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2016年1月31日日曜日

「憲法が教えられない」。小学校教員の悩み。

 「憲法を守りましょう」という呼びかけは,政府が国民に対して行うもの・・・それが基本であるはずなのに,いまでは,国民が政府に向かって「憲法,守れ!」と吼えなくてはなりません。とんでもない倒錯以外のなにものでもありません。

 困っているのは,学校の先生たち。高校生なら,いまの政府がやっているデタラメさはみんな理解しています。だから,「三権分立」などは絵空事だとにべもないといいます。中学生でも,大半の生徒たちは,政府のやっていることは奇怪しい,と理解しているといいます。そして,小学生の高学年。こちらもうっすらと気づいているようで,教師としては困ってしまう,と現職の教員から直接,メールで知らせてくれました。

 「いま,6年生の担任をしています。社会科がちょうど公民分野で政治の仕組みや日本国憲法を教えています。いまの政権がやっていることが,三権分立にのっとっていないのが,小学生にもわかっているような状態です。正直,教員という立場では,これ以上言えないもどかしさを抱えたまま,矛盾に悩まされながら教えています」。

 これが,わたしの教え子で,いま,A県の小学校で教員をしているS君からのメールです。年齢的には,ちょうど中堅どころの円熟期に入ったころでしょう。まじめに子どもたちの目線でものごとを考え,教材づくりに励んでいる,とてもいい先生です。が,「憲法」には参った,という次第です。でも,基本どおりに日本の国の成り立ちは教えなくてはなりません。そこまでは問題ないのですが,子どもたちからの質問がでてきたときに,どこまで対応したものか,と悩んでしまうという次第です。良心的な教員であればあるほど悩みは大きいとおもいます。

 が,ここはひとつ踏ん張ってもらって,以下のことだけは伝えてやってほしいとおもいます。昨年の夏には大勢の人が国会前に集って「憲法,守れ!」とシュプレヒコールを挙げていたという事実と,いまも,定期的にその運動はつづいているという事実を,そして同時に,政府の政治の進め方に賛成の人たちもいて,その人たちがいまの政権を支えているのだという事実を教えてやってほしいのです。そして,この意見の対立が,こんどの選挙でどういう結果を生むことになるのか,多くの人がいま真剣に考えているんだよ,と。

 そして,ひとこと。先生は,教科書に書かれているとおりに政治が行われることを願っています,と。つまり,立憲デモクラシーの立場をはっきりとさせることです。そして,これ以上の各論は,人それぞれに考え方が違うので,みんなで議論する,それが民主主義だ,と。

 ここまでは,確固たる信念をもって,教員としての矜持を貫いてほしい,とおもいます。

 あっ,いつの間にか,わたしからS君へのメールの返信のようになってしまいました。が,これは一般論として,わたしの考えをこのブログの読者に向けて書いているつもりです。

 なお,S君は,できるだけ視野を拡げて考えようと努力していて,わたしのFBともリンクさせ,別の情報を提供してくれたりしています。もはや,新聞・テレビの垂れ流しの情報だけでは,これからの教員はやっていかれない,と危機感もいだいています。その意味で,とても,バランスのとれた教員を目指しているようにおもいます。

 それはともかくとして,いま,現場の先生方の悩みは相当なものだということが,こうして教え子たちからのメールでわかってきます。この他にも,現場の先生方が,ことばの問題だけではなく,立ち居振る舞いから服装に至るまで,教育委員会からプレッシャーがかかっているといいます。こういう現実が,いまの教育現場では広く浸透している,という事実すらいまのメディアは取り上げようともしません。いまの政権にすり寄るような指令が教育界を飛び交い,席巻している,というのが現実だといいます。こういう政権にとって都合の悪い情報はすべて隠蔽されたままです。こんなことでは,日本の国は,どんどん堕落してしまいます。

 こうした「まっとうな議論」ができなくなってしまったら,もう,おしまいです。「おかしいことはおかしい」と言える社会こそが健全な社会なのですから。それが言えなくなってしまった社会は,もう,病人と同じです。そうならないためにも,いま,わたしたちは踏ん張りどころを迎えています。

 大いに議論をして,みんなが正々堂々と生きていかれる社会をめざしたいとおもいます。
 学校の先生方もたいへんとおもいますが,頑張ってほしいと願っています。また,こんな悩みがあるという現場の声を寄せていただければ,このブログをとおして応答したいとおもいます。ぜひとも,忌憚のないご意見を寄せてください。待ったいます。

2015年10月8日木曜日

もっと真剣に議論を。運動会の人間ピラミッド。

 10月3日の東京新聞「こちら特報部」に,下の写真のような記事が掲載された。読んでみて驚いたのは,その記事の薄っぺらさだ。こんないい加減な記事だと,世論はますます混乱をきたすことになる。もっと,しっかりと取材をして,問題の本質をつきとめて欲しい。

 
もっともよくない点は,事実誤認の内容が,まことしやかに書かれていることだ。少なくとも,専門家の「校閲」を経てから掲載すべきではないか。

 たとえば,以下のとおり。

 「組み体操のピラミッドは,四つんばいの人間が下から順番に積み上がっていく。」⇨このピラミッドは,ひとむかし前の方法。いま,行われているピラミッドはまったく違う原理と方法で組まれている。考案者はよしのよしろう。写真をよくみてみればわかるように,四つんばいになっているのは前列の一番下と,その後ろにつづく一列おきの土台,それに上の二段だけである。あとは,みんな足を伸ばして上体を前に倒し下の土台の肩甲骨のあたりに手をついている。つまり,四つんばいの人間は全体の一部でしかない。第一,全員が四つんばいであったら,立錐体のピラミッドを組み上げることは不可能に近い。もう一点は,全員四つんばいで組み上げていったら,上からの重力はとてつもないものになってしまう。この重力をいかに分散させて,高さを可能とするか,という点に考案者・よしのよしろうの工夫が隠されている。しかも,簡単で高度な技術を必要としない,というところに普及の秘密がある。小学生でも,7段くらいまでなら,いとも簡単にできるようになる。しかし,8段以上になると,一気に,異次元の世界に突入する。ここからは,重力に耐える体力と高度な技術と気力を必要とする。このあたりのことを記者(沢田千秋)は十分に理解していないようだ。

 大阪市教委は「先月一日,ピラミッドの高さは五段,タワーは三段までとする規制を各校に通知した」という。この大阪市教委の規制のいい加減さ。いま,行われているピラミッドの方法であれば,五段までだったら「遊び」の世界である。小学生でも,なんの感動もないだろう。ましてや中学生だったら,だれもやる気にはならないだろう。組み体操の最大のポイントは,児童・生徒がその気になる。そして,指導する先生も真剣になる。それをみる者が感動する。この三点がセットでそろったときに,初めて組み体操の魅力が生まれる。安全第一はわかる。そのとおりだ。しかし,安全圏があまりに大きすぎると,こんどは魅力に欠けてしまう。つまり,危険と背中合わせの真剣勝負,その限界への挑戦が組み体操にとっては必要不可欠な要素なのだ。だから,それを「安全に」可能とさせるためのきめ細かな手順・方法(指導・学習)が必要になってくる。議論すべきは,このあたりのことでなければならないはずである。。ただ,ひたすら安全だけを主張する人たちは,いとも簡単に「やめてしまえ」という。それでは話にならない。

 「下から六段目にいた一年の生徒(一二)が右腕を骨折するなど六人が重軽傷を負った。」⇨ピラミッドでもっとも難しいのは,ちょうと「六段目」あたりのポジションなのだ。このあたりには,小柄ながら体格のしっかりした,我慢強い生徒を配置するのがセオリーだ。この写真をよくみると,五段目の生徒の背中が伸びてしまって,六段目の生徒の右手は滑ってしまっている。そして,その上に四つんばいの馬が七段・八段と乗っかっている。ここから明らかなように,この六段目の生徒のポジションが肝心要なのだ。なのに,この六段目の生徒を後ろから支える力が逃げてしまっている。そのため,六段目の生徒の右手が滑ってしまい,五段目の生徒の腰を押す結果を生んでいる。ここの連携の技術の習得がまだ不十分だったことがここからわかる。原因のない事故はない。本番前の練習で,六段目までの組み上げ方をもっと徹底して練習しておけば,力が後ろに逃げるという事故は防げたはずである。また,途中で修正することもできたはずである。後ろの生徒にその自覚が不十分だったのだろう。ここに指導上の問題点があったのでは,とわたしは推測する。

 もう一点は,内田良(名古屋大学大学院准教授・教育社会学)氏の分析である。記者は,この人の談話に凭れかかりすぎている。一応,内田氏はこの世界(スポーツ事故)の第一人者ということになっているので,ある程度は仕方がないところではある。しかし,内田氏のこれまでの主張(柔道事故,など)の根底にあるものは,数量的合理主義である。一見したところ,いかにも合理的で,説得力があるように見える。しかし,組み体操に必要とされる技術や気力・体力についてはあまり理解があるとはいいがたい。それを,どのような段階を踏んで習得していくか,ということもあまりご存じないようだ。だから,もっぱら数量化することのできる要素に焦点を当てて,論陣を張る。が,それだけでは,片手落ちというものだろう。

 「周りにいくら教師がいても,子どもにかかる重量は一グラムも軽くはならない。」⇨教師はただ立ってみているだけではない。手をつく位置,重力のかかり具合,励まし,など注意深くアドバイスを送っているのだ。現に左から二人目の黒いシャツを着た教師は,右手を伸ばして重心を前にかけろと指示していることが見てとれる。この教師の目には,これでは崩れるということが予見できていたはずだ。だから,修正しようと必死になっていたはずだ。また,一番右側の黒いシャツを着た教師も同様に,もっと重心を前にかけろと左手で尻を押している。この失敗の原因は,力が前後に分散してしまったことにあることが,以上からも明らかとなる。教師たちは,これでは危ないと予知して,必死で檄を飛ばしていたはずである。

 「教師には高さ七メートルかち落ちてくる子どもを受け止めることはできない。」⇨もし,一番上の生徒が落ちてくるとしたら,斜めに転げ落ちてくる。それを受け止めることはできる。そのために,何人もの教師が中央部分に立っている。それは練習を繰り返していて得た経験知であろう。それをまるで「無意味」であるかのように切って棄てる内田氏の見解には納得できない。もっとも,内田氏はもっとことばを尽くして話をしているのに,記者が端折ってしまったのかもしれない。新聞から求められる談話とはそういうもので,わたしにも心当たりがある。

 「感動の呪縛というわなにとらわれリスクが見えなくなっていた。」⇨このような断定的な言い方をしているのだろうか。もし,そうだとしたら,教育社会学者のまなざしとはこの程度のものなのか,といささか呆気にとられてしまう。教育の専門家として,教師を見下しすぎてはいないか。組み体操のリスクに盲目になるほど教師は無能ではない,とわたしは信じている。むしろ,そのリスクを意識しているからこそ,教師を周囲に配置して,可能なかぎりの万全な安全対策をとっているのではないのか。ここに至るまでには,何回もの教員会議をとおして,議論を重ねてきたはずである。その上で,運動会の組み体操実施が決定されたに違いない。

 とまあ,この記事を読むだけでも,これほどの問題が浮かび上がってくる。

 結論:組み体操の問題をもっと真摯に受け止め,問題の所在を明らかにし,問題解決の方法をつきとめること。そのために,組み体操の専門家もまじえて,もっと真剣に議論をすべきである。市教委の対応にしても,あまりにおざなりで,無責任というほかない。

2014年9月24日水曜日

組体操,驚異の「10段ピラミッド」の謎。その理論と構造を読み解く。

 前日のブログのづきです。

 組体操の「10段ピラミッド」が話題になっていますが,その是非を問う前に,この「10段ピラミッド」とはどういうものなのか,その理論と構造を確認しておきたいと思います。

 なぜなら,わたしの知っているピラミッドの積み上げ方からすれば,それは不可能だからです。最初に,ネット上で「10段ピラミッド」ということばを見つけたとき,なにを馬鹿なことを言っているのか,とまったく理解できませんでした。そんなことができるわけがない,ありえない,これはわたしの確信でした。

 不審に思って,ネットをあちこち探してみました。そこでわかったことは,ひとくちに「ピラミッド」と言っても,その積み上げ方はさまざまである,ということでした。いま,行われている「ピラミッド」はわたしの知っているそれとは発想の違う,まったくの別物でした。結論的にいえば,積み上げる,というよりは「立ち上げる」と言った方が適切ではないかと思います。

 わたしたちがやっていたピラミッドは,全員が両手・両膝でウマになり,その上に,両手は下のウマの肩・肩甲骨あたりにおき,両膝は下のウマの臀部・骨盤のあたりにおき,さらに,3段目も同じようにして積み上げていきます。正面からみれば二等辺三角形ですが,横からみると単なる一枚の壁です。

 この方法ですと,5段重ねのピラミッドが高校生の,しかも鍛練をつんだ体操部部員の限界でした。5・4・3・2・1という具合に下から順に人数を減らしながら,上に積み上げていきます。5・4・3までは,それほど苦労することもなく積み上げることができました。しかし,最後の2・1は別次元の難度でした。何回も何回も失敗を繰り返しながら,いろいろのアイディアや智恵を出し合い,精度を高めていきました。そうして,ようやく成功したときの喜びは感無量でした。この達成感はえも言われぬものでした。とりわけ,運動会の本番で成功したときの充実感はなにものにも替えがたいものがありました。

 ですから,このわたしの常識からしますと,「10段ピラミッド」なんて,とんでもない,ということになります。サーカスのような特別の訓練をした人たちでも不可能でしょう。それは単純に力学的に考えてみて不可能だからです。なぜなら,一番下の真ん中のウマの上には,単純に計算しても,9人分の体重がかかることになります。仮に一人50㎏としても,450㎏の重力がかかることになります。それを両腕・両膝で支えることはできるわけがありません。

 では,いま行われている「10段ピラミッド」はどういう方法で「立ち上げて」いるのでしょうか。完成した全体の形態をみてみますと,三角錐になっています。つまり,一枚の壁ではありません。そして,よくみてみますと四方から力を中央に寄せ集めつつ,下への重力の負担を軽減する,そういう工夫がこらされた,まったく新しいアイディアから誕生した「新・ピラミッド」であることがわかってきました。

 この「新・ピラミッド」を考案したのが,よしのよしお(DVDネーム,実名は吉野義雄)さんです。かれは兵庫教育大学大学院で組体操の研究に取り組み,まったく新しい,つまり下への重力を軽減しつつ高さを求める,新・ピラミッドの立ち上げ方を編み出した,といいます。

 その原理を短いことばで説明するのはとても難しいのですが,なんとかチャレンジしてみましょう。まず,基本形になるウマの種類は2種類。ひとつは,従来のように両腕・両膝でつくるウマ(A),もうひとつは,両腕をウマの両肩甲骨の下あたりに当てて上体を前に倒し両脚で立つウマ(B)です。この2種類のウマを組み合わせて,「新・ピラミッド」を立ち上げていきます。

 まず,両手・両膝でつくるウマ(A)は最下段の第一列に横並びに置き,第二列目は両手・両脚でつくるウマ(B)が並びます。これが第二段目となります。そして,第三列目は両手・両膝のウマ(A)が並び,第四列目は両手・両脚のウマ(B)が並びます。という具合に第一段目(A)と第二段目のウマ(B)が交互に組み合わさって,まずは土台ができあがります。そして,第三段目からは,すべて(B)のウマで立ち上げていきます。

 そして,この「新・ピラミッド」を立ち上げるためのポイントは二つあります。ひとつは,(B)のウマは両手に3割,両脚に7割の比重で重さを分散させること,つまり,垂直にかかる重力を斜め下に分散させること。もうひとつは,(B)のウマの両脚の間に,最下段のウマ(A)と一段下の(B)のウマが頭を入れ,両肩で上のウマの両脚をブロックすること。

 つまり,重力の分散と負担の大きい両脚のブロック(固定化)を果たそう,というわけです。この発想そのものはみごとなもので,これによってピラミッドの高さを実現するという夢を飛躍的に可能としました。わたしの計算では,7段ピラミッドまでは,少し練習をすれば,比較的簡単に立ち上げることができそうです。しかし,8段目からは異次元の世界に一気に突入します。それは,わたしの試算では,上からの重力が飛躍的に大きくなるからです。

 この境界領域で,たぶん,ピラミッドが一気に崩れてしまい,骨折などの事故が起きているのではないか,とこれはわたしの重力試算による推測です。7段ピラミッドくらいまでは,それぞれのウマとなる位置にふさわしい体格・体重・性格を慎重に選別していけば,たぶん,事故もなく立ち上げることは可能だと,これもまたわたしの重力試算の結果にもとづく推測です。

 以上が,「新ピラミッド」の立ち上げの理論と構造と問題点の概略です。ほんとうは,もっと細かく留意点を説明する必要がありますが,ここでは割愛させていただきます。詳しくは,ネットで確認してみてください。たくさんの実践例と解説が公開されています。

 今回は,これからの議論を展開していくための,基本の確認というところにとどめておきたいと思います。つまり,「新・ピラミッド」とはどういうものなのか,そして,「10段ピラミッド」の立ち上げ方はどうなっているのか,ということの概略を確認しておこうという次第です。その上で,名古屋大学の内田良さんの「言い分」や,賛否両論の内容を分析してみたいと思います。

 ということで,今回はここまで。

2014年9月23日火曜日

運動会シーズンのはじまり。組体操の10段ピラミッドに批判。はたして,どうか?

 「穂の国」の友人・柴田晴廣さんから,「ご存知と思いますが,組体操の危険性についての記事がありました」(http://www.j-cast.com/2014/09/16215983.html)とメールがありました。うかつにも,わたしはなにも知りませんでした。早速,開いてみて,二重,三重にびっくりでした。

 ひとつは,名古屋大学の内田良准教授の主張「組体操は危険だらけで,どこが<教育>なのか。即刻,止めるべきだ」というもの。
 もうひとつは,組体操のブームの火付け役でもあった「よしのよしろう」(吉野義郎)さんの理論と実践の矛盾です。つまり,理論は立派,実践はさきを急ぎすぎ。
 そして,さいごは組体操の是非をめぐる賛否両論の,不毛の議論です。

 以下は,ネット情報をサーフした結果と,わたしの体験からの意見です。

 まずは,わたしの立場について述べておきたいと思います。
 わたしは高校時代から体操競技をはじめ,大学もそういう道に進みました。そして,いまは,体操とはなにか,と問う研究者でもあります。ですから,一通り,体操(競技)の世界(歴史もふくめて)には通暁しているつもりです。組体操は,高校時代に運動会で,体操部の昼休みのアトラクションとして,みなさんに見てもらう経験もしています。

 そのために,ずいぶん工夫をし,練習したことを覚えています。指導してくれる先生はいませんでしたので,体操部の部員がみんなで考え,アイディアを出し合いながらの試行錯誤でした。それはたいへんな苦労をともなうものでした。失敗ばかりの繰り返しで,何回も何回も痛い眼に会いました。しかし,その試行錯誤の繰り返しが,部員全体がひとつになる,とてもいい経験だったといまは回想しています。

 そして,本番でも運動場にマットを敷きつめて,その上で組体操(わたしたちのころは「組立体操」と呼んでいました)を実施していました。それは「安全」の確保のためです。ずいぶん高いところから落ちてしまった場合でも,かろうじて「安全」が確保できるからです。しかし,いま,行われている組体操は,なにも敷いてありません。グランドの土の上で,そのまま実践されています。なぜ,そんなことが平気で行われているのか,わたしには大いなる疑問です。

 さて,くだんの「事故ばかり多くて,なんの利もなし。教育に値しない」と主張する内田良さんは,すでに『柔道事故』(河出書房新社刊)という著書をとおして注目を集めている新進気鋭の教育社会学者です。とくに,学校環境で起きる事故に焦点をあてて,多くの実績を残している学者さんです。一見したところ,完璧と思われる理論武装をして,警告を発しています。柔道必修化にともなう事故多発問題についての分析は,わたしも納得できる,素晴らしいものでした。きちんとした指導者を養成し,その上で柔道の必修化を進めるべきだ,という骨子の主張でした。

 そして,今回の「組体操」についても同じような主張をされています。大筋において,そのとおりなのですが,どこか釈然としません。ひとつは「組体操」を,全否定する,そのスタンスにあります。ひとくちに組体操といっても,その内容は多岐にわたります。きわめて簡単な組体操から,二人組でも難度の高い組体操もあります。人数が増えてもかんたんな組体操もあります。それらについてきちんと斟酌しているようには見受けられません。内田さんの頭の中は,たぶん,10段組みのピラミッドだけが強烈にあって,この危険性を告発すること,そのことがすべてではないかと思われます。ならば,難度の高い「10段組みのピラミッド」は危険ばかりで「なんの教育的価値もない」と,限定して批判をすべきでしょう。それを一把ひとからげにして「組体操」=危険=教育的価値なし,という単純な図式にするところに,わたしは違和感を覚えます。

 なぜなら,この手法はポピュリズムと瓜二つだからです。

 もう一点は,組体操に対する内田さんの理解がどの程度のものか,そこに疑問を感じます。もちろん,多くの取材をとおして,見た目の「組体操」については充分わかっていらっしゃると思います。が,実際に組体操を実践する生徒たちの苦労と実感,葛藤,そして,苦労の末の達成感をはじめ,それを指導する先生の苦心(事故防止のための細心の注意,など)とそれらを克服しながら生徒たちが上達していくプロセス,その手応え,などについては想像の域をでないのではないでしょうか。ですから,いともかんたんに統計的手法を用いて「数量的合理主義」の立場に立ち,事故が多い,だから排除せよ,と単純化して,平気で主張できるのではないか,と。

 つまり,「科学的合理性」に絶大なる「信」をおき,そこに大きな落とし穴があるという自覚が欠落しているのではないか,と。教育社会学が内田さんの研究の根っこにあるのですから,ぜひとも,『聖なるものの刻印──科学的合理性はなぜ盲目なのか』(ジャン=ピエール・デュピュイ著,西谷修ほか訳,以文社刊,2014年)を視野に入れて,さらに研究のレベルを高めていただきたい,そして,その上での批判を展開していただきたい,とわたしは切望します。安易なポピュリズムから脱出するためにも。

 ついでに言っておけば,フクシマの原発事故による学校環境の危険性についても,研究の幅を広げていただければ・・・・と切望します。そういう広い視野に立って,いま一度,「組体操」をめぐる諸問題について論及していただければ・・・と切望します。

 以上,内田良さんの話題に集中してしまいましたが,いずれ,よしのよしおさんの理論と実践についても,そして,賛否両論の不毛の議論についても,書いてみたいと思っています。とりあえず,今回は,ここまで。

2013年10月12日土曜日

「桜宮高体罰・元顧問有罪確定,懲役1年執行猶予3年」。なんともやりきれない複雑な心境。

 控訴期限の10日までに控訴せず,確定,とネット上に大きなトピックスの一つとして流れている。なんともやりきれない気持でいっぱいである。いま,わたしのこころの内にざわめいている気持をことばにすることはほとんど不可能に近い。しかし,そのうちの比較的ことばにしやすいことがらを抜き出してみると以下のようになろうか。

 一つは,「有罪確定」という表現。元同僚の教員,元校長・副校長,教育委員会,そして,直接指導を受けたOB,その保護者,その他関係者たちは,この「有罪確定」ということばをどのように受け止めているのだろうか。わたしのところに届いている情報は,質・量ともにとぼしいものにすぎないが,それでもこの「有罪確定」ということばから響いてくる思いは複雑である。元顧問がたった一人,すべての責任を背負って,それでおしまい。だとしたら,学校という組織,たとえば教員会議はなんのために存在するのか,そして,教育委員会はなんのために存在するのか。これらは存在するだけで,はたして組織・制度として「機能」していたのだろうか。OB会も保護者会も同じなのか。現行制度や組織が機能しなくなっている,いわゆる機能マヒは,いまこの国のいたるところにはびこっている重大事ではないのか。そこに蓋をしたまま,特定個人だけがやり玉に挙げられて,あとは知らぬ勘兵衛。ここにメスを入れてほしかった。

 もう一つは,「懲役1年執行猶予3年」という表現。罪の数量化。わたしには理解できないが,おそらくは,これまでの判例に照らし合わせて,その罪の軽重がはじき出されてくるのだろう。しかし,罪を時間で量ることなど,いったい,どういう意味をもっているのだろうか。それで,はたして,尊い命は浮かばれるのであろうか。もっと重要で,必要なことは,罪の時間化ではなくて,もっと別のところにあるのではないのか。被告の家族は関西から関東に引っ越しをしたと聞く。しかも,被告と遺族は一度も接点がなかった,つまり,直接的な謝罪は一度もなかった,と聞く。あとに残ったものは,「懲役1年執行猶予3年」,ただ,これだけ。なんとむなしいことか。こんなことが人の世に行われていていいのだろうか。

 三つ目は,「桜宮高体罰」という表現。つまり,「体罰」という表現。今回の問題は,わたしの考える体罰の範疇をはるかに超え出てしまった「暴力」そのものであった。しかし,世間ではいつのまにか「体罰」=「暴力」と同義語になってしまった。そして,それが定着してしまった。それが「桜宮高体罰」という表現。メディアも無反省にこのことばを多用・乱用している。こうして,いつしか人びとの共通認識となって,巷に広まっていく。もはや,体罰と暴力は違うのだ,と力説してもだれも見向きもしなくなってしまった。それで,問題が解決したのかといえば,そうではない。むしろ,その傷口はさらに大きくなって,こののち,とりわけ,広義の指導現場が砂漠化していくことは火をみるより明らかだ。

 ひとつだけ例を挙げておく。
 ごく最近,ある競技種目のナショナルチームのコーチから直接,聞いた話である。
 もう,しばらく前から,選手のからだには一切手で触れることはしない,とのこと。競技種目の特性から,コーチが直接,選手たちのからだに触れてフォームを直すことが指導の中核をなしていたが,もう,いまでは一切しない,という。ことば遣いも,選手たちを「叱る」ことばは一切用いない,と。そして,いいところだけを褒めて,悪いところはできるだけ回避している,と。

 それで指導は成立するのですか,選手たちは上達するのですか,とわたし。いいえ,まったく駄目です,とコーチ。では,意味ないではないですか,とわたし。そのとおりです,とコーチ。では,なぜコーチをつづけているのですか,とわたし。そうしたら,意外なことばが返ってきました。

 選手たちの中には,自分から名乗り出て,以前のように厳しく指導してほしい,わたしは「セクハラ」とか「いじめ」とかと言って訴えたりはしません,その前に,限界を感じたときには自分で言いますので,そのときは勘弁してください,という選手がいる。だから,こういう選手にだけは,わかった,限界を感じたときは言ってくれ,と約束を交わしていままでどおりに指導をしています。もちろん,体罰も加えます。しかし,暴力は絶対に振るいません。これをやってしまったら,コーチとしての資格はありません。目一杯情熱をこめて指導するけれども,最後の一線は超えない冷静さは守りとおします。そうすることによって,選手とコーチの絶対的な信頼関係が築かれていきます。こういう選手はどんどん上達していきます。教えてもらうという心構えが違います。こちらも,それに応えられるように,必死で考え,工夫をします。

 わたしは,思わず「立派!」と声を発していました。それにしても,やりにくくなったですね,とわたし。いやいや,以前よりもやりやすくなりました,とコーチ。なぜなら,やる気のない選手は別にどうでもいいのですから,と。ひたすら,褒めておけばいいのです,と。

 ナショナル・チームに選抜されてくるような選手なら,これでいいのだろう,とわたしも同意する。しかし,もっと一般的な教育現場では,どうなるのか。もう,しばらく前から,子どもは「褒めて」伸ばすということが,まことしやかに語られ,それがあたかも正論であるかのように蔓延している。その教育の成果が,こんにちの若者たちの姿となって如実に表れている。つまり,叱られることを徹底的に忌避する若者たち。大人を大人とも思わない若者たち。その存在すら無視して平気な若者たち。自分のことしか考えない若者たち。そういう若者たちが年々,増え続けているのではないのか。もちろん,この体罰問題を回避するための放任主義だけが理由ではないだろう。しかし,少なくとも,誘因にはなっている,とわたしは考える。

 「体罰」=「暴力」が蔓延していくと,もはや,先生たちは子どもたちがどんなに悪ふざけをしても,見て見ぬふりをする。その結果は,子どもたちの世界に悪質な「いじめ」が蔓延していく。すでに,そのような事例(事件にまでなっている)は枚挙にいとまがない。

 つまり,広義の「教育」の根幹にかかわる問題が,ここには潜んでいる。この事実に,わたしは憂慮せずにはいられない。

 腕白小僧で,学校の中でも外でも暴れ回っていたわたしは,そのつど,先生や周囲の大人たちから,こっぴどく「叱られた」。納得のいくみごとな「叱られ方」もあったし,不条理でどうしても納得のいかない「叱られ方」もあった。しかし,その両方を経験することによって,自分なりの「生き方」の指針をみつけることができた,といまにして思う。

 「体罰」と「暴力」の線引きは,きわめてむつかしい。つまり,そのどちらとも言えない「グレーゾーン」の領域はあまりにも微妙であり,個人差があるからだ。しかし,それでもあえて言っておこう。この微妙な「グレーゾーン」こそ,教育のなんたるかを考える宝庫なのだ,と。そこを切り捨ててしまったら,もはや,教育は形骸化の一途をたどるのみである,と。いや,すでに,その陥穽に落ち込んでしまっている,というべきかもしれない。だとすれば,「体罰」を忌避するこの風潮はますます,教育を形骸化することに拍車をかけることになろう。

 教師と子どもが,真剣勝負で向き合う場,これをどのようにして擁護していくか,それこそが,わたしたちに課せられた喫緊の課題であろう。

2013年3月15日金曜日

体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について(通知)・25文科初第1269号,を読む。

 平成25年3月13日付けで,表記の〔通知〕が,文部科学省初等中等教育局長・布村幸彦,文部科学省スポーツ・青少年局長・久保公人の名前で出された。

 この〔通知〕の相手先は以下のとおり。
 各都道府県教育委員会教育長殿
 各指定都市教育委員会教育長殿
 各都道府県知事殿
 付属学校を置く各国立大学法人学長殿
 小中高等学校を設置する学校設置会社を所轄する構造改革特別区域法第12条第1項の設定を受けた各地方公共団体の長殿

 そして,長い前文があり,そのあとに「記」として,以下の5項目に分けて詳細な内容が示されている。
 1.体罰の禁止及び懲戒について
 2.懲戒と体罰の区別について
 3.正当防衛及び正当行為について
 4.体罰の防止と組織的な指導体制について
 5.部活動指導について

 これに「別紙」なるものが付されている。それは,
 学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例,とある。内容をみると,
 (1)体罰(通常,体罰と判断されると考えられる行為)
  〇身体に対する侵害を内容とするもの(7項目)
  〇被罰者に肉体的苦痛を与えるようなもの(3項目)
 (2)認められる懲戒(通常,懲戒権の範囲内と判断されると考えられる行為)(ただし,肉体的苦  痛を伴わないものに限る)(6項目)
 (3)正当な行為(通常,正当防衛,正当行為と判断されると考えられる行為)

 以上が,今回の〔通知〕の概要である。

 かなりの分量があり,その上,役所の文書に慣れていないので,読解するのに相当の時間がかかる。もっとも,これを受け取る各「長」の方々にとっては問題はないのかもしれない。しかし,わたしのような法令文に慣れない人間にとっては一苦労である。しかしまあ,このご時節でもあるので,頑張って熟読してみた。

 ひとことで言えば,拍子抜けがした。とりわけ,「別紙」に記載された,(1)体罰,(2)認められる懲戒,(3)正当な行為,のなかに示された具体例を読んで呆気にとられてしまった。

 まずは,(1)体罰(通常,体罰と判断されると考えられる行為),という表記につまずいた。そして,何回も読み返してみた。その結果,「体罰」の概念を明確に表記することは不可能なのだ,と理解した。だから,「通常,体罰と判断されると考えられる行為」と括弧書きすることになる。「体罰と判断されると考えられる行為」ということは「体罰と判断されないと考えられる行為」も,このなかには含まれているということらしい。

 もっとわかりやすくするために,
 〇身体に対する侵害を内容とするもの,の具体例を以下に列挙してみよう。
 ・体育の授業中,危険な行為をした児童の背中を足で踏みつける。
 ・帰りの会で足をぶらぶらさせて座り,前の席の児童に足を当てた児童を,突き飛ばして転倒させる。
 ・授業態度について指導したが反抗的な言動をした複数の生徒らの頬を平手打ちする。
 ・立ち歩きの多い生徒を叱ったが聞かず,席につかせるため,頬をつねって席につかせる。
 ・生徒指導に応じず,下校しようとしている生徒の腕を引いたところ,生徒が腕を振り払ったため,当該生徒の頭を平手で叩(たた)く。
 ・給食の時間,ふざけていた生徒に対し,口頭で注意したが聞かなかったため,持っていたボールペンを投げつけ,生徒に当てる。
 ・部活動顧問の指示に従わず,ユニフォームの片づけが不十分であったため,当該生徒の頬を殴打する。

 以上である。

 何回も何回も読み返してみた。茫然自失というべきか,だんだんと情けなくなってきた。こんなレベルの作文を文部科学省の官僚が大まじめに書いていること,そして,これを直属の局長がチェックをし(そこにいくまでに何人ものチェックがなされているはず),なんの疑問もいだくことなくみずからの名のもとに,各都道府県教育委員会教育長をはじめ,学長,知事宛てに〔通知〕として発令する,この無神経さ,無責任さがまかりとおっているという事実。

 わたしは若いころには,かなり長い間,体育教師として仕事をしていたことがある。そして,いまも,教え子たちから学校現場の実情については,かなりの情報をえている。そういう視点から,この文章を読むと,おそらくは,教育現場のことは<報告>という名の「伝聞」「絵空事」程度にしか理解できていない人たちの作文ではないか,と考えてしまう。もし,これが日本の教育行政の中枢の実態だとしたら,日本の教育に未来はない。

 教育現場の最先端で,必死になって児童・生徒と向き合っている先生たちが,この〔通知〕を読んだら,笑ってしまうだろう。なんの問題解決にもなっていないから。問題は,体罰の「グレイゾーン」を明らかにし,そこに,どのような線引きをするのか,そこが問われているのだから。

 この〔通知〕については,いいたいことが山ほどあるが,今日のところはここまでとする。
 みなさんのご意見をお聞きしたい。

2013年2月4日月曜日

スポーツ界を挙げて「スポーツ的自立人間」の育成をめざそう。

 連日のように,スポーツ界の醜聞がつぎからつぎへと報道されて,すっかり気が滅入ってしまいます。暴力的な体罰とはまったく無縁のところで,クラブ活動や体育の授業に情熱をそそぎ,多くの生徒たちを喜ばせ,感動させ,圧倒的な人気をえている先生たちのことを考えると,残念でなりません。現実には,こういうまじめで,生徒たちをこよない愛し,気配りのできる先生たちが圧倒的多数であって,暴力をふるわなければ気がすまないという指導者はほんの一握りの人たちだということです。ですが,毎日の新聞やテレビで報道されるニュースを聞いていると,雨後の筍のように,いたるところで暴力が蔓延しているのではないかという錯覚を起こしてしまいます。

 わたしもかつては現場に立って指導に当たっていた人間のひとりですので,残念でなりません。

 それでもなお,体育・スポーツ界がある隘路にはまり込んでいるのではないか,という危惧は若いときからいだいていました。その危惧がますます増幅してきているように,いまは考えています。それは,「より速く,より高く,より強く」というオリンピックのモットーを旗印に指導が展開され,それが,いつのまにか,あらゆることがらが勝利至上主義に収斂してしまっている傾向のことを意味します。最近では「勝たなければなんの意味もない」と考える指導者も少なくないように思います。

 しかし,こうした傾向に対して日本体育学会でも,早くから危機感をいだき,そのための対策を講ずるべきではないかという動きがありました。たとえば,1976年の「体育学研究の成果をふまえた体育指導者養成のあり方について」(科学研究費・総合研究A・研究代表者前川峯雄)があります。2年間の継続研究で,事前に共同研究者の公募がありましたので,わたしも応募して仲間に入れていただきました。わたしがまだ38歳のときのことです。

 この課題研究はいくつかのワーキング・グループに分かれて,さらにテーマを絞り込んで研究に取組みました。わたしは第一課題「わが国における体育・スポーツの将来構想を描くための基礎的研究」に所属し,さらに,そのなかの第二ワーキング・グループのリーダーを委託されました。そこでの課題は,体育・スポーツをとおしていかなる人間を育成するのか,その理想像を模索せよ,というものでした。

 若さというものはすごいエネルギーを発揮するものです。このときも,たまたま,いいメンバーに恵まれて何回も合宿して議論を積み上げました。そのときに到達した結論のひとつが「スポーツ的自立人間」という考え方でした。つまり,「スポーツ的に自立した人間」を育成すること,これが当時の日本社会にあっては喫緊の課題である,と。

 当時はまだ,柔道や剣道の道場があちこちに残っていて,すぐれた指導者のもとで礼儀作法からはじまり,なにからなにまで「教えてもらう」ということが多くの日本人の伝統的な考え方になっていました。このパターンが戦後の学校体育やクラブ活動にも継承されていました。ですから,体育やスポーツは指導者がいないとできないもの,という固定観念が広がっていました。ここでは,指導者は絶対的な権力者でした。ですから,一方的に指導者が課題を提示し,それに従うというのが常識でした。つまり,「絶対命令」「絶対服従」という構造が当たり前となっていました。もちろん,その背景には,戦時中の軍隊の軍事訓練という名のもとでの厳しい規律訓練の悪しき慣習が大きな影を落としていました。

 ですから,この悪しき構造から抜け出すことが「わが国における体育・スポーツの将来構想を描くための基礎的研究」の最大のテーマである,とわたしは考えました。そうして,幾晩もの合宿研究会を重ねて,激論の末に到達した概念のひとつが「スポーツ的自立人間」というものでした。この考え方については,1977年4月23・24日の課題研究代表者会議(銀杏荘・渋谷)で発表したのが最初でした。つづけて,その年の日本体育学会の学会大会でも発表させていただきました。

 このときの反響は意外に強く,「スポーツ教育と指導法」──”スポーツ的自立人間”にむけて(『体育科教育』12月号/1977,大修館書店),「体育学研究と体育指導者養成」(『体育科教育』2月号/1978,大修館書店)など(あとは割愛)の多くの原稿を書かせていただきました。新聞社も注目してくれました。たとえば,「『スポーツ的自立人間』のすすめ」(共同通信社・文化欄,10月/1978年)の原稿が日本の多くの地方紙に掲載されました。

 そんなわけで,一時の話題にはなりましたが,残念なことに,いつのまにか消え去ってしまいました。いま,思えば,このときにもっと大きな運動に展開しておくべきだった,と悔やまれてなりません。それは,きちんとした報告書にまとめて世に訴えるということをしなかった日本体育学会の責任でもあります。

 そんな悔しさとともに,いまごろになって,わたしの記憶が蘇ってきたという次第です。

 ものごとに速い・遅いはありません。気づいたときが吉日。

 いまこそ,スポーツ界を挙げて「スポーツ的自立人間」の育成をめざすべきではないでしょうか。

 体罰批判も大事ですが,それに代わるべき新しい指導理念をもたないことには,現場は混乱するばかりです。上手にすること,強い選手を育成することも大事ですが,それ以前に,まずはひとりの人間として「自立」することが不可欠です。それでないと,遠い将来を見据えた立派なアスリートは育ちません。「スポーツ的に自立すること」,そのことのために指導者たちは創意工夫を重ね(マニュアル的なワンパターンではないということ),その実績を積み上げていくこと。これしか体罰地獄から脱出する手だてはない,とわたしは考えています。そして,スポーツの未来もない,と考えています。一人ひとりが自立して,それぞれのスポーツ・ライフをエンジョイできるようになること,これがわたしの考える「スポーツ的自立人間」の,ひとつのモデルです。

 長くなっていますので,この稿はひとまずここまで。いずれ,このつづきを書いてみたいと思っています。

2013年1月28日月曜日

再び「体罰」ということばについて。大阪体育大学学長さんに。

 関西方面へ,25,26,27日と出かけ,講演,研究会,フィールドワークを済ませてもどってきましたら,その間に,わたしのブログに6人の方からコメントをいただいていました。そのうちの5人の方は匿名でしたが,お一人だけ実名でコメントをいただきました。大阪体育大学学長永吉宏英先生です。このコメントにはなにをおいても応答しなければならないと考えました。コメントを寄せられたわたしのブログは,1月13日付けの「『体罰』ということばについて。大阪体育大学大学院の授業で議論」というものです。

 このブログに対して,永吉先生からいただいたコメントは以下のとおりです。

 「大阪体育大学の教育にかかわる宣言」
 大阪体育大学は,体育・スポーツや福祉の指導者養成に携わる大学としての伝統と社会的責任を踏まえ,クラブ活動を含むあらゆる教育の場において,体罰を行うことや体罰を是とする教育が行われることを断固として拒否します。
 平成25年1月24日
 大阪体育大学学長 永吉宏英

 大学の方針と食い違うように見受けられるのですが

 以上です。

 で,わたしの応答は以下のとおりです。

 「大阪体育大学の教育にかかわる宣言」を全面的に支持します。そして,わたしのブログは,この方針に食い違うことはない,と確信しています。もし,疑念をいだかれたとしたら,やはり,それは「体罰」ということばの概念をめぐる問題にあろうかと思います。若い高校生を死に追い詰めるような肉体的苦痛を与える暴力は断じて許されることではありません。しかし,残念ながら,このような暴力も含めて「体罰」ということばが世間で流布しいます。その意味では,すべての「体罰」を教育の現場から排除すべきだという考えに全面的に賛成です。

 しかし,先生もよくご存じのように,文部科学省も厳密な意味での「体罰」の概念規定をしていません。ですから,「体罰」の概念をめぐる議論も百花繚乱です。それは,恐ろしいほどの乱れ方です。その乱れに便乗したまま,メディアが濫用しますので,わたしたちはますます混乱してしまいます。その上,「体罰」問題が裁判沙汰になったときの法の裁きもまた,判例ごとに驚くほどの違いがあります。つまり,それほどに「体罰」ということばの概念規定は困難だということでもあります。

 たとえば,東京弁護士会のHPにはつぎのように書かれています。
 「体罰とは,懲戒として,殴る,蹴る,直立不動の姿勢をとらせるなどの肉体的苦痛を懲戒として与えることをいいます。トイレに行かせないといった行為も肉体的苦痛を伴うので,体罰にあたると考えられます。学校教育法11条は『校長及び教員は,教育上必要と認めるときは,文部科学大臣の定めるところにより,学生,生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし,体罰を加えることはできない。』と定めており,体罰は禁止されています。
 体罰にあたるかどうかの判断について,文部科学省は,『当該児童,生徒の年齢,健康,心身の発達状態,当該行為が行われた場所的及び時間的環境,懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え,個々の事案ごとに判断する必要がある』,『有形力(目に見える物質的な力)の行使により行われた懲戒は,その一切が体罰として許されないというものではない』などとしていますが(18文科初第1019号・平成19年2月5日),いずれにしても,肉体的苦痛を伴うようなものであれば体罰に当たる点に注意する必要があります。」

 こまかなことは省略しますが,要するに「体罰」ということばには大きなグレーゾーンがある,ということです。つまり,「体罰」と言った場合には,単なる暴力以外の意味もあることを文部科学省も認めているという次第です。そして,ここの部分に教育の根幹を形成する「教育愛」にかかわる重要な問題が潜んでいる,ということです。教育現場に携わった経験のある人であれば,みんな知っている事実です。ですから,このことを文部科学省もよく承知しているわけですので,その苦悩がこういう形で表現されているのだとわたしは考えています。

 このグレーゾーンの核心部分に触れる発言が院生さんからありましたので,ここは避けてとおるわけにはいかないと考えました。そこで,わたしの考えているところを正直に吐露したという次第です。たぶん,このあたりのことを,学長さんは「大学の方針と食い違うように見受けられるのですが」とコメントされたのでは・・・と推測しています。

 ここからは,いいわけになりますが・・・・。
 ブログは限られたスペースに,ほとんど結論的なことしか書けませんので,これまでにもしばしば同様な指摘を受けてきました。そこで,読者の方たちにお願いしていますことは,当該のブログに関連したブログをほかにも書いていますので,それらと合わせて,総合的な判断をしていただきたい,ということです。たとえば,今回のブログに直接関連するものだけでも,以下のものがありますので,参照していただければ幸いです。

 1月10日 桜宮高校バスケットボール部で起きたことは「事件」であって,「事案」ではない。
 1月15日 「新しい文化の誕生」。帝京大学ラグビー部,岩出監督のことばが素晴らしい。
 1月16日 橋下君,トンチンカンですよ。桜宮高校の生徒や受験生を犠牲にしてはいけません。
 1月17日 「涙する情動を取り戻せ」(トリン・ミンハ)。木下監督,山口良治監督,そして桜宮高校。
 1月20日 言論によるビンタは野放しのまま。これでいいのか。冗談じゃない。
 1月22日 桜宮高校の入試中止。受験生無視,在校生無視,教育委員会はだれのためのもの? 断じて許せない。
 1月22日 桜宮高校の生徒8人,記者会見で反論。素晴らしい。駄目なのは大人。

 ながながと書いてしまいました。これで学長さんへの応答を終わります。
 たいへん責任の重いポジションで,世間の荒波にもまれながらの対応,人には言えぬご苦労が多いことと思います。どうか,くじけずに,わが信ずるところを,一直線に進んでください。こころから応援しています。


〔お詫びと訂正〕
 大阪体育大学学長さんからコメントがあった,という前提で,このブログを書いてしまいました。が,学長さんからのコメントはありませんでした。それは,「匿名」さんが,「大阪体育大学の教育にかかわる宣言」をオープンにして,コメントしてくれたものでした。一度は,このブログを削除しようかと考えましたが,内容的には,前のブログを補完するものになっていると考えましたので,このまま掲載することにしました。とんだわたしの勘違いで,みなさんにはたいへんご迷惑をおかけしまた。お詫びして訂正させていただきます。ご寛容のほどを。








2010年12月25日土曜日

「うつ病」で5000人以上の先生たちが休職している,とか。

 今日(25日)のインターネット情報(NHK)によると,学校の先生たちの休職者がこの1年で8,627人であったという。去年よりも49人増で過去最高とのこと。そのうち,うつ病や適応障害など精神的な病気で休職した人が63.3%で,5,458人だという。こちらも去年より58人増で過去最高とのこと。この数字は文部科学省が調査した結果,明らかになったという。しかも,公立の小・中・高校の先生が対象である。ここには私立の先生たちの数は入っていない。それにしては,その数の多さに驚いてしまう。いったい,いま,学校現場でなにが起きているのだろうか。こんなにも多くの休職者がでてくるにはそれなりの原因があるはずである。
 教育委員会の説明によると,1.学校業務が増えたことによるストレス,2.保護者・住民からの苦情増によるプレッシャー,3.初任者の先生たちは予想していたイメージと違う格差によるショック,などが主な理由だとのこと。休職者が年々増えつづける現状に対して,対症療法的な措置はとっているものの,その抜本的な対策はとられていないらしい。というのは,最近,会った中堅どころの気合の入った男の先生からの情報による。
 その先生の話によると以下のとおりである。
 たとえば,50歳台の女性の先生たちの間に,なにか困ったことが起きると,すぐに「うつ病」を理由に休職する人が増えてきている,というのである。「うつ病」を理由にされると,校長先生も手も足も出せないまま,それを認めるしかないのだそうである。そして,しばらく休職して,元気になると復職するのだが,長くはつづかないそうだ。問題は,その先生が休職している間は,だれかが肩代わりをして,二つのクラスの担任をすることになる。たださえ学校業務が多い上に,二クラス分を処理しなくてはならなくなる。もう,すでに,限界を超えている,とかれは嘆く。その現状のきびしさは教育委員会も承知しているので,休職が長くつづくようだと,臨時の教員を派遣してくる。しかし,この臨時教員は,いわゆる教員予備軍なので,実務経験はほとんどない。だから,ことあるごとにこの人の指導に当たらなくてはならない。それがまたたいへんなのだ,とかれは嘆く。場合によっては,いない方が楽だ,とも。
 なぜなら,担任が休職してしまうようなクラスは,それ以前にすでに学級崩壊しているのだそうだ。だから,担任は「うつ病」になってしまうのだ,とかれは言う。で,その崩壊したクラスを,二つ目のクラスとして担任するかれは,必死になって建て直しにとりかかり,なんとか軌道に乗りはじめたかなと思ったころに臨時教員が配属されて,その先生にバトンタッチする。すると,不慣れなために,またまた,学級崩壊を起こすのだそうな。それを,こんどは側面からサポートすることになる。この方が手間暇がかかってたいへんなのだ,という。とても,よくわかる。
 いま休職している女の先生は,じつはとてもやさしい心根の持ち主で,いい先生なのだそうな。しかし,その先生の心根のやさしさに意地悪な生徒たちが付け入って,さんざん悪さをして,先生の言うことを聞かなくなってしまう・・・,その結果として学級崩壊がはじまる・・・,そういう悪循環があるという。だから,男の中堅どころの気合の入った先生が,担任の代理としてクラスにいくと,その悪童たちはおとなしく言うことを聞くのだそうだ。だから,いとも簡単にクラスは機能しはじめる,と。
 こういう心根のやさしい先生は,保護者からも攻撃されてしまう,というのである。いまの親は,先生が「弱い」とわかると「いじめ」にかかる,というのである。いまの世の中で起きていることがそのまま学校で起きているようだ。保護者たちは先生を「勝ち組」と「負け組」とに二分して,「負け組」を徹底していじめにかかるというのだ。なんということが,いま,学校で起きているのか,とわが耳を疑う。そんな風潮が学校社会のなかにも浸透しているとは・・・・?最近では,ますますそれがひどくなっている,とかれは言う。
 もうひとつはパソコンへの適応不能の問題が,高齢の先生たちの間にある,というのである。こどもの扱いは抜群にうまいベテランの先生なのに,学校業務をパソコンで情報処理をするのが苦手という人も少なくない,という。しかも,新しい教育機器はつぎつぎに導入されてくる。それらはすべてパソコン操作と連動している。だから,その取り扱いをおぼえるだけでも大変だという。ここでつまずいてしまうと,先生としての負担は想像を絶するほど大きくなる。そうなると,周囲にいる先生たちが助けの手をさしのべて,なんとかやりくりをしていこうとする。でも,いつもいつも,いいタイミングでサポートできるとはかぎらない。自分の業務だけでもたいへんだから,とても他人のサポートまで手がまわらないことは,いくらでもある。
 その上に,若手の教員は,みんな大学で「情報処理」という授業を必修で受けている。だから,パソコンを自由に扱って当たり前になっている。しかし,ベテランの先生たちにとっては,まったくの素人からの手さぐりでのパソコン技術の習得となる。しかも若いうちならすぐに身につく操作も,ある年齢を超えるととても大変である。超ベテランであるわたしには,そのことの意味はとてもよくわかる。今日2時間かかってようやく覚えた単純な操作を,翌日にはケロリと忘れている。がっかりである。そんなことのくり返しである。そして,そういうベテランの先生たちを,馬鹿にする若手の先生たちが増えてきている,という。つまり,学校現場では「お荷物」になってしまっている,というのである。だから,言っては悪いけれども,あと何年で・・・と指折り数えるようになってしまう,という。
 この他にも,ここでは書けないような話が学校の中ではいっぱい起きている(わたしが聞き知っただけでも)。世の中の狂気が学校社会にまで蔓延しているのだ。この狂気が立ち現れる根源を断ち切らないかぎり,学校の正常化はありえない,とわたしはおもう。しかし,そのための方策を提示できる人がいない。いま,教育学の研究者はなにをしているのだろうか,と首を傾げてしまう。教育の方法論ばかりに眼を奪われていて,肝腎の「人間」の問題(生徒も先生もふくめて)がないがしろにされつつある。困ったものである。
 問題の解決方法はきわめて簡単だ,とわたしは考えている。
 教員に優秀な人材が集まるシステムを構築すること。たとえば,給与を高くすること,休暇を多くすること(たとえば,夏休みなどを完全に休めるようにすること,そして,教員としての自己研修が十分にできるようにすること,など),学校業務を少なくすること(事務職員を増員して教員の負担を軽減すること)。たったこれだけで,教員はかなり魅力的な職種となる。そうすれば,おのずから優秀な人材が集まるようになる,とわたしは考えるのだが・・・・。
 最大のネックは,教育にお金をかけるという政治的判断が欠落していること。明治以後の日本の驚異的な躍進を支えた立役者のひとりは,学校の先生たちだった。優秀な先生たちが優秀な生徒を育てあげた。その先生を養成する師範学校では,その生徒たちに給料を支払っていた。だから,家庭の事情で上級学校にいかれない優秀な人材が師範学校に集中した。だから,師範学校に入学するにはたいへんな競争率を突破しなくてはならなかった。しかも,卒業後は確実に教員になれた。しかも,社会的地位もきわめて高かった。
 いま,考えてみると夢のような話である。しかし,そんなことを言っていてもはじまらない。なにはともあれ,教育予算をしっかりと確保して,抜本的な改革をしないかぎり,学校現場はますます荒廃していくばかりだ。いまは,かろうじて,教育に情熱を傾けることのできる熱いハートをもった一握りの優秀な教員によって,ボーダーラインぎりぎりのところで踏みとどまっているにすぎない。痩せ細ってしまった教育予算を,まずは,増やすこと。そのためには,小回りのきく地方自治体から運動を起こすことが先決ではないか,とわたしは考える。
 ハシモト君やカワムラ君あたりが,声を大にして,この問題に取り組んでほしいとおもう。イシハラ君でもいい。ヒガシ君でもいい。なんとかせにゃ,あかんがや。感が鈍ってしまったカン君を待っていてもはじまるまい。のん,ほい(三河弁)。
 こんな話を,つい最近,聞いたばかりだったので,今日のインターネット情報には思わずしらず目がとまり,学校の先生もたいへんな時代になったものだなぁ,とあらためて考えることになった次第である。 

2010年12月22日水曜日

就職活動=「就活」とはいったいなにごとなのか。

 「就活」なることばが,しばらく前から新聞紙上に目立つようになった。いまの世の中はそんなものか・・・と遠くから眺めていた。ところが,急に,「わがこと」として対面することになった。
 20日から,神戸市外国語大学で集中講義に取り組んでいる。その受講生の主体は学部の3年生である。その3年生が「就活」のために授業を休ませてくれ,というのである。まるまる一日,休めば,それだけですでに3分の1の欠席となる(集中講義は3日間で15コマの授業を行う)。その上,残りの2日間のうち,午前だけとか,午後だけを休ませてくれ,という。となると,15コマのうち半分近くを欠席することになる。ルールどおりであれば,単位の認定はできなくなる。
 だとすれば,「補講」をすることになるのであろうか。「補講」とは,原則として担当教員の都合で15コマの授業をすることができなかった場合の緊急措置として行われるものだ,と承知している。あるいは,学校行事のために,授業回数が不足した場合の措置として。だから,学生さんの「就活」のために「補講」をしなくてはならない,という理由はどこにもない。
 となると,「特別指導」なる手当てをして,欠席分を補充して,単位認定ということにでもなるのであろうか。
 しかし,こんなことよりも大事なことがある。わたしのここでの集中講義は一種のゼミナールである。テクストも予習用のスクリプトも,あらかじめ提示してあって,学生さんたちは順番にプレゼンテーションを行い,みんなで議論をしていく。わたしは,担当者として,ゼミナールの導入のレクチュアをしながら,少しずつ議論を深めていくべくサポートしていく。そうして,議論の成果を一つひとつみんなで共有しながら,ゼミナールの議論を盛り上げていくことを目指す。最終的には,このゼミナールはこういうものであったのか,ということをみんなで了解できるところまで努力を積み重ねていく。これがうまくいくと,学生さんのみならず,担当者であるわたしも,思いもよらない新たな知の地平を切り開くことができる。
 ところが,「就活」なるものによって,この授業計画は,ズタズタに寸断されてしまう。ちなみに,受講している3年生7名のうち,全部出席できる学生さんはたった2名だけである。こうなると議論の蓄積はほとんど不能である。となると,ゼミナールの本来の目的はどこかにすっ飛んでしまう。その場かぎりの議論をして,済ませてしまうしか方法がない。なんとも,やるせない。もったいない話ではある。
 いったい,企業は大学教育というものをどのように考えているのだろうか。3年生の後期の授業をズタズタにしてしまうことの意味を考えているのだろうか。自分のところにいい人材を早めに確保してしまえば,それでいいと考えているのだろうか。大学教育の4年間のうち,2年半しか授業を受けていない学生さんを「刈り取ろう」ということの意味を,少しでも考えたことがあるのだろうか。残りの1年半で,学生さんはいかようにも変化することを考慮に入れているのだろうか。極論してしまえば,企業は大学教育というものになんの期待もしていないのだろうか。
 こんな疑念ばかりが脳裏をかすめていく。
 「就活」からもどってきました,という黒いスーツで身を固めた学生さんたちに罪はない。むしろ,可哀相に・・・・と思う。なぜなら,世俗のことなど忘れて,学生という特権を思い切り生かした自由な時空間での学生生活を堪能することもできない情況に身をさらされているのだから。そして,残りの1年半の学生生活こそ,人間的にも,もっとも飛躍できる時期なのだから。それをもズタズタにされてしまうのだから。将来の職種すらまだ定かではない3年生の段階から,浮足立ってしまって,地に足がつかない生活に追われなくてはならないのだから。
 こうして学生さんたちは,早くも,そして,ますます「事物」(ショーズ)と化していくのである。こんなことを野放しにしておいていいのだろうか。新聞などの報道によれば,来年からはもう少し遅くする方向で検討中だとか。当然だ。
 大学教育を企業が破壊している実態をもっともっと世間に訴えていくべきだ。大学も企業も,双方ともになんの得にもならないのだから。それどころか,学生さんが最大の被害者だ。もっともっと青春を謳歌させてやらなければ,ほんとうのいい人材は育たない。このことに社会全体が気づかなくなってしまったら,世も末である。
 人間の「事物化」現象に少しでも歯止めをかける努力をしていかなくては・・・・。
 そして,一人ひとりの人間としても,「事物化」に抵抗する生き方を模索しなくては・・・・。

 さて,今日が集中講義の最終日だ。気を取り直して,頑張ることにしよう。
 

2010年12月19日日曜日

キッズ・チャンバラを見学,殺陣剣術体験の記。

 昨日のキッズたちのチア・リーディングをみて,その感想をブログに書いていたら,そういえば,しばらく前にキッズ・チャンパラなるものを見学したなぁ,と思い出した。
 12月9日(水)午後6時から9時までの3時間。その前半でキッズ・チャンバラを見学し,その後半は殺陣剣術を体験させてもらった。NPO法人たかつのスポーツ・クラブが組織するプログラムのなかの一つを,友人の戸沼資貴さんが担当している。この戸沼さんは税理士の高橋さんに紹介してもらった。なんと,戸沼さんは義足の殺陣師である。ふつうに歩いているときはほとんど気づかない。それほどにリハビリに励み,調整をされた人だ。そして,いまは,人の前に立って,殺陣剣術の指導に取り組んでいる。いささか人間のできが違う。
 さて,キッズ・チャンバラというものを以前から話には聞いていたが,実際に,どんな具合にしてレッスンを展開しているのか知りたかった。そして,殺陣剣術なるものがどういうものなのか,それも知りたかった。その夢がようやくにして実現したという次第。
 まずは,キッズ・チャンパラから。午後6時,すでに,かなりの子どもたちが集まっている。下はどうだろう,小学校3年生くらいか,上は6年生だろうと思う。女の子も相当数いる。半数近いか。こんなことも確認しないまま,ただただ,見とれていた,というのがほんとうのところ。久しぶりに子どもたちが集まって元気にはしゃいでいる姿を目の前にしたからだ。みんな仲良しなのか,底抜けに元気がいい。というか,落ち着きがない。まずは,きちんと正座して瞑想とご挨拶から入る。瞑想と言ったところで,ひとりふたりはお茶目な子がいて,人を笑わせている。何人かがつられて笑ってしまう。でも,先生もその他の子どもたちも知らん顔をして瞑想している。そのテーマは,自分が一番なりたいものをイメージしなさい,というもの。つぎに,ご挨拶。正面に礼。お互いに礼。チャンバラに使う剣に礼(剣といってもウレタンでできた柔らかい棒)。これも子どもたちの大半は,きわめて形式的。しかし,何人かの子どもたちは先生のやるとおりの礼をしている。
 こうしてレッスンがはじまった。先生は,戸沼さんのお弟子さんたち。戸沼さんは,それとなく遠巻きにサポートしながら,みてまわっている。先生は「これをしてはいけない」という注意はほとんどしない。しかし,「〇〇をするときに守らなくてはいけないことは,なにかな?」という問いを投げかけ,子どもたちに答えさせている。それ以外のことは自由自在に対応している。だから,一見したところ,子どもたちも勝手気ままにみえる。先生の話はほとんど聞いていないようにみえる。それほどに子どもたちは勝手なことをしている。それでも不思議なことに,レッスンはそれなりに流れていく。大きな流れとしては,先生の計画どおりに流れている。話を聞いていなくてわからなくなった子どもは,あわてて,近くにいる子に聞いている。そして,すぐに,仲間の中に入っていく。
 剣は軽くて柔らかなので,どんな風にからだを叩こうと,痛くもなんともない。説明をしている先生のうしろからいきなり背中を叩きにいく子もいる。先生は,そんな子を無視して,必要な説明をしている。ほとんどの子は動きまわりながらも,それとなく話を聞いているのがわかる。それで,どんどん,レッスンは進んでいく。一見したところ,とても大雑把にみえるが,じつは,基本的なことはすべて押さえてある。だから,わずかに数人の子どもたちはきちんとレッスンの流れにそって動いている。それで,十分にレッスンは浸透していく。勝手なことをしている子どもたちも,それとなく,レッスンの流れにアンテナを張っているのがよくわかる。これでいいのだ,とわたしは膝を打ちながら,じっと見守る。
 終盤にさしかかったところで,赤白の二手に分かれて,全員で一斉にチャンバラごっこに入った。もう,大変な騒ぎである。全員が所狭しと駆けずり回りながら,チャンバラごっこに余念がない。面白いことに女の子が一歩も負けてはいない。堂々と対等に討ち合っている。小学生くらいだと男女の性差はほとんどない。わたしの記憶では,小学生のころ,相撲をやると女の子の方が強かった。だから,この子どもたちもチャンバラごっこを男女対等に闘っている。だから,みんな必死で,全力を投球している。これはやろうとしてやっているのではない。気がついてみれば,そうなっている,という理想的なパターンになっている。
 そして,最後に,どういう約束事になっていたのか,二人の男の子が呼びだれて,コートの中央に登場して,一本先取の真剣勝負を行った。のっぽの子とちびさん。なぜ,この二人なのかな?と思ったほどだ。これでは最初から勝負がついているではないか,と。先生は,もう一度,確認のために勝負判定のルールを説明。二人は真剣に聞いている。その他の子どもたちは,そのまわりを囲んで坐っている。なぜか,このときはみんなおとなしく坐っている。その前のチャンパラごっこで疲れていたのかもしれない。しかし,じっと,ことの成り行きを見つめている。
 「相討ち」は勝負なし,で試合ははじまる。審判は,先生二人と,一人の主審。驚いたことに,双方ともに最初から積極的に討ってでる。しかも,同時の相討ちになる。休むことなく討ってでる。そして,何回も,何回も相討ちがつづく。二人とも必死である。こんなにも真剣に討ち合いをするとは,わたしは予想していなかった。徐々に疲労がでてくる。その瞬間である。のっぽが討ってでて空振りとなる。その瞬間をちびが討ってでた。それが,みごとに一本となり,勝負あり。のっぽ君は天を仰いでしばし動けない。先生の指示で,握手,うしろに下がって礼。のっぽ君は,正座したまま上を向いて涙をこらえている。まわりの子どもたちもみんなのっぽ君を注視している。やがて,涙があふれてきて頬をつたって流れ落ちる。静かに,全員がじっとしたまま見守っている。さっきまで,先生の話もそこそこにしか聞いていなかった同じ子どもたちなのだろうか,と不思議なくらいだ。この時間は貴重だなぁ,とわたしまで感動してしまった。
 しばらくして,二人を立たせて,もう一度,握手をするようにと指示。戸沼さんは,しっかりとお互いに手を握らせて,お互いの眼をみつめるように,と指示してカメラを向ける。そして,そのままの姿勢をとらせておいて,さまざまな角度からシャッターを切る。その間,二人は握手をしたままお互いの眼を見つめ合っている。戸沼さんはそれを計算に入れたかのように,しっかり,時間をかけてシャッターを押している。これを全員の子どもたちがみつめている。
 レッスンの前半にみられたような,勝手気ままな,多動性症候群ともおぼしき子どもたちとは打って変わって,みんな神妙な顔をしている。
 そうして,最後に,全員,正座。そして,瞑想。ご挨拶とつづく。
 後片付けをして,解散。子どもたちは,着替えを済ませると,大きな声で「ありがとうございました」といって帰っていく。みんな生き生きとしたいい顔をしている。
 わたしがもっとも救われたのは,いわゆる「体育座り」を強制していなかった,という点だ。みんな,それぞれに思いおもいの坐り方をしている。中には寝ころがって先生の話を聞いている子もいる。その間,ふざけ合っている子もいる。でも,先生は必要最小限のことだけ話すとすぐにチャンバラに入る。なにをしたらいいかわからなくなった子どもは,しばらく立ってみている。そして,様子がわかると中に入っていく。先生は黙ってみているだけ。この「待つ」という時間が重要なのだ。子どもに判断させること。そして,いま,どうすればいいか,を考えさせること。ここを大人たちは「待つ」だけのこころの大きさがないので,すぐに,指示を出してしまう。ひょっとしたら,お説教をはじめてしまう。子どもはすでに「しまった」と思っているのだから,それにかぶせるようにしてお説教をする必要はない。その「しまった」で自己を取り戻しているのだから,あとは,自己の判断にゆだねてやればいい。こうして,子どもは成長していくものなのだから。
 まあ,久しぶりの子どもたちの活動ぶりに接して,そして,人間というものをきちんと見極めている指導者のもとでのレッスンを拝見させていただいて,世の中,捨てたものではないなぁ,としみじみ思った。NPO法人の活動については,いろいろの意見があることもよく承知しているつもりである。しかし,実際にその現場をみてみると,どこの世界も同じで,そこを仕切る人による,としみじみ思った。どの世界も少数のすぐれた人材によって基本的なところは支えられている。だから,世の中はなんとか成り立っているのだ。この人たちの努力と活躍がなかったら,世も末である。こういう人たちが一人でも多く日の目をみる社会になってほしいものだと思う。
 いいものを見せていただいた。
 長くなってしまったので,殺陣剣術体験記は,またいつか。
 今日はここまで。

2010年12月18日土曜日

キッズのチア・リーディングを見る。

 今日(18日),鷺沼の事務所に向う途中,キッズのチアリーディングのパフォーマンスに偶然,出会った。いつもの溝ノ口駅に向って歩いていたら,駅前の丸井のところに人だかりがある。近づいていってみると,これからキッズのチアリーディングのパフォーマンスがはじまるところだった。思わず足が止まってしまった。
 小学生3年生くらいから6年生くらいの可愛い女の子たちが,およそ20人くらい。いくつかのチームに分かれているらしく,また,演技内容によってメンバー構成も入れ替わったりして,さまざまな集団が演技をみせてくれた。チア・リーダーの存在は,アメリカで初めてすぐ近くでみる機会があって,それ以後,わたしの意識のなかに,かなり不思議なものとして残っている。
 今日,出会ったキッズのチアリーディングは,とてもよく訓練されていて,動きの切れもいいし,リズム感も抜群でみていて楽しかった。お年寄りから親子連れまで,さまざまな人たちが足をとめて,「ウォー」と声をあげて感動している。満面の笑顔ではじける動きをみせるチアの女の子たちも,ほんとうに嬉しそうにみえた。が,途中で,おやっとおもうことがあった。
 彼女たちは,とても薄着で,寒くて震えているのである。だから,演技が終わると,みんな一様に暗い顔になってしまう。その落差の大きさに気づいたとき,あれっ?と思った。そして,つぎの出番を待つ間,彼女たちは震えながら待っている。箱根駅伝などの選手たちが,バトンを受けとる寸前まで羽織っているダウンのロング・コートがあるではないか。ああいうものを,出番を待っている間くらい着せてあげればいいのに・・・,とひとりごと。
 こうして,何組かの演技がつぎつぎに繰り広げられていったのであるが,満面の笑顔はステージに立った瞬間からで,終わって控えになると暗い顔。見ているうちにだんだんと可哀相になってくる。そして,こんどは逆に,よくもまあここまで訓練されたものだなぁ,と妙なことを考えはじめてしまう。女の子たちは,大好きで楽しいから,このチームに入って練習をつづけているのだろうが,この子たちにどこまで自主性が認められているのだろうか,などと勝手なことを思い浮かべてしまう。その指導者たちとおぼしき女性たち(わたしの眼で確認できた人は3人)はみんなロング・コートを着ていた。指導者の配慮の欠落もさることながら,女の子たちが自主的に「寒い」と訴えることをしないでいることの不自然さの方にわたしの関心は向かう。ひょっとしたら,体育会的な上下関係があって,まるで,奴隷のような訓練を受けているのではなかろうか・・・などと。
 こんなことを考えながら眺めていたら,こちらのこころだけでなく,からだまでが寒くなってきた。
 しかし,そこに,もう一つの面白い光景が眼に飛び込んできた。
 まだ,よちよち歩きの小さな女の子が,お母さんの手を振り切って,ステージの真ん前に近づいていって,見よう見まねでチアをはじめたのだ。もちろん,歩くことさえ覚束ないくらいだから,チアの動きにはなっていない。チアの女の子たちがジャンプすると,その小さな女の子は足をバタハタとさせ,チアの女の子たちが素早くからだを回転させると,その小さな女の子はよたよたとかなりの時間をかけて一回転する。母親はあわてて,手をつないで引き戻す。しばらくすると,また,その小さな女の子は母親の手を振り切って,同じことを繰り返している。別に迷惑をかけているわけでもないし,危険であるわけでもない。だから,好きなようにさせてあげればいいのに・・・とわたしは遠くから眺めていた。しかし,母親は止めに入る。そのたびに,その小さな女の子は地団駄を踏んで怒っている。そのうちに,母親もあきらめたのか,そのまま,しばらく傍観をはじめた。もう,その小さな女の子は,夢中になって,チアのまねごとをしている。眼をらんらんと輝かせて・・・・。

 で,ここまで眺めていたら,突然,バタイユの『宗教の理論』が頭をかすめた。あっ,チアの女の子たちは「事物」ではないか。そして,その小さな女の子は,チアの女の子たとを「同類」だと思っているのではないか,と。チアの女の子たちは,教えられたことをそのまま,まるで,ロボットのように,全員が同じリズムで同じ動きをしている。そして,それを喜びである,ということを実証するために満面の笑顔を「つくって」いる。ほんとうのところは寒くて仕方がない。笑顔など「つくって」いる場合ではないのかもしれない。しかし,満面の笑顔をくずそうともしない。寒くて震えている控えでの姿との,そのあまりのギャップの大きさが不自然だ。
 それに引き換え,その小さな女の子は母親の制止を振り切って,ステージの真ん前に立ち,よたよたとしながらも夢中になって同じふりをしているつもりになっている。チアの女の子たちと「同類」になったつもりで。つまり,彼女の気持ちの上では,チアの女の子たちとなんの違和感もなく,一体化しているつもりなのであろう。まさに,自他の区別のない,内在性のなかに溶け込んでいるようにみえる。そこには計算も打算もない,ただ,ひたすら,まねごとに熱中しているだけである。それ以外のなんの目的もない。ただ,ひたすら「消尽」されるのみ。この小さな女の子は,まだまだ,動物性を存分に引きずっている。そして,このリズミカルな動きに反応して,無心に同一化をめざしている。
 これはどうみても,事物たる人間性の世界と,同類と一体化しようとする動物性の世界が,いま,わたしの目の前で展開している・・・・と。生まれたばかりの赤ちゃんは,おそらく,まだ,動物性の世界にどっぴりと浸っているはずだ。その赤ちゃんが,眼がしっかりとみえるようになり,はいはいをはじめ,やがては立ち上がって歩きはじめるにしたがって,次第に動物性の世界から人間性の世界へと移行していく。
 教育は(親も学校も社会も),もって生まれた子どもの動物性をいかに排除・隠蔽するかということに全力をあげる。つまり,人間性の世界に適応できるように「しつけ」ようとする。こうして,りっぱな「事物」に仕立て上げていく。チアの女の子たちは,特別のプログラムをとおして,他の女の子たちよりも特異な事物に仕立てあげられていく。その,みごとな「事物性」に触れて,もっとも標準的な事物と化してしまった大人たちが感動している。しかし,その中にひとりの小さな女の子が紛れ込んでくると,事物が支配している時空間に,突然,純粋無垢な動物性の世界が切り開かれていく。しかし,鈍麻してしまった事物たる母親をそれを制止しようとする。その他の大人たちも(わたしもふくめて),その制止を制止しようとはしない。事物だらけのその場で,動物性をいっぱいかかえこんだままの小さな女の子だけが異彩を放っている。
 やがて,チアリーディングのパフォマンスは終わり,集団がくずれた。わたしは,少し離れたところに立ち,その後の彼女たちの様子をさぐっていた。案の定,彼女たちは三列横隊に並び,直立不動の姿勢で,指導者のお話を聞いている。なにか,確認のことばが指導者から発せられると「ハーイ」という,これ以上の声はでません,というほどの大きな声で返事をしている。しかも,女の子たちは寒くて震えているのである。にもかかわらず,延々と,そのお話はつづいている。可哀そうに,と思いつつなにもできない自分を歯痒く思いながら,きびすを返すことにした。
 なにか見てはいけないものを見てしまったあとのような,後味の悪さを残したまま,電車に乗る。あの見物集団のなかには親もいたはずだろうに・・・・,などと思いながら。

2010年7月19日月曜日

日本の教育現場は「我とそれ」(ICH UND ES)に占拠されてしまったのだろうか。

 今朝の朝日新聞に「いま,先生は」という特集記事の第一回目「孤立,命絶った教師」が掲載されている。読んでいて情けなくなってしまった。涙が止まらない。
 2004年9月,静岡県磐田市の市立小学校に採用されて半年後,24歳の女性教師は絶望の果てにみずからの命を絶った,という。わずか半年である。
 この女性教師はこどものころから先生が大好きで,教師になることを夢見ていたという。いい教師になるためにといって,学生時代からボランティア活動に取り組み,東南アジアのストリートチルドレンの支援にかかわったこともある,という。新任教師になってからの半年間の記録は,担任としての実践記録や友人に送ったメールや親との会話で,ほぼ,全体像が把握できている。
 その主なものを転載してみると以下のとおり。
 4月1日 とても緊張した。責任の重さを感じると同時に,子どもたちを愛していこう,全力を尽くそうと心に誓った。
 5月7日 いじわるをされ仕返しがこわくて何も言えない子や,円形脱毛症になりかけている子がいると,家庭訪問した親の話をきいて初めて知った。
 5月31日 授業が下手だから・・・教室内の重い空気になんともいえない息苦しさを感じる。子どもを愛すること,できているのかな。
 7月17日 「悪いのは子どもじゃない,おまえだ。おまえの授業が悪いから荒れる──と言われ,生きる気力がなくなりそうに感じました。苦しくて。苦しくて。苦しくて。」(友人へのメール)
 9月28日 同じ教室にいてなんで止められないんだ,問題ばっかり起こしやがって,って言われた。何回も学年会で助けてほしいと言っているけど,言ったときに来るだけで後がないんだよ。(母親への訴え。死の前日)
 わたしはこの記事を読みながら,かつての奈良教育大学時代の教え子のH君の話をありありと思い出していた。熱血漢のかれは中学の体育教師として,大阪府の中学校に着任した。そして,陸上競技の部活に力をそそぐ。ちょうど梅雨どきだったように記憶する。深夜に,わたしのところにやってきて,相談がある,という。顔をみたら別人である。顔全体が腫れ上がって,眼のまわりは青痣だらけである。唇も切れていて,何カ所か絆創膏で止めてある。わたしの方がギョッとした。なにがあったのだろうか,と。
 H君の話を聞いたら,こういうことだった。学校では生徒たちとも楽しく授業ができているし,先生たちとも仲良くしている(かれの学生時代の人気ぶりからみても,そうだろうとわたしは確信する)。ある雨上がりの日の放課後,中学の卒業生がひとりオートバイに乗ってやってきて,運動場を走り回り,グランドをぐちゃぐちゃにしめじめた。あわてて飛び出していって,「こんなことをしてはいけない」と諭して,オートバイごと校門の外に追い出した。
 翌日の放課後,昨日の1人とその仲間の5人が徒党を組んで職員室になだれこんできて,H君を取り囲んだ。H君は,校長先生から,どんなことがあっても学校内で手を出してはいけない,と固く言い含められていた。なぜなら,H君は空手の有段者で,しかも関西地区で優勝した経験もあるからだ。校長先生の言うとおり,手を出さないで口で応答していたら,こんな風になった,という。職員室にはほぼ全員の先生方がいたという。しかし,だれ一人として助けてもくれなかったし,見て見ぬふりをしていた,という。校長さんは「よく我慢した」と褒めてくれた,という。H君は「冗談じゃない」と校長さんに食ってかかったという。こんどは,まわりの同僚の先生たちが止めに入った,と。そのあと,すぐに病院に行って手当てをしてもらい,家に帰っていろいろと相談をした。友人にも電話をして意見を聞いてみたという。みんな「手を出したらいけない」と言ったという。
 まず,なによりショックだったのは同僚の先生たちのとった態度だった,という。ふだんのあの親しげな同僚の先生たちが,あんな態度をとるとは信じられない,と。
 で,わたしへの相談とは,こうだった。あの卒業生たちは,雨が降ったら必ずオートバイでやってくる。そして,これみよがしにグランドを荒らすに違いない。もし,来たら,こんどは一人残らずなぐり倒してやる。そうすることがそんなに悪いことか,どうか,先生の意見を聞きたい,と。
 わたしは即座に答えた。やりなさい。ぼこぼこにやりなさい。でも,向こうが抵抗しなくなったら,黙って追い出しなさい,と。当然,そういうことが起これば大きな事件になるだろう。そして,裁判になるようなことがあったら,わたしも法廷に立とう。命懸けで応援してやる。それで君が首になるようなことがあったら,わたしも大学を辞する。そういう覚悟を決めたから,やりなさい。
 H君は涙を流しながら,わたしの手を握って,黙って頭を一つ下げて帰っていった。
 それから数日後,新聞の三面記事のトップにでかでかと大きな活字が躍っていた。「暴力体育教師,卒業生をめった打ち」。わたしは覚悟していたから,「やはり」と納得しながら冷静に記事を読んだ。そして,すぐに親に連絡をとった。必ず先生のところに相談に行くことになるとおもうので,よろしくお願いします,とのこと。
 それから,毎日のようにこの「事件」が報道された。しかし,活字がだんだん小さくなっていく。しかも,事実関係が明らかになるにしたがって,報道の表現が変化しだした。そして,いつのまにか,警察も新聞も味方につけてしまい,教育委員会だけが煮え切らない態度をとりつづけた。しばらくの間,H君は自宅謹慎だったが,生徒や親からの嘆願書,そして,かれの大学時代の同期の仲間たちからの嘆願書などが認められて,やがて,職場復帰した。生徒たちからは圧倒的な支持を受け,陸上競技部の生徒が100人を超えたという。しかも,陸上競技の練習は早朝練習のみ,放課後は勉強せよ,という指導方針。それでいて,やがて大阪府で総合優勝し,ついには全国大会でも総合優勝する陸上の名門校になった。
 いま,H君の本は本屋さんに平積みになって置かれている。H君の講演はどこもかしこも大入り満員。迫力のある話芸も相当なものだ。それは,みんな血の出る経験から磨きあげられた,H君の努力の賜物である。いまも,時折,H君とは会って話をすることがある。礼儀正しい,さわやかな青年の顔をしている。もう,いいおじさんのはずなのに・・・。
 ついに,残念なことに,わたしの出番は一度もなかった。それもまた,H君のこころにくいほどの神経のゆきとどいた配慮があったからだ。
 この「できごと」は,すでに30年ほど前の話である。
 いまは,もっと陰湿というべきか,個々ばらばらというべきか,自己中心主義の浸透というべきか,自己保存のためには手段を選ばずというべきか,周囲には人間はいなくて,いや,人間がいるのだが,それらはすべて「事物」と化してしまったというべきか。
 マルチン・ブーバーの言う「我と汝」(ICH UND DU)の関係が,ごくわずかしか残っておらず(それが,かろうじて教育現場を支えている),その大半は「我とそれ」(ICH UND ES)に占拠されてしまった,というべきか。
 このことは,なにも教育現場だけの話ではない。日本の社会全体がそういう隘路にはまり込んでしまっている,ということだ。教育現場はそのひとつの縮図にすぎない。企業も官僚も,そして,大学も,みんな同じだ。この問題をうまくクリアしている企業は優良企業としての実績を残しているし,官庁も,大学も同じ。いま一番熱心にこの問題に取り組んでいるのは,わたしが耳にするかぎりでは,優良私学である。経営者も教員も職員も一丸となって,この問題に取り組んでいる。そういう私学はすぐに世間が評価する。公立から私学へと,財力のある親は子どもたちの進学先を変えている。公立学校にいま,いろいろの改革の試みがなされているのは,こういう背景があるからだろう。
 わたしたちは,単なる学校現場というように限定したり,特定して考えるのではなく,自分自身の「我と汝」(ICH UND DU)問題に真剣に取り組むべきところに立たされている,と自覚すべきであろう。まずは,「生きもの」としての要請に答えうる「理性」を,いかにして獲得するか,ここで,ふたたび『理性の探求』(西谷修)の主張が甦ってくる。
 竹内レッスンもまた,こういう視座に立って,なんとかして思い悩んでいる人びとに手をさしのべ,「応答」の方法を探索し,その努力の「粋」が,たとえば「呼びかけのレッスン」であり,「じかに触れる」レッスンだったのだ,と痛いほど伝わってくる。
 わたしたちは,ようやく,その端緒についたばかりなのだ。