2012年2月29日水曜日

「猫の足のように,静かにそっと運ぶ」(李自力老師語録)・その7.

「猫の足のように」音を立てることもなく,そうーっと前に出し,静かに着地させること。今日(29日)の稽古で李老師が発したことばです。なぜか,とても得心がいったので,ぜひとも,忘れないうちに記述しておきたいと思います。

李老師の動きに無駄はひとつもありません。脚は脚,腕は腕,腰と上体,それぞれの動きはお互いに独立しています。しかし,それらはお互いに連動しながら一つに溶け合ってみえます。みごとな連鎖をなしています。しかも,それらの一つひとつの動きが止まっていることは一度もありません。つねに,全体が連鎖反応しながら動きつづけています。

このことを,もう,ずいぶん長い間,観察しながら考えつづけていました。しかし,名人の動きを分節して見透かすだけの力は素人にはありません。ですから,ただ,ひたすら真似をするだけです。見よう見まねで,名人の動きを模写するしかありません。ですから,李老師はひたすら模範を示してくださいます。ことばによる説明は最低必要限にとどめます。そこから,ことばは悪いですが,「盗め」というわけです。つまり,眼力を養うべし,と。

そうした謎の一つが脚の運び方です。軸足に体重を乗り移らせた瞬間から,体重から解放された脚はゆっくりと軸足の方に引き寄せられたのちに,こんどは前に向けて送り出されます。この脚の運び方が,以前から不思議で仕方がありませんでした。一瞬たりとも止まることなく,しかも,ゆったりと引き寄せられ,送り出されていくのです。

この動作をどれほど盗み取ろうとしたことだろうか。それでも,ずっと謎でした。が,今日の李老師のひとこと。すなわち,「猫の足のように」。そうか。李老師の脚の運びは「猫」の方法だったのか,という次第です。

猫が獲物をみつけて,獲物に気づかれないように音もなく接近するときの足の運びは,まさに,李老師の脚の運びとぴったり一致します。

そして,この脚の運び方を可能にしている最大のポイントは,じつは,腰の回転でした。この腰の回転と脚の送り出しが連動して,はじめて「猫の足のように」なる,という次第でした。

いまごろになって,と笑われそうですが,気づいたときが吉日です。今日は赤飯を炊いてお祝いをしなくてはなりません。そんな気分にさせてくれるほど嬉しい李老師のひとことでした。

イメージはできあがりました。あとは,稽古を積んで,それを可能とするからだをわがものとするだけです。これで,また一つ,太極拳をする身体に接近できる,その道が見えたことがなによりでした。
李老師に感謝。

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