2012年11月17日土曜日

日馬富士の相撲が進化しつつある。千秋楽の横綱対決が楽しみ。

 日馬富士の相撲が進化しつつある。先場所までの相撲とは違うものが感じられる。その典型的な相撲が昨日(15日)の一番。西2枚目の魁聖(ブラジル出身)を相手に,おそらく本場所では初めてではないかという立ち合いをみせた。わたしは,思わず「あっ!」と声をあげてしまった。そこにみたのは千代の富士の立ち合いだったからだ。

 制限時間いっぱいからの仕切りは,いつものように平蜘蛛型をみせてから塩に向かう。最後の塩を撒いてからいつもの立ち位置に立ったあとで,意図的に一歩下がって立ち,相手の立ち位置をまず確認する。その上で,一歩前にでて腰を下ろして両手をつき,弾みをつけるようにして低い姿勢から左足を大きく踏み込んでいく。からだがぶつかった瞬間には,素早く左前みつをとり,頭は相手の右胸につけ,右はずの万全の態勢になっている。この後半の立ち合いの流れは,まさに千代の富士の立ち合いである。ここで勝負あり,だ。

 ここからの相撲の流れは,千代の富士とは違っていた。千代の富士は左前みつをさらにグイッとひきつけ,相手の腰が伸びたところで一直線に寄ってでる。いわゆる電車道だ。しかし,日馬富士はそうはしなかった。左から得意の出し投げを打って,からだの大きな魁聖をそのまま横転させた。そして,その相撲をかみしめるかのような表情で勝ち名乗りを受け,賞金を受け取り,土俵を下りていった。また,新たなオーラをからだから発散させながら。そして,土俵下でも顔色ひとつ変えることなく,いつもの平常心をこころがけている姿が印象的だった。

 千代の富士の全盛時代の立ち合いは,足の立ち位置を決めると,腰を下ろしながら加速させ,腰がしっかり割れたところでそのまま両手をついて,その反動を生かすようにして低い姿勢から左前みつをとりにいく。両手をついてからのスピードが,あまりに早いので,相手の力士はわかっていても,千代の富士の得意の左前みつを取られてしまい,右をはずにあてがう万全の態勢に持ち込まれてしまう。

 日馬富士は,明らかに,この立ち合いを意識して,得意の立ち合いの一つにすべく研究を重ね,自分のスタイルを完成させようと,工夫をこらしているようだ。日馬富士は幕内力士のなかでも最軽量の小兵横綱だ。千代の富士もそうだった。その千代の富士が編み出した立ち合いを,できることならわがものとしよう,というのであろう。その実験台にされたのが魁聖だった。大きなからだで,立ち合いにぶちかましてくるだけなので,それを逃げることなく真っ正面から受け止め,自分の有利な態勢にもちこむための立ち合い,それが千代の富士の立ち合いだったというわけだ。しかも,その試みがみごとに成功。あの間のとり方と,低い姿勢から飛び込んでいく,そのタイミングといい申し分なかった。

 これで日馬富士はまたひとまわり相撲が大きくなる。何種類もの立ち合いの型をもつというのは,相手にとってはいやな存在になるだろう。右の喉輪や左からのいなしもある。どこからでも先手がとれる立ち合いを身につけること。そうなれば,あとは相撲の流れに乗っていけばいい。こうなると,千秋楽の白鵬との横綱対決が面白くなる。優勝争いとか,星勘定を超えた,この両者にだけ秘められた引くに引けない,相撲の奥義ともいうべき対決が待っている。この両者の対決は,これからの大相撲のひとつの大きな華となる。

 その前哨戦が,先場所の千秋楽戦だった。互角の闘いを制したのは日馬富士だった。紙一重の力の差が,あのような展開となって表出した。見た目には紙一重だったが,闘っている両者にとっては,大きな違いとしてからだに記憶されたことだろう。いな,すでに,先場所,白鵬はそのことを自覚していたように,わたしは感じた。だから,結局,最後まで白鵬は防戦いっぽうの相撲をとることにならざるをえなかったのだ。このままいくと,今場所も白鵬は日馬富士には勝てない。なぜなら,気持ちの上でゆとりをもっているのは日馬富士だからだ。

 そのことは,今日(16日)の栃の心との一戦にも表れていた。今日の日馬富士の立ち合いは,昨日とは打って変わって,正攻法の立ち合いだった。しかも,後の先を試していた。つまり,腰高の立ち合いしかできない栃の心を,ほんの一瞬早く立たせておいて,その直後に下から相手の胸をめがけてぶちかました。そして,もののみごとに,あの大きな栃の心がふっとばされた。そうして,指し手争いを制して双差しとなり,あとは一直線の電車道。この立ち合いをするには,相当のこころの余裕が必要だ。

 これからの後半戦,日馬富士がどんな工夫をこらした立ち合いをみせるか,楽しみだ。相撲の醍醐味という点では,白鵬を上回る。じつに味わい深いものがある。まだまだ,日馬富士の相撲は進化をつづけるだろう。そうでないと横綱の地位を維持していくことは不可能でもある。そのことを一番よく知っているのは日馬富士自身だろう。だから,ますます,期待がふくらむ。

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