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2015年10月7日水曜日

TPPにストップを。齋藤美奈子さん「あっぱれ」。

 今日(10月7日)の東京新聞・本音のコラムに拍手。こんな小さなスペースのなかに,TPPを考えるための肝を暴き出した齋藤美奈子さんに「あっぱれ」といいたい。すなわち,所詮は「強者の論理」だ,と。

 「犠牲は弱いところに行く。戦争も経済戦争も。」

 なのに,朝日も毎日も日経も,いわゆる「全国紙各紙は一様に祝賀ムードだ」という。なんというジャーナリズムの怠慢というべきか。もっと本気で取材をし,本気で分析していけば,TPPの本質がどこにあるのか,こんなことは容易に見定めができるはずだ。しかし,そのような努力をしようとはしない。あるいは,問題の本質を見極めているにもかかわらず,自発的にアベ政権に「隷従」しているというのだろうか。だとしたら,情けない。

 その点,齋藤美奈子さんはおみごと。TPPは「経済戦争」だと見切っている。

 
そうなんです。TPPは「経済戦争」なんです。言ってしまえば,アメリカン・スタンダードを環太平洋諸国にまで拡大して,支配してしまえ,ということです。もっと言ってしまえば,フリードマンの新自由主義による世界支配の環太平洋版,そのひとことに尽きる,とわたしは考えています。

 SNS情報によれば,2012年6月14日(木)の段階で,ニューヨークの独立放送局Democracy Now!によって、このTPPの問題点はみごとに暴き出されていました。ロリ・ウォラック氏(市民団体パブリック・シチズン代表)はつぎのように指摘しています。

 「これは貿易協定ではない。企業による世界支配の道具です。1%の富裕層が私たちの生存権を破壊する道具です。」

 つまり,TPPは「ドラキュラ」のようなもので,太陽の光にさらせば溶けてなくなってしまう,すなわち,TPPの実態を多くの人が知れば反対する人が続出する,というわけです。あるいは,「トロイの木馬」で,見せかけと中味はまったく別物だ,というわけです。しかも,一度,決めてしまったらもはや後戻りはできない,という意味で「セメント」だともいわれています。

 こうした主張はいまも根強く残っていて,世論を二分するほどの大きな議論がアメリカでは沸き起こっている,といいます。そして,最近になって,TPPに反対する議員の数が過半数を越えたのではないか,とする観測もなされているほどです。ということは,アメリカの議会が,このTPPを否決する可能性があるということです。

 なのに,日本の全国紙は「祝賀ムード」だというのです。そのノー天気ぶりが恥ずかしいばかりです。これでは,日本列島は,この「経済戦争」に巻き込まれて「沈没」していくこと必定です。その危機感は,むしろ地方紙の方にある,と齋藤美奈子さん。

 こうなったら,わたしたち国民の出番です。強者の論理に対抗して,弱者の論理を立ち上げ,闘いを開始することです。すなわち,「戦争法案」と「TPP協定」とをセットにして,どちらも廃案・脱退を実現させる政権の誕生をめざして,新たな運動を展開していくしか方法はありません。

 TPP=Trance-pacific partnership=環太平洋パートナーシップ協定,またの名を「環太平洋戦略的経済連携協定」ともいう。

 この協定に参加している国は,太平洋を取り囲むチリ,ペルー,メキシコ,アメリカ,カナダ,日本,ブルネイ,ベトナム,マレーシア,シンガポール,オーストラリア,ニュージーランドの12カ国です。はたして,これらの国のすべてがこの協定を結ぶことに賛成する(議会の議決を得る)ことができるのかどうか,しかと見極めていくことにしたい。

2015年5月27日水曜日

ラジオ体操ってなんだ? 号令ひとつで日本人がみんな同じ動きをはじめる,世にも恐ろしい文化装置?

 締め切りのきてしまっている原稿をいくつも抱え込みながら,悶々としながら無為の日々を送っています。そんなときは,街中を歩きながらも原稿のことが頭から離れません。

 そんな原稿のひとつに,「ポスト・グローバル化社会におけるスポーツ文化を考える」というのがあります。仮のタイトルは「スポーツ文化の脱構築」となっていますが,同じ趣旨であればタイトルの変更は可能です。大きなタイトルが与えられていますので,その中でなにを主題にするかが迷いのもとになっています。

 抽象論をもっともらしく論じたところで,そんなものはほとんどなんの意味もない,といまは考えるようになっていますので,新たな手法をみずから見出さなくてはなりません。なぜなら,ポスト・クローバル化社会の問題を考える上では,近代のアカデミズムの手法はもはやなんの役にも立たない,いな,むしろ,その呪縛から脱却しなければならない,と考えるようになったからです。つまり,グローバル化という現象そのものが,まさに,ヨーロッパ近代の論理の諸矛盾の帰結にすぎないということがはっきりしてきたからです。ですから,それに代わるべき新たな論理が必要になってくるというわけです。

 ついでですので,もう少しだけ踏み込んでおきましょう。ヨーロッパ近代の論理とは,別の言い方をすれば,理性中心主義であり,近代合理主義ということです。もっと違う言い方をすれば,科学的合理性を最優先させる考え方です。その結果,人間の「命」の問題がどこかに棚上げにされたまま,科学技術と経済的合理性(とくに,フリードマンの新自由主義)が,社会を国家を,そして世界を支配することになってしまいました。そして,とうとう「命」よりもお金が大事という支配階層が圧倒的な力をもつことになってしまいました。

 この結果が,まあ,言ってしまえば,グローバル化社会というわけです。そのグローバル化社会を超克するポスト・グローバル化社会を想定するには,グローバル化社会をもたらした論理を,一度,御破算にして,初手から論理を組み立て直す必要があります。その論理はどのようなものなのか,そして,それをスポーツ文化論という土俵で語るとしたら,どうなるのか,ここが大問題となります。これをことばで言うとしたら,金よりも「命」を大事にする考え方,ということになるでしょう。

 この視点から,近代スポーツ競技というものをもう一度,初手から見つめなおしてみますと,とても面白い世界が浮かび上がってきます。それらを一つひとつ,具体的な例を挙げて語っていけば,近代合理主義という考え方が含みもつ諸矛盾についてとてもわかりやすく,説得力のある文章が書けるはずです。では,なにを,その具体例として取り上げればいいのか,ここがポイントとなります。

 こんなことをぼんやりと考えながら街中を歩いていましたら,ひょいと,いいアイディアが浮かんできました。それがラジオ体操でした。

 ここでは詳しいことは省きますが,ラジオ体操は,号令をかければ,あるいは,伴奏音楽を鳴らせば,日本人であれば,みんななんの矛盾を感ずることもなく一斉に同じ運動をはじめます。このラジオ体操という文化こそ,近代合理主義が生みだした典型的な産物のひとつです。しかも,日本人であれば,小学校に入学と同時に教えられ,体育の授業の準備運動として,全国津々浦々にいたるまで浸透しています。ですから,大人になってからも,伴奏音楽がなり始めれば,もう自動人形のように体操をはじめます。

 ラジオ体操の歌にもありますように,朝早く起きて,新鮮な空気を胸いっぱいに吸って体操すれば,みんな笑顔になって元気がよみがえる,と信じて疑いません。子どものときから長年にわたってそのように「刷り込まれて」いますから,なにも考えることなく(思考停止のまま),無批判に,そのすべてを容認しています。そして,ラジオ体操のすべてが「善」なるものだと信じて疑いません。つまり,上意下達のための,みごとなまでの優れた文化装置になっています。

 そして,すぐにわたしの頭に浮かんだことは,権威ある人の発言にはきわめて従順に従う国民性の根幹を構築しているのは,ひょっとしたら,ラジオ体操ではないか?ということでした。少なくとも,日本近代の時代精神を構築し,それを支える上で大きな貢献をしてきたことは間違いない,と言っていいでしょう。

 このことにはたと気づいたとたんに,わたしの頭はフル回転をはじめました。そうだ,ポスト・グローバル化社会におけるスポーツ文化を考えるとは,ラジオ体操を批判的に超克し,それに代わるべきまったく新たな体操文化を構築することに他ならない,と。それは,純粋に近代の合理性,すなわち,科学的合理主義や数量的効率主義に支えられたラジオ体操ではなく,そこに「命」を吹き込むための「非合理」性をどのようにして復権させるか,それが問われることになる,と。

 もっと,わかりやすく言ってしまえば,ピノキオのような「関節人形体操」(Gliederpuppenturnen )に,「命」を吹き込み,生きた人間のための運動(Bewegung )を復権させること。

 このさきは,依頼されている原稿の方で展開してみたいとおもいます。今日のところは,そのアイディアの一端のご披露まで。

2013年11月12日火曜日

NHKクローズアップ現代「「日本スタイルを世界へ 銭湯や健診を輸出」をみて,おやっ?と思う。

 ちょうど我が家の夕食どきとNHKのクローズアップ現代の時間が重なるので,この番組はよくみています。むかしは,いつも感心してみていたものですが,最近,どうも,ちょっと奇怪しいのではないかと思うことが多くなってきたように思います。その理由は三つあります。一つは,話題への光の当て方,批評性がわたしとは大いに異なるからです。もう一つは,ゲスト・スピーカー(専門家と言われる人たち)の人選が偏っているから(つまり,NHK好みの人ばかり),というのがあります。三つ目は,問題の本質を意識的にか無意識的にか隠してしまう傾向がつよいから。

 今日(11日)のテーマは「日本スタイルを世界へ 銭湯や健診を輸出」。かんたんに言ってしまえば,日本の生活文化をアジア諸国に輸出して金儲けをしよう,というお話。取り上げられていたエポックは,銭湯(中国),健診(チベット),食文化(インドネシア)。一見したところ,文化的で平和的で,なんの問題もない,長い将来にわたって採算の合う,とても健全な輸出産業という,ごくふつうの話に聞こえます。しかし,ただ,それだけの話だろうか,とわたしにはザラザラしたなんとも後味の悪い印象が残りました。なぜだろうか,と考えてみました。

 日本の銭湯が中国でいま人気だ,とのこと。映像をみるかぎりでは,日本でもひところ流行した「スーパー銭湯」。それよりもワン・ランク・アップした上等の銭湯のようです。値段は,日本円にして約2000円。けして安くはありません。ところが,家族連れで,続々とおお客さんがやってくるという。中国もお金持ちが多くなったので,それもわからないではない。お客さんは,とても衛生的で,お湯も透き通っていて,気分は最高,と絶賛です。まあ,このあたりの映像をみているかぎりでは,別に問題もなさそうなので,いいとするか,と余裕。たかがお風呂の話ではないか,と。

 つぎは,健診。日本でいう健康診断用のバスをチベットの奥地にまで送り込んで,健康診断をするという話。日本の徳島県の医療機関がチベットと提携して,この健診バスを送り込み,健診結果を日本の医療機関に送り,日本で診断して,その診断結果をチベットに送る,というシステムです。映像をみるかぎりでは,わざわざ病院にまで行く必要がないので,とても助かる,という声が多い。僻地医療としては,まことに便利で,しかもインターナショナルな医療システムとしても注目に値する,と。まあ,そんなものなんだろうなぁ,とまだ余裕。

 三つ目の食文化の話題になったときに,おやおやっ?とわたしのなかに疑問が一気に頭をもたげてきました。インドネシアの食生活は栄養管理が不十分なので,栄養のバランスのとれた日本の食文化を産業として売り込み,成功しているというのです。その手始めとして学校給食の日本システムを持ち込み,十分な栄養管理と食・味覚のインターナショナル化を計る,というのです。つまり,子どもたちの味覚をコントロールしておけば,将来的に日本の食文化や味覚が確実に定着する,というのです。だから,じつに儲かる産業だ,とコメントされます。

 このあたりから,わたしの頭のなかに,なんとも空恐ろしい構図が浮かんできて,いらいらとし始めます。なぜなら,わたしたちの世代は敗戦後のアメリカの占領政策のなかで小学校生活を送っています。そのもっとも大きな影響は,学校給食です。それも,いまの学校給食ではありません。アメリカからの支援物資として大量の脱脂粉乳が配給され(戦争産業の一つとして生産されていた脱脂粉乳が終戦とともに大量に余ってしまったので,その処分として持ち込まれたものだ,という話がある),毎日,昼食は脱脂粉乳とパンでした。

 その基本的な考え方は,日本の食文化は栄養不足だから,脱脂粉乳を飲んで栄養を確保しよう,というものでした。少なくとも,そのように教えられ,むりやり脱脂粉乳を飲まされました。わたしは,意外にも,脱脂粉乳を抵抗なく飲むことができましたが,なかには,どうしても飲めなくて泣いている子も少なくありませんでした。先生は,絶対に残すな,と厳命です。

 いま,考えてみれば,アメリカの食文化の押しつけです。そして,それはもののみごとに成功し,アメリカ産の食品がつぎからつぎへと日本に押し寄せてきます。戦後民主主義教育は,わたしのからだに刻まれた記憶によれば,食文化のアメリカ化からはじまりました。その結果,日本の食文化は大きく変化することになりました。つまり,食文化のインターナショナル化です。いまでは,世界中の食文化が日本を席巻しています。そして,伝統的な日本食の文化は片隅に追いやられてしまっています。

あれほど栄養価が低い,と批判された日本食が,いま,アメリカではもっともバランスのとれた食文化であるとして推奨されているといいます。そんな話を耳にするにつけ,栄養学という学問を,わたしはあまり信じられなくなっています。栄養は科学で計算できる,という神話はわたしの中では崩れつつあります。それと同じことが,いま,インドネシアで日本が行おうとしているのです。

 つまり,欧米コンプレックスの裏返しとして,東南アジアを上から目線で支配しようという,戦前の大東亜文化圏の構想と,わたしにはそっくりそのまま二重写しに見えてきます。言ってしまえば,日本の食文化・味覚による植民地化です。

 もっと言ってしまえば,銭湯も健診バスも食文化・味覚も,日本発のグローバル・スタンダードの押し売りでしかない,ということです。「科学的」,「医学的」というスローガンにもっとも弱い「健康,栄養」という領域に,脅し文句とともに乗り込む新手の植民地主義をそこに見届けることができます。しかも,これらが「平和的」で長期的展望に立つ「採算のとれる」ビッグ・ビジネスではないか,とこの番組では結論づけていました。

 NHKさん,ほんとうに大丈夫ですか。もっと問題の所在を掘り下げて,しっかりとした番組を制作してもらわないと困ります。制作担当者が,なにも知らないで,こういう番組を制作したとしたら,それはそれで問題ですが,知っていてこのように番組を制作したとしたら,もっともっと大問題です。どうも,そんな匂いがしてならないのですが・・・・。
 

2013年5月10日金曜日

史上初のグローバル世界をつくったのはキリスト教・聴講生レポート・その5.

 世界をひとつのまとまりとして考えはじめたのは,いつからなのでしょうか。そして,それはどういう人たちだったのでしょうか。という問いかけから,第5回目の講義がはじまりました。今日もまたわたしの意表をつく,驚くべき視点からの話の展開になりました。それは,まさにわたしの蒙を啓かれるような,感動的な経験でした。

 まずは,一番,わたしのからだに響いてきた,きわめて重要だと思われるところから書いておきたいと思います。

 アプリオリにひとつの世界があると考えた人たちは,キリスト教徒たちです。この人たちにとっては『聖書』の世界がすべてでした。つまり,世界は神がつくった領域であり,ひとつの完結したものであり,その世界の外にはなにもない,と考えていました。神がつくった世界全体は,人間の経験領域とはまったく別の世界を意味していました。その世界は人間には計り知れない広いひろがりをもっているけれども,それらは有限であると同時に,その境界はあいまいである,とも考えられていました。

 こうしてキリスト教徒たちは,神がつくりたもうたものとして,アプリオリに世界を思い描いていました。そして,それが世界のすべてである,と。ですから,新大陸が発見されたとき(キリスト教徒の側からすれば「発見」,先住民からすれば要らぬお節介),ヨーロッパに住むキリスト教徒たちは驚天動地の経験をさせられることになりました。なぜなら,聖書に書いてないことが起きたからです。その結果,世界認識と聖書の記述との間に大きな齟齬が生じることになります。それ以後,キリスト教の権威が大きくゆらぐことになります。

 かくして,アメリカ大陸は,キリスト教世界の<外>に忽然とその姿を現します。言ってしまえば,コロンブスという一介の船乗りがインドに到達したと思ったら,キリスト教のいう世界の<外>に飛びだしてしまった,というわけです。グローバル世界を思い描いてきたキリスト教徒のなかから,もうひとつのグローバル世界を導き出すという珍事が起きると同時に,キリスト教的世界観をゆるがし,その権威を失墜させるという,とんでもない事態が引き起こされることになりました。

 その結果,なにが起きたのか。それまでのキリスト教世界では,『聖書』による神学的支配が厳然としていましたから,なにかもめごとが起きても,それを解決するための「最後のことば」はローマ教会から発せられ,それに従うことによって一件落着という経緯をとるのが,当たり前のことでした。しかし,そうはいかなくなってしまった,という次第です。

 別の言い方をすれば,神学的理念のもとで世界が生まれ,グローバリゼーションが生まれたにもかかわらず,そのグローバル化の衝撃によってキリスト教の権威が崩壊するという,自縄自縛というべきか,自分で自分の首を締めるようなことが起きたというわけです。

 こうしたことが引き金となってプロテスタンティズムの運動が盛んになり,ついには,100年戦争とも呼ばれる宗教戦争がはじまります。いつはてるともなくつづく戦争に人びとはほとほと嫌気がさしてきます。

 そうして,神の名による戦争は止めよう,という考え方に呼応するようにして主権国家体制が誕生します。つまり,現世的利益が優先するシステムを編み出します。ローマ教会にとって代わって,世俗の王権=国家(state=ある状態)が登場します。そして,世界を決定する言説も,キリスト教の『聖書』から法律へと移行していきます。つまり,神学的支配から政治的支配への移行です。こうして,神の手の内にあった人の生は,神から国家へと移譲され,やがて,ナショナリズムへという流れを生み出します。

 こうして,こんどは宗教戦争に代わって,主権国家同士の利害をめぐる戦争が登場してきます。いわゆる近代戦争のはじまりです。戦争となれば,いわゆる兵糧の調達が喫緊の課題となります。そして,どれだけの兵糧を確保できるかが,戦争の勝敗の分かれ目になってきます。こうして,国家のカネのやりくり,すなわち,political economy が重要な課題になってきます。アダム・スミスの『国富論』やジェームス・スチュアートの『政治経済学原理の研究』などの著作が登場するのも,こういう背景からです。そして,国家から分離した「自由競争」にゆだねられた「経済」が活性化していくことになります。

 それが,こんにちの「経済至上主義」を生み出し,フリードマンの新自由主義を標榜する「経済」によるグローバリゼーションが世界を席巻することになります。

 以上が,世界の「神学的支配」,「政治的支配」「経済的支配」の三段階についての,大急ぎのスケッチというわけです。

 ここに書き記したことは,わたしがスポーツ史やスポーツ文化論を考えていく上で,不可欠と思われることがらを優先しています。この他に,じつは,一神教とはなにか,ということについて懇切丁寧な解説がありました。この日の講義の半分以上は,じつは,この一神教の話に終始していました。なぜなら,この一神教によるグローバリゼーションの問題が,いま,わたしたちが「世界」を考える上で不可欠だからです。

 わたしの関心事とつなぎ合わせておけば,こんにちの市場経済は,ついに,わたしたちの身体までをも金融化していく,つまり,身体が商品として市場経済の手に委ねられていく,眼を覆いたくなるような現実の進みゆきは,こうした一神教的世界観を無視して考えることはできない,という事情があります。

 ですから,今回の講義は,わたしにとっては,なにからなにまで,きわめて重い課題についての深い思考に裏付けられた素晴らしい講義であった,とからだのなかにずしんと落ちてきました。ありがたいことだと思っています。しばらくの間は,わたしのからだの中を唸り音が鳴り響き,駆けめぐることになるでしょう。至福のとき。

 取り急ぎ,今日のところはここまで。

2013年4月18日木曜日

人間はことばを話すことによって行動を組織していく生きものである。聴講生レポート・その2.

 今日(16日)は聴講生の第二回目。先週は第一回目ということもあって,ことしの講義計画の全体の見取り図を総ざらいするお話でした。が,いよいよ今日から各論に入りました。N教授の弁舌もしだいに熱を帯びてきました。それにつれて,学生さんたちの聴く姿勢の集中度も高まっていくのが,肌をとおしてつたわってきます。教室の中がひとつになっていくのが伝わってきて,坐って聴いているだけなのに,とても心地よい。まさに,今日の講義の大きなテーマのひとつである「人間がことばというメディアと同化していく」という,そのプロセスを受講生全員が同じ経験を共有しているその快感といえばいいでしょうか。

 N教授のこの授業は,二つの学部の学生さんに向けて同時開講されていて,それぞれ異なる講義題目になっているけれども,それぞれに単位を認定することになっています。その講義題目のひとつは「戦争とメディア」です。

 そこで,まずは,メディアとはなにか,というところから話をはじめましょう,とN教授。まずは,これから展開していく講義の「足もと」を固めておきましょう,というわけです。こうして,メディアの語源や概念についてひととおりお話があったのちに,そのメディアのなかでもっとも大きな枠割をになっているのが「ことば」である,と。

 そして,人間はことばを話すことによって行動を組織していく生きものである,と大きなテーゼを提示。わたしたちはことばをとおして世界というものの輪郭やパースペクティーブを獲得していきます,と。つまり,ことばをとおして人間と世界の関係をつくっていく。たとえば,名前をつける,対象や事物を規定する,つまり,世界を切り取る,という作業をする。こうして,お互いに経験を共有することができるようになっていく。(このあたりのところを,わたしはジョルジュ・バタイユのいう内在性から人間性への<横滑り>という仮説を思い浮かべながら聞いていました。そして,ことばは言霊でもあったはずなのに,どうして魂が抜け落ちていくのだろうか,などとも考えながら。)

 ところが,ことばはわれわれの自由にはならない。ことばは自分ではつくれない。生まれたときから聞こえてくるものであって,そのことばを身につけるということは,ことばがからだに刻まれることであり,ことばの回路にからだを合わせていく,つまり,ことばというものは圧倒的受身のもとにあるものだ,というわけです。

 こうして,N教授は,認識論や存在論ということばをひとことも用いることなく,人間が世界を認識する仕組みや,人間が世界のなかに存在することの様態について,さまざまな事例をとりあげて説明をしていきます。そうした一つひとつを全部ここで紹介することはできませんので,わたしにとって印象に残った話題の概略だけをとりあげてみたいと思います。

 わたしたちはことばによって造形される,つまり,人になる,というところからはじまるN教授のお話はわたしにとっては強烈な印象を残しました。人間はことばをとおしてものを考え,ことばを用いて表現していきます。そのとき,日本語でいう人間と,英語でいう人間は,大枠においては同じ意味であるけれども,厳密にいうと,そこには意外におおきな差異がある,というわけです。たとえば,英語では人間は単数で抽象的に存在するもの(the man,humankind)として考えられています。が,日本語では,人間とは「じんかん」であって,もともとは「世のなか」を意味していて,それは「世間」と同じ意味でした。つまり,複数的存在として考えられていました。「人になる」ということはそういうことなのだ,と。

 ということは,ヨーロッパ語で世界を考えることと,日本語で世界を考えることとの間には相当に大きな差異がある,ということになります。しかし,ヨーロッパの世界化のはじまり(15世紀)とともに,様相は一変していきます。言ってみれば,それは「世界史」のはじまりでもあります。その波は日本にも押し寄せてきました。19世紀半ばには西洋化の波に日本が取り込まれていく,あるいは,進んで西洋を取り込もうとしていきます。いわゆる,日本の近代化のはじまりです。

 このとき,日本はなにから始めたかといいますと,「ことばの総とりかえ」,すなわち,「翻訳」という作業にとりかかります。幕末・明治にはヨーロッパからいろいろのものが日本に移入されてきます。たとえば,産業に関するもの(兵器,機械,カメラ,など)をはじめ,社会の制度・組織,憲法や法律,技術・知識・学問,などなにからなにまでヨーロッパから移入されてきます。そして,このとき,わたしたちの眼に見えるものはなんとか理解できます。つまり,視覚化できるものは,比較的容易にそれを受け止め,消化・吸収していくことができました。しかし,眼にみえないもの,概念で理解するものは容易ではありませんでした。そこではヨーロッパ語を日本語に「翻訳」するということが不可欠となりました。ですから,日本の西洋化は翻訳からはじまります。

 こうして,翻訳とはどういうことなのか,というお話がひとしきりありました(細部は割愛)。その翻訳の最後の総仕上げともいうべき,ヨーロッパの哲学をどのようにして日本に移入したのか,という話になりました。哲学こそヨーロッパの抽象概念で塗り固められた知の体系です。井上哲次郎は,まずは,哲学の日本語の語彙を増やすことから着手します。中江兆民もルソーの『社会契約論』を日本に紹介しますが,翻訳することは不可能(語彙がない)なので,内容を意訳することになります。こうして,哲学の領域ではたいへんな苦労が重ねられていきます。

 そうして,ヨーロッパの哲学用語の概念を十分に咀嚼した上で,それらの概念をベースにして哲学を日本語で語った最初の哲学者が西田幾多郎だ,というわけです。その処女作が『善の研究』というわけです。こうして,日本語で哲学するという営みがはじまります。これは画期的なことでした。

 しかし,そこには大きな落とし穴が待ち受けていました。ヨーロッパの哲学が日本人の前に解き放たれると,こんどは,自分たちで勝手に理想的な概念を構築して,他者を受け付けない自閉した思想運動が持ちあがってきました。それが,大東亜共栄圏という考え方でした。この思想は,西田幾多郎による哲学の解放と同時に,自閉する哲学をも可能とする鬼子のようなものとして時代の寵児となります。その結果が,第二次世界大戦への突入という,大きな悲劇を生むことになったことは周知のとおりです。

 ここから,いよいよ,この授業が佳境に入るな,と期待したとき,無情にも終わりのチャイムが鳴りはじめました。「戦争とメディア」のひとつの論理的帰結が,このさきに待っていたはずです。たぶん,つぎの授業は,このつづきから入ることになるのでしょう。それを楽しみにしたいと思います。

というところで,第二回目のレポートは終わりです。

2013年4月14日日曜日

TPP日米事前合意,アメリカのいいなり。「日米地位協定」を廃棄するどころか,さらに補完・強化するもの。それが「国益」だと?!

 拙速ということばがあります。開けてびっくり玉手箱ということばもあります。開いた口がふさがらないということばもあります。茫然自失ということばもあります。これらのことばを全部掻き集めてきて,だんごにしてまるめて表現しても言い尽くせない,このやるせなさ。もはや,なにをか況や・・・・というところです。

 おれのところの車には関税をかけてはならない。しかし,お前のところの車には関税をかける。しかも,可能なかぎり「後ろ倒し」で継続する。こんな小学生でもわかる「不平等協定」を丸飲みにしてまで守らなくてはならない「国益」とはなにか。

 この理屈の根源には,おれのところは「核」をもつ,しかし,お前らは「核」をもってはならない,という不平等きわまりない「核拡散防止条約」が国際社会で承認されている,という「力の論理」がある。しかも,それがまるで「正義」であるかのごとく,国際社会(これがいかさま以外のなにものでもないのだが)を闊歩している,という現実があります。

 言ってしまえば,軍事力に支えられた経済強国の言い分をどこまでも貫いていこうとするのが「グローバリゼーション」の本質。

 わたしたちが取り組んでいる研究テーマのひとつ「グローバリゼーションと伝統スポーツ」(この研究テーマの継続研究として立てた「ポスト・グローバル化社会におけるスポーツ文化を考える」)も,こうした軍事力に支えられた経済強国の「スポーツ文化」による世界支配(グローバリゼーション)の企みを見破ることに力点をおいています。

 ですから,4月8日のブログで書きましたように,「TPP参加交渉からの脱退を求める大学教員の要望書」に署名をし,支援を呼びかけました。この段階で,すでに,一方的な不平等協定を強制されるということが自明のことと予測できたからです。しかし,その実態は,今回の「日米合意」で明らかにされたように,わたしたちの予測をはるかに上回るものでした。こんな,とんでもない「合意」をしてまでTPPの会議のテーブルにつく必要性はどこにもありません。

 あるとすれば,尖閣諸島,竹島,北の核に対する備えをアメリカに依存しなくてはならないからでしょう。しかも,そのつけを沖縄に被せていこう,というのですから言語道断です。尖閣諸島は「40年」にわたる日中友好条約の日本側の一方的破棄にはじまるものであること,竹島はすでに実効支配されてしまうまでの外交の無策にあること,北の核はだれも止めようがないこと(正当な理由はない),をもっと真っ正面から議論すべきだとわたしは考えています。しかし,政府与党をはじめ国民が一丸となって,これらの「自分たちにとって都合の悪い話」には蓋をして,目先の利益だけを合理化する方向に突っ走っています。もっとも大事な燐国との友好を無視して,それどころか「敵対」までして,その力及ばざるところをアメリカに縋りつく,というまことにみっともない日本の姿が浮き彫りになってきます。その結果が「日米地位協定」です。

 そこから脱出するのはかんたん。尖閣諸島は「棚上げ」にもどす(河野洋平さんの主張に同意),竹島もしばらくは「棚上げ」(国際法廷での決着を,韓国には求めて拒否され,中国からの求めに日本は拒否する,というとんでもない自己矛盾をひた隠しにしている事実をもっと議論すべきです),北の核はもっと外交交渉を密にして不信感を払拭すること(孤立させないこと,制裁を加えれば加えるほど「核」のカードを利用するしか方法がない),こうしてもっとも重要な燐国との友好関係を深めていくこと,ただ,それだけです。そうすれば,アメリカの一方的な不平等協定に「自発的隷従」をする必要もないし,憲法9条を改訂して再軍備し,カネと命を無駄にする必要もありません。戦争までする覚悟をもつのであれば,そのカネと命の代償を燐国との友好推進に使えばいい,これがわたしの持論です。

 小学校の教室のなかで,からだがもっとも大きくて,喧嘩の強いボスが,おれはナイフを持つ,しかし,お前らはナイフを持ってはならない,ということがもし実際に起きたとしたら,どうしますか。これは,わたしの小学校時代に実際に起きた話です。当時,同級生のなかではもっとも背の低い3人のうちの一人だったわたしは,その対応策を考え,実行しました。それは,全員がナイフをもつこと,でした。ボスには内緒で,一人ずつ説得をしてナイフを隠しもつことにしました。そして,過半数を超えたところで,ボスとその取り巻きに告げました。「ナイフは全員がもつか,あるいは,全員が放棄するか,とちらかだ」と。ここからいろいろの確執がはじまりましたが,最終的には,だれもナイフは持ち歩かない,というところに落ち着きました。これが利害・打算を超えた純粋な子どもの論理です。先生にも,親にも,内緒でした。(核抑止力ならぬ,ナイフ抑止力の実践でした。)

 アメリカは「核」をもっていい,しかし,イラクは許さない。こんな馬鹿げた理屈のために,どれだけ多くの貴重な命が犠牲になったことでしょう。そして,イラクは,いまもその破綻状態に苦しんでいます。アフガニスタンも同じです。テロリスト批判も同じです。世界でもっとも大きなテロリスト集団はアメリカです。その強いテロリストが弱いテロリストを一掃しようとしているたけの話しです。しかも,それが「正義」の名のもとに展開されているのですから。これまた開いた口がふさがらない,という次第です。

 しかし,すべてはそこからはじまっています。そのことをここでは強調しておきたいと思います。それらを視野に入れない議論は,たんなるまやかしにすぎません。しかし,多くの人はメディアの流す情報に左右されてしまいます。しっかりしてほしいのはメディアです。

 TPP(環太平洋連携協定)は,お互いの関税を撤廃して,完全なる自由貿易をめざすはずだったのではないか。にもかかわらず,そのリーダーであるアメリカが,日本に対して,その基本理念を一方的に無視した条件を提示し,それを実行に移そうとしています。こんなことを黙って見過ごしてはなりません。どこからでもいい,できるところから行動を起こすしか方法はありません。その最後の決め手は「選挙」です。しかし,その「選挙」が頼りない(憲法違反)。もう,ほんとうに,原点に立ち返って,0(ゼロ)からやり直すしかないのでしょう。情けないことですが,それが,いま,わたしたちの眼前に広がっている現実です。

 だからこそ,いま,わたしたちは目覚めなくてはなりません。その矛盾に気づかなくてはなりません。その意味で,とても大事な時代を生きている,ということです。しっかりと考えて,行く末を見極めたいと思います。

2013年4月10日水曜日

今日(9日)から学部学生の授業の聴講生となりました。新入生の気分。感動。

 今日(4月9日)からT大学の聴講生になりました。N教授の許可をえて,学部学生さんの授業にもぐりこんで,これから一年間,聴講させていただくことになりました。今日はその第一日目。記念すべき日です。とても新鮮で,感動しました。

 N教授は,もともとはバタイユやレヴィナスといったフランス現代思想の研究者としてスタートを切りました。が,やがて,ドグマ人類学の提唱者ピエール・ルジャンドルと親交を結び,生身の人間を軸に据えた思想・哲学へと思考を深めていきます。そして,人間の生存の基本条件・仕組みを明らかにすべく経済や政治や宗教の領域に踏み込み,みずからの思考を展開してきた人です・・・と,ここまで書いてみましたが,とてもこんな紹介では収まらないことに気づき,わたしの方がたじろいでしまいます。なぜなら,N教授の守備範囲は,「死」とはなにか,宗教論,戦争論,世界史論,メディア論,身体論,医療思想史論,舞踊論,絵画論・・・・という具合にとてつもなく広いのです。そして,最近では,グローバル・スタディーズという看板を立ち上げて大学でのひとつのポジションを確立して,仕事をなさっています。

 別の見方をすれば,ヨーロッパ近代が生み出したアカデミズムの硬直化した思考の枠組みの外に飛び出して,アカデミックな分野を超越した,インターディスプリナリーな,新たな知の構築を目指している,といえばいいでしょうか。もっと言ってしまえば,知のための知の呪縛から解き放たれた,生身の生きた人間のための知のありようを探求する,ということになるのでしょうか。わたしには,そんな知の営みのようにみえてきます。その到達点のひとつが「グローバル・スタディーズ」ということになるのだろう,と。

 これだけでは,まだまだ,N教授の研究者としてのスタンスを紹介できてはいませんが,それはお許しいただくとして,そんなN教授が学部の学生さんに向けて,どんな話をされるのか,わたしにはとても興味がありました。そうしたら案の定,驚くべき話題から,この授業の導入の話をはじめました。その概略を紹介してみますと以下のようです。

 わたしが小学生の高学年のころに「即席ラーメン」なるものが商品として登場しました。その味はとても新鮮で,いっぺんに「即席ラーメン」のとりこになってしまいました。しかし,この登場したばかりの即席ラーメンには化学調味料がふんだんに用いられていました。しかも,その化学調味料のなかには一部,遺伝子を傷めてしまうものがふくまれていたというのです。そして,この「即席ラーメン」が好きで,こればかり食べつづけていた知り合いの女の子は20歳そこそこで癌を発症し,あっという間に死ぬ,ということが起きました。

 ちょうど同じころに,中性洗剤なるものが登場します。汚れがよく落ちるというので,あっという間に各家庭のなかに浸透していきました。しかし,この中性洗剤なるものも,初期のころのものは悪性の化学薬品が多くふくまれていて,やはり遺伝子を傷つけることになりました。こちらは,常時,使用することによって徐々にわたしたちの体内に侵入してきました。

 この「即席ラーメン」と中性洗剤は,あっという間に世界中に広まっていきました。その結果,わたしたちの世代のからだはともかくとしても,わたしたちの子どもたちの世代には遺伝子異変と考えられるアトピーやアレルギーが急増することになりました。

 この因果関係については,一時,大きな話題になりましたが,あっという間にこれまた話題にならなくなってしまいました。なぜなら,当局により,メディア・コントロールがなされ,闇のなかに追いやられてしまった,というわけです。

 こんにちの「即席ラーメン」(いまでは「インスタント・ラーメン」)や中性洗剤は,毒性のある化学薬品は極力抑えられている(基準の範囲内)といいますが,その実態はあまり定かではありません。なぜなら,これらの製品のテスト結果はメーカーの提出するデータを,役所が確認するだけですから,あまり信用はできません。いま,問題になっている原発の安全テストの仕組みをみれば明らかです。電力会社の提出するデータのみです。

 わたしたちの生存の条件は,このようにして,あちこちからガンジガラメにされていて,ここから抜け出すことはできません。これが,グローバル世界を生きるわたしたちの生存の基本条件です。なぜ,こんなことになってしまったのか,そこから脱出するためにはどうすればいいのか,そういうことを考えるための養分を提供するのがわたしの役割です。

 とまあ,こんな風に切り出して,ケミカル汚染世代,社会の二極化,政治と経済の違いはなにか,グローバリゼーションを支えている論理はなにか,Politicsとはなにか,市場経済とはなにか,なぜ軍事力が求められるのか,医療や生命科学の問題,臓器移植とはなにか,iPS細胞とはなにか,といった問題の所在をひととおり総ざらいしていきます。そして,これらの問題をトータルに考える研究領域,それが「グローバル・スタディーズ」だというわけです。

 その上で,いま,求められていることをひとことで言うとすれば,「魂」化すること,つまり,「魂」を呼び戻すこと,すなわち,アニメート(animate)することだ,と。このひとことは,わたしにとっては衝撃的なひとことでした。

 こうしたことがらについて,来週から,きちんと章を立ててお話をします,というところで今日の授業は終了でした。

 来週からは,許可を得て,ボイスレコーダーを用意して行こうと考えているところです。こんなに中味の濃い授業を,ただ,聞き流すだけではもったいない,何回もリピートして思考を鍛えなくては・・・と思案中。

 以上,今日のところはここまで。

2012年10月24日水曜日

大相撲の「巡業ちゃんこ」が廃止されていた・・・とは。

 日馬富士が二場所全勝優勝を飾って,めでたく横綱となったのに,メディアは意外にも冷やか。それどころか日馬富士バッシングの記事さえ,大新聞の誌面に躍っていたことさえあります。担当記者の記名入り記事もありましたので,いずれ,具体的に「名指し」で批判を展開してみようと密かに計画中です。

 今日は,偶然にも予想外の時間が空いたので,かねて購入してあった『相撲』10月号(ベースボール・マガジン社刊)をめくって楽しんでいます。もちろん,日馬富士の特集といってもいい「秋場所決算号」です。この号を買わずして日馬富士ファンとは言えません。表紙の見出しも,大きな文字で「日馬富士 満願成就」とあり,やや小さく「2場所連続全勝優勝で平成8人目の横綱誕生へ」とあります。そして,表紙の写真は,いうまでもなく日馬富士が羽織袴でどっかと座り,大盃を前に,右手で大きな鯛を掲げ,後援者に囲まれてにっこり笑っているものです。この号は,久しぶりにわたしの宝物として「永久保存版」となりそうです。

 この雑誌の中に,連載漫画が載っています。「琴剣の相撲のす」第16回巡業ちゃんこ,と標題がついています。この漫画によりますと,「人員削減,経費削減のため,平成7年の春巡業から廃止になった」とあります。ところが,去年のある巡業地で,白鵬関が昼食時にどうしてもちゃんこが食べたい,と世話人の人たちに頼んでつくってもらって食べたことがあるそうです。それを見た親方衆が「やっぱり巡業はちゃんこ鍋が合うよなぁ」と絶賛していたそうです。そんなこともあってか,今年の春巡業中に,ちゃんこの炊き出しを2回行ってみたところ,力士たちの評判はすこぶるよかったとのことです。

 漫画の内容は,こんな話題を切り出しに,むかしの巡業ちゃんこの思い出をたどっています。むかしのお相撲さんの中には,巡業ちゃんこの美味しそうな話に誘われて,それが動機になって弟子入りした人もいるとか,ちゃんこの食材の買い出しから後片付けまでの苦労話,などが描かれています。

 巡業ちゃんこを廃止して,では,お相撲さんの昼食はどうしているのかと思ったら,仕出しのお弁当が配給されているというのです。巡業先といえば屋外での食事です。青空のもとで仕出し弁当を食べているお相撲さんは絵になりません。むかしの巡業ちゃんこは,「その土地のうまいもの,刺身,酢の物,焼き肉,フライ,サラダなど,和洋中と品数にして10種類以上という豪華版!!別名・青空レストランと呼ばれるほど楽しみな食事でした」ということです。

 「人員削減,経費削減」が理由,と漫画には書いてありましたが,そうだろうか,とわたしなどは首を傾げてしまいます。なぜなら,人員削減・・・・ちゃんこ鍋は新弟子さんたちの仕事だったはず。新弟子が集まらなくて人手が足りない,ならわかります。ならば,兄弟子たちも手伝えばいいはずです。経費削減・・・・これも納得いきません。仕出し弁当といったって,お相撲さんの食べる弁当はふつうのサイズではないはずです。だとしたら,相当に高価なものになるはずです。たぶん,単純に経費を計算したら,ちゃんこの方が安上がりのはずです。しかも栄養満点です。

 そこには,漫画でも描けない内緒の事情があるのではないか,とわたしは想像しています。その事情とは,丁寧に説明しないと誤解を招く恐れがありますので,ここでは残念ながら割愛させていただきます。でも,あえて抽象的に書いておけば,以下のようではないか,とわたしは推測しています。

 つまり,日本相撲協会が,大相撲文化というものをどのように考えているのか,そのうちのなにを継承し,なにを改善していくべきと考えているのか,という基本的な理念を欠いている,ということです。巡業ちゃんこは,大相撲文化を支える重要な柱のひとつだ,とわたしは考えています。しかし,その巡業ちゃんこを継承するだけの力がなくなっている,そこに大きな問題点が象徴的に表出しているのではないでしょうか。

 たかが「巡業ちゃんこ」の存廃ぐらいで・・・と言われるかも知れませんが,わたしはすこぶる重要な問題がそこには隠されていると考えています。大相撲という伝統文化が,グローバル化という大きな波に洗われているうちに,伝統文化としての重要なエキス(旨味)がどんどん削ぎ落とされていく,そのあとには形骸化した形式(骨)だけが残る,その典型的な姿をみる思いがします。

 今日のところは,総論程度にして,各論については,これから折をみて展開してみたいと思います。本気で考えてみたいと思っています。

2012年10月16日火曜日

スポーツがグローバル化するとはどういうことなのか。

「アフター国際セミナー」を終えて,昨日(15日)一日中,その余韻に浸っていました。なぜなら,ようやく大きな山場をひとつ越えて,また,新たな知の地平が広がりはじめたからです。こうなったら,積み残しになっていた「第2回日本・バスク国際セミナー」での西谷修さんの特別講演のテープ起こしをしなければなりません。その講演のタイトルは「グローバル化と身体の行方」というものです。そして,このタイトルのなかの「身体」の内実は,伝統スポーツであり,近代スポーツ競技に焦点を当てたものなのです。これを文字化・文章化しておかないかぎりは,つぎなる議論を展開することはできない,とピンとくるものがありました。

本来ならば,8月のセミナーが終わったらすぐにテープ起こしにとりかかり,すぐにも,みんなで議論をする予定だったのですが,どこかエアーが抜けてしまって,後回しになっていました。そして,とうとう「アフター国際セミナー」にも間に合いませんでした。情けない話です。それが,昨日になって,にわかにやる気が起きてきて,午後からとりかかって一気に仕上げることができました。こんなことなら,もっと早くにやるべきだった,と後悔。

この西谷講演の内容は,多岐にわたるものですが,大きくは「グローバル化の3段階」「グローバル化の特質」「身体の自由と商品化」」「国民国家による身体の統合」「スポーツのグローバル化」「スポーツの感動とはなにか」「スペクタクルとしてのスポーツ」「スポーツの未来」くらいにまとめることができるでしょうか。このブログでは,「グローバル化するスポーツ」の問題を西谷さんはどのように分析しているのか,ということの主要なポイントについて書いてみたいと思います。

スポーツがグローバル化するとはどういうことなのか。これをひとことで言うとすれば,伝統スポーツのもっているバナキュラーで,マージナルな要素をすべて削ぎ落してしまい(脱魔術化/マックス・ウェーバー),近代合理主義のもとに合理化(ルール化,数値化,規格化,など)し,最終的には無色透明なもの,すなわち,中性化してしまうことだ,ということになります。つまり,ローカルな土着性や,非合理性をすべて削ぎ落してしまい,だれにも共有できる合理性だけをひたすら追求し,痩せ細ったスポーツの形骸化した部分だけがグローバル・スポーツとして生き残る,というわけです。その典型的な例が,ロンドン・オリンピックのときの「柔道」(JUDO)というわけです。

別の言い方をすれば,文化的・精神的な要素はすべて排除してしまい,どの国のだれが観ても理解できる要素だけが,グローバル・スポーツとして認知されるというわけです。そして,スポーツをこのような方向に導く原動力となったのは,産業社会であり,テクノ・サイエンス(科学技術)であり,経済原則だ,と西谷さんは強調します。ですから,グローバル・スポーツを支えるアスリートたちの身体は,極限まで鍛えられ(スポーツ・サイエンス),まるでサイボーグ化した身体そのものとなり,ついにはドーピングに手を染めることになります。トップ・アスリートの身体は,いまや,最先端のテクノ・サイエンスに支えられた「機械」そのものと化しています。ですから,オリンピックは,その「機械」の性能テストを公開し,世界一の「機械」を選別するための一大スペクタクルへと変化・変容していくことになりました。

こうして,スポーツは完全なる商品として,経済の流通のなかに組み込まれていくことになります。ですから,グローバル・スポーツのつぎなる淘汰は,観客を動員し,テレビの視聴率を稼ぎ,いかに利潤をあげるか,という点に絞られてきます。テニスも柔道も,世界選手権に出場する権利を得るためには,世界連盟公認の大会にひっきりなしに出場して,いい成績を残し,一定のポイントを稼がなければなりません。いまや,トップ・アスリートたちは骨身を削って,休む暇もなく,連戦しなければなりません。まさに,立派なスポーツ労働者です。ですから,商品価値の高い選手たちは,たとえば,サッカーの選手たちに顕著なように,世界中で取引の対象とみなされています。

こうなりますと,「神よ,いずこへ」(クォ・ヴァディス)ではありませんが,「スポーツよ,いずこへ」と問わざるをえません。とりわけ,アスリートたちの身体はどうなっていくのか,が気がかりです。しかも,グローバル・スポーツをささえている,その身体が,現代世界のテクノ・サイエンスや経済の潮流の最先端を担っているのですから。

西谷さんが提示した結論のひとつは,スポーツする身体は,なにかの目的(金銭,名誉,地位,など)のために酷使されるべきものではなくて,からだを動かすこと自体に大きな喜びや感動を覚えるものであり,それこそが人間が「生きる」という根源にあるものではないか,と指摘されます。そして,いま一度,人間が「生きる」ということはどういうことなのか,という根源的な問いに立ち返ることが重要ではないか,と。そのひとつの重要な示唆を与えるものとして,シモーヌ・ヴェーユの『根をもつということ』を取り上げています。現代社会を生きるわたしたちは,まさに,「根無し草」のように,宙をさまよっている孤独な人間ばかりだ,というわけです。スポーツもまた,伝統スポーツの保持していた,豊穣で,豊かな文化性を「根こそぎ」にされ,無色透明な,中性化したものへと突き進むことによって,グローバル・スポーツとしての地位を確保し,安心立命しようとしているかにみえます。しかし,そこには,スポーツの未来はありません。

グローバル化するということの,スポーツにおける実態は,このようなものではないかということを西谷さんはわたしたちスポーツ史・スポーツ文化論を研究している者たちに向けて,強烈なメッセージを発信してくださいました。もちろん,ここでは書き切れない,もっともっと細部にわたる分析にも,西谷さんの視線はとどいています。わたしたちは,この講演をひとつの指針として受け止め,さらなる思考の深化に努めたいと考えています。

この講演については,いずれ,「21世紀スポーツ文化研究所」の研究紀要『スポートロジイ』に掲載させていただく予定です。そうなれば,もっともっと広く,関係のみなさんとともに議論ができるようになるのではないか,と楽しみにしているところです。

それでは,今日のところはここまで。

2012年8月25日土曜日

柔道のグローバル化に欠けていたのは「外交力」。選手たちを責めてはならない。

 ロンドン・オリンピックで男子柔道が惨敗。その責任問題が持ち上がっている。篠原監督は「すべてわたしの責任」といって,自分が金メダルを逃したときと同じ姿勢を貫いている。現場の監督としてはそういう態度をとる以外にはない。しかし,個人が腹を切ればそれで問題が解決するかといえばそうではない。

 一部の報道によれば,コーチの数を減らしたために選手の指導が十分に行き届かなかったとか,厳しいスパルタ式稽古により選手たちと指導者たちの間に亀裂ができていたとか,いろいろともめていたかのような話が多い。しかし,選手や監督・コーチを責めてはならない。みんな必死で頑張ったのだから。少なくとも「篠原体制」でいくと決めた段階で,柔道関係者のこれまでの経験と叡智が結集され,必勝パターンを模索した結果なのだから。

 問題は,柔道がJUDOになってしまった,その経緯にあるとわたしは考えている。

 いま,国際柔道連盟には日本人理事はひとりもいない。すべてが,外国人。それもヨーロッパ系の人が多い。この人たちが集まって,柔道を議論し,ルール改正(改悪?)をしてきた。今回のジュリーなどという制度をつくったのも,日本人理事のいない理事会だった。つまり,国際的な柔道の主流は,日本人の手から離れ,外国人の手にゆだねられてしまったのだ。だから,いまや完全なJUDOへの道をまっしぐら,という体制ができあがってしまっている。(※山下理事の落選以後)

 なぜ,こんなことになってしまったのか。

 柔道を世界に正しく伝えるための「外交力」の不足。

 もっと簡単に言ってしまえば,外国語の話せる柔道指導者を養成してこなかった,ということ。もっと言ってしまえば,いま,現役のトップ・クラスの選手たちに外国語の話せる選手がどれだけいるのか,ということだ。

 国際試合で闘うには,ただ柔道が強いだけでは駄目なのだ。ゴルフの選手たちをみれば明らかだ。国内試合では強くても外国にでるとさっぱりだ,という選手がほとんどだ。そして,外国語がある程度話せるようになって,ようやくその実力を発揮できるようになってくる。プロ野球の選手たちだってそうだ。外国にでて,実力を発揮できる選手には共通したものがある。長谷川投手が早くから英語で記者会見をしていたり,サッカーの中田選手はイタリアではイタリア語で記者会見をし,イギリスに移籍すれば英語で記者会見している。柔道の選手たちにその例をみた記憶がない。

 柔道でいえば,日本の看板ともいうべき山下泰裕選手(現・東海大体育学部長)だって,現役を引退してからイギリスに2年間ほど留学している。だから,英語はかなり達者なはずである。しかし,国際柔道連盟の理事として,会議をリードするほどの英語力はなかったらしい。だから,理事二期めの選挙では落選している。もちろん,その他にも理由があったらしいが・・・・。

 いずれにしても,これまでの柔道の国際試合では,その判定がデタラメだったというのは,よく知られている事実である。当初はとくにひどかった。柔道をよく知らない協会の幹部が審判員として派遣されてくることが多かったからだ。その傾向はいまも払拭されたとはいえないらしい。今回のロンドンでの柔道の判定をみていればよくわかるように。

 ことしのロンドン・オリンピックでは,27億円をかけて日本選手団をサポートする「マルチ・サポート・システム」が機能して,それが大きな成果をあげる一因になった,と聞いている。そのなかには,もちろん,通訳も雇われている。しかし,通訳は日常生活のサポートには役に立つとしても,試合会場での「抗議」には役立たない。現場の抗議には瞬発力が必要だ。間髪を入れずに,気合の入った抗議をしないかぎり,相手にしてはもらえない。ここには,通訳の出番はない。

 今回の判定が逆転したときにも,最初の判定がでた瞬間に,篠原監督がスタンドから吼えていた映像が映し出されていた。あれを,選手をサポートしていたコーチが,即座に英語で抗議することが必要なのだ。そのシーンは残念ながらテレビ観戦では確認できなかったが・・・・。それでも,どこかからの抗議を受けてジュリーが動きだしたのだろう(これは推定)。

 男子柔道の今回の惨敗は,日本の柔道界がこれまで怠ってきた積年の「外交努力」の不足の総決算にすぎない,とわたしは考えている。そこから立て直さないかぎり,日本の柔道は国際社会から消え去り,JUDOだけが世界を一人歩きをしていくことになる。すでに,そうなってしまっているのだが・・・。その意味では「手遅れ」か。

 フランスの柔道人口はすでに日本より圧倒的に多いという。フランスの柔道の普及は,最初に乗り込んでいった日本の柔道指導者の貢献によるところが大きい,と聞いている。しかし,そのあとにつづく日本人柔道指導者については,あまりいい話は聞いていない。その壁になったのがフランス語だった。だから,フランスJUDOは一人歩きをはじめたのだ。そして,フランスJUDOが旧植民地を経由して世界に広まっていったという経緯がある(この点については,いまも精査中)。

 さて,みなさんは,どのようにお考えでしょうか。

 グローバリゼーションのはらむ諸問題を「柔道」をとおして考えてみると,とてもよくわかる。つまり,どの分野にしろ,グローバリゼーションの推進にはくれぐれも要注意,ということ。

2012年4月18日水曜日

「スポートロジイ」のすすめ。「スポーツ科学」のグローバル化に抗して。その2.

昨日のブログのつづき。その2.
世は挙げて「科学」万能主義の時代が長くつづいた。そして,多くの人びとがそれを信じた。しかし,それが単なる「夢物語」であったことは,フクシマが残念ながら証明してしまった。人間は「科学」のみで生きるにあらず。「科学」で明らかにできないところにも(こそ),人間は生きがいを見出しているのだから。しかも,そこにこそ真の「実在」が隠されているのだから。

スポーツの世界も,いつのまにか「スポーツ科学」が大手を振って歩く時代が,すでに長くつづいている。そのことは昨日のブログですでに触れたとおりである。その影響もあって,大学の教員人事もまた,スポーツ科学を専攻する人間が圧倒的に多くなった。ひとつには,需要と供給のバランスの問題がある。つまり,スポーツ科学を学びたい学生が増えていること,そして,それに呼応するかのようにスポーツ科学を専攻する若き研究者に学位取得者(博士号取得者)が激増していること,がある。だから,これはある意味で自然な流れではある。

しかし,ここには大きな問題がある。なぜなら,スポーツ哲学やスポーツ史を専攻するよりも,スポーツ科学を専攻する方が,より少ない時間で,効率的に博士号を取得することが可能である,という実態がある。たとえば,博士課程の3年間をまじめに頑張れば,スポーツ科学の分野であれば,まず,間違いなく博士号を取得することは可能である。しかし,スポーツ哲学やスポーツ史で3年間で博士号を取得することはほとんど困難である。

これは一般論で考えてみても明らかだ。最近はかなり是正され,情況は変化してきてはいるが,それでも,理科系や実験系の研究者に比べ,哲学や歴史学を専攻して博士号を取得するには,かなりの時間を要し,困難を究める。そのなによりの証拠に,思想・哲学の分野で,ある年齢に達していま活躍している研究者の多くはほとんど博士の学位を取得してはいない。その時代に博士号を取得するのはきわめて困難だったのだ。それに引き換え,理科系や実験系では博士号の取得者は圧倒的に多い。それは,学問の性格にもよるのだが・・・。

これを,別の言い方に置き換えれば,実験系の学問の方が「有用性」という点で,その研究成果の評価がしやすいという現実がある。思想・哲学などは,難解な論文を書いたところで,「だから,なんの役に立つのか」と実験系の人たちから逆襲されることがある。そして,最後には「投票」によって,博士号の審査・判定がなされる。つまり,多数決なのだ。つまり,多数を説得するロジックは,実験系の研究の方がはるかに有利であって,思想・哲学や歴史学の論文は難解であればあるほど(つまり,レベルが高いほど),支持は得られない,というアカデミズムの世界にはありえない不可解なことが,平然と行われているのが実情だ。この矛盾について,ほとんどの人はみてみぬふりをしている。つまり,すでに,実験系の審査員の方が多いということだ。断っておくが,この話は,「体育学」,あるいは「体育科学」と呼ばれる領域に顕著である,という特殊事情がある。

このことは,日本だけの現象かと思っていたら,じつは,世界的な現象であるということが,管見ながら,わかってきた。たとえば,ウィーン大学スポーツ科学研究所では,長く,哲学と歴史学を重視してきた伝統がある。そして,多くの実績を挙げてきた。しかし,ここにきて,哲学や歴史学の教授ポストの後任人事はスポーツ科学を専攻する人によって奪われてしまった。これは,直接,その当事者から聞いた話である(2003年)。

同じように,ドイツ・スポーツ大学ケルンでも,実験系(つまり,スポーツ科学)の教授ポストが増えつづけ,人文・社会科学系の教授のポストは痩せ衰えるばかりである,という嘆きを,わたしが客員教授をしていた当時の学長(社会学専攻)から直接,聞いた。しかも,ここでは,この傾向についてお前はどう思うか,と聞かれた。わたしは,即座に「哲学と歴史学を軽視するサイエンスに危機感を感じている」と応答。学長が立ち上がって「わたしもそう考えている」と言って,握手を求めてきたことを,いまも,鮮烈に思い出す。

こういう話を書き出すと際限がなくなるほどだ。
これと同じことが,いま,日本の体育系の大学で起きている。博士号を持っていない人間は大学では不要である,とまで言われた人も少なくない。だから,新しい,若い人の採用人事では学位取得が大前提になっている。となると,スポーツ科学を専攻している人間が圧倒的に有利になる。そうして,すでに,多数が「有用性」の論理を前面に押し出す実験系の教員で占められるという,わたしからすれば摩訶不思議な事態が,着々と進展している。

その結果,なにが起きているのか。トレーニング科学やコーチング科学の知識は豊富だが,哲学や歴史の教養にとぼしい体育教師やスポーツ指導者が圧倒的多数を占めるという現象が起きている。つまり,勝利至上主義を実現することが善であり,正義であると信じて疑わないスポーツ指導者が激増する,という奇態な現象が加速しつつあるということだ。勝つためには手段を選ばず,まずはなにをしなければならないか,いかに効率よく練習して,より多くの成果を挙げるか,つまり,数量的効率主義がスポーツの現場を支配することになる。しかも,このことが思想・哲学や歴史学の教養を徹底して排除する力学を構築していることにはほとんど見向きもしないで・・・。つまり,このロジックは,原発を推進してきたロジックと瓜二つなのだ。しかも,このことを,いまも気づかないで猛進しているスポーツ指導者が圧倒的に多いのだ。

こういう考え方がスポーツの世界では,ごく当たり前のこととして,支配している。そして,この考え方は近代スポーツ競技の世界的な普及とともに「グローバル化」している。しかも,注意すべきは,こうした考え方が「正義」としてまかりとおると信じてきた「つけ」が,平和の祭典であるべきオリンピック競技会が「軍隊」の力を借りなければ開催できない,という事態を引き起こしているのだ。そのことに,ほとんどの人は気づいていない。

「3・11」を通過したわたしたちは,そういう矛盾の原点まで立ち返って,根源的な問い直しをしなければならない,という貴重な教訓を身につけることになった。そうして,いたりついたわたしの結論は,「スポーツ科学」の「グローバル化」に抗して,もっと人間そのものの生き方からスポーツの存在理由を問う「スポートロジイ」という新たな「学」を立ち上げ,検証することに全力を傾けるべきだ,というものだ。

このテーマについては,これからも繰り返し,事例を変えて,議論の素材を提供していきたいと考えている。今回は「その2.」ということで,ひとまず,ここまで。

2012年4月16日月曜日

「スポートロジイ」のすすめ。「スポーツ科学」のグローバル化に抗して。

「スポーツ科学」がいま世界を席巻している。ロンドン・オリンピックの年を迎えてますます元気がいい。まるで,スポーツ科学がスポーツの競技力を向上させる最大の功労者であるかのように,メディアを賑わしている。しかし,なにか勘違いをしていませんか。

選手たちの競技力を高めていく上での最大の功労者は,コーチであり,監督です。つまり,現場の最先端で指導に当たっている当事者たちです。にもかかわらず,この選手たちと日々,直接指導に当たっている監督・コーチを差し置いて,スポーツ科学者なる人たちが,なにかといえば,テレビの画面にすぐに顔を出す。だから,一般の人たちは「科学」は凄いと短絡的に受け止めてしまう。しかし,それは大いなる間違いなのである。

競技をするのは選手自身です。選手が「その気」になるかならないかは,科学の力ではありません。監督・コーチはもとより,それ以外の家族や友人やご近所の人びとも含め,精神的・物質的にさまざまな支援をしてくれている人びとの熱い思いが,選手自身の志と結びついたとき,選手は「その気」になります。しかも,選手の志を支える「信念」がしっかりしていなくてはなりません。この「信念」とは,思想・心情であり,広い意味での人生哲学です。もっと踏み込んでおけば,信仰であり,哲学です。ここが選手の強い意思を構成する「核」となる,とわたしは考えています。

こういうメンタルな,数量化も合理化もできない,非合理な側面からのサポートが選手たちにとっては大きな支えとなります。これが立派なアスリートを育成していく上で,もっとも重要な要素であるとわたしが考えています。しかし,このもっとも重要な要素はスポーツ科学の研究対象からは消去されてしまいます。なぜなら,科学的に計測したり,数量化して,客観的な因果関係を明らかにすることは不可能だからです。つまり,スポーツ科学は,こうした非合理的な要素をすべて排除・隠蔽している,といっても過言ではありません。

にもかかわらず,スポーツ科学は素晴らしいという。わたしからすれば「想定外」の,あまりに高い評価を受けています。これはいったいどういうことなのでしょうか。答えは簡単です。だれの眼にもみえるもの,数量化できるものを抽出して,その因果関係を説明してみせるからです。それはとてもわかりやすいからです。しかし,眼にみえない,計測できないもっと重要な要素はすべて消去されているという事実については,ほとんどの人が気づいていない,ということです。この問題については,一度,とことん問題を洗いざらい明らかにする必要があると考えています。が,ここでは,ひとまず,ここまでとしておきましょう。

このような書き出しをしたということには,じつは,わたしなりの思い入れがあります。スポーツが勝利至上主義にからめ捕られていくことに対する許しがたい憤りがわたしのなかにあるということ。そして,生身のからだを生きる人間にとって「スポーツとはなにか」という根源的な問いも答えもなしに,ただ,勝てばいい,というところに収斂されていくこんにちのスポーツ観に対する徹底したアゲインストがわたしのなかにはある。

勝てばいい,というスポーツ観が圧倒的多数を占めているために,では,勝つためにはどうすればいいのか,ということが一番のテーマとなる。そして,勝つための部分的要素をとりだしてきて,その要因をもっともわかりやすい数量的合理主義のもとに明らかにするスポーツ科学が熱烈歓迎されることになる。しかし,それが「部分」の証明であって,全体の証明にはなっていない,ということが忘れられている。のみならず,その「部分」が,いつのまにやら「普遍」へと短絡していく。

ここに大きな落とし穴がある。が,ほとんどの人はそれに気づかずに,スポーツ科学がこう言っているということに絶大なる「信」をおく。近代社会を生きる人間は科学的合理主義に弱い。みんな「丸飲み」にして,それを信じてしまう。だから,部分的証明がいつのまにか全体的真実へと転化していく。そのことに気づかない人間が圧倒的多数を占める。それが,こんにちの現実そのものを写し出している。(じつは,「原発安全神話」もまったく同じ手法のもとで意図的・計画的に形成されてきたものである,ということに注意を喚起しておこう。)

それではいけない。この隘路からなんとかして抜け出さなくてはならない。そのためにはどうしたらいいのか。考える。もう,ずいぶん前から考えつづけている。なんとかしてここから脱出することが肝要だと信じて。そのためには,スポーツ科学に代わるべき受け皿を用意しなくてはならない,と。そうしてわたしの頭のなかからでてきたアイディアのひとつが「スポーツ学」である。それを,あえて,「スポートロジイ」(Sportology)と置き換えて,あらゆる過去のしがらみから解放された,まったく白紙の,自由な発想の,自然科学に偏らない、思想・哲学はもとより,人類学や歴史も含めたトータルな学問領域を想定している。このスタンスこそが,21世紀のスポーツ文化を考えていく上で,しかも,「3・11」後を生きるわたしたちのスポーツ文化を考えていく上で,必要不可欠である,とわたしは確信している。

かくして,「スポートロジイ」(Sportololgy)の構想やその可能性については,すでに10年以上も考えつづけている。日本語にすれば「スポーツ学」。まだ,広く認知されているわけではない。しかし,こころある一部の人びとは,そこはかとない予感に導かれるようにして,「スポーツ学」という新しい学問の可能性を探りはじめているのも事実だ。が,だれもその具体的なイメージを語ろうとはしない。そろそろ,だれかがやらねばならない。もっとも切実感をもった人間がとりかかることになるのだろう。

それが,どうやら,わたしの使命となりつつある。そんな予感が次第に強くなる。そうした思いに突き動かされるようにして,わたしは,いま,『スポートロジイ』と銘打った研究紀要を発行しようとしている。題して「スポーツ学」事始め。

この稿はエンドレスになってしまった。際限がない。しかも,時間切れ。ひとまず,ここで終わりにしておく。このつづきは,また日を改めて書くことにしよう。

2012年1月9日月曜日

国技館から日本人力士の優勝額が消えた。グローバル化の必然か。

日本の伝統スポーツのひとつ,大相撲がグローバル化するとどうなるのか。この問題については,ながい間,考えつづけてきたつもり。そして,その結果が徐々に現実になって現れつつあることは,みなさんもご承知のとおり。そのうちのもっとも顕著な例は,優勝杯が,2006年初場所を制した元大関栃東(現玉ノ井親方)を最後に,外国出身の力士たちに独占されてしまっている,という事実だろう。情けない話ではあるが,これがありのままの大相撲のこんにちの姿のひとつだ。

8日(日)に初日を迎えた大相撲初場所。その会場である両国国技館には32枚の優勝額が飾られている。そこから日本人力士の優勝額が,とうとう0(ゼロ)になってしまった。そう,2006年に優勝を飾った栃東の優勝額がはずされ,新しい優勝額がそれに代わったからだ。32場所の間,日本人力士はひとりも優勝していないのである。こんな時代がくるとは,いったい,だれが予測しただろうか。でも,これが日本の伝統スポーツをグローバル化した結果の,ひとつの現実なのである。

この初場所から国技館に飾られている優勝額は,モンゴル出身の横綱白鵬が20枚,元横綱朝青龍が9枚,大関日馬富士が2枚,ブルガリア出身の大関琴欧州が1枚。ご承知のとおり,モンゴル出身の力士だけで31枚,残りの1枚はブルガリア出身の琴欧州のもの。

かつて,ハワイ出身の力士たちが大活躍した時代がある。かれらは,その巨体を生かして,馬力で勝負していた。だから,日本人力士もそこそこに対応することができた。若乃花や舞の海のような小兵でも,そのスピードとワザで対応することができた。しかし,モンゴル出身の力士たちは,そうはいかない。みごとに鍛えられた体躯は,スピードもワザも申し分なく,じつによくバランスがとれていて,いうことなしである。そこに,気力が加わる。朝青龍や白鵬の燃え上がるような闘魂は,いまの日本人力士に欠落しているものだ。

こののち,たとえば,白鵬と互角に闘える力士が,いつ,登場するかが注目の的となっている。その筆頭が,琴奨菊であり,稀勢の里であろう。大関に昇進して,いま,もっとも勢いに乗っている力士たちだ。かれらが,どこまで力をつけていくことができるのか,これもまた今場所の楽しみのひとつではある。

さて,大相撲という伝統スポーツのグローバル化については,なにも優勝回数を数えるだけでは,問題の本質は明らかにはならないだろう。しかも,大相撲の場合には,現段階では,特殊な条件(制約)もいくつもある。

たとえば,柔道のグローバル化と比較してみるとわかりやすい。柔道は,オリンピックの正式な競技種目に加えてもらうために,さまざまな努力をして,世界に普及・拡大して行った。そして,多くの支持もえて,その目的は達成された。しかし,そのことによって,柔道はJUDOに変化・変容してしまった(このあたりの説明は省略)。もはや,JUDOは柔道ではない,とさえ言われるようになった。つまり,別の競技種目が誕生したというのである。

それに引き換え,大相撲は,まったく事情が違う。まずは,大相撲を世界に輸出しようとは考えていない。あくまでも「国技」という枠組みを死守しようとしている(ように見える)。したがって,厳密な意味でのグローバル化とは異なる。ただ,力士になるための入門希望者の門戸を世界に開いている,というだけだ。そして,伝統の様式やマナーもこれまでどおり守っていこうというのである。にもかかわらず,眼にみえる優勝額に限らず,眼にみえないところでの変化・変容も,少なからず起きている。

新しい血が混ざれば,必ず,なにがしかの変化は起こる。たとえ,古い革袋のままとはいえ,新しい血はそれなりの働きをする。その実態は,きちんとした調査が必要だが,ある程度までは想像することは可能だ。もちろん,それらは「研究仮説」にとどまるのだが。

そんな眼で,ことしの初場所を楽しむのも一興かと思う。なにも,勝った,負けた,だけが大相撲の楽しみ方ではないのだから。土俵の上での一挙手・一投足のひとつひとつにも,いろいろの意味を読み取ることはできる。そうしたトータルな力士の所作の向こうに透けてみえてくるものはなにか。それを,わたしは大相撲のグローバル化という観点から楽しんでみようと思っている。

自己を超えでるような新しい期待の力士の誕生を,わたしは心待ちにしている。

2011年3月7日月曜日

グンナール監督作品『溶けてしまった氷の国は・・・・』の上映とシンポジウム(西谷修)に参加して。

 3月6日(日)12:30~17:30,東京外国語大学(多摩キャンパス)で「君はオーロラを見たか」──アイスランドの天国と地獄,というイベントがありました。主催者は,西谷修さんと中山智香子さん。とても内容の濃いイベントで,久しぶりにずっしりと重いお土産をいただきました。
 当日の配布資料のなかに,西谷さんが書いた「趣旨説明」がありますので,まずは,それを引用しておきます。これを読むだけで,西谷さんがなにを企んでいるか,ということが明々白々となります。みごとな導入になっています。
 「かつてヴァいキングが住み着いたといわれる最果ての島,氷河に覆われた火山とオーロラの国アイスランド──この国は90~00年代のグローバル化と金融自由化の流れの中で,新自由主義の処方箋に従って,’金融立国’を目指し,国ごと投機に投げ込んで一場の夢に酔ったあげく,2008年秋の世界金融恐慌であえなく’国家破産’してしまいました。
 それだけでなく,孤島ゆえに遺伝サンプルの貯蔵庫とみなされ,住民の遺伝子まで’資源’としてバイオ産業に売り渡そうとしたのです。
 漁業権から遺伝子まで,自然の恵みと歴史の産物を,丸ごと市場の濁流に投げ込もうとする天をも恐れぬこの振る舞いに,島の神々の怒りが爆発したのか,去年は氷河火山の吹き上げる噴煙がヨーロッパの上空を広く覆って航空機を麻痺させました。
 M.フリートマンの口車に乗り,グローバル経済と大国(英米)の恣意に翻弄されたこの国は,しかし今,その破綻の経験を肝に銘じ,ヴァいキング崩れの男たちに代わって政権に就いた女性首相のもと,世界秩序の内幕を暴いて物議を醸す情報サイト,ウィキリークスに拠点を提供しています。
 極北の小国であるがゆえに,グローバル世界の病理を凝縮するように身をもってあぶり出してしまったアイスランド,その’破綻’と’さ迷い’を映像化したグンナル監督を招き,その作品「溶けてしまった氷の国は・・・」を観ながら,経済の金融化から,生命の資源化,情報の民主化まで,グローバル世界の熱いトピックについて,メディア・情報の現場で活躍する方々を迎えて議論します。」
 祭りのあとの余韻に浸っているいまになっても,この趣旨説明を読むと,すべてのことがらがこのなかにみごとに凝縮して述べられていることに,いまさらながら感心してしまいます。そして,この凝縮したことば(キーワード)を手懸かりにして,昨日の映画とシンポジウムをありありと思い出しています。わたしの感想をひとくちで言ってしまえば,グローバリゼーションが含みもつ「暴力」をまのあたりにして茫然自失,というのが実感です。
 「グローバリゼーションと伝統スポーツ」というテーマで,この夏には国際セミナーを予定しているわたしたちとしては,このグンナル監督の映画「溶けてしまった氷の国は・・・・」はあまりに衝撃的でした。この映画からなにを抽出して,スポーツとグローバリゼーションの関係を分析していけばよいのだろうか,としばし考え込んでしまいました。たとえば,「経済の金融化」の代わりになるものは「スポーツの金融化」(別の言い方をすれば,「スポーツの商品化」と置き換えればわかりやすいか)の問題があろう。この問題は,もう,すでに,相当のレベルにまで進展してしまっていて,もはや引き返すことは不能というべきか。あるいは,そのことに,どこかに歯止めをかけるとすれば,どのようにして可能なのか。あるいはまた,「スポーツの商品化」をとことんまでつきつめていくと,どういうことが起こるのであろうか。こういう発想がつぎからつぎへと生まれてくる。そんな,不思議な迫力をもった映画です。
 グンナル監督は,予想したよりは若々しくて,バイタリティに満ちあふれていた。声も大きいし,張りがある。元気そのものだ。そして,アイスランドは,とてもいい国で世界に誇れる国だと信じていたが,その国家に裏切られた,という「怒り」の感情が漲っている。そして,黙っていてはなにもはじまらない。まずは,どんなにささやかなことでもいい,行動を起こすことだ,と。そして,自分たちの手で国家を変えていかなくてはいけない,と強く主張する。この断固とした姿勢が,新鮮で強烈な印象として残りました。なぜか,日本の現状が見透かされているようで,とても恥ずかしい思いがしました。わたしたちは,いったい,どうしてしまったのだろうか,と。
 それともう一点だけ触れておけば,いまごろになって,昨秋の宇沢弘文さんをお招きしての,西谷さんの仕掛けたイベントの意味が,より鮮明になってくるから不思議です。宇沢さんは,岩波新書にもなっていますように「社会的共通資本」という概念を提示して,経済の「金融化」という考え方に根底からの疑問を提示されました。そのことの意味が,これからますます多くの人びとに理解されるときがくるだろう,といまごろになって気づくわたしでした。もっと言ってしまえば,西谷さんが,経済学者の金子勝さんに注目されるのも,その延長線上にあるということも,より鮮明にわかってきました。
 というようなわけで,グンナル監督の映画をみて,それに関するシンポジウムを聞かせてもらおう,などという軽い気持ちででかけたのは間違いでした。現代の世界を見極めるための,きわめて重要な,根源的で,普遍的なテーマがそこには流れていて,その一環としてグンナル監督を招聘したということも,とてもよく納得できました。
 この映画の日本語の字幕入りのDVDは,商品にはなっていなくて,ごく少数だけ私家版としてスペアがある,というアナウンスがありました。どうしても,と仰る方にはお分けします,とのこと。イベントが終わってすぐに,西谷さんに直にお願いして,特別に分けてもらえるように手配しました。6月の東京例会の折にでも,みんなで観賞してみたい,と考えています。そのときには,西谷さんにもお出でいただいて・・・・,などとすでにつぎなる戦略を企んでいるところです。
 楽しみにしていてください。
 詳しいことは,わたしのHPの掲示板で。

2010年9月21日火曜日

アメリカ的「自由」について。西谷修・集中講義第4日目。

 西谷さんの集中講義もいよいよ第4日目。ますます佳境に入る。これまでに考えたこともない視点からの「アメリカとはなにか」という根源的な問いが,つぎつぎに繰り出される。
 まことにスリリングな時間がつづく。しかも,時間の流れが止まってしまったかと思うほど内容が多く,しかも濃い。そして,次第に<恐怖>の観念に襲われる。<アメリカ>とは,こんな歴史過程を経て成立し,その建国の理念のひとつである「自由」を当たり前のこととして,いまも実行され,それを「世界」に広めていこうとしている,というのである。この内容の全部をここで語ることはとてもできないが,その一部を紹介しておきたいと思う。
 たとえば,アメリカ的「自由」について。

 未完。のちほど。

2010年9月20日月曜日

<アメリカ>-異形の制度空間・西谷修集中講義第三日目。

 西谷さんの集中講義はますます佳境に入る。<アメリカ>という異形の制度空間がいかにして形成されてきたのか,そのプロセスを徹底的に分析していく。
 雑誌『世界』に連載されたときも,この論考はいずれ単行本になるなという予感はあったが,今回の集中講義をとおして,これはもうどうしても単行本にして欲しいと痛切に思う。それほどに内容が濃く,しかも説得力をもつからだ。こういう視点をしっかりと共有しながら,日本の将来を考え,「世界」のあり方を考えることが不可欠だと,講義を聞けば聞くほどにそう思う。
 ユーロセントリズムという考え方やアメリカニズムについて論ずる人はこれまでにも多くいた。しかしながら,たとえば,ユーロセントリズムを語る場合にも,その多くはフランス革命以後のヨーロッパの覇権争いあたりからはじまる。また,アメリカニズムを語る場合も,やはりアメリカ独立宣言(1776年)以後からはじまるものが多い。とりわけ,アメリカ独立に関しては,さも当然の権利を主張して膨大な土地をわがものとしたかのように書いてあるものが圧倒的である。だから,わたしたちはいつのまにかアメリカはイギリスからの独立を勝ち取ったのだと思い込んでいる。
 しかし,きっかけはそうであったかもしれないが,その実態はかなり違うようだ。いわゆるイギリスの重商主義(インドの負債をイギリスの植民地であったアメリカ東部海岸のイギリス人たちの税金で穴埋めしようとする政策)に反発した東部海岸に入植したイギリスの人びとが独立をめざして立ち上がり,1776年には「独立宣言」を発表して,交戦状態に入る。初めは,植民地側がかなり苦戦をしていたが,隣り合わせのフランスの植民地の人びとが加担し,さらにオランダ,スペインの植民地の人びとも参戦して,イギリス植民地の人びとを支援した。そして,ついに,81年に勝利する。その結果,83年のイギリスとの和平条約によって,正式に独立した。
 ふつうの教科書には,13のイギリスの植民地が合併して,アメリカという国家を形成した,とある。すなわち,United States of America というわけである。この場合の States とはなにか,と西谷さんは問いを発する。たしかに,最初に独立した13のStatesはイギリスの植民地であったが,やがて,独立に賛同し,独立戦争に協力したフランス,オランダ,スペインの植民地も,United States of Amerecaに加わっていく。したがって,「アメリカ合州国」の「州」は,最初の13州だけがイギリスであって,それ以後は,フランス,オランダ,スペインの植民地も加わっていく。だから,これは「アメリカ連合国」と呼ぶべき性格のものだったのだ,と西谷さんは主張する。
 しかも,この独立戦争は,いわゆる植民地が宗主国から独立するための戦争とも性質が違うのだ,と。なぜなら,アメリカ東部海岸に入植した人びとは,すべて,先住民を排除して,純粋に自分たち(ヨーロッパ・キリスト教国民=カール・シュミット)だけの植民地を構築していたからだ。つまり,イギリス人がイギリス人と戦って独立したのであり,その他のフランス,オランダ,スペインからの入植者たちもまた同じように,先住民を排除した上で,植民地を形成し,イギリス植民地と手を結び,イギリスと戦って独立を手に入れたのである。繰り返すが,先住民を徹底的に排除した上での,イギリスからの独立だったのである。もっと言ってしまえば,「アメリカ合州国」とは,ヨーロッパ・キリスト教国の「連合」体を基盤にして出発したものだ,ということだ。
 その後,フロンティア作戦を展開して,アメリカ先住民であるアメリカ・インディアンを西へ西へと追い詰めてゆき,略奪した土地に物差しで線を引いたような区画をして,「州」を増やしていく。それでも足らずか,アラスカをソ連から「購入」してひとつの「州」として加え,さらに,ハワイ諸島を併合して,ついには50州に達する。アメリカという国家は,つぎつぎに「増殖」していくことが立国以来の体質として,ついてまわっている。だから,いつ,日本が「51番目」の「州」として加えられてもおかしくはない,ということになる。あるいは,すでに,半分,アメリカの「州」になっているのではないか,とする指摘も可能となる。

 先住民であるアメリカ・インディアンはなぜ,簡単に土地を奪われ,西へ西へと追い詰められていくことになったのか。よく知られているように,アメリカ・インディアンにとって土地とは「みんなのもの」であって,だれかが「所有」するものではなかった。天与の共有の財産であって,だれかが私有財産として「所有」するという考え方はみじんもなかった。これをいいことに,入植者たちは,土地を裁判所に登記して,売買可能な物品に仕立て直してしまったのである。この登記された土地だけが法律によって守られることになった。だから,植民地政府はつぎつぎに土地を登記して,この土地を入植者たちに分け与え,農作物をつくることを義務づけた。入植者たちは土地を「所有」し,食べ物を確保できれば,当面,生きていく上での最低限の「自由」をわがものとすることができる。
 ヨーロッパ・キリスト教国民にとってアメリカという「新世界」は,土地はだれのものでもない大地が広がり,入植すれば土地を「所有」することが可能であり,努力すればあらゆる夢が叶えられる「自由」が保証される,というまさにアメリカン・ドリームそのものとしてイメージされた。そして,それをつぎつぎに実現させていった。もちろん,その陰で,先住民たるアメリカ・インディアンの生活圏をつぎつぎに奪い取る,という行為がキリスト教的「正義」の名のもとで展開されたのである。
 これが,アメリカという国家を成立させ,増殖していく上での「原理」となった。しかも,そのことが,アメリカという国家の当初から背負わなくてはならない「原罪」でもあった。その「原罪」はいまもなお解消されることなく背負いつづけている。しかも,その「原罪」をいかに覆い隠して,「正義」(聖書の名においての正義)を貫くかということに,いまも,一意専心しつづけている。だから,アメリカ・インディアンがそうであったように,テロリストをうまく演出して作り上げ,それを敵に仕立てて,総攻撃を加える。この手法はいまも変わらない。変えようがないのだ。この手をゆるめてしまうと,アメリカという国家が抱え込んだ「原罪」がさらけ出されてしまうからだ。アルカイーダはだれが育てあげたのか,考えてみれば一目瞭然だ。
 アメリカがいまやっていることは,まるで,自分で自分の首を締めているかのようにみえてくる。この方針は変えようがないので,あとは,自滅へのシナリオをひたすら歩みつづけるしかないのだろう,と西谷さんの講義を聞きながら,ひとりで妄想をたくましくしている次第である。西谷さんは,あくまでも,事実関係を丹念に洗いあげていく。その話を聞きながら,わたしの頭は勝手に,さまざまな妄想をめぐらすことになる。
 その妄想は,単純明白に,アメリカン・スポーツの成り立ちやルール,戦略や技術などにも,ストレートに直結していく。この問題はまたいつか明らかにしてみたいとおもう。この稿は,とりあえず,ここまで。

2010年9月19日日曜日

<アメリカ>-異形の制度空間・西谷修集中講義第二日。

 西谷さんの集中講義第二日目のテーマは「<アメリカ>-異形の制度空間」。これまでの一般的なアメリカ理解を根底から問い直す,というみごとな展開であった。
 この授業はまことに刺激的だった。眼からうろこということばがある。まさに「眼からうろこ」であった。わたしの理解は,『アメリカ・インディアン悲史』(藤永茂著)のレベルで止まっていたが,この講義を聞いて,なるほど,アメリカという国がいかなる歴史過程を経てこんにちの姿を形成するにいたったかがより鮮明に,しかも,根源的に納得することができた。それを知るにつけ,アメリカという国の裏側に秘められたドグマ性というものに底抜けの恐ろしさを感じ,身震いした。
 この問題を語る西谷さんの骨格となる見出し(パワーポイントによる)は以下のとおりである。
 1)「新世界」の出現
 2)「新世界」,「自由」の二つの相
 3)<自由>の制度空間
 4)<アメリカ>のグローバル化とその挫折
 5)グローバルな人口移動
 6)アメリカ化 vs. クレオール化
 このテーマは,じつは,雑誌『世界』(2008.11,12,2009.1,2.)に4回にわたって連載されたものである。これを,さらに,270分(3コマ)かけて立論の背景から,その問題点を取り上げ,熱のこもった弁舌となって,わたしたちに投げかけてくれた。しかも,1)から3)まで。つまり,全体構想の前半の半分を語ってくれたわけである。この後半は,今日(19日)のテーマとなる。
 雑誌『世界』の論考も,わたしにとっては相当に衝撃的で,ついにここまでアメリカを追い込んだのか,という印象であった。(詳しくは,『世界』で確認のこと。ちなみに,「アメリカ 異形の制度空間」と題して短期連載された4回分のテーマは以下のとおり。第1回 「二つの西洋」,2008年11月,第2回 「自由と所有権」,2008年12月,第3回 「『民主化』─拡大する自由のレジーム」,2009年1月,第4回 「底なしの『自由』に溺れて」,2009年2月。なお,受講生にはそのコピーが配布資料の一部として配布されている) しかし,雑誌の論文には,掲載上,原稿枚数に制約がある。だから,かなりコンパクトに論理を整理しなければならないので,必然的に抽象的な,あるいは,概念的な操作にたよらざるをえない。しかし,集中講義の場合には,パワーポイントをつかって必要な図像をふんだんに用いることができるし,プロジェクターをつかって映像も用いることができる。だから,雑誌『世界』で論じられたことがらに,図像・映像的な補填がほどこされ,よりヴィジュアルなイメージが加わることによって,一段と説得力を増す。だから,すでに,雑誌『世界』で読んでいた記憶が,より具体的なイメージとなって,わたしの脳裏によみがえり,強烈なインパクトとなって迫ってきた,という次第。その結果,サブイボ(奈良地方の方言でとりはだのこと)が立ち,恐怖におののく。いやはや,こういうからくりになっていたのか,と。
 ほんとうはこのことをわたしのことばに置き換えて書いてみたいとつよく欲望するのだが・・・・。変な間違いを犯したり,あるいは,誤解が生じたりすることを避ける意味で,ここでは割愛する。どうか,雑誌『世界』の方で確認してみていただきたい。その方が確実である。
 今日のところは,とりあえず,ここまで。

2010年9月18日土曜日

西谷 修さんの集中講義・第一日目。

 昨日(17日)から,沖縄国際大学大学院地域文化研究科の集中講義がはじまった。タイトルは「グローバル世界とメディアの現状」。
   西谷さんは,いつものように平常心のまま,やさしい口調で静かに語りはじめたが,その裏側にはなみなみならぬ気迫が漲っている。それがそこはかとなく伝わってくる。いいなぁ,としみじみ思う。いわゆる講演会やシンポジウムとは違って,なにせ,15コマ分の授業である。1コマが90分。ということは,全部で1350分。すなわち,22時間30分。講演はふつう90分。シンポジウムだともっと短い時間での発言になる。もちろん,これはこれで短期決戦的な,一点集中的な論旨の展開があって面白いのだが,22時間にもわたって論旨を展開する集中講義は別格だ。だから,微に入り細にわたり知の背景にまで話が食い込んでいく。なるほど,ひとつの知の体系を明らかにするために,これだけの裏付けがあるのだ,と感動の連続である。こういう話は滅多に聞けるものではない。やはり,沖縄まで追っかけてきてよかったと思う。
 配布されたレジュメや資料だけで,A4の用紙,35枚。それにパワーポイントをつかって,懇切丁寧な説明がある。その上で,映像・図像をみせながら,むつかしい話をわかりやすく展開していく。みごとというほかはない。
 西谷さんは,まず最初に,この集中講義の全体構想を明確にする。それは,以下の三つの柱である,と。
 1.メディアをめぐる問題系
 2.アメリカとはなにか
 3.自発的隷従(ボエシー)
 これらのテーマの概要をあらかじめかなり詳しく説明しながら,それぞれのテーマに籠められている重要なポイントを明らかにしていく。そして,それらはいずれもしっかりとお互いにリンクしているので,何回もくり返し,こちらのテーマからあちらのテーマへと往復運動をすることになる,とのこと。そして,このテーマを設定した背景には,①日米安保50年という節目の年であること,②沖縄にとってまたとない重要な節目の年を迎えていること(ことしこそ,これまでにない重大な年であること),の二つを強く意識した,と。
 こうして,これからはじまる集中講義の全体像を明確にしていく。なるほどなぁ,と感心しながら聞いている。このことをあらかじめきちんと解きあかすことによって,思考の共有の「場」を確保しようというわけだ。これができていれば,あとは,かなりランダムに話があちこちに飛んでしまっても,戻るべき「場」がわかっているので,迷うことなく,楽しく聞きとることができる。なるほど,集中講義への入り方まで教えてくれる。学ぶことばかり。
 考えてみれば,沖縄国際大学は,キャンパス内に普天間の米軍基地のヘリコプターが墜落して,その取り扱いをめぐって大問題になった過去をもっている。ヘリコプターが激突した建物は新しく建て替えられてきれいになっている。だから,どの建物にヘリが当たったのか確認することはできない。ただ,幹を残しただけでその他はみんな焼けてしまった黒こげの木がモニュメントとして大学正門の左側に残されている。キャンパスの外からも自由に出入りできるようになっている。その右手に,フェンスに囲まれるようにして,ヘリが激突したときの傷跡を残した壁面が一部設置されている。また,大学のキャンパスの内側にも,幹だけを残してそのさきがなくなってしまった木がロータリー風の緑地の中に立っている。しかも,その幹の周囲には,新しい芽を吹いた若葉が色鮮やかに輝いている。こうしたモニュメントをとおして人びとの記憶はつねに新たにされていくに違いない。そういう沖縄国際大学の集中講義であるということを,西谷さんは意識して,学生さんたちに「考えること」の重要性を語りかけていく。
 初日から,西谷さんは気迫を籠めて重いテーマを投げかけていく。
 これからさきが楽しみだ。