2012年12月8日土曜日

「カッパーク鷺沼」の謎が解ける。いつも眺めていた公園の名前でした。

 田園都市線の鷺沼駅から北に向って歩いて最初の信号のある交差点に「カッパーク鷺沼」という表示がでている。毎日,わたしが事務所に通う交差点である。最初にみたとき,不思議な名前だなぁ,といろいろに想像したことを記憶している。
 
 「カッパーク」。カッパのパークをひとつに縮めたことば? 鷺沼という地名が残っているのだから,このあたりの低いところには沼があって,そこには鷺が棲息していて,だからついた沼の名前が「鷺沼」? しかし,「カッパーク」と「鷺沼」がどうしてひとつになっているのか? たぶん,どこかにそのむかし沼だったところを埋め立てて公園にした場所があるに違いない。しかし,沼があったと思われる場所は見当たらない。

 そうこうしているうちに,この謎解きをしようという興味も失せていた。ところが,である。昨日(7日),あまりに天気がよかったので,いつも上から眺めているだけの公園に下りていこうと思い立ち,入り口に向った。その入り口に説明がきの看板があった。それを読んで,びっくり仰天。この公園の名前が「カッパーク鷺沼」だったのだ。


 この看板を読んで,すべての疑問が一気に瓦解した。なぁーんだ,こういうことだったのか,と。この看板はじつによくできていて,なにからなにまで納得づくめ。

 もともとは「鷺沼プール」だったところだ。「鷺沼プール」と聞けば,そういえばとてつもない規模のプールが鷺沼にあるという噂を思い出す。かつては,子どもから大人まで,大人気のプールだった。夏休みなどは満員になるほどの人気だった。この広大な面積が,すべてプールだったのだから。いまでは,そのプールのあったところに小学校と運動場,公園,サッカー場(フロンタウンさぎぬま),それに公共施設(幼稚園,など)が並んでいる。

 おまけに,発電所まである,という。これは地下に埋め込まれているらしい。この敷地の地下には小学校のプールにして400個分の「鷺沼配水池」がセットされている,と看板に書いてある。いやはや驚くべき施設である。

 いつも,なにげなく上から見下ろして,いいスペースがあるなぁ,とぼんやり眺めるだけでとおりすぎていた。こうなったら下りていかねば,と意を決して,公園の散策を楽しんだ。ふらりと歩くととても気分がいい。ついでに日光浴も楽しんだ。これから病みつきになりそうだ。


 公園の入り口から少し降りたところからの眺め。これでちょうど公園の半分。この左側には小学校の運動場がある。この右側にはサッカー場(フロンタウンさぎぬま)がある。下の写真がその一部である。ナイターの施設があって,いまでもときおりライトアップされて,サッカーの練習をしている姿がみられる。しかし,その連中が,桁違いに上手なのだ。最初のころは,まあ,夜になっても灯をつけて練習するくらいだから,相当のサッカー好きの連中だろうくらいに思っていた。しかし,それは大間違いだった。ここは,フロンターレ川崎のサブ・グラウンドにもなっていて,その予備軍たちが大まじめに練習をしているという。ときには,レギュラーたちもきて練習しているという。どうりでうまいと思った次第。やはり一流はすごい。


 今日は土曜日のせいか,グラウンドを小さく仕切って,フットサルが何カ所にも分かれて行われていた。しばらく眺めてきたが,そのレベルの高さに驚いた。こんな身近なところで,すごいプレイをみることができるとは。いささか意外だった。これからはときおり見物して楽しむことにしよう。

 ウィーク・デーなら,公園にやってくる人はほとんど見当たらない。ときおり,若い母親が幼稚園に上がる前の小さな子どもを連れてきて,遊ばせているくらいなものである。これなら,屋根つきのベンチもあるので,読書も楽しめるかも・・・・。

 「カッパーク鷺沼」の謎が解けて,なんだかとてもスッキリ。今日の青空のように。

2012年12月7日金曜日

ミサイルで自民か,地震で未来か。さてはて,どうなることやら。

 日本の未来の命運を分ける大事な選挙が,これから佳境に入ろうかというときに,北朝鮮では長距離弾道ミサイルを打ち上げると予告(10日から22日の間)。こうなると,憲法を変えて国防軍をもつという自民党に風が吹くことになり,困ったなぁ,と思っていたら,こんどは震度4というかなり大きな揺れの地震が関東・東北の広域にわたって起きた。いまのところ原発に異常はないと報道されているが,やはり,心配なのは津波とそれに合わせて原発事故という東日本大震災の教訓である。このことを考えると,日本未来の党に風が吹くのかな,と勝手な想像をしている。

 このところ,毎日のように選挙に関する世論調査結果(わたしは,これを世論操作結果と呼んでいる)に関する情報が新聞やテレビを賑わしている。まだ,選挙運動がはじまったばかりで,しかも,新党が乱立するという前代未聞の選挙なのに,すでに世論調査(操作)を,いままでと同じ手法で行っている。このこと事態がまったくとんちんかんなことであるという認識もなく,メディアは大まじめに世論調査(世論操作)に取り組んでいる。こんどの選挙は,これまでと同じ方法の調査ではその実態はまったくつかみきれない選挙だ,という認識が欠落している。それで平気でいるメディアの人びとの無神経ぶり,不勉強ぶりは眼を覆いたくなるほどだ。まさに,自分たちが「思考停止」のままでいることに気づいていない。

 こんどの選挙は,これまでとはまったく違う情況にあることを,しっかりと考えるべきだろう。まず,第一に,こんどの選挙に関心があるという人が80%を越えているという。この人たちが選挙に行くとしたら,前代未聞の投票率の高さになる。わたしは,今回に限って,みんな投票にいくだろうと思っている。とりわけ,若い子どもをもつ母親を中心にその夫,そして,それぞれの両親(おじい,おばあ)が動く,と。可愛い子どもや孫のためには,黙っているわけにはいかない,という強い意志のようなものが感じられる。少なくとも,わたしの身辺から聞こえてくるのは,この人たちがこれまでとはまったく違う選挙への関心の高さを示しているということだ。このことをメディアは,知ってか知らずにか,まったく無視している。いつもの頬被り。しかも,ネットでは,日本全国各地で「脱原発」をかかげた市民運動が熱心に展開していることが流れている。このことは,かなり以前から意図的に,マス・メディアは無視である。

 80%の人が選挙に関心をもちつつ,そのうちの60%の人はまだどのように投票するかは決めていないという。にもかかわらず,自民が200議席を越える勢い,とメディアは報じている。よくよく読んでみると,投票行動が決まっているという40%足らずの人びとのうちの半数近くが自民を支持しているというのだ。言ってしまえば,20%にも満たない人びとが自民を支持しているにすぎない。この人たちは,おそらく,どんな情況になってもずっと自民を支持してきた人たちだったのだろう。まだ,60%の人が意志を決めていないことを無視して,自民圧勝,民主苦戦,のような報道がまかりとおっている。その他の党は眼中にない。これを「世論操作」といわずして,なんと呼ぼうか。

 まだ,意志決定をしていない60%の人びとが,じつは,こんどの選挙のキャスティング・ボートを握っているのだ。この人たちは,おそらく雨後の筍のごとく乱立した新党の,ほんとうの姿を見極めるべく,これからの選挙運動をとおしてなにを訴えようとしているのか,なにをしようとしているのかを,じっと注視しているに違いない。この人たちのこれからの意思決定いかんによっては,選挙結果に大きな影響をもたらす,いな,キャスティング・ボートを握っているのは,この人たちだとわたしは考えている。

 そして,ポイントになっているのは,脱原発,反原発,卒原発,などのさまざまな主張の違いの内実をさぐりつつ,最終的に原発を廃止することの本気度を見極めることにある,とわたしは受け止めているのだが・・・・。はたして,どうだろうか。

 こういう情況のなかにあって,北朝鮮は長距離弾道ミサイルの実験をやるという。その一方では,尖閣諸島海域の中国船の動きもある。こうなると,自民党の「国防軍」設置が,にわかに現実味を帯びてくる。それに反応している人たちも少なくないだろう。困ったことになってきたなぁ,と危惧していたら,こんどは,地震ときた。震源地の関係で,驚くほどの広域で震度4を記録している。かく申すわたしも,この震度4の揺れのさなかで,自分の身の危険よりもさきに,原発は大丈夫かな,と考えていた。そして,祈っていたのは,これ以上に大きく揺れるな,ということだった。第二のフクシマが起きたら日本は終わりだと考えているので,自分の身の安全と同時に,原発の安全を祈っていた。いまのところは異常は報告されていないというが,これも信用できない。都合の悪いことは報告しないという実績が,すでに明らかになっているからだ。

 これだけ揺れると,わたしと同じように考えた人も少なくないだろう。だとすると,この地震は日本未来の党に風を呼び込むことになるのだろうか,と考える。それほどに,いまの日本人は原発のことに思いをいたしている,とわたしは思っている。だから,北朝鮮のミサイルと今日の地震は,日本の行方に大きな影響を及ぼすことになるのでは・・・・,とあれこれ想像をたくましくしている。政治姿勢よりは,外圧に大きな影響を受けやすい日本国民のことだ。意外に,こんなことから選挙の帰趨が決まったりするのではないか・・・と。

 さて,残り8日間の選挙運動に,この二つのできごとがどのように影響するのか,わたしは胸をドキドキさせながら,このブログを書いている。

 わたし自身の立場は変わらない。尖閣もミサイルも「人為」の問題だ。これからの努力(外交,など)によっていかようにも対応は可能だ。あとは,選択肢の問題だ。しかし,地震は人為をはるかに超えた自然の活動である。地球のごくあたりまえの活動のひとつだ。これに逆らうことはできない。その地震と折り合いをつけるのは,原発を止めること以外にはない。これは自明なことだ。これはシモーヌ・ヴェイユのいう「義務」だ。自己中心主義的な「権利」を主張する人たちには,このことの意味を理解することはできないのだろう。

 情けないことに文明人は「権利」しか主張しなくなってしまった。しかし,その「権利」とて,他者の承認がえられなければ,なにほどのものでもない。つまり,あってなきがごときものなのだ。それに引き比べ,シモーヌ・ヴェイユのいう「義務」は「永遠で普遍的で無条件的なるもの」なのである。このことの意味については,追ってこのブログで書く予定。

 わたしの結論は,原発を廃止することはシモーヌ・ヴェイユのいう「義務」である,というものだ。詳しくはのちほど。

 今日のところは,ひとまずここまで。

2012年12月6日木曜日

シモーヌ・ヴェイユの『根をもつこと』をふたたび読みはじめる。

 シモーヌ・ヴェイユの『根をもつこと』(冨原眞弓訳,岩波文庫)を,ある必要があって,再読をはじめた。第一部 魂の欲求,第二部 根こぎ,第三部 根づけ,という三部作で上下2巻にまとめられている。いささか意表をつく議論の展開になっているので,初めて読んだときにはとまどうことが多かった。しかし,ひととおり読み終えて,訳者解説に耳を傾けると,なるほど,シモーヌ・ヴェイユという人(女性)がなにを言いたかったのかということが,朧げながらみえてくる。

 ある必要があって,と書いた。が,正直にいえば,毎月一回,わたしの主宰している「ISC・21」の月例研究会で,このシモーヌ・ヴェイユの『根をもつこと』を補助線にして,バスク民族の間に伝承されている「アウレスク」というダンスについて考えてみようという企画があるからだ。それが,今月の22日(土),大阪学院大学(世話人・松本芳明)で予定されている。その「ねらいどころ」を明らかにしておけば,以下のとおりである。

 伝統スポーツには,シモーヌ・ヴェイユが言うところの「根」が,みごとに「根づき」しているのではないか。そして,「近代スポーツ」にはその「根」がないのではないか。つまり,伝統スポーツが「根こぎ」されてしまったものが「近代スポーツ」ではないか。その「根」とは,シモーヌ・ヴェイユに言わせれば,「魂」であり「霊魂」であり「霊感」のことだ。そういう「根」が,シモーヌ・ヴェイユの説によれば,フランス革命によって断ち切られてしまった,という。それをキー・ワード的に言ってしまえば,「権利」の主張があまりに強くなりすぎて,「義務」の立ち位置があいまいになってしまったところに起因する,ということになろうか。ここに,フランス革命の大きな落とし穴があった,とシモーヌ・ヴェイユは主張する。

 そのことを明らかにするために,シモーヌ・ヴェイユは,まるで「遺書」のようにして,死の直前に『根をもつこと』というこの本を書き残している。医者に強く注意されたにもかかわらず,食べるものもまともに食べず(意図的に断食をしていたらしい),そのまま「餓死」してしまったのである。43歳の若さで。そういう情況下で,この『根をもつこと』は書かれたことを銘記しておくべきだろう。

 「義務の観念は権利の観念に先立つ」。これがこのテクスト『根をもつこと』の,冒頭の書き出しのセンテンスである。彼女の言い分にしたがえば,人間の「生」にとって大事なのは「魂の欲求」であり,それに応答するのは人間としての「義務」であって,「権利」ではない,ということになる。第一部では,その「魂の欲求」について,懇切丁寧に議論を展開している。このように考えると,第一部が俄然おもしろくなってくる。

 このテクストの第一部 魂の欲求,はわずかに50ページ足らずの言説であるが,きわめて濃密な文章で埋めつくされていて,一回読んだくらいではなんのことかさっはりわけがわからない,というのがわたしの最初の感想であった。悔しいので,何回も何回も読み返す。すると,おのずから,絡みついていた糸がほぐれるようにして,するすると,一本の糸になっていく。

 この人間が生きていく上で,もっとも重要な「義務」,すなわち「根」(魂,霊魂,霊感)を,もう一度,取り返さなくてはならない,とシモーヌ・ヴェイユは言う。第二部 根こぎ ではどのようににしてその「根」が断ち切られてしまったのかを考察する。そして,第三部 根づけ では失われた「根」をどうすればもう一度とりもどすことができるのだろうか,と思考を巡らせている。

 わたしたちの研究者仲間がいま追い求めつづけている「伝統スポーツとグローバリゼーション」というテーマは,まさに,シモーヌ・ヴェイユが『根をもつこと』で展開した思考とみごとに共振・共鳴する,とわたしは受け止めている。とりわけ,バスク民族の間で伝承されている「アウレスク」というダンスは,そのままシモーヌ・ヴェイユのいう「根をもつこと」の典型的なサンプルではないか,というのがわたしの研究仮説である。

 こんどの22日(土)の月例研究会で,より稔り多い議論ができるように,これからしばらくは精読するつもり,いな,精読しなければならない,と考えている。あえて,ここに書いておけば,これまでのスポーツ史研究には欠落していた思想・哲学の成果をいかにして取り込むか,いかにして思想・哲学とリンクさせるか,という試みの一環として,こんどの月例研究会がある。そうすることによって,バスク民族の伝統ダンスである「アウレスク」が,おそらくは,まったく新しい意味を帯びたものとしてわたしたちの前に浮び上がってくるに違いない・・・と期待しつつ・・・・。

とりあえず,今夜はここまで。

IOC,ドーピングの再検査により,2004年のアテネ大会4選手のメダル剥奪を決定。どこか狂っていないか。

 8年前にさかのぼって,オリンピック・アテネ大会のメダリストから採取した検体を,ことしになって最新の技術を用いて再検査し,筋肉増強剤による違反が見つかったので,4人のメダリストのメダルを剥奪する,という。

 数日前からインターネット上を流れていた情報(8年前のドーピング違反によるメダル剥奪)が,いよいよ現実となった,ということだ。そんなバカなことが起こっていいのだろうか,とわたしは密かに危惧していた。

 IOCは5日にスイス・ローザンヌで理事会を開催し,陸上競技のメダリスト4人からドーピング(禁止薬物使用)が判明したので,メダルを剥奪する,と決定。ただちに,メダル剥奪にともなう順位の繰り上げを国際陸上競技連盟に通知する,という。

 メダル剥奪の決まった選手は以下のとおり。
 男子砲丸投げ・金メダル:ユーリー・ビロノク(ウクライナ)
 男子ハンマー投げ・2位:イワン・チホン(ベラルーシ)
 女子砲丸投げ・3位:スベトラーナ・クリベリョワ(ロシア)
 女子円盤投げ・3位:イリーナ・ヤチェンコ(ベラルーシ)

 わたしが危惧する点の主なものだけをここに挙げておこう。
 1.8年前の違反を裁くことの意味・・・競技会直後にメダリストのドーピング・チェックは行われているはず。そのときに「シロ」とされたものが,8年後に「クロ」と断定され,メダリストを「犯罪者扱い」にすることの意味。
 2.競技が行われた時点でのドーピング・チェック技術で完了とすべきではないのか。ドーピング・チェックの技術は日進月歩と聞いている。より厳正を期すること自体に異を唱えるつもりはない。だからといって,8年も前の検体を調べて,判定をくつがえすことの意味はなにか。
 3.今回のドーピング・チェックの再検査は,すべてのメダリストに対して行ったのだろうか。(ソウル・オリンピックで男子100mの金メダルを獲得し,のちにドーピング検査の結果,メダルを剥奪されたベン・ジョンソン選手の主張によれば,100m決勝レースに出場したすべての選手のドーピング・チェックをすべきだ,と。かれは,自分だけが「抜き取り」検査されたことのアン・フェアさを訴えていた。しかし,それは叶わなかった。)
 4.こんど繰り上げられるメダリスト予定者からは検体が採取されているのだろうか。そして,そのチェックはなされているのだろうか。
 5.今回の再検査が「抜き取り」検査だったとしたら,それこそ大問題であろう。わたし自身は一抹の不安をおぼえる。なぜなら,今回,メダル剥奪の対象となっか選手たちの国名が,ウクライナ,ベラルーシ,ロシア,の3国に限定されているからだ。これ以上の憶測は控えておく。
 6.こんごもドーピング・チェックの技術は,ますます精度を高めていくことだろう。だとすれば,これからも続々と「メダル剥奪」などという珍現象が起こる可能性がある。
 7.いったい,アスリートたちから採取した検体は,何年間,保存されることになっているのだろうか。
 8.参加選手全員から検体を採取することは不可能だろうが,はたして,全競技種目の上位者何人まで,検体を採取し,保存しているのだろうか。
 などなど,考えていくとキリがない。

 わたし自身はドーピング・チェックの方法そのものに大いなる疑問をもっている。つまり,この世界での「フェア」は,だれが,どのようにして確認できるようになっているのか,疑いをもっている。たとえば,ドーピング検査の項目ごとに仕事が細分化されていて,検査医自身にすら,全体がどのように動いているのか不明である,と長年,検査医として国際的に活躍された方から直接伺っている。しかも,検査医には「守秘義務」が課されていて,いっさい,口外はまかりならぬということになっている,という。検査医同士の間でも,「守秘」が厳しく守られている,という。

 したがって,最終的に,だれが,どのようにして検査結果のデータを集計して,「クロ」と断定しているのかわからないのだそうである。

 そういう世界で,8年前の検体を再検査することの意味そのものが,わたしにはほとんど理解不能である。一見したところ,最新の最先端の科学的手法を応用して,8年間も判定できなかった検体を再検査して,厳密に判定をくだすことは,まぎれもなく「正しい」ようにみえる。しかし,はたしてそうだろうか。

 このニュースに接して,まっさきに思い浮かべたことは,橋本一径さんが書いた『指紋論』である。加えて,ドーピングをしたのとまったく同じ血液を,遺伝的に,先祖代々継承している選手もいた,という橋本さんの指摘を思い出す。この話も,橋本さんが『ドーピングの哲学』というフランス語で書かれた文献(まだ,翻訳されてはいない)に基づいて,わたしたちの研究会の席で一度,そして,ついこの間のスポーツ史学会のシンポジウム(12月1日)の席で二度目のお話を聞かせていただいた。

 ことほどさように,ドーピング問題には,未解決の疑問点が山積しているのである。それらを承知の上で,すべて無視して,ブルドーザーのように荒れ地を整地し,公平さを装うことによって「正義」の御旗をかかげるやり方は,どこぞの,なにかととてもよく似ている。

 この問題はとても奥が深く,どんどん詰めていくと,最終的には思想・哲学上の議論になっていく。そこまで詰めた議論を,わたしたちはこれからやっていかなくてはならない。わけても,オリンピックを擁護する人たち,つまり,アンチ・ドーピング運動に従事している人たちにとっては喫緊の課題であるはずなのだが・・・・。

とりあえず,今日のところは,ここまで。

2012年12月5日水曜日

「尾てい骨を巻き込む」とはどういうことか(李自力老師語録・その25.)

  李自力老師のイエマフェンゾンのときの脚の運び方をじっとみていると,大臀筋がもこもことダイナミックに動いているのがわかる。あわてて,自分の臀部をさわりながらイエマフェンゾンの脚の運びのところをやってみる。大臀筋は動くどころか,硬くもなっていなくて柔らかいままだ。なにかが足りないのだ。以前,教えてもらった「尾てい骨を巻き込むように」はこころがけてはいるのだが,いまひとつピンとこない。気持ちとしては,こんな風かなぁ,と思いながらそれらしきことを試みてはいる。ときおり,たぶんこれでいいのだろうなぁ,という感触はつかめたつもりでいた。しかし,そんなものは,まったくの紛い物であったことが,今日(6日)の稽古でわかった。

 尾てい骨を巻き込むようにして脚を前に運ぶとはどういうことなのか,今日は徹底的に教えてくださった。なるほど,とこころの底から納得。

 李老師,曰く。まずは,肛門を締めなさい,と。何回も何回も肛門を締める練習をしなさい,と。そして,肛門をさらに強く締め上げると,男性でいえば前立腺の部分も連動して,かなり広い部分がぐっと締まる感じがつかめるようになる。手を当てがって確認してみると,大臀筋もふくめて肛門から前立腺のあたりの筋肉が,一斉に収縮していくのがわかる。

 そこで,早速,足の運びに応用してみる。すると,たとえば,右足に体重移動して右足を軸足にして片足で立ち,左足を右足のうしろに引きつけながら,これらの筋肉を締め上げる。つまり,大臀筋・肛門・前立腺の筋肉を締め上げる。すると,「尾てい骨を巻き込む」ということがおのずから起こる。

 すると,どうだ。引きつけた左足が前に送り出されていくではないか。左足を前に出すのではなく,「押し出され」ていく。その押し出された左足は,右足の重心の深さに応じて,前に伸びていく。そして,足が伸びきったところで自然に踵が床につく。それが,その人の歩幅となる。つまり,重心の低い人は遠くまで足が送り出されていく。重心の高い人は歩幅が狭くなる。これを「成正比」という,と教えてくださった。

 同時に,前に送り出された足は,猫の足のように音を立てないようにそっと床に置く。これを「マン(万としんにゅうがひとつになった漢字)歩如猫行」という,と教えてくださった。なるほど,李老師の足の運びが,とても静かで柔らかで,それでいて力強いのは,こういう仕掛けになっているのだ,ということがよくわかった。

 こうなったら,あとは稽古あるのみ。ただし,これらの筋肉群を締め上げるには,軸足がしっかりと安定していなくてはならない。頭のてっぺんの百会から尾てい骨をとおって,途中をとばして,踵まで一本の安定した軸を確保することが前提となる。この一本の軸がきちんとできていれば,腰の回転もおのずからスムーズにできるようになる,と李老師。つまり,股関節をゆるめることも,滑らかにできるようになる,と。

 以下は余談であるが,とても面白い話として李老師がしてくださったので,書いておこう。
 むかしは,この「尾てい骨を巻き込む」ためのコツを教えるときには,先生が,尾てい骨から肛門,前立腺にかけて直接手で触って確認しながら稽古をした。女性にも同じようにして教えていた。しかし,いつからかセクハラの問題が起きて,いまでは直接手で触れるということはしなくなった。もちろん,男性に対しても,触れることはしない,と。

 さて,こういう変化をどのように考えるか,これはまた別の問題ではあるが,少し考えなくてはならない重要な問題が隠されているように思う。いつかまた,文化論的な立場から検討してみたいと思う。

 今日のところは,ここまで。

2012年12月4日火曜日

新聞・テレビは世論操作をするな。わたしたちは世論操作をされるな。民主主義の危機。キー・ワードは「命」と「原発」。

 選挙のたびに民主主義とはなんだろう,といつも考えてきました。いまのこの選挙制度は,ほんとうに民意を反映しているといえるだろうか,と。どう考えてみても奇怪しいのではないか,と。ずっと,そう考えてきました。が,「3・11」後を生きることになったいまは,そんな悠長なことは言ってはいられません。なんとしてでも,「3・11」以前の政治からの脱出が不可欠です。絶対に過去の政治にもどってはいけません。

 こんどの選挙は日本という国のこんごの進むべき骨格を決める選挙だとわたしは位置づけています。それはこれまでの選挙とはまったく意味が違う,とんでもなく大事な選挙だということです。繰り返しますが,「3・11」以前までにつくりあげられてきた政治のままでいいとするか,そうではなくて「3・11」以前の政治とはまったく違う,新しい別の政治をめざすのか,という関ヶ原の戦いだと思っています。その結果いかんによっては,日本が世界の冠たる国づくりの範を垂れる道へと第一歩を踏み出すことができるか,それとも旧態依然の自民党時代(「55年体制」)の政治にもどってしまうのか,天下分け目の選挙だとわたしは位置づけています。

 その意味もあって,今日の午後7時から10時までNHKテレビの選挙報道に注目しました。なぜなら,他の民放はすべて選挙とはなんの関係もない,いわゆる娯楽番組(わたしのいう「バカ番組」)をいつもと同じように流していたからです。じつは,これにもあきれ返ってしまい,日本の国のあまりのお粗末さに直面し,情けなくなってしまいました。もし,あったとしても,定時の報道番組が,それもニュースの一部としてとりあげているだけです。つまり,民放にとってはこんどの選挙はどうでもいいことであって,ほとんどなんの関心もないということでしょう。もし,報道してもだれも見ない,つまり,視聴率を稼ぐことにはならない,スポンサーもつかない,だから「意味のない情報」という位置づけです。つまり,「カネ」にならない情報という判断です。ここには,「命」よりも「カネ」の方が大事だ,という姿勢が露骨に現れています。それに比べればNHKは,まじめに選挙と取り組んでいる,と言っていいでしょう。

 しかしながら,そのNHKの取り上げる選挙情報が,きわめて意図的・計画的にきちんと編集されている,ということを見逃してはなりません。編集とは,どこまでいってもある意図がはたらいています。つまり,編集という名のもとに,NHK的「客観性」という世論操作がなされているということです。それは,今夜の番組をみていてしみじみ思ったことです。一見したところ,中立で客観的な立場をとっているようにみえます。が,いくら隠していても,みる人がみれば,そのうしろに隠されている意図が透けてみえてきてしまいます。

 それは,各党の選挙スローガンの主張が複雑で,わかりにくいものである,したがって選挙民は困惑している,という前提に立つ報道番組を構成しているということです。アナウンサーがわざわざそんなことをいう必要はありません。淡々と,各党の主張を流せばいい。それも大小の政党の区別をすることなく,どの党にも均等に時間を配分すべきではないでしょうか。小党などは,どうでもいいといわぬばかりの短い時間しか与えてはもらえません。少なくとも,初日の今日くらいは,みんな平等に時間を配分すべきではなかったか,とわたしは考えます。

 弱小政党が,なにゆえに独立独歩の道を選び,自己主張をしようとしているのか,その声に耳を傾けることは民主主義の精神からすれば,きわめて重要なことではないでしょうか。それを,当たり前のように切り捨てて(時間的に),平気であるNHKの良識とはいったいなにか,というのがわたしの大いなる疑問です。こういう報道をするからこそ,受信料を払いたくない,それどころか,こんな放送局を支援することは犯罪的ですらある,と自責の念にかられることになってしまいます。

 NHKのこの姿勢は,どう考えてみても世論操作です。のみならず,世論調査結果という名のもとに,経済・景気回復をもとめる人が91%もある,という数字をわざわざ報道の途中で挟みます。それがダントツで一位,そして,そのあとに三つがつづき,原発ゼロは第5位である,とこれみよがしに画面をアップにして,しばらく動かそうとはしません。いつまでこの画面を見せつけるのか,とあきれてしまいました。この画像,この時間の長さ・・・・そこには明らかにある種の意図がはたらいているとしか思えません。

 言ってしまえば,「原発ゼロ」の主張をあいまいなものにする,という意図です。選挙の直前になって,あの自民党ですら,原発は危険と判断されたものについては止める,最終的には原発に依存する社会からの脱出をめざす,といいはじめました。こうなると,原発を維持する,つまり,こんごも原発を建造して電気をそこに頼るべきだ,と主張する政党はどこにもなくなってしまいます。ならば,いますぐにでも,大飯原発を止めて活断層の調査を優先させるべきではないでしょうか。そして,まずは安全を確認すべきではないでしょうか。それはやろうともしない。そういう政党もふくめて,みんな原発ゼロを匂わせている,だから,わかりにくいとNHKがあえて解説をくわえる,そこに問題があります。わかりにくいことなど,なにもありません。本気で原発ゼロをめざしている政党と,そうではない政党,つまり,選挙民の批判の目先をはぐらかそうとする政党とは,選挙民はみんなわかっています。

 それをあえてわかりにくいかのように解説するNHKの意図はなにか,ここが問題なのです。こうして,いつのまにかわたしたちは世論を操作されてしまうわけです。このような世論操作は,じつは,あちこちで仕掛けられています。民放が,選挙報道をしない,というのもその一つの方法です。こんな大事な選挙について,一つも選挙特番を組まないのはなぜか。答えは明白です。自分たちの考え方(カネ儲け)にとって不都合な勢力が,想定外に期待を寄せられているということを知っているからです。客観的に選挙報道を流すと,自分たちにとって不都合な政党が有利になってしまう,という判断がどこかではたらいているからに違いありません。

 このようにして,選挙はあの手この手で「操作」されています。そうして,民主主義という名のもとで,選挙結果が「正義」の根拠となり,少数意見はことごとく切り捨てられていきます。これが,こんにちのわたしたちの民主主義です。なんとも情けない現実です。

 そこから脱出するためには,わたしたちがその「操作」に乗せられないことです。そして,自分の眼で確かめ,自分の頭で考え,自分の魂に問いかけ,自分の意志で,自分の一票を投ずることです。

 あえて,ひとこと言っておけば,新聞もテレビも,知っていて無視し,さもなにごともないかのように振る舞っていますが,じつは,報道されないところで,さまざまな運動が展開しています。金曜日の首相官邸前の集会に代表されるような集会が,全国のあちこちで展開しています。とりわけ,原発ゼロをめざす女性を中心とした運動で「子どもたちを原発から守ろう」という切実な声が,想像以上の広がりをみせているようです。この声は,これからインターネットをとおして全国にもっともっと広まっていくとわたしは考えています。そこに多くの若いママさんをはじめとする賛同者が誕生しつつあると聞いています。それ以外にも,じつに多くの原発ゼロをめざす市民運動があちこちで起きています。この人たちの声をなぜ無視しつづけるのか,これがこんにちの日本のマス・メディアの姿です。このマス・メディアの姿勢が,日本の民主主義に大きな影を落している,とわたしは考えています。ここを,どのようにしてクリアしていくのか,それがいまわたしたち選挙民に問われている,きわめて大きなハードルではないでしょうか。

 これから12日間,日本人のどれだけの人が「目覚める」のか。それが問われる選挙が始まりました。自分たちの身近にいる人たちに,できるだけ声を掛け合って,「カネ」よりも「命」を大事にする政治の方向に舵を切るべく,ささやかな努力をしていきたいと思います。

 とりあえず,今夜はここまで。

2012年12月3日月曜日

井野瀬久美恵,橋本一径の両先生と楽しい時間を過ごすことができました。

 この前のブログで書いておきましたように,スポーツ史学会第26回大会の初日,12月1日(土)15:45~18:00の時間帯で,シンポジウム「現代スポーツの苦悩を探る」が開催されました。そのシンポジウムのための基調講演は「スポーツにおける英国のミッションは終わったのか?」と題して井野瀬久美恵先生(甲南大学)が熱弁をふるってくださいました。それを受けて橋本一径先生(早稲田大学)がコメンテーターとして,とても刺激的なコメントをしてくださいました。そして,最後にわたしがスポーツ史学会の立場から,いま,わたしたちがどういう情況のもとに研究者として立たされているのか,というようなコメントをさせていただきました。

 井野瀬先生のご講演は,聞きしに勝る迫力満点の気合の入った,聴衆を一気にまきこむ素晴らしいものでした。パワー・ポイントを用いて,テンポよく話題を展開し,じつに説得力あるお話をしてくださいました。スタートからゴールまで全力で走り抜ける,まるで短距離走者のような迫力満点のお話でした。それに対する橋本先生のお話は,長距離ランナーのように物静かに,しかし一瞬の手抜きもしない,ぐっと聴衆を惹きつけるものでした。なるほど,かつて800メートル・ランナーとして活躍された方だなぁ,とひとり納得していました。この時点ですでにシンポジウムの予定時間は過ぎていました。ですから,わたしの順番がきたときに「あと10分で」と司会者から言われ,頭のなかに用意していた話を半分以上捨てることにしました。ですから,十分とはいえないまでも,ある程度,意図していたことはお話できたのではないか,と自分を慰めています。

 このあと,懇親会があって,井野瀬先生とも橋本先生ともすっかり意気投合して,「また,やりましょう」ということになりました。つまり,もう一度,もっと掘り下げて議論をする機会をもちましょう,という次第です。今回は,最初のお手合わせ。これでお互いの気心がわかりましたので,次回は,もっと安心して踏み込んだ話をすることができる,とお互いに確信できたのだと思います。お酒も入りましたので,どんどん話は大きくなり,温泉で一泊して,徹底討論をしましょう,というような話にまでいきました。たぶん,これまで「スポーツ」をテーマにして,西洋史(イギリス近現代史),思想・哲学(表象文化論),そしてスポーツ史のそれぞれの専門家が議論するなどということは前代未聞のことでしょう。ですから,まったく新しい知の地平が開かれてくるに違いないという予感がお互いにあってのことだと思います。まさに,21世紀のスポーツ文化を切り開くための絶好の基盤がまたひとつできつつある,とわたしは大満足です。

 といいますのは,『近代スポーツのミッションは終わったか』(平凡社刊)では,やはり,スポーツ史学会でのシンポジウムもふくめて,西谷修,今福龍太の両氏とわたしとの3人で,「近代スポーツとはなにであったのか」という議論を積み重ねることができました。つまり,思想・哲学と文化人類学の専門家(それも,それぞれのトップ・ランナー)を「スポーツ」の領域に誘って,とことん議論していただくというわたしの切なる願いが,このような形となって結実したわけです。このお二人とは,いまも継続して,スポーツの問題についていろいろ議論をしていただいています。その第二バージョンが生まれつつある,というのが今回のシンポジウムでした。これから,また,新しいなにかが始まろうとしている,そういう予感につつまれて,胸が少年のようにときめいています。

 このシンポジウムのことは,これからわたしたちのやっている研究会「ISC・21」月例研究会(毎月1回,東京・名古屋・大阪・神戸を巡回して開催。公開。詳しくは「ISC・21」HPの掲示板をご覧ください)でも,継続して議論をしていくことになるだろうと楽しみにしています。さしあたっては,今月の22日(土)の午後1時から大阪学院大学で開催されます。そこでも,もちろん,この継続議論をしたいと思っています。東京開催のときには,たぶん,橋本先生も参加してくださると思います。神戸で開催のときには,井野瀬先生にもお声がけをしたいと思っています。うまくタイミング(ご公務との関係で)が合えば,きっときてくださると確信しています。

 いずれにしましても,そういう可能性が開かれるとても楽しい時間をお二人の先生と共有できたことが,今回のシンポジウムの最大の成果ではなかったか,とわたしは考えています。シンボジウムでお話いただいた内容につきましては,何回にも分けて,これから折あるごとにこのブログで取り上げてみたいと思っています。

 今日は,とにかく,充実した楽しい時間を,両先生と分かち合うことができたことの幸せを,記憶の鮮明なうちに書いておこうと思った次第です。スポーツ史研究をずっとつづけてきてよかったなぁ,としみじみ噛みしめているところです。そして,もっともっと面白い議論ができるように勉強して準備しておかなくては・・・と切実に思うようになりました。あまりにも遅きに失したとは思いますが,気づいたときがスタートです。それだけ人生が豊になるのですから・・・。

 最後になりましたが,井野瀬先生,橋本先生,ありがとうございました。スポーツ史学会の会員を代表して,こころからお礼を申し上げます。そして,これからも(いや,これからこそ),よろしくお願いいたします。

 唯一,心配なのは,井野瀬先生が過労にならなければいいが・・・・と。あの身を削るような迫力でお話をされるお姿をみていて,そのことだけが気がかりでした。でも,強靱な気力・体力の持ち主であられることを信じて・・・・,こんごを楽しみにしたいと思います。

では,今夜はこの辺で。


スポーツ史学会第26回大会,無事に終了。いろいろと収穫の多い大会でした。

 12月1日(土)・2日(日)の二日間にわたるスポーツ史学会第26回大会を無事に終えて,帰宅しました。11月30日(金)の神戸市外大での講演会もありましたので,三日ぶりの帰宅でした。三日間ともに,とても収穫の多い時間をすごすことができました。ありがたいことです。

 わけても,シンポジウムが印象に残りました。井野瀬久美恵先生の基調講演「スポーツにおける英国のミッションは終わったか」には大いに啓発されました。そして,それにコメンテーターとして発言してくださった橋本一径先生のお話も鮮烈なものでした。このお二人の先生に大いに刺激されるところがあり,わたしもコメンテーターのひとりとして元気よく発言させていただきました。このシンポジウムについては,また,機会を改めてご報告をしたいと思います。

 シンポジウムのあとの懇親会では,あらかじめメールでコンタクトのあった久保原信司先生とお会いすることができました。わたしの本を読んで,スポーツに対する見方・考え方に共鳴するものがあった,とメールにありましたので,とても楽しみにしていました。お会いしてみたら,とても魅力的な方でした。椅子に腰をおろして,じっくりとお話を聞かせていただきました。ブラジルのカポエイラの道場を開いて,指導するかたわら,得意のポルトガル語を複数の大学で教えていらっしゃる,なかなかのナイス・ガイでした。久保原先生の書かれた『Vamos Cantar Camara’──カポエイラ音楽の手引き』という本とカポエイラのDVD(久保原先生による日本語字幕つき)をいただいてしまいました。これからじっくりと拝見させていただこうと楽しみです。これらのことについても,のちほど,ご報告したいと思います。

 研究発表のなかにも,みるべきものが何点かありました。やはり,こつこつと研究を積み上げてきた人の発表は聞いていて快感です。そうではない付け焼き刃的な発表は,いかに上手に糊塗しようとしても,その弱点がまるみえになってしまいますので,聞いていて不快です。初デビューの人も何人かいて(大学院生),こちらはとても新鮮でした。この人たちがこれからどのように伸びていくのかも,大いなる楽しみの一つです。

 総会では,役員の改選結果の発表がありました。藤井英嘉会長が4年の任期を終えて,あらたに高橋幸一新会長にバトン・タッチされることになりました。理事も4人が任期を終えて,新しい理事4人が加わることになりました。任期満了となった役員のかたがたには,こころからお礼を申しあげます。また,新しく役員になられた方には大いに頑張っていただきたいと思います。そして,新体制のもとでスポーツ史学会がまたひとつ大きく飛躍してくれることを祈っています。

 ちょっぴり寂しいなぁと思ったことは,わたしより年配の会員はお二人しかいらっしゃらないということです。長年の顔なじみの方が減っていくのは寂しいものです。でも,このお二人の方はとてもお元気ですので,当分は,毎年お会いできるものと楽しみです。

 いろいろとご報告したいことがたくさんあるのですが,とりあえず,今日のところはこれまでとしておきます。ではまた。

2012年11月30日金曜日

神戸市外国語大学・連続講演・第3回目,無事に終了。

 昨日(29日)のブログにも書きましたように,今日(30日)は神戸市外国語大学で予定されていた連続講演の第3回目でした。が,なんとか無事に終了。とは言っても,今日の講演のためのレジュメを作成して竹谷さんに送信したのが,昨夜の午後11時すぎ。それから,竹谷さんが睡眠時間を削って,わたしのレジュメを編集したりしながら,このレジュメに必要とされる映像をパワー・ポイントで用意してくださったお蔭です。長年の友人というものはありがたいものです。以心伝心で,わたしの欲しい映像をみごとに選んで用意してくださいました。この映像に助けられながら,なんとか話をつなぐことができました。竹谷さん,ありがとうございました。そして,なによりも,まずは,この講演を聞きにきてくださったみなさんにこころからお礼を申しあげます。

 連続講演のとおしテーマは「スポーツとは何か」。その第3回目のテーマは「グローバル・スタンダードとしての近代スポーツを考える」。

 講演を終えてみて考えることは,よくもまあ,こんなに大それたテーマをかかげて話をしたものだとわれながら呆れてしまいます。が,当初,この連続講演を構想したときには,相当に熱い思いがあって,このようなテーマ設定になったことは確かです。しかし,このテーマを1時間30分で話すにはいささか荷が重すぎたというのが,現段階での反省点です。

 でも,わたしなりに精一杯の話をさせていただき,また,新たな課題がみつかりました。その意味で,一番,勉強させていただいたのはわたし自身です。

 講演の具体的な内容につきましては,いつか,また,機会を改めて,このブログでも論じてみたいと思っています。いまは,とりあえず,気がかりになっていた講演が,ひとまず,無事に終わったということのご報告までとさせていただきます。

 明日(12月1日)からは,スポーツ史学会第26回大会のはじまりです。その準備もこれからとりかかるところです。というわけで,今夜はここまでとします。

 取り急ぎ,ご報告まで。



2012年11月29日木曜日

明日(30日)から神戸へ。講演会,学会とつづきます。

 嘉田由紀子さんによる「日本未来の党」の結成が大きな波紋を呼んでいます。面白いのは,各党の党首たちの狼狽ぶりです。言わずもがなの「批難」を繰り出し,かえって品格を失っているようです。他人を口汚くののしることが,自分の品位を貶めていることに気づいていません。なんと情けない政治家たちなのだろう,としみじみ思います。

 しかし,これでこんどの選挙がにわかに面白くなってきました。

 いまのところ,自民党と日本維新の会が原発推進,ほかはぜんぶ原発ゼロを目指すと言っています。ただし,ここにきて選挙用の,みせかけだけの原発ゼロをかかげている党もありますので,その点は,ご用心を。それにしても,国民の8割が原発ゼロを望んでいるという民意の受け皿はそろいました。ここはなにがなんでも原発ゼロ派で過半数を確保しなくてはなりません。

 12月2日から16日までの2週間は,わたしたちもしっかり覚悟を決めて,各党派の主張に耳を傾け,責任の負える一票を投じたいと思います。

 さて,そんな世の中の喧騒を横目に,わたしは明日から神戸にでかけます。

 明日(30日)の午後2時30分から,神戸市外国語大学三木記念会館で,わたしの講演会が行われます。テーマは「スポーツとはなにか」の連続講演の第3回目で,「グローバル・スタンダードとしての近代スポーツを考える」というものです。一般公開,無料です。毎回,熱心に聞きにきてくださる方もあって,わたしも緊張しています。この講演の下敷きになるのは,以前,西谷修,今福龍太の両氏と共著として世に問うたことのある『近代スポーツのミッションは終わったか』(平凡社刊)です。あれから,すでに,何年も経過していますので,その後の世界情勢の変化も踏まえて,新しい見解を提示したいと考えています。とりわけ,「3・11」後を生きるわたしたちにとって「スポーツとはなにか」を意識して考えてみたい,と。

 翌日の12月1日(土)は午後1時からスポーツ史学会第26回大会がはじまります。2日(日)の夕刻まで,二日間です。会場は甲南大学(5号館1階511教室)です。

 この学会では,初日(1日)の午後3時45分から午後6時まで,シンポジウムが組まれています。そのテーマは「現代スポーツの苦悩を探る」というものです。これを受けて,甲南大学の井野瀬久美恵先生が基調講演「スポーツにおける英国のミッションは終わったか?」をなさってくださいます。このコメンテーターとして橋本一径(早稲田大学)さんとわたしが加わります。どんな話の展開になるのか,いまからドキドキしています。

 「9・11」にはじまる世界情勢の大きな変動とともにスポーツのミッションも大きく様変わりしてきました。とりわけ,わたしたちにとっては(もちろん世界も含めて),「3・11」後を生きるとはどういうことなのかという重大な問いがのしかかってきています。当然のことながらスポーツもまた無縁ではありえません。そして,なにより,スポーツ史研究のあり方もまた,根源的な問いをつきつけられているとわたしは考えています。

 イギリス近現代史の専門家として多くの著作を残していらっしゃる井野瀬先生,表象文化論・フランス現代思想を専門とされる橋本先生(『指紋論』が話題になりました),そこに,スポーツ史・スポーツ文化論という立場からのわたしが加わって,さて,どんな議論が展開されることになるのでしょう。いまのところわたしは白紙。まずは,井野瀬先生の基調講演を伺ってから,その場の力を借りて,わたしなりの話の内容を決めようと思っています。もちろん,橋本先生がどんなコメントをなさるのか,これもとても楽しみなことのひとつです。

 なお,このシンポジウムだけは「一般公開」「参加費無料」だそうです。どうぞ,興味・関心のある方はお運びください。

 というようなわけで,ひょっとしたら,このブログも一時中断することになるかも知れません。もちろん,パソコンはもっていくつもりですので,できるだけ書くように努力します。

 それにつけても,これからの政局の動向をメディアがどのように流すのか,とても気がかりです。ある特定の情報だけに流されないようにご用心を。いまや,世論調査という名の「世論操作」をやっているとしか考えられないメディアも少なくありません。困ったものですが,それが現実です。そこをかいくぐって,みずからの熟慮のもとで意志決定をしたいと思います。

取り急ぎ,今日のところはここまで。

2012年11月28日水曜日

ほんとうの第三極の誕生か。日本未来の党。嘉田由紀子党首に期待。

 「卒原発」を旗印に,「原発ゼロ」をめざす党派を結集して,みんなで大同団結し,新しい日本の未来を築こうと呼びかけた嘉田由紀子滋賀県知事の決断にこころからの拍手を送りたいと思います。いまこそ,小異を捨てて大同につく,つまり,なによりもまずは「卒原発」という大同のためにその他の小異は捨ててでも団結し,そこを出発点にして新しい日本の未来を構築して行こうという嘉田さんにこころからの敬意を表したいと思います。

 その「日本未来の党」に,「国民の生活が第一」を解党して合流する決断をした小沢一郎にも,こころからの敬意を表したいと思います。これに河村たかしと谷岡郁子と阿部知子の「原発ゼロ」派が合流すると聞いているので,これこそ正真正銘の「第三極」の誕生である。

 これまでメディアが喧伝してきた「第三極」は,完全に宙に浮くことになる。つまり,石原+橋下の日本維新の党である。もはや,存在理由がなくなってしまった。なぜなら,日本維新の党が石原と組むことによって,脱原発を放棄してしまった以上,日本維新の党も自民党も基本的にはなにも変わらなくなってしまったからだ。違うのはTPPくらいのものだ。人間の「命」のかかった原発のことを考えれば,そして,「命」を最優先させる政治を考えればTPPの問題をどうすべきかはおのずから「NO」という答えがでてくる。

 こんな簡単なことが,民主党もわかっていない。今日のマニュフェストの発表で「原発ゼロ」を30年を目処にめざすという。それでいて,TPPは積極的に参加するという。国民の反発をかわして,アメリカのご機嫌をとるという,なんとも依怙地な情けない党になったものだ。日和見主義などということばは使いたくもないが,こんな稚拙な対応で国民を抱き込むことができると,ほんとうに思っているのだろうか。もし,そうだとしたら,あの一見,賢そうにみえる民主党の若手リーダーたちは,単なる計算と打算の世界を泳ぐだけに専心する,たんなる水泳の名手であるにすぎない。

 今日(27日)の,この段階でのわたしの眼には,自民党と日本維新の党とは,それこそ大同小異。原発推進という点では同じ。橋下君は「原発ゼロ」は不可能だと街頭演説で断言した。そんなできもしないことをやろうとする野合が,いま進んでいる,と吐いて捨てた。わかりやすくていい。はい,よくわかりました。それで結構です。自民党と同じ。バツ(×)。

 民主党は「原発ゼロ」実行,と宣言した。ならば,いますぐ大飯原発を止めて,活断層の調査を優先すべきではないか。活断層の有無が「グレイ」なら,「即停止」がルールではなかったか。それすらしようとはしない。やはり,「原発ゼロ」は票集めのための見せかけでしかない。わたしは信ずることはできない。まずは,行動で示してほしい。やろうと思えばできるのだから。その上での選挙ではないのか。そんな有力な武器を使わないでいる。その気がないからだ。国民を舐めている。こんどの選挙での国民は,これまでの国民とはまったく違う覚悟をしている,ということがまるでわかっていない。

 社民党と共産党も,こんどの選挙の意味がわかってはいない。福島君などは,嘉田さんの決断は立派だと思います,と持ち上げた上で,にっこりわらって,でも,わたしたちは同調しません,と断言した。そのなんとも間抜けた表情が印象に残った。志位君も,けんもほろろという対応だった,と記憶する。全然,問題外だと言わぬばかりの・・・。いま,問われているのは「日本の未来」をどうするか,ということだ。そのことがわかっていない。これまでどおりの選挙の闘い方しか考えていない。その意味では,この両党とも「思考停止」の状態から抜け出せていない。「3・11」以後は,もはや,それ以前の論理はなんの役にも立たない,ということすらわかっていない。

 その点,国民の方がはるかに先に進んでいるように思う。もはや,党派などは考えても無駄だ,と。そして,日本の未来図を描くときに,まずは「原発」をどうするのか,推進するのか,ゼロにするのか,その決断いかんによって,その他の政策もおのずから決まってくる,と覚悟を決めている。たとえ,生活が苦しくなろうとも,それを耐え忍ぼう,と。そして,まずは「命」を守ろう,と。そこから,できることを始めよう,と。そのくらいの覚悟は決めている。

 とくに,幼い子どもを育てている母親は,まずは,なによりも,我が子の「命」を考えている。自分は仕方がないとしても,なんの罪もない子どもにだけは,可哀相な思いをさせたくはない。そのためにはからだを張ってでも守る。それが母親というものだ。この切実な思いを,政治家のみなさんはわかっているのだろうか。この母親の切実な思いは,当然のことながら,若い父親にも伝わる。当然のことながら,ジジ・ババにとっても可愛い孫のために・・・・・と切実な問題だ。そして,これはなんとかしなくては・・・と考える。最近は,我が子の運動会で一生懸命に走る父親が増えてきているとも聞く。

 マネーのために「命」を犠牲にしてもいいと考えるバカはいない。

 しかし,これまでの既成政党に所属する議員さんの多くは,「命」を忘れてマネーの魅力にとりつかれてしまっている。経済最優先。マネーの亡者となりはてている。そして,そこから抜け出せないでいる。情けないことだが・・・・。

 そこに「一撃」を加えようとして立ち上がったのが嘉田由紀子さんだ。まずは,なにがなんでも「卒原発」に舵を切ろう,と。それを前提にした政治を,これからは目指そう,と。日本が生まれ変わるための絶好のチャンスが,いまであり,こんどの選挙なのだ,と。そのためには「卒原発」で手を結び合おう,と。

 正真正銘の「第三極」が,忽然と,その姿を明らかにすることによって,投票する党派がみつからなくて,絶望に打ちひしがれていた国民の前に,明るい希望に満ちた日本の未来がみえてきた。選挙も,じつに,わかりやすくなってきた。さあ,これからだ。

 まだまだ,政局の行方は予断を許さないが,つまり,このさきなにが起こるかわからないが,選挙告示直前になって,ひとすじの光明がみえてきた。その意味で嘉田由紀子さんにこころからの拍手を送りたい。そして,それに応えられるような,多くの国民が納得できるような,大同の道筋を示してほしい。そのプロセスを,わたしはしっかりと見極めてみたい。そうすれば,ひょっとしたら,大きな「雪崩現象」が起こるかもしれない。

 いまこそ,国民の一人ひとりが,みずからの良心に問いかけ,本気で日本の未来を考え,選挙にみずからの意志を表明しようではないか。

2012年11月27日火曜日

特別展「出雲──聖地の至宝──」のメモリー。巨木信仰の起源は?


  この特別展の正式名称は,東京国立博物館140周年 古事記1300年 出雲大社大遷宮 特別展「出雲──聖地の至宝──」というようにとても長いものです。でも,これを頭から読むと,その意気込みと内容がそのまま伝わってきます。こんなことは100年に一度のことだ,といわぬばかりに聴こえてきます。同時に,日本の古代史にとっての出雲の存在がどれほど大きいものであったか,ということも伝わってきます。


  しかし,意外なことに,出雲に関する詳しいことはあまりわかっていません。オオクニヌシの国譲り神話は有名ですが,やはり国を取られてしまった一族のことですので,どこか秘されているようなところがあります。それは,諏訪大社も同じでしょう。

 出雲大社の主神はオオクニヌシ,諏訪大社の主神はタケミナカタ(オオクニヌシの次男)。なぜか,出雲大社も諏訪大社も,いまでも多くの日本人のこころに「なにか」特別のものが深く刻み込まれているようです。かつては別格官弊社としてとくべつ扱いされるほどの,大きな存在であったことも事実です。

 この二つの大社のことを考えると,わたしはいつも巨木信仰と神様の関係を思い浮かべてしまいます。同時に,三内丸山遺跡に立つ巨木のやぐらのことも思い浮かべます。諏訪地方に古くから伝承されている7年に一度の「御柱祭」を筆頭に,全国各地に,山から神がかった巨木を切り倒して,凄まじい勢いで流し落とす儀礼が残っています。

 これらのことを考えると,なにかとてつもないことが,いまも日本人の魂の奥底に伝承されているのではないか,としみじみ思います。そして,こういう巨木にまつわる伝承に,なんの抵抗もなくこころがすっと惹かれていくのはいったいなぜなのか,と考えてしまいます。

 こんな,漠然とした興味・関心がありましたので,この特別展はなにがなんでもみておかなくてはと考えでかけました。実際にでかけたのはもうしばらく前のことですが・・・・。ですが,いつものように買ってきた図録を,ときおりひっぱりだしてきては眺めています。その時間だけは,日常の憂さからは解放され,一気にオオクニヌシの時代まで飛翔し,非現実の世界を浮游しているような気分になります。至福のときです。

 で,この特別展の目玉は,やはり「巨木」でした。入場してすぐに眼についたのは二つの展示物。一つは,出雲大社本殿復元模型。もう一つは,宇豆柱(うずばしら)と呼ばれる古い柱の地中に埋もれていた考古遺物。


出雲大社本殿復元模型は,10世紀ころに立っていたとされる図面にもとづく実寸の10分の1の模型です。それでも,本殿の一番高いところは4メートル80センチ。近くに寄っていくと,仰ぎ見るほどの高さです。それを見ながら,実際はこの10倍,48メートルもあったのか,と驚くばかり。ちょっと想像がつきません。一番高いところに鎮座する本殿に至りつくには長いながーい階段状のアプローチを上り詰めなくてはなりません。これを見ながら,往時の人びとは,まるで天にも昇る境地でこの階段を登ったのだろうなぁ,と想像していました。こうした方法で神様に接近していくという行為そのものが,ありがたさを倍増していったのでしょう。こうした素朴なこころの一部が,いまも,わたしたちのこころのどこかに棲みついているようにわたしは思います。

 この一番高い大社本殿をささえる柱が,宇豆柱です。この宇豆柱の考古遺物が2000年に発掘され,それが会場の中央に,貫祿十分に,堂々と展示されていました。3本の太い木を1本に束ねて,強度を補い,丈夫で高い柱をつくったということです。出土した宇豆柱は鎌倉時代の1248年の遷宮のときのものである可能性が高い,とのことです。3本の木の直径はそれぞれ110,0~135.0センチもの太さです。3本束ねたときの太さがどれほどのものかと想像したとき,そして,この宇豆柱の高さが48メートルにも達していたと想像したとき,この時代の人びとの気宇壮大なスケールの大きさに唖然とするばかりです。


 この巨木を出雲では,どこから伐りだしていたのでしょう。どこか近在の森からでしょうか。奈良の東大寺を建造するときの巨木は岡山県の山から伐りだして運んだという話を聞いたことがあります。だとすれば,この木も遠くから運んだ可能性があります。

 そのイメージを浮ばせてくれるものが,諏訪の「御柱祭」です。諏訪の山深くに生い茂る森林の中から,何本かの木が「神木」として選ばれ,伐り倒され,人・木が一体となって山をくだり,野や川を練り歩きしながら,諏訪の大社まで運ばれていきます。いまではテレビの映像でみた人も多いことと思います。でも,それはほんの一部を切り取るようにして映像化されているだけですが,実際に「御柱祭」に費やされる労力もお金もたいへんなものだと聞いています。7年間,氏子の人たちはこの祭のために蓄財し,この祭りのためにすべてを消費(消尽)してしまうとのことです。ああ,これはマルセル・モースのいう「贈与」ではないか,と驚いてしまいます。しかし,これが祭りというもののもともとの姿に近いものだろうとわたしは想像しています。

 こうして,出雲と諏訪の関係を考えながら,その一方で,安曇野にある穂高神社の存在が急に気がかりになってきてしまいます。アズミ(あるいは,アスミ,アツミ)一族の渡来の径路と全国への分布の仕方などを考えると,この勢力の大きさもまた相当なものではなかったか,と考えてしまいます。

 もう一点だけ。諏訪大社に祀られたタケミナカタは国譲りのときにタケミカズチと相撲をとって負けた神様です。そのことと,野見宿禰が出雲の人であったという伝承との関係,そして,出雲大社では「三月会」(さんがつえ)の神事のあとの芸能として相撲が奉納されていたという屏風絵(図録に掲載されている)との関係,などなど相撲という視点からも興味はつきません。

 まあ,そんなロマンの夢をこれからも見つづけていたいものです。

2012年11月26日月曜日

日馬富士,新横綱場所顛末記。心技体のコントロールの難しさが露呈。これをバネに心とからだを鍛えて。

 9勝6敗。新横綱としては屈辱の結果。この場所,日馬富士になにが起きていたのか。ここを見届ける力量こそが相撲愛好家の基本条件。今場所の15日間の日馬富士の相撲の取り口,その内容をどのように分析するか,ここが相撲の醍醐味。

 悔しくて,悔しくて,今夜は眠れないのは日馬富士だろう。わたしの頭のなかも15日間の日馬富士の相撲が,何回も何回もリプレイされていて,たぶん,寝つかれないことだろう。でも,勝ち負けは度外視して,一番,一番,それぞれに意味のある相撲なので,わたしは満足しながらそのリプレイを楽しむことだろう。

 心技体とは,ほんとうによく言ったものだ。前半の相撲をみていて,今場所は,もうすでにいろいろと試行錯誤しながら横綱相撲のペースを貪欲に探っている,と受け止めていた。しかし,今日の相撲を見届けたところで,それは間違いであった,と気づいた。そうではなくて,日馬富士は,徹底して速い相撲をこころがけていた,ただ,それだけだということがわかった。その理由は,かれの足首に問題があった,ということ。もう,日馬富士ファンならだれでも知っているとおり,かれの両足首は時限爆弾をかかえているのだ。この両足首をだましだまし,ここまできた。先場所,先先場所の二場所が,奇跡だったと言った方がいいかもしれない。

 じつは,これまでも足首の調子がいいときは,いつも抜群の成績を残してきた。しかし,足首に痛みが走ると,とたんに負けがこむ。そして,見るも無惨な黒星を重ねることになる。今場所の日馬富士はその痛みをかかえての場所ではなかったか。だから,肝心なときに力が出せない。第一,足首の痛みを我慢することができない。今日の千秋楽の相撲がその典型だった。がっぷり四つに組んで渡り合ったのだから,あわてて巻き変えにいく必要はなかったはずだ。この体勢でどこまで通用するのか,じっくりと我慢して耐えるべきだった。先場所の日馬富士ならそうしたことだろう。が,今場所はそうはいかなかった。

 相撲が長くなることを日馬富士は嫌った。だから,先場所,ありえない巻き変えに成功して,勝ちをもぎとったことをからだが思い出したのだろう(あれはひょっとしたら八百長?だとしたら,もっと相撲は面白くなる。今場所はそのお返し?,と)。よし,今場所も,と日馬富士のからだが反応してしまった。そこを,待ってましたとばかりに白鵬は右からの上手ひねりを効かせながら,左から得意の投げにでた。これがみごとに決まった。が,ちょっとうまく決まりすぎたようにもみえた。それは足首のせいか,それとも八百長か。その両含みのところが味があっていい。

 今場所は,白鵬の心技体がみごとに充実していた。先輩横綱としては,二場所連続して全勝優勝をさらわれてしまったという事実は,なんとも屈辱だったに違いない。白鵬は,これまでとはまったく違った気持ちを籠めて,言ってしまえば心機一転して,徹底して心技体を鍛えてきたに違いない。その結果が,今場所の14勝1敗という成績である。白鵬は,日馬富士が横綱になったことを契機にして,一段と気持ちを引き締め,かつての全盛時代の相撲を取り戻してきた。このところ,どこかに気持ちのゆるみがあったのか,相撲そのものも厳しさを欠いていた。それが日馬富士の二場所全勝優勝という偉業を見せつけられて,白鵬の心に火がついた。

 そして,それをみごとになし遂げた白鵬は立派である。この白鵬の姿をほぞを噛みながら悔しがっているのは日馬富士その人に違いない。さぞかし,からだのどこにも痛いところのない,万全の態勢で白鵬と当たりたかったことだろう。しかし,今場所はそうはいかなかった。

 わたしは,今場所の日馬富士の相撲をみていて,日替わりのように立ち合いに工夫を加え,相撲内容もその流れにまかせている,と判断した。これは明らかに新横綱としての新しい相撲のスタイルを模索しているのだ,と受け止めた。だから,日馬富士の相撲は「進化」している,とこのブログにも書いた。「進化」をめざしていたことは間違いではない。が,「進化」をめざすには,その裏事情があったらしい。つまり,両足首の故障。古傷のうずき。この「痛み」とどのようにして折り合いをつけていくか,これが今場所の日馬富士の最大の課題だったのだろう,といまにして思う。その答えを,千秋楽で出してくれた。先場所の日馬富士は不利な態勢になっても必死になって我慢した。そして,勝機が訪れるのを待った。そして,最後の最後に勝負にでた。つまり,スタミナ勝負にでたのだ。その結果は,白鵬の防戦一方の相撲となった。

 あの日馬富士の右下手投げと白鵬の左上手投げの打ち合いで,日馬富士は主導権を握ったまま白鵬を土俵一周させた。この「耐える」「我慢する」相撲が,今場所はとれなかった。それが日馬富士の今場所の心技体の総決算だった。

 さぞかし,日馬富士はふがいなさと悔しさとを同時に味わったことだろう。これまでにもこのような経験をしてきたことではあるが,新横綱のそれはまた別であろう。9勝6敗。世に言う「クンロク」である。大関としても失格である。だから,当然,新横綱の場所としても失格である。しかし,よくよく考えてみると先輩横綱の多くも,ここの関門でつまずいている。千代の富士などは,途中で休場している。しかし,その悔しさをバネにして猛稽古を重ね,幕内最軽量横綱としての歴史に残る大記録を残した。

 日馬富士よ。焦ることなかれ。暮れ・正月と,足首を完璧に直すような地道な稽古をしっかり積んで,来場所に備えよう。その不安材料が解消できたら,立派な横綱相撲がとれるようになる。そして,なぜか,今場所は,ほとんど見られなかった得意の「張手」「喉輪」「突っ張り」「いなし」を徹底的に駆使して,得意の左上手を引いて頭をつける体勢に持ち込み,左からの出し投げを打って,相手の体勢をくずして寄ってでる,という相撲を復活させてほしい。白鵬の今場所は,信じられないほど張手を多用した。そこまでやるか,というほどの「張手」を繰り出した。マスコミのバッシングを気にして日馬富士がそれらの攻撃を遠慮したとしたら,それは間違いだ。

 なんと言ったって,千代の富士と同じ幕内最軽量の横綱なのだ。どんな立ち合いの手を用いてもいい。千変万化の立ち合いをして,相手を翻弄させ,自分有利な体勢に持ち込むこと,これは相撲のセオリーだ。しかも,日馬富士にだけ許された特権だ。なぜなら,先天的なスピードのある動きと運動神経の良さに恵まれた日馬富士にしかできない「芸」なのだから。

 9勝6敗。結果は結果。でも,わたしはその相撲内容には満足している。存分に堪能できたのだから。その一番,一番には意味があった。それをこれから分析してみたいと思う。どの一番で,どの足首を痛めたのか。つまり,負けには負けの意味がある。そこを見極める眼力を養うこと。これぞ相撲通の本領だ。

2012年11月25日日曜日

折口信夫著『日本芸能史六講』(講談社学術文庫)を読む。

 旅にでるときにもっていく本が何冊かある。それは,わたしの好きな本で,しかもすでに何回も読み返している本ばかりだ。だから,通読するなどという野暮なことはもはやしない。旅のつれづれに,ふと本を取り出して,パッと開いたところを読む。それが不思議に,ちょうど読みたかったところであることが多い。ときには,ピン・ポイントで,長年考えつづけてきたテーマに新しい解決策を指し示してくれるような,まことに示唆に富むところと遭遇することがある。思わず「ウォッ!」と快哉を叫びたくなる。至福のときである。

 今回の「48会」に出席するために名古屋を往復するにあたり,2冊ほど文庫本をザックのなかにしのばせておいた。その一冊が折口信夫の『日本芸能史六講』(講談社学術文庫)だった。もう一冊は,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』(湯浅博雄訳,ちくま学芸文庫)である。この二冊に共通しているのは,どこから読みはじめても,すっと深いところに入り込むことができ,そのつど日常のわたしではないわたしに出会うことができるということだ。生きている喜びとは,新たなわたしに出会うことなのだろう,としみじみ思う。ほのぼのとしたエクスターズである。

 新幹線に乗ると,しばらくはぼんやりと車窓の景色を眺めている。いつも見慣れた景色ばかりなのに,ところどころで「エッ」と思わせるような新しい発見がある。が,そういう発見がないとすぐに飽きてくるので,おのずからザックのなかに手を滑り込ませる。そして,手が勝手に一冊を選んでとりだしてくる。ここが肝心なところである。どちらが出てくるかはわからない。つまり,眼でみて判断することを放棄して,手の触覚にゆだねるということ。主体性の放棄。運を天にまかせるということ。大げさにいえば自己を天命にゆだねるということ。計算も打算もない正義の根拠。なんのことはない,一か八かの「賭け」である。

 今回は,行きも帰りも,なぜか,わたしの「手」が探り当てたのは『日本藝能史六講』だった。

 そして,最初に開いたところには藝能か態藝か,能藝か態藝か,という議論がなされている。そして,能という文字は,態という文字の下の心が省略されて用いられるようになったらしい,と折口は推測し,その根拠をいくつか提示している。しかも,もともとの「態」の意味は「しぐさ」であり,「ものまね」のことだったという。たとえば,後花園天皇の時代(吉野朝)にできたといわれる『下学集』の藝態門には,風流(ふりゅう),早歌(はやうた),曲舞(くせまい),反ばい(へんばい・ばいは門構えの中に下という漢字)・申楽・田楽・松囃(まつばやし)・傀儡(くぐつ)・蹴鞠(けまり)・笠懸(かさがけ)・犬追物(いぬおうもの)といったものが,ひとまとめにされているという。つまり,これらが「藝態」の内容。しかも,この「態」という文字を「のう」と読ませていたかもしれない,と。

 わたしのひらめきは,そうか,こんにちの芸能のルーツをたどっていくと,それは「ものまね」にゆきつくのか,ということ。その「ものまね」のはじまりは降臨した神を演ずること,つまり,神の「ものまね」だったこと,その神を迎える「ぬし」を演ずること,さらに,ぬしは神を喜ばせるために即興の歌を歌う,それにつられるようにして神が舞い踊る。このようにしてこんにちの芸能は発生したのではないか,と傍証を挙げながら類推していく。

 しかも,こうした類推の仕方は折口特有の方法であって,これを「発生学風」と名づけ,この方法こそが近代のアカデミズムの限界を突破していくために必要なのだ,という。

 ここからひらめいたことは,なんと,ザックのなかにもう一冊しのばせていたジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』のことである。この本のなかでバタイユが展開した方法も,まさしく折口のいう「発生学風」の方法なのだ。サルからヒトになり,さらに人間となるときに,人間の存在の仕方になにが起きたのかというテーマの謎解きは,厳密にいえばだれも実証できないことだ。つまり,近代のアカデミズムの方法では不可能である。しかし,その限界を超えでていくためには,いくつかの仮説を提示しつつ,その仮説の向こうに見え隠れしてくることがらについて類推していくことが必要になる。そして,ヒトがいかにして「発生」し,人間がどのような契機で「発生」するかを傍証で固めていく。いまのところはそのような方法しか存在しないのだから,それに頼るしかない。もちろん,それが正しいという根拠はない。同時に,それが間違いであるという根拠もない。したがって,多くの人が支持するかどうかだけだ。近代のアカデミズムの実証の限界を超えでていくためには,折口のいう「発生学風」という方法をとるしか,いまのところないのだ。

 わたしがいま必死で取り組んでいる「スポーツ的なるもの」と「宗教的なるもの」との類縁性の問題も,その発生の「場」のアナロジーとなっていく。つまり,折口のいう「発生学風」な手法をとらざるをえない。だから,折口のこのテクスト『日本藝能史六講』にぐいぐい引き込まれていくというわけである。そして,読めば読むほどに,「スポーツ的なるもの」の発生の場も,折口のいう「藝能」の発生する「場」にあった,と納得できる。

 そんなわけで,このテクストもまた,わたしにとっては大事な座右の書なのである。これからも,なにかと思考が行き詰まってしまったときには,必ず繙くことになる書であることは間違いない。そして,そのつど,なんらかの新たな思考のヒントを提示してくれるはずである。これまでもそうであったように。

2012年11月24日土曜日

「ノリタケの森」に行ってきました。愛教大の元ゼミ生の会(48会)で。

  年に一回,定期的に集まっている愛知教育大学時代の教え子(ゼミ生)の会(48会)に行ってきました。ことしは瀬戸で教員をしているS君とUさんとが幹事をつとめてくれました。去年,幹事が決まるときの話では,瀬戸焼を中心に,というような話題もあって楽しみにしていました。が,最終案内をみましたら,瀬戸ではなく名古屋駅近くの「ノリタケの森」を中心にしたプランになっていました。カタカナで「ノリタケの森」とあったので,どういう森のことなのかなと考えてしまいましたが,よくみれば,陶磁器,セラミックの,あのNoritakeのことだとわかりました。そうか,焼き物つながり,というわけか,と納得でした。

あとで,幹事のS君の話を聞いてみましたら,地元の瀬戸で会をもつつもりでいろいろ計画をしてみたが,瀬戸焼の体験コーナーなども,去年までは無料でできたのにことしから有料になったりして,いろいろ不都合が生じたので,急遽,「ノリタケの森」にしたとのこと。なるほど,と納得。立案・計画はすべて幹事さんに一任ですので,そのときどきによっていろいろに変化します。それがまたそれぞれの個性的な味があって面白いところでもあります。

 11月23日(金)14時50分,名古屋駅集合。休日ということもあってか,駅周辺も人であふれ返っていました。予定されていた全員が揃ったところで,なごや観光ルートバス「メーグル」に乗車。すでに大勢の人がならんでいました。たまたまわたしのすぐ近くでチケットがどうのと,いささか焦ってせわしげにうろうろしているアジア系の若い女の子がいました。どこからきた女の子かわからないけれど英語でまわりの人に声をかけていました。外国旅行にでて乗り物のチケットを購入することでは苦労した経験がわたしにもありますので,こちらから声をかけてみました。すると,「メーグル」の案内パンフレットを握りしめ,「メーグル1DAYチケット」を購入したいのだ,という。ならば,乗るときに購入すればいい,とわたし。安心したようににっこり。バスに乗り込んでからも,わたしのとなりに坐ったので,少しだけかんたんな会話をしました。

 韓国ソウルからきた3人づれの友だちグループで3日間滞在すること,日本へは2回目,1回目は東京に行ったこと,そこには中央大学に留学している友だちがいて,とても楽しかったこと,などがわかりました。わたしへの質問もたくさんあって,それに応答するのは大変でした。突然の英語で,いやはや何年ぶりかであわててしまいましたが,なかなか賢い女の子で助かりました

 そんなハプニングがあって,あっという間に,目的地の「ノリタケの森」に到着。幹事さんからもらった資料によれば,Noritakeが操業当時の工場跡地をそのまま「ノリタケの森」として保存したところで,素晴らしい施設でした。イーストゲートから入っていくと,すぐ近くの噴水ひろばで消防署の吹奏楽団の演奏とバトンガールの実演が行われていました。まるで,わたしたちを歓迎してくれているかのように。しばらく見物。

 演奏終了後,まずは,クラフトセンターに移動。その途中でH君との雑談のなかで,「ぼくも定年まであと1年半を切りました」と聞き,びっくり。愛知県の教員の定年はたしか60歳だったはず。えっ,もう還暦を迎えるのだ,となにか妙な気分になってしまいました。冷静に考えれば,わたしだってもう74歳。来年春には四分の三世紀を生きることになるのですから,当たり前といえばそれまで。

 人間の人生経験の記憶というものは不思議なもので,点から点へと記憶が飛んでしまいます。そして,それらの点と点との前後関係もプロセスもなにもありません。突然,点となった記憶がよみがえってきて,そのことだけが鮮明に思い出されてきます。ですから,H君の話を聞きながら,大学の3年生だったH君の記憶に飛んでいきます。そして,2年間,ゼミ生としてともに過ごした時間。記憶は,ただ,それだけ。大学を卒業して教員となってからのH君のことは,わたしには白紙。そして,何十年ぶりかで再会するようになったときは,すでに校長先生。

 それはお互いさまで,わたしが愛知教育大学をわずか2年で去って,大阪大学に移り,そこでもたった2年で辞して奈良教育大学へ,といったその後のわたしの記憶はかれらにはなにもないわけです。にもかかわらず,そのお互いの空白をものともせずに,すぐに,ゼミ生だったころの雰囲気にもどっていくというのが,この会のいいところ。かれらが20歳のころ,そして,わたしが38歳。だから,いつのまにかわたしも赴任した当時の元気がもどってきます。しかも,わたしの初めてのゼミ生。ですから,気合が入っていました。お互いに若かったころの,元気いっぱいの,そのときの気分にもどっていくことのできる唯一の場,それが「48会」です。

 夜の宴会では,ひとりずつ順番にこの一年の経過報告がありました。やはり,みんな年齢相応の年輪を感じさせる密度の濃い一年だったことがみえてきます。学生だったころには考えられなかった,人間としての円熟味を増しています。一人ひとりの話を聞きながら,なるほどなぁ,と教えられることばかりです。なんだか,わたしだけがやんちゃなまま年齢が止まってしまったのではないか,と反省することしきりです。

 あと1,2年で,みんな定年を迎えます。そうなったら,いまの激務からも解放されて,いくらか時間の余裕もできてくることでしょう。また,違った雰囲気がでてくるのではないか,といまから楽しみにしているところです。場合によっては,どこかの温泉で一泊しながら・・・などというプランが生まれる可能性も。楽しいことを夢見て,その日の到来を待つことにしましょう。

 そのときには,日本国が原発ゼロに向けて,あらゆる努力を惜しまず,国民が一丸となっていることでしょう。もし,そうでなかったら,もはや,夢も希望ももてなくなってしまいます。なによりも,まずは「生きる」ということ,「命」を最優先する政治があって,それから経済でしょう。そんな話も,この「48会」ではさせてもらいました。みなさんがどのように聞いてくださったかまではわかりませんが・・・。

 みんな健康で,笑顔で再会できることを。今回,集まった人たちは大丈夫でしょう。そして,公務の都合でどうしても参加できなかった人たちとの再会を楽しみにしています。これがわたしの長生きのための最高の良薬。

2012年11月23日金曜日

「相撲の起源は芸能である」(折口信夫説)。

  折口信夫の名著のひとつに『日本芸能史六講』(講談社学術文庫)がある。この本の第四講に「相撲の起源は芸能である」ことの根拠が,かなり詳しく述べられている。しかも,そこには驚くべき根拠が提示されている。

 わたしはかねてから「相撲は芸能である」という立場をとってきた。そのつど,その根拠もいくつか提示してきたつもりである。しかし,世の中には「相撲は神事である」と信じて疑わない人が多い。日本相撲協会がそういう立場に立ち,それを前面に押し出していることもよく知られているとおりである。だから,ジャーナリストの多くも,その立場からの報道をくり返す。単なる垂れ流しである。みずから「相撲とはなにか」と問い,あまたある相撲の研究書を繙こうとはしない。せいぜい評論家の意見を取材する程度だ。そして,この評論家の多くもまた日本相撲協会の片棒を担ぐ。食っていくための箍をはずすことはできない。こうして,相撲神事説が再生産されていく。

 たとえば,八百長問題が大きな話題になったときも,相撲神事説とフェアプレイ精神の立場から,ポピュリズムを煽り立てるような報道がつづいた。朝青龍事件のときには,恥ずかしくて顔を覆いたくなるようなゼノフォビアまで登場し,世を挙げてバッシングにこれつとめたことを,よもや忘れてはいまい。

 しかし,わたしは相撲は芸能であると考えているので,八百長も大相撲のうち,という立場に立つ。八百長も芸能にとっては大事な「芸」のうちのひとつだから。ただし,バレるような,下手な八百長をやればお客さんが来なくなるだけのこと。だから,絶対にバレないような八百長を仕組まなくてはならない。ときには,見え見えの八百長なのに,それが立派な「芸」になっていて,お客さんから大きな拍手をもらえるようなときもある。かつては,そういう相撲もみられて,じつに楽しかった。力士とお客さんとの呼吸が合うと,その場になんともいえない一体感が生まれ,場所全体が別次元に移行していく。まるで,名優の演ずる素晴らしい歌舞伎芝居をみているような気分になることもあった。もちろん,升席でお酒を飲みながらの見物は,むしろ相撲の方が芸能の伝統を守っているとさえ言えるほどだ。

 そういう相撲はいまは望むべくもない。やせこけた,自分だけが正しいという,エゴイスティックで,自己満足的な正義感の強い人が増えたせいだ。そういう人たちの言っていることは間違いではない。しかし,大局的にみると,矛盾だらけの文化のもつ豊穣さをぶち壊してしまうことになり,なんとも寂しいかぎりである。その結果,文化としてはまことに貧相なものに堕してしまうことになる。大相撲も,すでに,そうなって久しい。

 興業主が「大相撲は神事だ」というのだから神事でもかまわないが,それをみて楽しむ側は,大相撲のもつもっと深い芸能性を楽しんだって一向にかまわないはずだ。しかも,その精神は立派にいまも生きているのだから。

 さて,前置きが長くなってしまったが,本題の折口信夫説をごくかんたんに紹介しておこう。

 第四講の小見出しはキー・ワード風に,あそび,田遊び,えぶり,相撲,わざをぎ,こひ,田楽,猿楽,能,座,とならんでいて,この順番に講義が展開している。

 これをみただけで,相撲があそびや田楽,猿楽,能,などと同列に取り扱われていることがわかる。そんなバカなという人は,相撲には「しょっきり」と呼ばれる相撲があることを思い出していただきたい。これなどは猿楽そのものだ。みているお客さんが大笑いするように仕組んである。勝負などどこ吹く風とばかりに,現実にはありえないような相撲をとって,お客さんを喜ばせる。これが相撲の原型なのだと折口信夫は力説する。つまり,相撲は「あそび」にその起源を求めることができるのだ,と。

 もともと古い和語の「あそび」は,「鎮魂の動作」を意味していた,という。古代の天皇が「野遊び」をするのは,「鎮魂の動作」としての意味がその根底に宿っている。同時に,大自然の「霊力」をわがものとする身振りでもある。これだけではなく,折口信夫は,わたしですら驚くような説を惜しみなく展開している。たとえば,以下のようである。

 「楽器を鳴らすこと,舞踊すること,または野獣狩りをすること,鳥・魚を獲ることをもあそびと言ふ語で表していますが,これは鎮魂の目的であるからです。つまり鳥,獣を獲ったり,魚を釣ったりするのは悦ぶためだといふ風に解釈されますが,そういう生き物が人間の霊魂を保存しているから其を迎えて鎮魂するのです。」

 「・・・・楽はあそびなのですから,田楽も田遊びも同じことになるわけですが,田遊びは田に於て鎮魂を行ったといふことではっきりしています。つまり田を出来るだけ踏みつけ,その田を掻きならして田に適当な魂をおちつけ,ぢっとさせておき,立派な稲を作るといふことなのであります。」

 「・・・ところが田遊び以前の田に関係した行事が考えられます。─中略─。演劇の昔の伝統を尋ねて行くと妙なことに他には行かないで相撲に行ってしまふことです。これは日本の演劇の正当なものなのです。宮廷では七月に相撲(すまひ)の節会(せちえ)といふものを行ひ,其時期が相撲の季節となりました。そしてこれはどうしても演劇にならなければならなかったのですが,途中から演劇の芽ばえが起こって来て,相撲はその方面に伸びなかったのです。」

 「・・・蹴速(けはや)のふみ殺された所は「腰折田」と称して残ったといふことですが,これはその通りの動作が行はれておったところなのでせう。地方に行きますと,囃田(はやしだ)とか鼓田(つづみだ)とか舞田(まいた)といふ名称の田がありますが,それは其処(そこ)に行って田植の時に芸能の行はれる事の意味なのです。」

 とまあ,こんな具合に眼からうろこが落ちるような話がつぎからつぎへと登場する。たとえば,野見宿禰と当麻蹴速の相撲の真意について(まれびとの来臨),大国主命(おおくにぬしのみこと)の国譲りの相撲について(手を取る・・・相手の魂を招きこふ動作,この「こふ」が「こひ」(恋)となる,など),米の豊作を予祝する儀礼としての相撲について,などなど。これらはすべて年占いであり,演劇として演じられたものだと折口信夫は,じつに軽妙にその裏側の複雑な仕組みにいたるまでをわかりやすく説いている。

 この他にも,たくさんの相撲=芸能を裏づける話がでてくる。あとは,テクストに直接あたって確認してみていただきたい。その方が面白いこと請け合い。

 最後にひとこと触れておきたいことは以下のとおり。

 意外なことに,相撲と能とは,同じルーツから枝分かれした芸能であった,ということ。すなわち,田遊びという鎮魂のための芸能が,ひとつは相撲となり,もうひとつは田楽,猿楽,能楽となっていく,というわけである。このあたりのことは,調べていけば無尽蔵に面白い話がでてくるはずである。こんごの課題としておく。

原発推進のみならず,国防軍までもめざすという安倍・自民党。ここだけは断じて投票してはならない。

 えっ,国防軍?それって,戦争ができる軍隊のこと?なにを考えているのか。安倍・自民党は。ひょっとしたら,イシハラ君に煽られて,その先手を打つつもりなのか。それじゃあ,尖閣諸島のときの民主党と同じではないか。それよりももっと質が悪い。憲法を変えて戦争にまで手を伸ばそうとしているではないか。まるで,国境問題を軍事力で解決しようとでも思っているのだろうか。

 今日(22日),発表された自民党の選挙スローガンをみて,茫然自失。この人たちって,ひょっとしたら「認知症?」,いやいや,むかしのことばを使えば「気がふれた?」ということ。もっと,わかりやすく言えば,「気が狂ったの?」となる。

 そんな気がふれた人のことばにしたがって,かくも危ない橋は絶対に渡ってはならない。そんなことは敗戦後の長い年月をかけて,しっかりと反省し,二度と戦争はしないと覚悟したではないか。つまり,敗戦から,すでに70年間,営々として日本国民は再軍備だけはしないという選択をしてきたではないか。アベ君,君はいったいなにを考えているのか。この東日本大震災・原発事故のドサクサまぎれに,一気に憲法まで変えて,近隣諸国を敵に回そうとでも考えているのか。ひょっとしたら,ご先祖さまが夢枕にでも立って,とくべつのご託宣でもあったのか。まさか,あのキシ君だって,サトウ君だって,晋太郎君だって,このタイミングで憲法を変えて再軍備せよ,とまでは言わないだろう。

 選挙まで,あと一ヶ月を切ったというのに,テレビはいつものとおりのバカ番組ばかり。選挙などどこ吹く風とばかり,お笑いと歌番組がずらりと並んでいる。この一ヶ月足らずの間に,日本国の命運を決する,おそらく歴史に残る意志決定をしなくてはならないというのに・・・。あるいは,これもまた原子力ムラの一致団結した隠密的な差配によるものなのか。だとしたら恐ろしいことだ。もっとも,よくよく考えてみれば,これまでの世論を自在にコントロールしてきたのはみんなマス・メディアだった。そのマス・メディアを動かしてきた力がどこからきていたのかということも,おおよそのところはわかってきている。そして,いまもなお眼に見えないところで,もののみごとに世論を意のままに操っている。

 いま,新聞もテレビも,最大のニュースとして取り上げなくてはならないのは,安倍・自民党が憲法を変えて「国防軍」の設立をめざす,と大見得を切ったことだ。この一大事を,どのテレビ局も取り上げようともしない。そして,ゴールデン・タイムでNHKがとりあげたのは,愛知県豊川市の信用金庫立て籠もり事件だ。しかも,時間を延長してまで。もちろん,これも重大なニュースには違いない。しかし,それよりもっと大事なのは,こんどの選挙で政権をとったら憲法を変えて国防軍をもつという安倍・自民党のスローガンだ。のみならず,憲法改正(改悪)の方法を,現行の三分の二から二分の一でできるようにもする,という。

 いやはや,そんなことになったら,政権が変わるごとに憲法が変わることになる。憲法は国の骨格だ。その国の骨格がそんなにコロコロ変わっては困る。ほんとうに憲法を変えなくてはならないときがくれば,国民がその意志を表明する。その意志が全体の三分の二以上の代議士を選出したときが憲法を変えるときだ。そんないっときの政権の都合で憲法を勝手に変えられては困る。憲法こそ,国民の意志で明確に決定しなくてはならない。その憲法を変えると安倍・自民党は選挙スローガンにかかげたのだ。これを支持すると,日本国は戦争「放棄」の国から一気に戦争「蜂起」の国になってしまう。そういう恐ろしいことが,あと一ヶ月足らずの間に決まろうとしている。

 みんなで叡智を出し合って,寄ってたかって議論をしなくてはならないときだ。そのためには正確で敏速な情報が欲しい。だから,ひとりでも多くの候補者の生の声が聞きたい。なのに,テレビでは相変わらずのバカ番組ばかりが勢揃い。NHKを筆頭に,思考停止の国民増産に励んでいる。ほんとうに,このままでは日本国は沈没してしまう。

 「3・11」以後の政府の醜態をみていると,こんどの選挙しかチャンスはない。国民が本気で,原発ゼロか原発推進かを熟慮し,覚悟を決めなくてはならないときだ。目覚めよ,「茹でカエル」。もう,すでに身動きできないとでもいうのだろうか。あまり深く考える必要もない。命とカネとどちらが大事か。それだけでいい。

 いずれにしても,原発推進,憲法改悪,国防軍設置・・・・の路線を鮮明に打ち出した安倍・自民党だけは回避したい。このことだけははっきり言っておきたい。

2012年11月22日木曜日

ボクシング小説・角田光代著『空の拳』(日本経済新聞出版社)を読む。

 スポーツ小説が花盛りです。これまでマンガ・動画の領域では大活躍していたスポーツですが,いつのころからか気がつけば小説の世界で大活躍です。取り上げられる題材も,野球,サッカー,陸上競技,相撲,などのメジャーなものから,マリン・スポーツやトレッキングなどの最近の人気スポーツにまで多岐にわたっています。以前は,もっぱら山岳小説が中心でしたが(こちらはむかしからずいぶん読んできました),最近は身近なスポーツが人気のようです。作家もまた,男性中心から女性へとひろがり,スポーツ小説の取り上げられ方も大きく変化しているように思います。詳しいことは,いずれ,とりあげてみたいと思いますが,今日は,いま話題の一冊の本をとりあげてみたいと思います。

 角田光代著『空の拳』(日本経済新聞出版社)です。しばらく前の『週間読書人』が角田光代さんのインタヴュー記事を大きくとりあげて(全面2ページ)いましたので,これは読んでおかなくてはいけない,と思っていました。で,すぐに本屋で手に入れてはあったのですが,なかなか読むところにいきませんでした。なぜなら,500ページにも及ぶ大作でしたので,おいそれと読みはじめるわけにはいきません。で,そのチャンスを狙っていました。

 狙ってはいましたが,いつまで経ってもその機会は巡ってきません。そこで,とうとうしびれを切らして,エイヤッ,と読みはじめることにしました。案の定,徹夜で読むはめになってしまいました。困った本の一冊になりました。

 この本の主題はボクシングです。しかも,作家は女性です。わたしのイメージでは,角田光代さんがボクシング小説を書くとは夢にも思っていませんでした。が,その角田さんがボクシング小説,いな,スポーツ小説に初めて挑んだというところが,わたしにはとても新鮮に映りました。なぜ,女性作家がボクシングを描こうとしたのか,ボクシングをとおしてなにを描こうとしたのか,ボクシングの神髄にどこまで迫ることができるのか,そして,現代社会を生きている若者たち(われわれ大人も含めて)にとってボクシングとはなにか,というのがわたしの興味・関心でした。

 それには,いささか理由がありました。ちょうど一年前,わたしの監訳で『ボクシングの文化史』(カシア・ボディ著,松浪稔+月嶋紘之訳,東洋書林)という翻訳本を世に問うということがありました。じつは,この『ボクシングの文化史』を書いたのも女性でした。しかも,著者のカシア・ボディはロンドン大学やその他の大学で現代英米文学やメディア論,文化論の教鞭をとる学者・研究者です。もちろん,評論やエッセイもたくさん書いている人ですが,なぜか,ボクシングにも興味をいだいて,とうとう『ボクシングの文化史』という大著(本文だけで570ページ)をものした人です。この本の巻末にわたしが「監訳者あとがき」を書いていますので,こちらも参照してみてください。

 そこでも述べておきましたが,ボクシングは,さまざまなスポーツのなかで,もっとも人間の野生を剥き出しにさせる文化装置ではないか,というのがわたしの仮説です。つまり,人間の野生回帰願望をもっとも多く叶えてくれる文化装置,それがボクシングではないか,と。そして,その野生性に対する反応の仕方は,男性と女性では,根本的なところで異なるのではないか,と考えています。あえて言ってしまえば,男性はどちらかといえば理性で野生性と向き合い,女性はそのままからだ全体でボクシングの野生性を受け止める傾向が強いのではないか,ということです。

 こんな問題意識をもっていたものですから,さて,角田光代さんは,女性として,どんな風に「ボクシング」を受け止め,ボクシングのどこに着目し,この小説をとおしてなにをメッセージとして伝えようとしたのか,といったようなことがらがなにがなんでも知りたいと思いました。案の定,いくつもの発見がありました。なるほどなぁ,女性作家がボクシングを小説として描くとこういうことになるのか,と納得するものがたくさんありました。それらについては,これから読もうという人のために,ここでは書かないでおきます。

 もちろん,バタイユ的な世界観からボクシングをとらえようとしているわたしからすれば,物足りないところもたくさんありました。それは,それで,無い物ねだりというものなのでしょう。そのことによって,逆に,わたし自身のボクシング観が浮き彫りにされてきて,ある種の快感も味わうことができました。描かれないことによって,そのことを,さらに強く意識させられるという反面教師的な役割も果たしてくれている,という次第です。

 たくさんの文学賞(海燕新人文学賞,野間文芸新人賞,坪田譲治文学賞,婦人公論文芸賞,直木賞,川端康成文学賞,中央公論文芸賞,伊藤整文学賞)を受賞してきた角田光代さんが,この作品によって,また,新たな境地を開いたことは明らかです。さて,この作品によって,こんどはどんな賞を受賞することになるのか,いまから楽しみです。

 わたしからのお薦めの一冊です。ただし,読みはじめたら徹夜をする覚悟をしておいてください。とくに,週末に読む小説としてお薦めします。

 以上。

手の指の関節,足首や膝の関節,そして股関節は努力次第で柔らかくなります(李自力老師語録・その24.)

 李老師の準備運動の最初の運動は,ほとんど例外なく,手の運動からはじまります。両手の指を交互に絡めたまま手首の力を抜いて柔らかく回したり,腕・肘を大きく動かしてくるくる巴(太極拳のマーク)を描くように動かしたり,指先をしっかり反らせたりする運動です。なんのことはない,最初からだれにでもできるかんたんな運動です。

 しかし,李老師のこの運動をよくよく観察してみると,どこかふつうの人とは違います。簡単に言ってしまえば,なぜか,とても美しいのです。その理由のひとつは,手首と指の関節が微妙に柔らかいのです。このことに気づいたのは,つい最近のことです。

 そういえば,いつだったか,子どものころに徹底的に関節を柔らかくする運動をやらされたことがある,と李老師からお聞きしていました。そのお話が,ふと脳裏に浮かんできました。とくに,足首を柔らかくするためには相当の痛みに耐えなくてはならなかったそうです。泣きながら,その痛みと闘っていた,と。ときには逃げ出したくなったこともある,と。

 股関節を中心とした柔軟運動も同じで,子どものころに相当に厳しい指導を受けたことがある,とも。大勢の大人たちに囲まれて,身動きできないよう抑え込まれての柔軟運動は,思い出すだけでも恐ろしいほどの経験だったそうです。しかし,そういう厳しい鍛練を経ることによって,太極拳をするからだが,少しずつ,成長とともにできあがっていくというわけです。人知れず,子どものころから,柔軟性を養うことを継続して,はじめてあの李老師のからだができあがっている,という次第です。一朝一夕にできあがったものとはわけが違います。

 その訓練はいまも継続してやっている,こんどは自分の意志でやっているとのことです。少なくとも,毎晩,寝るまえには,必ず柔軟運動をやることにしている,と。できれば,お風呂に入って,からだを温めておいてから柔軟運動をやると,とても効果的です,と。

 手の指の関節,足首や膝の関節,そして股関節,などは努力すれば必ず柔らかくなります,と。それぞれの運動の強度は,一人ひとりのからだの状態によって上手に調節する必要がありますが,まずは継続すること,これが第一です,と。

 李老師の仰ることはいちいちもっともな話ばかりです。あとは,実践あるのみです。が,問題はここです。理解していることと,実践することとは,別の話です。言うはやすし,行うはかたし。思いついたときに柔軟運動をやればいい,というようなことはだれでもわかっています。しかし,それを実践するのはまた別の話になります。実践は強い意志の力が必要です。よほどの動機がないとなかなかできません。

 わたしも若いころ,体操競技をやっていましたから,どのように柔軟運動をやればいいかは,ひととおりのことは知っていますし,実践もしていました。当時は,いまから考えても,とても柔らかなからだを維持していました。もちろん,そうでなくては競技はつづけられませんから,当然といえば当然のことです。それでも,自分の意志で柔軟運動を毎日,継続することは容易ではありませんでした。ですから,競技をやめたとたんに,もう,柔軟運動はほとんどしなくなってしまいました。それからこんにちまで,もう,何十年もの間,なにもしてないのですから,からだが固くなるのは当たり前です。そこに長年の加齢があります。

 でも,ときおり,思い立ったかのように,熱心に柔軟運動をはじめることがあります。そうすると,不思議や不思議,どんどん柔らかくなってくるのです。それで味をしめて,喜び勇んで柔軟運動に取り組みます。が,三日坊主ではないにしても,あまり長くはつづきません。すると,こんどはあっという間にからだが固くなってしまいます。からだを柔らかくするには相当の時間が必要ですが,からだが固くなるのは三日もあれば十分です。すぐに,もとの固いからだにもどってしまいます。ですから,ほんとうは毎日,少しずつ継続すればいいのです。それがなかなか・・・・・。

 でも,柔軟運動はこの年齢でもやれば必ず柔らかくなるというのは事実ですので,できるだけ努力したいと思います。そのためには,定期的に,表演を見せる/観てもらう,ということがいいようです。李老師もよくよく観察していますと,太ったり,細く絞りこんだりを繰り返していらっしゃいます。で,聞いてみますと,こんどどこどこで表演を頼まれているので,少し絞り込まないと・・・・というようなことを仰います。なるほど,と納得。ならば,それを見習うべし。上手/下手はともかくとして,だれかに定期的に観てもらうことが大事なようです。

 まあ,それはともかくとして,これから少しずつ柔軟運動を行う習慣をつけていきたいと思っています。そして,李老師を驚かすくらいの動機は許容範囲でしょう。密かに,始めて,李老師を驚かすことにしよう。もっとも,ここに書いてしまった以上は,バレバレですが・・・・。

2012年11月21日水曜日

日馬富士,白鵬の2横綱に土。終盤の星のつぶし合いが面白くなる。

 2横綱が立て続けに負けた。日馬富士はひとりで転んだ。白鵬は力負けした。さて,この負け方が残り4日間の両横綱の相撲にどのような影響を及ぼすことになるのか,俄然,面白くなってきた。わたしの予想は日馬富士の逆転優勝なるか,という希望的観測に賭けたい。

 今日の太極拳のあとのランチ・タイムで,珍しくNさんと相撲の話で盛り上がった。Nさんの批評は,ふつうの人とはちょっと眼のつけどころが違っていて面白かった。Nさんは,横綱という地位がそうさせるのか,あるいは,横綱に到達した人だからこそそうなるのか,たぶん,その両方なのだろうが,横綱の立ち合うまでの所作が,大関以下の力士とはまるで違う,という。

 横綱は,呼び出されて土俵に上がったときから,もう,すでに別世界を創り出す。土俵に上がってからの一つひとつの所作に凛としたもの感じさせる。つまり,見ているこちらのこころもからだも,ピリッと引き締まる,そういうオーラのようなものを発している。もっと言ってしまえば,力士として,相撲人(すまいびと)として,生きている次元が違う。そういう次元の違いを見せつける凛とした所作が,そこはかとない迫力となって伝わってくる。だから,当然のことながら,相撲内容も違ってくる。横綱相撲とは,そういう身心ともに充実した,ひとつ天井を抜け出た者のみが表出することのできる,密度の濃い相撲のことではないか,とNさんは力説する。

 わたしもまったく同感である。すくなくとも,朝青龍,白鵬,日馬富士とつづくモンゴル出身の横綱には,それが強く感じられる。だから,仕切り直しをしているときから,身も心も異次元に引きこまれていく。それが堪らない魅力になっている。

 その横綱が,今日(21日),立て続けに負けた。

 まず,日馬富士。両足ともに流れたまま,ばったり前に落ちた。まるで,ひとりで落ちたようにみえた。両足ともに一歩も前に踏み込んではいないのだ。とくに,左足はすべって,後ろに流れていたようにみえた。上半身に力が入りすぎて,下半身がお留守になってしまう,悪い立ち合いの見本のようなものである。低い立ち合いはむかしからのもので,そこを狙って相手力士は「はたく」のだが,滅多に前に落ちることはない。むしろ,そこを好機とばかりに相手のふところに飛び込み,得意の相撲を展開する。だから,こんな落ち方,それも自分で落ちたような落ち方は,わたしが記憶するかぎり見たことがない。そんな珍しい負け方をした。

 この負け方は尾を引くことはないだろうとわたしは考える。明日からは,これをバネにして,また,別人のようになって蘇ってくるだろうと,これはわたしの希望的観測。

 それに引き換え,白鵬の負け方は傷が深いとみる。琴欧州に左上手を引かれ,左から攻めつづけられ,ただ防戦するのみ。最後は,右半身で相手の攻撃を待つだけの,白鵬の悪いパターンが露呈した。そして,最後の最後まで,なすすべもなく,寄られるとあっさりと土俵を割った。一方的な琴欧州の勝ち相撲である。以前も,これとよく似た相撲でやられている。このままだと,琴欧州に左上手を引かれると,もう勝てないとからだが記憶してしまう恐れがある。

 このダメージは相当に大きいのでは?とわたしは考える。明日は稀勢の里だ。あの強烈な左おっつけが炸裂したときには,過去にも辛酸を舐めたことがある。それをどうさばくか,明日の壁が大きくのしかかってくる。今夜は眠れないのではないか,と思う。もっとも,それを撥ね除けるのが横綱たるものの力量というものだ。さて,どうなることか。

 昨日までの両横綱の相撲について,テレビの解説者(毎日,変わる)も,新聞の北の湖理事長の談話なども,白鵬の磐石の強さを絶賛している。その一方で,日馬富士の相撲に関しては辛口の批判が多かった。わたしは,この相撲の専門家たちの批判には違和感をいだいていた。白鵬の強さをほんものだろうか,と。どこか違うのでは?と。こういう一方的な勝ち方をしていると,形勢不利な態勢からの反撃ができなくなるのでは?と。その危惧が今日の相撲となってでた。それに引き換え,日馬富士は,毎日,違う相撲をとっている。わたしの推測では,いろいろの工夫を試しているのではないか,とさえ思う。とくに,立ち合いの仕方は,日替わりメニューのように違う。その歯車(手順)が狂ったのが,今日の相撲だ。あと4日間の相撲は,これまでに積み上げてきた勝ちパターンの立ち合いをしていけばいい。あとは臨機応変にスピード相撲をこころがければいい。

 さて,白鵬はどうするか。右を差して左上手を引けば,磐石の相撲がとれる。しかし,右腰に食いつかれて,左上手が引けない態勢になると,なすすべがなくなる。今日の琴欧州のように。日馬富士はその相撲が得意だ。しかし,先場所は白鵬の左上手投げと日馬富士の右下手投げの応酬だった。そして,土俵を一周する投げの打ち合いの結果,日馬富士が勝ちを制している。相撲の常識である上手投げと下手投げの打ち合いでは上手投げが有利という,その定石を覆す日馬富士の右からの下手投げだった。白鵬の得意とする左上手投げを制したのだ。このダメージは相当に大きいだろうと思う。

 こうなってくると,星勘定とは別の次元で,千秋楽の横綱対決はみものである。想像するだけで,もう,いまから息が止まりそうなほどだ。その鍵を握るのは「立ち合い」だ。ここで先手をとった方が勝ち。だから,この対決を意識してか,日馬富士の今場所は立ち合いの仕方を日替わりのように変化させ,試している。千秋楽には,すでに一度だけみせたあの千代の富士を彷彿とさせる立ち合い(左前みつを引く)が炸裂するのではないか,とわたしは楽しみにしている。

 さて,今日の負け相撲を,両横綱はどのように裁いて,明日以降の終盤の相撲に生かしていくのか,これもまた横綱に課せられた重要な課題である。明日からの星のつぶし合いが面白くなる。と同時に,わたしはその相撲内容にも注目していきたい。つまり,来場所につながる相撲をきちんととりきることができるかどうか。長い眼でみると,こちらの方が面白い。

2012年11月20日火曜日

「小異を捨てて大同につく」とは「原発ゼロを捨てて原発推進につく」ということでした。正体みたり。

  イシハラ君とハシモト君がとうとう手を組んだ。その記者会見では「小異を捨てて大同につく」とイシハラ君が大見得を切った。イシハラ君は数さえ集まればいいという無節操ぶりを曝け出し,減税のタカシ君もみんなのヨシミ君も抱き込もうとした。が,ハシモト君があくまでも政策で一致することが大事と主張してこの二人のことは先送りとなった。が,一方でそのハシモト君はみずからの政策まで変更してイシハラ君と手を組むことにした。

 すなわち,「原発ゼロ(小異)を捨てて原発推進(大同)につく」という選択だった。

 なんという無節操な・・・・。要するに権力への近道を選んだだけのこと。その一方でライバルは切り捨てておく,というハシモト君の根性もまるみえとなった。

 これで「原発推進」の自民党を筆頭に,軒並み「原発推進」を声高らかに宣言することになった。これで選挙が戦えると思っているらしい。国民をバカにするのもいい加減にしてほしい。民意の80%は「原発ゼロ」を希望しているというのに(政府発表の調査結果)。ただし,最近の東京都民の意識調査では56%だという。東京都民だけの異常現象なのか(都知事選に向けての調査なので,原発への意識は低くでたかも),それともあっという間に「原発ゼロ」の民意は薄れてしまったとでもいうのだろうか。それにしても,過半数は「原発ゼロ」を望んでいる。

 この数字とはうらはらに,政党支持では自民党がトップ,第二位に民主党,第三位に維新,第四位に国民の生活が第一,とつづく(新聞社によって調査結果が異なる)。このうち,「原発ゼロ」をはっきり謳っているのは国民の生活が第一だけ。民主党の「原発ゼロ」は口先だけで行動は再稼働,だから,わたしは信用しない。意外なのは,「原発ゼロ」を鮮明に打ち出している社民党や共産党への政党支持率が上がらないことだ。なにゆえに,こんなに支持率が低いのか。政党を代表する看板の印象がわるいのか,それともほかに理由があるのだろうか。

 でも,ここはワン・ポイント・リリーフでもいい。とにかく,政党のこれまでのイメージよりも,「原発ゼロ」をしっかりと掲げている政党,あるいは無所属の人を見極めるべきではないか。そして,民意をしっかりと反映する政治に向けて舵を切ることだ。その絶好のチャンスがこんどの選挙だ。その鍵はわれわれが握っている。このことを忘れてはいけない。

 ここを間違えるとたいへんなことになる,とわたしは考えている。かりに,自民党が政権党に返り咲いたとしたら,アベ君はすぐにイシハラ君,ハシモト君と手を結んで,巨大な権力を構築することになるだろう。そして,ノダ君のところの再選議員も雪崩をうって離党し,政権党に鞍替えすることになるだろう。あるいは,その前に雪崩現象が起きるだろう(誓約書を書かない候補は公認しないという異常ぶりに注目)。

 こうなると,55年体制よりももっとひどいことになっていく。長年かかって構築してきた原子力ムラの住民たちが一気に活性化し,かれらの思うままに日本が作り替えられていくことになる。ふたたび,全国の原発が再稼働され,つぎの大震災で日本列島は沈没していく。まさに,金に眼がくらんだ亡者どもの意のままだ。

 近隣諸国のもっとも恐れている日本の右傾化が,ますますはっきりしてくる。それこそ,この流れでいくと,憲法を改正(改悪)して,再軍備へ一直線,となりかねない。その結果は「ドンパチ」のはじまりである。しかし,それだけはなにがなんでも回避しなくてはならない。つまり,原発推進派がひた隠しにしているほんとうの意図は,いつでも原爆を製造可能な能力(最先端の科学技術)を保持することにある。もう一点は,原発を輸出して一儲けしようとする経済効果である。わたしたち国民の命を犠牲してまでも,いやいや世界中の人びとの命と引き換えに,恐ろしい道を突き進もうとしているのだ。

 そうしたすべての分岐点が,「原発ゼロ」か,「原発推進」か,なのである。ここさえ決まれば,つぎなる政策の選択肢が決まってくる。TPPも増税も沖縄問題も,なんの迷いなく意志決定することができるだろう。だから,ほんとうに今回の選挙は日本の未来の命運を賭ける大事なわれわれの意志決定なのだ。

 「小異を捨てて大同につく」などと立派なことを言っているが,じつは,下心がまるみえなのだ。繰り返しになるが,権力への近道を選んだだけで,たんなる利害/打算の結果にすぎない。こういう輩の言動に幻惑されないように,ご用心,ご用心。

2012年11月19日月曜日

東慶寺の西田幾多郎,鈴木大拙,和辻哲郎,ほかのお墓詣でをしてきました。

 11月18日(日)は,前日の雨があがって,快晴無風の素晴らしい青空がひろがりました。以前からお招きのあった北鎌倉に住む友人Oさん宅でのバーベキューの集まりには,申し分のない絶好の天気に恵まれました。小春日和を思わせるようなポカポカした温かい日差しを浴びてのバーベキューには最高でした。

 この集まりが12時からでした。ならば,折角,北鎌倉まででかけるのだから,その前に東慶寺に立ち寄ることにしようということで,朝,少し早めに家を出ました。北鎌倉の駅を降りてすぐのところに東慶寺はあります。線路を挟んで円覚寺の斜め前くらいのところに位置します。ついでに言っておけば,東慶寺は臨済宗円覚寺派のお寺です。鎌倉街道に面していますので,電車を降りた観光客が長蛇の列をつくって歩いています。その列から離れて東慶寺の境内へ。

 ひとりで,のんびりと,気の向くままに東慶寺の境内を散策です。急ぎ足でとおり過ぎてゆく観光客を横目にみやりながら,足元の草花を鑑賞したり,散りはじめた「いわたばこ」の葉を眺めたりしながらの散策です。ですから,ほとんどの人が気づかずにとおり過ぎてゆく「十月ざくら」もじっくりと鑑賞することができました。すでに,散りはじめていましたが,まだ,かなりの花が咲いていました。でも,あまりに小さな花なので,よほど注意をしないと気づきません。

 本堂を右手にみながら,メインの参道を登っていくとやがて墓地に達します。ここからが,今日のわたしの主目的です。以前,ここにきたときには大勢で歩いていましたので,その流れに身をまかせていました。が,今日はひとりだけですので,完全に自分のペースで歩くことができました。まずは,一直線に西田幾多郎の墓へ。その墓碑には「寸心居士」と彫ってあるだけですので,知らない人にはこれが西田幾多郎の墓だとはわかりません。とても素朴なというか,簡素なお墓です。しばらく,ここに佇んで,西田幾多郎に思いを馳せ,かれの悲劇的な生涯や,その生涯と深く切り結ぶことになったかれ独特の哲学(純粋経験,行為的直観,絶対矛盾的自己同一,「哲学とは悲劇でなければならない」という名言も残している)のことを考えました。


 その西田幾多郎の墓の左隣には安倍能成の墓が,そして右隣には岩波茂雄の墓があります。そして,さらに道を隔てた右前には鈴木大拙の墓があります。こちらも「大拙居士」とだけ墓碑に彫ってあるだけです。「寸心居士」と「大拙居士」の墓碑はほとんど同じ大きさ・形をしています。いずれも五輪塔です。金沢の四高時代からの同級生で,無二の親友らしく,墓碑まで相談してあったのではないかと思わせます。晩年の西田幾多郎は鎌倉に住んでいました。が,第二次大戦末期には食料を手に入れることができず困りはてていたようです。そこへ,鈴木大拙がさつまいものなどの差し入れをしてくれることがあって,とても助かるということを日記に書き留めています。が,西田は,ほとんど栄養失調のような状態で,敗戦直前にこの世を去ります。まるで,シモーヌ・ヴェーユの最後を思い起こさせるような死に方をしています。その西田の死を見届けたのちも,大拙は長生きをしています(1966年没)。ですので,大拙は折あるごとに西田のお墓に何回も足を運んでいたはずです。その大拙が西田とそっくりのお墓を残しているわけですので,これは偶然とはいえないでしょう。


 その西田や大拙のお墓から一段下がったところに竹林に囲まれた大きな構えの和辻哲郎のお墓があります。ここだけは独立して別世界を形成しています。ここでもしばらく佇んで,和辻の『風土論』(最近,見直されつつある)のことを考えたり,西田幾多郎との関係を考えたりして時間を過ごしました。

 大拙の墓の裏側には谷川徹三の墓が,西田の墓の二つ隣には野上弥生子の墓が・・・・という具合にこのあたりにひとかたまりになって著名人の墓があります。が,大半の人たちは足を止めることもなくなにげなく眺めてとおり過ぎていきます。時間がないのか,興味がないのか,なんだろうかと首をひねりながら,黙ってみやっていましたが・・・・。

 さて,このほかにも今回,初めて見つけた墓もいくつかありました。この墓地の一番奥の左端の高まったところに高見順の墓,墓地の中央あたりに田村俊子の墓,その近くに前田青邨の墓,さらに下ってきて左に小林秀雄(この墓碑には「小林」とだけ彫り込まれています。いかにも小林秀雄らしいと思いました)の墓が・・・・という具合です。

 最後に,以前,確認してあった織田幹雄と大松博文の墓(左の一番奥まったところ)を詣でてきました。意外に質素な墓ですが,二人並んでいるところが,なんとなく微笑ましい感じがしました。と同時に,なぜ,この二人の墓がここ東慶寺にあるのかなぁ,と考えたりしました。よほどの思い入れがないかぎり,わざわざここにお墓をつくる必要はないはずです。

中央の銅像が織田幹雄さんで,その左側にお墓がある。この銅像の右側が大松博文さんのお墓。織田さんは「精進」,大松さんは「根性」ということばをお墓に彫り込んでいる。
 ここまできたときに,1時間くらいは経過したかなと思って時計をみたら,なんと2時間が経過していました。すでに,集合時間に遅刻です。急いでOさんの家をめざしました。とはいえ,歩いて5分ほどのところです。最後の急坂を登りながら,もう,みんな揃っているのだろうなぁ,と想像しながら胸を躍らせていました。

 ここでの話は割愛。いつか機会をみて。

 愉しい,ほんとうに愉しい時間を過ごして,家にもどってから東慶寺のパンフレットを確認していたら,なんと楊名時の墓があることがわかりました。日本に最初に太極拳を普及させた功労者です。いまは,娘さんが後継者となり,活躍されています。わたしのやっている太極拳とは違って,楊名時のそれは「健康太極拳」,わたしのやっているのは「武術太極拳」。次回は,かならず詣でることにしようと思います。考えてみれば,楊名時の墓がここにあるというのも,不思議な感じがします。でも,ひと理屈こねれば,太極拳の太極思想と禅仏教の禅の思想とは親戚同士でもありますので,なにも縁がないというわけでもありません。この件については,また,いずれ。

 今日はここまで。


2012年11月18日日曜日

飲酒禁止の大学祭ばやり。いっそのこと「飲酒学入門」という授業科目を開設しては?

 東大を筆頭に,飲酒禁止の大学祭が,あちこちで開催されている,としばらく前の新聞にでていた。軒並み,右へ倣え,というわけだ。もっとも,大学生とはいえ,まだ多くの学生は未成年だ。だから,厳密に言えば飲酒は法律的に禁止されている。その意味ではなんの不思議もない。しかし,これまでの長年の慣行からすれば,なんだか変だ。

 大学側は,一気飲みなどによる死亡事故や不測の事態が絶えない現状を鑑み,大学祭での飲酒を禁止することにした,という。もちろん,だからといって,大学祭期間中,だれもが一滴の酒も飲まないとはかぎらないだろう。おそらくは,当局の眼をかすめるようにして,ささやかに飲酒する学生たちは少なくないだろう。ただ,大勢が集まって,賑やかにコンパを開き「一気,一気」と囃し立てて無理やり酒を飲ますようなことは,建前上,しないだろう。

 しかし,飲酒は禁止すればいいという問題ではないだろう。大学生といえば,たとえ未成年であっても,すでに立派な大人だ。すでに成年に達している上級生と,まだ未成年の下級生とが,膝突き合わせて酒を酌み交わし,ふだんとは異なる人間関係が結ばれる絶好の場を,そんなにかんたんに奪ってしまっていいものなのだろうか。飲酒は人間関係を蜜にする立派な文化だ。ときには,大学院生と新入生とが酒を酌み交わしながら歓談する場もあってもいいではないか。

 とはいいながらも,近頃の学生さんをみていると,大学祭の期間中にキャンパスのなかで飲酒を認めるには相当の勇気がいるというのも事実である。なぜなら,飲酒の知識も経験もきわめて未熟な新入生が少なくないからだ。一説によれば,新入生の多くは,飲酒して酔っぱらった経験はほとんどないという。だから,どの酒をどの程度,どのように飲めばいいのか,わからないという。一気飲みを強要されても,順番に飲んでいるのをみていると,断ることができないという。要するに,飲酒の経験が足りないのである。まあ,言ってしまえば,酒も飲んだことのない優等生ばかりなのである。

 わたしたちの世代の多くは,すでに高校時代に,友だち同士でこっそり隠れて酒を飲み,さまざまな失敗を経験している。だから,一気飲みを強要されても上手に回避する方法を心得ていた。もっとも単純な方法は,古代ギリシア人が得意としていた「嘔吐」である。どんぶり酒を強要されたら,飲み終わったあと,できるだけ早めにトイレに逃げる。そして,胃のなかを空っぽにする。そして,また,もとの席に戻ってきて,知らぬ顔をして坐っている。これは常識として心得ていた。

 近頃の学生さんは,おしなべて優等生で,従順で,幼稚化している。だから,上級生に強要されると断るすべを知らない。そのまま素直に実行してしまう。要するに,酒の飲み方を知らないのだ。だとすれば,大学の授業科目に「飲酒学入門」を取り入れて,一から酒の飲み方を教える必要がある。どこぞの大学では「恋愛学入門」という授業が人気科目だと,これも新聞に大きく取り上げられていたことがある。わたしは唖然としてしまって,世も末か,と正直思ったものだ。だから,このブログにも書いたことがある。

 その伝に倣えば,「飲酒学入門」はひとつの立派な文化を伝承するための教養科目として,いまの学生さんたちに教える価値がある,ということになろう。さあ,どういう先生が担当することになるのだろうか,そこが大問題だ。でも,「恋愛学入門」を教えられる先生がいるのだから,それに比べれば「飲酒学入門」の方が授業としてはやりやすいだろう。場合によっては,オムニバス方式で,それぞれの専門家に分担してもらう方法もあろう。

 そうだ,この授業は東大からはじめてもらおう。そうすれば,全国の大学に広まっていくこと必定だ。そして,大学祭での飲酒も安心して認めることができるようにすること。飲酒学を心得た上級生が多くなれば,おのずから上手な,そして,おしゃれな飲酒文化が広まっていくことになる。その方が,はるかに大人の文化国家を担う人材育成にも役立つ。学生の飲酒は禁止すればいいという問題ではない。上手な酒の飲み方を伝承する智慧が大事だ,とわたしは思う。

 ほんとうのことを言えば,子どもが大学生になるまでの間に,酒の飲み方くらいは親が教えておくべきだというのがわたしの持論。とくに,女の子には,不可欠だ。それすらできない家庭の教育力の方にこそ大きな問題があるということ。つまり,飲酒を禁止する大学が笑われる対象ではなく,そういう大学生に育ててしまった親が笑われているということ。自業自得。そのことを忘れて,すぐに大学に責任を押しつける,この無責任ぶり。ここにすべての元凶が宿る・・・・,と考えるのだが・・・・。

2012年11月17日土曜日

日馬富士の相撲が進化しつつある。千秋楽の横綱対決が楽しみ。

 日馬富士の相撲が進化しつつある。先場所までの相撲とは違うものが感じられる。その典型的な相撲が昨日(15日)の一番。西2枚目の魁聖(ブラジル出身)を相手に,おそらく本場所では初めてではないかという立ち合いをみせた。わたしは,思わず「あっ!」と声をあげてしまった。そこにみたのは千代の富士の立ち合いだったからだ。

 制限時間いっぱいからの仕切りは,いつものように平蜘蛛型をみせてから塩に向かう。最後の塩を撒いてからいつもの立ち位置に立ったあとで,意図的に一歩下がって立ち,相手の立ち位置をまず確認する。その上で,一歩前にでて腰を下ろして両手をつき,弾みをつけるようにして低い姿勢から左足を大きく踏み込んでいく。からだがぶつかった瞬間には,素早く左前みつをとり,頭は相手の右胸につけ,右はずの万全の態勢になっている。この後半の立ち合いの流れは,まさに千代の富士の立ち合いである。ここで勝負あり,だ。

 ここからの相撲の流れは,千代の富士とは違っていた。千代の富士は左前みつをさらにグイッとひきつけ,相手の腰が伸びたところで一直線に寄ってでる。いわゆる電車道だ。しかし,日馬富士はそうはしなかった。左から得意の出し投げを打って,からだの大きな魁聖をそのまま横転させた。そして,その相撲をかみしめるかのような表情で勝ち名乗りを受け,賞金を受け取り,土俵を下りていった。また,新たなオーラをからだから発散させながら。そして,土俵下でも顔色ひとつ変えることなく,いつもの平常心をこころがけている姿が印象的だった。

 千代の富士の全盛時代の立ち合いは,足の立ち位置を決めると,腰を下ろしながら加速させ,腰がしっかり割れたところでそのまま両手をついて,その反動を生かすようにして低い姿勢から左前みつをとりにいく。両手をついてからのスピードが,あまりに早いので,相手の力士はわかっていても,千代の富士の得意の左前みつを取られてしまい,右をはずにあてがう万全の態勢に持ち込まれてしまう。

 日馬富士は,明らかに,この立ち合いを意識して,得意の立ち合いの一つにすべく研究を重ね,自分のスタイルを完成させようと,工夫をこらしているようだ。日馬富士は幕内力士のなかでも最軽量の小兵横綱だ。千代の富士もそうだった。その千代の富士が編み出した立ち合いを,できることならわがものとしよう,というのであろう。その実験台にされたのが魁聖だった。大きなからだで,立ち合いにぶちかましてくるだけなので,それを逃げることなく真っ正面から受け止め,自分の有利な態勢にもちこむための立ち合い,それが千代の富士の立ち合いだったというわけだ。しかも,その試みがみごとに成功。あの間のとり方と,低い姿勢から飛び込んでいく,そのタイミングといい申し分なかった。

 これで日馬富士はまたひとまわり相撲が大きくなる。何種類もの立ち合いの型をもつというのは,相手にとってはいやな存在になるだろう。右の喉輪や左からのいなしもある。どこからでも先手がとれる立ち合いを身につけること。そうなれば,あとは相撲の流れに乗っていけばいい。こうなると,千秋楽の白鵬との横綱対決が面白くなる。優勝争いとか,星勘定を超えた,この両者にだけ秘められた引くに引けない,相撲の奥義ともいうべき対決が待っている。この両者の対決は,これからの大相撲のひとつの大きな華となる。

 その前哨戦が,先場所の千秋楽戦だった。互角の闘いを制したのは日馬富士だった。紙一重の力の差が,あのような展開となって表出した。見た目には紙一重だったが,闘っている両者にとっては,大きな違いとしてからだに記憶されたことだろう。いな,すでに,先場所,白鵬はそのことを自覚していたように,わたしは感じた。だから,結局,最後まで白鵬は防戦いっぽうの相撲をとることにならざるをえなかったのだ。このままいくと,今場所も白鵬は日馬富士には勝てない。なぜなら,気持ちの上でゆとりをもっているのは日馬富士だからだ。

 そのことは,今日(16日)の栃の心との一戦にも表れていた。今日の日馬富士の立ち合いは,昨日とは打って変わって,正攻法の立ち合いだった。しかも,後の先を試していた。つまり,腰高の立ち合いしかできない栃の心を,ほんの一瞬早く立たせておいて,その直後に下から相手の胸をめがけてぶちかました。そして,もののみごとに,あの大きな栃の心がふっとばされた。そうして,指し手争いを制して双差しとなり,あとは一直線の電車道。この立ち合いをするには,相当のこころの余裕が必要だ。

 これからの後半戦,日馬富士がどんな工夫をこらした立ち合いをみせるか,楽しみだ。相撲の醍醐味という点では,白鵬を上回る。じつに味わい深いものがある。まだまだ,日馬富士の相撲は進化をつづけるだろう。そうでないと横綱の地位を維持していくことは不可能でもある。そのことを一番よく知っているのは日馬富士自身だろう。だから,ますます,期待がふくらむ。

2012年11月16日金曜日

政界サル芝居のはじまり,はじまりぃっ。メディアも一緒にサルしばーいっ。下心まるみえ。

 衆議院を解散する,と大見得を切ったドジョウ君。この啖呵は政界サル芝居としてはおみごと。政界一座の座長としては大向こうを唸らせる立派な演技。解散しろ,解散しろと言い続けてきた,敵役のアベ君も度胆を抜かれ,しばし茫然としたあきれ顔。シナリオのある,約束ごとの演技ではとてもできない迫真の演技。政界サル芝居としては立派な山場をつくって,ドジョウ君もスッキリしたことだろう。

 大山鳴動して鼠一匹どころか,何十匹もの鼠が騒ぎはじめた。もう,すでに15日だけで,二つの新党結成が伝えられている。まだまだ,いろいろの新党が生まれ,新党までいかなくとも新会派が生まれることだろう。驚いたのは,社民党まで鼠が騒ぎはじめて,阿部知子が新党を結成するという。おやおや,である。加えて,高齢者議員がつぎつぎに政界引退を表明していることも,おやおや,である。こちらは,もはや,自分たちが馴染んできた政界ではなくなったという絶望がにじむ。こうして,若い鼠も,年老いた鼠も,身の振り方に四苦八苦というところ。これからしばらくは鼠の右往左往芝居がつづくだろう。

 長生きはするものだ。長年,日本の政界をそれなりに眺めてきたが,こんなに面白いサル芝居をみせてくれるのは生まれて初めてのこと。千載一遇のできごとのはじまりだ。あまりの面白さで,嬉しいというよりは悲しい,いや,情けない。しかし,これが日本の政界の現実だ。立派な議員バッヂをつけてふんぞり返っていると,なんとなく立派な人に見えていたが,なんのことはない,大山が鳴動したら,この人たちの多くは単なる鼠だった。たかが解散と言われただけで,とたんに,わが身の保身に走りまわり,どこに身を寄せようかと必死だ。みっともない話だ。国を挙げて自己中心主義の大流行。自分の利害のことしか考えてはいない。

 その一方で,なにを勘違いしたのか知らないが,もうすでに政権党になることが確約されたかのような顔をするどさ回りの一座もいる。この一座は,座長選びのときに5人もの座長候補が名乗りを挙げたが,揃いも揃って,みんな「原発推進」を高らかに明言した。それで平気なのである。いったい,だれに向かって宣言していたのだろうか。「原発ゼロ」を望む国民が80%に達しているというのに・・・・。かれらの顔は日本国の国民の方を向いてはいない。明らかに太平洋を越えたはるか東の国の方を向いて,ご機嫌をうかがっているようにみえる。

 考えてみれば,もう,ずいぶん長い間,この一座の人たちは代々政権を担ってきて,東の方の米のなる木が生い茂る国の傀儡政権としての役割をはたしてきた実績をもっている。だから,そこに戻れば日本国は安泰だと信じて疑わないらしい。なぜなら,考える必要がないからだ。すべては,ご指示どおりに実行していれば,自分たちの身は保全される。その方が楽でいい。しかし,日本国民のことなど眼中にはない。沖縄をみれば一目瞭然だ。じかし,じつは,沖縄だけだと思っていたら大間違いだ。気がつけば,日本全体が,遠からず沖縄化するだけの話。それに気づいていても,気づいていないふりをする,もっとも質の悪い一座なのだ。

 このサル芝居を,側面から演出しているのがマス・メディアだ。かれらもまた保身に走り,どの一座に身を寄せているのが一番安泰なのかと必死で計算している。それは報道の姿勢をみていればよくわかる。NNKに似たテレビ局を筆頭に,みんな東の国の方を意識しているかのように,わたしには見える。新聞も同じ。売り売り新聞などはその典型だ。その他の新聞もあっちに転んだり,こっちに転んだり,たいへんだ。

 それは「第三局」をめぐる報道の仕方に如実に表れている。なにゆえに,第三局はハシモト君やイシハラ君の動きに集約されているかのような報道をするのか。いずれも,右側路線の,第三番目の政党にすぎないではないか。もっと,はっきり言っておこう。自民党は原発推進を明言しているし,民主党は脱原発をいいつつ,原発再稼働に踏み切っている。第三局も,どうみても原発推進派だ。ということは,みんな原発推進ではないか。

 なにゆえに,原発ゼロを主張している社民党や共産党などの動向を,メディアは無視するのか。現状では,原発ゼロをはっきりと主張している政党が,どことどこなのかを正確に答えられる国民はほとんどいないだろう。そのようにメディアが仕掛けているからだ。もっともひどいのは,小沢一郎潰しに,どこもかしこも一致団結している姿だ。国民の生活が第一が,原発ゼロを主張し,TPPに反対しているからなのだろうが,その事実すら報道しようとはしない。この暴力はどこからくるのか。それほどに小沢潰しに躍起になっている集団がどこかに存在するということは確かだ。小沢裁判はそのための仕掛けだったことも,いまにしてみれば明らかだ。検察が偽証までして起こした裁判だというのに,お咎めなし,というのもわたしには納得できない。いしめられると人は強くなる。小沢一郎がどういう戦略で,こんどの選挙を闘おうとしているのか,わたしは注目している。

 こんなに手の込んだ,執拗なまでの小沢潰しの元凶は,やはり,東の方の米のなる木が生い茂る国にあるらしい。しかし,これは,ほとんどわたしの確信に近い。そのための傍証も挙げろといわれれば,いくつも挙げることができる。そういうことを裏付け,実証している名著もたくさん出版されている。わたしは,そちらに「信」をおく。

 そういう名著の何冊かを読むと,日本の占領政策はいまもつづいている,と考えざるをえない。なにも考えない,新聞・テレビの報道を丸飲みにしてなんの疑いももたない,のみならず週刊誌の「・・・らしい」という記事までまるごと信じてしまう,そういう国民がいつのまにか圧倒的多数を占めるようになってしまっている。それもまた占領政策の一環だったのではないか,とわたしの頭の中は不信感でいっぱいだ。だとしたら,AIC?は恐るべし。

 こんどこそ,わたしたちが目覚めるときだ。これからはじまる「天下分け目の関ヶ原」という演目の政界サル芝居をとことん見極めて,みずからの命を託することのできる政党を探し出すこと。そのポイントはただ一つ。「原発ゼロ」か,「原発推進」かの二者択一だ。

 なにはともあれ,これから佳境に入っていくであろう政界サル芝居を見物しながら,問題の本質がどこにあるのか,しっかりと見極めることにしよう。そこでは,いいことも,悪いことも,なにもかもが,みんな丸見えになってくるはずだから。しかも,そこにメディアというバイアスまでかかってくるのだから。いったい,なにが本当で,なにが嘘なのかすらわからないような情況が生まれてくる。その虚実の皮膜の間(あわい)にこそ真実は宿るという。つまり,問われているのはわたしたちの眼力だ。

 さあ,これからはじまる政界サル芝居をとおして,われわれ自身の眼力を養うことにしよう。そして,しっかりと見極めることにしよう。その結果が,よくもわるくも,日本の将来を決するのだということを覚悟して。

2012年11月15日木曜日

「原発ゼロ」をめざす絶好のチャンス到来。われわれ国民の出番だ!

 とうとうドジョウ君が投げ出した。遅きに失した感もあるが,そんなことはどうでもいい。しっかりと前を見据えて,「原発ゼロ」(脱原発/反原発もみんなふくめて)を熱望する80%の国民の意志を,選挙行動で明らかにすること,そのための千載一遇のチャンス到来と受け止めたい。だから,わたしたちの責任は重い。

 これからの一ヶ月,なにが起こるかまったく予測ができない。政界再編があちこちで起こるに違いない。どうせ,みんな自分勝手な保身のための利害・打算で行動する安っぽい政治家たちばかりだ。そんなものに眼を奪われる必要はない。

 争点はただひとつ。「原発ゼロ」に向けての「やる気」のみ。

 復興はみんな言うに決まっている。そして,やって当たり前だ。なにがなんでもやらなくてはならない。これは争点にはならない。みんな共有/必須だから。

 問題は,「原発ゼロ」を玉虫色に見せかける政党がわんさとでてくることだ。この玉虫色に【ご注意】を。ことばの綾にごまかされないように。きちんと「原発ゼロ」に向けての政策(実現計画)がマニュフェストに書き込まれているかどうかを見極めること。

 そうして,これからの日本の行方を、わたしたち国民の側から指し示すこと。つまり,昨日(11月14日)までの日本(原発を止めるといいつつ,動かす,この支離滅裂)に決別し,新しい日本の姿/かたち(原発ゼロに向けての着実な行動計画)を模索していくこと。いうならば,天下分け目の「関ヶ原」の決戦である。ここでわれわれ国民が判断/選択の間違いを犯すとしたら,もはや,この国に未来はないだろう。まさに,原発列島沈没論が,現実になってしまう。

 だから,原発列島沈没論だけはなんとしても回避させなければならない。

 ほかにも論点は多々ある。しかし,原発ゼロの姿勢を毅然と示すことのできる政党であれば,おのずから,沖縄の基地問題もTPP問題も,間違いなく裁くことができる。消費税増税,憲法改正(じつは改悪),定数是正,などなど。すべて同根/同源だから。つまり,「人が生きる」という点を最優先させるかどうかということだから。もちろん,復興も同じだ。すべては,この「人が生きる」というところからの仕切り直しなのだ。それをこそ,こんどの総選挙の争点にしなくてはならない。そして,その指標が「原発ゼロ」だ。

 言いたいことは山ほどある。各論については,これから議論することにしよう。とりあえずは,昨日(14日)のドジョウ君の発言,そして,明日(16日)の衆議院解散に向けて,現段階でのわたしの「思い」をひとこと。

一つひとつの動作は技であることを意識して行いましょう(李自力老師語録・その23.)

 太極拳の一つひとつの動作は,すべて武術の技で構成されています。ですから,その技のイメージをしっかり頭に描いて,力強さや柔らかさがおのずから表出するように,表演することが大事です。ことばで言えばこれだけのことですが,これを完璧に実行するとなると,じつはとても難しいことなのです。その点は,みなさんもよくご存知だと思います。

 最近の国際大会などでは,国によってずいぶん個性のある太極拳が表演されるようになってきています。それは,太極拳の受け止め方,解釈の仕方などが国によって微妙に違うことを意味しています。それがそれぞれの国や地域の独特の文化によって個性化されていくのは,ある意味で仕方のないことだと思います。

 しかし,ときには,大いなる誤解による個性化が見受けられます。最近の国際大会で目立つのは,こちらの傾向です。つまり,太極拳を美しくみせようとするあまりに,太極拳の本来の動作ではなくなってしまう,という傾向です。もっと言ってしまえば,誤った解釈による表演が目立つようになってきている,ということです。

 簡単に言ってしまえば,太極拳が舞踊や体操になってしまっている,という悪弊です。とくに,舞踊化していく傾向が強いようです。なるほど,見た目にはその方が美しく見えることがあります。しかし,それは太極拳によく似た所作ではあるけれども,もはや,太極拳ではありません。そういう傾向が,最近の国際大会では目立つようになってきています。これは,どこかできちんと修正する必要があります。

 この傾向は,じつは,日本国内での大会でも見受けられます。トップ下で活躍している選手たちの間にも,ときおり見られます。美しくみせようといろいろ工夫を重ねていくうちに,技であることを忘れてしまって,ひたすら美しい動作を追求していくという次第です。採点競技ですので,美しくみせるための工夫は必要です。しかし,もともとの技のイメージが消えてしまったら,それはもはや太極拳ではありません。

 ここでのポイントはたったひとつ。それは,技の動作を磨き上げていって美しさに到達する,ということです。つまり,技としての力強さや柔らかさをとことん追求していった結果として,太極拳の究極の「美しさ」に到達するということです。ですから,なにがなんでも,ここまで稽古を積み重ねることが大事です。ついでに触れておきますと,このレベルに達すると,それはもはや単なる「表現」ではなくなり,からだの奥底から湧き出てくるようになります。つまり,おのずから「表出」するようになるからです。これが武術の技としての究極の美しさである,というわけです。

 ですから,初心者の稽古の段階から,きちんと技であることを学ぶ必要があります。そして,その技のイメージをしっかりと定着させておくことが肝要です。そこのところをおろそかにすると,日本の代表選手のレベルでも,とんでもない勘違いをしていることがあります。場合によっては,技であることすら意識していないことがあります。これは伝承の仕方,つまり,指導者の側に大きな責任があると思います。ただ,ひたすら,多くの太極拳の所作を覚えればいい,と考えている指導者も少なくありません。しかし,それは間違いです。

 以上,李自力老師がわたしに語ってくださったことを,わたしの理解の範囲で整理してまとめてみました。説明の過不足は,わたしの責任です。この点をお含みの上で,熟読玩味くださることを期待しています。

2012年11月14日水曜日

国民栄誉賞受賞対談・吉田沙保里vs高橋尚子。「からだの中で一番弱いのは頭」

 新聞休刊日明けのせいか,今日(13日)の朝刊は読みでがありました。気がつくと隅からすみまで読んでいました。それほどに面白い記事が多かったということ。しかも,記名入りの記事が多かったので,いずれも記事に気合が入っていました。やはり,記事は記者が一歩も引かない立場で書いたものには力があり,それが読者に伝わってきます。

 そんな中の一つ。「国民栄誉賞 受賞対談」が見開き2ページにわたって掲載されていました。とても贅沢なスペースを使っての記事でした。でも,わたしの好きなマラソンの高橋尚子さんとレスリングの吉田沙保里さんだったので,大満足。

 国民栄誉賞を受賞したから偉いとかそういうことではなくて,長い年月をかけて自分の信じた道を邁進し,ふつうではできないことをやり遂げた,その強い信念と実行力にわたしは大きな共感をいだき,共振・共鳴します。大きな目標を達成した人の顔は,じつに生き生きとしています。そして,じつに美しい。それは生命力にあふれた美しさです。トップ・アスリートに特有の,身もこころも充実している人の美しさです。そして,なによりも眼に力を感じます。いわゆる「眼力」(「がんりき」ではなくて「めぢから」)があります。ことばの正しい意味で「生きている」人の眼です。

 そんなお二人の対談のなかに,とても感動したことばがありました。
 司会者(この記事をまとめた運動部記者の高橋知子さん)が,つぎのように切り出したあとに発したお二人のことばです。

 ──アスリートにはメンタルが大切?
 吉田 そりゃ大切ですよ。こころが折れたら負けですから。
 高橋 私も走っていて思うのは,体の中で頭が一番弱い場所だということ。「あっ,駄目かもしれない」「きついな」「もうやめたいな」とか思うと,動いているはずの体もそこについていっちゃう。

 このあとに,それぞれの体験にもとづく興味深いお話がつづくのですが,ポイントはここにある,とわたしは受け止めました。とりわけ,高橋さんの発言,「体の中で頭が一番弱い場所だということ」は,けだし名言だと思いました。からだはまだ頑張れるのに,頭(こころ)が負けてしまうと,からだも動かなくなってしまう,というこの否定しがたい真実。

 「こころが折れたら負けですから」「駄目かもしれないと思うと体も動かなくなる」・・・・レスリングとマラソンとでは表現の仕方が違うだけで,じつは同じことを言っています。おそらく,このお二人は,読者のわたしが理解するよりもはるかに深いところで共振・共鳴し合っているに違いありません。一瞬にしてすべてを理解し合えるような,凡人には近寄れないような深い絆で結ばれているのでしょう。羨ましいような世界を,このお二人は切り開き,とても見晴らしのいい岡の上に立って,それぞれのスポーツの頂点からしか見ることのできない素晴らしい景色を堪能しているに違いありません。しかも,それをことばではなくて,もっともっと深い,ことばでは表現できない「からだ」のレベルで,分かり合っているのでしょう。

 スポーツの世界は,たんなる勝ち負けの世界ではなくて,からだをとおして分かり合える不思議な世界の広がりをもっています。それは,いかなることばをもってしても表現できない世界です。しかし,一度でも経験したことのある人同士には,黙っていても分かり合える世界です。

 『オリンポスの果実』を書いた田中英光は,主人公のボート選手(オリンピック代表選手・著者の田中英光もそうだった)につぎのように語らせています。恋人である陸上競技の女子選手(こちらもオリンピック選手)から「ボートを漕ぐ苦しさはたいへんなんでしょうね」と聞かれ,「ボートを漕いだことのない人にいくら説明してもわかりません。ボートを漕いだことのある人には,なにも説明しなくてもわかることです」と。

 この小説を最初に読んだときには,この部分で大いに感動したものです。ですが,必要があって,何回も読み返していくたびに,この部分が気になってきました。これは作家の田中英光のエゴではないか,と。ボートのオリンピック代表選手から太宰治に師事して小説家となった希有なる経歴の持ち主ですが,この部分の描写の仕方は,どこか違うのではないかと感じはじめていました。

 その疑問が,このお二人の対談をとおして,わたしの中ですっきりと氷解していくものがありました。それは,世界のトップに躍り出た経験をもつアスリート同士と,オリンピック代表選手どまりのアスリート同士の違いです。つまり,自分より上がない世界を経験した人間にしか見えない世界があるということ。そして,そうではないアスリートには,それなりの世界があるということ。つまり,それぞれが次元の違う世界をもっているということです。

 もうひとことだけ。高橋尚子さんが「からだの中で一番弱い場所は頭だ」とさらりと言ってのけるところが凄いと思います。これまでのアスリートでこんなことを言った人を寡聞にして知りません。なにが「凄い」かといえば,手短に言ってしまえば,理性中心主義的な考え方(近代合理主義)に対する根底的な否定を提示しているからです。つまり,現代社会を動かしている「頭でっかち」の人たちよりも,トップアスリートたちの方が,「人が生きるということはどういうことなのか」ということを,はるかに深ところで,つまり,からだをとおして理解しているということです。のみならず,この考え方は,心身論(西洋の哲学)ではなくて,身心論(禅仏教)の立場に近いということでもあります。この話はとても面白いテーマなのですが,とりあえず,ここでは頭出しだけにしておきたいと思います。



2012年11月13日火曜日

城南総合研究所調査報告書 No.1.をもらってきました。

 今朝(12日),城南信用金庫に立ち寄って「城南総合研究所調査報告書 No.1.」をもらってきました。いつも鷺沼の事務所に行くときに通る道筋にありますので,ちょっと立ち寄っただけです。もちろん,とても親切に対応してくれて,「今朝の便でとどいたばかりです」とすぐに渡してくれました。「いつも,応援してますよ」と声をかけたら,にっこり笑顔で「ありがとうございます」と元気のいい声がかえってきました。たったこれだけの会話でしたが,気持が明るくなり,とても元気がでるものです。

 気分爽快でしたので,事務所に到着してすぐに読みました。A4サイズで4ページ。まあ,リーフレットのようなものですが,大事なことが,わかりやすい文章で書いてありました。問題のポイントを,だれが読んでもすぐにわかるように,上手に説明しています。いっそのこと,全文を転載したいところですが,それはやめておきましょう。これまで,わたしがこのブログで書いてきたことと,ほとんど同じ論旨になっていますので,書かなくてもわかっていただけると思うからです。

 その代わりにといってはなんですが,城南総合研究所名誉所長・加藤寛(慶応義塾大学名誉教授)の挨拶文が掲載されていて,それがとても簡潔で,秀逸だと思いますので,こちらを全文,転載させていただきます。それは以下のとおりです。

 ただちに原発をゼロに!
 国民の手に安全な電気を取り戻し,日本経済の活性化を実現しましょう!!

 原発はあまりに危険であり,コストが高い。ただちにゼロにすべきです。原発がなくても日本経済は問題ないことは今年の原発ゼロですでに実証されています。火力発電だけで電力は十分に供給可能です。
 燃料費がかかると言いますが日本の経常収支は黒字です。仮に赤字になっても,為替レートで収支は調整されるので全く問題ないのです。それに為替レートが円安になれば国内企業にとっては輸出競争力が高まり,かえって経済の活性化につながるのです。
 松永安左エ門のつくった9電力体制は,地域分割で独占の弊害を是正しようとしたものですが,今では,政府と癒着し,利用者,国民を無視し,さらに原子力ムラという巨大な利権団体をつくってマスコミ,そして国家をあやつるなど,独占の弊害が明らかになっています。これを公共選択論という経済学では,レントシーキング(たかり行為)といいます。かつての国鉄は,独占を排除し分割民営化により,利用者や国民を向いた経営に転換しました。
 太陽光や風力,地熱,バイオマスなどの発電技術,LED,エコキュート,スマートグリッドなどの節電技術,さらには蓄電池などの技術などにより,電力の技術革新も急速に進み,地産地消や水素を用いた新たな配送方法が発達することが予想されます。こうした技術革新の中で,そもそも,原発に依存したこれまでの巨大電力会社体制も,近い将来は,時代遅れになり,恐竜のように消滅するでしょう。
 このまま「古い電力である」原発を再稼働しても,決して日本経済は活性化しません。むしろ脱原発に舵を切れば経済の拡大要因になります。中小企業などものづくり企業の活躍の機会が増えます。新しい時代の展望が開ければ新しい経済が生まれます。脱原発は新産業の幕開けをもたらし景気や雇用の拡大になります。経団連が雇用減少といいますが,むしろ脱原発は雇用拡大につながるのです。
 その意味でも,ただちに原発をゼロにすべきです。そしてかつての国鉄改革のように,電力の独占体制にメスを入れて,発送配電分離はもちろん,官庁の許認可に頼らない,真の自由化を実現し,国民の手に安全な電気を取り戻し,日本経済の活性化を実現しましょう。

 以上が名誉所長・加藤寛氏の挨拶文です。もはや,なんのコメントも必要としないみごとな論旨の展開です。こういうコンセプトのもとで,城南総合研究所が,これから個別のテーマに沿って,調査研究に取組み,報告書をまとめていくというのですから,とても楽しみです。大いに期待したいと思います。

 なお,この調査報告書の内容は,城南信用金庫のHPを開いていけば,読むことができると思いますので,ご確認ください。

 いつもの繰り言になりますが,政府の世論調査でも「原発ゼロ」が80%を越えているというのに,政府も官僚も財界も学界もメディアも,足並み揃えて「無視」しようとしています。これが日本の民主主義の実態です。エリート集団であるはずの,この人たちの「理性」はいまや完全に「狂気」と化しているとしかいいようがありません。しかも,この狂った人たちの考えが野放しにされたまま,しかも主流を形成しつつある,まさにいま,「選挙」が行われようとしています。いまこそ,わたしたちが目覚めなくてはなりません。そして,なにがなんでも,狂ってしまった人たちの「理性」を糾すための選挙にしなくてはなりません。関が原の戦いは,すでに火蓋を切って落とされました。これから問われるのは,わたしたち一人ひとりの曇りなき「魂の欲求」の要請にこたえる「理性」です。

 それも簡単なことです。命を守ることを最優先にする考え方に立つこと。つまり,生きることの基本を取り戻すこと。ここからのやり直ししかありません。

 この「生きる」人間にとって「スポーツとはなにか」,これを考えることがわたしのスタンスです。ようやく,その道すじも朧げながら見えてきました。これらはすべて一つの「根」に立ち返っていくように思います。原発の問題はそのことを,わたしたちに強く訴えているように思います。



2012年11月12日月曜日

「11.11反原発1000000人大占拠」(国会議事堂周辺)に参加してきました。

 朝から曇り空。雲の動きはゆっくりだ。どうかこのまま雨にならないよう,午後7時まで耐えていてほしい,と祈りながら天を仰ぐ。首都圏反原発連合が主催するデモが,日比谷公園の使用を東京都が許可しないために(東京地裁・申立却下,東京高裁・抗告棄却・・・これはひどい話),中止となり,急遽,国会周辺並びに周辺省庁での抗議・占拠(15:00~19:00)と国会正門前大集会(17:00~19:00)に変更となった。

 政府が発表したパブリック・オピニオンですら8割の日本国民が原発に反対しているというのに,原発廃炉への道が一向に見えてこない。それどころか,大飯原発は再稼働させるし,その下に活断層がある可能性が高いにもかかわらず,規制委員会は結論を先送りにしてしまい,政府は停止もさせない。おまけに「もんじゅ」を動かすことまで視野に入れているという。使用済み核燃料を最終処理する技術を確立することは不可能だといわれているのに,またまた,原発を建造する工事を再開させている。政府がやっていること,考えていることは支離滅裂だ。このデタラメをだれも止めようとしない。

 となったら,われわれ国民の手で止めるしか方法はないではないか。その方法もたった一つ。原発推進派の議員を,つぎの選挙で落選させ,一掃すること。そして,なにがなんでも反原発(脱原発もふくめて)を公約する議員を増やすこと。なんとか頑張って,ぎりぎり過半数を確保すること。その意味では,つぎの選挙は日本の将来の命運を賭ける,いな,日本が生まれ変わるための絶好のチャンスなのだ。

 ずっと,このように考えてきたので,とにかく馳せ参じよう,そして,あの場に立って,さらにいろいろと考えてみよう・・・・と。15:00少し前に永田町駅で下車して歩きはじめる。右手に国会議事堂を,そして左手に国会図書館をみながら,国会議事堂の正面に向かう。すでに,国会議事堂側の歩道は封鎖されていて歩くことすらできない。道路を挟んだ反対側の歩道を歩く。もちろん,機動隊員がものものしく警備にあたっている。デモでもない,単なる非暴力直接行動であり,みんなそれぞれに集まってきて,それぞれにシュプレヒコールをして(なかには,黙って考え込んでいるだけの人もいる),帰っていくだけの人びとなのに。しかも,老人が圧倒的に多いというのに。

 まだ,時間が早いので,人もまばらなのだろうと思っていたら,議事堂正面の手前150メートルほどのところから人でいっぱい。指定された歩道は,前に進むこともできない。立ち止まったまま,動けない。このままでは,17:00からの国会正門前大集会に参加できない。仕方がないので,機動隊および主催者側スタッフ,報道関係者が歩く狭いスペースを歩く。なんとか正門前に達したが立ち止まることはできないので,横断歩道を渡って,文部科学省前に向かう。ここでも,すでに,超満員。シュプレヒコールや踊りのデモンストレーションやらが行われている。そこをかいくぐって,こんどは財務省・経済産業省にもある抗議エリアに向かう。ここでも大きな道路を挟んで,両側でそれぞれの抗議行動が展開されている。それから,さらに進んで外務省前抗議エリアへ。ここでもすでに歩道は抗議参加者であふれ返っている。それぞれのところで,一緒にシュプレヒコールをしてから,最初に通過してきた国会前抗議エリアに向かう。時計をみたら,16:40。しかし,すでに,はるか手前から人でいっぱい。前に進むこともできない。


 

そこで一計を案じて,国会前公園に入り込み,公園の内側から抗議エリアに接近。これはまんまと成功。人もまばらで,フェンスに掴まりながら背伸びをすればステージをみることもできる。一番,よさそうな場所を確保して,そこに陣取る(と言っても,立っているだけだが)。このころから少しずつ雨が激しくなってくる。おまけに寒い。かなり厚着をしてきたつもりなのに,あっという間に冷え込んでくる。もう,ここに到着したときから,つぎつぎに人が立って,演説をぶっている。鹿児島,福岡,愛媛,滋賀,富山,福島,北海道,といった遠方から馳せ参じたという人たちが,入れ代わり立ち代わり壇に立って一席ずつぶっている。女性が多いのに驚く。しかも,女性の方が演説がうまい。男は理屈が多くて駄目。こんなときに,そんなものは不要。たったひとことでいい。許せないのだ,ということを,自分の立場,自分のことばではっきりと宣言すれば,それで十分。みんな同じなのだから。

 わたしの知っている人も登壇した。福島瑞穂,志位和夫,亀井静香,新党きずな,国民の生活が一番,民主党(離党覚悟でやってきたのなら褒めてもやろう),などなど・・・・政治家なのにみんな演説が下手。湯川れい子,落合恵子,といった人たちの方がはるかに上手。余分なことは言わない。わたしは許せないのだ,なにが許せないか,それをかんたんなことばで語る。それでいい。つぎつぎに,絶え間なく人が登場するのだから,気持が伝わればそれでいいのだ。

 18:00を過ぎたころから急激に冷え込んでくる。脚もとから冷えてくる。ふくらはぎから太股へと,どんどん冷えてくる。あっという間に腰を越えて,背中にまわる。そのうち,鼻水が流れはじめた。これはいけない。早めに引き揚げなくては・・・・。と,思っていたら,宇都宮健児さんが呼び上げられた。

 この人の演説を聞いて帰ることにしよう,と耳を傾ける。東京都知事選挙に立候補したばかりだから,まだ,演説を聞いたことがない。都知事選に立候補するであろう人もふくめて,唯一,まともな人が立ってくれたと,個人的には思っていた。だから,こんなところで演説が聞けるというのは嬉しかった。弁護士らしく,落ち着いた語り口で,東京から脱原発を発信したい,それを日本全国に広げていきたい,そして,日本から世界に向けて脱原発を呼びかけたい,と訴えていた。とてもすっきりした話ぶりは好感がもてた。欲をいえば,もう少し,強烈なパンチがあれば・・・・。

 宇都宮さんの演説を聞いて,公園から抜け出し帰路につく。18:15。寒さに耐えながらの修行にも等しい最後の1時間余。でもまあ,いろいろの人の話を聞きながら,考えることはあった。印象に残ったのは,こういう集会をやっても少しも事態はよくならないではないかという人もいるが,リミッターとしての役割ははたしているのだ,これ以上に政府を暴走させない歯止めとしてのリミッターでありつづけることが重要なのだ,そのうちにカウンター・ブローとなって効いてくる,だから,しつこく継続していくことが重要だ,というだれかの演説だ。

 よし,金曜日にはまたここにきて立とう。あるいは,首相官邸前に。ひとりでも多くの人を誘って。このあたりをうろつくだけでもいい。国会議事堂散策周回コースでも設けて。群れをなして。鉢巻きでも締めて。あるいは,ちんどん屋の衣装でも着て。


2012年11月11日日曜日

「原発廃炉 経済的にも正しい」・城南信金シンクタンクにエールを。

  11月9日付けの『東京新聞』朝刊一面に,「原発廃炉 経済的にも正しい」という見出し記事が報じられています。情報の出どこは城南信用金庫のシンクタンク「城南総合研究所」(9日付けで本店企画部内に設立)。

 城南信用金庫といえば,「3・11」後に,いちはやく「脱原発」宣言をした金融機関として一躍有名になりました。正確にいえば,吉原毅理事長の強力なリーダーシップのもと,昨年4月に,「原発に頼らない安心できる社会」を目指す,という基本方針を発表しました。金融機関が「脱原発」を経営のコンセプトに据えて,全面展開をしているのは,おそらく城南信用金庫のほかにはないでしょう。寡聞にして,聞いたことがありません。

 この心意気に感動して,わたしもささやかながら口座を開設して,支援することにしたことはこのブログにも書いたとおりです。

 ですので,今回のシンクタンク「城南総合研究所」の立ち上げは,わたしにとっては大きな朗報でした。しかも,その第一報が「原発廃炉 経済的にも正しい」というリポートだったことも,大いに力づけられるものでした。といいますのも,原発推進派の動きが,最近になってふたたび活性化を始め,なし崩し的に原発再稼働に向って一直線・・・・ついには「もんじゅ」までもが息を吹き返しそうな勢い・・・になってきていたからです。

 民主党は自滅の道をまっしぐら,それを見届けながら,自民党はすでに次期政権に向けて手ぐすねを引いています。第三極も行き先不明・・・。もし,あるとすれば選挙の仕掛け人小沢一郎がどのようなわかりやすい選挙スローガンをかかげるか,だけでしょう。小沢一郎が,思い切って「原発の即時廃止」「再生エネルギーの推進」「日米地位協定の見直し」「尖閣問題の仕切り直し」「TPP拒否」等々の,日本の将来を決する懸案について決然と覚悟を決めるかどうか,ここだけを現段階では注目しています。でも,選挙の小沢は最後まで「だんまり」を決め込んでおいて,最後の最後で「切り札」を使うのだろうなぁ,と勝手な想像をしています。

 こんどの選挙は,なにがなんでも「原発」をどうするのかということについての決着をつけなくてはなりません。そのためには,国民の意志がきちんと反映される受け皿が必要です。その受け皿となるべき政党がいまのところ見当たりません。今日の『東京新聞』の世論調査結果がそれをみごとに映し出しています。つまり,投票したい政党がない,が圧倒的多数です。ここが大問題です。ここを小沢一郎が見逃すはずはない,とこれはもう妄想に近いものがわたしのなかに蠢いています。困ったものではありますが・・・・。ほかに,なにも打つ手がないのですから・・・。

 こういう情況のなかで,城南信用金庫のシンクタンク「城南総合研究所」の設立は,わたしにとってはタイミングのいい朗報だったというわけです。もちろん,ほとんどのメディアが無視するでしょうが,地域経済や中小企業にはそれなりの大きな役割をはたしていることを考えると,このシンクタンクのこれからのリポートには注目したいと思います。

 これまでに公表されてきた原発のコストは,国が支払う交付金も,使用済み核燃料の処理や保管に掛かる費用も含まれていません。これらを原発コストの計算のなかに加えるべきでしょう。そうすれば,原発コストが恐ろしい金額になることはだれの眼にも明らかです。そういうデータを,城南信用金庫のシンクタンクが,これからつぎつぎに提示してくれることを期待したいと思います。

 恐るべき原子力ムラの勢力に対抗して,ひとり孤軍奮戦する城南信用金庫を,これからもささやかながら応援していきたいと考えています。

2012年11月10日土曜日

日中国交正常化40周年特別展「中国王朝の至宝」2012~13年,をみる。素晴らしい。

 日中国交正常化40周年特別展「中国王朝の至宝」2012~13年,が上野の国立博物館・平成館で開催されています。入場料は1500円。図録・2300円。その内容,出来ばえから考えると,両方ともに安い。ついでに,本館で開催されていた「出雲──聖地の至宝」展もみてきました。いずれも,太極拳仲間の柏木裕美さん(能面アーティスト)に薦められて,出かけました(柏木さんのブログ参照のこと)。やや肌寒ささえおぼえる秋の半日を,ひとりでのんびりと,ほんとうに久しぶりに上野の森を楽しんできました。


 展覧会そのものはとても充実していて,大満足。
 展示内容は第一章から第六章まで,古い時代から順に六つのパートに分かれていました。
 第一章は王朝の曙 「蜀」と「夏・殷」,第二章は群雄の輝き 「楚」と「斉・魯」,第三章は初めての統一王朝 「秦」と「漢」,第四章は南北の拮抗 「北朝」と「南朝」,第五章は世界帝国の出現 「唐」──長安と洛陽,第六章は近世の胎動 「遼」と「宋」,という具合です。

 紀元前2,000年から紀元後1,200年までの,およそ3,200年にわたる王朝の「至宝」をずらりと展示してあるわけですから,それはそれはみごとなものとしかいいようがありません。古い時代のものはほとんどは王墓のなかに埋め込まれた埋蔵品です。これをスポーツ文化論的なアングルから眺めていくとなにがみえてくるのか,これがいつものわたしのスタンスです。そして,これはもはや定番ですが,墳墓には「力士」がつきものだ,ということです。

 写真を何点か紹介しておきましょう。
 最初のものは「力士」です。もともとは「石床板」と呼ばれる座具兼寝具の両サイドの脚の部分に描かれたものです。ですから,この力士は左右に2体,対になっています。北魏・5世紀のものだそうです。1997年出土。もちろん,王侯貴族の夫婦が,食事をしたり,眠ったりするための家具だったということです。そこに,なぜ,力士が描かれているのか,これはこんごの課題です。


 もう一つは「天王俑」。天王は仏教の守護神です。これが日本に入ってくると力士に変化します。つまり,大きな寺の山門の両側に立つ金剛力士像がそれです。この3体ある天王のうち,中央の天王は邪鬼を踏みつけていて,この形式は日本の金剛力士と同じです。が,両サイドの天王は動物の上に立っています。なにゆえに動物の上に立つのか,についての説明は図録にもありません。考えてみたいと思います。唐・8世紀。1998年出土。


 最後のものは,「力士〇棺」(〇は託の字の「ごんぺん」が「てへん」のもの・読みは「たく」)。小型の石棺(縦55.5,横43.0,高26.5)で,火葬後の骨を収納したものらしいとのこと。力士の大きさは高37.5,幅16.5。かなり小ぶりなものであることがわかります。「棺をかつぐ力士」というのが象徴的です。日本の力士埴輪のなかにも,葬送儀礼の行列の先頭に立つ力士というものが知られています。埴輪の提案者とされるノミノスクネ(野見宿禰)は葬送儀礼の伝承者であると同時に立派な「力士」であったことはよく知られているとおりです。


 まあ,こんなことを考えながら,その他の展示物も存分に楽しんできました。

 が,驚くこともありました。たとえば,中国の古代王朝は転々と時代とともに移動しています。その王朝のあったところはいまも都市としてよく知られています。西安,洛陽,咸陽,成都,武漢,南京,杭州,などは文字をみれば,かならずなにかを思い出させるよく知られた地名です。これらの都市のいまの様子が,各展示場のビデオ画像をとおしてみることができます。どの都市も,あっと驚く現代都市ばかりです。高層ビルが立ち並び,東京と同じ都会の風景になっています。

 昨年,李老師の案内で,西谷さん,柏木さんと一緒に,昆明から少数民族の多く住む雲南省の山岳地域を中心に旅をしました。そのときも驚いたのですが,どこもかしこも立派な都会であり,古い町並みも大事に保存されつつ,むかしからの文化遺産ともいうべき公園や庭園もとてもきれいに保存されています。わたしたちが,日本のテレビをとおしてみている中国のイメージとは,まったく別次元のようで,驚きました。が,今回の展示でも,かつての王朝のあった古い都市が,いまでは,東京とどこも変わらない大都会に変貌している,その現実に唖然としてしまいました。中国はもはや立派な文明先進国です。わたしたちが,無意識のうちにいだいている中国のイメージはかなり偏っていると知るべし,と反省した次第です。

 それにしても,「日中国交正常化40周年」特別展ということばが,なんと痛々しいことか。本来なら国を挙げて祝賀行事が行われるはずであっただろうし,この特別展もおおいに賑わうはずだっただろうに・・・・。中国からも来賓や観光客も押し寄せてきて,お互いの友好親善で大いに盛り上がっただろうに・・・・。

 そうはいきませんでした。なんともはや,あの「暴走老人」の早とちりの行動さえなかったら・・・・と悔やまれてなりません。世界で一番近い,しかも文化的にももっとも密接な交流のあった韓国,中国と仲良しになれない日本という国の情けない姿が浮かび上がってきます。同時に,いまもなお敗戦国の「占領」状態から,つまり,アメリカ支配から脱し切れていない,みじめな日本の姿が二重写しになってみえてきます。まあ,この話を書きはじめるとエンドレスになってしまいますので,今日のところはぐっと禁欲しておくことにします。

 こんなことも含めて,一度,足を運ぶに値する展覧会だと思います。なぜか,客足もすこぶる少ない,という印象でした。本来なら長蛇の列ができたはずなのに・・・・。

 わたしたちは無意識のうちに埋め込まれてしまっている中国に対する「偏見」(いろいろの意味で)を,一刻も早く清算しないと,将来に大きな禍根を残すことになる,と知るべきです。ご近所に友達のいない日本人であってはなりません。まずは,お隣さんから・・・・。それが生活の基本です。生きるということの基本です。

2012年11月9日金曜日

足を蹴り出すときの軸脚をしっかりさせましょう(李自力老師語録・その22.)

 套路の稽古に入る前に,準備運動に加えて,いつも基本の運動をしっかりやることになっています。その基本の運動の主たる目的は股関節を柔らかくすることにあります。その基本の運動のなかに「片膝を高く引き上げて足先/踵で相手を蹴る」という運動があります。この運動の主眼は,相手を蹴るという意識よりも,軸足と上体とをしっかり引き締めて立つことにある,と李老師はくり返し指摘されます。蹴り足を高くする必要はありません,とも。蹴り足の高さは低くてもかまいません。それより大事なことは,上体が後ろに反ってしまったり,腰が落ちてしまうという欠陥を防ぐことだ,と強調されます。その上で見本を示してくださいます。なるほど,と納得。でも,すぐにできるかと言えばそうはいきません。そして,ここでも,李老師の姿は美しいのです。一部のスキもない,完璧なフォームに圧倒されてしまいます。

 運動そのものはじつに簡単です。両手を腰にあてがって,一歩前に踏み出し,もう一方の脚を膝を折り曲げたまま高く引き上げ,それから膝を伸ばして,爪先/踵で蹴る,これだけの動作です。特別,むつかしい運動ではありません。しかし,李老師の教えのとおりにやろうとすると,なかなか思うようにはいきません。

 まず指摘されるのは,脚を高く蹴り出そうという意識が強すぎて,上体がうしろに反ってしまう欠点です。李老師のお手本は,膝がびっくりするほど高く引き上げられてから,やおら膝を伸ばして爪先/踵が伸びていきます。そして,少なくとも,爪先/踵は水平に伸びていきます。場合によっては,それより高いところに爪先/踵が伸びていきます。そのイメージが強く焼きついてしまっていますので,つい,自分もあのようにと思って無理をしてしまいます。その結果,上体がうしろに反ってしまいます。あるいは,軸脚が曲がって腰が落ちこんだ状態で,蹴る動作に入ってしまいます。ですから,腰が抜けたような蹴りになってしまいます。

 これでは,もし,相手がいて蹴ったとしてもほとんど効果はないでしょう。つまり,爪先/踵に蹴る威力が伝わってはいきません。ということは武術でもなんでもない,蹴りのまねごと,ごっこ遊びでしかありません。

 軸脚の上にまっすぐに上体を固定させるとき,腹筋を締めると同時に股関節まわりの筋肉もギュッと締めつけると,うまくできると李老師は仰います。その上,力強さも表出して,いかにも武術らしくなってきます,と。そのとおりなのでしょう。ことばで説明すれば・・・。そして,李老師はそのとおりにやってみせてくださるわけですから。でも,それを実際にからだで実施するとなると,これはたいへんなことです。

 上体をまっすぐに保ったまま脚を水平に蹴り出すには,相当の腹筋力を必要とします。そして,わたしの感覚では,それだけではなく,股関節まわりの細かな内層筋を締め上げることが重要であるように思います。このあたりの筋肉が使えるようになれば,微動だにしない毅然たる姿勢が保てるのではないか,と思います。これは,わたしの推測です。しかも,相当の上級者のレベルでないと不可能かもしれません。

 太極拳をする身体をわがものとするには,まだまだ,道は遠く険しいようです。でも,そこを通過しないことには,こんな簡単な運動すらできない,という次第です。ましてや,李老師のような「美しさ」が滲み出てくるようになるには・・・と思うと気が遠くなりそうです。でも,目標ははっきりもっていた方がいいと思います。できる,できない,はまた別の問題です。その目標に向って努力することに意義がある,と自分に言い聞かせつつ。

 努力はかならず報われます。わたしのような年齢に達していても,努力すれば,着実にからだが変化していくのがわかります。と同時にこころも安定してきます。さらには,李老師から受ける注意の内容も,いつしかレベル・アップしてきています。それが嬉しくて,嬉しくて・・・・。なぜなら,李老師は滅多に褒めてはくれません。よりレベルの高い,より厳しい注意/指摘が,じつは最高の「ほめ言葉」になっているからです。

2012年11月8日木曜日

準備運動は大事です。しっかりやりましょう(李自力老師語録・その21.)

 李自力老師,「無言の教え」の巻。

 久しぶりに李自力老師が,わたしたちの稽古に顔をみせてくださいました。いつもは稽古の途中から現れて,じっと稽古のなりゆきを見つめながら,側面から個々人にこまかな注意や要領やこつについて教えてくださいますが,今日は,最初の準備運動から前に立って,号令をかけてくださいました。といいますのも,他のだれよりも早く稽古場にきてくださり,わたしと一緒におしゃべりをしながらアップをはじめていたからです。ですので,全員が揃ったところでわたしの方から,そのようにお願いをしたわけなのですが・・・・。

 じつは,このところわたしたちのメンバーの集合時間がばらばらになってしまっていましたので,到着した人からそれぞれ個々人で準備運動をしてもらうことにしていました。つまり,準備運動は個人の責任において・・・という次第です。ですから,早く到着した人はたっぷりと準備運動をやることができます。場合によっては,稽古の前の一汗をかき(夏の間はとくに),準備万端ととのったところで,套路の稽古に入ります。

 しかし,今日は李老師が前に立ってくださいましたので,みんないつもよりもピリッと気持ちを引き締めて稽古に入りました。李老師の指導してくださる準備運動にはいくつものパターンがありますが,今日のはどちらかといえば中程度のものだったように思います。しかし,このところ各自でやってましたから,当然のことながら甘えがでていました。ですから,今日の李老師の指導のもとでの準備運動はかなりきついものに感じました。

 思いかえすのは,初めて太極拳の稽古をはじめたころのことです。まだ,からだがカチカチのころでしたから,それを解きほぐすためにかなり念入りに準備運動をして,汗を流していました。とくに,ストレッチや柔軟運動は,その厳しさに悲鳴を挙げたほどです。でも,李老師は手をゆるめることなく,淡々と,はい,つぎはこれ,つぎはこれ・・・・という具合に運動を指示していきます。その種類,量の多さに,途中でなんども,もう耐えられないと思ったものでした。なにゆえに,こんなにも準備運動に時間をかけなくてはいけないものなのか,と疑問に思ったこともありました。しかし,一年経ち,二年が経ちしていくうちに,自分たちのからだが知らず知らずのうちに大きく変化していることに気づきました。

 Nさんも,Kさんも,どんどんからだが柔らかくなっていきます。わたしは一時,焦りました。Nさんなどは太ももが見違えるほど太くなっていました。あるとき,いままで履けたGパンが履けなくなってしまいました,という。わたしはますます焦りました。わたしのからだはなにも変化らしいものは確認できず,以前のままです。最初の稽古をはじめたころよりはいくらか柔らかくなったとはいえ,ほとんど変わってはいないのです。わたしの記憶では,四年くらい経過したころでしょうか,わたしのこころの方に大きな転機がやってきました。なぜか,しっかり稽古をしなくては・・・と。そのためには,太極拳のできる「からだ」をわがものとしなくては・・・・。という次第で,このころから自宅でひとりで予習・復習をするようになりました。すると,みるみる「からだ」が変化しはじめました。とりわけ,脚力がついてきて,ふらつきが少なくなり,安定がよくなってきたように思いました。

 そうか,ということでこころから納得しましたので,それからしばらくはかなり熱心にひとりでストレッチや基本の運動もやり,稽古もしました。ところが,最近は少し気が緩んでいました。馴れ合いになっていました。仲間同士で注意をし合うこともほとんどしません。これは駄目です。いいはいい,駄目は駄目,とはっきり指摘し合う信頼関係が大事です。

 今日の李老師が指導してくださった準備運動は,それほどきついものではありませんでした。が,横着をして鈍ってしまったからだには,ことのほかきついものに感じられました。これはいけない,と反省。まるで,李老師は,ふだんのわたしたちの準備運動が緩んでいることを見抜いたかのように,少しだけ頑張りましょうね,と無言で教えを垂れてくださったのだと受け止めています。

 とくに,膝まわり,股関節まわりの準備運動は念入りに,と。

 李老師,「無言の教え」の巻でした。

2012年11月7日水曜日

バスク文学・キルメン・ウリベ著『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』(金子奈美訳,白水社刊)を読む。

 訳者の金子奈美さんから,本邦初のバスク語からの訳本『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』(白水社刊)をいただいたのに,なかなか読む時間がもてずに置いてあった。が,6日(火)午後6時から,作者のキルメン・ウリベを招いて,かれを囲む会が東京外国語大学で開催されるということがわかっていたので,それに間に合わせるために,大急ぎで読んででかけた。

 正直に告白しておけば,じつは,こんなにいい本だとは思っていなかったので,心底驚いた。だから,会場に向かう途中もずっとこの本のことを考えていた。というのも,これまで読んできた外国文学とはいささか構えが違うからだ。構えが違うという言い方をしたのは,わたしが馴染んできたいわゆる外国文学の範疇のなかには収まり切らない,不思議な仕掛け/視点が感じられるからだ。たぶん,それはウリベの母語であるバスク語で書くということと深く結びついているに違いない。そして,ウリベもそのことを強く意識して,バスク語だからこそ可能な小説の新たな地平を切り開くべく,果敢に挑戦しているからなのだろう。

 その不思議な作者の構えによるのだろう,とにかく最初から最後まで一気に読ませてくれる。訳文もよくこなれていて,読者を魅了してくれる。

 わたしの勝手な解釈を許していただけるとすれば,以下のようになろうか。
 バスクに固有な世界を,それをありのままに,できるだけ自然体で描くには,しかもバスク世界の深層にまで手がとどくように表現するには,バスク語しかないだろう,ということだ。つまり,作者のこころの奥底から湧き上がってくるような心象風景は,描写不可能なのに違いない。バスク人としての心情を吐露するには,スペイン語では限界があるということだ。別の言い方をすれば,同じことをスペイン語で書くと,おそらくそれは別のスタイルの作品になる,とわたしは考える。繰り返しになるが,バスクに固有の世界を描くにはバスク語しかないだろう,ということだ。他人行儀になることなく,ナチュラルで,しかもバスクに固有のバナキュラーな世界にまで根を降ろしていくとなると,それはもうバスク語でしか不可能だろう。

 バスクの伝統スポーツのことを考えつづけてきたわたしが,ウリベの作品に惹きつけられていくのは,以上のような理由からなのだろう。バスクに固有の,あの伝統スポーツは,おそらくわたしのような日本人が感動するのとはまったく次元の違うところで,バスク人のハートの奥深くを刺激してやまないのだろうと思う。たとえば,ペロタ場の一角に座を占めてペロタを見物しているわたしと,わたし以外のバスク人とは,同じペロタをみていながら,そこから感じ取るもの,受け取るものは,まったく次元が違うだろうということだ。

 わたしのペロタをみる眼はどこまでいっても日本人としてのまなざしでしかない。つまり,一旦はスポーツの普遍というスクリーンをとおして,その向こうに透けてみえてくるバスクの伝統スポーツとしてわたしの頭の中で概念化したもの,それがわたしに見えている「ペロタ」なのだ。だから,わたしの中でいろいろに物語化され,あるいは,わたしの勝手な想像力にゆだねられ,さまざまな記憶や回想とがないまぜになって,わたしなりのイメージを構築している。わたしにとってのペロタとはそういうものだ。

 だから,バスク人がバスク語で書かれた小説を読むということは,おそらく,バスク人がペロタをみるのと基本的には同じなのだろうと思う。わたしが日本人として私小説を読むという営みと,大相撲を鑑賞するという行為とが基本的なところで重なっているように。

 今福さんの言い方を借りれば,インスクリプションとディスクリプションの違いということになるだろうし,あるいはまた,批評(クリティック)と評論(コメント)の違いということにもなるのだろう。

 この小説のストーリーはまことに単純である。ビルバオからニューヨークに到着するまでの間に,主人公の脳裏に浮かんでくる記憶や回想を,現実のフライトと重ね合わせて描いているだけだ。しかし,その仕掛けはじつに巧妙で,ぐいぐいとウリベ・ワールドに分け入っていくことになる。主人公の回想は祖父から三代にわたるファミリー・ヒストリーを縦糸に,それぞれ祖父,父親をめぐる人間模様を横糸にして紡ぎだされる物語である。そして,ここでも,先祖代々,営々として引き継がれてきた漁師としての伝統世界が,わたしの世代で終わりを告げ,詩人・作家へと転進していく姿を描いている。つまり,失われ行くものへの複雑な郷愁を描きつつ,それらを断ち切るようにして新しい世界に飛び出していくわたしが浮き彫りになってくる。それをビルバオからニューヨークへのフライトという大きな流れと重ね合わせながら・・・・。しかも,記憶や回想のほとんどが想像/創造されたもので,真実は闇のなかに深く沈んだままなのだ,というライトモチーフも浮かび上がってくる。しかも,それが「生きる」ということの実体なのだ・・・とも。

 もう,これ以上,作品の内容に分け入っていくのは止めよう。これから読む人の楽しみを残しておくために。

 昨夜(6日)のイベント「バスク語から世界へ──作家キルメン・ウリベを迎えて」では,ばったりと萩尾生さん(バスク研究者)にお会いし,並んで座した。萩尾さんから専門家としてのご意見などを伺いながら,作家ウリベの話に耳を傾ける,という僥倖にめぐまれた。最初と最後にウリベ自身によるバスク語の詩の朗読があった。萩尾さんの感想では,その詩はバスク語としても限りなく美しいとのこと。わたしは音声だけに意識を集中させ,その響きに耳を傾ける。とても柔らかな響きのなかに,どことなく粘り強さのようなものを感じることができた。

 このつづきの話を萩尾さんともさせていただければと密かに期待している。
 また,今福さんからは,延命庵をやりませんかと誘われているので,訳者の金子さんをまじえてその機会をつくることができれば・・・・と,こちらは実現可能な話。

 バスク語からの初の翻訳本である『ビルバオ─ニューヨーク─ビルバオ』(金子美奈訳,白水社刊),ご一読を。そして,この本について語り合える人の多からんことを。

2012年11月6日火曜日

「日米地位協定」の拠り所は「安保条約」の裏に隠された「密約」にあり(孫崎享著『戦後史の正体』)。

 1945年,ポツダム宣言を受諾し,敗戦を認めてからまもなく70年になろうとしている。四捨五入すれば1世紀になんなんとする。日本はこの長きにわたるアメリカの占領政策にいまも翻弄されつづけている,と『戦後史の正体』の著者・孫崎享さんは主張する。その最たるものが「日米地位協定」である,と。しかも,そのルーツをたどっていくと「安保条約」(日米安全保障条約)の裏に隠された「密約」にいたりつくという。孫崎さんはその事実関係をみごとに解き明かしていく。まさに,総毛立つような論旨の展開である。

 言ってしまえば,日本はいまだにアメリカの占領下にある,と。その見本は沖縄の基地問題であり,オスプレイの配備にみることができる。すべては,アメリカの「言いなり」である。それに歯止めをかける法的根拠をもたないからだ。つまり,いまだに戦勝国と敗戦国の関係がそのまま維持されているということだ。その認識をわたしたちは欠いている。

 「日米地位協定」は沖縄でのみ機能しているかのような印象をうけるが,そうではない。「日米」と頭にあるように,日本とアメリカとの間に結ばれた「地位協定」なのだ。だから,日本全国のすべての軍事基地に適用される協定だ。本土のあちこちに点在する米軍基地は,すべてこの「日米地位協定」に護られている。いま,問題になっているオスプレイも,日本全土のどこの上空を飛んでも,「協定」上はなんの問題もないことになっている。

 この圧倒的な不平等「協定」が,なにゆえに,いまも生きつづけているのか。そして,なぜ,この不平等「協定」を改訂しようと,アメリカ側に働きかけようとはしないのか。その答えは簡単である。それは,「安保条約」の裏で秘密で取り交わされた密約「岡崎・ラスク交換公文」なるものがあって,これを護持しようとする政治勢力が圧倒的な力をもちつづけてきた,ということだ。この勢力を「対米追随派」とよぶ。ときには「自発的隷従」も辞さない行動をとる。それに対して,「自主路線派」と呼ばれる政治勢力がいっぽうにある。そして,時折,政権をとることもあるのだが,こちらの政権は,あの手この手のプレッシャーや秘密工作が加わっていずれも短命に終わっている,として孫崎さんは具体的なデータを提示している。

 たとえば,こうだ。
 芦田均・・・米軍の有事駐留を主張。
 田中角栄・・・米国に先がけて中国との国交回復。
 竹下登・・・自衛隊の軍事協力について米側と路線対立。
 橋本龍太郎・・・金融政策などで独自政策,中国に接近。
 小沢一郎・・・在日米軍は第七艦隊だけでよいと発言,中国に接近。
 (以上は,『戦後史の正体』,P.84.より)

 この他にも,鳩山一郎(日ソ友好条約を結ぶ),石橋湛山(自主路線を主張,原因不明の病気で,2カ月で退陣),細川護煕,鳩山由紀夫,などがいます。あるいはまた,重光葵外務大臣などの突然死(夕食に大好きなすき焼きと餅を食べたその夜,突然,腹痛を起こし,坐って腹をなぜているときに前のめりに倒れて,そのまま死亡)を筆頭に,アメリカに不都合な言動をした政治家や官僚はすべて,出世街道のはしごをはずされてそのまま失脚し,姿を消すという運命をたどっている,という。

 こうなると,政界も官僚も財界も,そしてなにより言論統制を受けた新聞各社(当時はもっとも大きな影響力をもっていた)も,そして驚くべきことに学界も,その主要勢力の圧倒的多数が「対米追随派」に従属することになる。寄らば大樹の陰,長いものには巻かれろ「主義」が日本の中枢を占めることになったのは,ある意味ではわが身を守るための防衛本能だったともいえる。そして,骨のある「国士」たちが自主路線を主張して,失脚していく現実を,息をひそめて見守っていた,というのが現実のようである。

 そして,この「米国追随派」の遺産のひとつが,なにを隠そう「原子力ムラ」の住民たちである。そうか,「原子力ムラ」もアメリカの占領政策の一環として,営々として構築されてきたエリート集団だったのだ。ただし,売国という名をもつ破廉恥なエリート集団だ。

 そうした元凶のすべての基礎を築いた人物,すなわち「米国追随派」の元祖こそ,吉田茂だった。その「吉田学校」の卒業生たちが,その後の日本の政治の中枢を占めることになり,こんにちもなお,その流れのなかにあるというわけだ。だから,「岡崎・ラスク交換公文」なる「密約」をひた隠しにして,こんにちに至っているのだ。「日米地位協定」が不動のルールであって,それを改めるなどと主張した政治家はすべて失脚の憂き目にあっている。

 以上は,孫崎享さんの『戦後史の正体』からの受け売りである。しかも,そのほんの一端である。孫崎さんも書いているように,「岡崎・ラスク交換公文」なる「密約」に触れることは,長い間,タブーとされてきた。だから,だれも書こうとはしなかったのだ(専門家はみんな知っていたのだ。にもかかわらず頬被りをして知らぬ勘兵衛を決め込んでいたのだ。なんと罪深き知的エリートたちであることか。学者の風上にも置けない輩というべきか)。そのため,わたしのような人間はなにも知らないまま,こんにちに至っている。まさに,「戦後史」をともに生きてきた生き証人であるはずなのに,真実はなにも知らないままに・・・。情けないことではあるが・・・。

 しかし,いま,この歳になって知らされても,ただ,ただ,たじろぐばかりである。そして,深いふかい「絶望」の淵に追いやられてしまう。そして,そこからどうやって這い上がっていけばいいのか,と天を仰ぐばかりである。

 こんな悲しい本を薦めたくはないけれども,知らないでいることの方がはるかに犯罪的であると考えるので,ぜひとも読んでいただきたい。そして,『戦後史の正体』の著者・孫崎享さんにこころからのエールを送りたい。