所要があって,23日,24日と旅の最中,大事な最後の二日間の相撲をみることができませんでした。帰宅後に大急ぎで,相撲の経過を新聞で確認しました。場所の最後のところでも,やはり,いろいろと大事なドラマがあったことを知り,感動しました。
とりわけ,25日(月)の東京新聞の琴奨菊情報は圧巻でした。予想以上に大きな扱いになっていて,豊富な情報をえることができました。そして,しばしば,涙しながら読むことになりました。グッと胸に詰まるものがありました。よく頑張った。諦めずに頑張った。そんな琴奨菊を支えたものはなにであったのか,とあれこれ考えながら読みました。
大きな怪我をして,再起不能とまで言われてもなお,グッと我慢して耐えた精神力にまずはこころから敬意を表したいとおもいます。何回も何回も負け越し,角番を経験し,いつのまにか「角番大関」という異名まで定着してしまいました。が,そのつど,奇跡的に這い上がり,なんとか大関の地位を守りつづけてきました。その気力は,どこからくるのだろうか,と以前から気になっていました。その理由がほんの少しわかったようにおもいます。
おすもうさんは,みんな仲良しです。このことが意外に世間では知られていません。お互いにこころを開き,尊敬し合い,その上で切磋琢磨する間柄でなくては,この世界は生きてはいけません。ですから,おすもうさんの基本は「善人」です。相撲界では嫌われたら,力士生命はそこで終わりです。なんと言っても,一年の間,90日間は本場所があり,その間には巡業があります。言ってみれば,四六時中,はだかのお付き合いがつづいています。しかも,真剣にぶつかり合って,必死の覚悟で相撲道を極めていく,その厳しさに耐えた者だけが力士として生き残るのです。そのまた,力士の中から,三役をつとめる力士が生まれ,そこでも徹底的に鍛えられて,耐えきった力士だけが大関の地位を確保することになります。横綱はそのまた上に存在します。
この大関という地位で優勝すること,これはほんとうに選ばれた力士だけに与えられた特権ともいうべき名誉です。そのためには,なにがなんでも横綱を倒す以外には手に入らない名誉です。それを,もののみごとに果たしたのですから,琴奨菊にはこころからの拍手を送りたいとおもいます。しかも,大きな怪我に悩まされ,想像を絶するような艱難辛苦を乗り越えての優勝です。筆舌につくしがたい辛くて長い,貴重な経験の果てに手にした栄冠です。
新聞記事のなかでもっとも感動したのは,豊ノ島の談話でした。まさか,こんな日がこようとは夢にもおもっていませんでした・・・・琴奨菊全勝,豊ノ島2敗での対決の前のことばです。つまり,二人とも優勝争いの渦中の人です。よく知られていますように,琴奨菊と豊ノ島とは小学生のときから相撲をとってきた,宿命のライバルであり,大の親友です。それでも,二人は優勝をめざして全力を出し切って闘いました。その結果は,豊ノ島が勝って,全勝の琴奨菊に土をつけることになりました。こうして,星一つの差で優勝争いが繰り広げられることになりました。
にもかかわらず,琴奨菊の優勝が決まって,花道を引き揚げてくる琴奨菊を待ち受けていたのは,豊ノ島でした。お互いに固い握手をかわし,抱き合って,喜びを分かち合ったといいます。涙なしには読めない記事でした。いま,この文章を書きながらも,わたしの眼はすでに熱くなっています。なぜなら,この記事を読む前に,もうひとつ別の記事を読んでいたからです。
それは,琴奨菊の優勝についての感想を聞かれた豊ノ島の応答です。
ほんとうのことを言えば,一番,悔しい。しかし,なぜか,自分のことのように嬉しい。素晴らしい親友がいてくれたことを誇りにおもいます。
これまた,みごとではないですか。ここでも,わたしは涙しました。おすもうさん,ってなんと素晴らしい世界を生きているのだろうか,と。
でも,こういう人でなければ幕内の力士は勤まらないことも忘れてはなりません。土俵は勝負を決める一瞬の場であり,最大の華の咲く場でもあります。しかし,そこに至るまでの裏側にはどれほどのドラマが隠されていることか,そのことをわたしたちはほとんど知らないままでいます。メディアは勝った負けたの結果だけを報じて,だらしがないだの,弱いだの,と騒ぎ立てるだけです。しかし,相撲の醍醐味は,土俵の裏に隠されたドラマを垣間見る瞬間にあります。つまり,土俵上の勝負は,その裏側のドラマが渾然一体となって表出するものです。それを鋭く見極めていく眼力が必要です。言ってみれば,透けて見えてくる世界を堪能することにあります。
おすもうさんの笑顔がことのほか美しいのは,そういうドラマの表出でもあります。琴奨菊の優勝がもたらした,あの笑顔こそ,その典型的な例といっていいでしょう。優勝を目前にした緊張感,重圧から解き放たれた,こころの底からわき上がる,えも言われぬ喜びが全開している姿がそこに表出しているのですから。
「なにか,これまでとは全く異なる別世界に飛び出してきたようにおもいます。でも,まだ,上がありますから,精進したいとおもいます」。この琴奨菊のことばもとてもいい。
そして,何回も何回も繰り返した,両親への感謝,相撲を教えてくれた祖父や親方への感謝,そして,後援会の人びとへの感謝,部屋の力士仲間たちへの感謝,感謝,感謝の気持ちでいっぱいです,というかれの人柄を彷彿とさせることばと姿勢。ほんとうにみなさんに支えられて今日があります,と素直に語る大関・琴奨菊に,またまた涙しました。
佐渡ケ嶽部屋には直系の親方のほかにも,尾車親方という,琴奨菊にとっては最高のお手本であり,最高の指導者が控えています。同じように両膝を痛めて,それも重症の怪我に耐えて,必死のがぶり寄りで一世を風靡した名大関・琴風。しかも,賢い人で,じつに心根の優しい,暖かい人が,じっと琴奨菊の相撲を見守り,指導しています。大病を患い,地獄をみて復活してきたこの人の「相撲解説」は,天下一品のものです。相撲というものがどういうものであるのか,ということをわかりやすく,ピンポイントで教えてくれます。こういう人がついていてくれるかぎり,琴奨菊の未来は明るい,とおもいます。あとは,これ以上の怪我をしないよう,しっかりとからだを作って来場所に臨むこと。
かれなら,やってくれるでしょう。わたしは大いに期待したいとおもいます。
その意味でも,来場所がいまから待ち遠しいおもいです。
というところで,今日はここまで。
とりわけ,25日(月)の東京新聞の琴奨菊情報は圧巻でした。予想以上に大きな扱いになっていて,豊富な情報をえることができました。そして,しばしば,涙しながら読むことになりました。グッと胸に詰まるものがありました。よく頑張った。諦めずに頑張った。そんな琴奨菊を支えたものはなにであったのか,とあれこれ考えながら読みました。
大きな怪我をして,再起不能とまで言われてもなお,グッと我慢して耐えた精神力にまずはこころから敬意を表したいとおもいます。何回も何回も負け越し,角番を経験し,いつのまにか「角番大関」という異名まで定着してしまいました。が,そのつど,奇跡的に這い上がり,なんとか大関の地位を守りつづけてきました。その気力は,どこからくるのだろうか,と以前から気になっていました。その理由がほんの少しわかったようにおもいます。
おすもうさんは,みんな仲良しです。このことが意外に世間では知られていません。お互いにこころを開き,尊敬し合い,その上で切磋琢磨する間柄でなくては,この世界は生きてはいけません。ですから,おすもうさんの基本は「善人」です。相撲界では嫌われたら,力士生命はそこで終わりです。なんと言っても,一年の間,90日間は本場所があり,その間には巡業があります。言ってみれば,四六時中,はだかのお付き合いがつづいています。しかも,真剣にぶつかり合って,必死の覚悟で相撲道を極めていく,その厳しさに耐えた者だけが力士として生き残るのです。そのまた,力士の中から,三役をつとめる力士が生まれ,そこでも徹底的に鍛えられて,耐えきった力士だけが大関の地位を確保することになります。横綱はそのまた上に存在します。
この大関という地位で優勝すること,これはほんとうに選ばれた力士だけに与えられた特権ともいうべき名誉です。そのためには,なにがなんでも横綱を倒す以外には手に入らない名誉です。それを,もののみごとに果たしたのですから,琴奨菊にはこころからの拍手を送りたいとおもいます。しかも,大きな怪我に悩まされ,想像を絶するような艱難辛苦を乗り越えての優勝です。筆舌につくしがたい辛くて長い,貴重な経験の果てに手にした栄冠です。
新聞記事のなかでもっとも感動したのは,豊ノ島の談話でした。まさか,こんな日がこようとは夢にもおもっていませんでした・・・・琴奨菊全勝,豊ノ島2敗での対決の前のことばです。つまり,二人とも優勝争いの渦中の人です。よく知られていますように,琴奨菊と豊ノ島とは小学生のときから相撲をとってきた,宿命のライバルであり,大の親友です。それでも,二人は優勝をめざして全力を出し切って闘いました。その結果は,豊ノ島が勝って,全勝の琴奨菊に土をつけることになりました。こうして,星一つの差で優勝争いが繰り広げられることになりました。
にもかかわらず,琴奨菊の優勝が決まって,花道を引き揚げてくる琴奨菊を待ち受けていたのは,豊ノ島でした。お互いに固い握手をかわし,抱き合って,喜びを分かち合ったといいます。涙なしには読めない記事でした。いま,この文章を書きながらも,わたしの眼はすでに熱くなっています。なぜなら,この記事を読む前に,もうひとつ別の記事を読んでいたからです。
それは,琴奨菊の優勝についての感想を聞かれた豊ノ島の応答です。
ほんとうのことを言えば,一番,悔しい。しかし,なぜか,自分のことのように嬉しい。素晴らしい親友がいてくれたことを誇りにおもいます。
これまた,みごとではないですか。ここでも,わたしは涙しました。おすもうさん,ってなんと素晴らしい世界を生きているのだろうか,と。
でも,こういう人でなければ幕内の力士は勤まらないことも忘れてはなりません。土俵は勝負を決める一瞬の場であり,最大の華の咲く場でもあります。しかし,そこに至るまでの裏側にはどれほどのドラマが隠されていることか,そのことをわたしたちはほとんど知らないままでいます。メディアは勝った負けたの結果だけを報じて,だらしがないだの,弱いだの,と騒ぎ立てるだけです。しかし,相撲の醍醐味は,土俵の裏に隠されたドラマを垣間見る瞬間にあります。つまり,土俵上の勝負は,その裏側のドラマが渾然一体となって表出するものです。それを鋭く見極めていく眼力が必要です。言ってみれば,透けて見えてくる世界を堪能することにあります。
おすもうさんの笑顔がことのほか美しいのは,そういうドラマの表出でもあります。琴奨菊の優勝がもたらした,あの笑顔こそ,その典型的な例といっていいでしょう。優勝を目前にした緊張感,重圧から解き放たれた,こころの底からわき上がる,えも言われぬ喜びが全開している姿がそこに表出しているのですから。
「なにか,これまでとは全く異なる別世界に飛び出してきたようにおもいます。でも,まだ,上がありますから,精進したいとおもいます」。この琴奨菊のことばもとてもいい。
そして,何回も何回も繰り返した,両親への感謝,相撲を教えてくれた祖父や親方への感謝,そして,後援会の人びとへの感謝,部屋の力士仲間たちへの感謝,感謝,感謝の気持ちでいっぱいです,というかれの人柄を彷彿とさせることばと姿勢。ほんとうにみなさんに支えられて今日があります,と素直に語る大関・琴奨菊に,またまた涙しました。
佐渡ケ嶽部屋には直系の親方のほかにも,尾車親方という,琴奨菊にとっては最高のお手本であり,最高の指導者が控えています。同じように両膝を痛めて,それも重症の怪我に耐えて,必死のがぶり寄りで一世を風靡した名大関・琴風。しかも,賢い人で,じつに心根の優しい,暖かい人が,じっと琴奨菊の相撲を見守り,指導しています。大病を患い,地獄をみて復活してきたこの人の「相撲解説」は,天下一品のものです。相撲というものがどういうものであるのか,ということをわかりやすく,ピンポイントで教えてくれます。こういう人がついていてくれるかぎり,琴奨菊の未来は明るい,とおもいます。あとは,これ以上の怪我をしないよう,しっかりとからだを作って来場所に臨むこと。
かれなら,やってくれるでしょう。わたしは大いに期待したいとおもいます。
その意味でも,来場所がいまから待ち遠しいおもいです。
というところで,今日はここまで。
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