書道は好きではないのですが,「書」は好きです。たとえば,良寛さんの書などはたまりません。その筆頭は「天上大風」。なにも書いてない白紙のままの凧をあげていた子どもがいじめられていたので,良寛さんがその凧に書いた文字。童心そのままの天衣無縫の文字が躍っています。ついで,良寛さんの写経「般若心経」。こちらは般若心経の経文をそのまま2回,つづけて書いてあります。しかも,一回目の写経と2回目の写経とは,まるで,コピーしたかと思われるほど,そっくりそのまま同じです。最初の書き出しのときの精神状態と,2回目の写経を終える最後の1文字まで,まったく変わってはいない,ということをストレートに伝えてきます。良寛さんのこころの奥の深さをかいま見る思いです。これなども,何回,繰り返し眺めていても飽きるところがありません。それどころか,ますます,その味のよさがつたわってきます。そして,ときには,「えっ!」と驚くような発見があったりして,奮い立つことすらあります。
焼酎「いいちこ」のコマーシャルでよく知られるようになった榊莫山さんの書も心地よい。まるで酔っぱらった老人のイメージのまま筆を動かしたのではないか,と思わせるほどに無駄な力みのない,さらりとした書風はよく知られているとおりです。しかし,この榊さんが日展に初入選した作品は「楷書」でした。しかも,小学校6年生。それも,いきなり文部大臣賞でした。この書などは,一目みただけで奮い立ちます。凛とした端正な文字は,身のひきしまる思いがします。そんな文字を小学校6年生のときに,すでに書いていたという事実が,なにものにも勝る重要なことだとわたしは考えています。
その榊莫山さんは,戦後まもなく,若くして日展から身を引いてしまいます。そして,いっさいの展覧会への応募をやめてしまいます。それからあとは,みずからの道を暗中模索しながら歩みます。審査を受けて権威づけられるシステムを,自分の方から拒否したという次第です。以後,榊莫山さん独自の世界である自由奔放な書法を編み出します。そして,いかなる流派にも身を寄せることなく,みずからの道を歩みます。それこそが書芸の本道ではないか,とわたしは本気で考えています。楷書の榊莫山でなくては果たせない芸だと思います。
もう一人,紹介しておきましょう。東大寺の管長さんとして親しまれた清水公照さんの書。いまも,奈良の商店街を歩いていると,この人の手になる看板をあちこちに見つけることができます。観光気分でぶらぶら歩いていても,この人の手になる看板が眼に入った瞬間に,わたしの足が止まります。ピタッと止まってしまいます。そして,眼が点になっています。その数秒後には,全身が奮い立ってきます。そして,なんともいえない至福の時が流れます。
ですから,わたしは奈良に住んでいたころ,街中をぶらぶらと歩くのが好きでした。そして,いたるところに清水公照さんの文字を見出すたびに,なにか大きな得をしたように思ったものです。それはなんでもない板ッペらに書かれていたり,手拭いであったり,ごくふつうの家の表札だったり,観光案内所のちらしだったり,選ぶところがありません。清水公照さんは,頼まれればどこにでも書いたようです。まるで,良寛さんのようです。
まだまだわたしの好きな書,つまり,奮い立たせてくれるような文字を書くひとはたくさんいらっしゃいますが,ここらあたりで止めにしておきましょう。
そこで,今日(29日)の日展・書道の部。みなさん,おしなべて上手。間違いなく上手。とりわけ,万葉仮名で書かれた和歌の類が,ひときわ上手だなぁ,と感心しました。それでも,奮い立つものが伝わってきません。ガクンッとスウィッチが入る,そういうものがありません。たぶん,お師匠さんについて長年にわたって指導を受け,上手な文字を書くことがてきるようになった人たちなのだろう,と想像しながら鑑賞させていただきました。しかし,それ以上のものがわたしには伝わってはこないのです。
これはどういうことなのだろうなぁ,と考えながら眺めて歩きました。そこで,はたと気付いたことがありました。それは,気迫の籠もった「楷書」の作品が一つもない,という事実でした。じつは,わたしは「楷書」が大好きなのです。楷書が,それもみる人を圧倒するような楷書が書けない人は,草書も行書も隷書も書けるはずもない,ましてや創作の書などはありえない,と考えています。榊莫山さんの例をみれば歴然としています。
にもかかわらず,不思議な創作が紛れ込んでいます。とてもみるに耐えないような作品もちらほら,いや,かなり多くちらほらです。わたしのような素人に見破られてしまうような作品が,なぜ,日展入選になるのか,故無しとはしないのもよくわかります。そして,この人たちの楷書がどのような書になるのか,みなくてもわかってしまいます。それは,たぶん,見るに耐えないと思います。そんな作品も眺めながら,あれこれ考えてしまいました。
やはり,書は,みる人のこころを打ち,奮い立たせる「力」がなくてはならない,とわたしは勝手に考えています。どんなに上手であっても,こころを打たない書というものはざらにあります。上手の上に,「力」と「美」を感じさせる書,そういう書に出会いたくて日展に通っているのですが,そういう作品は年々少なくなってしまって,とうとうことしはひとつもありませんでした。残念。
こうなったら,やはり,自分で筆をもつしかないか,と少しずつ思いはじめています。でも,筆をもつということは,平常心とはまったく別次元の,想定外のエネルギーを必要とするものです。そのことがわかるだけに,いまも,躊躇しているという次第です。でも,そろそろ取りかかっておかないと永遠に筆はもてなくなるのでは,と案じてもいます。
でも,今日の日展見学はとてもいいきっかけになったと思います。まずは迷わず筆をとること。かまわほず書いてみること。そして,まずは,楷書から。カミソリのような切れ味鋭い楷書から。それができれば,あとは風の吹くまま,気の向くまま。自由自在の世界が待っているはず。そう,榊莫山さんのように。
新年の書き初めから始めるとするか。鷺沼の事務所をアトリエに変えて・・・・。
今日の日展見学はとてもいい勉強になりました。
〔追記〕じつは,今日は知人の知人の油絵作品を見せていただくことが第一の目的でした。そして,期待どおり,この作品からいろいろと考えることが多くありました。このことについては,いずれ機会をあらためてわたしなりの感想を述べてみたいと思います。とてもいい作品でしたので。
焼酎「いいちこ」のコマーシャルでよく知られるようになった榊莫山さんの書も心地よい。まるで酔っぱらった老人のイメージのまま筆を動かしたのではないか,と思わせるほどに無駄な力みのない,さらりとした書風はよく知られているとおりです。しかし,この榊さんが日展に初入選した作品は「楷書」でした。しかも,小学校6年生。それも,いきなり文部大臣賞でした。この書などは,一目みただけで奮い立ちます。凛とした端正な文字は,身のひきしまる思いがします。そんな文字を小学校6年生のときに,すでに書いていたという事実が,なにものにも勝る重要なことだとわたしは考えています。
その榊莫山さんは,戦後まもなく,若くして日展から身を引いてしまいます。そして,いっさいの展覧会への応募をやめてしまいます。それからあとは,みずからの道を暗中模索しながら歩みます。審査を受けて権威づけられるシステムを,自分の方から拒否したという次第です。以後,榊莫山さん独自の世界である自由奔放な書法を編み出します。そして,いかなる流派にも身を寄せることなく,みずからの道を歩みます。それこそが書芸の本道ではないか,とわたしは本気で考えています。楷書の榊莫山でなくては果たせない芸だと思います。
もう一人,紹介しておきましょう。東大寺の管長さんとして親しまれた清水公照さんの書。いまも,奈良の商店街を歩いていると,この人の手になる看板をあちこちに見つけることができます。観光気分でぶらぶら歩いていても,この人の手になる看板が眼に入った瞬間に,わたしの足が止まります。ピタッと止まってしまいます。そして,眼が点になっています。その数秒後には,全身が奮い立ってきます。そして,なんともいえない至福の時が流れます。
ですから,わたしは奈良に住んでいたころ,街中をぶらぶらと歩くのが好きでした。そして,いたるところに清水公照さんの文字を見出すたびに,なにか大きな得をしたように思ったものです。それはなんでもない板ッペらに書かれていたり,手拭いであったり,ごくふつうの家の表札だったり,観光案内所のちらしだったり,選ぶところがありません。清水公照さんは,頼まれればどこにでも書いたようです。まるで,良寛さんのようです。
まだまだわたしの好きな書,つまり,奮い立たせてくれるような文字を書くひとはたくさんいらっしゃいますが,ここらあたりで止めにしておきましょう。
そこで,今日(29日)の日展・書道の部。みなさん,おしなべて上手。間違いなく上手。とりわけ,万葉仮名で書かれた和歌の類が,ひときわ上手だなぁ,と感心しました。それでも,奮い立つものが伝わってきません。ガクンッとスウィッチが入る,そういうものがありません。たぶん,お師匠さんについて長年にわたって指導を受け,上手な文字を書くことがてきるようになった人たちなのだろう,と想像しながら鑑賞させていただきました。しかし,それ以上のものがわたしには伝わってはこないのです。
これはどういうことなのだろうなぁ,と考えながら眺めて歩きました。そこで,はたと気付いたことがありました。それは,気迫の籠もった「楷書」の作品が一つもない,という事実でした。じつは,わたしは「楷書」が大好きなのです。楷書が,それもみる人を圧倒するような楷書が書けない人は,草書も行書も隷書も書けるはずもない,ましてや創作の書などはありえない,と考えています。榊莫山さんの例をみれば歴然としています。
にもかかわらず,不思議な創作が紛れ込んでいます。とてもみるに耐えないような作品もちらほら,いや,かなり多くちらほらです。わたしのような素人に見破られてしまうような作品が,なぜ,日展入選になるのか,故無しとはしないのもよくわかります。そして,この人たちの楷書がどのような書になるのか,みなくてもわかってしまいます。それは,たぶん,見るに耐えないと思います。そんな作品も眺めながら,あれこれ考えてしまいました。
やはり,書は,みる人のこころを打ち,奮い立たせる「力」がなくてはならない,とわたしは勝手に考えています。どんなに上手であっても,こころを打たない書というものはざらにあります。上手の上に,「力」と「美」を感じさせる書,そういう書に出会いたくて日展に通っているのですが,そういう作品は年々少なくなってしまって,とうとうことしはひとつもありませんでした。残念。
こうなったら,やはり,自分で筆をもつしかないか,と少しずつ思いはじめています。でも,筆をもつということは,平常心とはまったく別次元の,想定外のエネルギーを必要とするものです。そのことがわかるだけに,いまも,躊躇しているという次第です。でも,そろそろ取りかかっておかないと永遠に筆はもてなくなるのでは,と案じてもいます。
でも,今日の日展見学はとてもいいきっかけになったと思います。まずは迷わず筆をとること。かまわほず書いてみること。そして,まずは,楷書から。カミソリのような切れ味鋭い楷書から。それができれば,あとは風の吹くまま,気の向くまま。自由自在の世界が待っているはず。そう,榊莫山さんのように。
新年の書き初めから始めるとするか。鷺沼の事務所をアトリエに変えて・・・・。
今日の日展見学はとてもいい勉強になりました。
〔追記〕じつは,今日は知人の知人の油絵作品を見せていただくことが第一の目的でした。そして,期待どおり,この作品からいろいろと考えることが多くありました。このことについては,いずれ機会をあらためてわたしなりの感想を述べてみたいと思います。とてもいい作品でしたので。
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