今日(16日),午後7時30分ころ,鷺沼駅の裏口の歩道で,「ながら歩き」をしている女子高生に体当たりをされ,跳ね飛ばされてしまいました。駅から出てくるサラリーマンや高校生も見ていましたが,見て見ぬふりをして通りすぎて行きました。体当たりした女子高生は,ふり返りもせず,まだ夢中のまま「ながら歩き」をして行きました。
今冬,もっとも寒かった夜の,もっとも寒いできごとでした。わたしは呆然としたまま,しばらく,歩道にある防護柵につかまったまま,立ちすくんでいました。これが,日本社会の,いま現代の,ひとつのまぎれもない現実のひとつであるのか,と。
新聞やテレビで「ながら歩き」が問題になっていて,あちこちでいろいろ事件になっていることは知っていました。わたし個人としても,何回か,スレ違いざまに「出足払い」を掛けてやろうかという衝動に襲われ,それを「まてまて」と制御するのに精一杯でした。と思っていたら,わたしが跳ね飛ばされていました。なんということか。
ことの経緯を精確に記しておきたいと思います。
鷺沼の事務所をでて,いつものコースを通って,鷺沼駅の裏口の坂道の歩道を登っているときのことです。坂道の中程のところまで登って行ったとき,ちょうど電車から降りた人たちが坂道を下ってきました。相手が大勢なので,自然に,わたしは真ん中を避けて,歩道柵にぴったりと寄り添うようにして登っていました。スレ違う人はお互いに身を交わしながらすり抜けていきます。その中に,「ながら歩き」のまま坂道を下ってくる女子高生がいました。しかも,柵に沿って歩いてきます。わたしは,逃げ場を失って,その場に立ち止まりました。
新聞の報道によりますと,中年の「ながら歩き」は駄目だが,若い人たちの視野は広く,スレ違う人を視野の中に入れていて,瞬間的に交わしていく,とのこと。そのことが,ちらっ,と脳裏をよぎりました。だから,逃げ場のなくなったわたしは立ち止まることにしました。そして,最悪の場合でも,わたしの真ん前にきて,相手も立ち止まるだろう,と判断しました。これが甘かった。
彼女がどういう種類の人かはわかりませんが,一歩も歩みを緩めることなく「ドーン」とそのままわたしに体当たりをして,平然とまっすぐに通りすぎていきました。しかも,なにごともなかったかのように,そのまま「なから歩き」をしていました。これをみて,わたしは「エッ?」「なに?」「これって?」と「?」マークが頭中に広がりました。
わたしはどうなったか。まさか,体当たりをしてくるとは思ってもいませんでしたから,油断もあったかもしれません。それと,坂の登りと下りの差もありましょう。上から降りてくる方が質量が大きかったのでしょう。60キロのわたしを跳ね飛ばしたのですから,相手の女子高生も相当のものです。わたしは,みごとに跳ね飛ばされて,縦軸に一回転して,歩道の防護柵につかまって,かろうじて転ぶ難を避けることに精一杯でした。そのつかまった姿勢のまま,振り返って女子高生を見送っていた,という次第です。まわりの人は,だれも,見て見ぬふりをして,通りすぎていきました。なにか,近年に体験したことのない,正体不明の背筋の寒くなる思いがしました。しばらく,身動きすることもできないほどに。
まさか,わたしがこんな眼に逢うことになろうとは・・・・。身を交わすスペースのあるところでは,これまでも,何回も「ながら歩き」の若者たちとぶつかりそうになったことはあります。そのつど,わたしの方から,身を交わして難を逃れるようにしてきました。しかし,今日は,そのスペースがありませんでした。しかも,立ち止まっていれば,体当たりする寸前に相手は気づいてくれる,と信じていました。それが甘かった。
もうひとつショックだったことは,体当たりした女子高生が,振り向きもせず,失礼の挨拶もなく,平然と立ち去って行ったことです。もはや,何をか況や,です。
とうとうここまできたか,世も末である,と吼えてみたところでどうということもありません。これから,こういう情況になったら,大きな声でみずからの存在をアピールするしかない,と覚悟を決めました。じゃあ,どんな声を出すのか,ともうひとりのわたしがせせら笑っています。よしっ,もう,いまから決めておこう。「ヘェークション」という加藤茶のギャグを借りて。それも思いっきり大きいアクションで。いやいや,思いっきり大きなハクションで。
今冬,もっとも寒かった夜の,もっとも寒いできごとでした。わたしは呆然としたまま,しばらく,歩道にある防護柵につかまったまま,立ちすくんでいました。これが,日本社会の,いま現代の,ひとつのまぎれもない現実のひとつであるのか,と。
新聞やテレビで「ながら歩き」が問題になっていて,あちこちでいろいろ事件になっていることは知っていました。わたし個人としても,何回か,スレ違いざまに「出足払い」を掛けてやろうかという衝動に襲われ,それを「まてまて」と制御するのに精一杯でした。と思っていたら,わたしが跳ね飛ばされていました。なんということか。
ことの経緯を精確に記しておきたいと思います。
鷺沼の事務所をでて,いつものコースを通って,鷺沼駅の裏口の坂道の歩道を登っているときのことです。坂道の中程のところまで登って行ったとき,ちょうど電車から降りた人たちが坂道を下ってきました。相手が大勢なので,自然に,わたしは真ん中を避けて,歩道柵にぴったりと寄り添うようにして登っていました。スレ違う人はお互いに身を交わしながらすり抜けていきます。その中に,「ながら歩き」のまま坂道を下ってくる女子高生がいました。しかも,柵に沿って歩いてきます。わたしは,逃げ場を失って,その場に立ち止まりました。
新聞の報道によりますと,中年の「ながら歩き」は駄目だが,若い人たちの視野は広く,スレ違う人を視野の中に入れていて,瞬間的に交わしていく,とのこと。そのことが,ちらっ,と脳裏をよぎりました。だから,逃げ場のなくなったわたしは立ち止まることにしました。そして,最悪の場合でも,わたしの真ん前にきて,相手も立ち止まるだろう,と判断しました。これが甘かった。
彼女がどういう種類の人かはわかりませんが,一歩も歩みを緩めることなく「ドーン」とそのままわたしに体当たりをして,平然とまっすぐに通りすぎていきました。しかも,なにごともなかったかのように,そのまま「なから歩き」をしていました。これをみて,わたしは「エッ?」「なに?」「これって?」と「?」マークが頭中に広がりました。
わたしはどうなったか。まさか,体当たりをしてくるとは思ってもいませんでしたから,油断もあったかもしれません。それと,坂の登りと下りの差もありましょう。上から降りてくる方が質量が大きかったのでしょう。60キロのわたしを跳ね飛ばしたのですから,相手の女子高生も相当のものです。わたしは,みごとに跳ね飛ばされて,縦軸に一回転して,歩道の防護柵につかまって,かろうじて転ぶ難を避けることに精一杯でした。そのつかまった姿勢のまま,振り返って女子高生を見送っていた,という次第です。まわりの人は,だれも,見て見ぬふりをして,通りすぎていきました。なにか,近年に体験したことのない,正体不明の背筋の寒くなる思いがしました。しばらく,身動きすることもできないほどに。
まさか,わたしがこんな眼に逢うことになろうとは・・・・。身を交わすスペースのあるところでは,これまでも,何回も「ながら歩き」の若者たちとぶつかりそうになったことはあります。そのつど,わたしの方から,身を交わして難を逃れるようにしてきました。しかし,今日は,そのスペースがありませんでした。しかも,立ち止まっていれば,体当たりする寸前に相手は気づいてくれる,と信じていました。それが甘かった。
もうひとつショックだったことは,体当たりした女子高生が,振り向きもせず,失礼の挨拶もなく,平然と立ち去って行ったことです。もはや,何をか況や,です。
とうとうここまできたか,世も末である,と吼えてみたところでどうということもありません。これから,こういう情況になったら,大きな声でみずからの存在をアピールするしかない,と覚悟を決めました。じゃあ,どんな声を出すのか,ともうひとりのわたしがせせら笑っています。よしっ,もう,いまから決めておこう。「ヘェークション」という加藤茶のギャグを借りて。それも思いっきり大きいアクションで。いやいや,思いっきり大きなハクションで。
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