく味方をしてくれることを祈るのみです。

 ということで,とりあえず,経過のご報告まで。

井上靖著『額田王』を読む。天智・天武と額田王との関係を読み解く井上靖の想像力が面白い。

 愛知県の三河地方に「額田郡」という地名があります。もう,ずいぶん昔,この額田郡は額田王との接点があり,この地方に古代のみやびことばが断片的に残っている,と書かれた本を読んだ記憶があって,ずっと気になっています。そのテクストがなにであったのか,すっかり忘れてしまっていて,探しあぐねています。

 額田郡に住んでいる友人のOさんに,地元にそのような伝承は残っていないか尋ねてみたら,そういう話は聞いていない,とおっしゃる。しかし,Oさんの名字も,古代史に登場するある有名な一族と同じですし,優秀な人材が輩出していますので,その末裔ではないかと尋ねてみましたところ,たしかに古い家系図は残っているけれども,そこまではたどれない,とのことでした。

 『穂国幻史考』の著者・柴田晴廣さんによれば,穂国(東三河地方の古代の名称)には日本の古代史の謎を解く大きな鍵が隠されている,と力説されています。そして,持統天皇が伊勢から穂国に船でわたってきたという史実を手がかりに,壮大な構想の研究を展開されています。いったい,持統天皇はなんのために穂国にやってきたのか,という問いです。

 この持統天皇はいうまでもなく天武天皇の妃であり,額田王は,天武が大海人皇子であった時代に愛された才媛です。そして,大海人皇子との間に十市皇女を生んでいます。しかも,この十市皇女は天智天皇の長子・大友皇子(のちの弘文天皇)の妃となります。言ってみれば,いとこ同士の結婚ということになります。もっとも,この時代の結婚は,なによりも政略が優先されていましたので,驚くには値しません。たとえば,天智天皇の皇女のうち4人までもが叔父である天武天皇の妃になっています。おまけに,額田王は天武から天智に譲渡され,天智にも愛される,という不思議な関係になっています。そのさらに上をいく政略結婚が大友皇子と十市皇女の結婚というわけです。にもかかわらず,その結末は,大友皇子は天武天皇によって自殺に追い込まれます(壬申の乱)。

 まあ,以前から,天智天皇と天武天皇の関係というのはどうなっているのか,という大いなる疑問がありました。そして,そのキーマンの役割をはたしたのが額田王ではなかったか,というのがわたしの仮説でした。しかし,このあたりのことはアカデミックな論文には見当たらず,また,市販の概説書を読んでみてもまったく不明のままでした。

 そこで,ならば作家の想像力に頼ってみたらいかがなものかと考え,井上靖の『額田王』(新潮文庫)を読んでみました。しかし,わたしの期待は大きくはずれてしまいました。といいますのは,井上靖の主たる興味関心は,額田王を優れた歌人として捉え,その内面の葛藤(神事に仕える女性として,朝廷歌人として,そして,愛を受け止める女性として,母として)を詳細に描くことにあった,と思われるからです。当然のことながら,中大兄皇子と大海人皇子との関係も描かれてはいます。が,おおむねこの兄弟は仲がよく,お互いに協力し合っていたかのように井上靖は描いていて,この二人が,いつ,どのようにしてすれ違うようになるのか,そのきっかけはなにかについては,井上靖には興味がなかったようです。ですから,壬申の乱がどういう理由で始まったのかという背景についても,なにも語ろうとはしていません。

 つまり,井上靖の興味は,あくまでも額田王の人間としての内面の葛藤にあって,その他のことは多少どうでもいいという印象が残りました。ですから,この小説の構成も,大海人皇子と額田王との出会いからはじまって,大海人皇子が天武天皇になったところで終わっています。つまり,天皇になったところで額田王は朝廷を退き,天武との関係は完全に立ち消えになる,という設定です。

 わたしとしては,この朝廷を退いたあと,額田王の人生がどのように転変していくのか,そこが知りたかったところです。それと,もう一点は,額田王と持統天皇との関係です。どのような接点があったのか,それともなかったのかも井上靖には興味はなかったようです。

 持統天皇という,天智天皇の娘にして天武天皇の妃となり,天武なきあとの権力を独り占めにしつつ,後世に大きな影響を及ぼすことになるこの人物と,晩年のことがほとんどわかっていない額田王とがどのような関係にあったのか,わたしには興味のつきないテーマです。なぜなら,このことが「穂国」のその後のゆくえになんらかの影を落としているはずであるし,その影を消すためにさまざまな細工がなされたに違いない,と考えるからです。もっと言っておけば,「穂国」の謎を解くことは大化の改新以後の日本の古代史に秘められたもうひとつの歴史を白日のもとにさらけ出すことになると主張する柴田晴廣さんの説に共鳴するからです。

 天智・天武・持統の,この時代にいったいなにが行われたのか,その真相を隠すためにどんな物語が創作され,その物語を補填するための新たな歴史がどのように創作され,それを正当化するための抑圧・隠蔽工作がどのように行われたのか,知りたいことは山ほどあります。権力によって押し流されてしまった歴史の真実,すなわち,W.ベンヤミンがいうところの「瓦礫」や「残骸」,これに注目する「歴史の天使」(P.クレーの「新しい天使」)に応答するための試みを,ここでも適用してみたいとわたしは考えています。

 もうひとこと言い添えておけば,崇神天皇と垂仁天皇の時代に起きたことと,この天智・天武の時代に起きたこととが,どこかで共鳴・共振するものを感じるからです。つまり,もっとも肝腎なことを抑圧・隠蔽するための歴史上の工作がこのときに起こったと考えるからです。もっとはっきり言ってしまえば,藤原不比等によって陣頭指揮がとられたとされる記紀編纂事業です。この物語がのちの日本の歴史にどれほど大きな影響を及ぼしたかは想像を絶するものがあります。

 その裏で脈々と大きな力を温存していたのが出雲族ではなかったか,その糸口が野見宿禰であり,その末裔・菅原道真であり・・・・という具合です。神社の系譜でいえば,全国にネットワークをもつオオクニヌシを祭神とする神社(一宮の多くがこれ)であり,野見神社や兵主神社です。そして,河童伝承もまた,同じ系譜でさぐることができます。この話をはじめるとエンドレスですので,ひとまず,今日のところはここまで。

 天智・天武・持統のこの時代に,伊勢神宮と出雲大社がどのような扱いをうけたのか,興味のつきないテーマがいっぱいです。そこに,額田王(この人の出自は出雲だとする説もある)がからむ,というわけです。しかも,朝廷の神事を司っていたという額田王なのですから・・・・。

 見果てぬ夢はどこまでもつづきます。

〔追記〕今日(30日),いま入院している病院の院長先生から『新版・古代の地形から「記紀」の謎を解く』(嶋恵著,海山社,2013年刊)をプレゼントされました。ちょっと読み始めてみたら,とても説得力があってびっくり。この本のレヴューも近日中に書いてみたいとおもいます。
 

2014年5月30日金曜日

「大丈夫か リオ五輪」(木村太郎)。「大丈夫か 東京五輪」(わたし)。

 5月25日の東京新聞のコラム「太郎の国際通信」(ジャーナリストの木村太郎氏のコラム)で,「大丈夫か リオ五輪」という見出しの記事が掲載されていました。もう,ずいぶん前からリオ五輪の開催が危ないという報道がなされていましたので,その後,どうなっているのかなぁ,と気がかりになっていました。そこに木村さんのコラムです。ああ,やっぱり・・・と思いました。

 来月,開催されるサッカーW杯ですら,競技場の工事半ばのまま(外装が終わっていない),試合を行うことになった,とつい最近も報じられていたところです。あのサッカー王国のブラジルですら,サッカーのW杯開催に反対の市民運動が展開されているといいます。この流れは,当然のことながらリオの五輪開催にも連動していて,最近はその激しさを増しているとも伝わってきます。あと2年後に迫ったリオ五輪の開催を危ぶむ声も次第に大きくなりつつあるようです。

 その背景にあるものは,ブラジル国民にとっては,いまはスポーツにうつつを抜かしている場合ではない,そんな金があるのなら国民の生活を守ることに使え,という「生きる」ことの根源にかかわる国民のやむにやまれぬ要求です。この声は,とても他山の火事だとは,わたしには思えません。東京五輪もまったく同じだからです。

 いまも避難生活を余儀なくされている人びとの実情を隠蔽するための道具として,東京五輪が利用されていることは間違いありません。そして,その真相を暴くような情報は,ことごとく排除・隠蔽されています。それどころか,いま東京五輪開催批判を展開したら国賊と罵られてしまいます。しかし,そのうちに東京五輪開催の裏に隠された恐るべき実態が徐々に明らかになってくるはずです。そうしたときに,どのようなことが起きるのか,わたしにはなんとなく透けて見えてきます。

 そのお手本がリオ五輪の現段階での実情です。
 木村太郎さんは,つぎのように伝えています。

 「私がこれまで経験した中で最低」
 国際オリンピック委員会(IOC)のコーツ副会長がこう酷評したのをきっかけに,場合によっては開催地を変更することもあるという情報が飛び交い始めている。
同副会長によれば,五輪開催まで二年を残してリオではいまだ主競技場に次いで重要なデオドロ地区の競技施設の建設も始まっていない。また,新競技種目のゴルフも,芝の養生に二年はかかるというのにいまだにゴルフコースの建設も終わっていないという。

 あと6年後に控える東京五輪ははたしてどうか。

 資材も人材(労働力)も不足。東日本大震災の復興すらままならない,という。その上,フクイチの廃炉処理も遅々として進まない(すでに,労働力が底をついている,という)。避難生活者の保障も展望なし。新国立競技場の建造は技術的にきわめて困難だとも聞く。そのため,想定外のコスト高が付随してくるので,ゼネコンも腰が引けているとか。その他の競技施設もこれから一斉に建造にとりかかるという。どのような計画で,それらが進められようとしているのか。その情報は公開されておらず,すべては藪の中。

 もっと恐ろしいことは,放射線量のホットスポットが埼玉県や千葉県のあちこちに散在しているという。どうやら,東京都内にもあちこちにあるらしい。しかし,そういう情報はすべて「コントロール」されているとか。しかし,これらの情報が流れ出るのは時間の問題です。いずれ,あちこちから漏れ出てきます。フクイチはいまも立派な活火山です。しかも,メルトダウンしたまま不思議な「安定」状態を保っているこの奇跡的な均衡がいつ崩れるかは,だれにもわからないといいます。

 こんな危険な状態にあることをひた隠しにするために,政府は矢継ぎ早に,つぎからつぎへと国民の「目くらまし」政策を繰り出しています。とうとう「残業手当てなし」などというとんでもない政策をぶち上げて,国民の目をこちらに引きつけていこうとしています。そして,話題づくりのためには「山の日」などという祝日案までぶち上げました。こんなことを急ぐ必要などどこにもありません。とにかく,いまの政府はやることなすことはちゃめちゃです。

 ですから,国民の眼をごまかすめにの絶好の話題が東京五輪です。しかも,それはもののみごとに成功しています。でも,その実態はきわめて危険きわまりない状態ばかりです。

 「大丈夫か 東京五輪」。

2014年5月29日木曜日

「意識引導動作」ということについて。李自力老師語録・その44。

 太極拳の動作は意識が引き出し,導くのです。それを中国語では「意識引導動作」といいます,と李自力老師は仰います。

 以下はわたしの「如是我聞」です。李老師のお話をわたしがどのように聞いたか,そこにはわたしなりの解釈が加味されていることをお含みおきください。

 まず,どこに意識をおくのか,どのような意識をもつのか,なにを意識するのか,それによって動作は変わってきます。あるいは,どのようなイメージを思い描くかによっても動作は大きく変化してきます。意識の持ち方次第で太極拳の動作はさまざまに変化します。

 ここでいう意識とは創意工夫と置き換えてもいいでしょう。

 いけないのは,なにも意識しないで漠然と太極拳をやっていることです。また,あまりに意識を強くもちすぎて,動作は間違ってはいないけれども,堅苦しい動作になってしまうのもいけません。まずは,気持をできるだけリラックスさせること,そうすれば自然にからだが弛緩します。その上で,軽く意識しながら,動作を導くこと,これが肝要です。

 このときに,なにを,どのように意識するか,これが大事です。そのためには,つねに,自分の理想とする太極拳の動作を探求し,イメージすることです。そうすると,おのずからその人なりの太極拳の味がでてきます。あるいは,その人独特の雰囲気がでてきます。ここを目指すこと,太極拳の稽古にとってはそれが大事なことです。

 しかし,うっかり勘違いして,間違った動作の仕方を身につけてしまいますと,とんでもない我流の太極拳になってしまうこともありますので,注意が必要です。

 太極拳は上達していきますと,次第に心地よくなってきます。自分のからだと向き合い,からだと会話しながら,その心地よさを楽しむことができるようになります。そうなればもうしめたものです。これもまた「意識引導動作」ということの一つです。

 こうして太極拳は,意識のおき方,もち方によって,動作は限りなく変化していきます。それは無限といっていいでしょう。それほどに太極拳の奥は深いのです。精進すればおのずからなる味がでてきますし,オーラがでてきます。それがまたたまらない魅力です。

 その境地をめざして頑張りましょう。

 以上が,今回のわたしの「如是我聞」です。

2014年5月28日水曜日

今日(28日)から「補助化学療法」のための入院。4泊5日の予定。

 時の経つのは早いもので,胃ガン摘出手術をして退院したのが2月27日。それから3カ月が経過した今日(5月28日),「補助化学療法」を行うために入院しました。予定では4泊5日。個人差があるとのことですので,この予定で退院できることを祈るのみ。

 「補助化学療法」などといわれてもピンときません。なんのことはない,要するに抗ガン剤療法ということ。病院でも抗ガン剤ということばに抵抗があるらしく,このことばをわたしの主治医もほとんど使わないで「薬剤による治療」をやりましょう,とおっしゃる。患者としては,やると決めたら覚悟はできているのですから,わかりやすく抗ガン剤治療と言ってくれた方が気が楽です。

 まあ,それはともかくとして,TS-1(通称,ティーエスワン)という錠剤を飲み始めて8日目から,さらにこの「補助化学療法」を行うということです。ですから,今日は入院手続やら同意書やら,なにやらの書類にサインをして,担当医さん,薬剤師さんとの面談があって,看護師さんが血圧を計って,体温を計って,という程度のことでおしまい。明日から,採血をして,その結果をみて治療にとりかかるということのようです。

 いよいよ治療開始となれば,〇〇〇とかいう強い抗ガン剤を点滴によって注入します。その前に,その抗ガン剤の副作用を予防するための点滴がいくつかあって,その後はこの抗ガン剤を早く対外に排泄させるための利尿剤などの点滴があるとのこと。明日は,すぐにはそれほど大きな副作用はでてこないはずだそうで,時差をおいて明後日くらいから徐々にさまざまな副作用がでる人はでてくるとのこと。

 さあて,わたしの場合にはどのようなことになりますことやら・・・・。「やってみなければわかりませんから」というのが院長先生のおことば。おやおや,です。要するに抗ガン剤治療というのは,まだまだ,そんな程度のレベルでしかない,ということでもあります。ですから,抗ガン剤治療は拒否しなさい,というお医者さんもいて,たくさんの本も書いていらっしゃいます。

 いずれにしても,抗ガン剤治療を拒否するリスクと抗ガン剤治療を受けるリスクの二つのうちの一つを選ぶしかないわけですので,困ったものです。運を天にまかせて・・・という次第です。でも,わたしの場合には,幸いなことに院長先生とかなり突っ込んだお話をさせていただきましたので,それなりに納得の抗ガン剤治療の受容です。

 今日,提出した「同意書」の主文にはつぎのように書かれています。
 私は,このたび「胃癌手術後の補助化学療法」の必要性,それに伴う今後の見込み等について,別紙により充分な説明を受け,理解できましたので,その実施について同意します。

 この同意書にサインして提出したのですから,あとはまな板の上の鯉です。
 まあ,今夜はゆっくり眠ることにしましょう。そして,病と戯れる夢でもみることにしましょう。

東京五輪「顧問会議」の議長にアベ君が就任。東京都は?

 東京五輪組織委員会会長森喜朗君がアベ君と会い,「顧問会議」の議長に就任することを要請。アベ君は「たいへん名誉なことだ」と快諾したという。この「顧問会議」は組織委員会に助言する組織で,約130人規模になるという。森氏の談話によれば「オールジャパン態勢で五輪招致に協力してもらった業界,団体に幅広く顧問に入ってもらい,お知恵を借りたい」とのこと。

 おやおや,である。

 五輪の主体は開催都市であるはずだ。つまり,2020年は東京都が開催の主体のはずだ。にもかかわらず東京都の存在がますます薄くなってきている。舛添君はいったいどういうつもりなんだろうか。国立競技場問題についても「これから視察をして勉強する」などと呑気なことを言っている。猪瀬君は出たがり屋さんだったので,必死になって目立とうと努力していたが,舛添君の姿がみえてこない。その間に,森君がヘゲモニーを握って,どんどん突っ走る。舛添君はおいてけぼり・・・か。

 約130人といわれる「顧問会議」のメンバーも,たぶん,森君の好みの人材がかき集められるのだろう。しかも,業界,団体から幅広く,と言っている。ああ,東京五輪で一儲けしようという輩ばかりが烏合の衆のように手を挙げている光景が眼に浮かぶ。そして,その頂点にアベ君が座る。なにをやりはじめるかは,火をみるよりも明らかだ。

 経済活性化という名のもとに手を替え品を替え,矢継ぎ早に,なんでもありの手を打ってくるだろう。そして,国民の眼を「経済」と「五輪」に釘付けにしておいて,フクシマをいかにして隠蔽するか,これが最大の目的だ。そのために「130人」もの人間をかき集めるのだ。もちろん,その中にはメディアのボスも抱き込んで,メディア操作も試みるだろう。そうして,ワッショイ,ワッショイのお祭り気分を盛り上げていくことだろう。そして,フクシマは国民の視野から遠のいていく。これがアベ君のいう「under control」の実態。

 要するに,東京五輪もまた権力と金をもつ人間たちの都合のいいように利用しようというだけの話だ。そうして,国民目線の五輪はどんどん遠のいていく。すべては「お上」のなさること,という旧態依然たる体質は少しも変わらない。国民の眼には「勝った,負けた」の世界だけをばらまいておけば,それですべてはうまくいく,と考えているらしい。いや,スポーツなんてそんなものだ,と単純に考えているのかもしれない。

 本来ならば,東京五輪を成功させるべく国民の声を草の根からを立ち上げ,国民が納得の上で全国的な盛り上がりを生みだす,そういう一大イベントであるはずだ。つまり,東京五輪は民主主義の大原則を実地に学ぶ絶好のチャンスなのだ。しかし,そんなことをして国民が目覚めてしまっては権力は都合が悪い。したがって,肝腎なところは極秘に,宣伝になることは公開し,という具合のご都合主義を貫くらしい。

 もうひとつの問題は,この「顧問会議」の設定は,組織委員会の責任逃れのための装置としても大きな役割が期待されているのではないか,という点だ。組織委員会が独走しているような印象を国民に持たれてしまうのはよくない。そこで,さも多くの意見を吸収しているかのような装置が必要だ。そのために,組織委員会が進もうとする方向を,「顧問会議」で発議してもらい,それを受けて組織委員会が拾い上げるというスタンスが無難でいい,というわけだ。

 あとでなにか問題が生じたとき,だれがそういう発議・提案をしたのかわからない方がいい。どうせ,尻尾をつかまれるような,まともな議事録は残さないのだろうから。かくして,だれかが責任を取らなくてはならないという事態を回避しようという組織として,この「顧問会議」は,まことに都合がいい。森君は組織委員会委員長としてやりたいことは,だれか別の委員なり,顧問なりに発議してもらえばいいのだ。そうして,「ああ,そうですか」という姿勢を貫けば,すべて思惑どおりにことは進む。

 いつのまにか日本の社会のなかに上から下まで定着してしまった「無責任体制」のひとつのシステムだ。おそらく,組織委員会にとってこの「顧問会議」ほど都合のいいものはないだろう。しかも,五輪が生みだす利益のおこぼれも,各顧問に満遍なく配分されるようちらつかせればいい。おとなしく「賛成多数」に身を寄せていれば・・・という期待をもたせつつ。だから,すべては仲良しクラブのお手打ち会議でことはすまされることになる。そのために「130人」もの規模の会議体が必要なのだ。

 かくして,わたしたちの眼のとどかないところで,東京五輪の根幹にかかわることはすべて決まっていく。そして,なにか問題が発覚したときは,「時間切れ」で逃げ込む。新国立競技場の建造と同じように。そんなことの繰り返しだ。

 どうやら,もっともフェアであるべきはずのスポーツ界がもっとも隠蔽体質が浸透しているらしい。なにか問題が発覚しそうになると,一斉に口をつぐんで,親分の顔色をうかがう。そして,親分の気に入るように「自発的隷従」の姿勢を貫く。そういう人間が,やがてトップに立つ。まともな意見を述べる者は,それが正当なものであれ,なんであれ,組織にとって不都合なかぎり排除されていく。

 今回もこの「顧問会議」の設立に異議申し立てをする人間は,スポーツ界からはでてこないだろう。「そんなものは不要だ。むしろ,われわれの声を吸い上げてくれ」と声を挙げる勇気のある人間はでてこないだろう。

 かくして,東京五輪は,政界,経済界,メディア界,などによって完全に囲い込まれ,乗っ取られていく。この組織体は,世にいう原子力ムラと瓜二つだ。

 それほどに,東京五輪は甘い蜜がいっぱいだ,ということの証左だ。そこには力の強い者ばかりが寄り集まってくる。そして,仲良しクラブを構築する。こうした果てしない連鎖が,社会の隅々まで浸透していく。困ったものだが,これが現実だ。

 なんとまあ,生きにくい社会になってしまったことか。
 仲良しクラブに入らないかぎりは・・・・。

2014年5月27日火曜日

「どっこいしょ」の語源は「六根清浄」(玄有宗求)。

 和室で立ったり,座ったりするときに無意識のうちに「どっこいしょ」と声にしている自分に気づくことが多くなってきました。ついこの間まで,年寄りは立ったり,座ったりすることが大変なんだなぁ,と傍観者であったはずのわたしが,いつのまにか「どっこいしょ」と声に出して言っています。言ってしまってから,あわてて周囲をみまわして,だれにも気づかれないでいるとほっとしたりしています。いやはや,年齢は隠しようもありません。

 この「どっこいしょ」の出どころは「六根清浄」だ,と玄有宗求さんはおっしゃる(『さすらいの仏教語』,中公新書,2014年)。いまでも信仰登山をする人たちは「六根清浄 お山は晴天」と声にだしながら山に登ります。志賀直哉の小説『暗夜行路』のなかで,主人公の時任謙作が大山に登山する場面がでてきます。この小説のクライマックスの一場面です。そのとき,「六根清浄 お山は晴天」とお互いに励まし合いながら山に登っていきます。そして,小休止をするときに「どっこいしょ」と言って地面に腰を下ろします。志賀直哉はこのことを知っていて書いたのだろうか,といまごろになって勝手に想像しています。

 六根清浄の六根は般若心経にもでてくる「眼・耳・鼻・舌・身・意」の六つの感覚器官のことです。そに対応する感覚内容は「色・声・香・味・触・法」です。般若心経では,こんな見たり,聞いたり,臭いを嗅いだり,味わったり,触れ合ったり,意識したりする感覚器官はもともと無いものと思いなさい,と説きます。いろいろのものがあるように思っているけれども,そんなものにはなんの実体も無いのだ,と。あるようであって無い,無いようであってある,そこが浄土の世界だというわけです。それを端的に表現したものが「色即是空 空即是色」です。

 六根清浄とは,この六根をきれいに洗い流してしまいましょう,そうすればこころもからだもさっぱりして,さわやかな生をとりもどすことができますよ,という教えです。そのさきに浄土の世界が待っているんでよ,と教えます。その手始めとして,まずは,登山をしながら,全身からおしみなく汗を流しましょう,それによって清らかな世界に接近していくことができるのですよ,というわけです。

 この六根清浄が,どうして「どっこいしょ」になってしまうのでしょうか。玄有宗求さんは面白い説明をしています。

 登山をしながら六根清浄と唱えている人の声が,完全に疲労困憊し,意識も朦朧としてきた登山者の耳には「どっこいしょ」と聞こえたとしてもおかしくない,というのです。しかも,そのように聞こえる人こそ,すでに六根清浄に達している人に違いない,と。ですから,「どっこいしょ」こそ六根清浄の真髄ではないか,と。ましてや,日常生活のなかで無意識のうちに「どっこいしょ」と声に発する人こそ六根清浄の世界を生きている人ではないか,と玄有宗求さんはおっしゃいます。

 そして,つぎのように結んでいます。

 余計な思惑のなくなった「どっこいしょ」の眼に,この上なく美しい太陽が昇る。

 そうか,加齢とともに世俗の欲望も少なくなって,ごく自然に「どっこいしょ」といえる人は,もはや自然界にかぎりなく接近していて,そういう人の眼には「この上なく美しい太陽が昇る」というわけなのでしょう。「どっこいしょ」を気にしているようではまだまだ枯れていないという証拠。

 これからは,だれ憚ることもなく,堂々と「どっこいしょ」ということにしよう。ましてや,他人が「どっこいしょ」と言ったといって冷やかすようなことはしないようにしよう。その世界はじつに美しい世界なのだから。

 そして,これこそが「サクセスフル・エイジング」。

2014年5月26日月曜日

千秋楽の一番。下手くそな八百長相撲。後味の悪さが残る。

 白鵬の圧倒的な強さだけが光った一番だった,と多くのメディアは絶賛するだろう。そして,白鵬の優勝を絶賛し,こころから言祝ぐことだろう。そして,日馬富士は優勝戦線から脱落して気落ちしたか,雑な相撲をとった,と。

 しかし,わたしの眼にはそうは写らなかった。
 これは日馬富士のひとり八百長だったのだろうか。それとも白鵬も承知の上だったのだろうか。あるいは,途中でわかったのだろうか。と,三つの見方が同時にわたしの頭のなかを駆けめぐっている。

 土俵上の相撲の流れをみるかぎりでは,日馬富士のひとり八百長,とみるのが自然だ。それにしては下手すぎた。最後の投げられ方(上手出し投げ)は,昨日の琴奨菊とまったく同じだった。まるで,格の違いをみせつけるような演出だった。あそこまでやってはいけない。少し眼の肥えた相撲ファンにはバレバレになってしまう。

 ひとり八百長でもなさそうだな,という見方もある。それは,控えに入ってからの白鵬の顔つきがいつもとは違っていた。いつもは,控えに入ってからも眼つきは鋭く,闘志を全面にみなぎらせている。しかし,千秋楽はそうではなかった。腰を下ろして座ったときから,どこか悟りきったようなおだやかな顔をしていた。目つきもどこかトロンとしている。このときから,わたしは「おやっ?」と思って,以後,土俵に上がるまでの白鵬の目つきを追った。ずっと静かな,そして柔らかなまなざしのままだった。

 土俵に上がってからは,いつもの白鵬の目つき・顔つきになった。日馬富士の方はいつもとまったく同じ顔つき。そして立ち合い。日馬富士はもろ手突きででたが足が動いていない。まったくいつもの立ち合いとは違う。白鵬は左から張手,そして,やや左に回り込んで左上手をとる。これで十分の組み手となる。日馬富士は左上手も引けないまま,右を差して,動こうとはしない。どうしたんだ,とわたし。動け,動いて動いて左の上手を狙え,さもなくば巻き替えて双差しを狙え,とわたし。しかし,一向に動こうとはしない。それどころか,日馬富士のやったことは両足を揃えて腰を低くして身構えたことだ。まるで白鵬の寄り身に備えているかのようにみせていたが,その意図は激しい寄り身をみせた上で,上手出し投げを打ってくれという合図を送ったのだ。

 白鵬は,よしわかった,とばかりにちょっと寄りをみせてすぐに出し投げを打った。日馬富士はなんの抵抗もしないでみごとに投げられ,転がっていった。これは日馬富士の思惑とはいささかズレがあった。日馬富士は白鵬の寄り身に備える体勢をつくったのだから,激しく寄り身をみせて,それを日馬富士が必死でこらえる,その場面を演出したかったのだ。その上で,出し投げを打ってくれ,と。だが,白鵬はほんのちょっと寄りをみせてすぐに出し投げを打った。さきを急ぎすぎたのである。少なくとも,あの場面は,真っ赤になって寄り身をこらえる日馬富士の見せ場をつくった上で,最後に出し投げを打つべきだった。そうすれば申し分のない完璧な八百長だった。まだまだ白鵬はわかっていないなぁ,そして,下手くそだなぁ,というのがわたしの見立て。

 さて,みなさんの見立てはいかがなものだったのでしょうか。

 もうひとこと加えておけば以下のとおり。
 稀勢の里が,もしも負けていたら,日馬富士は勝ちにいっただろう。しかし,稀勢の里が勝ったので,ここは白鵬に華をもたせてやろう,ということになったのだろう。その意味では,日馬富士のひとり八百長。でも,最初から仕組まれていた可能性もなきにしもあらず,という見方もある。

 これもまた大相撲の醍醐味というもの。こういう楽しみ方もあり,というのがわたしのスタンス。

2014年5月25日日曜日

新国立競技場計画はこのまま突き進んでしまって,ほんとうに大丈夫なのか。

 日本建築家協会が,国民の間に異論が多いので,国立競技場の解体工事を延期するよう関係機関に申し入れをした。それに対して,文部科学大臣兼五輪担当大臣である下村氏は「もう時間切れだから予定どおり進める」と応答し,東京都知事の舛添氏は「これから視察をして判断したい」とこれまた時間切れ作戦の応答。JOCの竹田会長はIOCとの約束ごとでもあるので,いまさら変更はできないと応答。

 しかも,新国立競技場のコンペから選定,そして工事計画にいたるまで中心的役割を担っているはずの日本スポーツ振興センター(近く改組される予定)は,一切を無視してだんまりを決め込んでいる。だから,関係者がどのような議論をし,どのような計画変更をし,最終的にどのような案で進めていこうとしているのか,まったく不明。まさに,藪の中。まるで秘密保護法に守られているかのように。

 なんともはや気の抜けた応答ばかり。

 新国立競技場問題は,コンペの段階から,つまり,去年の夏前から,建築家の間では大いなる疑問の声があがり,もう一度,見直すべきだという声があがっている。それ以外の市民団体までも声を挙げ,運動を展開している。そして,多くの意見書が提出されてきている。

 建築家の槙文彦氏は,公開のシンポジウムまで開催し,コンペの主査をつとめた安藤忠雄氏に参加を呼びかけた。しかし,あっけなく拒否されてしまった。なんとも情けない男であることか。元ボクサーで,独学で東大教授になった,国際的に著名な建築家,ともあろう人が。シンポジウムに参加してみずからの主張をすることもできないなんて・・・。公の席に顔を出すこともできないほどの「後ろめたさ」を背負っている,ということがバレバレ。

 
 オリンピック・ムーブメントを国民の間に周知徹底させる上でも,新国立競技場の建設計画については,公開すべきではないか。そして,大いに議論をして,多くの国民が納得づくで五輪開催を盛り上げるべきではないか。そのための絶好のチャンスではないか。それをあたら握りつぶしてしまい,すべては密室で決めようとしている。民主主義を標榜する日本国家として情けない。

 いったいオリンピックはだれのものなのか。広く国民のものではないのか。特定の関係者だけが密室で好き勝手に,なにもかも決めてしまっていいのか。しかも,巨額の税金を使って。狭い範囲の仲良しクラブのお友だちだけで,お手打ち式に,ものごとが決まっていく。そこには批評の目が抜け落ちてしまう。大きな落とし穴にだれも気づくことなくことが進んでいく。そのさきに待ち受けているものは「カタストローフ」。

 このまま新国立競技場の建設に突き進んでいけば,間違いなく破局が待ち構えていることを予言しておこう。その理由をいちいち論うことはやめておくが,そんなことをしなくても,いまや,だれの目にも明らかなことだ。

 それでもやみくもに突き進んでいくのだろう。しかし,その最後の責任はいったいだれが取るのだろうか。どうやら,だれも責任を取らなくて済むように「密室」と「守秘義務」が用意されているらしい。そして,なにもかも闇から闇へ。そのツケは全部,国民に押しつけて,おしまい。

 日本という国家はどこまで腐ってしまったのだろうか。東京五輪開催もまた,その腐ったままの体質で押し切られようとしている。あなおそろしや。

 くわばら,くわばら。どうせ,もとはすがわら。
 えっ? いずもだって?
 そう,カッパの屁。

2014年5月24日土曜日

野口雨情・覚書。「橘」─「楠」姓から「野口」姓へ。三河・加茂郡野口村に縁故。

 北茨城市に旅にでる機会があって,野口雨情の生家を尋ねました。この生家の屋敷内に「野口雨情生家資料館」を建てて,雨情の直系の孫にあたる野口不二子さんが管理されています。わたしが尋ねたときには不二子さんはご不在で,その婿養子になられた旦那さんがガイドをしてくださいました。

 驚いたのは,野口雨情の祖先はたどっていくと,楠正季(正成の弟)にゆきつくということ,しかも,楠一族の祖は橘諸兄だというのです。その家系図が掛け軸になって掛けてあって,たしかにそのように書いてありました。橘諸兄といえば,母は橘三千代。その夫は藤原不比等。橘諸兄の父は敏達天皇の子孫である大宰師美努王。光明皇后(夫は聖武天皇)の異父兄。本命からは少しはずれるものの藤原一族の末端に位置づく人物です。のちに,藤原不比等の4人の息子がことごとく病死してしまったので,急遽,その穴埋めとして朝廷の左大臣として取り立てられます。そして,ついには聖武天皇を支える重鎮として大きな業績を残すことになります。

 この橘諸兄の末裔が楠一族だそうで(これには異説も多い),その頂点に立つ楠正成の弟の正季が野口雨情の祖だというのです。が,この楠一族は南北朝時代の南朝・後醍醐天皇に味方し,湊川の合戦で敗れて,逃げ落ちていきます。そして,ついには身分を隠して,三河・加茂郡野口村(現・豊田市野口町,いまも飯田街道沿いの小さな町)に逃げ込みます。そこで,追手の目をくらますために楠の姓を捨てて,野口姓を名乗ります。このときから野口家がはじまります。

 それからさらに時代がくだって,江戸時代に入り,楠一族の残党が北茨城に隠れ住んでいるという話を頼りに移住し,こんにちの磯原に定住することになります。そして,初代水戸藩主徳川頼房(家康の第11男)に取り立てられ,郷士として仕えることになります。水戸黄門さんも野口雨情の祖先を可愛がり(水戸学によって楠正成は「悪党」から一気に「勤皇の志士」に引き上げられます),しばしば磯原の野口家を訪れ,海を眺めて楽しみ,とうとう「観海亭」と命名したといいます。それが,こんにちの雨情生家のもとだというのです。

 そして,以後,野口家からは数々の名士が誕生し,各界で活躍をし,その名を残しているといいます。その最後に登場したのが野口雨情というわけです。

 こんなことがわかってきますと,三河出身のわたしとしては,とても他人事とは思えなくなってしまいました。ので,帰り際に,野口不二子著『野口雨情伝──郷愁と童心の詩人』を買ってきました。これから中を読んでみようと思っています。

 そして,ふと気づくのは,童謡はいろいろの人がつくった歌もふくめて,ずいぶん馴染んできたはずですが,いまも記憶していて歌えるのは野口雨情の童謡ばかりです。そして,その歌詞をよくよく考えてみますと,ふつうの日本語とはいささか趣を異にしていることがわかります。ちょっと変な日本語という感じなのですが,なぜか,すんなりとからだの中にしみ込んできます。そして,そのままこころの奥深くに定着し,記憶されてしまいます。野口雨情の「童心」のままに作詩された歌詞がそのままわたしのこころを捉えて離さない,そんな感覚です。

 伝記には「CD」がついていますので,あとで歌詞を堪能しながら,ゆっくり聞いてみようと思います。ちらりと本の中を覗いてみましたら,野口雨情のヒット曲のほとんどは中山晋平が作曲していることがわかります。なるほど,この名コンビが,あの数々のヒット曲を生んだのだ,と納得してしまいます。

 北茨城市の旅で,思いがけない発見をすることになり,とても満足しています。北茨城市といえば,岡倉天心の六角堂があります。ここも尋ねました。こちらについては,また,いずれ書いてみたいと思います。

2014年5月23日金曜日

〔主文〕大飯原発3,4号機を運転してはならない。

 大飯原発訴訟の判決要旨を熟読してみました。何回も何回も繰り返して読み直してみました。とてもよくできた判決文で,感動しました。そこには生きものとしての生身の人間を重視する立派な思想・哲学が存在している,と感じ取りました。この判決を導き出した樋口英明裁判長にこころから敬意を表したいと思います。「司法は生きている」と心強くも思いました。

 この判決文を読んで,もっとも印象に残ったことは,「3・11」以後を生きる人間にとってなにが大事なのか,という司法の考え方が明らかにされたことでした。「3・11」以前と以後とでは,この国のあり方そのものが根源的に変わらざるをえなくなった,という良識がこの判決文に生き生きと脈打っています。まずは,そのことに,感動しました。これでなくてはいけない,とつねづね考えてきたことが,司法の場で機能していることを知り,こころから安堵しました。

 政治家の圧倒的多数が,上はトップから下は地方議会の議員にいたるまで,「思考停止」状態のまま,狂ったトップの言いなりになろうとしています。情けないことに・・・。韓国のセウォル号の悲劇はけして他山の火事ではありません。日本という国全体を巻き込んだ「日本丸」が,いま,まさに沈没しそうになっているのですから。そのことに,ようやく多くの国民が気づきはじめた「いま」,この大飯原発訴訟の判決が出されたことはとてもタイムリーで意義のあることだった,とわたしは考えています。

 「大飯原発3,4号機を運転してはならない」。これが主文です。まことに簡明で分かりやすい名文です。そして,〔求められる安全性〕の冒頭には以下のように書かれています。

 「原発の稼働は法的には電気を生みだす一手段である経済活動の自由に属し,憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。」

 なんと明快な文章でしょう。法律の世界に疎いわたしのような人間にも,すんなりと呑み込めてしまいます。原発の稼働は経済活動であって,人間の命にかかわる人格権よりも劣位にあるのだ,と明言しています。電気代と命,どちらが大事か,ということの憲法上の考え方(法的根拠)が提示されたのです。

 その上で,〔原発の特性〕を説き,〔大飯原発の欠陥〕を指摘し,〔冷却機能の維持〕についての考え方があまりに楽観的にすぎると批判し,さらに〔使用済み核燃料〕の処理方法についても,確かな展望もえられない脆弱なものだと断定。さらに〔国富の喪失〕について触れ,以下のような重要な指摘をしています。

 「被告は原発稼働が電力供給の安定性,コストの低減につながると主張するが,多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり,議論の当否を判断すること自体,法的には許されない。原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても,豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり,これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失だ。」

 「被告は,原発稼働がCO2(二酸化炭素)排出削減に資すると主張するが,福島原発事故はわが国始まって以来最大の環境汚染であり,原発の運転継続の根拠とすることは甚だしく筋違いだ。」

 そして,最後に〔結論〕として,「原告のうち,大飯原発から二百五十キロ圏内の住民は,直接的に人格権が侵害される具体的な危険があると認められる。〕と結んでいます。

 以上のように,この判決文は,とてもわかりやすくて,説得力のある,みごとな見解を示してくれています。少し冷静に考えれば,だれでもわかる理屈ばかりです。にもかかわらず,「思考停止」してしまった政府(菅義偉官房長官)は「再稼働方針は変えない」と判決後の記者会見で述べて平然としています。また,原子力規制委員長の田中俊一氏も「大飯原発は従来通り,われわれの考え方で適合性審査をする」と言っています。(※原子力規制委員6名全員が,もちろん,委員長もふくめて全員が電力会社や関連会社から研究費という名のリベートをもらっている,という事実が今日・23日の新聞に報じられています。規制委員会とは名ばかり。この委員会こそが「規制」されている,という笑えない事実こそが肝要。)

 わたしたちは,この司法による,じつに明快で,論理的整合性に支えられた立派な判決文を熟読玩味して,原発再稼働に突っ走る政府自民党に歯止めをかけていくことが,まさに,喫緊の課題です。これからは,この判決文を旗頭にして,あらたな闘争の段階に入っていくことができます。ひとつの明るい灯火がえられた,とわたしはこころから喜んでいます。

 みなさんはどのようにこの判決文を読まれたのでしょうか。お聞かせください。
 ではまた。お元気で。
 

2014年5月22日木曜日

抗ガン剤(TS-1)投与の開始。はたしてその反応やいかに。

 兼ねて主治医と相談の上,今日(5月22日)から抗ガン剤(TS-1)投与がはじまりました。まずは,ワンクール・3週間の予定です。そして,そのあと3週間,お休みをして,また,ワンクール・3週間,という具合につづきます。問題は副作用です。はたしてどのような副作用と遭遇することになるのか,こればかりはやってみないとわからない世界だそうです。

 錠剤とわたしとの相性の問題だそうです。個人差があって,どのような反応がでてくるかはまったくわからない,とのこと。主治医から手渡されたマニュアル本は,読めば読むほどに不安になってくる不思議な本です。まあ,癌細胞の活動を抑え込むためには,正常細胞も相当のダメージを受けるわけですから,ある意味ではいたちごっこのようなところがあります。ですから,まずは,癌細胞と上手に付き合っていくしかないというわけです。

 気がかりなのは,白血球の数が減少するので,免疫力が低下する・・・・というマニュアル本のくだりです。そして,衛生マスクをするように,とあります。一番の基本がやられてしまうのか,と思うとあまりいい気分ではありません。つまりは,そのつもりでおとなしくしていなさい,と宣告されているわけです。これまで免疫力だけは自信があったのに,それが低下するという。ちょっと参りました,というところです。

 でもまあ,そんなことは言ってられませんので,しばらくは様子をみながら抗ガン剤とお付き合いをしていこうと思っています。もし,なにか致命的な不都合なことが起きるようでしたら,主治医と相談をして,つぎの方法を考えるようにしたいと思います。

 マニュアル本というものはとても親切というか,微にいり細にわたって説明がしてあります。しかし,活字で書かれた内容は,情け容赦なくわたしのこころにぐさっと突き刺さってきます。たとえば,副作用として考えられるものは以下のとおりです,と書かれてあって一覧表になっています。発熱,吐き気,下痢,腹痛,うつ,・・・・・というような症状がでる確率が,それぞれ10人中何人と書いてあるわけです。そうすると,いずれ,このうちのどれかには出会うことになるのだろうなぁ,と思わずにはいられなくなってしまいます。

 下痢などは,いまでも食べすぎると,ほぼ間違いなく起こります。他の症状も同じです。そうなりますと,これらの症状が抗ガン剤による副作用なのか,それとも食事のとり方の問題なのか,その区別がつけにくくなってしまいます。ですから,これはあまり神経質にならないで,なるようにしかならない,と覚悟を決める以外にないようです。

 まあ,こんな錠剤投与を一週間つづけたあとの8日目には入院して,さらに強い抗ガン剤の投与があるとのことです。そして,水分をふんだんに補給して,薬を流しだすことをやるそうです。これでどんな具合か様子をみようというわけです。期間は4泊5日の予定です。

 なにもかも初体験。しかも,他人の経験知はほとんど役に立たないという世界。とにかく,やってみて様子をみる。そして,ちょうどぴったりと合う処方を見出すこと,それにつきるようです。ですから,いまから騒いだところではじまりません。

 幸いなことに主治医との気心が通じ合っていますので,その点は安心です。ですから,大船に乗ったつもりで,あとは漕ぎだした海洋の状態がいいことを祈るのみです。

 今朝から錠剤の投与をはじめて,いつものようにパソコンを背負って鷺沼の事務所にやってきて,このブログを書いています。いまのところこれといった変化はみられません。できるだけ,これまでの日常性を維持していきたいと思っています。変に引っ込み思案になるよりは,「いつもどおり」を心がけてみたいと思います。

 以上,ご報告まで。
 

白鵬に土。いよいよ大相撲が面白くなってきた。ここからが星のつぶし合い。

 白鵬に土がついた。負けるはずのない相手に,墓穴を掘るような負け方だった。勝った豪栄道を褒めるべきだが,こんな雑な相撲をとった白鵬はみずから敗因をつくってしまった,というのが実情だ。この相撲をどうみるか。

 白鵬は取り組み後に「勝負あったと思った」と言ったそうだが,それは言い訳にすぎない。今日までの白鵬の相撲をみていてそう思う。相手を寄り切って,自分も土俵の外にでているのに,相手をさらに土俵下に突き落とした(つまり,駄目だしをした)相撲があった。なんということをするんだ,とわたしは憤った。また,相手を一直線に電車道を走るように寄り切って勝負がついているのに,勢い余ってそのまま土俵下まで転げ落ちていった相撲もあった。なにをやってるんだ,とわたしは独りごちた。

 今日の一番は,肩すかしを引いた白鵬の体勢も崩れていて,土俵際まですっとんでしまった豪栄道を,あと一押しするだけの体が残っていなかったのだ。だから,慌てて突き出そうとした。その崩れたままの体をいなされた。こんどは白鵬が土俵際まで飛ばされた。かろうじて残し,振り返ったときには,もう豪栄道の思いのままだった。

 白鵬は強い。他の力士とは格段の差がある,そういう強さがある,と解説の元力士たちは口を揃えて言う。そして,その強さを見せつけることに生きがいを感じているのではないか,と解説者はみんな口を揃えるようにして言う。あまりにみんながみんな同じことを言うので,これは日本相撲協会の興行上の戦略ではないか,とわたしは勘繰っている。

 わたしの眼には,白鵬は焦っているように見える。実力的にはもはやそんなに大きな差はない。それに以前のような長い相撲をとるだけのスタミナに自信がない。だから,できるだけ早く勝負の決着をつけてスタミナを温存しようとしているように見える。だから,土俵下にいるときから眼はぎんぎらぎん。土俵に上がるとさらに目つきが鋭くなり,相手を威圧するかのように睨み付ける。そして,立ったらすぐに攻撃にでて,一気に勝負をつけようとする。それで,地位の低い力士には通用する。しかし,上位の力士にはそうはいかない。その好例が今日の豪栄道との一番だ。

 さて,残るはあと4番。2大関,2横綱との対戦を残すのみだ。白鵬がほんとうに強いかどうかは,この4日間ではっきりする。とりわけ,明日(22日)の稀勢の里との一番がみものだ。大関がここまで落ち着いた相撲をとってきているので,明日あたりひと波瀾あってもおかしくはない。けんか四つなので,立ち合いがみもの。そして,得意の組み手になった方が有利。

 先場所は,鶴竜に突きたてられて,なすすべもなく負けている。鶴竜の今日のような低い立ち合いから,思い切った突っ張りが炸裂すると面白くなる。日馬富士も,前半の負けが嘘のように,スピードに乗ったいい感じの相撲がもどってきている。千秋楽の一番は日馬富士も燃えるだろう。となると,終盤の白鵬は先場所と同様に黒星を重ねることになりかねない。

 こういうことが白鵬の念頭にあるために,前半戦はどんなことがあっても取りこぼしをするわけにはいかない,という引くに引けない強い決意が,最初から顔に現れていた。ただ,それだけのこと。それほどに焦っている,というのがわたしの見立て。

 これは,以前からのわたしの持論であるが,白鵬がひとりダントツに強いのではなくて,他の力士が弱すぎた,ただそれだけ。ところが,ここにきて他の力士が力をつけてきた。そして,肉薄するようになった。しかも,調子のいいときの日馬富士には勝てない。鶴竜にも,先場所をみるかぎりでは,実力的には超えられてしまった。この二人に勝つための先制攻撃が白鵬にはない。だから,先手がとれない。どうしても受けにまわってしまう。そこが白鵬の大問題だ。

 さて,明日からの星のつぶし合いが熾烈になる。その最初の難関が稀勢の里戦だ。お互いの実力が伯仲してきたので,まったく予断を許さない。だからこそ面白い。これぞ大相撲の醍醐味。

 残り4日間。存分に堪能することにしよう。

2014年5月21日水曜日

西谷修さんのFacebookを拝見して,びっくり仰天。

 稽古のあとのランチタイムで,久しぶりに話が盛り上がりました。西谷さんがしばらく前からFacebookをはじめられたという話はうかがっていました。が,ああ,そうなんだ,という程度の認識でしかありませんでした。といいますのは,わたしもFacebookなるものに参入しようと考え,開設してしばらく様子をみようと思っていましたら,そこにつながってくる人たちの話題が,わたしの関心事とはかみ合いませんでした。みなさん,それぞれにご自分の世界を楽しんでいらっしゃって,それはそれで楽しそうなのですが,ここ数年のわたしの関心事とはクロスしませんでした。ですから,西谷さんが発信するFacebookとはどんなものなのかなぁ,と想像はしていましたが,それっきりになっていました。

 しかし,今日の西谷さんと柏木さんの会話(西谷さんのFacebookの内容についての話題)を聞いていて,えっ,そんな話題が書かれているのか,と驚いてしまいました。そういえば,最近の柏木さんのブログが冴え渡ってきていて,この人はすごいなぁ,と感心していたところでした。たしかに,西谷さんの著書をせっせと読んでいらっしゃることも知っていましたので,さもありなん,と思っていました。が,それに加えて西谷さんのFacebookの熱心な読者でもあった,という次第です。

 そこで,今日は雨も降っていましたので,鷺沼の事務所に行くのは中止して,自宅に引き返し,大急ぎで西谷さんのFacebookに飛び込みました。そこは「西谷ワールド」満開の世界でした。西谷さんのブログとはまた一味違ったフットワークの軽さと守備範囲の広さ,そこにカミソリのような鋭い警句が織り込まれていて,すっかり瞠目してしまいました。

 なにより驚いたのは,西谷さんのアンテナにひっかかってくる情報提供者たちの,それぞれの専門的なバックグラウンドに支えられた情報の質の確かさです。たとえば,いま,話題の『おいしんぼ』の「鼻血」問題も,それは間違いのない,しっかりとした事実にもとづく作者の取材の結果であることを,教えてくれます。しかも,四つの大学が調査した結果のデータまであって,その報告書も当該の各地方自治体には提出されている,といいます。もちろん,政府機関にも提出されていることも明らかにされています。

 だとしたら,嘘をついているのはだれか,ということになります。それにメディアが加担して,「風評被害」だけがクローズアップされ,そこにポピュリズムが便乗していきます。そして,肝心要の事実関係の確認が宙に浮いてしまっています。こうして,またまた大事な事実が隠蔽されようとしています。イシハラ君などは担当大臣として,ポピュリズムを煽るようにして,かくなる事実のもみ消しに必死です。しかし,こんなことは,やがて事実関係が明らかになるのは時間の問題です。鈍感で,アホなメディアも,そろそろ変だな,と気づきはじめてきているように思います。その原動力になっているもののひとつが,このFacebookによって構築されている情報ネットワークである,ということがわかってきます。

 というような具合で,このネットワークは使い方次第だ,ということに気がつきました。遅きに失した感はありますが,気づいたときが吉日。これからは,テーマごとにそのアンテナを張って,その背後にある事実関係を確認していこうと思いました。もちろん,がさネタもネット上にはいっぱい流れていますので,そのあたりのところをきちんとチェックしていく必要があります。そして,ソースの源までたどりつく努力をすれば,あとは安心です。

 いつしか文明の利器から取り残される年齢になっていることに,いささか焦りを感じないわけではありません。でも,それはまあ仕方のないこととして,えっちらおっちら,できる努力をしていくことにしましょう。それにしても,西谷さんのFacebookによって開眼させられました。そして,楽しみがひとつ増えました。これで,テレビに向かって吼えることも,いくらか軽減されることでしょう。それどころか,ことの真相により接近できる喜びを感じることができるでしょう。あるいは,真相を知れば知るほど,逆に絶望に追いやられてしまうかもしれません。

 いずれにしても,当分の間は,Facebookで情報探索を試みてみようと思います。
 その意味で,西谷さんに感謝。そして,柏木さんに感謝。
 こういう人たちと接点がもてるということは,まことにありがたいことです。
 

2014年5月19日月曜日

「ISC・21」5月大阪例会(通算82回目),無事に終了。

 表記の研究会(世話人・松本芳明)が5月17日(土)の午後に,大阪学院大学を会場にして開催され,無事に終了しました。通算82回目の研究会でした。数えてみてびっくりです。よくつづいているなぁ,とわれながら感心。でも,いつのまにか淘汰されて参加する人数は減少。でも,その代わり参加される人はみんなとても熱心。白熱した議論で盛り上がります。

 とくに盛り上がった議論のいくつかを紹介しておきますと,以下のとおりです。

 まずは,学会誌に論文を投稿する段階で,ドイツ語の訳語をどのようにすればいいか,という問題がSさんから提起されました。ひとつは,Eigenwesen.もうひとつは,Kunstbewegung.いずれも直訳では日本語として意味をなしません。そこで,ドイツ語の意味内容にできるだけ近い日本語を,ある程度,意訳して当てはめていくしかありません。

 まずは,Eigenwesen.訳本によれば「固有性情」と訳されているのですが,これではなんのことか意味が不明になってしまいます。むしろ,直訳して「固有の本質」,あるいは,「個々の本質」,または,本質のところを「存在」に置き換えてみる方がなんとなく意味がみえてきます。しかし,それでもまだしっくりはしません。ですから,もう少し意訳して,ぴったりの訳語を探さなくてはなりません。いろいろ議論してみましたが,結論には達せず。

 もうひとつのKunstbewegungもまた同様でした。直訳すれば「芸術運動」となってしまい,これでは思想運動になってしまいます。体操運動の訳語としては不適切です。芸術に代わる訳語としては「技術」「技芸」などがありますが,いずれもぴったりきません。こちらも結論には達せず。

 しかし,いま,少し気持の落ち着いたところで考えてみますと,以下のように考えるといいのではないかと思います。

 Eigenwesenは,運動をする存在ということを前提に考えてみますと,「生きもの」そのものを意味していることがわかってきます。となりますと,「個々の生きもの」というイメージが湧いてきます。しかも,生きもののうちでも,植物ではなくて動物であることもわかってきます。となれば,「個々の動物」くらいの意訳も可能となってきます。

 もうひとつのKunstbewegungは,その対立語がNaturbewegung(自然運動)だということですので,それを強くイメージして訳語を考えてみればいいように思います。自然運動は,あらゆる動物が生まれながらにしてからだを動かすことのできる運動の総称だとすれば,Kunstbewegungは,Naturbewegungをベースにした,人間だけに可能な創意工夫した運動のことではないか,ということがわかってきます。だとすれば,Kunstbewegungは「創意工夫運動」,あるいは「創造運動」という訳語が可能ではないかと思います。

 このあと,わたしのプレゼンテーションがありました。題して「歴史の天使」と「クンスト」(Kunst)について。(内容は省略)。

 最後に,『聖なるものの刻印』(ジャン=ピエール・デュピュイ著,西谷修,森元庸介,渡名喜庸哲訳,以文社)の読書会。こちらは時間切れになってしまいましたので,次回(6月神戸例会)に引きつづき行うことになりました。

 以上。時間切れ。未完成。
 

2014年5月17日土曜日

クレーの絵「天使というよりむしろ鳥」と「動物たちが出会う」から見えてくるもの。

 このブログは5月8日のブログのつづきです。つまり,パウル・クレーの「十字架のもう一人の天使」と『ユダ福音書』について,のつづきです。

 パウル・クレーの「天使」の絵を探していたら,「天使というよりむしろ鳥」という題の絵が見つかりました。この絵は眺めていると不思議な光景が立ち現れてきます。たとえば,天使が羽を休めてうたた寝をしているようにも見えます。そして,その内に自分が天使であることも忘れてしまって,いつのまにか鳥になってしまっている・・・・そのことにすら気づいてはいない天使・・・。そんな絵にもみえてきます。


 たぶん,この絵を描いたクレー自身も描きあげてからじっと眺めているうちに,天使を描いたつもりだったのに,よくみると「むしろ鳥」ではないか,と気づいたに違いありません。そこで,ありのままに「天使というよりむしろ鳥」という題名をつけたのでしょう。

 ここまではいいとして,ここからさきが大変です。

 つまり,画家としてのパウル・クレーの立ち位置の問題です。つまり,この絵はパウル・クレーという人間の境涯がそのまま表出している・・・・,そのことに間違いがないとすれば,その立ち位置とはいかなるところになるのか,が問題となります。いろいろな見方があるかと思いますが,わたしの見方は,簡単に言ってしまえば,「天使と鳥の間」を自在に行き来することのできる位置,ということになります。それがクレーの創作の原点である,ということになります。

 このあたりのことを,前回のブログの最後のところに掲げた詩がよく表現しているように思います。もう一度,確認の意味で,そのポイントの部分を引用してみましょう。

 この世はぼくを捉えようもない。
 死者たちや,生まれてもいない者たちのところで
 ちょうどよく暮らしているのだから。
 創造の中心にふつうよりちょっと近く。
 でもまだ十分に近くはない。

 ここが,恐らくパウル・クレーの立ち位置なのでしょう。つまり,内在性を生きる場。そこが「創造の中心」。その中心に「ふつうよりちょっと近く」「でもまだ十分に近くはない」とクレーが自覚しているその場。そこは「死者たちや,生まれてもいない者たちのところ」。すなわち,「この世」とは次元の異なる世界,自他の区別のない霊的な世界,なにものにも拘束されることのないまったくの自由自在の世界,すなわち「内在性の世界」。

 その世界で身もこころも自由に浮遊しながら鉛筆を走らせ天使を描いてみる・・・・なにが表出してくるかは自分にもわからない。だって,自分の存在すら不明なのですから。そこから「天使というよりむしろ鳥」という作品が生まれてくるわけです。

 このことを,わたしに確信させた作品が「動物たちが出会う」という作品です。


 この作品に出会って,まっさきに直感したのが,バタイユのいう「動物性」の世界でした。あの有名な「水の中に水があるような存在」の仕方,それがバタイユのいう「動物性」の世界であり,「内在性」の世界です。

 当然のことですが,この絵のなかにはヒトも描かれています。それは,もはや「人間」ではなく,純粋な動物としての「ヒト」です。まさに「ヒト」という動物になりきって,動物たちのなかに溶け込んでいます。クレーもまたこの世界のなかに溶け込んでしまっています。ですから,「この世はぼくを捉えようがない」と書き,「死者たちや,生まれてもいない者たちのところで」「ちょうどよく暮らしているのだから」と書くわけです。

 もう少しだけジャンプしておけば,この世界は,『ユダ福音書』をとおしてグノーシス派が伝えるイエス・キリストの理想とした霊魂の自由な世界に通じているように思います。それは,同時に,仏教的世界観にも通底しているように思います。仏教は,死によってなにかと拘束の多い肉体から解放された霊魂が,ようやく自由を獲得し,涅槃の世界に遊ぶことを理想とするからです。禅の世界でいうところの禅定もまた「自己と自然存在との融合」をめざします。

 さきほど引用した詩の最後の一行はつぎのようになっています。
 「・・・・それで少しばかり腹を立てるのさ,律法学者の奴ら」。
 ここのところをどのように読み解くかは,ここではこれ以上の深入りはしないでおこうと思います。また,機会をみつけて挑戦してみたいと思います。ただ,ひとことだけ。それは,クレーはグノーシス派のキリスト教解釈と共感していたのではないか,ということだけは指摘しておきたいと思います。

 こうなってきますと,クレーの描いた「新しい天使」から「歴史の天使」をイメージしたベンヤミンの洞察力の深さに,いまさらのように驚いてしまいます。そして,「歴史とはなにか」と問う地平の深さの前で茫然自失してしまいます。このあたりのことを17日の午後に開催される5月大阪例会で,どこまで踏み込んで話すことができるか,わたし自身へのチャレンジです。

 大きなテーマがまたまた立ち現れてきました。楽しみがまたひとつ増えました。これぞ,元気の源というべきか。とりあえず,今日はここまで。
 

2014年5月16日金曜日

「集団的自衛権,そんなんあかんやろ?」(奈良の中学生の声)。

 奈良県で教職についているわたしの若い友人から,5月14日の朝,つぎのようなメールがとどきました。前日(13日)夜の親子の会話です。息子さんは中学生(?,わたしの推測)。夕食時のテレビ・ニュースを聞いていての会話だそうです。

 息子:あれは許されへんわ。
 父親:なに?
 息子:集団的自衛権。そんなん安倍さんが変えたら,つぎ代わった人がまたそれを使ってええように変えるやん。そんなンあかんやろ。
 父親:たしかになぁ。
 息子:それにな,第三次世界大戦に日本が参戦するということになるやん。あかんやろ。なんで今変えようとするん?
 父親:アメリカに「言うこと聞いてますよ」とアピールしてはるんちゃう?
 息子:もう変えられへんねやろ?安倍さんが進む方向を。僕らとか,国民が,おいおい,と言っている間に変わっちゃうねんな。あかんやろ。

 こういう会話が,父と子の間で成立している家庭がまだまだ健在だということを知って,それがまずなにより嬉しかったことでした。そして,こういう会話ができる家庭の子どもは,たぶん,素直に世の中と向き合い,疑問に感じたことをそのまま「あかんやろ」と表現できるようになるのだろうなぁ,と想像しました。

 ごくふつうに育ち,ごくふつうの感性をもち,ごくふつうに考える力をもった中学生なら,ごくふつうに疑問をいだく,それが「集団的自衛権」。そして,それをくい止めることもできないなんて「あかんやろ」と素直に言うことができます。。しかし,思考を停止してしまって,単なる金の亡者となりはててしまった大人は,なんの疑問もいだくことなく,総理大臣の言うことだから,とまるごと信じてしまいます。

 自分の主張をとおすためなら,どんな詭弁でも,いやいや真っ赤な嘘(under control)でも平気で言えるアベ君ですので,その本性は集団的自衛権の主張でも同じでした。

 昨日(15日)の記者会見でも,みごとな詭弁を弄していました。たとえば,こんな事例を挙げていました。アメリカの輸送艦船に日本人(あなたの子どもさんやご両親)が乗っているときに,敵の攻撃を受けたとしても,日本は手も足も出せないのです。こんなことでいいのでしょうか。日本人の命を守るのは国家として,政府として,総理大臣として当然の義務です。それができるようにしようというのが集団的自衛権です。という具合でした。おまけに,稚拙なパネルまで提示して。

 聞いていて笑ってしまったのは,アメリカの輸送艦船に乗船する日本人とはどういう人のことを言っているのでしょう。その艦船に敵が攻撃してきたとき・・・というときの「敵」とはどういう国のことを言っているのか。いま,攻撃してくる可能性があるとしたら,アメリカがテロリストと名づけている集団だけです。しかも,テロリストの集団は国家ではありませんから,戦争にはなりません。一発攻撃だけです。しかも,攻撃される理由は不問に付しておいて,ただちに日本国は友軍を送らなくてはならない,と考えるアベ君の思考のレベルの低さが恐ろしいと思いました。こんな人がいまの日本国のリーダーなのです。恐るべしです。

 日本は戦争をしないと宣言し(憲法第9条),軍隊ももたない姿勢を貫いてきました。ひたすら,警察権と自衛権を前面に押し立てて,その姿勢を貫いてきました。なによりも,それを求めたのはポツダム宣言の戦勝国でした。ですから,国際社会もまた,それを守りつづける日本国を高く評価してきました。最近の情報では,日本の憲法第9条はノーベル平和賞にノミネートされたといいます。それほどに世界が注目している憲法なのです。

 積極的平和主義とは,憲法第9条を全面に押し立てて,世界外交を展開していくことだ,とわたしは考えます。しかし,アべ君はそうではありません。集団的自衛権の行使を容認することによって「抑止力」が高まること,これがアベ君のいう積極的平和主義だそうです。このことを15日の記者会見では何回も繰り返し主張していました。「あかんやろ」とくだんの息子さんなら言うでしょう。こういうアベ君の単純な発想による「抑止力」の最終ゴールは「核」を保有することになります。この発想は北朝鮮とまったく同じです。

 いよいよ日本国は戦争のできる国へと第一歩を踏み出そうとしています。くだんの息子さんに「あかんやろ」と言われないように,われわれ大人の踏ん張りどころを迎えました。こんどこそ「火の粉」がふりかかってくる話です。黙っているわけにはいきません。なにはともあれ,まずは,できるところから行動を起こすしか方法はありません。

 くだんの息子さんには,はがき一枚でいいから,官邸にむけて「集団的自衛権,それはあかんやろ」と書いて送るよう提案します。そして,友達にも声をかけて,その輪を広げていってください,と。沖縄では基地反対闘争には親子で参加し,小学生も中学生も,壇上に立って声明文を読み上げています。それが当たり前の風景になっています。本土ははるかに立ち遅れています。これからでも遅くはありません。できるところから,まずは,行動を起こしましょう。

(未完)。

5月15日はなんの日?「おんぶにだっこ」のヤマトンチュのほとんどの人は知らない。

 「沖縄の人に会ったら,抱きつきたい」と去るシンポジウムのコメンテーターをつとめた和田春樹さんが発言され,以後,ずーっとこのことばがわたしの耳の奥で鳴り響いている。和田さんの真意がどこにあったのかはわからない。コメンテーターとして与えられた時間があまりに少なかったために,要点だけを語り,語りきれなかった思いのすべてを総括するようにして,わたしの結論は「沖縄の人に会ったら,抱きつきたい」,と発言を締めくくったのだ。

 だから,和田さんのこの発言は,聞く人によってそれぞれ受け止め方が違うようだ。現に,和田さんのこの発言を聞いたあとの,他のシンポジストの発言は微妙にすれ違っていた。それはともかくとして,では,お前はどのように受け止めたのか,とみずからに問いかけ,みずから確認しておくことが肝要だろう。

 1972年5月15日,沖縄が本土に復帰。そのときの沖縄県民の願いは「本土並み」になること。つまり,米軍政下の支配から解き放たれ,日本国憲法に守られ,基本的人権が保護され,かつ,軍事基地負担から解放されること。これが「本土並み」の中味だ。最小限,これだけは実現されるはずだ,とこのときの沖縄県民は夢を描いた。それから42年目の今日(5月15日)になっても,事態はなにも改善されない。それどころか,事態はもっと悪化しているというのが現実だ。1972年当時は日本全体の59%だった米軍基地が,いまでは74%に増大している。おまけに基地移転問題に対する沖縄県民の意志は完全に踏みにじられ,日本政府は前倒しをして工事着工をもくろんでいる。こんな悲惨な状態におかれている沖縄の現状にたいして,本土の人間は「見て見ぬふり」をして知らん顔。自分たちも負担すべき米軍基地の74%も沖縄に押しつけて知らん顔。だから,5月15日がどういう日であるかも知らない。知ろうともしない。

 かくして,沖縄県民は「本土」の人間に見切りをつけ,沖縄独立を視野に入れた新たな試みをはじめている,という。たとえば,沖縄独立学会は「日本国は琉球国から独立すべきだ」という声明文を明らかにしている。この逆説的な表現がなにを意味しているかは明らかだろう。日本国はいつまでも琉球国に凭れかかったままで,甘えているんではない。さっさと独立せよ,と。

 こうした経緯をみるだけでも,わたしは琉球の人たちに「おんぶにだっこ」までしてもらって,安穏な生活を享受してきたではないか,といたく反省する。その琉球の人たちが日本国の人たちに見切りをつけて独立を模索するとなったら,日本国のわたしたちはどうすればいいのか。そのとき,困り果てて,はじめて路頭に迷うことになる。

 そうして悩み,苦しんでいるときに,琉球の人に出会ったら「抱きつきたい」と衝動的に思うだろう。そうして,日本国を見捨てないで,と。わたしは,和田春樹さんのことばを,こういうコンテクストのなかで受け止める。

 去るシンボジウムのコメンテーターのお一人の方は,「沖縄の人に会ったら,だっこしてあげたい」と言い切った。おやおや,この人はなにを勘違いしているのだろうかと思いつつ,ひょっとしたら,琉球の基地をすべて本土で引き受けてやろうではないか,とでも言いたかったのだろうか,などと想像している。

 5月15日。少なくとも,この日だけは沖縄のことを本気で考える日にしたい,と念じている。ましてや,忘れることがあってはならない,と肝に銘じておきたい。
 

2014年5月15日木曜日

『街場の五輪論』(内田樹,小田嶋隆,平川克美著)を読む。残念。

 もう,内田樹さんの「街場」ものはいい,と思っていましたが,「五輪論」となれば見過ごすわけにもいかず,とりあえず,さっと読みました。大きな活字で,余白もいっぱい。3人の友情あふれる馴れ合った関係がまるみえの「雑談」。

 ひとことで感想を言わせてもらえば,本にすれば「売れる」,という単純な発想の企画でしかありません。じつに安易で,いい加減なお話がほとんど。鼎談のなかでは,オリンピックが商業主義に毒された単なる金儲けでしかない,だから,東京での五輪開催に反対だ,とこき下ろしながら,自分たちもまったく同じことをやってらっしゃる。その自己矛盾にも気づいていないとしたら,この人たちももう「おわっ」ですね。

 でも,さすがに内田樹さんは,ほかの二人のどうでもいい「雑談」にはほとんど参加せず,大事なポイントに入ってくると,いつもの切れ味鋭い「街場」論を展開しています。が,その部分があまりに少なく,いったいこの企画はなんだったのか,と首を傾げてしまいます。編集者の手抜きなのでしょうか。それとも計算されつくした企画だったのでしょうか。それにしても,なんでもいいから出せば売れる,という安易な発想がまるみえの企画。それにやすやすと便乗してしまった内田さん,いささか恥ずかしい。

 もっとも,この程度のレベルの低さで本にするからこそよく売れる,という利点もあるのでしょう。それにしてもこんなことで「東京五輪論」を片づけられてしまったのでは困ります。これではほんとうの意味での「街場」の陰口でしかありません。もうほんの少しでもいい,「街場」でもこのくらいのことは論じているんだよ,という程度の激辛の論評を展開してくれてもよかったのではないでしょうか。これでは3人の論者が眼をつむって象のからだをなぜまわし,それぞれがその感想を述べているにすぎません。で,いったい,象とはなにか,という肝心要の話が欠落しています。

 つまり,五輪の本体をなすものは「スポーツ」です。そのスポーツそのものが五輪という一大イベントの名のもとで,時の権力者たちによって都合のいいように歪曲され(ときには嘘で固められ:under control ),金儲けと政治のために好き勝手に利用されていることがもたらす弊害についてはなにも語られてはいません。つまり,この人たちにとっては,スポーツなどはどうでもいいのでしょう。そして,「東京五輪」という文化装置がここにきて目障りになってきたので,それを遠巻きにして,高みの見物よろしく,まさに無責任な「街場」の長屋談義を展開しているにすぎません。

 わたしの主張したいことは以下のとおりです。
 「いま」という時代に,この「日本」という場で生きているわたしたちにとって,スポーツとはなにか。もっとわかりやすく言えば,「3・11」以後を生きるわたしたちにとってスポーツとはなにか。さらには,沖縄基地移転問題をはじめ,尖閣諸島をめぐる日本の一方的な領有権主張の問題(「実効支配」の原則にもどすべし),これらと無縁ではない集団的自衛権の行使の問題,憲法9条をめぐる解釈改憲の問題,等々と直面しているわたしたちにとってスポーツとはなにか。その他のことは省略します。こうしたきわめて困難な問題を抱え込んでいる「いま,現在」の日本にとって,そして,東京にとって「スポーツ」とはなにか,その具現である「五輪」とはなにか,を問うことが喫緊の課題ではないか,というのがわたしの言い分です。

 もし,五輪がほんとうの意味での「平和運動」であると考えるならば,五輪招致委員会(もうすでにお役が終わりましたが)や東京五輪組織委員会,日本スポーツ振興センター,文部科学省,そして,それらをバックアップしている日本政府,そして東京都は,なによりも「憲法9条」死守を,世界に向けて宣言すべきではないか。それこそが五輪精神を体現し,東京で五輪を開催することの意義ではないか,と。

 もう,これ以上は書く必要はないでしょう。いま,日本は国を挙げて(財界と政界),戦争ができる国へと舵を切っています。そして,この動向に歯止めをかけることのできる政治勢力も存在しません。メディアもだんまり。学界もだんまり。国民もだんまり。つまりは,どこもかしこもみんな「自発的隷従」。そして,ほんのわずかな良識ある人びとが声を挙げると「国賊」よばわり。こんなにも狂ってしまった国情の中で,いま,わたしたちは生きていかなくてはならないのです。

 まるで「裸の王様」よろしく,国のトップが精神に異常をきたすと,その異常が正常となり,正常が異常となってしまいます。いまの日本の姿は,わたしの眼には,そんな風にみえてきます。いまこそ,振り出しにもどって,仕切り直しをしないといけません。

 「五輪論」を語るのであれば,スポーツとはなにか,という原点に立ち返って議論をはじめなくてはなりません。その意味で,いまこそ,東京五輪を考えるための啓蒙活動(たとえば「スポーツ教育」)が必要です。その原点は,「スポーツは平和のシンボルである」ということにつきます。つまり,スポーツは戦争を否定し,その対極に位置づく文化です。ですから,戦争の歯止めとしての,スポーツの存在意義を誇示していくべきです。

 いまこそ,スポーツ界は一致団結して,声を大にして「平和」を訴えるべきです。東京五輪を成功させる最大の鍵は,東京から「戦争反対」と「平和推進運動」のメッセージを発信していくことです。それを目指さないかぎり,わたしは東京五輪開催には反対です。

 このことを,このテクストの読後感として強く思いました。その意味では立派な反面教師的役割をはたしてくれる・・・と言うことも可能でしょう。

ぜひ,本屋さんでの立ち読みをお薦めします。斜め読みで結構ですから。
 

2014年5月14日水曜日

『週刊新発見!日本の歴史』(朝日新聞出版,通巻45号)に「2000年歴史絵巻・スポーツ」の解説文を寄せました。

 毎週火曜日に発売される『週刊新発見!日本の歴史』(朝日新聞出版)という冊子があります。A4サイズよりもひとまわり大きい贅沢な冊子です。その通巻45号が今日(5月13日)発売になりました。この号の巻末に「超ワイド・2000年歴史絵巻・スポーツ」という年表と図版・キャプションと解説が5ページ分,綴じ込まれています。この企画の監修を依頼されましたので,全体の構想をチェックしながら,その「解説」を書きました。


 もう少し精確に書いておきますと,まず最初に,この企画(スポーツ2000年)の構成を担当された十枝慶二さんから相談がありました。そこで「スポーツ2000年」を描くためのいくつかの重要なポイントについて確認をしました。その上で,年表と図版・キャプションは十枝さんが担当,それを監修者であるわたしが校閲をし,全体をまとめる「解説」を書きました。

 わずか5ページ分のスペースに「スポーツ2000年」を概観しようというのですから,かなり大鉈をふるわなければならない,大胆不敵な仕事になりました。しかし,十枝さんはわずかな時間の間に,相当数の資料を読み込み,全体の枠組みをよく理解された上で,素晴らしい構成をし,その内容を埋めてくださいました。

 ちなみに十枝さんはフリー・ライターでスポーツ,教育,サイエンスを得意領域とされています。なぜ,スポーツなのか,と伺ってみましたら,なんと京都大学相撲部のご出身とのこと。ですから,いまも,大相撲の取材をしながら相撲の原稿を書いていらっしゃいます。当然のことながら,わたしとは最初の打ち合わせのときから意気投合してしまいました。この仕事に一区切りついたら,反省会を兼ねてこころゆくまで相撲談義をしましょう,ということになっています。

 それにしても,フリー・ライターという肩書で生きている人の力量には驚かされました。ほんの短時間の打ち合わせで,もののみごとに勘どころを把握し,それに沿って「スポーツ2000年」の構成を立ち上げてしまうのですから。わたしが何十年もかけて,ようやく到達できた展望を吸取紙のように吸収して,それを「かたち」にして提出してくれるのですから。

 その意味で,今回はとてもいい勉強をさせていただきました。
 わたしの解説も,2000字そこそこの分量。題して「自己を超え出る経験。これぞスポーツの醍醐味」。いつものわたしの持論を圧縮して文章化してみました。一般読者のことを念頭において,十枝さんが取り組んでくださった図版・キャプションを引き合いに出しながら,大胆な仮説を提示してみました。例によって,スポーツの始原から伝統スポーツ,そして近代スポーツへの跳梁,さらに現代スポーツが直面している問題点の指摘まで,欲張って書いてみました。

 どこぞの書店でご笑覧いただければ幸いです。