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2016年2月5日金曜日

「有為の奥山けふ越えて」=「死」が前提とか。

 ご縁とは不思議なものです。病院の待合室(と言っても廊下)で,エコー検査が終わって診察までの時間つぶしに本を読んでいましたら,あの「いろは歌」の中の一節「有為の奥山けふ越えて」の話がでてきました。そして,「有為の奥山」というのは「死」を前提としている,という説明を読んでびっくり仰天してしまいました。

 じつは,ずっと長い間,「有為の奥山」の意味がわかりませんでした。しかも,「奥山」とは「死」を意味しているとは・・・・。ほんとうに驚きでした。病院というところは,すべからく「死」と向き合っている人の来るところです。かく申す,わたしとて「死」と真っ正面から向き合っています。ですから,しばしば「死」というものを考えてしまいます。そんな折も折,「有為の奥山」の意味を教えてくれる本を読んでいたのですから,これはもうご縁としかいいようがありません。

 本の名前は『ないがままで生きる』。著者は,玄有(有に人偏)宗久さん。SB新書。2016年1月刊。久々に出会った玄有宗久さんの名著です。もっとも,最近,とみに仏教の世界に傾斜しつつあるわたしにとっては,まことにありがたい導きの書。しかも,いまの,わたしの心境にぴったり。

 この話は,第二章・無為自然の冒頭にでてくる「無為自然は難しい」というタイトルのエッセイのなかに書き込まれています。簡潔で,とてもいい文章なので,引用しておきましょう。

 「死について謳った『いろは歌』を憶いだしてほしい。前半では『色は匂へと散りぬるを我が世誰そ常ならむ』と諸行無常の儚さが美しく歌われるが,後半の『有為の奥山けふ越えて』は,死によって『有為』の世界を越えるという認識が前提になっている。当然その向こうに想定されているのは『無為自然』な,完全に自由な状態であろう。からだという窮屈な器を抜けだし,無為自然の状態になってみれば,これまでの人生がまるで浅い夢のように思え,酔っていたような気もしてくる。しかし今はすっきり全てが見えているから,これからは浅い夢など見るまい,酔っぱらいもするまい(浅き夢見じ酔ひもせず)も,と結ばれるのである。
 これはどう解釈してみても,死ななければ有為の奥山を越えて無為自然になることはできない,と言われているみたいではないか。」

 そうして「有為の奥山」についても,じつに目からうろこの話を玄有宗久さんは展開しています。それによりますと,「有為」とは,世俗の人間が「なにかのために」する行為のことで,そこには必ず計算や打算が働き,意見の衝突が起き,戦争になったりする,というのです。それに対して,無為とは,なんの意図もなく,作為もない状態のこと。なにもしないという意味ではなくて,「なにをしようという意図もなく,季節は巡り,太陽は照って雲は雨を降らし,そのなかで植物や動物が育っていくように,全てが不足なく為されていくということだ」といいます。

 しかし,世俗を生きる人間は,どうしても「有為の奥山」を越えることはできない,そういう生きものではないか,と玄有宗久さんは説いています。だから,世俗とあの世の境界ともいうべき「奥山」を越えなくては,つまり,死なないことには,「無為自然」の世界を生きることは不可能なのだろう,というのです。玄有さんのこの説にしたがえば,「有為の奥山」を越えるのも悪くはないなぁ,とどことなく安堵してしまいます。さすがに禅僧の言うことはケタが違うなぁ,と感心してしまいます。

 こんな話を枕にして,もう一つの,「無為自然」を理解するための,これまたとても面白い話題を玄有さんは紹介してくれています。この話はいささか長くなりそうですので,ひとまず,ここで切って,別のタイトルを立てて書いてみたいとおもいます。

 ということで,今日のところはここまで。

2016年2月3日水曜日

書評『スポーツ学の射程』。感慨一入。

 「図書新聞」が『スポーツ学の射程』を取り上げてくれました。
 評者は坂上康博氏。とても良心的で,こころ温まる書評になっています。人間は加齢とともに味がでてくるものだなぁ,と感慨も一入です。


『スポーツ学の射程──「身体」のリアリティへ』(井上邦子,松浪 稔,竹村匡弥,瀧元誠樹編著,黎明書房,2015年9月刊)は,わたしの喜寿のお祝いとして企画・刊行された,とてもありがたい本です。感謝感激の本です。

 
ことしの1月の奈良例会で,100回を数える研究会を支えてくださった「ISC21」(21世紀スポーツ文化研究所)月例研究会のメンバーの人たちが,わたしには内緒で,密かに企画し,刊行まで漕ぎつけてくれた,貴重な労作です。この研究会を始めたころのことを考えますと,まったく夢のような世界の現出です。年数にすれば,すでに,10年以上もこの研究会をやってきたわけですので,当然といえば当然なのですが・・・・。

 当時は,若い研究者としてスタートを切り,これからどうなっていくのか,まったく未知数の若者たちの未来が不安で仕方がありませんでした。が,どうでしょう。この10年余の間に,みごとに一本立ちした立派な研究者になっているではありませんか。正直にいって,これは感動ものです。もちろん,欲をいえばきりがありません。もう一踏ん張りすれば,もっと面白い世界がみえてくるのになぁ・・・と思いつつ,自分自身がこの年齢のときになにを考え,どんな文章を書いていただろうか,と反省もしています。それに比べたら,逞しいのひとこと。まさに,立派そのもの。

 みんなそれぞれが,それぞれのペースで,みずからの道を切り拓いています。これだけ,研究のテーマも,問題関心も異なる集団が,10年余もの間,原則として月1回の研究会で大まじめに議論を積み重ねてこられたこと,それ自体が奇跡としかいいようがありません。でも,よくよく考えてみれば,共通のテーマももっていました。それは,思想・哲学にいかに通暁しながら,スポーツ史・スポーツ文化論に切り込んでいくか,という課題でした。

 そのためには,思想・哲学の専門家の人たちの力を借りることが不可欠でした。その意味では,幸運なことに西谷修さんが,初めから身近にいてくださり,何回も,何回も,わたしたちの研究会ために足を運んでくださり,噛んで含めるようにして,思想・哲学の手ほどきをしてくださいました。そうして,亀のような歩みでしたが,少しずつ,少しずつ,思想・哲学のトップの議論に接近することができました。

 その集大成が,先月の第100回記念・奈良山焼き例会でした。当初,予定していましたゲスト・スピーカーは5名でしたが,当日,飛び込みでもう1名の方が加わってくださり,計6名もの,それぞれジャンルのことなる思想・哲学の専門家の方々にお話をしていただくことができました。こんな贅沢な会は二度とできないでしょう。それもこれも,ひとえに西谷修さんあってのことです。ほんとうにありがたいことです。

 『スポーツ学の射程』も,こんな研究会の積み上げの結果としての所産です。しかも,この研究会を支えてくださった世話人の第一世代(4名)から,第二世代(4名)へのバトン・タッチも,この企画・刊行をとおして実現しました。こんな嬉しいことはありません。これは,第一世代の世話人の人たちの,きわめて「大人的」な判断の結果です。ありがたいことです。

 もう,これで心置きなく,わたしの「幕引き」はいつでもできる,というお膳立てができあがりました。第100回例会も,第二世代の人たちが頑張ってくれて,素晴らしい盛り上がりで通過することができました。このあたりがタイミング的にはいいなぁ,と密かに思い描いています。

 こんなタイミングのときに,『スポーツ学の射程』の書評を「図書新聞」が取り上げてくれました。伝え聞くところによれば,「図書新聞」が,この本に注目し,評者を選んで依頼した,とのことです。そして,わたしたちの意図するところのツボをはずすことなく,坂上康博氏が的確に評論してくださいました。ありがたいことです。

 これで,いよいよ,わたしの構想してきました「スポーツ学」なるものが,少しずつ市民権をえるところにやってきたなぁ,とひとり愉悦にひたっています。あと一息で,確実に,「スポーツ学」を世に送り出すことができるという手応えもえました。

 こんなことを,あれやこれやと思い出させてくれる,今回の書評でした。
 至福のひとときでした。

 そして,坂上康博氏に感謝です。ありがとうございました。

2016年2月1日月曜日

ピナ・バウシュへの追悼のことば。ピナを支えたジョーの手記。

 『さよならピナ,ピナバイバイ』(ジョー・アン・エンディコット著,加藤範子訳,叢文社,2016年)を読みました。とてもこなれたいい訳になっていて,一気に読みました。一世を風靡したダンス界の奇才ピナ・バウシュの実像が,わたしの前に忽然と立ち現れたような印象をもちました。はじめは,ピナ・バウシュのお気に入りのダンサーとして,やがて,ピナにはなくてはならないかけがえのない存在としてピナを支えつづけた著者のジョー・アン・エンディコットの発することばが素晴らしい。ピナに寄せる絶大なる信頼と深い愛と,そこから導き出されるダンサーとしての極限情況での才能の開花と至福の愉悦と,だからこそ避けてとおることのできない異次元の緊張感と葛藤・懊悩と,そして,ときには絶望的な燃え尽き症候群との闘いとが,詩文のような簡素なことばで語られていく。それらのことばの一つひとつに籠められたジョーの思いの深さまでもが伝わってくる。

 とんでもない本を読んでしまったと,いま,おもっています。

 ダンサーとはいったいいかなる「生きもの」なのか。その深い業のようなものが,絶えず蠢いていて,その呪縛から解き放たれることなく,そこに全身全霊を投げ出していくしかない,そういう全存在を賭けた生き方しかできない宿命を帯びた「生きもの」なのだろうか。少なくとも,ダンサーとしてのジョーの生きざまを見据えるとき,わたしにはそのように見えてきて仕方がない。まるで,仏教でいうところの「三業」の世界を彷彿とさせる。とてつもなく恐ろしほどの深い世界で,ピナとジョーとは響き合い,交信し合い,ダンスの究極の世界を模索し合う。その瞬間,瞬間が散文詩のような美しいことばとリズムで語られている。

 ジョーは一つのステージを踊りきるたびにダンサーとして進化していく。しかも,その進化はピナの投げかける「問い」への応答として表出する。このコレオグラファーとダンサーとの一種独特の関係性をとおして,ピナの実像が忽然と姿を現す。それは,また,わたしがこれまで考えていたコレオクラファーとはまるで次元の異なる存在であることを知り,驚く。

 ピナ・バウシュが類稀なるダンサーであり,コレオグラファーであり,ディレクターであり,舞台監督であることは,多少なりとも予備知識はもっているつもりだった。しかし,それらのほとんどは根底から覆され,浅はかな間接的な「評論家」たちの情報でしかなかったことを,このテクストが思い知らせてくれた。そんな生易しい存在ではなかったのだ,ピナ・バウシュという人は。

 言ってしまえば,存在そのものが異次元的なのだ。そのことがジョーの吐き出す追悼のことばによって浮き彫りにされてくる。ジョーにとってはピナが存在していることがすべてだ。つまり,ピナが生きてそこに「在る」ことがすべてなのだ。ジョーはピナの存在そのものをすべて肯定する。そこがジョーの出発点なのである。だから,ジョーはみずからもてるもののすべてをピナに捧げようとする。そして,また,ピナはそれを容赦なく要求する。しかも,とことん要求する。こうして,ジョーとピナは互いにもちつもたれつしながら,三業の階段を降りていく。

 ちなみに,三業とは,仏教用語で,身・口・意のこと。つまり,身体的活動(身)と言語的活動(口)と精神活動(意)のことで,言ってしまえば,人間の一切の活動のこと。したがって,ジョーはみずから全身・全霊を投げ出して,ピナとの接点をさぐっていく。ピナもまた,そういうジョーに全面的な「信」を置き,みずからの創作活動にとってなくてはならない存在として,のめり込み,頼りきることになる。このような関係性は,ダンスの創作活動にあっては稀有なるものではないのかも知れない。しかし,生涯にわたって,この関係性を維持しつづけたことは,奇跡というべきかも知れない。まずは,ありえないことがありえたこと,この事実をジョーは重く受け止めている。そして,素晴らしいものだ,とも述懐している。しかし,それだからこそ,二人の関係は,筆舌に尽くしがたい微妙なものとならざるを得なかったのだろう。

 そこから,至福の時も生まれれば,深い葛藤や懊悩も生まれる。言ってしまえば,この二つの間を絶えず行き来しながら,悩み,苦しみ,とことん思考し,試行錯誤を繰り返しながら,二人が納得する素晴らしい舞台芸術を産み出していくことになる。

 本書はジョーの手記の体裁をとっているが,じつはピナ・バウシュについての恐るべき批評ともなっている。管見ながら,これまでに触れてきたピナ・バウシュ批評のレベルをはるかに超えた,深い精神性にまで分け入っていく異質の批評というべきか。その意味で,本書の刊行は,こんごのピナ・バウシュ論議に一石を投ずる重要な存在となるだろう。つまり,本書を抜きにしてピナ・バウシュを語ることは許されなくなるだろう。

 訳者あとがきにもあるように,本書の翻訳に12年という歳月を費やしている。著者のジョー・アン・エンディコットとは生活をともにしたこともある訳者・加藤範子は,ジョーが本書に書き記したこと以上の,ジョーのプライベートな葛藤や懊悩についても熟知している。その上での翻訳である。だから,ジョーの記したことばの一つひとつの深い意味や,その背景にいたるまで,十分に思考をめぐらせ,さまざまな想像力を働かせて,もっとも適切な「日本語」を選び取ることに,さんざん悩んだに違いない。その結果の訳業である。

 訳者の加藤範子自身も海外での公演もこなすダンサーであり,コレオグラファーでもあり,ディレクターから舞台監督までこなす,多芸・多才の持主である。その傍ら,大学の非常勤講師としての職務もこなし,超多忙の日々の間隙を縫っての訳業であった。わずかな時間を切り取るようにして,ジョーのこの手記と向き合い,あれこれ格闘した密度の高い時間を過ごしたこの経験は,貴重な宝物となってこんごの活動に生かされてくることだろう。

 ひとつの大きなハードルを超えて,また,新しい世界に飛び出し,いまは,素晴らしい眺望を,めくるめく眺望を楽しんでいることとおもいます。

 ピナ・バウシュのこと,そして,ジョー・アン・エンディコットのことを存分に語り合える日が近からんことを楽しみにしています。

 そして,最後に,月並みですが,こころから「おめでとう」のことばを送ります。
 ほんとうに,ほんとうに,おめでとう ! 

2016年1月19日火曜日

『老子』,忘れて2冊目購入。よくあること。

 朝起きたら,予報どおりの銀世界。今シーズン初の積雪をみました。東側の窓から多摩川と東京方面を眺め,西側の窓から富士山方面をとくと眺めてみました。と書くと,いかにも遠くまで見晴らしのきく素晴らしい眺望のようにおもわれるかも知れませんが,じつは,その眺望の半分は,いま住んでいる高層マンションの建物で占められています。でも,一応,9階ですので,見えるところは,かなり遠くまで見えます。晴れていれば富士山も見えます。まずは,ともかく,久しぶりの雪景色を堪能することができました。

 寒いのは苦手ですので,今日は一日,家に籠りました。でも,一歩も外に出ないのはよくないと考え,大相撲の中継が終わってから散歩にでました。残り雪を踏みしめながら,若き日にスキーに熱中していたころのことを思い出していました。雪解けの冷たい空気を顔で感じながら,冬だなぁ,としみじみと。こんな散歩も悪くない,とおもいながら。

 でも,途中で寒くなってきましたので,いつもの書店に身を滑り込ませて,いっときの暖をとることにしました。眺める書棚はきまっていて,順番に,渡り歩いていましたら,ひょいと『老子』が眼に飛び込んできました。こういうタイミングは,「買ってくれ」と本そのものがわたしに呼びかけているものです。ですから,無意識のうちに手が伸びて,ぱらぱらとめくっています。そして,直感的に,これはいい本だと判定。そのまま,カウンターへ。

 家に帰ってから,すぐに,あちこちめくりながら本格的にチェックをはじめました。すると,どこか馴染みのある文章に出会い,はっとわれにかえりました。そして,老子関連の本が集めてあるコーナーをみやりますと,あるではありませんか。同じ本が。あっ,そうか,二冊目か。でも,これはいい本ですので,なんの後悔もしていません。いい本は二冊もつというのはわたしのポリシーでもあります。一冊は「書き込み用」,もう一冊は「まっさら用」です。

 いい本は何回も何回も取り出してきては読むものです。そのときは,「まっさら用」を読みます。そして,おやっ?となにかが閃いて,書き込みをしたくなったら「書き込み用」を取り出して,その場所を確認します。そして,なにも書いてなかったら,いま,閃いたことをメモとして書き込んでおきます。が,たいていは,同じ閃きをするもので,新しい閃きだと興奮して確認してみると,すでに,同じことが書き込んである,ということはよくあることです。

 でも,ときおり,素晴らしいアイディアが浮かんで,嬉しくなることがあります。そういうときは,わざわざ「赤」で線を引いて目立つようにしておきます。ですから,いい本は,その「赤」線がどんどん増えていくことになります。そして,余白は書き込みでいっぱいになってしまいます。そういう場合には,大きな余白のあるページをみつけて,そこに書き込みます。もちろん,⇒をつけてそこのページ数を書き込んでおきます。

 こうして書き込みでいっぱいになった本は,わたしにとっては宝物も同然です。ですから,頭が惚けて,よく働かない日には,こういう書き込みでいっぱいになった本を取り出してきて読むことにしています。すると,驚くほど共感・共鳴・共振して,惚けていた頭が急に活性化することがしばしばあります。自分の書き込みですので,とてもよくわかるわけです。そして,ときには,その書き込みに反応して,また,新しいアイディアが飛び出したりすることもあります。こういうときは,まさに,至福のときでもあります。読書冥利につきます。

 こんなことをしていると,半日くらいはあっという間にすぎてしまいます。場合によっては,食事も忘れて没頭していることも少なくありません。こういうときは空腹にも気がつきません。なんとも言えない充実感があって,大満足です。

 二冊目を購入しましたので,この『老子』は,徹底的に「書き込み用」として活用することにします。といいつつ,すでに書き込みをはじめています。

 道可道非常道。・・・・じっと睨む。もう,何冊もの解説本を読んでいますので,ふつうの解釈はわかっています。が,少し別の本で思考を練り込んだのちに,この冒頭のことばに向き合うと,あれっ?とおもうことがあります。これまで考えたこともない,まったく新しいアイディアが・・・。

 どうかどうひじょうどう,とそのまま棒読みしてみます。経文を読むように,繰り返して,音声にしてみます。すると「どう」が3回もでてくるなぁ,と当たり前のことが気がかりになってきます。そのことは,眼で読むときも同じように「道」が三つもあるなぁ,と眼につきます。が,眼でみる「道」は視覚的に同じ文字としかみえません。しかし,声にし,耳で聞く「どう」は,全部違う,別物として響いてきます。発音の仕方もすべて違う「どう」です。その結果として聞こえてくる「どう」も全部違います。

 となると,眼でみる「道」と,声・耳に響く「どう」とは,どこが,どう違うのか,ということが問題になってきます。これは,とんでもないことに気づいたな,と自分でびっくりしてしまいます。それっ,というので「書き込み」がはじまります。

 すると,すぐ,このあとにつづく章句「名可名非常名」も,同じことの繰り返しをしていて,「道」が「名」に変わっただけです。そして,最後の章句「玄之又玄衆妙之門」とも響き合っていることに気づきます。この繰り返しに,じつは,深い意味がある,と気づきます。つまり,三つの「道」も,三つの「名」も,そして二つの「玄」も,それぞれみんな違う意味をもっているのだ・・・・と。

 さて,ここからさきの「遊び」は,わたしひとりの世界になっていきます。こんな経験は,なんと,今日,衝動買いをした,この『老子』が初めてです。やはり,衝動買いをさせる,なにかが,そのとき働いていたんだなぁ,とおもわずにはいられません。

 これもまた,ありがたい(ありえない)ことだ,としみじみおもいます。こんな「遊び」がたくさんできたら,人生は楽しいだろうに・・・。あと,どれくらい,こんな「遊び」ができるのだろう・・・と。

 そう,この『老子』は,蜂屋邦夫訳注,岩波文庫,2008年12月16日第1刷,2015年10月26日第13刷,です。詳しいことは省略しますが,全体の構成といい,訳文といい,読みくだし文といい,原文といい,注釈といい,解説といい,索引といい,すべて申し分ありません。あとは,手にとってご覧ください。

 こんな本にどんどん惹かれていくのは,西谷修さんの書かれた「<破局>に向き合う」を読み,感銘を受けたからに違いありません。そして,こんどの23日(土)の奈良例会のことが頭にあることも間違いありません。

 なぜか,わたしが,いま,いい本だなぁと感ずる本は,すべて,ある「一点」に向かっていきます。どうも,そこらあたりが,「玄之又玄」であり,「衆妙之門」であるらしい,とわかってきました。こうして,奈良例会がまたまた楽しみになってきました。

 素晴らしい降雪・積雪がもたらした贈与(おみやげ)。こうした気づきも,この贈与があってのもので,これもまた,無縁とはいえません。いい雪の日でした。

2016年1月18日月曜日

『蘇我氏の古代』(吉村武彦著,岩波新書,2015年12月刊)を読む。▽

 1月23日(土)は奈良・若草山の山焼きの日。毎年,この日,山焼き例会と称して,わたしが主宰する巡回研究会を奈良教育大学のI先生のお世話で開催している。ことしは,その研究会の通算100回目に当たるというので,特別企画を立てて,スペシャル・ゲストを5人もお迎えしてのアニバーサルとなります。(詳細は,1月16日のブログを参照のこと)

 折角,スペシャル・ゲストが5人もお出でいただけるということですので,ならば,さらに特別企画として翌日の24日(日)に飛鳥散策を企画しました。飛鳥散策の目的は,蘇我氏の繁栄と没落の歴史を,遺跡を訪ね,実際に現地に立って,景色を眺め空気を吸いながら,あれこれ想像力を働かせつつ考えてみようというわけです。驚いたことに,みなさん,ご多忙なスケジュールをやりくりして,翌日も喜んで参加してくださるということです。ならば,最新の飛鳥に関連する情報を確認しておこうとおもい立ち,調べてみましたら,つい,最近,『蘇我氏と古代』(吉村武彦著,岩波新書)という絶好のテクストが刊行されている,と知りました。

 で,早速,読んでみました。第一印象は,アカデミックな古代史研究の本流は,残念ながらいまも変わることなく資料実証から一歩も外に出ようとはしていない,ということでした。つまり,『日本書紀』の記述にべったりと寄り添いながら,蘇我氏の事績や系譜を語る,ただそれだけ。ですので,じつに淡白そのもの。それに比べると,アカデミズムの限界に一定の距離を保ちながら,思い切った理論仮説を立て,『日本書紀』や『古事記』の裏側に隠された<事実>に迫ろうとする,いわゆる在野の研究者たちの語りの方がはるかに面白い,とおもいました。

 吉村武彦といえば,岩波新書だけでも,『聖徳太子』『女帝の古代日本』『ヤマト王権』といった本をたてつづけに書いている,いわゆるその道の権威者のひとりです。いずれも旧態依然たるアカデミズムの本流からでるものではありません。ですから,このテクストも当然といえば当然です。しかし,「蘇我氏」に焦点を当てるのであれば,在野の研究者たちの提起しているじつに魅力的で刺激的な仮説に対して,なんらかの批判があってしかるべきではないか,とわたしは期待しました。が,そんな「雑音」にはひとことも触れず,いっさい「無視」。ただひたすら『日本書紀』の記述にべったりと寄り添いながら,矛盾する点だけをかんたんに指摘するにとどめ,自説にとって都合のいい部分はそのままそっくり引き受けるという姿勢をくずしていません。

 それに比べると,吉川真司の『飛鳥の都』(岩波新書)は,同じアカデミズムの立場にありながらも,そこからなんとか外に踏み出そうとする意欲が感じられ,面白いとおもいました。著者の吉川さんは奈良生まれの奈良育ち。しかも家が近かった飛鳥を子どものころから自分の庭のように歩きまわり,すみずみにいたるまで熟知しつくしています。ですから,飛鳥に寄せる愛情すら感じさせる論の展開がわたしは気に入っています。今回の「飛鳥散策」のテクストとしては,こちらの方をお薦めします。

 少し目先の変わったところでは,韓国の美術史研究者であるユ・ホンジュンが書いた『日本の中の朝鮮をゆく──飛鳥の原に百済の花が咲きました』(岩波書店,2015年)があります。こちらも,日本のアカデミズムの研究成果を下敷きにしながらも,韓国の美術史の視点から飛鳥を歩いてみると,まったく違う世界がそこにみえてくる,という論の展開になっています。もっとも,こちらはいわゆる旅行記のような体裁をとっていますので,その点を頭に入れて読むと,もっと面白い世界が広がってきます。

 ついでに述べておけば,小林恵子の『海を渡ってきた古代倭王──その正体と興亡』(祥伝社,平成26年12月刊)は,中国の古代文献を徹底的に渉猟し,東アジアから中央アジアまでを視野に入れて「ヤマト」との関係を位置づけ,大胆な仮説を立てて「古代倭王」とはいったい何者であったのか,という謎解きをしています。その迫力たるやみごとというほかはありません。小林恵子には膨大な古代史研究の著作があって,そのいずれをとってみてもこれまでの古代史が根底からひっくり返されるような,重大な問題提起をしています。ここでは,これ以上は踏み込まないことにします。いずれまた,機会をあらためて「小林恵子」論でも書いてみたいとおもいます。

 古代史研究に関する魅力的な研究成果や「仮説」は,まだまだたくさんありますが,ここでは割愛させていただきます。

 ただ,ここで言っておきたいことは,『日本書紀』から一歩も外に出ようとはしないアカデミズムの暴力性です。唯我独尊とでもいうべき姿勢を崩そうとはしない権威主義という名の<暴力>です。ベンヤミンの『暴力論』を引き合いに出すまでもなく,一つの権威を打ち立て,しかも,それを維持していくことの含みもつ恐るべき暴力性について,わたしたちはもっともっと真剣に考える必要がある,ということです。その意味では,この『蘇我氏の古代』は反面教師的な役割をはたしてくれている,という点でじつに面白いとも言えます。

 『日本書紀』が,天皇制擁護のために,あるいは,天皇制を正当化するために,それ以前の歴史を改竄したものであることは,すでに周知のとおりです。もっと言っておけば,天武・持統の時代に,律令制が次第に整備され,「天皇」と名乗るにふさわしい条件が整ってきます。その意味で,最初の天皇と呼ぶにふさわしいのは天武であろう,と言われています。持統はその仕上げをした人としてもよく知られているとおりです。この二人の意を帯して,『日本書紀』編纂に大いなる貢献をした人物こそ藤原不比等です。かれこそ,日本古代史を徹底的に「演出」した最初の人物であった,と言っていいでしょう。

 その最大の目的は,聖徳太子という人格を創出し,蘇我本宗家(とりわけ,蝦夷・入鹿)を悪者に仕立て上げることによって,天智・天武・持統(この三人もまことに不可解な人物たちですが)の正当性を打ち立てることにあったのでは・・・・とわたしは考えています。とりわけ,乙巳の変を起こした中大兄と鎌足の二人の過去を隠蔽・封印し,その正当性のみを記述すること,このことの意味の重大性をわたしは重視しています。つまり,日本の天皇制の発端が,じつに不可解なことだらけであり,深い謎につつまれたままになっているからです。これも長くなりますので,これ以上,踏み込むことはしないことにします。

 その乙巳の変の舞台となった飛鳥の里を,ぶらりと散策してみたいと考えている次第です。そのための反面教師的な役割をはたすテクストとして,この『蘇我氏の古代』を位置づけておけば,それなりの意味をもつものとおもいます。つまり,批判的に読むためのテクストとして。

 こんな言い方は不遜でしょうか。古代史の専門家でもなんでもない,単なる古代史愛好者のひとりにすぎない人間が,ここまで言っていいのだろうか,と。でも,歴史の真実は「瓦礫の中から立ち現れる」(ヴァルター・ベンヤミン)という立場を支持する人間としては,やはり,アカデミズムの権威主義を根底からひっくり返す側に立ちたい,と願わずにはいられません。

 妙なブック・レヴューになってしまいましたが,こんなのもあっていいのかな,と自己弁護してこのブログを閉じることにします。

〔付録〕
 いささか意表をつく視点から古代史の謎解きに迫っているテクストとして,わたしには無視しえない存在となっている以下の著作を紹介しておきます。
 〇『穂国幻史考』,柴田晴廣著,常左府文庫,2007年刊。
 〇『万葉集があばく捏造された天皇・天智』上・下,渡辺康則著,大空出版,2013年,初版。
 以下,割愛。

2016年1月15日金曜日

「理念なき東京オリンピック」。『世界』2月号の特集。▽

 最近になって,どういう風の吹き回しか,「東京オリンピックについてどう考えますか」という問いがわたしのところに寄せられることが多くなってきました。そのたびに,わたしは「あなたはどう考えますか」と問い返すことにしています。すると,「だれが,なんのために東京オリンピックをやろうとしているのか,そこのところがわかりません」という答えが返ってくることが多いので,「わたしもまったく同感です」と答えます。

 みなさんは,どのようにお考えでしょうか。

 みんなで東京オリンピックを盛り上げよう,などという気運はもはやどこかへ消え失せてしまっている・・・・それがわたしの現段階での感想です。話題になったのは,新国立競技場,エンブレム,開催経費6倍に激増,の三つくらいなもので,肝心要の「東京オリンピックをこんな風にやろうよ」という雰囲気はまるでありません。みんなあきれ果ててしまって「なにやってんだか・・・・」という慨嘆の声ばかりが聞こえてきます。

 わたしは当初から,東京オリンピック招致反対の立場をとってきました。そして,アベ君がIOC総会で,フクシマ問題を問われ「under controll」と大嘘をついて,招致をもぎとった瞬間から,東京オリンピック返上論を展開してきました。そして,それは,いまでも「正解」だったと信じて疑いません。

 なぜなら,フクシマはますます悪化の一途をたどり,深刻の度を増すばかりです。つまり,放射能汚染が野放しのまま,拡散をつづけているからです。もはや,東京の空気も河川も低地の草むらも,危ないところだらけです。そのほんとうの姿を知らないでいるのは日本人だけです。ヨーロッパ人の方がはるかに精確な情報を把握しています。ドイツでは,新聞,テレビで,しばしばトップ・ニュースとしてフクシマが取り上げられ,日本政府の無責任さとそれを容認している日本人が批判の対象とされている,とドイツの友人がメールで知らせてくれています。

 いまからでも,遅いことはない,東京オリンピックを「返上」すべきだと考えています。それこそが,国際社会に対する日本としての,そして,日本人としての「責任」の取り方だ,と考えるからです。そうして,日本という国家のあり方をゼロから出直すべきだ,と信じて疑いません。なぜなら,東京オリンピックの取組は,いまの政権の政治姿勢と表裏一体になっている,と考えるからです。つまり,東京オリンピックの政治利用以外のなにものでもない,からです。

 この政治の流れを,一度,断ち切ること,そして,ゼロから仕切り直しをすること。政治も,経済も,教育も,そして,人間の「生き方」まで次元を下ろしてきて,ありとあらゆる分野のあり方をゼロからやり直すこと。それしかない,とわたしは考えています。

 東京オリンピックも,そちらの方向に舵を切るきっかけにする,というのであれば話は別です。わたしの胸はにわかにときめいてきます。が,そんなことは夢のまた夢にすぎません。

 そんな折も折,雑誌『世界』2月号が,「理念なき東京オリンピック」を特集しています。まことに時宜を得た企画だとエールを送りたいところです。しかも,内容を読んでみますと,わたしが忌避したいいわゆる「スポーツ評論家」の類の書き手はすべて排除し(若干1名含まれていますが),意表をつく執筆陣を揃えています。そして,わたしが知りたかった情報がてんこ盛りになっています。とてもありがたいことです。

 まずは,冒頭に掲げられた村嶋雄人(ジャーナリスト)の論考:ふたつの「利権」の正体──東京五輪の長い影,が秀逸です。いわゆる「利権」争いの舞台裏の世界。この世界だけは,これまでわたしの想像の域をでませんでしたが,それをみごとに浮き彫りにしてくれました。「代々木利権」と「臨海利権」の水面下での攻防。その中心人物は,森喜朗。詳しいことは本文にゆずることにして,なるほど,そういう図式であったか,と目からウロコでした。

 しかも,そこから導き出された結論は,わたしがこれまで主張してきたものとぴったり一致していました。諸悪の根源は「森喜朗」にあり。ただちに退陣すべし。この論考を読んでのわたしなりの感想は以下のとおり。まずは,こうした「利権」争いから,可能なかぎり無縁の文化人,あるいは元アスリート(外国では多い)を組織委員会会長に据えること,できることなら,東京オリンピックの「理念」を掲げられる人を,などと日本では実現不可能な夢を描いています。

 本誌の編集長・清宮美稚子さんが「編集後記」で,2月号の特集企画の趣旨を簡潔にまとめてくれていますので,それを最後に引いておきたいとおもいます。

 人々の暮らしにしわ寄せがくる中,2020年オリンピックを本当にやるのか。運営費は当初見込みの6倍の1兆8000億円になるという試算が発表された。当然,組織委員会の財源だけでは足りず,公的負担がかなりの額になるだろう。
 都市再開発と国威発揚ばかりが目立つが,オリンピックをやる意味をどうとらえているのか,スポーツ文化の底上げ・向上という視点がどれだけあるのか,「復興したした詐欺」の一翼を担うのではないか,など数々の疑義がある。本号特集をご一読いただきたい。

 わたしからも,ぜひ,ご一読を。
 なにも,雑誌『世界』のよいしょをするわけではありませんが,いわゆる「まともな雑誌」がどんどん姿を消していくいま,本誌だけが最後の砦になっているのではないか,とわたしは受け止めていますので,なんとしても死守したい,と考える次第です。

2016年1月13日水曜日

松はみな枝垂れて南無観世音(山頭火)。

 ぶらりと散歩にでたついでに立ち寄る本屋さんがある。田園都市線の沿線にしては,なかなかの本屋さんである。売り場面積も大きく,珍しい本も置いてある。とくに,アート関係の本が面白い。暇つぶしには絶好の場でもある。家からも近いので,立ち読み目的だけででかけることも多い。立ち読みは体力勝負になるので,じつに効率よくたくさんの本を渉猟することができる。速読の訓練にもなって一石二鳥だ。

 そんな折,なにげなく文庫本のコーナーを眺めていたら,ひょいと一冊の本の背表紙が目に飛び込んできた。拾い読みするだけのつもりで手にとって読み始めたら,止まらなくなってしまった。もう何冊も買って持っているのに,この本は持ってない,という理由だけてそのままカウンターへ。

 『山頭火随筆集』,種田山頭火著,講談社文芸文庫,2002年第一刷,2013年第13刷。

 山頭火の「句集」や,評論は,もう何冊も持っている。が,「随筆集」は初めて。しかも,山頭火の書く随筆が底抜けにいい。そう,まさに,「底が抜けている」のだ。あるいは,突き抜けている,と言ってもいい。ようするに,ふつうの次元ではないのだ。こんなに凄い随筆というものがあるんだ,といまさらのように驚いている。

 言ってしまえば死と隣り合わせの世界が広がっている。いや,生死の間(あわい)をさまよっているような世界。いやいや,とっくの昔に,いつ死んでもいいと覚悟を決めた人の世界だ。そんな世界を悠々と遊んでいる。

 現実にも,熊本の曹洞宗の寺で得度し,托鉢にでて修行をしている。そして,無住の観音堂の堂守になったり,行乞しながら,放浪の旅をつづけたりして,生涯を過ごした人だ。その間に,世をはかなみ,自死を試みて失敗したりもしている。最後は,友人と深酒をして眠りに落ち,そのまま還らぬ人となった。

 おちついて死ねさうな草萌ゆる

 行乞の途中で,こんな句も詠んでいる。いまのわたしには重い句である。

 春になってようやく暖かくなってきた。もう寒さに震えながら野宿をする必要もなくなった。これなら,なんの気兼ねもなく「おちついて」死ぬことができる,とこころの底から山頭火がおもっている心境が伝わってくる。若草が太陽の光をいっぱいに浴びて輝いている。ごろりと横になって,芽吹いたばかりの草の匂いを嗅ぎながら,そのまま土に還ることができたら,さぞかし心地よいだろうなぁ,と山頭火は詠嘆している。そんな気持ちが,じかに,伝わってくる。

 見出しに掲げた句には,つぎのような前書きがついている。そして,連作している。

    大正14年2月,いよいよ出家得度して肥後の片
    田舎なる味取観音堂守となったが,それはまこと
    に山林独住の,しづかといへばしづかな,さびし
    いと思へばさびしい生活であった。

 松はみな枝垂れて南無観世音
 松風に明け暮れの鐘撞いて
 けふも托鉢ここもかしこも花ざかり
 ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いている

 あるいは,つぎのようなのもある。

   大正15年4月,解くすべもない惑ひを背負う
   て,行乞流転の旅に出た。

 分け入っても分け入っても青い山
 しとどに濡れてこれは道しるべの石
 炎天をいただいて乞ひ歩く

 山頭火が書く随筆は,この前書きが少し長くなっているだけだ,と言ってもいい。しかも,それがほとんど詩文になっている。一分の隙もない,無駄のない,これしかないという選び抜かれたことばが紡ぎだされている。そのときどきの心情がストレートに吐き出されていて,そのことばが一つひとつ輝いている。

 最後に,山頭火の随筆の一部を引いておこう。じっくりと味わってみてほしい。

 或る時は死ねない人生,そして或る時は死なない人生。生死去来真実人であることに間違いはない。しかしその生死去来は仏の御命でなければならない。

 征服のと世界であり,闘争の世界である。人間が自然を征服しようとする。人と人とが血みどろになって掴み合うている。
 敵が味方か,勝つか敗けるか,殺すか殺されるか,──白雲は峯頭に起こるも,或は庵中閑打坐は許されないであろう。しかも私は,無能無力の私は,時代錯誤的性情の持主である私は,巷に立ってラッパを吹くほどの意力も持っていない。私は私に籠る,時代錯誤的生活に沈潜する。『空』の世界,『遊化』の寂光土に精進するより外ないのである。

 本来の愚に帰れ,そしてその愚を守れ。

2016年1月10日日曜日

『曇る時』(稲垣瑞雄著,豊川堂,2015年12月刊)を読む。

 「まさひろ君,ぼくの書く小説はフィクションだから,誤解しないように」,とかつてみずおさんから言われたことを思い出す。稲垣瑞雄。わたしより7歳上の従兄弟。敗戦直後に,田舎の小寺で二家族が一緒に暮らしたことがある。わたしたちが市内の空襲で焼け出され,住むところがなく,転々と転居していたころのことである。

 一緒に暮らした期間は長くはなかったが,みずおさんからはとても多くのことを教えてもらった。年齢差もあったので,大きな包容力のなかで可愛がってもらったようにおもう。たとえば,魚釣り。あるいは,メジロ捕り。あけび採り。もっぱら野外活動。敗戦直後なので,これといった遊具はなにもなかった。だから,野外の自然を相手にするしかなかったのだ。

 いまにしておもえば,時間が止まっていたかとおもわれるほどゆったりとした時間の流れのなかで,釣りを楽しみ,メジロ捕りに夢中になり,あけびを探してまわった。話術も巧みな人だったので,面白い話もいっぱいしてくれた。なかには,即興の物語もあったりして,おもわず本気にしてしまったこともある。すると,かならず,いまのは作り話,と言って笑った。

 昨年の暮れに,奥さんののぶこさんから『曇る時』が送られてきた。わたしは,東京新聞の一面下の広告欄にこの本が載っていたので,購入しなくては・・・とおもっていた矢先だった。奥さんと二人で刊行していた同人誌『双鷲』に掲載された作品が中心だったので,朧げながら記憶があった。しかし,こうして一冊にまとまり,通読すると,その迫力はまったく違うものになる。

 なんともはや重苦しい作品であることか。これが第一印象。主人公の曳三が脳血栓で倒れてから,かれの不可解な言動が病気によるものなのか,あるいは,生来の性格によるものなのか,その判断がつかず周囲の者が振り回される。なにか問題が起きるたびに曳三の長兄が間に入って,ことを収めようと腐心する。その人間模様が精緻に描かれている。

 しかし,この物語に登場する人物のモデルとなっている人たちの多くを,わたしはよく知っているために,しばしば実物と創作上の人物とが混同してしまう。主人公の曳三は,わたしと一歳違いの従兄弟である。同じ高校に通っていたので,校内で会えば手を挙げて笑顔を返してくれた。その笑顔はとても印象に残る,いい笑顔だった。そして,仲裁役の長兄は作者自身。

 作者の描きたかったことは,たぶん,脳血栓という病気の後遺症による身体の障害とこころの障害の間(あわい)に漂う不可思議な言動であり,それに振り回される人物たちをとおして,人が「生きる」ということの意味を問うことにあったのではないか,とこれはわたしの感想である。仲裁に入る長兄も必死なら,なんとか病気から立ち直ろうとする曳三も必死だ。その必死さが,必死であればあるほど,微妙にスレ違っていく。善意とも悪意ともいわくいいがたい世界を必死で生きる曳三。なんとも頼りない時空間がそこには広がっている。

 兄弟とはいえ,病気の後遺症というバイアスがかかってしまうと,一挙に遠い存在となってしまう。意思疎通がままならなくなる。これはある意味では仕方のないことだ。しかし,病気になる前も,曳三と長兄は,お互いに認め合いつつもどこかすきま風が吹いていた様子も描かれている。じつは,ここにもうひとつの大きなモチーフが隠されてもいる。言ってしまえば,かつての母親の「家出」をめぐる,二人の受け止め方や対応の違いがその根にあるようだ。だから,長兄の苦悩はますます深くなっていく。

 このあたりのことも,わたしはフィクションと実話の間をさまようことになる。いっそのこと実話を知らない方がこの作品を素直に読めたのではないかという思いと,いやいや,実話と重ね合わせになることによってもっと深い意味を読み取ることができたのだ,という思いとが交叉する。

 作者には,母親の「家出」をモチーフとする小説もあるので,そこに描かれたイメージとも共鳴しながら,わたしは,じつに複雑な気持ちでこの作品を熟読玩味した。当然のことながら,父親にもいろいろと問題があって,それも作品になっている。だから,この作品は曳三と長兄の関係が主たるモチーフになっているが,同時に,これまで書かれてきた家族をテーマにした私小説のすべてが共振・共鳴して,まるでオーケストラが鳴り響いているような気持ちになってくる。

 考えてみれば,みずおさんの家族は,それぞれに波瀾万丈の生活を送っていたんだなぁ,といまさらのように思い返されてくる。そして,それが作家・稲垣瑞雄を誕生させる源泉でもあったのではないか,と。しかし,かれを作家たらしめる引き金となったのは,ほかに理由がある。それは,かれが旧制中学の生徒だったときの忘れがたい経験がトラウマとなっている。ひとことで言ってしまえば,戦争というものの非情な現実と避けがたく向き合わざるを得なかったことだ。

 このことも,かれの作品のなかに描かれているので(何回にもわたって),そちらをご覧いただきたい。「稲垣瑞雄」で検索してみればすぐにわかります。

 ということで,今日のところはここまで。

2016年1月5日火曜日

「<破局>(デュピュイ)に向き合う」(西谷修),再読。年頭なればこその所感。

 <破局>。カタストロフ。世界が根底から壊れてしまうような大惨事。この世の終わり。そんな,いつか,遠い未来にやってくるであろうとおもわれていた<破局>が,いま,すでに,わたしたちの目の前にやってきてしまった。わたしたちは,もはや,この<破局>と無縁では生きられない。この<破局>という現実を避けて通ることはできない。

 フクシマ。

 このフクシマと,どのように折り合いをつけながら,生き延びる方途を見出すべきか。このことのために全知全能を傾け,ありとあらゆる努力をしなくてはならない時代,それが<いま>だ。つまり,<破局>を迎えてしまった<いま>という時代だ。

 なのに,アベ政権は背を向けたまま無視だ。そして,放置したままだ。しかも,<破局>の事態はますます悪化の一途をたどっているというのに。世の識者たちの多くもまた,この事実を語ろうとはしない。メディアも忌避しているかのように,触れたがらない。むしろ,積極的に蓋をしてしまっている。まるで,なにもなかったかのように・・・・。

 しかし,ジャン=ピエール・デュピュイは,多くの著作をとおして,フクシマだけではなく,経済の問題をも包括した世界全体の<破局>問題を取り上げ,重視し,警鐘を鳴らしつづけている。このデュピュイの論考にいちはやく反応した,西谷修さんを筆頭とするグループの人たちは,この問題こそこんにちの思想・哲学上の喫緊の課題であるとして,真っ正面から向き合い,熱心に発言を展開している。

 その中核ともいうべき西谷さんの論文「<破局>に向き合う」(『カタストロフからの哲学』──ジャン=ピエール・デュピュイをめぐって,渡名喜庸哲・森元庸介編著,以文社,2015年10月刊に収められた巻頭論文)を,新しい年を迎えた年頭に当たって,気持ちも新たに再読してみた。案の定,ずっしりと重いものがわたしのからだを駆け抜けていく。しばらくの間は震えが止まらないほど興奮する。読むたびに,それまでになかっか,なにか新しい共感が立ち現れてくる。この感覚はいったいなんだろう,と考える。

 ひとつには,まことに個人的な事情と直接,深く,重くかかわっている,と正直に告白しておこう。言うまでもなく,わたしはいま末期癌のステージ4を生きている。しかも,決め手となる治療の方法が見つからないまま,残りの「生」と向き合う日常を生きている。個人的な,まことに個人的な<破局>が目の前にきてしまった,というのが実感である。それでも,自助努力としてできることはやってみようとあらゆる智恵を絞り,よさそうだと納得できるところから始めている。そして,少しでも<破局>を向こう側に押しやるべく,ささやかな実践をこころがけている。

 こんな個人的な事情もあって,デュピュイのいう<破局>は,わたしにとっては切実な「生」の問題となって跳ね返ってくる。そして,西谷さんの説く「<破局>に向き合う」という論考が,きわめて深いところでわたしのこころに響いてくる。驚くほどの現実味を帯びて・・・・。それでいて,どことなくわたしのこころを癒してもくれる。

 それはなんと仏教的な世界観をわたしに想起させてくれるからだ。西谷さんは,この論考のどこにも仏教にかかわるような言説はしていないのだが,それでもなお,わたしの想像力は仏教的コスモロジーをつぎからつぎへと引き寄せてくる。仏教とはなんの関係もない西谷さんの言説にもかかわらず,わたしは勝手に仏教の世界に遊んでいる。これはいったいどういうことなのだろうか,と考えてしまう。しかし,そんなことはどちらでもいいことだ,と自分に言い聞かせる。

 詳しいことは割愛するが,西谷さんは,<破局>を回避するためには,発想の出発点を180度,転換させるほかはない,と断言する。つまり,人が「生きる」ということを第一優先として擁護することだ,と。「生きる」ということを肯定する思想こそが「善」なのだ,と。西田幾多郎の『善の研究』も,人が「生きる」ということを擁護している論考として読むと理解が深まる,と以前に聞いたことがある。つまり,与えられた「生」を生き切ること,あるいは,まっとうすること,そのことのためにわたしたちがなすべきことはなにか,そこから考え直すこと,これが<破局>を目の前にした<いま>,わたしたちがやるべきことだ,と。

 こうした西谷さんの言説が,わたしには,いま与えられている「生」をまっとうすること,と響いてくる。では,<破局>と向き合う<いま>を,わたしが「生きる」とはどういうことなのか,という命題がくっきりとみえてくる。すると,おのずからなる答えがみえてくる。そこに救済が透けてみえてくる。ああ,この「道」を行けばいい,と。それが,わたしには子どものころから馴染んできた仏教的世界観であり,その後も読み続けてきた仏典の解釈から得た知識であり,智恵である。その中に,その「道」を考えるヒントの多くが秘められている。

 と,そんな風にわたしは考えはじめている。

 やはり,再読をしてよかった,としみじみおもう。
 断っておくが,ここに書くことができたことがらは,わたしの思考のほんの概略にすぎない。曖昧模糊とした,いまなお言説化できない思考の部分にも,もっともっと重要なテーマが潜んでいる。これから思考が深まってきたら,また,言説化してみたいとおもう。たぶん,可能だとおもう。それを楽しみたいともおもう。あるいは,それがいまわたしが「生きる」ということの内実なのかもしれない。そんなことも含めて「生きる」とはどういうことなのか,を考えてみたい。そんなところにまで,西谷さんの論考の触手は伸びているようにおもうから。

 だから,これからも何回でも再読しながら,思考を深めていきたいとおもう。わたしが真に「生きる」ために。

2015年12月16日水曜日

「急行が徐行している」(又吉直樹)。自由律俳句の世界,面白そう。

 依頼された原稿の締め切り日が迫ってくると,きまって関係のない本を読み始める悪い癖が,いまも直ってはいない。困ったものである。しかし,この悪癖が意外に役に立つこともある。著者にはほんとうに申し訳ないのだが,今回はこの本に助けられた。感謝あるのみ。

 『カキフライが無いなら来なかった』,せきしろ,又吉直樹共著,幻冬舎文庫,平成25年10月10日刊。

 又吉直樹の芥川賞受賞作『火花』(文藝春秋)を読んでから,なんとなく気になる作家として,わたしの脳に定着している。時間があったら,ほかの作品も読んでみようと,こころの片隅にあった。だから,書店で又吉直樹の本をみつけると,自然に手が伸びていって買ってしまう。そんな本が何冊かたまっている。別に急いで読まなくてはならない本ではないので,いつか,なにかの折にでも,とおもい書棚に放置してある。

 この種の本はほかにもある。だから,どれを取り出してきて読んでもいいのだが,今回は,なんの理由もなくこの本に手が伸びた。ひょっとしたらタイトルがよかったのかもしれない。「カキフライが無いなら来なかった」。開いて,読み始めて,おやおやと驚いた。この本のタイトルそのものが,なんと俳句だというのだ。そして,これが自由律とよばれる俳句なのだ,と。

 たしかに自由律俳句というものの存在は知ってはいた。たとえば,荻原井泉水とか,河東碧ご桐などの名前はすぐに浮かんでくるし,尾崎放哉や種田山頭火の作品は強烈な印象を与えたものとして記憶している。とくに,山頭火の自由律俳句は好きで,ひところ,夢中になって読んだこともある。だから,自由律俳句というものの,ある程度の輪郭はわたしの頭のなかにはあった,はずだ。

 が,その前提がひっくり返されてしまった。
 その代表作が本のタイトルにもなっている「カキフライが無いなら来なかった」(又吉直樹)だ。そして,このブログの見出しにとりあげた「急行が徐行している」(又吉直樹)だ。

 山頭火の自由律俳句で固まっていたわたしの感覚からすると,この二作とも,どこかかったるい。そんなことどうでもいいではないか,というのがわたしの感覚。「急行が徐行している」の方はちょっぴり笑ってしまったが,それ以上のものではない。つまり,パンチが効いていない,というのがわたしの不満のようだ。

 せきしろ氏の作品も同じだ。
 後半のバラードは早送りした
 ラブホテルの前にサイドカー
 温室の匂いがいつかの記憶にかるく触れる
 照葉樹の葉を取り折り曲げては捨てるだけ

 やはり,どこかかったるい。だから,なんだというのだ,という気になってくる。

 このせきしろ氏の俳句に見開きページで反対側に置かれている又吉直樹の俳句をみると,
 このままでは可決されてしまう
 あの青信号には間に合わないゆっくり行こう
 俺も酔ってここに座る日が来るとは
 予想以上にあいこが続いてしまった
 という具合である。

 この二者の作品でいえば,わたしのフィーリングは又吉直樹に近い。かったるいながらも,わずかに共鳴するものがある。わたしと似た感性がほのかにあるとおもう。この感覚は小説『火花』を読んでいるときに感じたものとよく似ている。どうやら,わたしの本性は又吉直樹のどこかに通じているらしい。小説家では太宰治が好きだという点でも似たようなところがある。

 そんなわけで,原稿に詰まったときの気分転換には,又吉直樹の自由律俳句がまことに役立つということがわかった。しかも,あまりパンチが効いていない,というところも助かる。原稿が書けなくて張りつめた神経を,ホワッと緩めてくれる効果という点では,まことに好都合なのである。とことん追い詰めないのがいいようだ。ふわっと,さりげなく風が吹いて,通りすぎていったなぁ,という程度の感触がいつのまにか快感になってくる。

 自由律というのだから,どんな風に「自由」であってもいいわけだ。又吉直樹は自分の感性に合わせて,そこに対してとことん自由を楽しんでいるらしい。そこに,読むわたしが,ふわっと反応する。そして,ガチガチになっている気分をそこはかとなく和らげてくれる。こんなのも「あり」なのだ,と途中で気づく。

 すると,肩の力が抜けて,徐々に,徐々に,気持ちが和んでくる。いつのまにか,ふんふん,ふんふん,とうなづきながら読んでいる。ひととおり読んでしまってからも,適当にページを開いて,拾い読みをしてみる。それもまたそこはかとなく快感を覚える。なんだろう?この感覚は?でも,気持ちを解きほぐしてくれる特効薬としては,又吉直樹の自由律俳句は,わたしには合っているようだ。

 お蔭で,この本と戯れているうちに,原稿の方もなんとか締め切り日ぎりぎりで仕上がった。

 そうか,自由律俳句というのは,まさに自由なのであって,自分の感性に合わせてとことん遊べばいいのだ,と知る。ならば,気が向いたときに遊んでみようか,とそんな気にもさせてくれる,わたしにとってはありがたい本であった。

 同じような本がもう一冊ある。
 『まさかジープで来るとは』,せきしろ,又吉直樹,幻冬舎文庫,平成26年4月10日刊。

 こちらは,つぎの原稿で詰まったときのためにとっておこう。
 少しは禁欲的な方が喜びは大きいはずだから・・・・。

2015年12月9日水曜日

現代語訳『般若心経』(玄有宗久著,ちくま新書,2015年6月,第15刷)を再読。名著です。

 いつものように散歩を兼ねて書店に立ち寄ってみたら,『般若心経』と「玄有宗久」という文字が目に飛び込んできました。なんの躊躇もなく衝動買い。家にもどってから,あちこち拾い読みしてみましたら,「あれっ?」,なんだか読んだことがある・・・・? あわてて書棚を確認してみましたら,やはり,ありました。

 最近,こういうことが多くなってきました。サクセスフル・エイジング(笑い)。

 初版は2006年。その当時に買って読んでいたことをすっかり忘れて,二度買い。だれかにプレゼントしようかとおもっても,こんな本はだれも喜んではくれません。ので,名著並みの扱いにして,一冊は「書き込み」用,もう一冊は「通読」用に。

 しかし,読んでみますと,その印象は,かつてとはまるで異なっていました。なぜか。読み手が成長したから・・・とおもうことに。というか,読み手の意識が大きく変化している,というのが正解のようです。つまりは,末期ガンを患い,いま,まさに「死」と直面しながら日々を送っているために,否応なく意識が変化しているからなのでしょう。

 そのお蔭で,今回は,深いところまで手がとどくようによくわかりました。おおげさに言えば,もう,死んでもいい,とおもいました。死ぬといったところで,なんのことはない,「空」のなかにもどっていくだけのことだ,とこころの底から納得したからです。要するに,人の生死とはどういうことなのか,がよくわかったということです。このわたしなりの理解を要約しておきますと,以下のようになります。

 わたしの「いのち」もまた宇宙が繰り広げる自然現象のひとつであって,それ以外のなにものでもない,と納得したからです。ただそれだけの話ではないか,と得心したということです。仏教は,宇宙原理の根本を「無常」と説き,自然現象は,いっときたりとも「止まる」ことなく,変化をしつづけるものであると説き,その末端にわたしの「いのち」も位置づけられているにすぎないのだ,というわけです。ですから,一切の存在は「無」であり,「空」に帰っていく,と。

 「いのち」というエネルギーは,からだという乗り物にこころを乗っけて,走ったり跳んだりし,あるいは喜怒哀楽や理知や美意識として千変万化しながら,ひたすら「消尽」(燃焼)されるだけのものなのだ,と「よーく,わかった」という次第です。

 『般若心経』というお経は,このことをわかりやすく説いているにすぎない,と玄有宗久さんが,これまたわかりやすく解説をしてくれています。その意味では,類書にはない卓越した,仏教の神髄をもののみごとに解き明かしてくれる,まさに「名著」です。2006年当時(初版)は,あまり大きな話題にはなりませんでしたが,「3・11」を通過した「いま」,ふたたび注目を集め始めているのではないでしょうか。

 そんなにたいして大きな書店でもないのに,目立つところに「平積み」になって置いてあるということが,それを意味しているようにおもいます。言ってみれば,時代がこの本を受け入れるようになってきたのではないか,という次第です。

 このお経の構成は,きわめて単純明解です。まずは,観音様が,お釈迦様のお弟子さんのなかでは智恵第一といわれた舎利子にむかって,仏教(般若)の神髄(心経)について諄々と説いて聞かせるところからはじまります。その上で,最後にいたって,それらの教えを集約した「呪文」を唱えなさいと教えています。この呪文こそが,人間の声をとおして発せられる「いのち」のリズムであり,響きなのであって,この呪文が宇宙エネルギーの「消尽」と共振・共鳴するツールなのだ,というわけです。すなわち,わたしというミクロ・コスモスと宇宙というマクロ・コスモスとが共振・共鳴しつつ「一体化」していくための「通路」(ツール)なのだ,と。つまり,呪文こそが究極の「心経」なのだ,というのです。

 「ギャーテー,ギャーテー,ハーラーギャーテー,ハラソウギャーテー,ボージーソワカ」

 この呪文には意味はない,ただ無心に唱えることに意味がある,というのが玄有宗久さんの立場です。もちろん,この呪文を解釈し,翻訳することも行われてきています。しかし,無理に意訳をするよりは,音訳だけで十分である,とする側にわたしも与したいとおもっています。意味を考えながら呪文を唱えるよりは,なにも考えないで,無心になって呪文を唱えることの方がはるかに「理」にかなっているとおもうからです。

 お釈迦さんは,最終的には「死のすすめ」を説いたと言われています。つまり,うしろめたさを残さないで,潔く,きれいな生涯を送って,にっこり笑って死んでいけ,と。お釈迦さん自身も,死期を悟って横たわったとき,嘆き悲しむお弟子さんや信者たちを前にして,「悲しむことはなにもない」と説いたといいます。大宇宙という「浄土」の世界に帰っていくだけなのだから・・・と。

 わたしも,遅ればせながら,この経典を「死のすすめ」として,素直に受けとることができるようになったなぁ,としみじみおもいました。これもそれも,みんな末期ガンのお蔭です。まことにありがたいことです。

 なお,著者の玄有宗久さんは,もっともっと説得力のある明解な解釈を加えています。そして,大向こうを唸らせるほどの素晴らしい仏教的「世界」を解き明かしてくれています。ぜひ,ご一読をお薦めします。

 〔お断り〕玄有宗久の「有」は間違いで,これに「人偏」を加えた文字が正しい表記です。 

2015年12月3日木曜日

大相撲の土俵祭り。「方屋開口,故実言上」ということについて。

 文庫本の新刊コーナーに『力士の世界』(33代木村庄之助著,角川ソフィア文庫,2015年11月25日初版)があり,即購入。書店でペラペラとめくってみたかぎりでは,いわゆる相撲ファンの初心者向けの解説本という印象でしたが,家にもどってから中味を読んでみますと,思いの外,奥が深い本であることがわかりました。しかも,行司の眼をとおしてみた力士の世界が,なかなかの達意の文章で描き出されています。とてもいい本なので紹介したいとおもいます。

 内容は以下のとおりです。
 第一章 相撲は神事
 第二章 いつも厳しい勝負の世界
 第三章 相撲部屋はひとつの家族
 以上の三章立て。

 いかにも行司さんらしく「相撲は神事」と断言しています。そして,行司は神主なのだ,とも。なるほど,読んでみますと神主の修行もして,資格も取得しているとのこと。だから,土俵は神のいます聖域(神域)であって,力士は一番ごとに塩をまいて清めることが不可欠なのだ,とも。

 その聖域である土俵に神を降臨させるための儀礼が,いわゆる「土俵祭り」なのだ,と33代木村庄之助は熱弁を振るいます。そして,驚いたことに,土俵祭りのときに神主として行司が読み上げる祝詞がそのまま紹介されています。一般的に,神社で読み上げられる祝詞は,ふつうの読み物では活字化しないのがしきたりのようになっていますので,わたしはこれまで祝詞なるものを一般の刊行物の中ではみたことがありません。しかも,土俵祭りのときに神官をつとめる行司によって読み上げられる祝詞は初見でしたので,びっくりしてしまいました。折角ですので,その冒頭部分だけでも引用しておきましょう。

 掛巻くも畏きこの斎庭に吾相撲の道の守神と斎く
 戸隠大神 鹿島大神
 野見宿禰尊等を招奉り坐奉りて畏み畏み白さく
 千早ふる神代の昔より中今は更に白さず
 弥遠永に栄いくべき相撲の道はしも敏き心に術を尽くして
 猛き心に力を競べて勝負を争い
 人の心を勇ましむる吾邦固有の国技なれば

 という調子でつづいていきます。フリガナをつけないと正しく読むことも難しい文章になっています。しかし,意味するところはおおよその見当がつくとおもいます。こういう祝詞が,場所ごとに土俵祭りのときには読まれているというわけです。しかも,土俵は,地方巡業のときにも必要です。ですから,そのたびごとにこの祝詞が読み上げられることになります。

 土俵祭りでは,この祝詞のあと「故実言上」の儀式が行われます。そして,この儀式のことを「方屋開口」と呼んでいるそうです。方屋とは土俵場のこと,開口は開く,つまり「土俵開き」という意味だと33代木村庄之助は書いています。しかし,そこには土俵の起源となったといわれている「人方屋」の話はでてきません。ということは,「人方屋」の話は一度,疑ってみる必要がありそうです。なぜなら,ここで用いられている「方屋」という言い方はわたしなりに納得ができるからです。つまり,「方屋」とは,家の中の正方形の空間のことで,土俵をつくるとなれば相当に大きな家屋を構える必要があったはずです。それは,寺院や神社のような特別の建物であればともかくとして,ふつうの家屋では特別の大きさの空間を意味したはずです。ですから,「方屋」ということばが相撲場以外にも用いられていたのではないかとおもわれます。そのヒントのひとつは「方丈」ということばです。寺の住職が一丈四方の部屋に住んでいたので,寺の住職のことを「方丈さん」と呼ぶしきたりがいまでもあります。また,有名な「方丈記」は,まさに方丈一間の家を建てて,質素に暮らし,必要とあらば解体してそれを大八車に積んで引っ越しをすることも可能だった,といいます。「方屋」と「方丈」のニュアンスは同じです。これは調べてみる必要がありそうです。となると,人が円陣を組んで座っていた,その中で相撲を取っていたのが「人方屋」のはじまり,つまり土俵のはじまりだ,という説は怪しいということになります。 

 さて,その「方屋開口」のときに「故実言上」がなされます。これは文字とおり「故実」を申し上げる,というほどの意味です。その文章も引用しておきましょう。

 天地開け始まりてより,陰陽に分かれ,
 清く明らかなるもの,陽にして上にあり,これを勝ちと名付く。
 重く濁れるもの,陰にして下にあり,これを負けと名付く。
 勝負の道理は,天地自然の理にして,これなすもの人なり。
 清く潔きところに清浄の土を盛り,俵をもって形をなすは五穀成就の祭りごとなり。
 ひとつの兆しありて形となり,形なりて前後左右を東西南北,これを方という。
 その中にて勝負を決する家なれば,今初めて方屋と言い名付くなり。

 これを読みますと,なるほどと納得させる「方屋」の故実が明らかになってきます。ポイントは,勝負を決する「家」であること,そして,前後左右を「東西南北」に位置付けた家を「方(ほう)」という,そこにあります。さらには,「陰陽」にはじまることを考えれば,その起源が中国であることもみえてきます。そして,前後左右,東西南北の意味するところは「四神相応」そのままです。すなわち,左方は東の青龍,右方は西の白虎,正面(前方)は南の朱雀,後方は北の玄武,にそれぞれ対応します。ですから,そういう家を「方(ほう)」というわけです。

 これで納得。となれば,ますます「人方屋」という土俵起源説は怪しくなってきます。そして,このときの「人」はなにを意味しているのでしょうか。新たな疑問が湧いてきます。

 ことほど左様に,この本全体の記述は,初心者向けに「力士の世界」を語った読み物になっていますが,上記のように驚くべき発見も随所にあって,なかなか楽しめます。まさに,行司さんでなくては書けない逸話や秘話がてんこもりになっていて,相撲ファンには堪らない魅力を放っています。

 いい本との出会いでした。ご一読をお薦めします。

※写真を追加すること。

2015年12月2日水曜日

『どうせ死ぬなら「ガン」がいい』(中村仁一×近藤誠著,宝島新書)を読む。納得すること多し。

 もうかなり前に,帯津良一さんの本との出会いがあり,ガンに関する本はかなり読んでいました。ガン細胞は自分の細胞の遺伝子に異変が起きるだけなので,抗原抗体反応が表れない。つまり,他者として認識しないので,自覚症状もほとんど感じられないまま,病変だけが進行するというやっかいなしろもの,というわけです。

 ガンについては,そんな程度の認識でしたが,昨年2月に初発の胃ガンが見つかってからは,本の読み方が変わりました。これはとおもわれる本は片っ端から買ってきて,むさぼるようにして読み漁りました。が,どの本も,わたしを納得させることは書いてありませんでした。

 つづいて,知り合いのお医者さんにも,片っ端から質問をし,なにか納得のいく手がかりは得られないものかと,あれこれ努力してみましたが,いずれも心の底から納得のいく答えはありませんでした。一括りに要約してしまえば,「一般論としては」とか,「文献データによれば」という前提つきの説明でしかありませんでした。つまり,末期ガンを生きるわたしという人間が,どのような対応をすればいいのか,という総合的な判断をする根拠は見つからなかったということです。

 その結果,ゆきついた,わたしの理解は以下のとおりです。
 〇切除手術がうまくいく人もあれば,そうでない人もある。
 〇抗ガン剤がうまく効く人もあれば,そうでない人もある。
 〇放射線治療がうまくいく人もあれば,そうでない人もある。
 要するに,個体差がありすぎて,個別の症例に対する決め手がない,ということがわかりました。

 その結論としては,「ガン治療に方程式はない」ということ,そのほとんどは「試行錯誤」でしかないということ,それだけでした。

 そして,うまく治療ができた人はラッキーな人(運のいい人),いつまでもはっきりしない人はアンラッキーな人(運の悪い人),さらに,あっという間に,この世とお別れしてしまう人は,そういう星のもとに生まれた人だと諦めるしかない,これが,いま現在のわたしの到達点です。

 ここまで到達したときに,わたしの眼に,かなり説得力のある本として,帯津良一,中村仁一,近藤誠さんらが書いた本がふたたび蘇ってきました。言ってしまえば,原則として,「放置療法」です。すでに,確立されている治療法がある事例はほんのわずかで,あとは,暗中模索なのだというのです。だとしたら,切除して体力を消耗したり,抗ガン剤や放射線の副作用に悩まされたりして,苦しむよりは,そのまま放置して「生活の質」(Quolity of Life )を維持しながら,元気な時間をエンジョイした方がいい,ということになります。

 ちなみに,治療を一生懸命やった人と,なにもしないで放置した人との寿命は,統計処理をしたかぎりでは,ほとんど変わらない(近藤誠)といいます。しかも,治療に専念した人の最後は,激痛に苛まれ,苦しむ人が多いといいます。他方,放置した人のほとんどは「自然死」に近い,つまり,痛み苦しむことなく,こと切れることが多いといいます。

 だとしたら,どちらを選ぶかは自明のこととなってきます。

 それよりももっと大事なことがひとつあります。それは,自分の命の終わり方をどのようにするか,という「生き方」の結末のつけ方の問題です。つまり,「死に方」です。別の言い方をすれば,どのようにして,与えられた生命をまっとうし,その上で,どのように死を迎えるか,その幕の引き方です。それは,わたしという人間の「生き方」の最終のテーマとなります。つまり,「死ぬ」ということは,わたしの全人生をかけた,最後の「演出」であり,「幕引き」です。この一点に,大げさに言えば,わたしの全人生がかかっている,ということです。もっと言ってしまえば,わたしの人生の総決算だ,ということです。

 このことを考えさせてくれるのも,じつは,癌患者だからです。死ぬとしたらガンで死ぬ。そのことがはっきりしているからです。これは考えようによってはとても幸せなことだともいえます。覚悟の上での死を迎えることができるのですから。

 それでも,できることなら,可能なかぎり「自然死」がいい。昨日まで,ふつうにしていたのに,朝になったら死んでいた・・・・これが理想です。

 こんなところに,わたしの思考がたどりつきつつあるのは,これまでに読み込んできた思想・哲学の本のお蔭であり,仏教関連書の影響が少なくありません。かんたんに言っておけば,「わたし」という自我(近代的自我)から解き放たれたさきに広がる,「いのち」のままに躍動する世界(彼岸)に身もこころも委ねること,これが「生きる」ということの基底ではないか,ということです。

 こんなことを考えさせてくれるきっかけとなった一冊,それがこの本でした。

2015年11月20日金曜日

『こんなことを書いてきた』──スポーツメディアの現場から(落合博著)を読む。

 一度,取材を受けたあとお付き合いがはじまった毎日新聞・運動部記者・論説委員の落合博さんから近著が送られてきました。『こんなことを書いてきた』──スポーツメディアの現場から(創文企画,2015年10月刊)。

 タイトルから推測できますように,落合さんが運動部記者として毎日新聞のコラム「発信箱」に書きつづけてきたエッセイ(2006年4月~2015年7月)を中心に,関連する文章を集めて一冊にまとめた本です。文字どおり「スポーツメディアの現場から」生まれた落合ワールドが満載です。ひとことで言ってしまえば,落合さんのスポーツ観がそのまま表出した,いかにも落合さんらしいスポーツ批評となっています。

 わたしのようなスポーツの現場とはやや距離をおきながら,一定の思想・哲学を背景にしてスポーツ文化論を展開してきた者にとっては,貴重な現場からの思考がみごとに結晶していて,とても勉強になりました。同時に,スポーツメディアの「力」の凄さをいまさらのように感じました。やはり,現場で取材を重ね,生の声を聞き取りながら思考を重ね,そこから生まれてくるひとつの到達点は,迫力満点です。

 もちろん,落合さんの博識に裏打ちされた達意の文章があってのものであることは間違いありません。じつに広い読書量が,抑制された短い文章のはしばしにちらりと表れ,それをテコにしてスポーツ文化の普遍に触手が伸びている,それが読んでいて心地よいかぎりです。加えて,落合さん自身がスポーツマンであること,そして,こよなくスポーツを愛していらっしゃる人であること,そういうスポーツに向き合う姿勢・愛情が文章に人としての温かさが注入されています。ですから,ついつい惹きつけられ,気がつくと心地よく落合ワールドにどっぷりとはまり込んでいます。

 のみならず,現代のスポーツ(ここでは広義のスポーツ,つまり,競技スポーツから学校スポーツ,趣味のスポーツにいたるまで,あらゆるスポーツ文化が対象)を考える上での貴重なヒントをいくつも提供してくれます。まさに,スポーツメディアの「力」だとおもいます。ですから,現場から遠いところにいる研究者はもとより,スポーツ学・体育学を学ぶ学生さんたちにも,是非,読んでもらいたい一冊だとおもいます。

 とりわけ,講義のネタの宝庫。講義の冒頭のまくらとして,問題の所在を明確にするには最適の教材になります。あるいは,大学院生を対象にしたゼミナールなどでのディスカッションのテーマを設定するには,こんなに面白いテクストはないでしょう。わたしが現役であったなら,この本一冊で,一年間,存分に授業を楽しむことになったでしょう。

 落合さんは,中学・高校とサッカーに熱中し,大学(東京外大)ではラグビーに身を投じています。おそらく足の早いスクラムハーフとして活躍されたのではないか,とこれはわたしの勝手な想像です。いずれにしても,熱血ラガーマンのイメージが彷彿としてきます。しかも,いまもランニングを日常的に楽しんでいらっしゃるとのこと,これにはこころから敬意を表したいとおもいます。こういう人こそが新聞のスポーツ記事を書くに値する人だとわたしは信じています。

 本書の内容について触れるだけのスペースが,残念ながらありませんので,ここでは本書の構成をとおしてみえてくる落合さんのスタンスを紹介するにとどめたいとおもいます。

 本書は8本の柱で編集されています。それは以下のとおりです。
 1.未来のために
 2.過酷な文化
 3.「主食」の悲劇
 4.仕組みを考える
 5.共に生きる
 6.疑義をはさむ
 7.変わるもの 変わらぬもの
 8.生きるということ

 以上が全8章の見出しです。これをじっと眺めているだけで,落合さんのスポーツに取り組むスタンスが透けてみえてきます。それは,どこまでも「人間中心」です。実際に現代社会を生きている人間(子どもも大人もふくめて)にとって「スポーツとはなにか」という根源的な問いが落合さんの思考の根っこにある,といっていいでしょう。そのことは読んでみれば,なおさら明白です。ですから,薄っぺらなスポーツ評論ではなく,魂の入ったスポーツ批評になっています。

 ほかのなによりも,この点を力説しておきたいとおもいます。

 各論に入りますと,これはもうエンドレスになってしまいます。わたしの考えとぴったり一致する点もあれば,微妙にスレ違っていく点も少なくありません。それは,たぶん,現場で磨き上げられたスタンスと,思想・哲学との接点を重視しながらスポーツ再考を試みるわたしのスタンスの違いであろうかとおもいます。ですから,一度,とことん深入りして議論をしてみたいなぁ,といまから楽しみにしているところです。

 鷺沼の事務所は,午後5時を過ぎると「延命庵」という居酒屋になりますので,ぜひ,そこで一献傾けながら語り合いたいとおもっています。落合さんの趣味の一つが「居酒屋探訪」ということですので,これは容易に成立することでしょう。

 落合さん,是非一度,お待ちしています。

2015年11月19日木曜日

「空腹」のすすめ。免疫力を高めるために。

 「癌」という字をよく見れば,「病だれ」に「品物」の「山」。
 つまり──食品を,山ほど食べれば,癌になる──という戒めなのです。

 『かんたん「一日一食」!!』(船瀬俊介著,講談社文庫,2015年8月初版)のP.306.からの引用です。散歩がてらの書店でみかけ,タイトルをみて,この本大丈夫かな,と首をかしげながら中味を拾い読み。やはり怪しいなぁとおもいながら第4章もめくってみる。ここから一気に正攻法。それまでは,もっぱら「体験談」で,いわゆる「ツカミ」の部分。しかし,第4章には,わたしをこころの底から納得させる理論が展開されていました。即,購入。

 「腹八分で医者いらず」
 「腹六分で老いを忘れる」
 「腹四分で神に近づく」
 (P.25.)

 むかしから言われてきた俚言です。科学とは無縁の「経験知」が生みだした智恵の産物です。このむかしの人の智恵が,最近の科学によって立証されるようになってきました。しかし,近代医学(西洋医学)と近代栄養学は,人間機械論の立場に立っていますので,むかしの人の智恵とはま逆の考え方をしています。すなわち,粗食ではなく,栄養価の高いものを,バランスよく,カロリーを計算して,一日3回食べなさい,というわけです。

 その結果は言うまでもなく「過食・運動不足」による肥満の大量生産です。要するに,からだが必要としない余分な栄養分も取り込み,それらが消費されることなくどんどん体内に蓄えられていくというわけです。この過剰な栄養が,じつは,からだには「毒」となり,病気の誘因になっている,と著者の船瀬氏は力説します。だから,減食をして,「空腹」を楽しむようにすれば,余分な栄養である「体毒」は燃焼したり,体外に排出されたりして,健康体をとりもどす,と。のみならず,「空腹」が免疫力を高めるので,悪い病気にとりつかれることも激減する,と説きます。

  この理論的根拠が,第4章にこってりと書き込まれています。そのごく基本的な考え方について述べておきますと,以下のとおりです。

 人間には,もともと「ホメオスターシス」(恒常性維持)という機能がからだに備わっている。からだをつねに一定の状態に保つはたらきのこと。たとえば,体温調節はその代表的なものの一つ。暑いときには汗をかいて体温を放出する,寒いときには身震いして熱を産出し体温を保つ,というわけです。これらは,自分の意思とはなんの関係もなく,からだのなかに備えられたホメオスターシスという仕組みが,自然にはたらくというわけです。このような仕組みが神経系(交感神経と副交感神経)やホルモン系(アドレナリン,インシュリン)をはじめ,からだを一定の状態に保つために,じつに巧妙に張りめぐらされています。

 このホメオスターシスのはたらきこそが,世間でいうところの免疫力であり,自然治癒力というわけです。しかも,このホメオスターシスをフル回転させ,万全の体勢を整えるためのウォーミング・アップが「空腹」状態だ,というのです。つまり,空腹はからだに「生体危急反応」を起こさせ,からだによくない危急状態に備えるのだ,というのです。もし,骨折したり,下痢をしたりしたときには,まずは断食をすることが一番なのだ,と。断食をすることによって,自然治癒力がフル回転し,骨折も下痢も自力で治してしまう,というわけです。

 まさか,骨折は断食とは関係ないだろう,と多くの人は考えます。しかし,シートンの『動物記』に,しばしば登場する狼は,骨折すると穴を掘ってその中にからだを隠し,骨折した前足を入口のところに出して砂をかけて一週間から10日ほど飲まず食わずでじっとしています。そとに出した前足の砂は雨に濡れて固くなり,ギブスの役割もはたしている,といいます。これだけで,狼は骨折が治るまでじっと断食をして待つ,という次第です。

 下痢の場合は,食べないでおくことが一番だ,ということは説明する必要はないでしょう。ことほど左様に内臓疾患の場合には,薬よりなにより,断食が一番だ,と船瀬氏は力説します。しかし,医者にかかると薬を与えられ,それを飲みます。すると,折角の持ち合わせの自然治癒力を発動させる機会を失い,ますます免疫力は低下していく,というわけです。

 そのもっとも典型的な事例が「風邪」です。市販薬がたくさん出回っていますので,自分で適当に薬を買ってきて飲用することは,もはや当たり前のようになっています。しかし,風邪もまた断食をして,自力で治すのが一番。そうすれば,免疫力が高まり,風邪が大流行しても,ひとり超然としていられるというわけです。

 この本は,基本的には,ファスティング(断食,減食,小食,など)によってデトックス(体毒の排出)し,「自己浄化」をめざすことを,微に入り細にわたり,ていねいに説いています。そして,どのような段階を踏んで,一日一食に到達するかを説いています。いきなり断食をしたり,小食にしたりするのではなく,自分のからだの声に耳を傾けながら,「空腹」を楽しめ,と説いています。このあたりのこともふくめて,わたしにはとても納得のいく一冊でした。

 ので,早速,手短にできるところからはじめることにしました。まずは,「空腹」を楽しむことから。つまり,一日に一回は「空腹」の時間をセットして,空腹を感じながら,「いいぞ,いいぞ」と声をかけ,「いま,ホメオスターシスにスイッチが入ったぞ」「さあ,来いっ!」と自作自演の演出を楽しんでいます。何カ月後には,たぶん,一日一食に到達することができるな,という確信のようなものも,いつのまにか芽生えてきています。

 「癌」という文字を筆で書いて飾り,「山のように食べてはいけない。病気になるぞ!」と言い聞かせながら・・・・。

2015年11月10日火曜日

「月面で猿が踊り狂っている」。「月光心猿」。又吉直樹の『新・四字熟語』より。

〔月光心猿〕

黄昏を不法投棄するため
外に出た 誰にも見つから
ないように歩く
                     黄昏 ティッシュ 残飯 ゴムが
                     弛んだ下着 シャツ 電気料金
                     表レシート 独り言 蕪雑な
                     袋の中で黄昏が汚れている
隠れているつもりか電柱の
陰に暗鬼 裸足の餓鬼がチョーク
で地面に描いた月 墨絵みたいな
鴉が翔び地面の月を襲う
                                    黄昏投棄
月が空に逃亡して夜が来た                   脳髄廃棄
辺りが覚えのある臭いに変わる                体躯遺棄
                                    感傷唾棄
                                    人間放棄

                     何かが爆ぜた


月面で猿が踊り狂っている


                     次の自動販売機で
                           珈琲を買おう 


 
∥ 月光心猿 ∥ げっこうしんえん

月明かりに照らされた途端,心の中で猿が
暴れるように,なにか行動を起こしたいと
いう衝動に駆られること。
迷い,悩み,苦しみ,立ち止まっていた人
間が,ひょんなことに刺激を受け,動き出
せそうな 『今』 というあの感じ。

 
ふたたび,又吉直樹の『新・四字熟語』から転載させてもらいました。どうしても転載したいという衝動に駆られて・・・・・。わたしのこころの中の月面で猿が踊り狂っています。読んだ瞬間に共鳴・共振してしまいました。もはや止めようもありません。

 やはり,又吉直樹は面白い。

2015年11月8日日曜日

「河童速報」。又吉直樹著『新・四字熟語』より。〇

 
「明日,午後から関東を中心に河童が大量に発生します」というアナウンスがラジオから流れてきた。河童速報を聞くと,いつも思うのだが『発生』ではなく『出没』じゃないのか。河童は生まれてくるのではなく,何処かに隠れて存在していた者達が目に見えるところに出てくるだけなのだから。
 僕と同じような考えから,『出没』ではないのかとクレームの電話をかける人が未だに多くいるらしい。
 元々,河童速報の始まりは,天気予報を告げるキャスターが入院している自分の子供に一刻も早く病気を治し,外に出たいという気持ちを持たそうと即興で言った嘘だったらしい。そのため,もちろん原稿も用意されておらず天気予報で頻繁に使われている『発生』という言葉が自然と口から出たのだろう。
 そのキャスターは幸運なことに解雇されなかった。その日が四月一日でエイプリルフールだったのと,東京で桜が満開になりみんな機嫌が良かったからだ。
 ただ,問題はその後に起こった。速報を耳にした一部の若い河童達が,河童と人間の間で何かしらの協定が結ばれ,その日だけは河童が街に出ることを許容されたと勘違いして実際に出てきてしまったのだ。
 人間達は驚いた。若い河童達はもっと驚いた。何匹かの河童は捕獲されたが,人間の政界に紛れ込んでいた天狗の仲立ちもあって,三日以内に解放された。事後処理として,発端となった河童速報を流した番組のスポンサーである酒造メーカーがエイプリルフールと引っかけて仕掛けたキャンペーンだったということにした。翌年からも,不自然ではないように,そのキャンペーンを実行した。それが今も継続されている。
 しかし,実際に河童と遭遇した人間達は口を揃えて『あれは着ぐるみなんかじゃない』と言った。
 今でも,あれは本物の河童だったと信じる者もいるが,ほとんどの人は都市伝説と認識している。河童速報という言葉を,人々は『嘘で言ったことが本当になる』というニュアンスで使っているようだが,我々河童達の間では『千年に一度のお祭り』という意味で使われている。

 
以上は,又吉直樹の『新・四字熟語』(幻冬舎よしもと文庫,平成27年,3版,P.159~161.)からの引用です。冒頭の書も,P.161.に掲載されている書家の田中象雨の手になるものです。じつは,この本は,又吉直樹の創案になる四字熟語とその解説に,田中象雨の書が加わった,一種のコラボレーションという形式をとっています。

 世間では,もともとお笑い芸人ではないか,と上から目線の人が多いようですが,どっこい立派な芥川賞作家です。冒頭の引用を読めば,そのことは歴然としています。ユーモアを語るにしても,じつによく目配りの効いた観察眼は尋常ではありません。読後にほっとさせる,心根のやさしさがほんのりと伝わってきます。

 新・四字熟語としての「河童速報」は,「嘘で言ったことが本当になる」というニュアンスと,「千年に一度のお祭り」というニュアンスとの二つの意味が籠められている,と又吉さんは解説しています。こんな,四時熟語がこのテクストには満載です。

 たとえば,「神様嘔吐」「馬面猫舌」「夕焼左折」「編曲過剰」「構内抱擁」「日常主演」「無駄目撃」「水玉刺青」「放屁和解」「裏声柔道」「幹事横領」「布団反復」「肉村八分」「素人八段」「返事天才」「元祖偽物」「便所便覧」「全力保養」「絶命読書」・・・・といった具合です。もちろん,お笑いのネタになりそうなものばかり。それでいて,どこか人間の本質に突き刺さるような諧謔が籠められています。読んでいておもわず唸ってしまうものも少なくありません。

 加えて,この四字熟語を「書」にしてページを飾っている書家の田中象雨の存在が,わたしの目にはとても印象的でした。一人の書家が,全部,書体を変化させ,四字熟語の意味を忖度して,みごとな「書芸」としてみせてくれているからです。この人の書だけをめくってみていても楽しめる,不思議な本になっています。

 近日中に,この人の書芸を取り上げて,論評をしてみたいとおもいます。書とはなにか,ということを考える上でとても役に立つとおもうからです。

 ということで,今日のところはここまで。

2015年11月7日土曜日

こんな本,これまでにあったか?驚愕の書。『SEALDs 民主主義ってこれだ!』を精読。◎

 いやはや,参りました。

 民主主義を甘く考えていました。
 民主主義は,制度としてそこにあるものではなくて,自分たちで一つひとつ構築していくものだ,と叱咤されてしまいました。
 「民主主義ってなんだ!」から「民主主義ってこれだ!」に到達するまでの経緯が手にとるようにわかりました。そして,凄い,とおもいました。ここまで考えているのだ・・・と。

 この本は,「民主主義とはなにか」を学ぶためのバイブルにも等しい。

 
SEALDs の若者たちは,ほんとうに,素朴な疑問からスタートし,一つひとつ壁にぶち当たりながら,勉強をし,みんなで議論し,納得のできたところから実践していく,その並々ならぬ「不断の努力」を知り,感動しました。
 そして,なによりも,純粋で,しなやかなこころの持ち主たちに心の底から敬意を表します。
 同時に,これ以上,黙っていてはならないと決断したその「勇気」にも,こころからのエールを送りたいとおもいます。

 それにしても,一人ひとりが,いかにみごとに自立・自律していることか。
 自分の頭で考え,自分の足で歩き,自分のことばで語り,自分のからだ全体で表現をし,反省し,また,スタートから考える。
 そして,それをみんなが尊重し合い,認め合っている。お互いにだれからも束縛されない,だれをも束縛しない,この精神が貫かれている。こういう集合体であるということが,ほんとうに素晴らしい,とおもいます。

 そして,なにより,奥田愛基君,牛田悦正君をはじめ,みんながなんとよく勉強していることか。
 その読書量と読解力にびっくり仰天しました。
 そして,しっかりと自分のことばで語れる,その力量に驚きました。(※牛田君とは短い時間でしたが,直接,お話をすることがありました。)

 とりわけ,実践の一つひとつがたしかな思想・哲学に支えられていることに驚きました。
 たとえば,SEALDs という組織体は,あくまでも個人の集合体であって,そこには党派的な拘束力はいっさいありません。そのヒントは,モーリス・ブランショの『明かしえぬ共同体』(西谷修訳)にあるといいます(牛田君)。これはほんの一例にすぎません。思想・哲学の勉強だけではなく,憲法をはじめとする各種の法令の勉強から,過去の抗議行動の歴史を国内だけではなく外国の事例にまで触手をのばして研究しています。

 そして,実践をとおして鍛えられる思考力こそたしかなものはない,と知りました。机上の空論(あるいは,観念論)とは天と地ほどの差があります。かれらは,つねに「エッジ」に立たされています。つまり,個人をまるごと公衆の前にさらけ出してスピーチをし,コールの指揮をとり,デモという抗議行動をするということは,ありとあらゆる誹謗中傷から批判・批評をもすべて引き受けることを意味します。言ってみれば,退路がないということです。ですから,必死になって智恵をしぼり,勉強をし,議論をし,理論武装して,みずからの立ち位置をたしかなものにしなければなりません。その作業が不可欠です。こうして,若者たちは短時日のうちに,鍛えに鍛えられ,みごとに飛躍的に成長していきます。

 そうした足どりが,生々しく,痛いほど伝わってくるのです。この本を精読していると・・・・。

 わたしの長い生涯のなかでも,これほどの衝撃を与えた本はそんなにはありません。それほどにインパクトの強い本です。これからも,思い出しては,あちこち拾い読みしたいとおもっています。

 騙されたとおもって,ぜひ,ご一読を。

2015年11月4日水曜日

「私は消費主義を敵視しています」。世界一,質素な大統領ホセ・ムヒカのことば。

  『ホセ・ムヒカの言葉』(佐藤美由紀著,双葉社,2015年3刷)を読みました。ざっくりとした書き方になっていますので,だれでも,すぐに読める本です。

 
ホセ・ムヒカ。南米・ウルグアイ共和国の大統領。2010年3月から2015年3月までの5年間。任期満了で退任。いまは,一国会議員として,政治活動を継続。

 若いころに極左武装組織「トゥパマロス」に参加。ゲリラ活動に従事するも逮捕され,1972年8月から1985年3月に釈放されるまでの約13年間,過酷な獄中生活を送る。1995年,左派中道政党「拡大戦線」から立候補して下院議員選挙で初当選。政治家としての道を歩みはじめ,上院議員を経て,2005年に農牧大臣として初入閣。2010年3月1日,第40代ウルグアイ大統領に就任。2012年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連会議でのスピーチが世界中の人びとを感動させ,一躍,時の人となる。

 大統領に就任しても,大統領官邸には住まず,農場にある掘っ建て小屋のような自宅に住み,自分で愛車(フォルクス・ワーゲン)を運転して通勤。警備員はひとりだけ。徹底して余分な経費を削減する。奥さんも議員であるので,お金は十分あるとして,大統領としての給料の9割を寄付。残りの1割を貯金。この貯金は,議員を引退してから貧しい人たちと一緒に働く農場を確保するためのもの。ネクタイはなんの意味もないとして着用しない。

 こんな大統領が追究したテーマは,豊かさとは何だろう?という問いでした。そして,圧倒的多数は貧しい人たちだ。ならば,その人たちの側に立つ政治を行うのは当たり前のことだろう,と考えました。そのためには,みずから質素な生活を送ることがなにより重要であると考え,議員になる前から住んでいた掘っ建て小屋のような自宅から議会に通うことにした,というのです。

 そんな大統領から飛び出してくるスピーチのことばが,世界中の人びとのこころをとりこにしました。以下には,スピーチのなかにでてくる珠玉のことばをいくつか挙げておきたいとおもいます。

 〇貧乏な人とは,少ししかものを持っていない人ではなく,無限の欲があり,いくらあっても満足しない人のことだ。

 〇西洋の富裕社会が持つ傲慢な消費を,世界の70億~80億の人ができると思いますか。そんな原料がこの地球にあるのでしょうか。可能ですか。

 〇なぜ私たちはこのような社会をつくってしまったのですか。マーケット経済の子供,資本主義の子供たち,つまり私たちが,間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作ってきたのです。

 〇マーケット経済がマーケット社会をつくり,このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

 〇私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか。グローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか。

 〇このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で,「みんなで世界を良くしていこう」といった共存共栄な議論はできるのでしょうか。

 〇我々の前に立つ巨大な危機問題は,環境危機ではありません。政治的な危機問題なのです。

 といったような名言がつぎからつぎへと繰り出されてきます。こういう初歩的で,しかも,根源的な問いを発する大統領,それがホセ・ムヒカです。そして,かれは,みずから批判する「消費主義社会」から離脱し,あらたな「持続可能な社会」を構築する政治へと舵を切り換え,真剣に取り組みました。

 その政治的な実績はともかくとして,まずは,ホセ・ムヒカの「ことば」にぜひ一度,耳を傾けてみていただきたいとおもいます。わたしたちの生き方の,なにが,間違っているのか,がもののみごとに指摘されています。かつて,ものの豊かさはこころの貧しさを導き出す,と大塚久雄(経済史研究者)が指摘し,大きな反響を呼んだことがあります。が,いつのまにか,日本人はそんなことをすっかり忘れ去ってしまっているようです。

 その意味でも,この本をお薦めしたいとおもいます。

2015年11月1日日曜日

読書の秋だ。贈呈本がつぎつぎにとどく。衝動買いも。偉いこっちゃ。

 今日は一日かけて夏物の衣類を片づけて,秋冬物に入れ換えました。こんなことはこれまでやったことはありません。が,諸般の事情で,自分でやらなくてはならなくなりました。そういう年代に入ってきたということでしょうか。まあ,こんなものかなぁ,と人生を達観した境地です。

 気がつけば,もう11月です。あれもこれも,全部,積み残したまま秋真っ盛りです。なかでも,いただいた本と衝動買いした本が山のようになっています。さて,これらをどのようにして裁くか,思案のしどころです。その一部を紹介しておきますと,以下のとおりです。

 『スポーツ学の射程』「身体」のリアリティへ,井上邦子,松浪稔,竹村匡弥,瀧元誠樹編著,黎明書房,2015年9月刊・・・・・・この本は,すでにこのブログでも紹介済みですが,わたしの喜寿のお祝いに刊行し,プレゼントしてくれたものです。ありがたい限りです。嬉しさのあまり,一気に読みました。こんどの11月・びわ湖成蹊スポーツ大学での例会で合評会が予定されていますので,いまから楽しみ。

 『カタストロフからの哲学』ジャン=ピエール・デュピュイをめぐって,渡名喜庸哲,森元庸介編著,以文社,2015年10月刊・・・・・・冒頭に,序<破局>に向き合う──J=P.デュピュイ『聖なるものの刻印』から,と題した西谷修さんの論考がありましたので,真っ先に,そこだけは読みました。昨年のわたしたちの東京例会でお話いただいた内容を『スポートロジイ』第3号に投じてくださり,その原稿をさらにブラッシュ・アップし,新たな書き下ろしを加えた素晴らしい内容になっていました。なお,西谷さんのお話にコメンテーターをつとめてくださったのが,森元庸介さんと渡名喜庸哲さんでした。そんなわけで,ご縁というものはありがたいものだと感謝している次第。森元さんと渡名喜さんの論考をこれから楽しみにしているところ。

 『なにわのスポーツ物語』──廃藩置県から140年,なにわのスポーツ研究会〔編〕,丸善プラネット,2015年6月刊・・・・・・この本の企画段階に少しだけ接点がありましたので,ずいぶん長い年月をかけてここまでたどりついたものだと感心しています。こういう息の長い,地道な努力が,最近ではすっかり影をひそめてしまいました。その意味で,この本の刊行はきわめて意味のあるものとなりました。内容は多岐にわたりますが,丹念に資料を収集し,読み込んで,まとめた貴重な本と言っていいでしょう。わたしの研究仲間の玉置通夫さん,中房敏朗さんの論考も収められています。大いに楽しみ。

 『わたしたちは砂粒に還る』今福龍太著,河出書房新社,2015年10月30日発行・・・・・・もう,10日ほど前に到着していますので,印刷・製本がでてすぐに出版社から直送だったようです。この本の巻頭を飾る論考に「ふたりのジャック」海の臨界へ,と題する文章が置かれています。これは,もう遠いむかしになりますが,スポーツ史学会のシンポジウム(竹谷和之さんがセッティング)で,ジャック・マイヨールを招きました。その折に,ジャック・マイヨールと今福さんとわたしの3人がシンポジストを勤めました。それがご縁で,ジャック・マイヨールが自死したとの訃報が今福さんから飛び込んできました。そのときの衝撃を,この論考はみごとに伝えています。言ってみれば,この本全体が,ひとつのレクイエムになっています。じっくりと熟読する楽しみが待っています。

 『こんなことを書いてきた』──スポーツメディアの現場から,落合博著,創文企画,2015年10月10日刊・・・・・・・毎日新聞の論説委員の落合博さんの,これまでに書きつないできた新聞の連載コラムを整理して,まとめた本。単発的には,いくつかのコラムを読んできているのですが,こうしてまとまると,やはり,インパクトはまるで違ってきます。達意の文章が光ってきます。短いコラムの枠組みのなかで,テンポよく話題を展開し,ポイントをはずさないたしかな眼力。そして,最後の一行が切れ味鋭く決まっています。全体の編集もみごと。「未来」へのメッセージ,とまえがきの最後の一行,これも著者の思い入れのこもったひとこと。いい味を出していますねぇ,と感心。このコラムのなかには,わたしたちにもお馴染みというか,深くかかわってきた先輩・後輩の名前が登場します。おやおや,とこれまた楽しみ。

 『大いなる体育・スポーツを求めて』体育学・スポーツ学再生の第一歩,山本徳郎編著,2015年5月刊・・・・・・・大学の直系の大先輩からの献本。体操部・体育史研究室,そして,その後の研究活動もずっと同じ道を追ってきたわたしにとっては大いなる恩人のひとり。なのに,このところ疎遠になっていて,失礼のしっぱなし。でも,主義主張はかなり異なり,お互いに独立独歩できていますので,それもまた宣なるかな,ともおもってきました。が,わたしの病気のことをブログで知ったという手紙とともに,激励のことばが添えられていました。ありがたいかぎりです。わたしも返礼といってはなんですが,『スポートロジイ』を献本しなくては・・・・と考えているところです。それより前に,まずは,礼状を書かなくては・・・・。

 というようなところでしょうか。まだ,だれかから本が送られてきているような気がするのですが,どこかで,なにかの下積みになっているかもしれません。もう,整理学がほとんどできなくなってきていますので,お許しのほどを。

 この他に,散歩ついでに書店に立ち寄り(これはもう習慣のようなもの),せっせと立ち読みをするのですが,ついつい我慢ができなくなって,衝動買いしてしまいます。そういう類の本もいつしか山のようになっています。すぐに拾い読みして当りはつけてあるのですが,なかなか本気で読むところまではいけません。その前にしなければならない雑用が多すぎます。そろそろ身辺整理をして,のんびりと読書の秋を楽しめるようにしなければ・・・・,と本気で考えるようになりました。

 でも駄目なんだろうなぁ,なんせ意思が弱いものですから・・・・。