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2014年7月14日月曜日

自公の暴走路線に歯止め。滋賀県民のみなさんの良識にこころからの敬意とエールを。

 憲法を無視して閣議決定でことを運ぼうとする,こんな目茶苦茶な政権をいつまでも放置しておくわけにはいきません。しかも,戦争ごっこがしたくてたまらない坊っちゃまが宰相ですから困ったものです。アメリカ国内では飛行することすら禁止されているオスプレイを大量に購入するというのですから,もはや,御名御璽です。ここはわれわれの「民意」を行動で示すしかありません。その行動のうち,もっとも効果的なのは選挙行動であることは衆知のとおりです。

 その選挙行動で,朗報が飛び込んできました。滋賀県知事選挙。自公推薦候補が敗退。卒原発をかかげた嘉田由紀子前知事の指名を受けて,民主党を離脱し無所属で立候補した三日月大造氏がみごと当選をはたしました。この三日月氏を選んだ滋賀県民のみなさんの賢明な選択にこころからの敬意とエールをおくりたいと思います。そして,ありがとう!と。

 このあとには,10月の福島県知事選挙と11月の沖縄県知事選挙が待ち受けています。まさに,天下分け目の「決戦」です。この二つの選挙結果いかんによっては,日本のこんごの命運が決まってしまいます。そして,来年の国政選挙へと,重大な影響を及ぼすことになっていくでしょう。その先鞭をつけたのが,この滋賀県知事選挙でした。

 こまかなことはさておいて,自公路線の「盲目」としかいいようのない「暴走」にだれが歯止めをかけるか,手の打ちようもなく途方に暮れながらも,機会をみつけては国会前や首相官邸前のデモに参加してきましたが,その無力感は覆いようもありませんでした。どんなに多くの国民が国会周辺だけではなく,全国各地で安倍政権への異を唱える集会を開催していても,マスメディアのほとんどが無視してしまいます。ですから,ふつうに暮らしている日本国民の多くはその事実を知ることすらできません。そうして政権の暴走はとどまるどころか加速さえしています。

 そこへ,この滋賀県知事選挙の結果が大きく報じられることになりました。この報道のもつ意味は計り知れないものがあります。これまで,なんとなく変だなぁと思っていた国民の多くが(いわゆる浮動票層),やはりそうか,と気づいてくれることが期待されるからです。その意味でも,このたびの滋賀県民の良識あるみなさんの賢明な選択が,どれほど価値のあるものであったか,わたしはひとり感涙にむせんでいます。そして,繰り返しますが,こころからの敬意とエールを送ります。

 さて,つぎは10月の福島県知事選挙です。一部の噂では,小泉進一郎氏が自民党を離脱して,脱原発をかかげて立候補するのでは・・・という声があるようです。いろいろ問題はありますが,なにはともあれ,脱原発を貫き,現政権の「違憲」行為に一矢報いる決意があるのであれば,これはこれでまた面白いとわたしは考えています。まあ,この話はもう少し,慎重にことの推移を見届けてからということにしましょう。そして,ここでも滋賀県知事選挙につづいて,福島県民のみなさんの良識に期待したいと思います。

 そのあとにつづく11月の沖縄県知事選挙。こちらもすでに,自民党沖縄県連が二つに割れて,それぞれに候補を立てることになりそうだ,という情報が流れています。自民党本部もまた仲井真氏の再選・立候補に難色を示しているといいます。さらには,沖縄にはいま,これまでとは違った新たな主張をかかげる「オール沖縄」のような潮流が起きていると聞きます。この人たちの動向もまた,きわめて重要だと受け止めています。8月には沖縄にでかける用事もありますので,少し,現地の情報も集めてきたいと思っています。

 さて,いずれにしましても,このたびの滋賀県知事選挙の結果が,お先真っ暗だった日本の未来にいくばくかの希望の灯をともしてくれました。この灯を大切に引き継いで,しっかりとした選挙行動で「民意」を明らかにし,お坊っちゃまの「腹痛」再発の早やからんことを祈るばかりです。

 最後にもう一度,滋賀県民のみなさんの良識にこころからの敬意とエールを送ります。そして,ありがとう,と。

2014年6月7日土曜日

原発の広告塔。事故前のワースト1位は増田明美。

 「原発・広告塔」でネットを検索していたら,わたしとしてはびっくり仰天するような情報にゆきつきましたので紹介しておきます。情報のソースは,My News Japan. 15:07 06/15.2011. データは東日本大震災の前の1年間を集計したものです。つまり,原発事故の前の1年間のこと。そこには,以下のようにありました。

 CM,雑誌に続き新聞の「原発広告」に登場し,原発マネーで稼いできた知識人タレントを調査したところ,ワースト1位は増田明美(元マラソンランナー)。調査対象は,全国紙の朝日,読売,毎日,日経,産経の1年間分(2010年4月1日~2011年3月31日)の「全面広告」。その結果,14人の文化人・タレントが原発広告に出ていたことがわかった。
 2位・橋本登代子,3位・森田正光,4位・辰巳琢郎,5位・住田裕子,6位・木本教子,福澤朗・・・以下省略。

 増田明美といえば,知らぬ人とてない女子マラソンのパイオニアの一人であり,いまもマラソン解説者として活躍中。新聞,雑誌にもかなりの量の原稿を書いている「文筆家」でもあります。しかも,大阪芸術大学教授の肩書までついています。

 女子マラソンの解説者としては,珍しくしっかりとした取材にもとづく豊富な情報を駆使して,きわめて的確な解説をする,一本筋のとおった立派な人です。文筆家としてもなかなかの才能を発揮していて,メディアでは重宝がられているようです。そうした実績が高く評価されたのでしょう。いまでは,大阪芸術大学教授です。

 これも正直に白状しておきますが,わたしは増田明美がランナーとして登場してきたときからのファンです。ストイックに自分を追い込んで猛練習をし,からだを限界まで切り詰め,とうとう競技中に貧血を起こして倒れてしまうこともありました。そのシーンはいまでも眼に浮かびます。ついでに触れておけば,仕事がらみで手紙のやりとりをしたこともあります。

 ですから,この情報に接したときは愕然としてしまいました。言ってしまえば,舞の海のとき以上の衝撃でした。こんなことも知らずにいたわたしが迂闊だったとしかいいようがありませんが・・・・。

 それにしても考えさせられてしまうのは,舞の海にしろ,増田明美にしろ,スポーツ界の知名度の高い,そして,イメージのいい人たちばかりが狙い撃ちのようにして原発マネーの標的にされ,しかも,撃ち落とされてしまうという現実です。無防備というか,無知というか,世間に対する思考停止というか,常識が欠落しているというか・・・・。言ってしまえば,自分の専門のこと以外は頭のなかは空っぽという人がスポーツ界には少なくありません。もっとも,東大教授にもそういう人がごろごろいる現実をみると,スポーツ界だけの現象とも言えません。いわゆる「専門バカ」と呼ばれている人たちは,どの世界にも存在するようです。

 原発事故後の舞の海は確信犯として,もはや救いようがありません。が,事故前の増田明美は,つい,うっかり(原発マネーに眼がくらんで・・・)ということもありえたでしょう。実際にも,ワースト6位の福澤朗は「つい,うっかりして・・・」と懺悔しています(これもネットで確認できます)。そして,以後は謹んでいる,とか。

 増田明美はこれからでもいい。原発マネーで得た金をフクシマの被災者救援のために寄付し,その上で,懺悔をし(公表し),脱原発運動の先頭に立ち,文筆業でもそれを支えていくことをしてほしい。過去は取り返すことはできません。が,未来の時間は自由に使うことができます。どうか,脱原発宣言をして,その姿勢を示してほしい。

 増田さん。あなたの言動はそれほどに大きな影響力をもっています。ひとりのファンとしての切実な願いです。もっとも,すでに政府関係の多くの専門委員を委嘱されているいま,手遅れなのかもしれませんが・・・・。それに,メディアにもがんじがらめの関係が構築されてしまっているでしょうし・・・。

 しかし,日本の未来がかかっているのです。勇気ある決断を・・・・。

 未練がましいことではありますが,ひとりのファンとして最後の一縷の期待を寄せたい・・・・。叶うべくもないでしょうが・・・。

2014年6月6日金曜日

舞の海よ,お前もか。ついに原発推進の広告塔に。

 舞の海よ,お前もか。とうとう原発推進の広告塔になってしまうなんて・・・・・。情けない。そして,残念の極み。

 わたしはむかしから小兵力士が大好きだった。小よく大を制す,そういう相撲のなんと清々しいことか。体力では勝てないのであらゆる智恵をしぼって勝つための戦略をねる。そのための技も磨く。わたし自身もからだが小さかったので,同級生のからだの大きい相手をいかにして倒すか,さまざまに工夫したものだ。だから,テレビで相撲観戦をするようになって,すぐにとりこになったのは小兵力士の活躍である。

 舞の海は,その何番目かの,わたしの大好きな力士のひとりだった。わたしの分身として活躍してくれる舞の海は,わたしの意表をつくような作戦を立てて,相手力士を翻弄させてくれた。ただ,それだけで嬉しかった。勝っても負けても,結果を度外視して,舞の海の相撲を堪能した。そして,かずかずの名勝負を残してくれた。

 引退後は,相撲解説者としてふたたびテレビに登場するようになり,理にかなった解説にじっと耳を傾けたものだ。まさに,舞の海の眼をとおしてみる相撲の醍醐味を楽しませてもらってきた。そんな楽しみもいっぺんに興ざめである。

 そういえば,並みいる解説者のなかでも,NHKの解説者として出演する回数が多いなぁ,とはかねがね思っていた。そして,それはたぶん筋のとおった解説が評価されてのことだろう,と勝手に推測していた。しかし,どうやらそうではなかったらしい。真相はよくわからないが,原子力ムラの強力な後押しがあったのではないか,といまごろになって気づく。

 今場所のNHKのサンデースポーツに,優勝した白鵬とならんでデーモン閣下が出演したのも,なんとなくわたしの中では違和感があった。このときだけではなく,しばしば相撲評論家としてデーモン閣下がメディアに登場する。これもおかしな話だと思っていた。そうしたら,なんのことはない,デーモン閣下は原発推進の広告塔として,他のタレントをダントツに引き離して大活躍しているのだそうである。

 その情報源を友人のNさんが教えてくれた。わたしは,まさかと思いつつ,その情報を探してみた。そうしたら,動かしがたい事実がそこには提示されていた。

 まずは,舞の海。

 Cybersho t  Tad さんのブログ(5月29日)。週刊新潮今週号に電事連の原発広告。今度は舞の海。原発を無くすと日本の成長が止まるらしいです。というコメントのあとに,その原発広告(2ページ)の写真がアップされている。2ページとも舞の海のにこやかな顔写真入りの記事になっていて,そこにはびっしりと舞の海のご高説が紹介されている。

 一見したところ,これが電事連の原発広告だとは気づきにくい。単なる舞の海を取材してまとめた記事のようにみえる。しかし,よくよくみると,囲み記事の外側に,それも小さな活字でなにか書かれている。そこには以下のように書かれていた。

 新潮人物文庫⑲ 「これからのエネルギー,私の視点」。

 そうか,もう19回目なんだと気づき,急いでコンビニに走り,週刊新潮の最新号を購入。今週はだれが登場しているのだろうとしっかりと全ページを確認してみた。ところが,今週号はお休みだったようで,そのページは見つからず(見落としているかも)。

 そこで,もう一度,上記のソースを確認し,さらにネット・サーフをしていくと,つぎつぎに関連の情報が流れていることがわかる。

 pic.twitter.com/jOIEoKApBo(本間龍)
 mynewsjapan.com/reports/2033

 これらのソースによれば,原発事故後の雑誌「原発・電力業界広告」で稼ぐワーストはデーモン閣下。媒体別では「ウェッジ」「週刊新潮」「プレジデント」。

 という具合に,つぎからつぎへと詳細な情報も見つけることができる。もちろん,がさネタも混じっているので,そこは慎重に。ぜひ,サーフしてみていただきたい。

 こうなると,もはや,舞の海を救う手だてはない。あちら側に行ってしまった舞の海。お気の毒だが,謹んで「サヨナラ」と言わせてもらう。

 ああ,なんとも後味が悪い。

 これからは「里山」を応援することにしよう。

2014年1月17日金曜日

ソチの冬季五輪は大丈夫か?その1.

 ロシアはなぜ,以前から治安の悪いソチに冬季五輪を招致したのか。その理由は,このあたりに潜むイスラム過激派を徹底的に弾圧し,排除するための「口実」に冬季五輪を利用するためだったのだ,という説がある。だとしたら,五輪とはなにか。国際平和運動を旗印にかかげる五輪精神に悖る,ゆゆしき事態の出現だと言わざるをえない。

 では,なぜ,そんな事態が起きてしまうのか。
 結論を言っておこう。
 IOCは,もはや,五輪を管理・運営していく能力を持ち合わせてはいない,ということだ。

 ソチ五輪と同じようなことが,東京五輪にも言えそうだ。

 ソチ周辺の都市はイスラム過激派の巣窟になっていて,ロシア政府も以前から手を焼いていたということは,かなり広く知られていたことだ。それと同じように,東京には,すぐ北にフクイチという危険な状態に陥った原発がある,ということは国際社会もよく知っているとおりである。ソチについては,ロシア政府は,気候温暖なロシア国民の憩いの場所である,と言って売り込み,イスラム過激派については完全に「under control 」と説明していたのだ。

  日本の首相もまた,フクイチについては「under control 」と大上段に振りかぶった。しかし,これは言ってみれば詐欺のようなものである。ロシア政府が,かつて,ソチは安全である,と宣言したのも同じような詐欺である。だれに対して? 国際社会に対すると同時に,自国の国民に対して。その両方を詐欺にかけたようなものである。

 何回も言うが,いまもフクイチでは放射能を封じ込める決め手もなく,野放し状態のまま飛び散るにまかせっきり,その一方では,汚染水が海洋に垂れ流しのまま,こちらも決め手が見つかってはいない。のみならず,肝心要のメルトダウンの状態すら詳細は把握できてはいない。こんなことを百も承知の上で,わが国の総理大臣はIOC総会の最終プレゼンテーションで,のうのうと「under control 」と言ってのけたのである。

 あの,東京五輪招致決定の瞬間の,あの似非「感動シーン」は,あれから何回も何回もテレビで繰り返し流されたのである。その結果,日本国民の圧倒的多数の人びとの意識から,フクイチのことは消えてしまった。そして,わたしなどがフクイチの実情について話をすると,必ず,首相が「under control 」と言ったじゃあないか,と反論してくる。お前の言うことより首相の言うことの方が正しいのだ,と。思考停止してしまった人間には勝てない。

 東京五輪招致決定は,政府自民党にとっては思惑どおりの大成功だったのだ。これでフクイチを当分の間,世間の関心事から封じ込めることができる,と。少なくとも,2020年までは東京五輪の旗を降りつづけていれば,国民の眼はそらしておくことができる,と。

 しかし,そうはさせてはおかないとばかりに,都知事選という舞台を利用した小泉劇場の幕が切って落とされた。それでも,おそらく,議論は「脱原発」をめぐる表層的な,短期決戦で終わってしまうのだろう。本質的な重要な議論はそっちのけにして。でも,議論がまったくなされないよりはずっといい。なぜなら,東京五輪開催に向けて国民の感情を浮き立たせておけば,原発推進の道がおのずから開けてくる,と踏んでいた政府自民党のシナリオが崩れることになるからだ。少なくとも,この都知事選をとおして,多くの国民は「脱原発」がなにを意味しているかということに目覚めるはずだから。そして,東京五輪がなにを意味しているかも明らかになってくるからだ。

 つまり,東京五輪開催はフクイチ隠しのための,そして原発推進のための絶好の「口実」になる,と政府自民党はほくそ笑んでいる,という事実が。それだけではない。ここでは深追いはしないが,経済効果(だれのための経済効果であるかが問題なのだが)があり,TTP問題があり,安全確保のための国防軍編成への道があり,国民の体位向上があり・・・・,という具合に,なにからなにまで「東京五輪開催」はまことに都合のいい「切り札」なのだ。ここが大問題なのだが,これらの問題については,いつか,何回にも分けて考察をしてみたいと思う。

 さて,話を最初のところに戻すと,IOCにはこうした高度な政治・経済・外交・秩序不安定,などのあらゆる条件を,すべて総括して判断する能力はない。そのなによりの証拠の一つが,ソチの冬季五輪開催である。そして,今回の東京五輪開催の決定である。

 では,なにが,IOCの各委員たちの判断の基準になったのか。それは,いわずとしれたことだ。水面下でどれだけの〇が取り引きされたことか。噂だけでもたいへんなものである。東京都にはそれだけの備蓄があった,という(その一部については,このブログでも明らかにしてきたことだ)。しかも,これらの〇は公開する必要がないのだそうな・・・・。

 ああ,またしても脱線していく。このブログの落ちは,もう一度,仕切り直しをして,書き直そうと思う。でないと,どうにもまとまりがつかなくなってしまった。ということで,お許しのほどを。このつづきは,すぐにも書く予定。ではまた。

2014年1月12日日曜日

都知事選。細川元首相の出馬で俄然おもしろくなる。都民の選択やいかに。

 首相経験者が知事選挙に立候補した前例はないのだそうな。だから,菅元首相も,鳩山元首相も,本心はともかくとして,立候補の名乗りを挙げることができなかったらしい。しかし,さすがに名門お殿様は違う。世俗を超越している。「脱原発」をどこかで打ち出さないかぎり日本の未来はない,という殿様としての義憤を抑えきれず,ついに立候補に踏み切った。

 マスコミは,いつものとおり,早速,選挙誘導に入る。あいまいな姿勢で選挙民を誘導するくらいなら,いっそのことはっきりとした根拠を示して,特定候補を応援すればいい。敗戦後のしばらくの間は,徹底して共産党批判を展開した新聞社と,共産党を擁護した新聞社があって,子どもながらとてもおもしろかった記憶がある。有名な「帝銀事件」では,二つの大手新聞社が「有罪」派と「無罪」派に分かれて論戦が展開されたことがある。

 今回の都知事選は,ことの是非はともかくとして,「脱原発」を争点にした,とてもわかりやすい選挙戦になろう。そして,そのカードも出揃った。東京新聞は早くも,記事の書き方のなかに新聞社としての姿勢をにじませている。

 たとえば,1月10日(金)の朝刊一面トップに,「脱原発」元首相連合なるか,と書き,さらに,小泉氏と連携カギ,と見出しを付け,4人の候補者の写真を掲げている。その順番が,面白い。上から下に順に,細川⇒舛添⇒宇都宮⇒田母神,となっている。横並びではない。これは上下関係を視覚化し,無意識のうちに優劣を読者に刷り込もうという戦略である。普通なら,立候補順である。

 ネット上はもっと露骨だ。早くも,細川バッシングを華々しく展開している。「殿,ご乱心」(甘利・自民党)は,NHKニュースでも流れた。その割りには細川さんの顔の露出が少ない。明らかに舛添支持がその背景にあることが透けて見えてくる。読売,朝日,毎日,日経,東京,報知,といった新聞が,都知事選をどのように報道するか,みものである。

 さて,東京新聞が上下に並べた候補者を,各種マスコミがどのように取り扱っていくのか,とても興味ぶかい。細川さんが立候補するまでは,舛添候補の一人勝ちのような報道が一気に流れた。もうすでにして誘導がはじまった,と思っていたら,こんどは細川さんの立候補で混戦模様だと誘導する。読者の多くは,ああ,そうなんだ,とそのまま受け止める。ついでに,東国原さんも立候補してほしい。マスコミがどのように報ずるか。そうなったとき,はじめて「混戦模様」ということばが生きてくる。わたしの本音は,それを期待している。

しかし,こんどの知事選は,マスコミの誘導どおりには動かない,とわたしは考えている。そして,宇都宮候補の善戦が起きる,と期待している。自民・公明も民主も,独自候補を立てることもできず,ただ党利党略のためだけで舛添,細川の両候補を支援するという。それも「勝つ」という結果がほしいだけ。政策も理念もなにもかもまったく無視して。その点,宇都宮候補は前回同様,市民運動を基盤にした上で,共産・社民の支持を受けている。党利・党略も計算も打算もない,国や都のあるべき姿をきちんと提示し,その実現をめざす,まさに信念にもとづく立候補である。

 もちろん,わたしが東京都民であれば,文句なしに宇都宮候補を推す。前回,96万票獲得という実績をもっている。今回は,200万票が当選ラインだという。ならば,前回,宇都宮候補に投じた人が,もう一人ずつ仲間を増やすだけで,当選がみえてくる。ぜひ,そういう市民運動の輪が広がっていくことを願っている。

 それに引き換え,その他の候補はAKBの人気投票のようなものだ。もっとも酷いのは,舛添候補。除名された自民にすり寄ってまで立候補する,この醜態。その舛添候補を除名した自民が支援するという。この体たらく。なにをかいわんや。そこにあるのは党利・党略のみ。党員のなかには猛烈に反発している人も少なくない,という。当然だ。まじめな政治家なら当たり前のことだ。しかし,烏合の衆でしかない自民党は建て前を押しとおす。

 細川候補も脛に傷をもつ人。それをすでにネットは洗いざらいゴシップ扱いでかき立てている。それでも,小泉トリックスターが応援すると,自民・民主の「脱原発」派が動きだすのでは,とささやかれている。都民のなかの浮動票に属する人たちのうち,なんとなく「脱原発」という人たちの票を,小泉演説がかっさらっていくのでは,という。

 しかし,期待は,政府・自民党の暴走に危機意識をいだきはじめた都民が少なくない,という情報だ。この人たちが,少しだけまじめに考えれば,同じ「脱原発」でも,宇都宮候補のいう「脱原発」と,細川候補のいう「脱原発」は根っこの部分で違う,ということに気づくはずだ。そういう情況が生まれてくれば,宇都宮候補の当選ラインがみえてくる。そして,それは夢ではない。

 宇都宮候補は,前日弁連会長である。全国の弁護士に信頼されて会長になった人である。この点はもっと信じられていいのではないか。政治家は,なにをやらかすかわからない。とりわけ,小泉
純一郎氏はその印象が強い。実際にも,新自由主義に基づく経済政策を取り入れ,郵政民営化というとんでもないことをやらかしてしまった。そうしたツケがいま回ってきている。要注意人物の代表のような人だ。

 いずれにしても,小泉劇場に惑わされることなく,厳密な選択をしてくれるよう東京都民に期待する以外にない。こんどの都知事選は,結果いかんによっては,国政を揺るがすほどの大きな影響を及ぼすと考えている。大げさに聞こえるかもしれないが,天下分け目の関が原の戦いのようなものである。政府・自民党が一気に凋落していくことにもなりかねない。

 当然のことながら,東京五輪にも大きな影響がでてくるだろう。宇都宮候補は,すでに,新国立競技場の建築計画を大幅に縮小することを提案している。そして,無駄な経費を原発廃棄と東日本の復興に振り向けるべきだ,と主張している。

もし,宇都宮候補が当選したら,わたしもまた,日本から世界に向けて胸を張って発信することのできる,まったく新しい五輪の理念づくりに馳せ参じたいと思っている。少なくとも,これまでの五輪の開催の仕方に終止符を打ち,まったく意表をつくような新機軸を打ち出してみたい。と考えると,胸がドキドキしてくる。そんな夢を追いながら,これからはじまる都知事選を見守っていきたい。もちろん,宇都宮候補の健闘を祈りながら・・・・。

2013年12月29日日曜日

脱原発,特定秘密保護法廃案,などを掲げる宇都宮健児さんを都知事に。

 宇都宮健児さんが,再度,東京都知事選挙に挑戦するという。昨日(28日)の講演会で,その強い意志を表明。講演会要旨を新聞で読んで,深く感動しました。そして,なにより「いいなぁ」と思ったのは,「わたしの主張を支持してくれる政党があれば,それは断らない」という,どこまでも独立独歩「無所属」(市民派)の姿勢を貫いていることだ。こういう人にこそ,東京都の知事になっていただきたい,と。この前の選挙のときも,この人がいいと思っていたが,惜しくも次点。こんどこそ,と祈りたい。

 「脱原発」を旗印に,「安倍政権の暴走を止める」と高らかに宣言し,「東京から国政を変える」とする,いわば国政選挙の姿勢を示した。まことに時宜を得た明察に,こころから賛同の意を表したい。そして,後出しじゃんけんのような選挙を全面的に否定。市民運動はそういう利権がらみの選挙とは無縁である,と。そして,国民の命を犠牲にしてまで経済を優先させる国の政策に歯止めを打つ,と。その第一歩が「脱原発」である,と。

 ここからさきの分析は,それぞれの関心領域によって分かれていくと考えられますので,わたしは2020年の東京オリンピックとの関連で考えてみたいと思います。

 2020年の東京オリンピック開催は,まず,なによりもフクシマの安全を確保することが最優先だ,というのが宇都宮健児さんの主張。まさに,正論。いまも日々,汚染水が海に流れ出ているかぎり,この事実に蓋をするようなオリンピック開催であってはならない,と。そのためにも,脱原発をかかげ,まずは,新潟県柏崎の刈羽原発の廃炉を,東京電力の総会で,大株主である東京都が提案しなければならない,と宣言。

 フクシマが,いま,どのような情況になっているのかは,その重要なポイントについてはすでに「秘密」になったままだ。12月上旬に急遽発行された雑誌『世界』の臨時増刊号は「イチエフ・クライシス」を特集し,各専門家の声を集めている。その特集の柱は4本。Ⅰ.イチエフはいまどうなっているのか,汚染水問題の現状は,Ⅱ.福島の現在──原発事故は何をもたらしたのか,Ⅲ.東電・原子力ムラをどうするか,Ⅳ.たたかいはつづく。東京オリンピックを成功させたいと願う人は,まずは,この本を熟読することからはじめてもらいたい。でなければ,東京オリンピックは原発事故隠しのためのたんなる手段でしかなくなってしまう。

 その意味でも宇都宮健児さんの主張にわたしは大いに賛成。

 つづいて,オリンピック開催会場の建設は,復興を第一優先にして,人手不足,資材不足という深刻な現状を鑑み,可能なかぎり縮小して無駄な経費を削減する,と断言している。人として,当たり前のことを言っているにすぎないのだが,いまの政治家の大多数は「人」ではないので,こんな発言はしない/できない。すでに,悪評の高い「新国立競技場」問題も,この人の手によって一気に解消してもらいたい。

 JRの中央線を跨ぐような,とてつもなく巨大な「新国立競技場」の建設などもってのほかである。そんな競技場を東京のど真ん中の,しかも,風致地区に建造する必要はなにもない。第一,建造後の維持管理費にも,とてつもない費用がかかる,と言われている。すでに,各種競技場を含めると,東京および首都圏には巨大な競技場があちこちに建造されている。まるで,古代ローマの断末魔の風景にも等しい。「パンとサーカス」はもう不要だ。

 最後にもう一点だけ。現在の安倍政権がつづくとオリンピック開催は不可能だ,と主張。アメリカですら反対する靖国参拝を強行するかぎり,中国・韓国との緊張が高まるだけだ。しかも,軍事色をますます鮮明にしつつある現状では,オリンピックという「平和と友好の祭典」を開催する上で大きな支障をきたす,と。

 こうした事態を憂慮しつつ,安倍政権の暴走に歯止めをかけ,無駄な経費を削減して縮小オリンピックを,それも,これまでのオリンピックとは一味違う新機軸を打ち出したい,という。この新機軸を東京発の新しいオリンピック・ムーブメントとして世界に発信する,という。この考え方を,わたしは全面的に支持したい。できることなら,宇都宮健児知事のもとでオリンピックの新しい理念づくりの支援をしたい,とも思うほどだ。

 こういうことを考えはじめるとエンドレスになるので,今日のところはここまで。

 結論:東京都民のみなさん! 脱原発,特定秘密保護法廃案,などを掲げる宇都宮健児さんを都知事に。そのための市民運動に力を,そして,大きなうねりを。

2012年10月6日土曜日

住民の力で電力会社をつくったドイツのドキュメンタリー映画『シェーナウ市民の熱き想い』をみる。圧巻。

 「みんなで決めよう『原発』国民投票 神奈川」が主催するイベントが藤沢で行われるというので,でかけてみました。わたしの主たる目的は,そこで上映されるドキュメンタリー映画『シェーナウ市民の想い』(Das Shoenauer Gefuehl)を観ること。溝の口の駅前コンコースで手渡されたちらしによれば,原発から身を守るために,自分たち市民の手で電力会社をつくっていくプロセスを追ったドキュメンタリーだということです。これは,後学のためにもなにがなんでも観ておかなくてはいけない,と覚悟を決めてでかけることにしました。もちろん,メールで予約を入れておきました。担当者からは,丁寧に,会場でお待ちしています,という返信までいただきました。

 少し早めに到着しましたので,まだ,人もまばら。一番前の席を確保して上映を待ちました。しかし,上映がはじまるころには超満員。立ち見の人もあったほどでした。

 このドキュメンタリー映画の舞台となった「シェーナウ」(Schoenau)市は,映画に映し出された風景からすれば,ドイツの高地地帯(北部山岳地帯)の谷間の,文字どおり美しい谷間に広がる街(村に近い),とお見受けしました(地図で調べればいいのですが,省略)。ヨーロッパの山岳地方の谷間には,どこに行っても美しい集落が点在しています。が,ここ「シェーナウ」は「美しい」=schoenという形容詞に「アウ」=auという語尾(おう!あっ!という強調語)がついた地名です。ですから,意訳すれば「絶景地」となります。映画のタイトルになっている「シェーナウアー」=Schoenauerは,語尾の「er」は人を意味しますので,「絶景地に住む人びと」となります。もっと意訳すれば「素晴らしい人びと」とも訳すことができます。

 ですから,映画のタイトルは,わたし流に訳せば「絶景地に住む人びとの想い」「素晴らしき人びとの想い」となります。ドイツ人はそういう意味をくみ取りながら,このタイトルを受け止めているはずです。が,わかりやすく「シェーナウ市民の熱き想い」と訳すことにしました。いずれにしても,この「シェーナウ市民」は,いわゆる「並みの人びと」ではありません。なにせ,自分たちの命を守るために大手電力会社の原発依存電力に反対して,自分たちでソーラーシステムを中心とした再生可能エネルギーを供給する電力会社をつくってしまった人たちなのですから。しかも,10年にわたる長期間,苦労に苦労を重ねて,その目的を達成したのですから・・・。

 ことの発端はチェルノブイリでした。シェーナウから25キロのところに原発があることは,むかしから承知していました。しかし,チェルノブイリの惨状がリアルにわかってくるにつれ,まずは,チェルノブイリの子どもたちを一時避難させて預かり,支援することから市民の運動がはじまります。そして,すぐ近くにある原発の存在が徐々に脅威となって市民の間に浸透していきます。もし,チェルノブイリのような事故が起きれば,自分たちもまた故郷を捨てて避難しなくてはならないことをはっきりと自覚します。しかも,二度と帰ることもできないことも。やがて,原発を停止させなくてはならない,がシェーナウ市民の合言葉になります。

 そうして,まず第一に取り組んだことが「節電」でした。無駄な電力を使わない,これを徹底させていけば原発に依存する必要はなくなる,と考えました。一年で驚くべき成果をあげました。その成果を踏まえて,シェーナウ市民は,電力使用量の少ない人の電気代を安くして,大量に使用する人から高い料金を徴収したらどうか,と電力会社に迫ります。が,電力会社はまったく相手にもしてくれません。

 ならば,自分たちで電力会社をつくってしまおう,という運動が立ち上がります。ここからが大変でした。自分たちの電力会社をつくるかどうかをめぐって市民の意見は真っ二つに分かれて,大議論になっていきます。そうして,二度にわたる住民投票を経て,僅差で電力会社をつくる案が勝利します。この間の,住民運動の,粘り強い努力が,事細かに,じつに詳しく描かれています。それだけでも感動そのものでした。

 しかし,それからが大変でした。まだまだ電力会社をわがものとするための高いハードルがありました。それは,電気の送電線を大手電力会社から購入するための資金でした。どこまでも自力で,と考えた市民たちは,その資金を住民の寄付に頼ることにしました。それも驚くべき速さで目標額を達成。いよいよ大手電力会社に購入交渉に入ると,こんどは準備した資金の倍以上の金額を要求されます。困った市民たちは,一方で裁判の準備をしつつ,ドイツ全国にわたって寄付を呼びかけます。そして,その寄付は,裁判で勝ったときには,できるかぎり還付する,という条件つきでした。これが効を奏して,あっという間に目標額を大きく越えてしまいます。すると,大手電力会社の方が,裁判に勝てないと判断して,大幅な減額を申し出て一件落着です。

 それ以後の話は省略します。が,結末(2007年)には,シェーナウ電力会社(市営)は再生可能エネルギーで生産された電力をドイツの各地から買い集め,それを販売する一大事業として成長していきます。まさに,シェーナウはドイツにおける反原発運動の嚆矢として,輝かしい歴史を築いたという次第です。そして,この運動は,ドイツの各地方に広がっていきます。やがて,送電線は無料で解放され,だれでも使えるものになります。

 こういう実績があって初めて,ドイツ政府による原発廃止という一大決定を可能とした,ということをわたしたちは肝に銘ずべきです。情けないことに,わたしたち日本人は,チェルノブイリの事故も,スリーマイルズ島の事故も,まったく他山の火事とばかりに傍観するのみでした。そして,なんの反省もしませんでした。政府も国民も。間抜けでした。そして,突然,「3・11」(2011年)という大災害のもとで,フクシマの事故を経験しました。それでもなお,政府は玉虫色から原発稼働に傾き,自民党は明確に原発維持を打ち出し(総裁選挙の結果),流れはどんどん再稼働に向かっているように思われます。まさに国民不在の政治がまかりとおっています。困ったものです。

 国民の約7割は,反原発,脱原発だと言われているにもかかわらず,そんなことはどこ吹く風とばかりに,政治家の大多数と財界・官僚・学会・メディアが手を組んで,原発推進をめざしています。でも,こんどというこんどは,国民も黙ってはいません。これから,いずれ遠からずやってくる選挙に向けて,はっきりと「NO!」と言える覚悟を決め,その輪を広げていく必要があります。そうしないと,とんでもないことになってしまいます。

 経済のことはとりあえず我慢すればいい。命はなにものにも代えられません。まずは,命です。その上で,経済(それもこれまでとは違う経済)をみんなで智慧を出し合って考えればいい。

 シェーナウの人びとのように,10年かけてでも,反原発運動をつづける覚悟が,いまの日本人にあるだろうか(わたしも含めて)と心もとない想いで,映写会をあとにしました。仕事の関係で,そのあとの懇談会には参加できませんでしたが・・・。

 それでも,「みんなで決めよう『原発』国民投票 神奈川」のような活動が,さまざまなかたちで全国的に展開されていることに,わたしは意を強くしています。そして,なにかが動きはじめている,という実感が日毎に大きくなりつつあります。今日/明日にかけても,そして,これからも,じつに多くの集会があちこちで予定されています。そして,デモも広がっています。しかし,テレビ/新聞のほとんどは,国民のこの小さな(しかし,あなどることはけしてできない)意思表明を無視しつづけています(沖縄のオスプレイ配備に対する反対運動も)。いったい,この国の中枢にいる人びとはなにを考えているのだろうか,と信じられない想いです。

 若者たちは,もはや,テレビにも,新聞にも「見切り」をつけています。そして,インターネットにシフトしています。ここには,直接的な,人びとの生の声が露出しているからです。もはや,権力によるコントロール不能の,自由な世界が広がっているからです。これからの可能性はここにある,と言っても過言ではないでしょう。

 小さな,小さな個別の市民運動が,徐々に徐々に,その輪を広げていき,やがて,大きな輪となって手を結び合うときがかならずくる,と夢見ています。そのために,わたしも折あるごとに,あちこちの集会やデモに顔を出し,微力をつくしたいと思っています。

 今日は「みんなで決めよう『原発』国民投票 神奈川」のみなさん,ありがとうございました
 取り急ぎ,お礼に代えて,このブログをしたためました。これが,映写会に参加させていただいたわたしの感想です。もう一度,ありがとうございました。