相撲界には「位を下げる」ということばがある。弱い相手に対して力を抜くことを意味する。それでも「勝てる」という自信に支えられた上位力士の「上から目線」のことだ。しかし,土俵の上には「魔物が棲む」とむかしから言われている。つまり,なにが起こるかわからない。ありえないことが起こる,ときには大怪我をする,あるいは,弱いとおもわれていた力士が突如として驚くべき力を発揮することもある。そういう想定外のできごとを総称して「魔物が棲む」と表現する。だから,気を抜いてはいけないという戒めでもある。
今場所,稽古も十分,絶好調と評判の高かった白鵬が,初日につづいて二日目も負けた。それも「完敗」である。これまでの白鵬の相撲からは想像もつかない「つたない」負け方である。場所前は部屋の移転もあって,稽古場が間に合わず,よその部屋に出稽古に精を出した。いつもよりも気合の入った稽古を積んだといわれている。しかも,絶好調だ,と。
にもかかわらず,初日から連敗してしまった。やはり,土俵には「魔物が棲んでいた」らしい。その「魔物」が突然,白鵬に襲いかかった,ということなのだろうか。
この場合の「魔物」とはなにか。
初日の隠岐の海の顔はいつもの顔ではなかった。顔面蒼白,真っ白だった。テレビをとおしてみていてもはっきりと認識できるほどに白かった。ということは,実際には,もっと白かったはずである。この真っ白な顔に,白鵬が気づかなかったはずはない。初日とはいえ,こんなに緊張してしまって・・・と,たぶん,白鵬は余裕をもって眺めていたはずである。
案の定,立ち合いがわずかに合わず,隠岐の海が突っかけてしまった。隠岐の海は,すぐに頭をさげて謝った。それに対して,白鵬も右手で軽く会釈をして,「合わせなくて悪かった」と言っているようなポーズをとった。余裕綽々の姿勢である。そのあと,隠岐の海は土俵下の勝負審判にも丁寧に頭をさげていた。しかし,それでも隠岐の海の顔面蒼白は変わらなかった。まだ,緊張が解けてはいないようだ。あれっ?どうしたのだろう?と訝りながら,わたしはテレビを見入った。
二度目の立ち合いは,珍しく隠岐の海が頭を下げてぶちかました。その圧力に圧倒されたのか,白鵬はちょっと後退しながら軽くいなしながら土俵を左にまわって体勢を建て直そうとした。そこに間髪を入れず隠岐の海は飛び込み左四つに組み止め,左のかいなを返した。行き場を失った白鵬の右は隠岐の海の首を巻くしかなかった。その直後に,隠岐の海は右を巻き変えて一瞬,双差しとなる。白鵬も即座に右をこじいれて応戦。しかし,この巻き変えにきたところを隠岐の海は寄ってでた。相撲の鉄則である。いとも簡単に「寄り切り」である。白鵬はなすすべもなく土俵を割った。隠岐の海の完勝である。文句なしの100点満点の相撲である。
この相撲をみた直後のわたしの感想は「白鵬は位を下げたな」というものだった。理由はかんたん。白鵬はこれまで隠岐の海に一度も負けたことがない。合い口のいい相手なのだ。隠岐の海は大きなからだを生かした,やや荒っぽい雑な相撲だ。そこを白鵬は上手にさばいて難なく勝ちを収めてきた。そこに油断があったのではないか。それに対して,隠岐の海は「必勝」の策を立てて土俵に上がった。今日は勝つ,とみずからに言い聞かせて。だから,気合十分だった。それが顔面蒼白の原因だった,とあとでわかる。
相撲にはこういうこともある。いや,よくあることだ。だから,面白いのだ。
二日目の相手は曲者・嘉風。しかし,この嘉風も白鵬にとっては「お客さん」。まだ,一度も負けたことがない。いつものとおりに取ればいい,と白鵬は考えていたに違いない。しかし,この日の嘉風は違った。低い姿勢で頭から当たった。白鵬は思わずうしろに下がりながらはたきにでた。しかし,しっかり腰のおりている嘉風は足を送って,さらに白鵬を追撃する。一定の距離をおきながら,突いたり,いなしたり,フェイントをかけたり,と嘉風が主導権を握る。白鵬は防戦一方で,うしろへうしろへと下がりながら左にまわる。機をみて,嘉風が左で白鵬の胸を突く。白鵬はこれに負けじとばかりに体重を前にかけた瞬間に,嘉風はこの左の突き手をはずして右に回り込んで突き落とし。支えを失った白鵬はなすすべもなくばったりと土俵に両手をついてしまった。
この相撲は,完全に嘉風の術中にはまってしまった結果だ。白鵬はまだまだ,と余裕をもっていたはずだ。その余裕に落とし穴が待っていた。前日につづいて,この日の相撲も「完敗」である。なすすべもなく負けた。一度も攻撃をしていない。受けて流せばなんとかなる,というこころのスキがあった。これが敗因だ。
つまりは,「位を下げた」のだ。
しかし,力士のからだというものは不思議なものだ。負けると,必ず,からだのどこかが「痛く」なる。白鵬は,取組が終わって,すぐに病院に直行。左膝の「痛み」を訴えた。しかし,どこも悪いところがみつからないまま,帰宅。親方とも相談。そして,翌日(今日)の午前に,もう一度,病院へ。精密検査を受ける。その結果は,左足・大腿四頭筋の腱炎,全治4週間を要す,というものだった。
休場するための,とってつけたような診断書。わたしの眼にはそうみえる。
さて,白鵬が休場となると,色めき立つ力士が何人もいる。まったく予想だにしなかった新しい展開に,三日目からの熾烈な闘いがはじまる。これもまた面白かろう。それを大いにエンジョイしよう。
〔追記〕嘉風は絶好調。今日(三日目)の横綱・鶴竜からも金星を挙げた。今日も,嘉風の相撲が炸裂。鶴竜はたまらず前にはたいてしまった。悪い癖がでてしまった。そこを待ってましたとばかりに嘉風は押してでた。鶴竜はあっさりと土俵を割ってしまった。
今場所,稽古も十分,絶好調と評判の高かった白鵬が,初日につづいて二日目も負けた。それも「完敗」である。これまでの白鵬の相撲からは想像もつかない「つたない」負け方である。場所前は部屋の移転もあって,稽古場が間に合わず,よその部屋に出稽古に精を出した。いつもよりも気合の入った稽古を積んだといわれている。しかも,絶好調だ,と。
にもかかわらず,初日から連敗してしまった。やはり,土俵には「魔物が棲んでいた」らしい。その「魔物」が突然,白鵬に襲いかかった,ということなのだろうか。
この場合の「魔物」とはなにか。
初日の隠岐の海の顔はいつもの顔ではなかった。顔面蒼白,真っ白だった。テレビをとおしてみていてもはっきりと認識できるほどに白かった。ということは,実際には,もっと白かったはずである。この真っ白な顔に,白鵬が気づかなかったはずはない。初日とはいえ,こんなに緊張してしまって・・・と,たぶん,白鵬は余裕をもって眺めていたはずである。
案の定,立ち合いがわずかに合わず,隠岐の海が突っかけてしまった。隠岐の海は,すぐに頭をさげて謝った。それに対して,白鵬も右手で軽く会釈をして,「合わせなくて悪かった」と言っているようなポーズをとった。余裕綽々の姿勢である。そのあと,隠岐の海は土俵下の勝負審判にも丁寧に頭をさげていた。しかし,それでも隠岐の海の顔面蒼白は変わらなかった。まだ,緊張が解けてはいないようだ。あれっ?どうしたのだろう?と訝りながら,わたしはテレビを見入った。
二度目の立ち合いは,珍しく隠岐の海が頭を下げてぶちかました。その圧力に圧倒されたのか,白鵬はちょっと後退しながら軽くいなしながら土俵を左にまわって体勢を建て直そうとした。そこに間髪を入れず隠岐の海は飛び込み左四つに組み止め,左のかいなを返した。行き場を失った白鵬の右は隠岐の海の首を巻くしかなかった。その直後に,隠岐の海は右を巻き変えて一瞬,双差しとなる。白鵬も即座に右をこじいれて応戦。しかし,この巻き変えにきたところを隠岐の海は寄ってでた。相撲の鉄則である。いとも簡単に「寄り切り」である。白鵬はなすすべもなく土俵を割った。隠岐の海の完勝である。文句なしの100点満点の相撲である。
この相撲をみた直後のわたしの感想は「白鵬は位を下げたな」というものだった。理由はかんたん。白鵬はこれまで隠岐の海に一度も負けたことがない。合い口のいい相手なのだ。隠岐の海は大きなからだを生かした,やや荒っぽい雑な相撲だ。そこを白鵬は上手にさばいて難なく勝ちを収めてきた。そこに油断があったのではないか。それに対して,隠岐の海は「必勝」の策を立てて土俵に上がった。今日は勝つ,とみずからに言い聞かせて。だから,気合十分だった。それが顔面蒼白の原因だった,とあとでわかる。
相撲にはこういうこともある。いや,よくあることだ。だから,面白いのだ。
二日目の相手は曲者・嘉風。しかし,この嘉風も白鵬にとっては「お客さん」。まだ,一度も負けたことがない。いつものとおりに取ればいい,と白鵬は考えていたに違いない。しかし,この日の嘉風は違った。低い姿勢で頭から当たった。白鵬は思わずうしろに下がりながらはたきにでた。しかし,しっかり腰のおりている嘉風は足を送って,さらに白鵬を追撃する。一定の距離をおきながら,突いたり,いなしたり,フェイントをかけたり,と嘉風が主導権を握る。白鵬は防戦一方で,うしろへうしろへと下がりながら左にまわる。機をみて,嘉風が左で白鵬の胸を突く。白鵬はこれに負けじとばかりに体重を前にかけた瞬間に,嘉風はこの左の突き手をはずして右に回り込んで突き落とし。支えを失った白鵬はなすすべもなくばったりと土俵に両手をついてしまった。
この相撲は,完全に嘉風の術中にはまってしまった結果だ。白鵬はまだまだ,と余裕をもっていたはずだ。その余裕に落とし穴が待っていた。前日につづいて,この日の相撲も「完敗」である。なすすべもなく負けた。一度も攻撃をしていない。受けて流せばなんとかなる,というこころのスキがあった。これが敗因だ。
つまりは,「位を下げた」のだ。
しかし,力士のからだというものは不思議なものだ。負けると,必ず,からだのどこかが「痛く」なる。白鵬は,取組が終わって,すぐに病院に直行。左膝の「痛み」を訴えた。しかし,どこも悪いところがみつからないまま,帰宅。親方とも相談。そして,翌日(今日)の午前に,もう一度,病院へ。精密検査を受ける。その結果は,左足・大腿四頭筋の腱炎,全治4週間を要す,というものだった。
休場するための,とってつけたような診断書。わたしの眼にはそうみえる。
さて,白鵬が休場となると,色めき立つ力士が何人もいる。まったく予想だにしなかった新しい展開に,三日目からの熾烈な闘いがはじまる。これもまた面白かろう。それを大いにエンジョイしよう。
〔追記〕嘉風は絶好調。今日(三日目)の横綱・鶴竜からも金星を挙げた。今日も,嘉風の相撲が炸裂。鶴竜はたまらず前にはたいてしまった。悪い癖がでてしまった。そこを待ってましたとばかりに嘉風は押してでた。鶴竜はあっさりと土俵を割ってしまった。
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