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2015年10月19日月曜日

SEALDsの渋谷街宣(10.18)に行ってきました。

 10月18日(日)。午後1時より。渋谷・ハチ公前広場。通行人の通る道を確保した上で,それ以外のところは立錐の余地もないほどの人でいっぱい。その熱気に驚きました。強行採決によって,熱気が冷めるどころか,ますます意気盛ん。とりわけ,聴衆の熱気が頼もしい。

 
スピーチとラップ調のコールと音楽とが,ほどよくかみ合って,会場の雰囲気も上々。こういう演出もまた,これまでの抗議集会とは違った親しみやすさを生みだしている。いろいろな専攻の学生さんたちが,それぞれの立場からもてる力を持ち寄って,一種独特の雰囲気を醸しだしているらしい。そして,スピーチは,すべて個々人の考えたことを自分のことばで語っている。じつに素直に,思いのままを露呈させながら。それだけに,聞く人のこころを打つ。

 
高校生もまたマイクをもって訴える。強行採決後は失望し,落胆したが,学校に行ってみると,それまで無関心だった友だちが寄ってきて,いろいろ質問してくれるようになった。いまではみんなで集って,熱い会話ができるようになった。これでぼくは助けられ,救われた。というより,未来に希望がもてるようになった。これからも,変だとおもうことはそのまま変だと素直に声をあげるつもりだ。そして,ひとりでも多くの賛同してくれる友だちをつくっていきたいとおもう,と熱く語ってくれた。聴衆からは大きな拍手がわいた。

 
多くの東南アジア系の観光客が興味深そうに,あちこち眺めながら,聴衆集団の間の狭い通路をとおりすぎていく。なかには写真まで撮っている人も。それも長いハンドル付きのカメラで。動画も撮っているらしい。彼らの眼にはどのように映っているのだろうか。

 スクランブル交差点のこちら側でも,SEALDsの集会に耳を傾けている人たちがいる。それも,けして少なくはない。しかも,若い人たちが多い。

 大勢の人たちがとおりすぎていく。みんなそれとなく聞き耳を立てながら,とおりすぎていくようにみえる。このうちの何人かは,ちょっと恥ずかしそうな表情をしている。どこかしら,こころに負い目を感じてでもいるのだろうか。そうであってくれたら嬉しい。この街宣が,少しでも多くの人たちが考えるきっかけになってくれれば,ありがたい。それだけで,この街宣は成功である。

 帰りに近くの書店で『髙橋源一郎×SEALDs  民主主義ってなんだ?』(河出書房新社刊)を購入。わたしの住んでいる溝の口の書店には,なぜか,置いてない。鷺沼の書店にも置いてない。どうやら,書店の方針らしい。いやな気分。これからは,書店に立ち寄るたびに,意図的・計画的に,これこれの本はありませんか,と店員に聞いてみることにしよう。

 追加の情報を一つ。10月20日には『民主主義って,これだっ!』(大月書店刊)が発売になる。表紙カバーの写真から,そのデザイン,内容もすべてSEALDsのメンバーたちの手作りだという。とても素晴らしい出来ばえに「驚嘆」した,と西谷修さんのブログに紹介されている。ぜひ,覗いてみてください。

 20日には渋谷の書店まで足を伸ばそうとおもう。 

2015年10月3日土曜日

「安倍政権NO!1002」の集会とデモに参加してきました。2万人が集結。

 10月2日。うまい具合に雑用に一区切りつきましたので,急ぎ,日比谷に向かいました。野外音楽堂に到着したのが午後6時ちょうど。すでに人であふれ返っていて,野外音楽堂には入れませんでした。集会開始予定時間は,午後6時30分。デモ開始予定時間は午後7時。なのに,もう,人でいっぱいでした。

 
デモ出発までの時間つぶしに,暗い公園のなかを散策。同時に,どんな人たちが集まっているのかにもアンテナを張りながら。いわゆる高齢者の姿はほとんどなし。少なくとも,わたしより高齢とおもわれる人はみかけませんでした。夜ということもあってのことか,と類推。国会前集会でも,昼にはかなりの高齢者が集まっていましたが,夜になると帰宅される人が多かったことを思い出しながら・・・。

 
それから,労働組合系の人たち(幟旗を立てているのですぐにわかる)の集団が意外に小さい,ということ。つまり,ここに集ってきている人たちのほとんどが,個人の意思できているということ。友人と思しき人の集団であったり(それも2,3人程度),ゼミの先生を中心とした学生さんたちであったり,という具合。あとは,わたしのように個人で,たった一人で参加している人たちばかりです。

 
ひととおり様子がわかったところで,デモ隊列をつくっている列のうしろに並ぶ。この人数だと,相当に長いデモ隊列になりそうなので,早めに出発して,早めに解散する戦略をとることにしました。が,それでも,すでに遅し。出発するときにわかったことは,わたしが並んだ隊列は第4番目のグループでした。そのあとにも相当に長い列ができていましたので,あとの人たちの出発は相当に遅くなったことでしょう。

 
デモの流れ解散のところ(有楽町)でのアナウンスによれば,デモ参加者は「2万人」。「オーッ」とどよめきの声があがりました。

 デモのコースは,日比谷野外音楽堂と日比谷図書館の間のところから出発,新橋をとおって銀座にでて有楽町をとおりすぎたところで流れ解散。

 
今回のデモで気づいたことは,歩道を歩いている一般の人たちからの同意・声援が多くなっているということでした。自分の意思を表明することに抵抗感が少なくなってきているのかな,という印象を受けました。あるいは,こんどばかりは黙ってはいられない,という人が増えてきているのかな,と。集会やデモにでかける時間はないけれども,目の前にデモ隊がとおりかかったときには応援をしたい,という人は確実に増えているようにおもいました。

 
法案がとおったからといって,人びとは忘れてなどいません。政府与党は「すぐに忘れる」と踏んでいるようですが,そうは問屋が卸しません。それどころか,相当の覚悟をもった人たち(顔をみればわかります)が増えている,という印象でした。これでいいのだ,という確かな手応えのようなものも感じられました。

 
帰宅してから,NHKのニュースを追ってみましたが,この集会とデモについては「ひとこと」もありませんでした。「やはり」と納得。それ以上に,NHKが無視して「スルー」することの意味の方が重い,とにんまりしてしまいました。なぜなら,「2万人」(主催者発表)もの集会・デモがあったことに「蓋をして」なかったことにしなければならないNHKの幹部連中(会長を筆頭に)の「焦り」のようなものを感じとることができたからです。

 NHKが「蓋をする」ということは,アベ政権の意思をそのまま反映しているといってよいからです。ということは,間違いなくこの集会・デモのプレッシャーが政権・与党にとどいているということになるからです。たぶん,内心,相当に焦っているに違いありません。政府与党の議員のなかには良心的な人もいるはずです。その人たちのこころの内はけして穏やかではないとおもいます。

 地味ではありますが,この運動を持続させていくだけで,政権党に相当のダメージを与えることは間違いありません。全国の各地で,それぞれのやり方で,意思表明を持続させること,これが一番です。地元選出議員は,もっとストレートにダメージを受けることになるでしょう。

 いささか疲れましたが(デモの距離が意外に長かった),あらたな希望も生まれました。世の中が「動きはじめた」という実感が湧いてきました。これがなによりの「収穫」でした。このつぎも,体調を整えてでかけることにしよう。枯れ木も森の賑わい・・・・。

2015年9月18日金曜日

9月16日,SEALDsの若者たちは夜を徹して朝までコール。その傍ら,ゴミ拾いも。頭がさがる。

 17日午後,参議院の特別委員会で「戦争法案」の「強行採決」が行われました。そのときの醜態はニュースでも何回も繰り返されましたので,ご承知のとおりです。もはや,なにをかいわんや,です。委員長の声はなにも聞き取れず(委員会室に出席していたすべての議員に),ましてや議事録も残せない「強行採決」が有効であるとはとても思えません。なのに,ニュースでは,委員会で可決,と報じられています。

 しかし,外国のメディアはこれを大問題として,大きく取り上げている,という情報がSNSをとおして流れています。いまや,日本の議会は,世界の笑い物になってしまいました。このことの結末がどういうことになるのか,アベ政権の責任は重大です。

 というようなことを,今回は書くつもりではなく,9月16日のSEALDsの若者たちの抗議行動について,どうしても書いておきたいことがありましたので,そちらに焦点を当てたいとおもいます。

 もう,よくご存じのように16日の夜は小雨から次第に本降りとなり,深夜には相当激しい降雨に変わっていきました。その様子はIWJがリアル・タイムでSEALDsの抗議集会を中継していましたので,それで知ることができました。いまも,YouTubeでみることができますので,確認してみてください。

 その雨の降りしきるなか,夜中の12時はおろか,夜を徹して朝まで,かれらは抗議のコールをつづけました。この日が抗議行動の「山場」である,とはっきりと自覚し,覚悟を決めた態度表明であったようです。それにしても,雨の降るなか,徹夜で抗議集会をつづける,その情熱にこころからの敬意を表したいとおもいます。日頃から,かれらが言っている「本気でやる」はたんなる見せかけではありませんでした。それをみごとに証明してみせたのです。

  そして,かれらのコールの数あるなかのひとつ,「賛成議員は,落選させよう」が,今夜の国会前抗議集会でも繰り返されています。この声が,こんご次第に大きくなっていくことは間違いありません。そして,この声が全国津々浦々にまで浸透していくことも間違いないでしょう。それほどに,今回の「強行採決」は酷いものでした。だれの眼にも無茶苦茶だ,と。とりわけ,新しく選挙権を認められる高校生に与えた影響は,計り知れないものがあるとおもいます。また,その予備軍である中学生もまた,「なにごとか」と訝ったに違いありません。ましてや,小学生は,どう受け止めたことでしょう。

 「民主主義って,なんだ」「これだ」というSEALDsの若者たちの専売特許ともいうべきコールが,骨身にしみます。まさに,議会制民主主義を否定する「暴挙」以外のなにものでもありません。そして,それが小中高生に与える甚大なる影響はだれの眼にも明々白々です。一番困るのは学校の先生方でしょう。児童・生徒から質問されたとき,どのように答えるべきか,悩むことだろうとおもいます。しかし,ここはひとつ勇気を振り絞って,今回の「強行採決」は民主主義の否定であり,断じて許されるべきことではない,としっかりと教えてあげてください。それが立憲デモクラシーを標榜するわが国の正しいあり方なのですから。自信をもって教えてあげてください。

 またまた脱線してしまいました。もとにもどします。SEALDsの若者たちの情熱は,老いたりとはいえ,わたしのような老人をも叱咤激励し,奮い立たせるほどの迫力を覚えます。ほんとうに素晴らしいとおもいます。そんなSEALDsのメンバーの一人で,公聴会でスピーチした奥田愛基君の動画も何回も繰り返し,聞いています。全文,起こし原稿も,何回も読み返しています。それほどに,かれのスピーチはみごとでした。

 これで一気にメディアも注目するところとなり,かれ一人が脚光を浴びることになってしまいましたが,SEALDsの素晴らしさは,かれ一人だけではありません。かれ以外にも,この運動を支えている,いろいろの分野のエキスパートがたくさんいるということです。詳しいことは省略しますが,縁の下の力持ち的な存在,陰でこの運動をささえている人たちを忘れてはなりません。

 たとえば,これも動画でみて驚いたことですが,16日の深夜の午前2時30分ころに,雨の降るなか,大きなビニール袋を手にたったひとりでごみ拾いをしているSEALDs のメンバーがいた,という事実です。これを知ったときには,おもわず涙が流れてしまいました。なんというメンバーがいるのか,と。それも,おそらくは,自分で気づいたことを自分の判断でやっているにすぎない,と本人は問われれば答えたに違いありません。

 これがSEALDsなのです。みんな,それぞれに自立(自律)した個人です。そして,自分にできることをやる,それが大原則。これまでにみたこともない新たな共同体の姿をわたしはみる思いがします。その意味で,これからもSEALDsを,可能な範囲で支援していきたい,と考えています。

 奥田君の活躍もさることながら,真夜中の雨中をたったひとりでごみ拾いをしていた若者の姿をわたしは忘れることはないでしょう。いまでも涙がこみあげてきます。そして,頭がさがります。

2015年9月17日木曜日

「民主主義って,なんだ!」「これだ!」。強行採決でまざまざと・・・。

 「民主主義って,なんだ!」「これだ!」

 SEALDsが得意とするコールのひとつだ。
 初めてこのコールを聞いたとき,「これだ!」の意味はなんだろうな?と考えていました。今日,その答えがでました。

 答えは二つ。
 ひとつは,国会前や渋谷,新宿で抗議集会を開いたり,デモを行ったりすること,つまり,自分たちの意思を表明すること。すなわち,「思想・信条の自由」という憲法の精神に乗っ取って,みずからの考えを明らかにすること。
 もうひとつは,今日,参議院の特別委員会で,自民・公明両党がとった行為,すなわち,ルールをまったく無視した「騙し討ち」そのものというべき「強行採決」。すなわち,民主主義を頭から否定する,反民主主義のこと。

 この二つの意味を籠めて,SEALDsの若者たちはコールする。
 「民主主義って,なんだ!」「これだ!」
 これからは,SEALDsの若者たちのコールに応えて,この声を発するとき,いつも,わたしの胸を去来するのは,この二つの答えを行き来することになるだろう。

 それにしても,珍しく,NHKが,特番を組んで,急遽,参議院の特別委員会を中継しました。たまたま,遅い昼食をとろうとおもって点けたテレビから,この画像が飛び込んできて,一瞬,わが眼を疑ってしまいました。新聞の番組には載っていなかったからです。

 あとは,全身を眼と耳にして,のめり込むようにして眺めていました。そして,最後はあの醜態です。語るもおこがましいので,そこでなにがなされたかは省略します。すでに,何回も何回もニュースで,あの馬鹿げたパフォーマンスが繰り返されていて,どなたもご承知だとおもいますので・・・。

 これが,SEALDsの若者たちが言うところの,もうひとつの「民主主義」だ,というわけでしょう。この二つの民主主義が,いま,この国を二分して展開されていることへの,みごとなまでの「諧謔」と「警鐘」と言っていいでしょう。

 この「強行採決」によって,自民・公明両党による「国会茶番劇」は第一幕が終わり,つぎの第二幕へと進むことになります。つぎの本会議では,こんどは野党主導の「国会茶番劇」の始まりです。それが終わると,第三幕へと進展していくことになります。第三幕は,国民であるわたしたちが主役になります。「戦争法案」に賛成した議員への徹底攻撃です。できることなら,自民・公明の両党が崩壊するところまで追い込むことです。第四幕は,おそらく,つぎの選挙になるでしょう。

 これらのシナリオを演出するのは,わたしたち一人ひとりの意思の総和になります。この国の行く末を見誤ることのないよう,しっかりと見極めていきたいとおもいます。

 今日の「国会茶番劇」を目のあたりにして,怒り心頭に発しています。この気持ちをエネルギーにして,明日からのみずからの行動を,気持ちを新たにして考えていきたいとおもいます。

押し寄せる波のよう・・・・。雨の中,来る人,帰る人ひっきりなし。16日の国会周辺抗議行動。

 9月16日。国会周辺抗議行動。雨の降るなか,どれだけの人が集まったことだろうか。カウントできないほどの人,人,人。早めに帰るお年寄り。それよりも多く遅れてやってくる人びと。一昨日と同じ永田町駅から憲政記念館に向かう歩道に立って(何度も往復しながら),スピーチを聞き,コールしてきました。

 まずは,午後6時からはじまる立憲デモクラシーの会のリレー・トークを目指す。参議院議員会館前と聞いていたので,永田町駅をでて,そちらに向かおうとしたら,すぐ目の前に山口二郎さんが立っていて集会の場所が変更したことなどをマイクを片手に話している。そのすぐうしろで幟旗をもっている西谷さん。わたしは気づかずに山口さんの写真を撮ろうとおもってカメラをリュックから出していたら,西谷さんがみつけてくれて,手を振ってくれる。

 
ああ,元気で,ここに来られたんだ,よかった,と安堵。というのも,滅多なことでは休まない太極拳の稽古(16日の午前)を「一昨日から体調がよくないので休みます」という連絡があり,お休みだったからです。じつは,このところの西谷さんの過密かつ過重なスケジュール(の一部)を知っていただけに心配していました。このあとの連休にかけても,びっしりスケジュールが詰まっていることも。ですから,ゆっくり栄養をとって休養してください,とメールを送りました。

 
立ち止まって写真を撮っていたら,すぐに,警官に「立ち止まるな」と注意されてしまいました。大変な混雑で身動きできない人でいっぱい。仕方がないので,歩道に並んでいる立憲デモクラシーの会の人たちの行列のうしろに立つことにしました。ところが,ハンドマイクひとつだけの装備でしたので,リレー・トークのほとんどは聞き取れませんでした。

 小一時間ほど耳を傾けていましたが,わたしの耳では聞き取れません。それよりも,すぐ近くの参議院議員会館の前で,どこかの団体が性能のいいラウド・スピーカーを使ってコールしている声の方が圧倒的に大きかったということも原因でした。と同時に,今夜は国会周辺のあちこちで,いろいろの団体が分散して集会をもち,それぞれに抗議行動を展開していることを知り,そこはかとない迫力のようなものを感じました。この怒りの結集はただごとではない,これまでとは異なるすさまじいものがある・・・・と。

 立憲デモクラシーの会の集会はまだつづいていましたが,少し前にこの場を離れ,一昨日,立った憲政記念館に渡る横断歩道の手前をめざしました。ところが,今日はこの横断歩道は警察官によって「封鎖」されていて,向こう側に渡ることができません。そのため,あふれんばかりに人が溜まっていて横断歩道のはるか手前から身動きできません。仕方がないので,はるか手前の銀杏の木の下に立つことにしました。

 しばらく前から降りはじめた小雨がだんだん激しくなってきて,傘をさすのも困難なほどの人でごった返していましたので,雨避けにもなって好都合だったからです。しかも,すぐ近くにラウド・スピーカーもあって,国会前で行われているスピーチやコールも聞き取りやすかったからです。

 時折,報告される国会内の動向も知ることができ,ここはいいポジションでした。委員長室で行われている理事会が膠着状態で,何回も中断していて,一向に結論がでる気配はない,委員長室の出入り口を野党議員で封鎖している,特別委員会室にはまだ総理は顔を見せていない,などの情報が断片的に流れました。そのたびに,大きな歓声と拍手が起こりました。

 今夜の集会にきている人たちは,これまでの人たちよりも熱いなぁ,と感じ入りながら立っていました。その間も,ひっきりなしに来る人,帰る人が交叉しています。どれほどの人がくるのだろうかとおもうほど,来る人の波は衰えません。が,その人たちのほとんどは封鎖されている横断歩道からもどってはきません。ということは,そのまま歩道に沿ってこの場所から流れているとしか考えられません。

 午後7時30分を過ぎても続々とやってくる人の波を観察していると,今夜は高校生が多いことに気づきました。なかには,大きなスポーツ・バックを担いでいる高校生の集団がありました。よくみると,その大きなスポーツ・バッグには「日比谷」と書いてありました。ああ,そうか,かれらはクラブの練習が終わって,そのままここに流れてきたんだ,とわかりました。日比谷高校なら,ここから歩いても,さして遠くはありません。こういう若い高校生が関心をもって抗議集会にやってくる光景をみると,未来は明るい,と嬉しくなります。

 さらに,よくよく観察していますと,中学生や小学生を連れた母親も少なくありません。なかには,父親も一緒で,明らかに子連れの家族とおもわれる人たちも見受けられました。また,勤め帰りにやってきたサラリーマン風の人もみかけ,今夜,集まってくる人たちは,これまでと少し違ってきている,ということも実感しました。

 今夜は,立っている足はまだ大丈夫だと言っていましたが,午後8時を過ぎたあたりで,からだが冷えてきてしまいました。これ以上,からだを冷やしてはまずいと判断し,引き揚げることにしました。気持ちは,もっとここにいてコールをつづけたかったのですが・・・・。おそらく,SEALDsの若者たちは,このあとも頑張ってコールをつづけるだろうに・・・・と後ろ髪を引かれるおもいで。病み上がりの,末期癌レベル4を生きる人間の限界でした。


 

2015年9月15日火曜日

「9・14」国会前大包囲集会。装甲車出動。道路を封鎖。なんのために?

 いったいなにがどうなっているのか,大群衆のなかに入ってしまうとほとんどわからない。ときおり,主催者が警察権力に対して抗議している声を,近くのラウド・スピーカーをとおして聞きながら,あれこれ想像する以外にない。

 
わたしは,今日の国会前の交差点は危険だというおぼろげな予感のようなものがあったので,ちょっと距離を置いたところから,シュプレヒ・コールをしながら大集会の行方を眺めていた。立っていたのは,永田町の駅から憲政記念館に渡る交差点の手前のところ。ここでメモをとりながら,様子をうかがっていたら,突然,装甲車が続々とやってきて目の前を通過し,国会前の交差点に向かっていく。

 
なにが起きたのか?と訝りながら様子を見守る。ちょうど,国会前あたりの様子が遠目ながらも視野の中にとらえることができる位置だ。急に赤い点滅ランプが増えたとおもったら,それまで通っていた車が来なくなった。どうやら,国会前の交差点を装甲車で封鎖してしまったらしい。永田町方面からやってきて国会前の方向に曲がろうとした定期バスも止められ,迂回するよう警官が指示している。タクシーも自家用車もその他の営業車もすべて,迂回させられている。

 どうやら,なにか起きたらしい。救急車がやってくる。消防車までやってくる。これらはみんな国会前の交差点に向かう。しばらくしたら,さきほどの救急車がサイレンを鳴らしながらもどってくる。だれかを搬送しているらしい。

 突然,リレー・トークが中断した。しばらくあって,主催者代表が名前を名乗り,おもむろに装甲車に向かって抗議をはじめる。「装甲車は必要ない。道路を封鎖するな。集会参加者を挑発するな。集会参加者は怪我をしない範囲で抗議をしてください。今日の集会ではひとりの怪我人も出してはならない。そのためにも,過剰警備は止めろ・・・・。」というような趣旨の声が聞こえてくる。これを聞きながら,国会前の交差点で起きていることを想像する。

 いまにも暴動が起きそうな,そんな雰囲気が主催者の声から伝わってくる。でも,そんな血気にはやるほどの元気な若者の数は多くない。しかも,主催者が準備した過剰警備監視要員が,かなりの数,要所には配置してある。国会議員もタスキをかけて,過剰警備に対して監視している。集会に参加している人たちの圧倒的多数は中高年だ。なかには,子どもを抱いた若いママさんも相当数いる。手をつないで歩いている親子もいる。要するに暴動を起こしようにも起こせない,いわゆる「弱者」がほとんどだ。

 にもかかわらず,装甲車を出動させ,その装甲車の前に膨大な数の警察官を並ばせているのが,遠目にみえる。

 
午後8時ちょうどに,主催者が集会の終了を宣言。大勢の人が帰路につく。永田町方面に向かう人たちがわたしの目の前を帰っていく。と同時に,永田町方面から国会前に向かう人もあとを断たない。しばらくすると,このあとSEALDsと学者の会の集会がある,というアナウンス。

 ならば,と思い立ち国会前に進む。ほとんど立っている人もまばらになっている。が,国会前の交差点の手前で大群衆が固まったまま身動きできない状態になっている。まわりをみると,想像どおり装甲車がずらりと並び,その前に警察官が二列横隊で並んで睨みをきかせている。むりやり人をかき分けて,並んでいる警察官の前にでる。早速,写真を撮りはじめる。なぜか,その前を歩いてとおしてくれる。が,国会前の交差点のところで身動きできなくなった。装甲車が,霞が関方面への横断歩道を封鎖しているのだ。

 
装甲車と装甲車の間に,過剰警備の旗が2本立っていて,そのあたりでどうやら道路を開けて,帰る人をとおせ,という交渉をしているらしい。女性の声で,「家に帰りたいのよ。もう,集会も終わったのだからとおしてよ」と繰り返しているのか聞こえる。が,ちょっと距離があって,だれとだれがどのような交渉をしているのかは確認できない。

 
ここから先へは進むことができない。この間にも,SEALDsの若者たちがコールをつづけている。そのコールの間に,「道を開けろ」「人を通せ」「嫌がらせはやめろ」と抗議をしている。が,情況は変わらない。もう,ほとんどの人が永田町方面に向かい,残っているのは霞が関方面に帰ろうという人たちだけだ。なのに,装甲車は道路を封鎖したままだ。いったい,なんの意味があるというのか。たんなる「見せしめ」でしかない。なんのことはない,アベの権力の手先がここまで伸びている,というなによりの証拠。まことに馬鹿げた話。これが権力のリアルな姿だ。

 ここまで見届けたところで,時計をみたら午後8時40分。午後5時30分からここにいるので,もう3時間,立ちっぱなしだ。さすがに足が文句を言っている。自然も呼んでいる。空腹は我慢できそうだが,そろそろ限界と判断。帰路につく。

2015年9月12日土曜日

安倍政権はクーデターをやっている(古賀茂明)。SEALDsのスピーチで。

 9月11日。「9・11」を念頭に思い描きながら,国会前のSEALDsの集会に行ってきました。途中で小雨が降るなか,続々と人が集まってきました。わたしは少しだけ早めの18時には国会前に到着していました。が,まだ,集会がはじまる前でしたので,周辺を,どんな人たちが集まっているのか知りたくて一回りしていました。

 国会前の角の一等地を,一般の人たちにゆずるようにして,周辺を各種の団体が幟旗を立て固めていました。なかには,自分たちでステージを用意して,活動報告会・演説会をやっている人たちもいました。ちょっと立ち止まって聞いていましたら,フクシマの子どもたちの被曝を中心にした内容の活動のようでした。

 18:30~は,<戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会>が主催の統一行動で,いろいろの人が入れ代わり立ち代わりしてスピーチをやっていました。上野千鶴子さんも,ここでスピーチをしました。比較的醒めたスピーチで,わたしとしては意外でした。

 20:45~が,SEALDsの集会でした。さきに集会を開催した「統一行動」の人たちが帰りはじめたころに,SEALDsの集会を目当てにした人たちが続々とやってきました。抗議集会をやるには場所が狭すぎるので,入れ換えをしたというわけです。

 
さて,SEALDsの集会のトップに登壇した古賀茂明さんが,簡潔に,強烈なスピーチをしました。それは,安倍政権がいまやっていることは「クーデター」に等しい,と。

 以下,古賀さんのスピーチを要約。なぜなら,憲法改正には国民投票が必要なのに,集団的自衛権の行使容認という憲法違反の法案を閣議決定ですり抜け,国民投票をスルーして憲法解釈を変更するという「暴挙」にでたからです。これは国民投票によって国民の意思を問わなければならない重大な法案を,閣議決定だけで決めてしまおうという,まさに憲法を無視した「クーデター」以外のなにものでもありません。これは立憲デモクラシーを根底からひっくり返す,つまり,国家のあり方を根底から変えてしまうことを意味しています。すなわち,独裁体制への突入です。これを「クーデター」と言わずしてなんというべきか。こういう「暴挙」に対して,国民の多くの人たちが危機意識をもっているのだとおもいます。この「クーデター」はなにがなんでもストップさせなくてはならない,そういう熱い思いを秘めた人たちがいま,ここに集まっているのだとおもいます。戦争法案を廃案にさせるべく頑張りましょう。

 
小森陽一さんも,気合の入ったとてもいいスピーチをされました。が,割愛。

 
まだ,集会はつづいていましたが,21:00を過ぎたところで,わたしは帰路につきました。18:00に到着してから立ちっぱなし。相当の疲れと生理的欲求と空腹とが限界に達していましたので,ここが引き時と決心しました。

 
帰りの地下鉄・田園都市線も満員で,とうとう溝の口まで立ちっぱなし。さすがに疲れました。喉も乾いていましたので,久しぶりに缶ビール(大)を一本飲みながら,即席の夕食をとりました。ビールが美味い,と感ずる程度に体調ももどっていました。

2015年9月10日木曜日

昨夜の激しい雨のなかの抗議集会。日比谷野外音楽堂,そして,デモ。

 関東地方から北に伸びた雨雲によって,茨城,栃木,などに大量の雨を降らせ,各地で大きな災害をもたらしています。鬼怒川(常総市)では堤防が決壊し,つぎつぎに家屋が流され,必死のヘリコプターによる救助活動が展開されている,とさきほどのニュースで知りました。

 東京でも昨日は激しい雨でした。太極拳の稽古に向かう,ほんのわずかな距離を歩くだけなのに,ズボンの膝下までびっしょり濡れてしまうほどでした。この雨は断続的に一日中,降りつづきました。夕刻になって,小降りになってくれることを期待していましたが,とうとう雨足が弱まることはありませんでした。

 <戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会>が発表している抗議行動の日程によりますと,このところ毎日,抗議行動が組まれています。ついに,9月10日(木)からは国会前座り込み抗議(13:00~17:00)が組まれ,その上に,18:30からは国会前抗議集会が,連日,組まれています。

 昨日(9日)は,18:30~,日比谷野外音楽堂で抗議集会が開かれ,そのあと,銀座と国会に分かれてデモを行う,ということになっていました。ですから,この集会とデモにはなんとか参加したいと考えていました。そのために,午睡までとって体調を整えていました。

 雨も小降りになってきたので,そろそろでかけようかと考えていたら,突然,篠つくような雨が降り始めました。しばらく様子をみていましたが,この降り方は尋常ではないと考え,でかけるのを取りやめることにしました。

 体調はかなりもどってきていますので,少々の雨なら大丈夫と考えていましたが,この雨では駄目だと諦めました。相当の雨対策をしていかないことには,全身,びしょ濡れになることは間違いありません。びしょ濡れになって,からだが冷えてきても大丈夫,というほどには体調はもどっていません。ここは残念ながら,大事をとって見送ることにしました。

 深夜になって,SNSで情報(毎日新聞,23時30分,最終更新)を確認してみましたら,予想どおり日比谷でも激しく雨が降ったこと(写真もあり),みんなびしょ濡れになっていたこと,にもかかわらず,5,500人(主催者発表)が集まった,報じていました。

 別の情報によれば,メイン・ゲストの人たちは早めに引き揚げたようですが,会場を埋めつくした人びとは最後まで,熱心にリレー・スピーチに耳を傾け,シュプレヒ・コールに元気よく応答していたとのことです。しかも,激しく降りしきる雨に濡れながら・・・・。

 この天候の悪条件のなか,集まった5,500人という数は,わたしの想定外でした。この雨では,わたしのような行きたいとおもっていても二の足を踏んでしまう人が続出するに違いない,それでも押し切ってでかける元気のいい人たちとなれば,かなり限定されてしまうだろうなぁ,と天候を恨んでいました。

 にもかかわらず,5,500人です。この数は尋常ではありません。なにがなんでも,戦争法案を廃案にするまでは,からだを張って抗議するのだ,という強い決意の人たちの集団です。あの激しい雨さえ降らなければ,この3倍も4倍もの人たちが集まったに違いありません。そういう重みのある5、500人だとおもいます。

 こういう国民の決然たる意思表明が,残念ながら,いまのアベ政権には直接にはとどきません。しかし,眼にみえないところで,カウンター・ブローとなって,相当のダメージを与えていることは間違いありません。必死で「無視」を決め込み,素知らぬ顔をしながらも,こころの中は穏やかではないはずです。

 たとえば,このところ株価が下落しつづけているとのこと。それも,日本の株価だけは世界的な株価の動向とは異なる動き方をしている,と。中国の経済不況が世界の株価に大きな影響を及ぼしていて,それによって株価が乱高下しているけれども,日本だけは,日本一国だけは,それと関係なく,ただ,ひたすら下落をつづけている,といいます。その理由に,アベノミクス(あるいは,安倍政権)に対する国際的な不信感があること,そして,SEALDsなどの若者たちが反政府活動を展開し,全国的な広がりをみせていることが大きい,としています。

 日本はいまや一枚岩ではない,やがて政権はひっくり返る,と国際社会がみているというのです。わこしたちの地道な抗議行動が,即効的な効果をもたないまでも,じわじわと意外なところで力を発揮しているようです。

 かつての全共闘運動が,完全なる「敗北」であったかのような論評がなされてきましたが,よくよく考えてみると,その後の自民党政権の「手堅さ」を引き出し,こんにちまで曲がりなりにも「平和」な社会を維持してこれたのではないか,という声を聞きます。

 ですから,いま,展開しているSEALDsの活動も,けして無駄にはならないどころか,まったく新しい日本を再生させる大きな原動力になる,とわたしは信じています。かれらの運動は,けして一過性のものではなく,遠く日本の未来を見据えています。「わたし個人の未来よりも,日本の未来の方が重要です」と言い切るスピーチを聞いて,わたしは涙しました。

 かれらは本気です。そういうかれらの純粋な情念に,わたしたち大人が眼を覚まさせられた,というのがわたしの本音です。この覚悟を,いまこそ持とう,とかれらの集会に行くたびに反省させられます。なんという若者たちか,とこころからエールを送りたいとおもいます。

 激しい雨のなかの5,500人。明日,金曜日の国会前集会(18:30~)には,どうか雨だけは降らないでほしい。わたしのような病み上がりの老人のためにも。16日まで,どうか雨だけは降らないように,と祈るばかりです。

 こういう抗議行動があった,という事実をのちのちの政権にしっかりと認識させるためにも・・・・。  

2015年9月7日月曜日

『世界』10月号の田中淳哉論文「安保法制NO!」に光明をみる。

 昨日(6日)の新宿・伊勢丹前・歩行者天国でのデモに参加して帰宅したら,『世界』10月号がとどいていました。いつものように,目次を眺め,編集後記(清宮編集長)を読み,そのうしろの広告を眺め,それから,本文をざっと拾い読み。

 そのあと,編集後記に紹介されていた田中淳哉論文を,こちらはじっくりと読みました。とても平易な文章でわかりやすく,説得力がありました。タイトルは,「これからどうする?わたしたちにもできる『安保法制 NO!』」というもの。

 国民の6割以上が「廃案」を求めているのに,それでも政府は議席の数を頼りに強行突破しようとしています。審議もじつにいい加減なままに。アベ君にいたっては,審議の終盤のいちばん大事なときに国会をさぼって大阪のテレビ番組みに出演する始末。ほんとうに国民を馬鹿にしています。国民を舐めています。

 昨日のSEALDsのシュプレヒ・コールがまだわたしの耳にはっきりと残っています。
 「国民 舐めんな!」
 「オレを 舐めんな!」
 「人間 舐めんな!」
 「子どもを 舐めんな!」
 「ジイちゃん 舐めんな!」
 「バアちゃん 舐めんな!」

 そして,つぎのようにつづきます。
 「日本を 守れ!」
 「生活 守れ!」
 「未来を 守れ!」
 「子どもを 守れ!」

 こうした抗議行動は,もはや全国津々浦々にまで浸透しています。まさに,草の根の運動にまで浸透しています。その数の総和が「6割」以上の意思となり,「廃案」を求めています。にもかかわらず,立憲主義も民主主義も無視する政府は,16日には強行突破して,この「でたらめ法案」を成立させようとしています。そして,それはその気になれば,可能です。

 もし,そのようなことになれば,これまで抗議行動をつづけてきた人びとの落胆はいかばかりか,と推測してしまいます。なぜなら,このわたしがそうですから・・・・。いったい,この先,どうなっていくのか,という不安でいっぱいです。この「これからどうする?」という,わたしのような人間に真っ正面から応答してくれたのが田中淳哉論文でした。

 詳しいことは本文に譲りますが(すぐに読めますので,本屋で立ち読みをしてみてください),その中にありました「アクション・リスト」(田中淳哉作成)を紹介しておきましょう。これなら,わたしにもできる,という抗議行動が,初級⇨中級⇨上級⇨達人!までランクづけされて,一覧表になっています。この中のできることからはじめればいい,というとても親切,かつ便利なアクション・リストです。

 
わたしが気に入ったのは,「アピール行動で」の上級に「サイレント・スタンディングする」というものです。これなら,たった一人で行動することができます。しかも,いつでも,どこでも。ただし,ちょっとばかり勇気が必要ですが。2,3人,友だちを誘って「サイレント・スタンディング」するなら,少し楽になるなぁ,などと想像しています。

 これから気の長くなるような闘争がはじまる覚悟で,いま,できることに全力を傾けたいとおもいます。  

2015年9月6日日曜日

安全保障関連法案に反対する学生と学者による街宣行動@新宿伊勢丹前・歩行者天国,に参加してきました。

 9月6日(日)午後3時からはじまる抗議集会に行ってきました。題して「安全保障関連法案に反対する学生と学者による街宣行動@新宿伊勢丹前・歩行者天国」。ときおり,通り雨のように激しく降る雨のなか,1万2000人(主催者発表)が集まりました。

 
伊勢丹の交差点からJR新宿駅東口近くまで,車道も歩道も人でいっぱい。わたしは少し早めに到着したのですが,すでに,人でいっぱい。歩行者天国になっている大通りに交叉する道路にも人がいっぱい。

 
雨が激しく降るたびに,傘・レインコートなどの準備のなかった人たちが,集会から離脱していきます。それでも,その穴を埋めるかのように,つぎつぎに歩道から歩行者天国の道路に人はなだれ込んできます。ですから,歩行者天国の道路はつねに人でいっぱい。

 
いつものように,テンポのいいシュプレヒ・コールがはじまる。
 「憲法 守れ」
 「戦争 反対」
 「勝手に 決めるな」
 「安倍は 辞めろ」
 「人を 殺すな」
 「民主主義って,なんだ」「これだ」
 「立憲デモクラシーって,なんだ」「これだ」

 
まずは,学生たちがリレー・スピーチ。
 ついで,学者たちがリレー・スピーチ。
 そして,政治家たちがリレー・スピーチ。

 民主党からはれんほうさん。歯切れのいい迫力満点のスピーチがつづく。一緒にいたNさんが,水谷八重子の新劇のセリフのように聞こえる,と笑っている。
 社民党からは吉田党首。一生懸命,声を張り上げ,語りかけるもいささか冗長。こういう場のスピーチになっていない。でも,善良な人だというハートは伝わってくる。
 共産党からは志位委員長。若いころに比べたら,演説が上手になったなぁ,と感心するほどのいいスピーチ。何回も,大きな拍手を浴びている。

 
午後5時をまわったところで,雨にも濡れ,からだが冷えてきたので,わたしは帰路につく。Nさんは,もう少しここに残る,ということでお別れ。

 
これでも,安倍は強行突破していくでしょうね。そのあとが大事でしょうね。さて,どんな展開が待っているのか・・・・,などという話を雨宿りしながらNさんとひとしきりする。

 不思議なことに,待ち合わせもなにもしていないのに,Nさんとはいつも現場でばったりと出会う。その割には,他の知っている人には出会わない。なぜか,ご縁を感ずる。

自民・公明両党の地元選出議員に抗議の電話・ファックスを送ろう!

 いよいよ16日(水)に,6割強の国民が反対している戦争法案の強行採決が行われるようです。もう,時間がありません。

 国会前や,都内の各地で,連日,抗議行動の予定が組まれています。ネットで調べればすぐにわかります。行動できる日時を確認して,一回でも多く参加したいとおもいます。

 それも思うにまかせない多忙な方は,自分の選挙区から選出されている自民・公明両党の議員さんに電話か,ファックスで抗議の声を伝えましょう。

 そのとき,注意したいこと以下の点です。
 まずは,こちらの名前(フルネーム)と住んでいる地区を精確に伝えること。
 用いることばは,できるだけ丁寧に。
 そして,気持ちをこめて語ること。
 余分なことは言わずに,簡単明瞭に。

 たとえば,ファックならば,以下のように。
 「わたしは稲垣正浩と申します。川崎市の高津区に住んでいます。戦争法案に断固,反対です。この法案が廃案になるよう,行動してください。もし,賛成の行動をとられた場合には,つぎの選挙では投票しません。別の候補者を応援することにします。よろしくお願いいたします。」

 というような具合です。もっと,短くてもいいと思います。一行でもいい,と思います。とにかく,選挙民としての意思を伝えましょう。

 これは,議員さんにとっては最大の脅威です。こういう声が多く寄せられれば,考えざるをえなくなるはず・・・・。

 それでも,こちらの意思を無視するようでしたら,こんどこそ「落選」させるための運動を展開するだけの話です。

 こうした息の長い運動を覚悟して,いま,できることから始めましょう。

2015年9月2日水曜日

国会周辺12万人は「大いなる誤解」(すが長官),とんでもない!

 「8・30」の国会周辺12万人,抗議行動が官邸を中心にあちこちに相当のダメージを与えているらしい。その「あせり」の発言が相次いでいます。

 まずは,すが長官。12万人は「大いなる誤解」だ,と発言。なにを,とんちんかんなことを言っているのか。これではますます火に油をそそぐようなもの。国民の怒りがさらに燃え広がる。当然のことながら,支持率もさがる。そういう意味では,まことに結構。もっともっと言ってほしい。

 それにしても「大いなる誤解」とはよく言ったものだ。ということは,歴代首相を筆頭に,歴代法制局長官,法曹界,憲法学者,大学有志の会,ママさんの会,SEALDs,その他(わたしのような人間),みんな「大いなる誤解」をしているということか。ならば,ついでに「誤解」をしていない人たちにどういう人たちがいるのか,教えてほしいものだ。戦争法案賛成のデモもあったそうだが,集まったのはたった「100人」たらずだった,とか。

 つぎに,アベ君。国民の理解がえられていない,と発言。いえいえ,テレビ中継をじっくり拝見させていただいて,この戦争法案は駄目だ,と十分に「理解」し,ただちに「廃案」にすべきだと判断した人たちが全国各地で蜂起しただけの話。もうすでに,「廃案」にすべきだという人が62%に達していることを,しっかりと受け止めるべき。もう,これ以上の国会討論は不要。ただちに「廃案」にして,国会を閉会にすべし。税金の無駄遣い。それが民意を受け止め,その声に従うということ。

 最後は,ハシシタ君。「たった12万人で国政が影響を受けるとしたら,それは民主主義の否定だ」だと。君はほんとうに弁護士さんなのか。法律の専門家が,こんな認識をしているとしたら,とても恥ずかしい。維新の党を分裂させて,なおかつ,新党を設立するという。おやおや,政界から引退するのではなかったっけ。党費を返せ,という抗議の電話が党員から日に100件もかかっているとか。とにかく人騒がせが好きなだけ。この「わが・まま」(my mother )ぶりは,アベ君と同じ。だから,気が合うのでしょうね。

 こういう発言が飛び出してくることをよくよく考えてみると,やはり,相当に焦っているとしかいいようがありません。これらの声は,もはや,断末魔の表出だとしか聞こえません。支離滅裂。冷静さを欠いています。

 国会審議はストップしたまま。いつ再開されるか目処も立たないらしい。それでも「時間」がくると,強行採決に踏み切るのでしょうね。そうは問屋が卸しません。これから,もっともっと大きな抗議行動が展開されることになるでしょう。

 岸信介政権が,激しいデモ攻勢に押しつぶされ,転覆したことを昨日のことのように思い出されます。全共闘闘争についてはいろいろの批判がありますが,いずれにしても,岸政権を倒したお蔭で,「憲法9条」がこんにちまで守られ,曲がりなりにも「平和」が維持できたことはきちんと評価しておくべきだとおもいます。

 今回は,その主役に,SEALDsが躍り出てきました。しかも,じつに素朴な,素のままの思いを,そのまま表現する抗議の仕方が多くの人びとのこころを捉え,動かしています。しかも,かれらは「本気」です。この盛り上がりが,さらに大きくなっていけば,必ずアベ政権は倒れます。そうなると,日本の現代史にその名を残す大きな功績となります。場合によっては,ノーベル平和賞の対象にもなるでしょう。

 今回の「8・30」抗議行動は,日本のメディアは適当に流していますが,海外ではたいへんな反響を呼んでいることがインターネットで知ることができます。アベ政権が,もはや,海外ではまったく信頼を失ってしまっていることも,伝わってきます。ドイツなどは,原発再稼働と併せて,戦争法案を徹底的に批判しています。むしろ,脅威に感じているようです。

 「国民の命と安全を守る」ための法案が,逆に,「国民の命と安全」を脅かしていることを,日本のメディアは伝えていません。とにかく,日本の報道が,こんな状態になってしまったのも,みんな「アベ」の差し金によるものです。それ以前にはなかったことです。たった,ここ数年の間に,日本のメディアは死んでしまいました。

 そのためにも,アベ政権は早々にお引き取り願わなくてはなりません。
 国会前の抗議行動はまだまだ,これからです。頑張りましょう。

2015年8月31日月曜日

12万人が国会議事堂を包囲。「8・30」抗議行動,参加してきました。

 これまでのデモですら,国会周辺の地下鉄の駅はピーク時には大混乱になるということを知っていましたので,今回はちょっと時間をずらして参加してきました。これが大正解でした。帰宅してからネットでデモ関連の情報をチェックしていたら,地下鉄・永田町駅は大混乱に陥った,と報じています。

 わたしは神保町でひとつ用事をすませて,午後3時に霞が関駅に到着。それでも,駅構内は人でごった返していました。これから抗議行動に向かう人と,すでに引き上げてきて帰路につく人とで,相半ば。駅から外にでた交差点の向こう側の角でどこかの団体がリレー・スピーチをやっていました。当然のことながら,その一帯は人でいっぱい。その脇をなんとか通過して,国会議事堂をめざしました。

 この国会議事堂をめざす歩道も,帰路につく人とこれから向かう人とがすれ違うのが精一杯。なんども立ち止まっては,また,歩きだすの繰り返しです。その間,あちこちから「安倍はやめろ」「戦争法案絶対反対」「集団的自衛権はいらない」「民主主義とはなんが・これだ」といったシュプレヒ・コールが聞こえてきます。あるいは,リレー・スピーチもいろいろのところから聞こえてきます。そんな声に耳を傾けながら,牛歩がつづきます。

 1時間ほど,のろのろと歩いていましたが,このさきは帰る人の分だけ前に進むの繰り返しだと判断して,一旦,引き上げることにしました。午後5時に仕事が終わるので,そのあと国会に行きたいという友人と待ち合わせることになっていましたので,その待ち合わせ場所の近くで一休み。紅茶を飲みながらからだを休めることにしました。

 約束どおりに友人が現れましたので,再度,霞が関へ。さすがに,こんどはそんなに混雑することなく,国会議事堂前の交差点に到達することができました。それでも,かなりの人が抗議行動の余韻に浸りながら,警察官の規制行動を見守っていました。それでも時折,偶発的に「アベはやめろ」のシュプレヒ・コールがはじまります。みんなこれに声を合わせています。

 
すると,ご丁寧にも,「本日の集会は終わりました。お帰りください」と指令車の上に立つ警察官が繰り返し呼びかけています。しかも,「帰る人のために歩道を空けてください。立ち止まらないでください。歩行者の邪魔になります」と繰り返しています。わたしは思わず叫んでしまいました。「めん玉どこについてんだッ!歩くスペースは十分にあるッ!立ち止まっても邪魔にはなっていないッ!なんのためにそこに立ってんだッ!」と。近くにいた人たちの笑いをかってしまいました。


帰り際に面白いものを見つけましたので,写真に撮ってみました。この看板を掲げていたのは,創価学会の会員有志の人たちです。しかも,公明党につきつけるための署名活動もやっていました。こんなまっとうな会員がいるというのに,政治惚けしてしまった公明党は戦争法案に一直線です。こんなかんたんなロジックすらわからなくなってしまっているのか,それとも,いろいろの裏取引があって身動きできなくなってしまっているのか。いずれにしても,情けない話です。

 
いまこそ,公明党は自民党に三行半を突きつければ,歴史に残る快挙となるのに・・・。そして,つぎの選挙で大勝ちすることができるというのに・・・。そんな判断すらできないほどの「思考停止」,そして,「自発的隷従」。なにやってんだか・・・・。

 どこもかしこも,総狂い。みんな狂ってしまうと,それが正義になってしまいます。いまの自民党がその典型。こんなにボス(アベ)が狂ってしまっているのに,だれも文句も言わずに(言わせずに)黙って追従していく党員。ここにも「思考停止」と「自発的隷従」が立派に機能しています。だから,バカのいいなり。やりたい放題。

 それもそのはず。ボス(アベ)そのものが,アメリカのいいなり。「思考停止」「自発的隷従」を率先垂範しているのですから,党員も「右へならえ」をするしかありません。

 そして,とうとう「報道」までが,「犬HK」を筆頭に,そのほとんどが政府のいいなり,「思考停止」「自発的隷従」に甘んずるという体たらく。これでは民主主義は機能しません。若者たちが「民主主義ってなんだ」「これだ」と叫ぶ気持ちがよくわかります。

 最後に,これまた面白い看板を二つ,写真に撮ってみました。
 ご笑覧ください。

 

2015年8月29日土曜日

「8・30」100万人集会を成功させよう!全国各地ですごい盛り上がり。

 明日の「8・30」100万人集会に向けて,全国各地ですごい盛り上がりをみせています。それとなくインターネット情報をサーフしているだけで,その熱気が伝わってきます。これは尋常ではないぞ,とそんな予感がしてきました。

 国会周辺もたいへんなことになりそうで,ついに集結場所を各団体ごとに割り振っています。議事堂前の大通りは遠隔地から駆けつけた人たちと,一般参加の人たちに譲ってくれているようです。その他の団体は,それぞれの拠点を決めて,そこで集会をもち,デモを行うようです。国会周辺を多極的に固めようということなのでしょう。

 わたしの故郷である愛知県豊橋市でも,駅前広場で集会をもち(11時30分集合),そのあとデモを行う予定とか。もともと保守色の強いところで,しかもおとなしい性格の人が多い土地柄もあって,このような政治集会が立ち上がりにくいところです。なのに,ついに立ち上がる人たちがでてきた,ということを知り,感動しました。

 インターネットをみていると,地名をみただけではどこだかわからないような地方の都市や町でも,集会を呼びかけ,デモを予定しています。

 これほど政権が必死になって報道規制をして,国民に真相を教えないでフタをしてきたのに,国民はちゃんとその本質を見破っています。

 その最たるものは,国会討論です。一度でも,国会討論の,じつに馬鹿げたやりとりをみた人は,もう黙ってはいないでしょう。NHKが唯一,国民のために貢献しているのが「国会討論」のテレビ中継です。固定したカメラで,ありのままの,ぶっつけ本番の討論を流してくれています。いいも悪いも,もう,全部,まるみえです。大まじめな野党側の質問に対して,まともな答えをしないで,はぐらかしてばかりの政府側答弁。「イエス」か「ノー」が,短く答えてくれという質問者に対して,まったく答えにならない話をながながとする政府側。そのたびに,「書記を止めてください」という委員長発言とともに,中断。こんなことの繰り返し・・・・。

 共産党の志位委員長の話では,もう「77回」も質疑が中断しているといいます。それほどまでに,戦争法案を正当化するロジックがないために,でたらめの,はぐらかしの答弁をするしかないことが明らかになったのだから,もう「廃案」しかありえない,と志位委員長。

 こういう無意味な国会討論を,たった30分でも聞いてしまった国民は,もはや行動を起こす以外にはありえない,と覚悟を決めているのだとおもいます。

 いま,話題の山本太郎議員の質問が,あまりに核心に触れたために,NHKは中継を打ち切るという「暴挙」まで演じています。もう,でたらめです。こんなことがまかりとおるのですから。

 こんな「暴挙」も全国津々浦々にまで,リアル・タイムで伝わっていきます。むしろ,地方に住んでいる人たちの方が危機意識が高いのではないか,とわたしはおもいます。なんだか,わけのわからないことを,平気で,勝手に進めているアベ政権に,もはや,これ以上まかせておくわけにはいかない・・・と。

 そういう「怒り」の渦が,明日の「8・30」では,一気に噴出することになるでしょう。

 国会周辺10万人,全国100万人,こういう抗議行動が成功すれば,いかに破廉恥なアベ政権とはいえ,相当のダメージを受けることになるでしょう。かつて,岸政権が退陣したときのように,国民の「怒り」の渦を巻き起こして,その孫の政権も同じように退陣させなくてはなりません。

 みんな声を掛け合って,近くの集会に馳せ参じましょう。

 わたしも,明日は,100万分の1になるつもり。国会議事堂前に向かいます。

2015年8月28日金曜日

デモに行こう。戦争法案を廃案にするために。8月30日。天王山。

 8月23日に行われたSEALDsのデモが,翌日の東京新聞の朝刊一面トップ記事でとりあげられていました。デモ参加者6500人(主催者発表)。その6500分の1に,ようやくこのわたしも加わることができ,ほっとしています。この日のために体調を整え,準備をした甲斐があったというものです。

 
その日のブログにも書きましたが,SEALDsのデモはまったく新しいスタイルのものでした。以前のような,頭でっかちの,イデオロギーでがちがちのデモとは違って,人間の素直な感情をそのまま表明する,とてもアットホームなものでした。いやなものはいやという。怖いものは怖いという。恐ろしくてふるえるものはふるえるという。なんとなくいやーなものを感じたら「いやーな感じ」という。とにかく感じたことをそのまま表現する。知性よりももっと深いところの深層意識を大事にする。あるいは,無意識を大事にする。

 たぶん,こういうソフトな雰囲気が,SEALDsが支援される原動力になっているのだろう,とデモ行進をしながら,しみじみおもいました。一緒に歩いてくださったNさんは,多くの人のこころをとらえる「力」,行動にまでかりたてる「力」の在り処を,これからはもっともっと大事にしなくてはならない,というような趣旨のことを話してくださいました。それを,知性ではなく,ものごとの「理」(ことわり)ということばで表現し,この「理」こそがこれからの時代にあっては重要なのではないか,と語ってくださいました。

 要するに,ヨーロッパ近代がめざした知性や理性中心主義の限界を打破して,さらに,もう一歩前に踏み出すための思考をそこにみるおもいがしました。そのゆきついたキー・ワードの一つがものごとの「理」ではないか,と。

 いま,国会で議論されている戦争法案は,知性もなければ,ものごとの「理」をも無視して,強引に戦争のできる国家をめざしています。そのためには憲法をも無視し,立憲デモクラシーをも否定して省みないアベ政権の「暴走」です。これは,もはや「暴走」どころの話ではなく「クーデター」です。この無謀な,憲法を大きく逸脱する,根拠なき「クーデター」は,なにがなんでも「ストップ」させなくてはなりません。

 そのための天王山の闘いが,こんどの8月30日(日)の国会包囲10万人デモであり,全国100万人デモだ,とわたしは位置づけています。このデモにも老体に笞打って,でかけてみようとおもっています。そのためには,今週も,いまからしっかりと歩行運動をして,体調を整えておこうとおもっています。

 全国の各地で,いろいろの団体がデモを組んでいます。調べればすぐにわかります。どうか,自分の参加しやすいデモに参加して,みずからの意思を表明しましょう。そして,とにもかくにも「戦争」だけは回避しなくてはなりません。そのためにあらゆる智恵をひねりましょう。そして,「戦争 NO」の行動をとりましょう。

 SEALDsの若者たちは真剣です。「本気で止める」とその気になっています。遅ればせながら,わたしもその一助になれば・・・と願っています。

2015年8月24日月曜日

社会復帰,第一歩。SEALDs のデモに参加してきました。

 8月23日(日)のSEALDsのデモには,なんとしても参加する,と早くから決めていました。そして,これを「社会復帰の第一歩」とすることも決めていました。そのために,散歩の距離を伸ばしたり,鷺沼の事務所にパソコンを背負って通ったり,とそれなりの準備をしてきました。お蔭で,からだの方もしっかりしてきました。

 言ってみれば,こころとからだの準備をしての,満を持してのデモ参加でした。だれか誘ってともおもいましたが,途中でリタイアすることも想定していましたので,ひとりででかけました。まあ,そういうデモ参加もあってもいいか,と考えて・・・・。集合場所の青山公園に到着し,デモ行進のための隊列を組んでみますと,結構,わたしと同じように,ひとりで参加という人も少なくないことがわかり,少しばかり安心。

隊列を組んで出発の準備
 
集合場所では,簡単なシュプレヒ・コールの練習があっただけで,とりたてて著名人のスピーチも,学生さんたちのスピーチもありませんでした。こんなのもあっていいなぁ,と思いながら出発を待っていました。そうして,いよいよ行進開始。テンポのいいシュプレヒ・コールの声を張り上げながらのデモ行進です。久しぶりのデモで,ああ,ようやく社会に復帰できたなぁ,元気を取り戻すことができてよかったなぁ,と感慨に浸っていました。

デモ行進のはじまり
 
そんないい気分で歩いていたら,突然,歩道からNさんが現れ「病み上がりのおじさんがひとりで歩いているのをみて,これは捨ておけない,介護しなくてはとおもって・・・・」と笑いながら隊列に飛び入りです。わたしとしては,期せずして,もっとも頼りになる僚友が現れたのですから,嬉しくて天にも昇る気持ちでした。何千人という大集団のなかだというのに,こんな出会いが起きるのですから,これはもう偶然をとおりこしているとしかいいようがありません。

ファシスト・アベ・ヒトラー
 
これですっかり安心して,二人でおしゃべりをしながら行進です。昨夜は宮城谷昌光の小説『太公望』を読み始めて,途中でやめるわけにはいかなくなり,とうとう最後まで読んでしまい,寝不足です,とNさん。わたしも,そのむかし,まったく同じ経験をしましたので,『太公望』の話題でひとしきり盛り上がってしまいました。権力を独占している大勢力を少数派が切り崩していき,世の中をひっくり返す,そのプロセスを知りたかった,とNさん。なるほど,単なる娯楽のための読書ではなかったのだ,とわたし。えらく余裕があるんだなぁ,こんな本まで読むのか,と訝っていたわたしが恥ずかしくなってしまいました。

高校生の集団?
 
さて,このデモ,隊列の中に組み込まれて歩いていると,全体でどのくらいの人数になっているのかさっぱりわかりません。ただ,道がカーブしているところで,前後を確認してみますと,どちらも,はるかかなたまでデモの隊列がつづいています。青山公園に集まっていた人数からは想像もつかないほどの隊列の長さです。ひょっとしたら,コースの道路で待ち構えていて,途中から飛び入りした人も相当いるのではないか,とおもいます。いま,確認してみましたら,主催者発表で6500人,とのこと。やはり,途中で待ち伏せして飛び入り,という人が多かったようです。

表参道の交差点でデモを見つめる通行人
 
久しぶりのデモだったからというべきか,いやいやSEALDsのデモだったからというべきか,よくわかりませんが,デモの様子もすっかり様変わりをしているなぁ,とおもいました。それは,かつての労働組合が組織して行うデモとはまるで違いますし,そのむかしの安保闘争時代の学生さんたちが組織したデモとも,もう別次元のはなしです。今日のデモを見るかぎりでも,子どもづれの若い夫婦がいたり,家族全員でやってきたなとおもわれる中年のファミリーがいたり,老人仲間のお友だち風の集団もいたり,とさまざまです。なかには,ベビーカーを押して参加している若いママさんもいます。考えてみれば明るくて,長閑なものです。

 ひところの,暗いイメージのデモとはまったく様変わりをしています。そういう新しい,やんわりとしたデモを立ち上げたのは,やはり,SEALDsの若者たちの大いなる功績というべきでしょう。以前のような,理屈やイデオロギーが先行・支配する思想運動とは違い,もっと情緒レベルの,人としての素直な感情から立ち上がってくる「不安」や「気持ち悪い」や「怖くてふるえる」を原点にした意志表明です。その結果として,このようなまったく新しいデモの形態を生みだしたのだろう,とおもいます。これでいいのだ,いや,これがいいのだ,としみじみおもいました。

 以上,社会復帰の第一歩としてのデモ参加の報告です。

 つぎなる目標は,8月30日(日)です。こちらは天下分け目の決戦になります。国会前10万人,全国100万人を想定しています。もし,これが実現したら,アベ政権は崩壊していくでしょう。その意味で,わたしは,いまから体調管理に専念して,30日のデモに備えようとおもっています。みなさんも,ぜひ,地元のデモに参加して,意思表明をしましょう。日本の将来のために。  

2015年8月10日月曜日

ヒロシマ,ナガサキの原爆慰霊祭を終えて。アベ・ソーリー,ご退陣を。

 戦後「70年」という節目の年,ことしも例年どおりヒロシマ(8月6日),ナガサキ(8月9日)では厳かにしめやかに原爆慰霊祭が開催されました。にもかかわらず,このニュースを取りあつかう方法は,メディアによってさまざまでした。きわめておざなりなものから,きめ細かに「原爆」を軸に戦争と平和を考えさせる素晴らしい報道まで,ピンキリでした。

 つい,数年まえまでは,こんな扱いではなかったと記憶します。どのメディアも,真っ正面から向き合い,真剣に報道がなされていたようにおもいます。なのに,この数年の間の,この様変わりはどうしたことなのでしょう。

 三重県では,原爆の写真展が「政治的すぎる」という横やりが入って,主催者である地方自治体は中止する,というとんでもないことが起きています。最近では,「政治的」であることがまるで「悪」であるかのごとき勘違いの風潮がひろまっています。とりわけ,秘密保護法が制定されたあとから,この傾向がつよくなっているようにおもわれます。

 「政治的」とはどういうことか。人間は社会の一員として存在するだけで,立派に「政治的」です。政治にかかわることを語り,行動するだけが「政治的」ではありません。「政治的」なことを無視して,だんまりを決め込むのも立派な「政治的」行為です。

 「政治的」な言動は政治家だけに許された特権ではありません。一人の生きる人間に付与された基本的人権です。だからこそ,だれもが「政治的」な発言や行動をする権利をもっています。そうして,お互いに意見交換をしながら,ときには激しい議論や抗議行動までも伴いながら,民意のありどころを探っていくのが民主主義の基本です。

 立憲デモクラシーを否定し,憲法違反の法案を議会に提出し,なんの根拠もないことを「想定」し,ありもしない国民の不安を募り,数の横暴で押し切ろうとする,アベ・ソーリーが登場してから,ますます,国民の「政治的」言動がやり玉に挙げられるようになってきました。強権をもつものが,一方的に弱者に圧力をかけ,自分たちの利権だけを守ろうとする,そういう社会の支配階級と手を結び,ますます強権政治をまっとうしようとしているアベ・ソーリーの手法が,一般の市民社会にも浸透しつつあり,いまや目を覆うばかりです。

 ヒロシマ,ナガサキの各市長のスピーチに対しても,圧力をかけ,あからさまにイチャモンをつけるアベ・ソーリー。その品格のなさ・・・。まるで,ヤクザの親分と同じです。気に入らない奴は消してしまえ,とばかりにありとあらゆる手段を用いて圧力をかけてきます。もはや,独裁政治そのものとなりはててしまっています。

 それを,また,黙って見過ごす多くの大手メディア。このジャーナリズムの「死」ともいうべき「黙認」こそ,「いまやまさに」「政治的」であり,「犯罪的」でもあります。つまり,独裁政治に与する,最悪の「政治的」行為そのものです。

 その反面,インターネットでは,アベ・ソーリーの,とってつけたような虚ろなスピーチをまるごと映像としてみることができます。その一方で,ヒロシマ,ナガサキの各市長の,思いのこもった素晴らしい「平和宣言」をこれまた映像ごとすべてを見聞することができます。被爆者代表による,身を切るような,からだ全体から絞り出されるような「反戦」「平和」への希求のことばも,映像ごと,何回も繰り返し耳を傾けることができます。この被爆者代表のスピーチに対しても,アベ・ソーリーはいちゃもんをつける始末です。

 もはや,人間とはおもえません。血(知)も涙(情緒)もない冷徹な独裁者の顔にしかみえてきません。それでも,どこかに,かすかに良心のかけらは残存しているようです。被爆者や市長のスピーチのクライマックスに達したときの「ことば」,たとえば,「非戦」こそが「平和」実現への道である,と訴え,参列者から大きな拍手が湧いたときには,さすがの冷徹・独裁者の「目が泳いでいる」姿も映像のなかにしっかりと捉えられています。

 民意を把握できなくなった政治のリーダーは,いさぎよくその場から撤退すべきです。民意を無視した政治は,もはや,国のためになりません。国を滅ぼしてしまいます。不特定少数のための利害・打算の政治は不要です。

 この二つの重要な慰霊祭をとおして,アベ・ソーリーの退陣の道筋もまた一段と明確になってきたようにおもいます。最後にだれが,アベ・ソーリーに引導をわたすのか。それは,わたしたち自身です。圧倒的多数の民意を構築して,それを目にみえる形で提示することです。

 いま,SEALDsを名乗る若者たちを中心にした抗議行動が,燎原の火のごとく全国津々浦々にまで広まっています。8月23日(日)には,全国を舞台にして,大々的な抗議行動を展開することが予告されています。わたしも,この日に向けてリハビリにつとめ,なんとしても末端のひとりになりたいと,こころに決めています。

 「本気で倒す」。ただ,その一念で立ち上がること。

 お盆休み明けの,「夏の陣」です。歴史の1ページを飾ることになる大事な正念場です。一人がもう一人の友人を誘えば,デモは倍に膨れ上がります。いまは,行動あるのみです。

 アベ・ソーリー退陣に向けて,最後の一撃をふるうときです。

 ヒロシマ・ナガサキの原爆慰霊祭の映像をみて,その思いがますます募ってきました。

 もはや,これ以上,アベ・ソーリーにこの国の舵取りを任せておくわけにはいきません。いまこそ,声をひとつにして立ち上がろうではありませんか。

2015年7月17日金曜日

見ろ,SEALDs の底力を。国会前に10万人。全国各都市でも大挙して集結する若者たち。

 見たか。SEALDs の底力を! 国会前に堂々の10万人を集結させたではないか。このまったく新しいスタイルの若者たちのネットワークの構築の仕方には眼を見張るものがある。そうか,この手があったか。でも,よく考えてみれば,だれにもわかっていたことだ。しかも,だれでもできることだ。しかし,実際にやった者はいなかった。コロンブスの卵。

 そうだ。SEALDs は不可能を可能としたのだ。そして,だれでもできる,まったく新しい政治参加の方法をみごとに実現させてみせたのだ。そこが偉大なるところだ。素晴らしい快挙というべし。

 アベが憲法を無視して「クーデター」を企てたのなら,それならまったく別の方法で対抗してやろうという若者たちのアイディア満載の運動の展開。アベが,国民の総意を踏みにじってまでして議会の議席の数を頼りに,あらゆる手段を用いて,強引に「悪法」を押し通そうとする。そんな無謀なことが許されてたまるか,われわれ若者たちの「怒り」の声を聞け,とばかりに現代文明の生みだした利器を最大限に駆使して,巨大ネットワークを構築した。そこには名簿もなにもない。友だちから友だちへ,そして,その友だちからつぎの友だちへ,とその輪はあっという間に広がっていった。

 はじめ,数百人の若者集団からはじまって,あっという間に,国会前だけで「10万人」を集めた。しかも,この輪は全国ネットだ。テレビも新聞もほとんど報道しないが,全国の大都市で,同じ若者集団の結束による抗議活動が展開している。それこそ,ネットの世界をたどっていくと,いくらでもその情報は集まってくる。

 若者たちは,とうのむかしにテレビも新聞も信用してはいない。得意のスマートフォンを駆使して,自分にとって必要な情報を手当り次第に蒐集し,取捨選択をしている。そして,自分の生きる糧となる情報を精選している。そして,大人たちが想像もつかないネット世界のなかに無限の可能性を予知している。

 このSEALDs  の若者たちの運動は,これから燎原の火のごとく燃え広がっていくだろう。この火はもはや政府・自民党をしても消し止める手立てがない。そして,ほんとうに「安保法制」成立にストップをかけるだろう。わたしはいつのまにか,そう確信するにいたっている。

 なぜなら,この「安保法制」を前にして,これを食い止めるだけの力は,いまの政党政治では限界があるということを,だれよりもよく知っているのが,この若者たちだ。もっと言ってしまえば,姑息なイデオロギー論争や政党利害にこだわっていて,その上での政治的駆け引きには限界があるということだ。その体質は弾劾すべき自民党となにも変わらないからだ。政党政治そのものが堕落してしまったということだ。

 このことに,いちはやくSEALDs の若者たちは気づいている。だから,イデオロギーもいらない,利害得失もいらない,ただ,この憲法を無視した逸脱行為でしかない政府・自民党の「暴挙」=「安保法制」だけは,「なにがなんでもとおすわけにはいかない」と腹をくくった。ただ,この一点のみにおいて,賛同者に声をかけた。それ以上でもそれ以下でもない。ただ,純粋に,憲法を無視して「戦争」に向かうのだけは嫌だ。「戦争のことを考えるとからだがふるえる」。この感性を共有する若者たちが集まった。

 だから,この燎原の火はもはや止めようがない。これから,「安保法制」が廃案になるまで,この運動はやむことなくつづくことだろう。しかも,全国区で。

 もう一点だけ。この運動は,若者たちの力で,政治の流れを変えることができる,ということを学ぶ最大の場になっているということだ。この運動が成功したら(成功するとわたしは確信しているが),日本の政治情況は一変するのではないか,とおもう。あまり大風呂敷を広げない方がいいとおもうので,ここでも一点だけ。選挙行動に新たな流れが生まれるだろうということだ。選挙権が18歳まで引き下げられた。この若者たちの情報は,そのほとんどがスマートフォンからえられる。この世界を自家薬籠中のものとしているのが,このSEALDs の若者たちだ。この若者たちが,つぎの選挙の折にどのように運動を展開するか,みものだ。18歳,19歳の若者たちの票の多くは,ここで動きそうだから。

 かれらは,言ってしまえば無党派層。どこでもいいのだ。ただ一点。「憲法9条」を守る。その上で政治を行ってほしい。つまり,若者たちに夢と希望を与えてくれる政治を。

 さあ,こうなったら,「安保法制」廃案まで,とことん反対運動を展開して,政府・自民党にゆさぶりをかけることだ。そして,もし,このまま押し切ったら,つぎの選挙では,自民・公明の候補者を軒並み「落選」させることだ。それだけの力を,この若者たちは手にするだろう。

 そして,政治の流れを変えることができる,ということをこの若者たちが学んだとき,日本の政治情況は大きく変化するだろう。また,そうなることを願っている。だから,ほんとうの闘いはこれからだ。

 さあ,わたしの退院の日も近い。すぐには無理でも,体調が回復ししだい,この結集の最後尾にぶらさがりたい。老骨に笞打って。

2015年7月6日月曜日

残念!デモに行かれない。最悪のタイミングの入院生活。

 いよいよアベは7月15日を軸に強行採決を断行するようだ。タカムラまでも公言した。これまでも学者の意見も世論も無視してやってきたことがある,とまでタカムラは公言して憚らない。なんというこっちゃ。ふざけるのもいい加減にしろ。そんなことはなんの根拠にもなりはしない。なぜなら,「憲法」を無視して法案をつくろう,というとんでもない「愚行」に突っ走る・・・・こんなことは過去の自民党は一度だってやってはいない。少なくとも「憲法」だけは守るという姿勢を貫いてきたではないか。アベのじいちゃんだって,この一線を超えてはならない,と言ったではないか。

 70年間もかけて「不戦」を貫き,国際社会から高く評価されてきた,日本国の唯一の誇るべき遺産を一夜にして放棄してしまおうというのか。このことの重大さをアベはなにもわかってはいない。情けない。もはや,国家の行く末を見極め行動する政治家ではなく,私利私欲の欲望の固まりそのものの政治屋に堕してしまっている。

 国民は馬鹿ではないので,少しずつアベの正体を見破りつつある。その結果は支持率の低下に現れている。毎日新聞のアンケート調査によれば,ついに,支持率を不支持率が上回ったという。しかも,戦争法案を認めないという人が7割を超えたという。なのに,そんな民意を無視して,15日前後には強行採決に踏み切ると公言している。

 そんなことを許すわけにはいかないとばかりにデモに集まる人びとの人数が増え続けている。しかも,全国各地に広がっている。その数たるや相当なものになるはずだ。こういう情報をNHKを筆頭にテレビはほとんど流さない。新聞の全国紙も同様だ。だから,多くの国民はなにごともないかのように,知らないままでいる。

 しかし,インターネット上では,じつに多くの情報が流れている。わたしのFBにもリンクした友人たちから,続々と上質の情報が流れてくる。その他にも検索すれば,いくらでもその種の情報は流れている。出何処が怪しいものは要注意だが,実名で,著名な人からも情報が発信されているので,そういう人たちの情報をサーフすることになる。すると,その人たちも,徐々に,発言の口調が過激になっているのが手にとるようにわかる。

 もはや,ネットで情報を探っているだけでは済まされない事態が目の前に控えている。書を棄て,パソコンを棄てて,町に出よう!ではないが,まずは,外に飛び出そう。そして,周囲の人に呼びかけて国会前に行こう。それが無理なら,住んでいる近くで開かれている抗議集会やデモに参加しよう。そうして,とにかく,声を大にして意思表明をしよう。

 真宗大谷派の坊さんたちも,全国の坊さんに呼びかけ,僧職を表明する衣を身にまとって集結するという。全国に動員をかける僧衣のデモも壮観だろうなぁ,と感心している。これはたまたまネットをとおしてわたしが知り得た情報にすぎない。たぶん,キリスト教関係の団体もいくつか行動を起こしているに違いない。

 フレッシュな学生有志の会・SEALDsのみなさんの活動も盛り上がってきている。渋谷を拠点にして,何回も街宣活動を展開し,多くの支持を得ているようだ。

 その他,ネットで確認するかぎりでも,じつに多くの団体が抗議行動を組織し,デモを展開している。しかも,全国的な展開である。

 いよいよ天王山の闘いが控えているというのに,このわたくしめは,情けないことに入院生活だ。本来ならば,毎日がサンデーなので,いつ,どこのデモにも参加できるのに残念でならない。こういうのを役立たずというのだろう。ほんとうに困った奴だ。

 でも,委員会の強行採決が行われたとしても,闘いはまだまだつづく。これからの長い闘いに思いを馳せながら万全の体調を整え,退院後の抗議活動に備えることにしよう。

 そのためには,まずは,手術の成功が大前提だ。そこが,このわたくしめのスタート。首尾よく手術が終わることを祈ることにしよう。

2015年7月4日土曜日

「戦争法案」,強行採決の日程が聴こえてくる・・・・・。「憲法違反」と国民世論の圧倒的多数の反対を無視して。

 はじめに,7月20日にやるらしいという情報が入ってきたかとおもったら,その日の夜には7月16日で自民・公明が申し合わせたという情報が入ってきました。3日の夕刻には,15日を軸に自公が確認した,との情報が流れました。

 いよいよやる気で,その日程も視野に入ってきました。

 3日の午後,ちょっとだけ見ておこうとおもって国会中継を覗いてみました。安保法案の衆院特別委員会。野党からは民主党,維新の党,共産党の順番に質問者が立ち,それぞれに質問をする。応答者は,アベ,キシダ,ナカタニ,スガの4氏。

 感想をひとことで言えば,相変わらずのすれ違い討論。野党は直球勝負なのに対して,政府はするりとはぐらかして,自分たちの言いたいことだけを飽きもせず繰り返す。アベにいたっては質問とはなんの関係もないことをべらべらとしゃべって,ひたすら質問時間をつぶしにかかっている。これがアベの言う「丁寧な説明」らしい。そして,もうすでに耳にタコがあたるほど聞かされた決まり文句を何回も繰り返す。すなわち,「国民の命と安全を守るために」。ここからさきの説明を聞きたいのに,説得力のある応答はなにもない。これがたぶんアベの言う「丁寧な説明」ということなのであろう。

 予想どおり,議論はまったく深まることなく上滑り。それでいて時間をかけたからもう十分というところで虎視眈々と見切り発車を狙っている。それが,今月の15日を軸に,という自公の確認事項らしい。

 「戦争法案」に反対する世論が日毎に盛り上がり,内閣支持率がどんどん低下するなか,これは急がねば・・・と焦っての強行突破の構えなのでしょう。その裏では,たぶん,維新の党との取引が行われているに違いありません。なぜなら,全野党が欠席してしまうと,強行採決に入るだけの自信はいまの自民党にはないからです。ですから,なにがなんでも野党の一角を切り崩しておいて,野党同席での強行採決という手続をとりたいのです。

 しかし,維新の党も一枚岩ではありませんので,場合によっては二つに割れるのではないか,という予測もされています。それよりもなによりも,ここで踏ん張ってもらいたいのは公明党です。あれほど,戦争はいやだと長年にわたって言ってきたにもかかわらず,ここにきてだんまりを決め込んでいます。その意味では,いまもっとも堕落した政党,それが公明党と言っていいでしょう。ここで,自民党と袂を分かって,「戦争法案反対」に転ずれば,つぎの選挙では間違いなく議席数倍増間違いなしなのに,もったいないかぎりです。

 「思考停止」してしまった公明党。「自発的隷従」の姿勢を貫く公明党。党の存在をアピールする絶好のチャンスなのに,むざむざ見送っている。ここまで堕落してしまうとは・・・・。

 いずれにしても,国民世論の圧倒的多数が「戦争法案」に反対しているにもかかわらず,さらには,圧倒的多数の専門家が「憲法違反」だと言っているにもかかわらず,それでも戦争法案成立に向けて強行突破しようというのですから,もはや,何をか況んや,です。

 振り返ってみれば,自民党は選挙公約にもなかった,突然の憲法解釈の閣議決定,そして「戦争法案」の提出。しかも,国民の多くを説得できるだけの十分な根拠も見出せないまま,強行採決に踏み切ろうというのです。まるでだまし討ちのようなものです。まさに,藪から棒です。こんな無責任な政党が政権をにぎっているのです。

 もし,強行採決に踏み切って,60日ルールまで利用して,なにがなんでも「戦争法案」を成立させてしまう,というようなことにでもなれば,無理が通れば道理が引っ込むの俚言どおり,世の中は乱れに乱れていくことになります。

 第一,憲法は閣議決定でどうにでもなる,という前例をつくってしまうことになります。つまり,ときの政権のおもうがままに,国民を無視して,やろうとおもえばなんでもできる国家になろうとしているのですから・・・。

 憲法を無視することのできる稀有なる国家の誕生です。世界中,探してもこんな国家はありません。世界の笑い物です。そんな「愚」だけはなにがなんでも忌避しなくてはなりません。国民主権,立憲デモクラシーを堅持するためにも,ここは踏ん張りどころです。そして,それがキープできること,ただ,それだけを祈るのみです。