いま,辺野古では,連日,国家による「暴力」が野放しにされたままになっている。早朝から,おじい,おばあたちが座り込みをして,裁判の結果がでるまでの間の,工事の中止を訴えている。それを,問答無用とばかりに,本土から送り込まれた機動隊が情け容赦なく「ごぼう抜き」にして排除し,工事をつづけている。なかには怪我人もでて,救急車で病院に運ばれる人もでている。無抵抗の「非暴力」の座り込みをしている老人たちを。
一方,辺野古の海では,海上保安庁の保安員たちが,小さなカヌーを漕いで抗議している沖縄県民の人びとを海に突き落とし,海中に頭を押さえつけたりして,過剰な警備(=暴力)を行っている。カヌーを漕いでいた人に「死ぬかとおもった」と言わせるほどの,しつこい「暴力」である。こんなことが国家の名のもとで平然と行われている。
これらの「暴力」行為は,連日,写真入りで,『琉球新報』や『沖縄タイムス』では大きく取り上げられ,詳細に報道されている。沖縄県民にとっては大問題となっていて,日本政府に対する不信感はますます増大するばかりだ。知らぬは本土でのほほんと平和惚けした生活を送っている本土のヤマトンチュだけである。
なぜか。本土の大手メディア(全国紙,テレビ,など)は,この事実を一切無視して,蓋をしたまま伝えていないからだ。日本政府にとって都合の悪い報道をすると「偏向報道だ」と,すぐに政府自民党から強烈なプレッシャーがかかる。そのプレッシャーのかけ方も,日毎に露骨になってきている。この事実すらもほとんど報道されてはいない。しかし,SNSでは,大問題になっていて,大きな論議を生んでいる。
テレビからは,名だたる評論家(正論を吐く人)たちが,つぎつぎに姿を消している。そして,政府自民党の都合のいいことしか言わない人だけが,テレビや新聞で生き残っている。いま,テレビに登場している評論家・解説者の部類は,すべて政府自民党の代弁者にすぎない。消された評論家たちはどこにいったのか。みんな,SNSで,FBやブログをとおして激しく抗議の声をあげている。多少の温度差はあるものの,それぞれの立場から,しっかりとした根拠を提示して,激しく政府自民党を批判している。
しかし,残念ながら,SNSの情報とは無縁の生活を送っている人たちが,圧倒的多数を占めているのが現状だ。だから,アベ政権の支持率が,いまごろになってまたぞろ上がってきているという。この調査の方法も結果も怪しいものだが・・・。こうして,アベ・ファシズムはとどまるところを知らないまま,ますます凶暴化し,暴走しはじめている。
ただ,唯一の救いは,若者たちの圧倒的多数は,新聞(全国紙)やテレビから離脱し,SNS情報に傾斜しつつあるということだ。選挙権が18歳までさがったけれども,この若者たちのうち,選挙権を重く受け止めている若者たちは,もっぱらSNSをとおして情報を収集し,真面目に勉強しているという。これもまた救いのひとつだ。こういう若者たちの輪が広がっていくと,これまでの選挙行動とはまた違った新しい展開が期待できそうだ。
いま,辺野古で繰り広げられている「暴力」に対しては,さまざまな分野からの新たな批判が生まれていることも救いのひとつだ。たとえば,昨日(11月29日)は,日比谷野外公会堂では抗議集会が開かれ,そのあと銀座に向かって4500人がデモを繰り広げている。この情報を沖縄2紙は,一面トップにカラー写真つきで大きく取り上げている。辺野古のキャンプシュワブの抗議現場には,加藤登紀子や大江健三郎さんなどの著名人も応援にかけつけている。アフリカ・セネガルからやってきたヒップホップ集団<クルギ>も現場に駆けつけ,抗議の声を挙げている。アメリカの上院議員が辺野古で起きていることは,アメリカにもその責任の一端がある,とアメリカの新聞で発言したことも沖縄2紙で報じられている。また,アメリカの最大手の労働組合も,正式に抗議声明を発表した,という。その他,外国の学者・有識者たちの集団もまた,抗議声明を出している。
こうした情報もまた,SNSでは,ごくふつうに流れている。もちろん,沖縄2紙(『琉球新報』と『沖縄タイムス』)では,いつも大きなニュースとして報じられている。これらの情報をまったく無視して,流そうとはしないのは本土のメディアだけである。いまや,本土は完全なる情報管理社会と化している。日々,戦時体制にますます近づいている。おまけに,「共同謀議」を取り締まる法案を議会にかける準備までしているという。こうなったら,もはや,おしまいである。
アベ政権は,完全に,戦争をやる気でいる。そのための言論統制の備えを着々と進めているとしかいいようがない。だから,辺野古で野放しにされている「暴力」などは,アベ政権にとっては当たり前のことをやっているだけだ。これから,もっと厳しく取り締まる,そういう体勢に入りつつある。沖縄の離島にも自衛隊基地を増設したり,ミサイルの発射基地をつくろうとしていたり,矢継ぎ早やにつぎからつぎへと新手を繰り出してくる。
70年前の戦争を記憶しているわたしとしては「恐ろしさ」で「からだがふるえる」思いである。だから,なんとしてでも辺野古の工事はストップさせなくてはならないし,基地廃絶に向けてわずかに残る命を役立てる以外にはない。そして,憲法9条を旗印にして,世界に向けて「不戦」を呼びかけ,「非暴力」こそが最大の「武器」であることを訴えていかなくてはならない。
いま,それをしないで,いつ,可能なのか。気持ちばかりが焦ってくる。まずは,声を挙げていこう。できるところから。
一方,辺野古の海では,海上保安庁の保安員たちが,小さなカヌーを漕いで抗議している沖縄県民の人びとを海に突き落とし,海中に頭を押さえつけたりして,過剰な警備(=暴力)を行っている。カヌーを漕いでいた人に「死ぬかとおもった」と言わせるほどの,しつこい「暴力」である。こんなことが国家の名のもとで平然と行われている。
これらの「暴力」行為は,連日,写真入りで,『琉球新報』や『沖縄タイムス』では大きく取り上げられ,詳細に報道されている。沖縄県民にとっては大問題となっていて,日本政府に対する不信感はますます増大するばかりだ。知らぬは本土でのほほんと平和惚けした生活を送っている本土のヤマトンチュだけである。
なぜか。本土の大手メディア(全国紙,テレビ,など)は,この事実を一切無視して,蓋をしたまま伝えていないからだ。日本政府にとって都合の悪い報道をすると「偏向報道だ」と,すぐに政府自民党から強烈なプレッシャーがかかる。そのプレッシャーのかけ方も,日毎に露骨になってきている。この事実すらもほとんど報道されてはいない。しかし,SNSでは,大問題になっていて,大きな論議を生んでいる。
テレビからは,名だたる評論家(正論を吐く人)たちが,つぎつぎに姿を消している。そして,政府自民党の都合のいいことしか言わない人だけが,テレビや新聞で生き残っている。いま,テレビに登場している評論家・解説者の部類は,すべて政府自民党の代弁者にすぎない。消された評論家たちはどこにいったのか。みんな,SNSで,FBやブログをとおして激しく抗議の声をあげている。多少の温度差はあるものの,それぞれの立場から,しっかりとした根拠を提示して,激しく政府自民党を批判している。
しかし,残念ながら,SNSの情報とは無縁の生活を送っている人たちが,圧倒的多数を占めているのが現状だ。だから,アベ政権の支持率が,いまごろになってまたぞろ上がってきているという。この調査の方法も結果も怪しいものだが・・・。こうして,アベ・ファシズムはとどまるところを知らないまま,ますます凶暴化し,暴走しはじめている。
ただ,唯一の救いは,若者たちの圧倒的多数は,新聞(全国紙)やテレビから離脱し,SNS情報に傾斜しつつあるということだ。選挙権が18歳までさがったけれども,この若者たちのうち,選挙権を重く受け止めている若者たちは,もっぱらSNSをとおして情報を収集し,真面目に勉強しているという。これもまた救いのひとつだ。こういう若者たちの輪が広がっていくと,これまでの選挙行動とはまた違った新しい展開が期待できそうだ。
いま,辺野古で繰り広げられている「暴力」に対しては,さまざまな分野からの新たな批判が生まれていることも救いのひとつだ。たとえば,昨日(11月29日)は,日比谷野外公会堂では抗議集会が開かれ,そのあと銀座に向かって4500人がデモを繰り広げている。この情報を沖縄2紙は,一面トップにカラー写真つきで大きく取り上げている。辺野古のキャンプシュワブの抗議現場には,加藤登紀子や大江健三郎さんなどの著名人も応援にかけつけている。アフリカ・セネガルからやってきたヒップホップ集団<クルギ>も現場に駆けつけ,抗議の声を挙げている。アメリカの上院議員が辺野古で起きていることは,アメリカにもその責任の一端がある,とアメリカの新聞で発言したことも沖縄2紙で報じられている。また,アメリカの最大手の労働組合も,正式に抗議声明を発表した,という。その他,外国の学者・有識者たちの集団もまた,抗議声明を出している。
こうした情報もまた,SNSでは,ごくふつうに流れている。もちろん,沖縄2紙(『琉球新報』と『沖縄タイムス』)では,いつも大きなニュースとして報じられている。これらの情報をまったく無視して,流そうとはしないのは本土のメディアだけである。いまや,本土は完全なる情報管理社会と化している。日々,戦時体制にますます近づいている。おまけに,「共同謀議」を取り締まる法案を議会にかける準備までしているという。こうなったら,もはや,おしまいである。
アベ政権は,完全に,戦争をやる気でいる。そのための言論統制の備えを着々と進めているとしかいいようがない。だから,辺野古で野放しにされている「暴力」などは,アベ政権にとっては当たり前のことをやっているだけだ。これから,もっと厳しく取り締まる,そういう体勢に入りつつある。沖縄の離島にも自衛隊基地を増設したり,ミサイルの発射基地をつくろうとしていたり,矢継ぎ早やにつぎからつぎへと新手を繰り出してくる。
70年前の戦争を記憶しているわたしとしては「恐ろしさ」で「からだがふるえる」思いである。だから,なんとしてでも辺野古の工事はストップさせなくてはならないし,基地廃絶に向けてわずかに残る命を役立てる以外にはない。そして,憲法9条を旗印にして,世界に向けて「不戦」を呼びかけ,「非暴力」こそが最大の「武器」であることを訴えていかなくてはならない。
いま,それをしないで,いつ,可能なのか。気持ちばかりが焦ってくる。まずは,声を挙げていこう。できるところから。
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