2015年11月20日金曜日

『こんなことを書いてきた』──スポーツメディアの現場から(落合博著)を読む。

 一度,取材を受けたあとお付き合いがはじまった毎日新聞・運動部記者・論説委員の落合博さんから近著が送られてきました。『こんなことを書いてきた』──スポーツメディアの現場から(創文企画,2015年10月刊)。

 タイトルから推測できますように,落合さんが運動部記者として毎日新聞のコラム「発信箱」に書きつづけてきたエッセイ(2006年4月~2015年7月)を中心に,関連する文章を集めて一冊にまとめた本です。文字どおり「スポーツメディアの現場から」生まれた落合ワールドが満載です。ひとことで言ってしまえば,落合さんのスポーツ観がそのまま表出した,いかにも落合さんらしいスポーツ批評となっています。

 わたしのようなスポーツの現場とはやや距離をおきながら,一定の思想・哲学を背景にしてスポーツ文化論を展開してきた者にとっては,貴重な現場からの思考がみごとに結晶していて,とても勉強になりました。同時に,スポーツメディアの「力」の凄さをいまさらのように感じました。やはり,現場で取材を重ね,生の声を聞き取りながら思考を重ね,そこから生まれてくるひとつの到達点は,迫力満点です。

 もちろん,落合さんの博識に裏打ちされた達意の文章があってのものであることは間違いありません。じつに広い読書量が,抑制された短い文章のはしばしにちらりと表れ,それをテコにしてスポーツ文化の普遍に触手が伸びている,それが読んでいて心地よいかぎりです。加えて,落合さん自身がスポーツマンであること,そして,こよなくスポーツを愛していらっしゃる人であること,そういうスポーツに向き合う姿勢・愛情が文章に人としての温かさが注入されています。ですから,ついつい惹きつけられ,気がつくと心地よく落合ワールドにどっぷりとはまり込んでいます。

 のみならず,現代のスポーツ(ここでは広義のスポーツ,つまり,競技スポーツから学校スポーツ,趣味のスポーツにいたるまで,あらゆるスポーツ文化が対象)を考える上での貴重なヒントをいくつも提供してくれます。まさに,スポーツメディアの「力」だとおもいます。ですから,現場から遠いところにいる研究者はもとより,スポーツ学・体育学を学ぶ学生さんたちにも,是非,読んでもらいたい一冊だとおもいます。

 とりわけ,講義のネタの宝庫。講義の冒頭のまくらとして,問題の所在を明確にするには最適の教材になります。あるいは,大学院生を対象にしたゼミナールなどでのディスカッションのテーマを設定するには,こんなに面白いテクストはないでしょう。わたしが現役であったなら,この本一冊で,一年間,存分に授業を楽しむことになったでしょう。

 落合さんは,中学・高校とサッカーに熱中し,大学(東京外大)ではラグビーに身を投じています。おそらく足の早いスクラムハーフとして活躍されたのではないか,とこれはわたしの勝手な想像です。いずれにしても,熱血ラガーマンのイメージが彷彿としてきます。しかも,いまもランニングを日常的に楽しんでいらっしゃるとのこと,これにはこころから敬意を表したいとおもいます。こういう人こそが新聞のスポーツ記事を書くに値する人だとわたしは信じています。

 本書の内容について触れるだけのスペースが,残念ながらありませんので,ここでは本書の構成をとおしてみえてくる落合さんのスタンスを紹介するにとどめたいとおもいます。

 本書は8本の柱で編集されています。それは以下のとおりです。
 1.未来のために
 2.過酷な文化
 3.「主食」の悲劇
 4.仕組みを考える
 5.共に生きる
 6.疑義をはさむ
 7.変わるもの 変わらぬもの
 8.生きるということ

 以上が全8章の見出しです。これをじっと眺めているだけで,落合さんのスポーツに取り組むスタンスが透けてみえてきます。それは,どこまでも「人間中心」です。実際に現代社会を生きている人間(子どもも大人もふくめて)にとって「スポーツとはなにか」という根源的な問いが落合さんの思考の根っこにある,といっていいでしょう。そのことは読んでみれば,なおさら明白です。ですから,薄っぺらなスポーツ評論ではなく,魂の入ったスポーツ批評になっています。

 ほかのなによりも,この点を力説しておきたいとおもいます。

 各論に入りますと,これはもうエンドレスになってしまいます。わたしの考えとぴったり一致する点もあれば,微妙にスレ違っていく点も少なくありません。それは,たぶん,現場で磨き上げられたスタンスと,思想・哲学との接点を重視しながらスポーツ再考を試みるわたしのスタンスの違いであろうかとおもいます。ですから,一度,とことん深入りして議論をしてみたいなぁ,といまから楽しみにしているところです。

 鷺沼の事務所は,午後5時を過ぎると「延命庵」という居酒屋になりますので,ぜひ,そこで一献傾けながら語り合いたいとおもっています。落合さんの趣味の一つが「居酒屋探訪」ということですので,これは容易に成立することでしょう。

 落合さん,是非一度,お待ちしています。

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