2015年7月12日日曜日

歩行開始。食事をはじめました。点滴が減り,管も減りました。

 昨日(11日)の夕刻,執刀医の回診があり,夕食から重湯を出します,と言われる。まずは,食べる練習のつもりで,食べられる範囲で食べてみましょう,と。食べすぎないように上手にコントロールしましょう,とも。

 出てきた夕食は,重湯200g,吸い物130g,豆乳1箱,番茶(湯飲み1杯)でした。7月4日(土)に入院する前日の夕食が最後でしたので,7日ぶりの食事でした。食欲はまったくなし。食べたいとおもわない。それでもとおもって,じっと重湯を眺めてみた。米粒一つない完璧な重湯でした。小さな塩の袋がありましたので,その塩を少し振りかけてみる。

 吸い物の蓋をとって中を覗いてみる。透明な吸い物だけ。具はひとつもなし。こちらにスプーンを入れてひとくち呑んでみる。からい。久しぶりの口にはからいのだろう。そのままじっと眺めている。あとは,豆乳か,と。重湯と吸い物と豆乳を順に眺めまわしていたら,胃袋の底の底の方でちらりと食欲らしきものが動いた。「あれッ,いまのはなんだ」とひとりごと。

 人間のからだとは不思議なものだ。たとえ食欲がなくても,食べ物をじっと眺めているうちに,そこはかとなく食欲らしきものが立ち上がってくる。「よしッ」と気合をいれてスプーンを重湯に突っ込む。そして,ひとくち。まったく味がしないが,重湯というものはこんなものだろう,と二口目に進む。そこで,しばらく外の景色を眺めたりして,いいぞ,いいぞ,ちゃんと食べているではないか,と自分をほめてやる。

 ほめられたせいか食欲がいくらか増大する。吸い物も重湯と合わせてみたら,そこそこにいい味がしている。それでも,ほんの数口食べたら,もう胃が張ってくる。そこで,また,一休み。こんなことを繰り返しながら,たっぷりと時間をかけて,重湯を半分(約100g),吸い物は3分の1ほどを呑んだところで,胃が「もういい」という。よしッ,ここだ,と判断。

 この判断は正解だった。食後の過食感はまったくなく,快適だったからだ。夜も快適。

 つぎに歩行訓練。朝になって,夜勤のナースさんと交代した日勤のナースさんが挨拶がてらやってきて,「今日から歩きましょう」という。「えッ?」とわたし。どうやらわたしのカルテを読んで勉強してきたらしい。「でも,気が向かなかったらいいですよ」ともいう。この手があったか,とわたしはまんまとはまってしまった。

 ああまで言われたら,わたしのやる気が疼きだす。午前中の病室での恒例の行事(部屋の掃除,ホット・タオルのサービス,いつもの回診,体温,血圧の測定,薬剤師さんの問診:昨夜から鎮痛剤の種類を変えた結果の確認,など)が終わったところで,「思い立ったらすぐやる」と気合を入れて立ち上がる。点滴台を押しながら,廊下を行く。ナース・センターの前まできたら,くだんのナースさんが驚いて飛び出してきて後ろに立ってケアしてくれる。できるだけ自分ひとりでやってみます,とわたし。でも,ずっと付き添ってくれた。長い廊下を一往復。つまり,200mを歩く。

 午後にも,一番,隙な時間をつかって歩行訓練。こんどはわたしひとりで200m。午後の方が楽に歩けた。

 2本の針がささっていた点滴の針が1本に減りました。尿管もはずれました。その代わり自分でトイレに行かなくてはなりません。これが頻尿のわたしにとってはかなりの運動。

 残るは,点滴がいつ終わるか。これはわたしの食欲と関係しているらしい。そして,ドレーンが2本。横隔膜の上と下(下腹部)にそれぞれ1本ずつ。これらが取れれは,シャワーも浴びられますよ,とナースさん。あと幾日でこれらのハードルをクリアすることができるか。少しだけ,先がみえてきた。

 午後から『正法眼蔵入門』(頼住光子著,角川ソフィア文庫)を読み始める。

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