ラベル 大相撲 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 大相撲 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年1月30日土曜日

九重親方,理事立候補を断念。いったいなにが?

 昨日(29日),日本相撲協会の理事候補の選挙が行われました。その数日前に,九重親方が理事立候補を断念した,という記事が眼にとびこんできて,驚きました。当選ラインである10票を確保することができなかった,というのです。

 なんということか。あの名横綱が,である。大相撲の隆盛のためにどれほど大きな貢献を残してきたことか。日本相撲協会にとっては重要な「宝」のひとつです。そのことはだれよりも日本相撲協会を支えてきた親方衆が一番よく知っているはずです。ですから,引退後,親方になってからはずっと理事をつとめてきました。しかし,前回の理事選挙で落選。そして,今回は立候補断念です。こんなことって,あってよいのでしょうか。

 かつては,理事選挙は行われていませんでした。部屋の親方衆が,それとなく票の割り振りをして,理事候補を定員の10名でコントロールしてきたからです。ですから,無投票で理事は決まっていました。この長年の慣習を打ち破ったのが,貴乃花親方です。なぜなら,それまでの慣行にしたがえば,貴乃花親方が理事になる道はなかったからです。つまり,自分の部屋の持ち票が足りなかったからです。

 そこで,貴乃花親方は,他の一門の若手の親方衆を説得して,票集めをして「勝算あり」と判断して,立候補に踏み切り,みごとに当選しました。これが,理事選挙のはじまりでした。以後,票のぶんどり合戦が激しくなり,選挙は熾烈を極めることになりました。その余波を受けたのが九重親方だった,という次第です。

 わたしの知るかぎりの情報では,貴乃花親方と北の湖親方(前・理事長)とが手を握り,九重親方の追い落としが謀られたようです。それがまんまと嵌まり,九重親方の理事落選という未曾有のできごとが起きました。その流れがいまもつづいているというのでしょう。

 故北の湖理事長と九重親方との確執については,このブログでもとりあげて書いておきましたので,そちらを参照してください。

 九重親方は,よほど人望がないのか,それとも裏工作が下手なのか,どちらかはわかりませんが,いずれにしても当選するだけの票を確保することができなかったのは事実です。みずから,理事立候補断念を宣言したほどですから。

 いずれにしても,九重親方を欠いたままの新しい理事会は,いささかやっかいなことになりそうです。なぜなら,北の湖理事長亡きあと,かれの所属していた出羽海一門は,新人4人を立てて全員当選(前回までは3人だった)。そこに貴乃花親方が合流すれば,この勢力だけで理事会の半数(5名)の理事を確保することになるからです。ここにあと一人加われば,理事会を切り盛りすることが可能となってきます。

 となりますと,北の湖理事長亡きあとの暫定の理事長となった八角親方(九重親方の弟弟子)が,新年の挨拶で,協会の膿は徹底的に洗い流すと宣言したことに,抵抗する勢力が多数を占めることになりかねない,という次第です。この流れでいきますと,3月に予定されています新理事長選挙が,これまた熾烈を極めることになるのではないか,とわたしはいまから危惧しています。

 もう一つの不安要素は,伊勢ヶ浜一門からでていた理事2名が,こんどの選挙でひとり落選し,理事はたったひとりだけ(伊勢ヶ浜親方・元旭富士)になってしまったということです。残りの理事3名の親方衆の去就が注目の的となります。

 ひょっとしたら,貴乃花親方が新理事長になるかもしれません。でも,良識的に考えれば,ここはひとまず八角親方でつないでおいて,そのつぎを狙うというのが筋でしょう。しかし,ドライに割り切る思考を得意とする貴乃花親方がどういう動きをみせるか,見逃すことのできない事態が待ち受けています。このことは,日本相撲協会の命運を分ける重大な事態を意味している,と言っていいでしょう。

 これから3月の理事長選挙までの水面下でのドロ試合がみものです。

2016年1月27日水曜日

琴奨菊,おめでとう!艱難辛苦の末に咲かせた大輪の華。

 所要があって,23日,24日と旅の最中,大事な最後の二日間の相撲をみることができませんでした。帰宅後に大急ぎで,相撲の経過を新聞で確認しました。場所の最後のところでも,やはり,いろいろと大事なドラマがあったことを知り,感動しました。

 とりわけ,25日(月)の東京新聞の琴奨菊情報は圧巻でした。予想以上に大きな扱いになっていて,豊富な情報をえることができました。そして,しばしば,涙しながら読むことになりました。グッと胸に詰まるものがありました。よく頑張った。諦めずに頑張った。そんな琴奨菊を支えたものはなにであったのか,とあれこれ考えながら読みました。

 大きな怪我をして,再起不能とまで言われてもなお,グッと我慢して耐えた精神力にまずはこころから敬意を表したいとおもいます。何回も何回も負け越し,角番を経験し,いつのまにか「角番大関」という異名まで定着してしまいました。が,そのつど,奇跡的に這い上がり,なんとか大関の地位を守りつづけてきました。その気力は,どこからくるのだろうか,と以前から気になっていました。その理由がほんの少しわかったようにおもいます。

 おすもうさんは,みんな仲良しです。このことが意外に世間では知られていません。お互いにこころを開き,尊敬し合い,その上で切磋琢磨する間柄でなくては,この世界は生きてはいけません。ですから,おすもうさんの基本は「善人」です。相撲界では嫌われたら,力士生命はそこで終わりです。なんと言っても,一年の間,90日間は本場所があり,その間には巡業があります。言ってみれば,四六時中,はだかのお付き合いがつづいています。しかも,真剣にぶつかり合って,必死の覚悟で相撲道を極めていく,その厳しさに耐えた者だけが力士として生き残るのです。そのまた,力士の中から,三役をつとめる力士が生まれ,そこでも徹底的に鍛えられて,耐えきった力士だけが大関の地位を確保することになります。横綱はそのまた上に存在します。

 この大関という地位で優勝すること,これはほんとうに選ばれた力士だけに与えられた特権ともいうべき名誉です。そのためには,なにがなんでも横綱を倒す以外には手に入らない名誉です。それを,もののみごとに果たしたのですから,琴奨菊にはこころからの拍手を送りたいとおもいます。しかも,大きな怪我に悩まされ,想像を絶するような艱難辛苦を乗り越えての優勝です。筆舌につくしがたい辛くて長い,貴重な経験の果てに手にした栄冠です。

 新聞記事のなかでもっとも感動したのは,豊ノ島の談話でした。まさか,こんな日がこようとは夢にもおもっていませんでした・・・・琴奨菊全勝,豊ノ島2敗での対決の前のことばです。つまり,二人とも優勝争いの渦中の人です。よく知られていますように,琴奨菊と豊ノ島とは小学生のときから相撲をとってきた,宿命のライバルであり,大の親友です。それでも,二人は優勝をめざして全力を出し切って闘いました。その結果は,豊ノ島が勝って,全勝の琴奨菊に土をつけることになりました。こうして,星一つの差で優勝争いが繰り広げられることになりました。

 にもかかわらず,琴奨菊の優勝が決まって,花道を引き揚げてくる琴奨菊を待ち受けていたのは,豊ノ島でした。お互いに固い握手をかわし,抱き合って,喜びを分かち合ったといいます。涙なしには読めない記事でした。いま,この文章を書きながらも,わたしの眼はすでに熱くなっています。なぜなら,この記事を読む前に,もうひとつ別の記事を読んでいたからです。

 それは,琴奨菊の優勝についての感想を聞かれた豊ノ島の応答です。
 ほんとうのことを言えば,一番,悔しい。しかし,なぜか,自分のことのように嬉しい。素晴らしい親友がいてくれたことを誇りにおもいます。
 これまた,みごとではないですか。ここでも,わたしは涙しました。おすもうさん,ってなんと素晴らしい世界を生きているのだろうか,と。

 でも,こういう人でなければ幕内の力士は勤まらないことも忘れてはなりません。土俵は勝負を決める一瞬の場であり,最大の華の咲く場でもあります。しかし,そこに至るまでの裏側にはどれほどのドラマが隠されていることか,そのことをわたしたちはほとんど知らないままでいます。メディアは勝った負けたの結果だけを報じて,だらしがないだの,弱いだの,と騒ぎ立てるだけです。しかし,相撲の醍醐味は,土俵の裏に隠されたドラマを垣間見る瞬間にあります。つまり,土俵上の勝負は,その裏側のドラマが渾然一体となって表出するものです。それを鋭く見極めていく眼力が必要です。言ってみれば,透けて見えてくる世界を堪能することにあります。

 おすもうさんの笑顔がことのほか美しいのは,そういうドラマの表出でもあります。琴奨菊の優勝がもたらした,あの笑顔こそ,その典型的な例といっていいでしょう。優勝を目前にした緊張感,重圧から解き放たれた,こころの底からわき上がる,えも言われぬ喜びが全開している姿がそこに表出しているのですから。

「なにか,これまでとは全く異なる別世界に飛び出してきたようにおもいます。でも,まだ,上がありますから,精進したいとおもいます」。この琴奨菊のことばもとてもいい。

 そして,何回も何回も繰り返した,両親への感謝,相撲を教えてくれた祖父や親方への感謝,そして,後援会の人びとへの感謝,部屋の力士仲間たちへの感謝,感謝,感謝の気持ちでいっぱいです,というかれの人柄を彷彿とさせることばと姿勢。ほんとうにみなさんに支えられて今日があります,と素直に語る大関・琴奨菊に,またまた涙しました。

 佐渡ケ嶽部屋には直系の親方のほかにも,尾車親方という,琴奨菊にとっては最高のお手本であり,最高の指導者が控えています。同じように両膝を痛めて,それも重症の怪我に耐えて,必死のがぶり寄りで一世を風靡した名大関・琴風。しかも,賢い人で,じつに心根の優しい,暖かい人が,じっと琴奨菊の相撲を見守り,指導しています。大病を患い,地獄をみて復活してきたこの人の「相撲解説」は,天下一品のものです。相撲というものがどういうものであるのか,ということをわかりやすく,ピンポイントで教えてくれます。こういう人がついていてくれるかぎり,琴奨菊の未来は明るい,とおもいます。あとは,これ以上の怪我をしないよう,しっかりとからだを作って来場所に臨むこと。

 かれなら,やってくれるでしょう。わたしは大いに期待したいとおもいます。
 その意味でも,来場所がいまから待ち遠しいおもいです。

 というところで,今日はここまで。

2016年1月22日金曜日

琴奨菊に拍手。横綱戦,3連破。あと3日。悲願達成か。

 迷いのない鋭い立ち合いから左差し,右おっつけ,そして得意のがぶり寄り。かつて大関に昇進したころのいい相撲がもどってきた。この自分の相撲を取りきることに集中した,今場所の琴奨菊の強い気持ちが,これまたみごと。膝の状態もいいようで,立ち合いの馬力といい,がぶり寄りの両足のバネといい,申し分がない。この相撲で横綱3連戦をみごとに突破。残り3日の相撲を自分の型で取りきれば,悲願達成となる。

 この悲願達成にはふたつの意味がある。ひとつは,琴奨菊個人の,長年にわたる怪我を克服しての優勝。もうひとつは,10年ぶりの日本生まれの力士による優勝。さて,この悲願の達成はなるか。日本中の相撲ファンが,明日からの琴奨菊の相撲に注目することになる。

 わたしの予想は,いまの気持ちが乱れないかぎり琴奨菊の全勝優勝は固い,とみる。しかし,優勝が目の前に迫ってくると,人間は穏やかではなくなってくる。あとは,自分との闘いだ。いまの琴奨菊ならやってくれそうだ。これまでの集中力を維持すること,そして,いまの立ち合いで,からだを密着させ,前に出る圧力があれば,得意の自分の型に持ち込むことは可能だ。

 そうすれば,全勝優勝も夢ではない。

 ところで,今日の横綱・日馬富士との一番。
 今場所の日馬富士の調子は悪くない。先場所よりもずっといい。からだの切れ味がいい。立ち合い,真っ正面から当たって一気に押し出してしまう相撲も何番かあった。日馬富士自身も相当に自信をもって土俵に上がっている,と見受けられた。だから,今日の相撲も,堂々と真っ向勝負にでる,とみていた。

 この予想は当たった。しかし,意外だったのは,立ち合い。いつもの低く,下から矢が突き刺さるような鋭い立ち合いではなかった。やや焦ったか,腰が十分に降りる前に立っていった。その分,相手への圧力不足。むしろ,琴奨菊の立ち合いの方がよかった。そして,そのあとの馬力も琴奨菊の方が勝っていた。だから,からだが密着したままの差し手争いとなった。その結果,胸を合わせたままの左四つ,琴奨菊の組み手になった。となれば,迷わず寄ってでた琴奨菊の相撲となった。右のおっつけが効いていたので,最後は右からの突き落とし。

 わたしは,もう一つの予想もしていた。
 今場所の琴奨菊の勢いは尋常ではない。まとも行ったら,立ち合い負けする可能性がある。だから,右からのど輪で攻めて相手の上体をのけ反らせておいてから,左に飛んで上手をとり,得意の出し投げで転がす。いつもの常勝のパターンである。日馬富士の頭のなかには,当然のことながら,この作戦はあったはずだ。しかし,この選択を避けた。なぜなら,横綱が変化して勝ちにこだわった,とあとで批判されるのを快しとしなかったのだろう。ならば,今場所の立ち合いの鋭さに自信があるかぎり,真っ向勝負を挑むべきだ,と。

 しかし,立ち合いに失敗した。ほんのわずかな腰の高さが,相手の胸に突き刺さるだけの威力にはならなかった。これが敗因のすべてだ。となれば,琴奨菊の思うつぼだ。その瞬間から,流れは琴奨菊の相撲となった。

 この一番は,平常心を貫いた琴奨菊を褒めるべきだろう。相手を睨みつけるわけでもなく,また,厳しい表情をするわけでもなく,いつもどおりのふつうの顔のまま。どこか悟り切っているかのような雰囲気すら漂わせている。この自然体の発するオーラのようなものに,3横綱全員がのまれてしまっていたのだろうか,といまとなっておもう。

 琴奨菊は,土俵を降りてからも,眼を閉じて瞑目したまま。じっと,余韻を楽しむかのように,自分の気持ちと向き合っている。まるで悟りを開いた禅僧のようだ。自分ひとりの世界を遊んでいる。遊戯三昧の境地。先場所までの琴奨菊とは生まれ変わったかのような姿に感動すら覚える。立派なものである。

 横綱3連戦を無敗で突破した,この実績は琴奨菊にとっては大きな,大きな自信になったに違いない。この相撲を取りきれば負けることはない,と。だから,この道を行けばいいのだ,と。こころの自信もさることながら,からだに叩き込まれた自信はなにものにも代えがたい,大きな財産となる。

 今日の一番を終えて,琴奨菊は,一皮も二皮も剥けて,すっかり生まれ変わったに違いない。明日からも迷わず,この相撲を取りきれば,全勝優勝は固い。

 でも,これからの三日間の方がプレッシャーは大きいかもしれない。なぜなら,横綱戦は負けてもともと。しかし,下位との闘いは負けるわけにはいかない。その差は大きい。さて,ここのところをどのようにクリアするか,明日からの琴奨菊に注目したい。

 まずは,琴奨菊にこころからのエールを送りたい。頑張れ,琴奨菊!

2016年1月18日月曜日

8日目,全勝で折り返した琴奨菊。絶好調。

 久しぶりに強い琴奨菊がもどってきました。まさに大関に昇進するころの馬力相撲の再来です。怪我に苦しんできましたが,なんとかそこを通過して,展望が開けてきました。よく我慢し,努力してきたなぁ,と褒めてあげたいところです。その姿勢にこころからの敬意を表したいとおもいます。そして,さあ,これからだ,と激励のことばをかけてあげたい。

 今場所のよさは,低い立ち合いからの出足にあることは間違いありませんが,それに加えて右おっつけが効いている,とわたしはみました。とりわけ,昨日(17日)の対稀勢の里戦の相撲がよかった。左差し,右おっつけ。今場所,この型がきちんとできています。脚(膝)の状態もいいようで,両足ではね上げるようながぶり寄りも,相手にとっては驚異となっています。さて,この取り口が後半戦,とりわけ,終盤の5日間で,横綱にどこまで通用するか,いまから楽しみです。

 頑張れ,琴奨菊!

 それに引き換え,同じ全勝で8日目を折り返した白鵬のマナーの悪さが,わたしの眼に焼きついていて離れません。嘉風が土俵を割って勝負がついた瞬間,力を抜いた嘉風を土俵下に投げ捨ててしまいました。なにか,怨みでもあるかのように。しかも,どうだ,という顔までして。すでに,放送時間の午後6時を過ぎていましたので,アナウンサーはすぐに全体の勝負結果だけを整理して,ばたばたと慌ただしく放送は終わってしまいました。もちろん,このことについてはなにも触れることもなく・・・。

 今日の新聞がどのように書くか,と注目していました。わたしとしては大問題だからです。横綱ともあろう者が。人間として,どこか欠けている。勝てばいいという問題ではなかろうに。頭に血がのぼっていました。しかし,案の定,東京新聞は一言も触れてはいませんでした。たぶん,他紙も同じでしょう。昨夜のNHKのサンデー・スポーツも,解説の北の富士が生出演していましたが,この問題はスルー。

 少なくとも,日本相撲協会として,あるいは,理事長として,はたまた,横綱審議委員会として,あるいはまた,競技審判長として,厳重注意くらいはあってしかるべき「事件」だったはず・・・・。しかし,なにごともなかったかのように「みてみぬふり」を貫いています。ジャーナリズムもまた,右へならへ。

 この無責任時代の,もっとも悪しき慣習がとうとう大相撲の世界にまで浸透してしまったか,と臍を噛む思いです。大相撲は勝てばいい,それが「すべてだ」,ということが無意識のうちに蔓延していきます。そうではないでしょう。これまで「横綱相撲とは」とか,「横綱の品格が」とか,何回も話題にしてきたのに,なぜ,急に,今回はスルーなのか。

 日馬富士は,横綱に昇進したときのインタヴューに答えて,勝つことよりも人間として正しい生き方をしたい,と応じている。このことばを聞いたとき,わたしはひとり涙した。なんという人間なのか,と。横綱に昇進した絶頂期に,「人間として正しい生き方をしたい」と発言できる,この日馬富士という人はいったいどういう人物なのだろうか,とにわかに意識するようになりました。

 白鵬からは,これに類するようなことばは寡聞にしてまだ聞いたことがありません。土俵の上でも,日馬富士の所作とはまるで違います。日馬富士は,まったく逆に,勝負がついて土俵に落ちそうになっている相手を両手で抱き抱えるようにして守ってやっている。それでも間に合わなかったときには,抱き抱えたまま一緒に土俵下まで落ちています。そして,あくまでも安全を確保しています。これは,とても,いい光景です

 大相撲をこよなく愛するファンのひとりとして,白鵬のこのマナーの悪さは許せません。しかも,今回だけではありません。これまでも何回も同じことをやってきています。余罪が山ほどあるのです。言ってしまえば,常習犯です。優勝回数だけを数え,絶賛する,マスコミがいうところの大横綱,白鵬をどうしても好きになれない理由はここにあります。この人には,こころの奥底になにか満たされないなにかがある,そのこころの貧しさのようなものが,勝負にこだわり興奮した頂点で抑えがたく表出してしまうのだろうか,とこれはわたしの邪推です。でも,半分以上,信じてもいます。

 勝てばいい,のではなく,勝っても負けても「いい相撲だった」という相撲がみたい,これはわたし一人だけの願望なのでしょうか。

 この問題は,わたしのこころの中で尾を引きそうだ。じっくりと考えてみたい。

 それとは別に,琴奨菊,頑張れ!とこころからのエールを送ります。

2016年1月10日日曜日

大相撲初場所,初日見参。白鵬,勢に押し込まれて物言い相撲。

 初日の取組をみて,その場所の力士たちの好不調を占うのは,いわゆる相撲通にとっては欠かせない,重要な儀式だ。しかし,これはもう,ほとんど病気に近い人間たちのやることだ。かく申すわたしもその病人に近い人のひとりであることを自認している。だから,場所の初日だけは万難を排してテレビにしがみつく。とくに中入り後の取組は必見である。そんなときに電話が鳴ってもでない。急いで留守電に切り換えて身を守る。

 さて,今日の一番。

 まずは,白鵬と勢の一番。勢は,過去7回対戦してまだ一度も勝ったことがない。先場所は12勝3敗の好成績を挙げたけれども,やはり白鵬には負けている。白鵬も先場所は12勝3敗で,終盤に上位陣に星を落としている。この12勝3敗同士が初日に顔を合わせることになった。立ち合い,勢に分があった。まずは,白鵬の左上手を封じて,勢が前にでる。押し込まれた白鵬は左に大きく回り込みながら勢をはたいた。が,白鵬の体は完全にくずれていて,宙を舞いながら土俵上にころがった。勢が土俵下に転落していくのと,わたしの眼には同体とみえた。物言いがついたが,協議の結果,白鵬の勝ちとなった。

 きわどい勝負だった。紙一重の差でしかなかった。この一番,自信をつけたのは勢の方だろう。「攻めて負けたのだから悔いはない。横綱にだいぶ近づくことができたとおもう」と感想を述べている。白鵬は逆に,来場所は相当にふんどしを締め直してかからないと危ない,と感じたことだろう。その差はほとんどなくなってきている,とみていいだろう。

 この一番をみるかぎり,白鵬は,すでに,かつての白鵬ではなくなっている,とわたしはみた。今場所も10日目くらいまでは勝ちつづけるだろうが,上位陣と当たる終盤の5日間は相当に苦戦するだろう。鶴竜も日馬富士も,状態は先場所よりもよさそうだから。

 つぎは,鶴竜と嘉風の一番。ここ二場所,嘉風が連勝している。だから,鶴竜は相当にナーバスになっているのではないか,と想定した。が,そうではなかった。最後の仕切りに入っても,両腕の力は完全に脱力できていて,余裕すらみせた。そして,嘉風のつっぱりにも逃げずに応戦し,間合いが空いたところでタイミングのいいはたきをみせた。なすすべもなく嘉風はばったり両手をついて横転した。

 しかし,嘉風の調子は悪くない,とみた。今場所も暴れまくりそうな予感がする,そんな初日の相撲だった。褒めるべきは,鶴竜の方で,精神的に安定している。いつものポーカー・フェイスで表情はなにひとつ変わらないが,その表情に余裕が感じられた。からだの動きもじつにしなやかだった。この状態が維持できれば,鶴竜は優勝候補の一翼をになう有力な候補と言っていいだろう。だれを相手にしても,逃げずに,真っ正面から攻め込んでいけば十分に闘えるだけの力量はもっているのだから。その自信を持ちつづければ,そのまま勝ちが転がり込んでくるたろう。

 さて,もう一人の横綱・日馬富士。対戦相手は栃ノ心。がっぷり四つに組み合うと力負けしてしまう相手だ。立ち合いが勝負とみていた。すると,予想に反して右のどわが飛び出した。久しぶりである。右肘を痛めていて,先場所は右手をほとんど使っていない。その回復の具合が今場所の鍵を握っているとみていたが,これなら完璧である。

 強烈な右のどわで,栃ノ心の上体をのけぞらせたところで,左上手をつかみ,一気に投げを打った。これがみごとに決まって栃ノ心は土俵下まで転げ落ちていった。右肘が直っていれば,あとは両足首だ。これはもう時限爆弾のようなもので,ここに負担がかからない相撲を取りきるしかない。日馬富士のことだから,あの強い気力で乗り切っていくことだろう。先場所につづいての優勝も十分に可能だ。期待したい。

 以上が,3横綱の取組。新聞もテレビも,評論家たちは優勝候補の筆頭に白鵬を挙げているが,わたしはそうはおもわない。今日の一番をみるかぎりでも,3人の横綱のなかでは最下位の評価しかできない。むしろ,勢と互角とみた。その意味では,このあと,白鵬がどんな相撲をとるのか,その相撲内容に興味がつのる。勝ちはするだろうが,どんな勝ち方をするのか。今日のような相撲をとるようでは,あとがない。ましてや,終盤は絶望的だ。

 ところで,問題の一番。稀勢の里と安美錦。予想どおり波瀾が起きた。安美錦が右から張って,頭を下げて突っ込んでいく。稀勢の里がなにくそとばかりに押し返す。その瞬間,安美錦のはたきがでた。計算どおり。稀勢の里は横転して土俵下まで転げ落ちた。わずかな差で安美錦の左足は俵の上に残っていた。が,右足は土俵の外に大きく踏み出していた。行司は安美錦に。しかし,もの言いがつき,長い協議の結果,同体とみて取り直し。

 稀勢の里が頭を下げて突っ込んでくるのを,まるで見越したかのように安美錦は左に大きく飛んではたく。稀勢の里はかろうじて,土俵際で残したが,そこを安美錦に突き倒され,真後ろに倒れながら土俵下へ。無惨な負け。二番,つづけて安美錦の術中にはまってしまうところに,どうしようもない稀勢の里の弱点がある,とみた。

 序盤戦で星を落とす悪い癖(弱点)を克服しないかぎり,稀勢の里の綱はみえてこない。もうすでに30歳だ。そろそろ円熟してきてもいいのだが・・・。ここからの再起を期待したい。

 最後に,照の富士と松鳳山の一戦。立ち合いから松鳳山は双差しになり,攻めて攻めて攻めまくった。が,それでも勝てない。照の富士は両腕を抱え込んだまま防戦一方。徐々に,双差しを深く抱え込んで,松鳳山の両腕の関節を決めてしまい,最後は決め出しで決着をつける。こんなに大きな相撲をとられては,さすがの松鳳山もどうしようもない。まさに,怪物としかいいようのない照の富士の取り口だ。攻め込まれて棒立ちになっているのに,まだ余裕がある。不思議な力士だ。

 それより心配なのは,照の富士の両膝。部屋の兄弟子・安美錦ゆずりの,特殊なサポーターでがっちり固めて登場したが,状態はみかけほどではなさそうだ。明日からは,右でも左でも,どちらか一方を差して,じっくり構えて取れば,負ける相手はいないのではないか,とおもわせる豪快な相撲だった。

 照の富士のからだが完璧になったら,いったい,どれほどの強い力士になることだろう。その助走がはじまった。傷を負っていて,これほど強いのだから。将来の横綱を占う絶好の場所になりそうだ。白鵬にとっては最大の鬼門となるだろう。先場所の相撲がそうだった。今場所も力の入った音一番を楽しみにしたい。

 以上。

2015年12月21日月曜日

元・武雄山には古代の英雄・トミノナガスネヒコの遺伝子が?

 伝説や伝承は,よほどの傍証でもないかぎり,いまの歴史学は認めようとはしない。しかし,だからと言って完全に否定できる根拠もない。だから,伝説や伝承は,いわゆるグレイ・ゾーンに位置づくものだ。つまり,正しいとも,間違っているとも断定できない「境界領域」にある。

 ということは,信ずる人には「正しい」とおもわれ,信じない人には「間違い」だ,という話になる。しかし,真実は「虚実皮膜の間(あわい)に存在する」とも言う。ここらあたりに,古代史謎解きの妙味がある,とわたしは考えている。

 たとえば,中臣鎌足の出自はよくわかっていない,という。しかし,茨城県の香取神社のすぐ近くに「鎌足神社」があって,この神社の氏子さんたちは,鎌足の出身地はここだ,と信じて疑わない。そのように,代々にわたって語り継がれてきているからだ。要するに「伝承」を「信ずる」立場をとっている。「信ずる」人にとっては伝承が真実なのだ。

 それと同じように,家伝として,我が家の祖先はトミノナガスネヒコである,と伝承されている家系が存在する。その本家の祖父から直々に,その話を聞いた,という人(わたしの若い友人)からの情報である。プライバシーにかかわることなので,実名は控えるが,信頼できる確かな人物である。しかも,古代史研究者として,大部の著作もものしている。しかも,きわめて特異な視点から,日本の歴史を根底から読み直そうという志をもった,素晴らしい人物である。このブログの読者であれば,実名を想定することもむつかしくはないだろう。

 そのトミノナガスネヒコの子孫であるという本家筋からすると,新家の新家筋から力士として活躍した元・武雄山が誕生している。いまは,引退して親方・山分を名乗って,後進の指導に当たっている。本名は冨永丈喜。突き押し一本の,まっすぐな相撲で人気があった。小細工などいっさいしない。勝っても負けても,つねに同じ相撲をとりきることに徹していた。相撲通にはたまらない力士だった。

 その遠い祖先に,トミノナガスネヒコがいる。
 トミノナガスネヒコと言えば,知る人ぞ知る,古代の英雄である。神武天皇が大和に攻め込んできたときに,真っ正面から立ちはだかり,二度も撃退した,という有名な英雄である。しかし,あえなく暗殺され,ついに大和の地を神武天皇に明け渡すことになった。言ってみれば,神武天皇以前の大和を支配していた大王である。その遺跡は大和の各地にいまも残っている。わたしも何回もフィールド・ワークをして尋ね歩いている。

 トミノナガスネヒコとは,文字どおり,「ナガスネヒコ」というとおり,「脛の長い大男」であったことを暗示している。いかにも英雄にふさわしい名前である。その戦いの実績からして,一騎当千の大男で,向かうところ敵なしの武勇を誇っていたに違いない。その遺伝子が,脈々と受け継がれ,こんにちに至り,武雄山を誕生させた,というのである。醜名の「武雄山」には「武勇」の意味も籠められているように,わたしには見える。

 武雄山の出身地は,現役時代には,土俵に上がるたびに場内アナウンスが告げていたように,愛知県豊橋市長瀬町である。長瀬町は,わたしの育った大村町の隣の町で,小学校はこの二つの町が一緒だった。だから,わたしにも長瀬町の友人が何人もいる。長瀬町といえば,冨永と平尾の二つの家系がほとんどで,同級生にも冨永姓が二人,平尾姓が三人もいた。みんな仲良しで,羨ましいほどだった。

 だから,この話は,わたしにとっても他人事ではない。

 隣の町に住む人たちが,そのような伝承を引き継いでいるという「事実」はあだやおろそかにしてはならない,と考えるからです。その長瀬町よりは立地的にはるかに劣悪な大村町(わたしが育った町)に住みついた人たちというのは,いったい,どういう人たちだったのだろうか,と考えてしまうからです。しかも,この町から,ときおり,間違えたかのように立派な人物が誕生しています。大雨が降れば豊川の水が氾濫し,集落が寸断され,学校はお休みになる,というのがわたしの子ども時代の話です。いまは,豊川放水路ができあがり,この問題は解消したようですが・・・・。

 ひょっとしたら,流れ,流れた「河童族」の末裔ではないか,と。しかも,この「河童族」のなかから,驚くほどの人物が登場するというのも,歴史の醍醐味ではないか,とおもったりしています。

 トミノナガスネヒコの末裔も,たぶん,さまざまな名を名乗りながら,生き延びてきているはずです。その直系が,いまも「冨永」姓を名乗って,実在している・・・・,ロマンがあっていいなぁ,とわたしは夢見ています。 

2015年12月13日日曜日

力士の家紋に「梅鉢」紋が多い,とか。なぜ?野見宿禰の血が騒ぐ?

 今日のブログの引き金となる情報源は,すべて古代史研究家の柴田晴廣さんからいただいたものです。それを基にして,あとはわたしの想像力を働かせてみました。すると,意外な世界が透けてみえてくるではありませんか。これにはびっく仰天です。

 まずは,柴田さんから教えていただいた情報の概要です。それは以下のとおりです。

 加賀前田100万石で知られる前田利家の本姓は「菅原」。したがって家紋は「梅鉢」紋。つまり,菅原道真の流れを汲む家系。菅原道真といえば,その始祖は野見宿禰。つまりは,相撲の家系。その所為か,力士には「梅鉢」紋の家系出身者が多い。それは遺伝子によるものではないか。

 梅鉢紋出身の力士で,よく知られている人には以下の人たちがいる。(順不同)
 1.栃木山守也(春日野部屋創設者)
 2.双葉山定次(時津風部屋)
 3.安芸の海節男(双葉山の連勝をストップした力士)
 4.佐賀の花勝也(二所の関・八代目)
 5.栃錦清隆(栃木山の弟子・横綱)
 6.北の富士勝昭(横綱)

 なお,情報提供者の柴田さんによれば,調べればもっともっといるだろう,とのことです。相撲史に名を残す名力士だけでも,これだけの人がいるというわけです。これは調べてみると,ちょっと面白いことがわかってくるかもしれません。

 なぜなら,これらの名力士の家紋がみんな「梅鉢」紋だということは,先祖の系譜をたどっていくと,菅原道真の「梅鉢」紋にたどりつくことになります。ということは,その始祖である野見宿禰(出雲の人)にたどりつきます。柴田さんの説によれば,力士の遺伝子が脈々と受け継がれていると考えざるを得ないとのことです。だとしたら,名力士として名を残さなかった力士のなかにも,出雲系の力士は相当数いたのではないか,また,いまも相当数いるのではないか,ということになります。以上が柴田さんから提供していただいた情報です。

 こんなことを考えていきますと,つぎつぎに面白いことが閃いてきます。たとえば,江戸時代に各藩がお抱え力士を雇い,互いに競わせていた,という表向きの話もよくよく考えてみると,そこにはきわめて重要な「裏」があったのではないか,と勘繰りたくなってきます。また,勧進相撲を組織したり,興行を打ったりした人びとの出自も,ひょっとしたら出雲系の人が多かったのではないか,とおもえてきてしまいます。

 もっと飛躍しておけば,大和朝廷の年中行事のひとつになっていた節会相撲も,各地の名だたる力士を掻き集めてきて,朝廷で相撲を取らせ,その年の強かった力士の何人かを朝廷に囲い込んだことの意味も,なにやら雲行きが怪しくなってきます。権力にまつろわぬ怪力の持ち主たちを,地方に野放しにしておくことは,朝廷としては許すことができません。なにがなんでも一定のテリトリーの内側に取り込んでおくことが肝要です。そのための重要な文化装置であったと考えてみますと,またまた別の世界が透けて見えてきます。

 さらには,こんにちの地方巡業についても,実際に,どういう人たちが世話をしているのかということになりますと,これはもう想像にお任せしてよいのではないかとおもいます。表向きは地方自治体の許可を得ることが大前提になっていますが,許可を得たあとの話はまた別です。大相撲が,いまも立派な興行形態をとっていることは,江戸時代の勧進相撲以来の伝統に基づくものであることは,よく知られているとおりです。ということは,いまも,基本的には,その流れに乗っていることは否定できません。

 大相撲と裏社会との密接不離の関係は,長い歴史的な経緯を無視するわけにはいきません。そして,その裏社会に暗躍する人びとの多くは出雲系ではないか,とこれはわたしの単なる推測にすぎませんが,そんなことを幻視しています。

 この幻視をもっとふくらませていきますと,こんにちの大相撲を「神事」として位置づけ,「国技」に指定し,さらに天皇杯まで下賜するということの意味も,なんとなく胡散臭くなってきます。端的に言ってしまえば,なんとしても大相撲にかかわる出雲系の存在を表社会から封じ込めておくことが不可欠である,とする天皇制護持派のトラウマの裏返しではないか・・・と。

 とまあ,今回の幻視はこのくらいにとどめておきたいとおもいます。最後に,なぜ,こんなことに拘るのかということについて,わたしのスタンスを明らかにしておきましょう。それは,そうであるとも言えない,そうでないとも言えない,つまり,肯定も否定もできない,そういうグレイ・ゾーンにこそ歴史の真実は宿っているのではないか,とわたしは考えているからです。

 こういうスタンスで,日本の歴史,とりわけ古代史の真実に接近する楽しみを,もう,しばらくはつづけてみたいとおもっています。もちろん,野見宿禰がらみで・・・・。

2015年12月3日木曜日

大相撲の土俵祭り。「方屋開口,故実言上」ということについて。

 文庫本の新刊コーナーに『力士の世界』(33代木村庄之助著,角川ソフィア文庫,2015年11月25日初版)があり,即購入。書店でペラペラとめくってみたかぎりでは,いわゆる相撲ファンの初心者向けの解説本という印象でしたが,家にもどってから中味を読んでみますと,思いの外,奥が深い本であることがわかりました。しかも,行司の眼をとおしてみた力士の世界が,なかなかの達意の文章で描き出されています。とてもいい本なので紹介したいとおもいます。

 内容は以下のとおりです。
 第一章 相撲は神事
 第二章 いつも厳しい勝負の世界
 第三章 相撲部屋はひとつの家族
 以上の三章立て。

 いかにも行司さんらしく「相撲は神事」と断言しています。そして,行司は神主なのだ,とも。なるほど,読んでみますと神主の修行もして,資格も取得しているとのこと。だから,土俵は神のいます聖域(神域)であって,力士は一番ごとに塩をまいて清めることが不可欠なのだ,とも。

 その聖域である土俵に神を降臨させるための儀礼が,いわゆる「土俵祭り」なのだ,と33代木村庄之助は熱弁を振るいます。そして,驚いたことに,土俵祭りのときに神主として行司が読み上げる祝詞がそのまま紹介されています。一般的に,神社で読み上げられる祝詞は,ふつうの読み物では活字化しないのがしきたりのようになっていますので,わたしはこれまで祝詞なるものを一般の刊行物の中ではみたことがありません。しかも,土俵祭りのときに神官をつとめる行司によって読み上げられる祝詞は初見でしたので,びっくりしてしまいました。折角ですので,その冒頭部分だけでも引用しておきましょう。

 掛巻くも畏きこの斎庭に吾相撲の道の守神と斎く
 戸隠大神 鹿島大神
 野見宿禰尊等を招奉り坐奉りて畏み畏み白さく
 千早ふる神代の昔より中今は更に白さず
 弥遠永に栄いくべき相撲の道はしも敏き心に術を尽くして
 猛き心に力を競べて勝負を争い
 人の心を勇ましむる吾邦固有の国技なれば

 という調子でつづいていきます。フリガナをつけないと正しく読むことも難しい文章になっています。しかし,意味するところはおおよその見当がつくとおもいます。こういう祝詞が,場所ごとに土俵祭りのときには読まれているというわけです。しかも,土俵は,地方巡業のときにも必要です。ですから,そのたびごとにこの祝詞が読み上げられることになります。

 土俵祭りでは,この祝詞のあと「故実言上」の儀式が行われます。そして,この儀式のことを「方屋開口」と呼んでいるそうです。方屋とは土俵場のこと,開口は開く,つまり「土俵開き」という意味だと33代木村庄之助は書いています。しかし,そこには土俵の起源となったといわれている「人方屋」の話はでてきません。ということは,「人方屋」の話は一度,疑ってみる必要がありそうです。なぜなら,ここで用いられている「方屋」という言い方はわたしなりに納得ができるからです。つまり,「方屋」とは,家の中の正方形の空間のことで,土俵をつくるとなれば相当に大きな家屋を構える必要があったはずです。それは,寺院や神社のような特別の建物であればともかくとして,ふつうの家屋では特別の大きさの空間を意味したはずです。ですから,「方屋」ということばが相撲場以外にも用いられていたのではないかとおもわれます。そのヒントのひとつは「方丈」ということばです。寺の住職が一丈四方の部屋に住んでいたので,寺の住職のことを「方丈さん」と呼ぶしきたりがいまでもあります。また,有名な「方丈記」は,まさに方丈一間の家を建てて,質素に暮らし,必要とあらば解体してそれを大八車に積んで引っ越しをすることも可能だった,といいます。「方屋」と「方丈」のニュアンスは同じです。これは調べてみる必要がありそうです。となると,人が円陣を組んで座っていた,その中で相撲を取っていたのが「人方屋」のはじまり,つまり土俵のはじまりだ,という説は怪しいということになります。 

 さて,その「方屋開口」のときに「故実言上」がなされます。これは文字とおり「故実」を申し上げる,というほどの意味です。その文章も引用しておきましょう。

 天地開け始まりてより,陰陽に分かれ,
 清く明らかなるもの,陽にして上にあり,これを勝ちと名付く。
 重く濁れるもの,陰にして下にあり,これを負けと名付く。
 勝負の道理は,天地自然の理にして,これなすもの人なり。
 清く潔きところに清浄の土を盛り,俵をもって形をなすは五穀成就の祭りごとなり。
 ひとつの兆しありて形となり,形なりて前後左右を東西南北,これを方という。
 その中にて勝負を決する家なれば,今初めて方屋と言い名付くなり。

 これを読みますと,なるほどと納得させる「方屋」の故実が明らかになってきます。ポイントは,勝負を決する「家」であること,そして,前後左右を「東西南北」に位置付けた家を「方(ほう)」という,そこにあります。さらには,「陰陽」にはじまることを考えれば,その起源が中国であることもみえてきます。そして,前後左右,東西南北の意味するところは「四神相応」そのままです。すなわち,左方は東の青龍,右方は西の白虎,正面(前方)は南の朱雀,後方は北の玄武,にそれぞれ対応します。ですから,そういう家を「方(ほう)」というわけです。

 これで納得。となれば,ますます「人方屋」という土俵起源説は怪しくなってきます。そして,このときの「人」はなにを意味しているのでしょうか。新たな疑問が湧いてきます。

 ことほど左様に,この本全体の記述は,初心者向けに「力士の世界」を語った読み物になっていますが,上記のように驚くべき発見も随所にあって,なかなか楽しめます。まさに,行司さんでなくては書けない逸話や秘話がてんこもりになっていて,相撲ファンには堪らない魅力を放っています。

 いい本との出会いでした。ご一読をお薦めします。

※写真を追加すること。

2015年11月29日日曜日

伏魔殿・日本相撲協会の「浄化」は可能か。八角親方に期待。

 北の湖理事長が急逝した。九州場所の13日目。11月20日。62歳。直腸癌が全身に転移し,多臓器不全。胴長短足のアンコ型の,重心の低い力士で,スピードもあって,強かった。勝っても負けても鬼のような顔は変わらず,「憎らしいほど強い」と話題になった。みていて,どうして勝てるのかわからないような勝ち方も多く,不思議な力士だった。どうやら,重心の低さが最大の武器だったのだろう。

 没後のメディアの評価は生前と比べて総じて高い。まあ,お悔やみ代といったところか。しかし,実際のところはどうなのだろうか,とわたしには疑念が残る。一段落したところで,これからいろいろの論評がでてくるとおもわれる。まずは,その行方を楽しみにしたいとおもう。

 やや性急かもしれないが,現段階で,わたしの感想を言っておけば,以下のとおりである。
 表と裏を使い分けて協会運営を切り盛りした,という印象が強く,けしていい評価は与えられない。なぜなら,伏魔殿と言われる日本相撲協会をますます伏魔殿にしてしまい,見えない陰の力をはびこらせてしまったのではないか,と訝られるからだ。

 その最たるものは,協会の理事選挙。年が明けた1月には,次期理事の選挙が行われる。もう,すでに,激烈な票のぶんどり合戦がはじまっているという。北の湖理事長の没後,すぐに,その動きがはじまったという。先頭を走っているのが九重親方。前回の理事選挙で,九重親方は,こともあろうに落選している。当選確実とみられていたのに,蓋を開けてみたら,身内の票が削り取られて,当て馬候補に流れていた。それを画策した人物がいたのだ。

 その人物こそ,裏金・顧問と呼ばれる陰の実力者で,しかも,北の湖理事長の「右腕」として辣腕をふるっていた,という。しかし,理事長亡きあとの裏金・顧問はどのように動くのか。こちらも,すでに,動きはじめているという。

 なにせ,伏魔殿の中でのことゆえ,漏れ伝わってくる情報もあまり当てにはならない。しかし,火のないところに煙は立たないともいう。なにがしかの事実がその裏には隠されていると言っていいだろう。そこからの推測によれば,以下のようになるようだ。

 九重親方理事落選の裏舞台はこういうことだ,という。裏金・顧問が日本相撲協会とパチンコ・メーカーとの契約を結び(全力士の肖像権契約。しかも,これは理事会の議決を経ていなかったという),そのとき「裏金・500万円」が二度にわたって手わたされた。その現場を撮影した動画がネット上に流れた。これは事実。このことを知った九重親方は北の湖理事長に,大急ぎで知らせ,善後策をとるべきだ,と迫った。つまり,裏金・顧問はもとより,理事長としてもなにがしかの責任をとるべきだ,と。しかし,どこでどうなったかは不明だが,結果的には,この動画を撮ってネット上に流したのは九重親方に違いない,ということになり,理事長側は顧問も含めて結束を固めた。そうして,九重親方を理事から追い落とす作戦にでた。そして,それがまんまと成功した,というわけだ。

 もし,九重親方に作為がなかったとすれば,これは怨み骨髄ということになる。だから,こんどの理事選挙こそ正当に勝ち取って(票は十分にある),この裏金・顧問の追い落としにかかる,そのための万全の体勢を整えつつある,という。そんなことになっては一大事の裏金・顧問は,すでに数年前から貴乃花親方にすり寄り,再度,九重親方落選に向けて根回しをはじめた,というのである。

 となると,こんどは貴乃花親方の力量が,ここで問われることになる。貴乃花親方が理事長をめざしていることは間違いないが,このタイミングで立候補するかどうか,問題だ。なぜなら,時期尚早というのが,一般的な見方だから。

 もう一つ,超えなければならないハードルがある。いま,北の湖理事長急逝にともない,急遽,理事長代行をつとめることになった八角親方(事業部長・協会のナンバー2)の評判がことのほかいいからだ。バランス感覚に優れ,協会全体のあり方を視野に入れ,是々非々の立場を貫いているという。そして,マスコミの受けもいい,という。もっとも貴乃花親方を支持する若手の親方も少なくないと聞いている。が,現段階での,八角親方に勝てるだけの数にはまだ足りないだろう,という。だとすれば,八角親方のあとを狙うのが順当なところだ。

 しかし,八角親方は,急場のこととて,理事長代行は引き受けたものの,かれ自身はこの段階で理事長になろうという野望はいだいていない,とわたしは推測している。なぜなら,八角親方(元・北勝海)は九重親方(元・千代の富士)の弟弟子に当たるから,兄弟子を差し置いて・・・とは,かれの性格からして許さないだろうとおもう。だとすると,どうなるのか。

 そこを狙って貴乃花親方を担ぎだそうというのが,裏金・顧問だ。いずれにしても,九重親方が理事に復活すれば,情勢は一気に変わってくるだろう。なんと言っても協会を背負うに十分な名横綱としての実績がある。その九重親方の存在を,八角親方が無視するとは,とても考えられない。

 いずれにしても,裏金・顧問が,これからも暗躍するような協会であってはならない。そのための「浄化」は不可欠だ。とはいえ,伏魔殿のこと,なにが起こることやら,だれも見通せないのがミソだ。でも,こういう情況だからこそ,八角親方が大勢の親方衆に押されて,理事長に就任し,協会「浄化」のために尽力してほしい,というのが正論だ。

 あの,立ち合いから迷わず相手の胸に頭からぶち当たって一直線に押し出す,北勝海の相撲のように。その意味で,八角親方には大いに期待したい。

2015年11月25日水曜日

大相撲13日目。明暗を分けた日馬富士と白鵬の天下分け目の大一番。

 日馬富士の全身に気魄が漲り,立つ気満々で左手を下ろそうとして待っているのに,白鵬の手が下りない。戦略として,意図的に下ろさないのではない。気魄に圧倒されて,下ろせないのだ。この時点ですでに勝負はついていた。日馬富士は二度,立とうとした。が,白鵬は立てない。じれた日馬富士が右手で「待った」の合図をした。審判長から注意があったのか,日馬富士はそちらに向かって軽く会釈をした。だとしたら,それは間違いだ。審判長が注意すべきは白鵬の方だ。そして,白鵬が謝るべき場面だ。でも,このあたりは微妙だった。なぜなら,このときの審判長は伊勢ヶ浜親方だ。すなわち,日馬富士の親方だ。だから,分かっていたが,日馬富士の方に注意をした。これがまた,白鵬にはプレッシャーになったかもしれない。

 こんなこともあってか,二度目の立ち合いはお互いに呼吸を合わせてきれいに立った。日馬富士は鋭く立って,すぐに左に変わり得意の左上手をとりにでる。白鵬は前に泳いだが踏みとどまる。が,日馬富士に左から出し投げを打たれて体勢を崩す。向き直ったところに日馬富士が頭から真っ正面の白鵬の胸に向かって突っ込んでいく。白鵬は腰砕けの状態で仰向けに倒れた。決まり手は「押し倒し」。白鵬はなすすべもなく負けた。日馬富士の一方的な相撲だった。

 全勝できていた白鵬を一敗で追っていた日馬富士がみずからの力で待ったをかけた。これで一敗で横に並んだ。これで日馬富士にはますます気魄が漲ってくるだろうし,白鵬も負けじとばかりに頑張るだろう,とおもわれた。しかし,白鵬は14日目の照の富士戦で全力を使い果たして負けてしまった。右膝の悪い照の富士がよく頑張ったというべきだろう。照の富士は,もう,こうなったら気力だけで相撲をとっている。部屋の横綱・日馬富士が右肘の怪我で二場所休場しての再起の場所だ。休場している間,横綱がどれほど苦しみ,努力をつづけてきたか,照の富士はそばでみていたはずだ。

 しかも,稽古をしなければ強くはならないと照の富士に活を入れたのも日馬富士だ。そこで目覚めた照の富士は,猛然と稽古をはじめた。そして,あっという間に逸の城を追い越し,主役の座を奪い,大関にまで昇進した。さあ,これからだ,というときに右膝を痛めてしまった。今場所は手負いの場所だった。勝ち星もあがってはいない。しかし,白鵬にだけはどうしても勝ちたかった。そして,兄弟子の日馬富士の援護をしたかった。その気持ちが土俵に現れていた。そして,長い相撲を我慢し,疲労困憊の末に勝ち星をもぎとった。この勝ち星は大きい。こんごを占う上でも大きい。貴重な一勝を手にした。

 これで,14日目にして日馬富士が一敗で単独トップに立った。そして,千秋楽。日馬富士はこのところ圧倒的に有利な相撲を展開している稀勢の里が相手。勝てば,優勝決定。白鵬は鶴竜が相手。こちらも白鵬が得意としている。だから,日馬富士としては,みずからの勝利で優勝を手に入れること,そこに専念したはずだ。

 ところが「好事魔多し」という。なぜか,日馬富士の仕切り直しに迫力がない。勝てるという気持ちがどこかにあったか。淡々と仕切っている。それに引き換え,稀勢の里の目に力が漲っている。いつもよりも大きく目を見開き,相手をしっかりと見据えている。おやっ?と悪い予感が走る。案の定,日馬富士の立ち合いにいつもの鋭さがない。先手をとるための攻撃もない。だから,あっという間に稀勢の里の得意の左が入ってしまう。右肘の悪い日馬富士にとっては最悪の組み手。これでは勝負にならない。あっさり土俵を割ってしまった。

 これで,白鵬の逆転優勝の目がでてきた。いつものように鶴竜を裁いて,優勝決定戦に持ち込みたいところ。しかし,ここにも落とし穴が待っていた。鶴竜のいつもとは違う気魄に対して白鵬はいつもどおりの仕切り。この一番もまた,おやっ?という予感。いったい,どうしたのだろう,とテレビを見入る。ほとんど表情を変えない鶴竜だが,全身から発するオーラはいつもとは違う。案の定,こちらも鶴竜の一方的な相撲になってしまった。白鵬は,立ち合いから先手をとられ防戦一方,なすすべもなく負けてしまった。鶴竜の完勝である。これで,日馬富士の優勝が決まった。

 なんとも後味の悪い結末だった。もう少し,千秋楽らしい,すっきりとした面白いドラマが期待されていただけに残念だった。

 しかし,場所が終わってみると,今場所は13日目の日馬富士と白鵬の一番が強烈な印象となってのこっている。まさに,相撲の醍醐味が凝縮していたといっていいだろう。それも仕切り直しの間の両者の所作にすべてが表れていた。つまり,両者の気魄が仕切り直しのたびに,その差を広げていった。白鵬は仕切り直しのたびにそれを感じとっていたはずだ。だから,最後の仕切りでは「立てなかった」。

 これまでもそうだったが,日馬富士が絶好調のときには白鵬は一度も勝ったことがない。全部,日馬富士の相撲に翻弄され,必死で抵抗するのが精一杯だった。

 が,今場所の白鵬は,12日目に栃煌山を相手に「猫騙し」という奇襲戦法を用いた。その上,あっさり土俵を割った栃煌山の左胸を平手でポンと叩いた。あとで「愛の鞭」だと言ったそうだが,あれは余分だった。そういう所作が土俵上ででてしまうというところに,白鵬の勝負師としてのこころの隙を垣間見てしまった。この,わたしの見方は間違っているのだろうか。結果論とはいえ,それから三連敗。大横綱にしては解せない連敗記録だ。

 気力・体力ともに,いよいよ峠を越えたか,というのがわたしの正直な感想だ。来場所は,日馬富士の右肘はもっとよくなってくるだろう。照の富士の右膝もかなり回復してくるだろう。鶴竜も自信をつけ気持ちを引き締めてかかってくるだろう。となると,終盤の三日間に,この三人を倒すのは容易なことではない。もちろん,白鵬とて,こんなことでおめおめと引き下がるわけにはいかないだろう。もう一度,ギアを入れ直して,初場所に備えるに違いない。

 となると,初場所は,最後の三日間の星のつぶし合いで大いに盛り上がるのではないか。そこで,自分の相撲をとりきることができるのはだれなのか。心技体のバランスをうまく調整して,絶好調で初場所に臨むのはだれか。こうなってくると,初場所は,歴史に残る名勝負を期待できそうだ。勝っても負けても,感動を生みだす相撲を期待したい。大いに楽しみだ。

 来年は,日馬富士と照の富士が大活躍し,伊勢ヶ浜部屋時代の幕開けになるか,そんな期待も高まってきている。

2015年9月27日日曜日

悲願の横綱での優勝!鶴竜,おめでとう。

 本割で照ノ富士に寄り切られ,両者ともに12勝3敗。優勝決定戦へ。お客さんは大喜び。場内は盛り上がった。

 本割では,照ノ富士が右四つがっぷりに組み止め,力強い寄りがでて完勝。
 優勝決定戦は,鶴竜が素早く左前みつを引き,右も前みつをつかむことができ,得意の型に持ち込み,左からの出し投げで完勝。

 両者ともに,それぞれ得意の相撲を展開して,千秋楽に華を添えた。
 鶴竜にすれば,長いトンネルからようやく脱出することができ,ほっとしたことだろう。横綱になって9場所めにしてようやく手にした賜杯だった。途中,左肩の怪我もあり,苦しい土俵がつづいた。が,これで来場所からの展望が開けたことだろう。そうなれば,3横綱そろっての優勝争いが期待できそうだ。

 鶴竜といえば,中学生のときに日本の大相撲に憧れ,力士になることを決心し,日本語を勉強して,自分で手紙を書いて入門を申しいれた,という逸話がある。父は大学教授。みずからを律して生きることを学んだ鶴竜は,大相撲入門後も必死で稽古を重ね,日本文化も勉強し,憧れの横綱を手に入れた。喜怒哀楽をあまり表情にみせない地味な性格ながら,意思の強さを内に秘めて,もくもくと精進するタイプ。平常心をなにより大切にする。

 低い姿勢からの鋭い踏み込み,素早く左前みつを引き,相手の胸に頭をつける得意の型をもつ。こうなると負ける相手はいない。この相撲にさらなる磨きをかけて,右に左に変化したり,はたいたりする悪い癖を卒業してほしい。そうすれば,押しも押されもしない立派な横綱が完成する。このたびの優勝を機に,その日の到来することを期待したい。

 一方,照ノ富士。破竹の11連勝のあと,リズムが狂った。気のゆるみがあったのだろうか。一度も負けたことのなかった栃煌山に,なすすべもなく寄り切られてしまった。中途半端な,気魄のない立ち合いが落とし穴となった。その翌日には,稀勢の里に寄り立てられ,むりやり小手投げでからだを入れ換えて耐えようとしたが,とうとう俵に右足がかかったところで,稀勢の里の前へでる圧力に屈した。なぜか,左足から力が抜けたように崩れ落ち,仰向けに倒れてしまった。

 左足の靱帯を損傷し,親方から休場を薦められたが,部屋の横綱(日馬富士)が休場しているのに,自分まで休場するわけにはいかないと決意し,強い気持ちで場所をつとめた。翌日の豪栄道戦は,やはり力を発揮することはできなかった。が,今日・千秋楽の鶴竜戦では気魄十分にぶちかまし,突き立て,自分の得意の右四つがっぷりとなった。あとは,休むことなく前にでる。気魄の勝利を手にいれ,12勝3敗で,鶴竜とならぶ。そして,優勝決定戦へ。

 決定戦での勝利は逃したものの,本割での成績は,優勝した鶴竜と同じ12勝3敗の同率。準優勝とはいえ,優勝力士と同率の,優勝に準ずる成績を残した。これで来場所,優勝すれば,当然のことながら,横綱もみえてくる。となると,3横綱から4横綱時代へと,新しい時代の幕開けともなる。すべてがモンゴル出身の横綱という,大相撲の歴史を画する新しいページが加わることになる。いろいろ批判もでてこようが,わたしは大いに期待している。

 ついでに,今場所11勝4敗で終わった稀勢の里についても,触れておこう。いつものことながら,後半になって存在感を示すことができた。前半の「とりこぼし」が痛い。この「とりこぼし」という悪い癖を克服して,最初から優勝争いの先陣を切るんだという強い気持ちをもってほしい。横綱になれる素質を十分にもっていながら,その手前で足踏み状態がつづいている。照ノ富士戦でみせた気魄,そして前にでる圧力を徹底していけば,おのずから道は開けてくる。今場所はその可能性がほのかにみえたようにおもう。ライバルの琴奨菊も復活してきた。ふたりで土俵をかき回すくらいの気概をもって来場所に臨んでほしい。

 最後に,鶴竜の優勝をこころから言祝ぎたい。この地味な横綱になぜか惹かれるものが多い。これを機に,来場所での,得意の左前みつを引く型の完成をめざしてほしい。そうなると,とても質の高い大相撲が展開することになる。日馬富士と白鵬が復帰し,そこに照ノ富士が割って入る。そうはさせじと,稀勢の里と琴奨菊が待ったをかける。来場所がそういう場所になることを,こころから期待したい。

2015年9月25日金曜日

「強い」と褒めたら,いきなりこけた照ノ富士。残り3番の相撲が大事。

 あまり安易に人を褒めるものではない,と深く反省。あんなに強い照ノ富士が,いとも簡単に寄り切られてしまった。相撲巧者の得意の型に持ち込まれると,やはり耐えきれないようです。まだまだ,相撲が甘いというべきでしょう。

 一度も負けたことのない栃煌山に,まんまとしてやられてしまった。自信過剰か。位を下げてしまったのか。どこかにこころのスキがあったのだろう。立ち合いが中途半端。だから,すぐに双差しになられてしまい,慌てて小手に振った。これが間違いのもと。これですっかり腰が伸びて立ち腰になってしまった。いくら照ノ富士でも,低い重心から双差しで寄って出られたら,なすすべもない。一直線に寄り切られてしまった。

 栃煌山に双差しになられることは想定内のはず。ならば,両腕で抱え込んでから,腰を引いて一呼吸入れるべきだった。そうして辛抱しながら,自分の体勢をつくっていくべきだった。そうはならないところが相撲の面白さ。今日の相撲は栃煌山を褒めるべきでしょう。一度も勝ったことのない相手をなんとかしたいという気持ちが前にでた。そして,自分得意の型に持ち込むしかない,と割り切っていた。

 自分の相撲をとりきること,と多くの力士が語ります。たぶん,師匠から口をすっぱくするほど言われているからなのでしょう。しかも,それがもっともオーソドックスな相撲のとり方なのですから。それが,照ノ富士にはまだない。だから,相手によって取り口が変化する。力の差のある相手なら,それでも通用するが,やはり上位の相撲巧者には通用しない。

 あと三日間の相撲が大きな意味をもつことになる。立ち合いで,相手を圧倒するくらいの気魄が大事だ。「張り差し」などという片手間のような立ち合いはやめるべきだ。白鵬がやっているので,見よう見まねで,それをやっているのだろうが,やめた方がいい。大きなからだを生かして,どっしりとした立ち合いをして,ひとまず相手をしっかりと組み止めること。右四つでも左四つでもいい。ただ,それだけでいい。がっぷり四つに組み合えば,いまや負けることはないのだから。そういう相撲を磨くべきだろう。

 いまの相撲では,同部屋の横綱・日馬富士には勝てないだろう。右から喉輪で先制攻撃され,からだを起こされてしまえば,あとは日馬富士の自由自在のはず。その喉輪を封じこめるような立ち合いを身につけること。

 昨日までは,このまま全勝優勝をしそうな勢いだったので,横綱も手のとどくところにきている,と甘い判断をしていた自分を恥じるばかりです。今日のような相撲がでるようでは,まだまだ,横綱までは遠い。

 その判断は,このあとの3番をみて,しっかりと確かめてからにしよう。いずれにしても大器であることは間違いないのだから。きびしい,先手のとれる立ち合い,これが課題。敵は「立ち腰」。これでも相撲がとれてしまうところに落とし穴が待っている。大関のままなら,これでいい。横綱になりたいのなら,これでは駄目。

 このあとの3番を楽しみにしたい。

2015年9月23日水曜日

圧倒的な強さが光る照ノ富士。琴奨菊を圧倒。

 相手力士十分の型になっても,負けない。なんとか凌いで勝ってみせる。場合によっては,相手十分の型にみずから誘い込んでおいて,それからじっくりと攻めて自分の型に持ち込み勝負をつける。立ち合いのあと,どんな型になろうとも,びくともしない。慌てない。とにもかくにも,最後には,自分十分の型をつくりあげ,力で圧倒する。なんという恐ろしい力士が現れたものか。

 この強さは尋常一様ではない。照ノ富士自身も,絶対の自信をつけつつある。ふつうに取っていれば負けはしない,と。

だから,最後の仕切りには怖い顔になるものの,気持ちは落ち着いている。さあ,来い,とばかりに。精神的にもとてもタフだ。勝っても当たり前のような顔をしている。加えて,からだが柔らかい。上半身も下半身も柔軟性に富んでいる。これは,どうやら天性のものらしい。そこに,稽古でつけた力強さと技能が加わった。

今日(23日)の相手は,大関・琴奨菊だ。得意の型をもった力士だ。その型にはまると一気にがぶり寄りが炸裂して,もっていかれてしまうこともある。今日は,慎重に,右から張ってでた。左をこじ入れて左四つ。しかし,右の上手がとれない。一度は,琴奨菊の寄りがでて押し込まれそうになるも,左半身に構えてその寄りを止める。ここからが素晴らしかった。相手の左差し手を絞り上げ,徐々に照ノ富士の型に持ち込む。最後には,強烈な右からのおっつけで琴奨菊の体勢を完全にくずしておいて,突き倒し。勝負が終わったあとの挨拶では,負けた琴奨菊のからだが小さく縮んだようにみえ,その分,照ノ富士のからだはふくらんで大きくみえた。だから,照ノ富士の相撲が,またまた,ひとまわり大きくなったというイメージを残した。

 残り4日間。この調子では負けそうにない。なによりいいのは,すべて真っ向勝負にでて,勝っていることだ。はたいたり,いなしたり,立ち合いで変化したり,などという小細工はいっさいしない。すべて,正攻法だ。しかも,がっちりと組み止めてから,徐々に自分の型をつくりながら,攻めていく。相撲にスキがない。この相撲をとり続けているかぎり負けはない。ということは,このまま勝ち続け,全勝優勝も夢ではなくなってくる。

 わたしが相撲に興味をもち始めたのは小学生のときからだ。当時は,横綱・照国や東富士が活躍した時代だ。地方巡業にきたときには,はるばる6㎞ほどの道を歩いて見物にでかけたものだ。照国は,秋田県出身の色白の力士で,仕切り直しをしている間に,からだが紅潮してきて,がっぷり四つに組み合うと,全身が真っ赤になる。その相撲の流れを,自分の眼ではっきりと見届けたときから,わたしは照国のファンになった。

 照ノ富士の「照」は,おそらく,この照国の「照」をいただいたに違いない。そして,照ノ富士の「富士」は,師匠の旭富士の「富士」をいただいたに違いない。だから,照ノ富士とは,どちらも名横綱だった人のしこ名にゆかりのある,素晴らしいしこ名だ。だから,照の富士が力をつけ,大関に上がったときから,ずっとこの力士の相撲に注目してきた。

 ここまでくると,もう横綱は目の前だ。さらに稽古を積んで,自分の型ができあがったときには,堂々たる大横綱が誕生することは間違いないだろう。しかも,白鵬をはるかに超える,受けて立つことのできる大横綱の誕生である。その日がやってくることをいまから楽しみにしている。稽古相手にも恵まれている。申し分ない環境も幸いしている。期待大である。

2015年9月16日水曜日

嘉風,絶好調。自分の相撲をとりきり,横綱連破。おみごと。

 注目すべきは,嘉風はどんな相手にも,両手を土俵にしっかりとついて待つ。そして,相手の呼吸に合わせて立つ。大きな相手でも小さい相手でも変わらない。上位の力士でも下位の力士でも同じだ。もちろん,横綱相手でも,きちんと土俵に両手をついて,立ち合いの呼吸を合わせる。こんなきれいな立ち合いをする力士はいない。

 ここに嘉風というお相撲さんのすべてが秘められている,とわたしはみてきた。正々堂々と,自分の相撲をとりきること,これしか考えていない。立ち合い,低い姿勢でぶちかまし,まずは相手に圧力をかける。そして,腰をしっかりと下ろし,頭を下げたまま激しく突き立て,押し立て,前へ前へと出ていく。相手はたまらずはたきたくなる。そこが狙いどころ。待ってましたとばかりに相手のふところに飛び込んで,押し立てる。

 今日(三日目)の横綱・鶴竜との一戦は,嘉風が理想とする自分の相撲をみごとにとりきった。完勝である。100点満点。親方の元・琴風も絶賛したことだろう。

 鶴竜も負けじとばかりに突き立て,立ち合い直後は優勢だった。しかし,それでも諦めない嘉風の激しい突き押し相撲に盛り返され,後退をはじめる。その瞬間,鶴竜の悪い癖の「はたき」がでた。それほどに嘉風のスキのない厳しい突き押し相撲が炸裂したということだ。鶴竜のはたきは,体の間合いが十分ではなかったので,逆に嘉風を呼び込むことになってしまった。ここを先途とばかりに鶴竜のふところに飛び込み,一気に寄り立てた。ここで勝負あり,だった。完勝である。

 嘉風は,勝っても負けても表情が変わらない。じつにサバサバしている。呼び出されて土俵に上がってから,相撲をとり終えて引き揚げるまで,同じ表情なのだ。まるで修行僧のような顔だ。ただ,すたすら,自分の相撲をとりきることに専念している。結果など,どうでもいい,といった風情だ。もちろん,こころの内では燃えるような闘志を秘め,勝てば歓喜に満たされ,負ければ悔しさと葛藤しつつも,けろりとした顔をしている。勝っても負けても,今日はこういう結果だったか,とすべてを引き受け,明日の相撲を目指す。

 この姿勢は,坐禅と取り組む修行僧のそれと変わらない。いまあるがままの自分を坐禅にぶっつけ,あるがままの境地と向き合う。そこにすべてを注ぎ込む。常住坐臥,これ坐禅なり,という教えを,嘉風は相撲で行っているように,わたしの眼には写る。

 調子のよい悪いは場所ごとに違う。それは,どれだけいい稽古ができたかによって違う。あとは,からだの状態による。どこにも「痛い」ところのない完璧なからだで場所に臨むことができたか,あるいは,どこか稽古で痛めたまま完治していないからだで土俵に上がるのか,これらによって当然,結果は違ってくる。そういうこともすべて引き受けて,淡々と土俵に上がり,いまできるすべてを出し切る,すなわち,自分の相撲をとりきる,ここにすべてを賭けている。嘉風の相撲をみていると,そういう相撲をめざしているに違いない,とわたしは確信する。

 だから,勝っても負けても,嘉風の相撲は清々しい。心地よい。相撲をよく知る相撲通に,ファンが多いというのも,よくわかる。

 花道を入ってくるときから,花道を引き揚げていくまで,一挙手一投足,すべての所作が絵になるお相撲さんである。

 その嘉風が,今場所は絶好調である。このあと,どのような相撲を展開するのか,じつに楽しみだ。優勝の行方の鍵を握る,そういうキーマンになりそうだ。今場所の活躍を期待したい。

2015年9月15日火曜日

どうした?白鵬。位を下げたか。無敗の相手に連敗。しかも,完敗。

 相撲界には「位を下げる」ということばがある。弱い相手に対して力を抜くことを意味する。それでも「勝てる」という自信に支えられた上位力士の「上から目線」のことだ。しかし,土俵の上には「魔物が棲む」とむかしから言われている。つまり,なにが起こるかわからない。ありえないことが起こる,ときには大怪我をする,あるいは,弱いとおもわれていた力士が突如として驚くべき力を発揮することもある。そういう想定外のできごとを総称して「魔物が棲む」と表現する。だから,気を抜いてはいけないという戒めでもある。

 今場所,稽古も十分,絶好調と評判の高かった白鵬が,初日につづいて二日目も負けた。それも「完敗」である。これまでの白鵬の相撲からは想像もつかない「つたない」負け方である。場所前は部屋の移転もあって,稽古場が間に合わず,よその部屋に出稽古に精を出した。いつもよりも気合の入った稽古を積んだといわれている。しかも,絶好調だ,と。

 にもかかわらず,初日から連敗してしまった。やはり,土俵には「魔物が棲んでいた」らしい。その「魔物」が突然,白鵬に襲いかかった,ということなのだろうか。

 この場合の「魔物」とはなにか。

 初日の隠岐の海の顔はいつもの顔ではなかった。顔面蒼白,真っ白だった。テレビをとおしてみていてもはっきりと認識できるほどに白かった。ということは,実際には,もっと白かったはずである。この真っ白な顔に,白鵬が気づかなかったはずはない。初日とはいえ,こんなに緊張してしまって・・・と,たぶん,白鵬は余裕をもって眺めていたはずである。

 案の定,立ち合いがわずかに合わず,隠岐の海が突っかけてしまった。隠岐の海は,すぐに頭をさげて謝った。それに対して,白鵬も右手で軽く会釈をして,「合わせなくて悪かった」と言っているようなポーズをとった。余裕綽々の姿勢である。そのあと,隠岐の海は土俵下の勝負審判にも丁寧に頭をさげていた。しかし,それでも隠岐の海の顔面蒼白は変わらなかった。まだ,緊張が解けてはいないようだ。あれっ?どうしたのだろう?と訝りながら,わたしはテレビを見入った。

 二度目の立ち合いは,珍しく隠岐の海が頭を下げてぶちかました。その圧力に圧倒されたのか,白鵬はちょっと後退しながら軽くいなしながら土俵を左にまわって体勢を建て直そうとした。そこに間髪を入れず隠岐の海は飛び込み左四つに組み止め,左のかいなを返した。行き場を失った白鵬の右は隠岐の海の首を巻くしかなかった。その直後に,隠岐の海は右を巻き変えて一瞬,双差しとなる。白鵬も即座に右をこじいれて応戦。しかし,この巻き変えにきたところを隠岐の海は寄ってでた。相撲の鉄則である。いとも簡単に「寄り切り」である。白鵬はなすすべもなく土俵を割った。隠岐の海の完勝である。文句なしの100点満点の相撲である。

 この相撲をみた直後のわたしの感想は「白鵬は位を下げたな」というものだった。理由はかんたん。白鵬はこれまで隠岐の海に一度も負けたことがない。合い口のいい相手なのだ。隠岐の海は大きなからだを生かした,やや荒っぽい雑な相撲だ。そこを白鵬は上手にさばいて難なく勝ちを収めてきた。そこに油断があったのではないか。それに対して,隠岐の海は「必勝」の策を立てて土俵に上がった。今日は勝つ,とみずからに言い聞かせて。だから,気合十分だった。それが顔面蒼白の原因だった,とあとでわかる。

 相撲にはこういうこともある。いや,よくあることだ。だから,面白いのだ。

 二日目の相手は曲者・嘉風。しかし,この嘉風も白鵬にとっては「お客さん」。まだ,一度も負けたことがない。いつものとおりに取ればいい,と白鵬は考えていたに違いない。しかし,この日の嘉風は違った。低い姿勢で頭から当たった。白鵬は思わずうしろに下がりながらはたきにでた。しかし,しっかり腰のおりている嘉風は足を送って,さらに白鵬を追撃する。一定の距離をおきながら,突いたり,いなしたり,フェイントをかけたり,と嘉風が主導権を握る。白鵬は防戦一方で,うしろへうしろへと下がりながら左にまわる。機をみて,嘉風が左で白鵬の胸を突く。白鵬はこれに負けじとばかりに体重を前にかけた瞬間に,嘉風はこの左の突き手をはずして右に回り込んで突き落とし。支えを失った白鵬はなすすべもなくばったりと土俵に両手をついてしまった。

 この相撲は,完全に嘉風の術中にはまってしまった結果だ。白鵬はまだまだ,と余裕をもっていたはずだ。その余裕に落とし穴が待っていた。前日につづいて,この日の相撲も「完敗」である。なすすべもなく負けた。一度も攻撃をしていない。受けて流せばなんとかなる,というこころのスキがあった。これが敗因だ。

 つまりは,「位を下げた」のだ。

 しかし,力士のからだというものは不思議なものだ。負けると,必ず,からだのどこかが「痛く」なる。白鵬は,取組が終わって,すぐに病院に直行。左膝の「痛み」を訴えた。しかし,どこも悪いところがみつからないまま,帰宅。親方とも相談。そして,翌日(今日)の午前に,もう一度,病院へ。精密検査を受ける。その結果は,左足・大腿四頭筋の腱炎,全治4週間を要す,というものだった。

 休場するための,とってつけたような診断書。わたしの眼にはそうみえる。

 さて,白鵬が休場となると,色めき立つ力士が何人もいる。まったく予想だにしなかった新しい展開に,三日目からの熾烈な闘いがはじまる。これもまた面白かろう。それを大いにエンジョイしよう。

 〔追記〕嘉風は絶好調。今日(三日目)の横綱・鶴竜からも金星を挙げた。今日も,嘉風の相撲が炸裂。鶴竜はたまらず前にはたいてしまった。悪い癖がでてしまった。そこを待ってましたとばかりに嘉風は押してでた。鶴竜はあっさりと土俵を割ってしまった。

2015年8月13日木曜日

元関脇・旭天鵬,引退。23年半の土俵生活に別れ。モンゴル人力士の草分けの人。

 インタヴューなどで話をするときの笑顔が,なんとも味があって,好きだった。個人的な詳しい情報はほとんどなにも知らないが,ニコニコ笑いながら応答する笑顔に,どこか人間的な優しさを感じたものだ。その旭天鵬(元関脇・40歳)が,23年半の土俵生活に別れを告げた。まわし姿での,あの笑顔がもうみられないかとおもうと,ちょっぴり寂しい。

 モンゴル人力士としては草分けの人。92年春場所,史上最多となる160人の新弟子検査を受けたなかに,この人がいた。将来を嘱望されたが,なかなか出世できず,一度はあきらめてモンゴルに逃げ帰ったこともある。親方がモンゴルまで出向いて,「才能がある,必ず一人前の力士になれる」と説得して連れ戻した,という逸話がある。

 大器晩成型だったのだろう。出世はかならずしも順調とはいえなかったが,着実に力をつけた。本人もそのことに気づいてからは,じっくりと稽古に励んだ。大負けもしなければ,大勝ちもしない,どちらかといえば地味な,安定した力を徐々に伸ばしていった。そして,遅咲きではあったが,平幕優勝まで経験した。

 このとき,横綱・白鵬が優勝パレードの旗手として祝福をした。しかし,日本相撲協会は,部屋も違うのに,なぜ,横綱が旗手をつとめるのか,と不快感を示した。白鵬としては,入門後のなにもわからない相撲界のことを,この先輩力士になにかと教えてもらった。懐が深く,思いやりのある旭天鵬をこころの師と仰いで,稽古に励んだ。その恩返しのつもりだった。

 このあたりから,白鵬と部屋の親方や協会との,ちょっとしたすれ違いが目立つようになっていた。しかし,旭天鵬は,意に介することもなく,温かく白鵬を見守った。

 こんなことの蓄積があってか,旭天鵬はモンゴル出身の力士たちに,頼りになる先輩として慕われた。たぶん,なにがあっても,あのニコニコした笑顔で,後輩たちを励ましつづけたのだろう。モンゴル出身力士のなかで,旭天鵬のことを悪く言う力士はひとりもいないという。

 そういう人柄が,テレビをとおしてみているわたしにも,それとなく伝わってきた。人柄のよさが全身にあふれていた,といっていいだろう。

 手足の長い大きなからだを武器に,がっぷり四つに組むと力を発揮した。ここでも,ふところの深さが生きていた。怪我をしない力士としても印象に残る。それは土俵にも現れていた。危ない,土俵際の攻防はほとんど見られなかった。勝つときは,綺麗に寄り切るか,投げを打って,すんなりと勝負をつけた。負けるときも,土俵際で無理をして抵抗するということはほとんどしなかった。どちらかといえば,あっさりと土俵を割った。

 もの足りないといえばもの足りない相撲だった。しかし,これが旭天鵬の相撲だった。こんなところに旭天鵬の性格がでていたのだろう。わたしは,みていて,もう一踏ん張りしろよ,と何度もおもったが,でも,これがかれの相撲なのだ,と自分に言い聞かせた。たぶん,稽古場でも,闘志を剥き出しにした荒っぽい相撲はとらなかったのだろうとおもう。闘志は胸の奥深くにしまいこんで,きちっと勝負をつける相撲を心がけたのではないかとおもう。

 星勘定のきびしい相撲界にあって,どこか勝敗を達観したような相撲を淡々ととり続ける力士は,そんなに多くはない。そういう希少価値をもった,ゆったりとした力士だった。だから,ここ数年は,あまり無理をするな,ゆったりとしたマイペースでとれ,と応援をしていた。その姿勢は,最後まで貫いたとおもう。負けが込んできて,いよいよ幕内陥落というところに追い込まれても,いつもどおりの旭天鵬の相撲をとりきった。

 これでいいのだ,とわたしは自分に言い聞かせた。

 現役の引き際はむつかしいものだ。しかし,最後まで,自分の姿勢を貫いて,静かに土俵を去っていく,これもまた立派な美学ではないか。

 これからは親方として後輩の指導にあたるという。おそらく,あのこころのふところの深さを生かし,愛情をこめて,若い優秀な力士を育てるに違いない。

 旭天鵬の,第二の相撲人生に期待したい。

 23年半にわたる土俵生活,ご苦労さんでした。こころからエールを送りたい。

2015年7月13日月曜日

新大関・照の富士が順調な滑り出し。大きな世代交代が起きようとしている。

 連日の猛暑のなか,いよいよ,これまた猛暑で名高い名古屋場所がはじまった。さて,今場所の行方やいかに。その焦点の人,新大関・照の富士。この人の今場所の乗り切り方によっては,大相撲に新時代が登場する,と楽しみにしている。

 この二日間をみるかぎり,まったく問題なし。堂々たる大関相撲である。不安な材料がひとつもない。立派なものだ。心身ともに充実したものを感ずる。

 初日の立ち合いで足を滑らせたとき,あっ,とおもったがすぐに体勢を整え直し,あとは余裕すら感ずるほどの大関相撲である。碧山に押されても,余裕をもって押させている。そして,俵に足がかかった瞬間に右からの上手投げ。まるで,稽古場でのぶつかり稽古をみているようだった。絵に描いたようにみごとにごろり。相当に自信がないと,そして,相当に力の差がないと。あんな相撲はとれないだろう。

 二日目の今日の相撲。過去2回対戦して2回とも勢が勝っている。だから,照の富士には多少なりとも苦手意識があるのではないかとおもっていたが,まったく,そんなものは無関係。それどころか勢がとりたい得意の相撲を,自分がとって見せた。昨日の立ち合いは,やや腰高だったその反省に立ってか,勢よりも低い立ち合いをしてみせた。しかも,その瞬間に浅い下手が引けた。これでもはや勢の動きは封じられてしまった。あとは,一直線に寄ってでた。勢が土俵際で必死にこらえたが,新大関はなりふり構わずがぶり寄りをみせた。

 この新大関・照の富士の相撲にくらべて横綱・白鵬の相撲は対照的だった。初日・宝富士,二日目・高安。いずれも手こずって,長い相撲となった。よくいえば白鵬が土俵上で相撲を楽しんだ。わるくいえば力が衰えてきて大苦戦となったということだろう。もっとも,宝富士も高安もここにきて急速に力をつけてきた力士だ。こういう力士たちが白鵬の立ち合いから一気の攻撃に耐えられるようになってきた,というところがポイントだ。つまり,これまで圧倒的だった横綱との力の差がつまってきたということだ。

 つまり,上位と下位との差がなくなってきたということ。その好例が,琴奨菊と豪栄道のふたりの大関。残念ながら,ふたりとも連敗スタートとなった。重症だ。それに付き合うかのように稀勢の里が,二日目にして早くもこけた。こんなところをみていると,何だか大きな世代交代が起きようとしているかにみえる。つまりは,若手の伸びが著しいということだ。

 その筆頭に立つのが照の富士。その面構えがまずはいい。相手をのんでかかっている。負けることなど考えてもいない。おれが勝つと信じている。しかも,勝って当たり前という顔をしている。だから先場所までは,勝って引き上げる花道の奥に入ると,付け人の方をふりかえりながら子どものような無邪気な笑顔をみせていたのに,今場所はにこりともせずきびしい表情のまま歩いていく。そうとうに強くこころに期するものがあるな,と感ずる。

 こんなところをみていると,どうやら,白鵬にとって代わって照の富士時代の到来を予感させるものがある。こんなに堂々と相撲をとられてしまったら,もはや奇襲戦法でもしかけるしかないだろう。ひょっとしたら,それすら通じないかもしれない。とくに,今日の立ち合いの姿勢の低さ,踏み込みのよさ,左上手をとる位置,などをみるかぎりスキなしだ。

 こうなってくると三日目の相撲が待ち遠しい。

2015年5月24日日曜日

おめでとう!照ノ富士。猛稽古で勝ち取った優勝。おみごと!

 やわらかなからだに筋金が一本通りました。肩・首回りの筋肉のつき方は尋常ではありません。上半身の力がついたことによって,相撲がひとまわり大きくなりました。天性の足腰のバネのよさを生かした大きな相撲があなたの魅力です。これを機に,相手力士をぶんまわし,ぶんなげるような大きな相撲を目指してください。そして,堂々たる横綱をめざしてください。

 千秋楽の解説をつとめていた北の富士と舞の海は,ともに,とりこぼしのない,すきのない相撲がとれる力士を目指せば横綱は近い,と述べていました。が,わたしはそんなちょろい解説をせせら笑いながら聞いていました。この人たちは名力士ではありましたが,相撲ファンがなにを期待しているのか,どういう相撲を喜ぶのか,という点での思慮に欠けています。

 大相撲の魅力は,なんといっても猛々しい闘魂が全身からあふれでる,力強い取り口にあります。勝ち負けの星勘定にとらわれた,勝つための小細工に走る相撲などは二の次の話です。勝ち負けは結果論であって,勝ち星をもぎとるプロセスや,そこにいたる荒魂を感じさせる相撲を,もっともっと擁護したいとわたしは考えています。

 いまも思い出すだけで胸が熱くなる,あの朝青龍の相撲が忘れられない人は少なくないとおもいます。あの朝青龍の相撲をひとまわりもふたまわりも大きくした相撲を,照ノ富士はめざすべきでしょう。その点では勝ち負けを度外視してもいい。とてつもない,みたこともない,大きな相撲をとってほしい,と切に望みます。

 右でも左でも上手まわしを引けば,もう怖いものはありません。そのための立ち合いは研究しなければならないでしょう。ひとつ,先制攻撃を加えておいて自分充分の組み手になること。これをめざしてください。ちゃちな「張手」はやめましょう。あんなものは,ほんとうに強い力士のやる手ではありません。「張手」が大好きな横綱が大記録をつくっていますが,わたしはどうしてもかれの相撲は好きにはなれません。

 千秋楽の功労者は,右手,右足首がほとんど使えない状態で苦しんでいた日馬富士です。弟弟子の優勝のためになんとかここ一番,と奮起してくれました。立ち合い,珍しく左前まわしをとりにでました。左しか使えないのですから当然です。それを切られてしまうと,あとは防戦一方でした。俵に足がかかり,かんたんに突き出されてしまうとおもわれたその瞬間に,いかにも日馬富士らしい反射神経が反応しました。まるでカエルのようにからだをまるめて腰を落とし,下から飛びつくようにして白鵬の腰にくらいつきました。

 一瞬,朝青龍の相撲を思い出しました。ここまでで,勝負あった,とわたしは安堵しました。一日も早く,日馬富士が無傷のからだで土俵に上がる日がくることを待っています。そうなれば,白鵬は,もはや二人の大敵をもつことになります。そこに逸ノ城が参入する日も遠くはないでしょう。

 今場所は,その意味では大きな転換期であったようにおもいます。終盤に混戦状態になったことが,そのなによりの証拠です。つまり,みんな,それぞれに力をつけてきた結果です。そういう混戦状態が生まれたからには,そこから抜け出す必要があります。

 その答えはかんたんです。勝っても,負けても,面白い相撲をとること。朝青龍のように。闘志を剥き出しにして,荒魂が弾けるような相撲を。そして,相撲ファンの胸を熱く焦がし,眼を釘付けにするような相撲を,勝負を度外視してとりつづけること。そうなれば,本場所に通うファンも増えることは間違いなしです。

 照ノ富士は,あらゆる点で,そういう条件を満たしています。とにかく相撲は荒くても結構。最後にはがっぷりに組み付けて,ぶんまわす,寄り切る,なんでも結構。これまでにない予想不能の相撲を展開してほしい。

 思い出すのは初代の若乃花。異能力士と異名をとり,細身で小さなからだに似合わない,とんでもない力まかせの相撲を展開しました。ですから,絶大なる人気がありました。現役中に,映画にもなったほどの人気でした。その映画のタイトルは『土俵の鬼』でした。その初代若乃花もまた,猛稽古で強くなった横綱です。

 その点,いまの照ノ富士は恵まれています。横綱日馬富士を筆頭に,宝富士,安美錦,といったタイプのまったく異なる力士が顔を揃えています。稽古が自分を強くしてくれたということをだれよりもよく知っている照ノ富士ならできます。

 こじんまりとした負けない相撲ではなく,負けてもいい,勝負を度外視した大きな相撲をめざしてください。その暁には,これまでに例をみない超大型の大横綱の誕生です。そうなれば,歴史に残る名勝負をいくつも残すことができます。優勝回数や連勝記録などは,紙の上での計算にすぎません。人間の眼に焼きつくような,そして,生涯忘れることのない強烈な印象を残すような相撲を,照ノ富士には期待したいとおもいます。

 さて,いよいよ新大関の誕生です。これまでの歴代大関がみんな,最初の場所には勝ち越せるかどうかに苦しみました。勝とうとする気持があまりに前に出すぎるからです。そんなことはどこ吹く風とばかりに無視して,面白い相撲をとることに邁進してください。のびのびと自分の相撲をとりきることです。そうすれば,文句なく結果はついてきます。あのふてぶてしい土俵上での表情と,勝って花道を引き上げるときの童顔剥き出しの笑顔が,なによりの魅力のひとつです。照ノ富士ならできる。そう確信しています。

2015年5月11日月曜日

白鵬×逸ノ城の取組を透視してみると・・・・。その虚実皮膜の間(あわい)に見えてくるものは?

 大相撲夏場所初日の打ち止めの相撲で,白鵬が逸ノ城の「突き落とし」に破れ,黒星スタートとなった。あっという間の短い勝負だったが,なかなか含蓄のある相撲内容であった。テレビ観戦していたわたしは思わず「ウーン」と唸ってしまった。これはたいへんなことになるぞ,というのが第一感。

 なぜ,そう思ったか。いくつものパターンが頭に浮かんだ。そのいずれが真実なのか,虚実こもごもというところ。それを堪能するのも相撲の醍醐味。以下に,その虚実ないまぜになった,わたしの透視の結果を述べておこう。

 まずは,スタンダード・ナンバー。白鵬は,まず,逸ノ城の右差し・左上手を封じる作戦で立つ。立ち合いは,左足から一歩踏み込み,逸ノ城の右差しを左腕で絞り上げ,逸ノ城に左上手を引かれないように右足を後ろにのこし右腰を引いたまま右差しをねらう。逸ノ城は立ち合いすぐに左手を伸ばすも上手を引くことはできない。得意の右差しも絞られて苦しくなり,差し手を抜く。その瞬間,白鵬は双差しの理想の体勢になり,しめた,と思ったに違いない。そこに落とし穴が待っていた。苦し紛れに右の差し手を抜いた逸ノ城は,とっさにからだを左に開きながら右腕で白鵬の左腕を小手に巻こうとしたようだ。ところが,白鵬の左脇がしっかり締まっていたので,腕が入らず「突き落とし」のようなかたちになった。これがみごとに決まって,白鵬はたまらず右手を土俵についてしまった。タイミングのいい,みごとなからだの開きと突き落としだった。「相撲の流れでああなったが,自分の相撲ではない」と逸ノ城はヒーロー・インタヴューで答えている。

 さて,この相撲をどのように分析するか。立ち合いも前裁きも白鵬のものだった。万全だった。にもかかわらず負けた。なぜか。逸ノ城の左上手をあまりに警戒しすぎたことだ。そのため,右足,右腰を後ろに引いたまま,左足・左手の攻防だけに頼りすぎた。しかも,それが成功した。苦し紛れに抜いた逸ノ城の「右手」は,完全に自由となった。この「右手」はこれまでも,得意の「はたき」で大活躍してきた,いわくつきのものだ。言ってみれば,なにをしでかすかわからない「右手」だ。今回は,偶然にも「突き落とし」の役割を果たすことになった。白鵬の完敗である。

 その裏には,右四で左上手を引いて,がっぷり組み合ったら白鵬は勝てない,という頭があったはずである。この力の差が,今日の相撲の結果となって表出してしまった,とわたしはみる。だから,考えに考えて,逸ノ城の右差し・左上手を封じる立ち合いにでた。しかも,それは成功した。そこに一瞬のスキができた。逸ノ城が右差し手を抜いた瞬間に,白鵬はすかさず前に出て圧力をかけ,つぎなる攻撃を仕掛けるべきだった。しかし,逆に安心して,一呼吸入れてしまった。

 逸ノ城は「自分の相撲ではない」と謙遜したが,今日の相撲で学んだものは大きい。たぶん,無意識のレベルでからだが覚えたものは計り知れないものがあるだろう。それが「本番」の力というものだ。百番の稽古よりも本場所の一番,ともいう。これで自信をつけると,逸ノ城は白鵬には負けなくなるのではないか。これまでの4連敗が嘘のように力が逆転し,逸ノ城が勝ちはじめるのではないか,と来場所以後が楽しみだ。

 もうひとことだけ付け加えておけば,白鵬の引退の日も,そう遠くはない,と直観したことだ。白鵬のからだが「守勢」に入っていたことが気がかりだ。立ち合い一気の攻撃がみられなかった。それと流れるような汗も,一瞬の相撲にしては異様にみえた。力士としての力のピークはあっという間に通過する。そんな場所にならなければいいが・・・。

2015年3月21日土曜日

照ノ富士の快挙。白鵬の連勝を止める。

 照ノ富士が念願の初の金星を挙げた。しかも,白鵬の34回目の優勝決定に待ったをかけ,連勝記録にもストップをかけた。相撲史に残る大一番での快挙である。

 それも,立ち合いから攻めつづける完璧な相撲で。文句無しの圧勝である。大横綱を相手にして,眼を見張らせるほどの強さをみせつけた。

 立ち合い,臆することなく白鵬の左頬を張ってでた。そして,素早く得意の左上手をとった。それも,これ以上にいいところはないという絶好の位置の上手を引いた。白鵬も右を差して,右下手を引いた。しかし,照ノ富士の左上手の位置がいいために,白鵬の右下手が半分殺されている。照ノ富士は右でおっつけながら前にでる。白鵬はあっという間に土俵際に追い込まれる。苦し紛れに右から下手投げを打って,こらえるのが精一杯。土俵中央で,機をみて照ノ富士は白鵬の胸に頭をつけ,右腕を差し込む。この攻防で勝負がついた。照ノ富士が右の差し手を返して前にでると,白鵬はスタミナが切れたかのように力を抜き,勝負をあきらめた。土俵際の攻防もなく,あっさりと寄り切られ,土俵下に転落。

 同じ,負けるにしても白鵬にいいところはひとつもなかった。完敗である。その分,照ノ富士の相撲が光った。

 張り差し,左上手を引く,頭を下げる,右をこじ入れる,前にでる,どこひとつとしてセオリーからはずれることなく攻め続けた。これが勝因。照ノ富士がこの相撲を身につけたら,あっという間に大関・横綱に駆け上るだろう。

 性格もよさそうだ。勝負前の土俵上でのふてぶてしさもいい。まさに勝負師として逞しいかぎりだ。どんな相手にも臆するところがない。正々堂々と闘志を剥き出しにする。勝って勝ち名乗りをあげ,花道を引き上げてくるときの,まるでいたずらっこのような童心丸出しの笑顔がいい。

 逸ノ城の活躍が,照ノ富士の闘志に火を点けたようだ。相撲留学をしてきた高校の先輩として,後輩にあっさりとさきを越されてしまったのがきっかけか。先場所から相撲が変わりはじめていた。この力士は面白くなる,と多くの相撲通は眼をつけたに違いない。そして,今場所の「大化け」である。しかし,この「大化け」はほんものである。少なくとも,今日の大一番をみるかぎり。

 さて,来場所からの楽しみは,逸ノ城との大関争いになる。この二人が,がっぷり右四つに組み合っての力相撲を展開し,水入りになるような相撲を期待したい。それを凌ぎ切った方がさきに大関に上がるだろう。

 新しい大相撲の幕が切って落とされた。この二人に待ったをかける力士の登場も期待したい。

 まずは,照ノ富士の快挙をこころからよろこびたい。おめでとう! 照ノ富士。残り二日の相撲も内容のある展開を期待している。