2016年1月14日木曜日

書店から「まともな本」が消えていく。

 本屋さんが奇怪しくなっている。わけのわからないポピュリズムに煽られて,本屋さんも動揺しているらしい。とにかく批判の対象になるような本はできるだけ置かない,と逃げの態勢のようだ。それどころか,「自発的隷従」に徹して,政権を批判するような本は最初から置かない,という姿勢がありありの本屋さんも多くなってきた。

 ひところ,ニュースになって大きな話題になったように,「民主主義を考えよう」というようなブック・フェアが,政治的偏向だとして批判の対象になる。そして,この折角のいい企画も取りやめになってしまう。「民主主義」についてみんなで考えようということが,なぜ,いけないことなのか。では,学校では「民主主義」を教えてはいけないのか。

 小学校(精確には国民学校)2年生で敗戦を迎え,いわゆる戦後民主主義を学校で,社会で,あらゆる機会をとおして教えられ,学んできたわたしたちの世代にとっては,まったく考えられないことが現実になっている。いったい,この国は,いつからこんなことになってしまったのか。言うまでもなく,第二次アベ政権の誕生以後のことだ。

 その余波がとうとう本屋さんにまで及んできた。茹でガエル状態のままの,感性が麻痺してしまった国民の多くは,それでもまだ,痛くも痒くもないらしい。わが身に火の粉が降りかかってくるまでは,なにも感じないらしい。しかし,まともにものごとを考えようとする人間にとっては,まことに困ったことが,あっという間に世の中の隅々にまで浸透しつつある。

 書店から「まともな本」が消えていく。しかし,考えてみればこの現象はもうずいぶん前からのことではあった。売れない本は置かない,という市場原理に押し切られながら,徐々に進展していた。そして,いまでは,思想・哲学の本は本屋さんからほとんど姿を消してしまった。それが,とうとう政権批判につながるような本は置かない,というところにまできてしまった。恐るべき<思想統制>の黒い手が伸びてきている。

 わたしは『週間読書人』を,長年にわたって購読しているので,毎週,どんな新刊がでていて,いま,どんな本がどのように評価されているのか,という情報についてはある程度承知しているつもりである。少なくとも,わたしの仕事や興味・関心にひっかかる本に関しては・・・。それと,雑誌『世界』を購読しているので,岩波書店の出版情報についても,毎月一回はきちんとチェックしている。あとは散歩がてらの本屋さん巡りで,立ち読みをしながら・・・・。

 こうして,これは買わなくてはいけないという本が出るとすぐに本屋に走る。そして,実物をしっかり確認した上で購入する。もっとも確認するまでもなく必要な本に関してはネットで購入する。手間もはぶけるので・・・。しかし,なんといっても本屋さんで実物を手にして,じっくり内容を吟味した上で購入する,この至福のときは捨てがたい。

 それが,とうとうできなくなっていきてしまった。わたしが興味を示す本が,どんどん本屋さんから消えていく。なんとも寂しいというか,悲しい。いわゆる「まともな本」がいっぱい刊行されているのに,人びとの目に触れることもなく消えていく。そして,出版社も売れない本は刊行しない。悪循環。負のスパイラル。まともな読者も消えていく。

 ちょっと大きな本屋さんであれば,かならず「新刊コーナー」が設けられていて,そこにズラリと新刊が並ぶ。もちろん,一週間くらいで消えていく新刊もある。しかし,話題になった新刊は,特別コーナーまで設けて平積みになっている。

 この新刊コーナーが,どんどん痩せている。というか,中味などどうでもよくて,ただ売れそうな本だけが独占している。そこには「まともな本」は一冊もない。

 仕方がないので,神田まで足を伸ばすことになる。いまでも月に一回は神田まででかけて本屋巡りをしようとこころがけている。時間がないときは,信山堂(岩波ブックセンター)でことを済ませる。まことに小さな書店であるが,ここの選書はみごと。短時間に必要な情報を手に入れることができる。これは,と思われる重要な本は,ここに行けばまずは見つかる。

 こういう特色のある個性的な書店が,ついこの間まで,あちこちにあった。それが,つぎつぎに消えていってしまった。いまや,小さな店構えで,「まともな本」だけを置くという書店を寡聞にしてわたしは知らない。

 なんとも恐ろしい軍靴ともおぼしき「足音」ばかりが音高く聞こえるようになってきて,日々,憂鬱である。のみならず,悲しい。

 わたしたち日本人はいつからこんなになってしまったのか。
 せめて新刊本だけでもいい,一度は書店に並べて,みえるようにしてほしい。
 みえないことには,なにもはじまらない。
 買う,買わない,読む,読まない,はその上でのこと。

 日本人がますます堕落していく。困ったものだ。

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