2012年11月20日火曜日

「小異を捨てて大同につく」とは「原発ゼロを捨てて原発推進につく」ということでした。正体みたり。

  イシハラ君とハシモト君がとうとう手を組んだ。その記者会見では「小異を捨てて大同につく」とイシハラ君が大見得を切った。イシハラ君は数さえ集まればいいという無節操ぶりを曝け出し,減税のタカシ君もみんなのヨシミ君も抱き込もうとした。が,ハシモト君があくまでも政策で一致することが大事と主張してこの二人のことは先送りとなった。が,一方でそのハシモト君はみずからの政策まで変更してイシハラ君と手を組むことにした。

 すなわち,「原発ゼロ(小異)を捨てて原発推進(大同)につく」という選択だった。

 なんという無節操な・・・・。要するに権力への近道を選んだだけのこと。その一方でライバルは切り捨てておく,というハシモト君の根性もまるみえとなった。

 これで「原発推進」の自民党を筆頭に,軒並み「原発推進」を声高らかに宣言することになった。これで選挙が戦えると思っているらしい。国民をバカにするのもいい加減にしてほしい。民意の80%は「原発ゼロ」を希望しているというのに(政府発表の調査結果)。ただし,最近の東京都民の意識調査では56%だという。東京都民だけの異常現象なのか(都知事選に向けての調査なので,原発への意識は低くでたかも),それともあっという間に「原発ゼロ」の民意は薄れてしまったとでもいうのだろうか。それにしても,過半数は「原発ゼロ」を望んでいる。

 この数字とはうらはらに,政党支持では自民党がトップ,第二位に民主党,第三位に維新,第四位に国民の生活が第一,とつづく(新聞社によって調査結果が異なる)。このうち,「原発ゼロ」をはっきり謳っているのは国民の生活が第一だけ。民主党の「原発ゼロ」は口先だけで行動は再稼働,だから,わたしは信用しない。意外なのは,「原発ゼロ」を鮮明に打ち出している社民党や共産党への政党支持率が上がらないことだ。なにゆえに,こんなに支持率が低いのか。政党を代表する看板の印象がわるいのか,それともほかに理由があるのだろうか。

 でも,ここはワン・ポイント・リリーフでもいい。とにかく,政党のこれまでのイメージよりも,「原発ゼロ」をしっかりと掲げている政党,あるいは無所属の人を見極めるべきではないか。そして,民意をしっかりと反映する政治に向けて舵を切ることだ。その絶好のチャンスがこんどの選挙だ。その鍵はわれわれが握っている。このことを忘れてはいけない。

 ここを間違えるとたいへんなことになる,とわたしは考えている。かりに,自民党が政権党に返り咲いたとしたら,アベ君はすぐにイシハラ君,ハシモト君と手を結んで,巨大な権力を構築することになるだろう。そして,ノダ君のところの再選議員も雪崩をうって離党し,政権党に鞍替えすることになるだろう。あるいは,その前に雪崩現象が起きるだろう(誓約書を書かない候補は公認しないという異常ぶりに注目)。

 こうなると,55年体制よりももっとひどいことになっていく。長年かかって構築してきた原子力ムラの住民たちが一気に活性化し,かれらの思うままに日本が作り替えられていくことになる。ふたたび,全国の原発が再稼働され,つぎの大震災で日本列島は沈没していく。まさに,金に眼がくらんだ亡者どもの意のままだ。

 近隣諸国のもっとも恐れている日本の右傾化が,ますますはっきりしてくる。それこそ,この流れでいくと,憲法を改正(改悪)して,再軍備へ一直線,となりかねない。その結果は「ドンパチ」のはじまりである。しかし,それだけはなにがなんでも回避しなくてはならない。つまり,原発推進派がひた隠しにしているほんとうの意図は,いつでも原爆を製造可能な能力(最先端の科学技術)を保持することにある。もう一点は,原発を輸出して一儲けしようとする経済効果である。わたしたち国民の命を犠牲してまでも,いやいや世界中の人びとの命と引き換えに,恐ろしい道を突き進もうとしているのだ。

 そうしたすべての分岐点が,「原発ゼロ」か,「原発推進」か,なのである。ここさえ決まれば,つぎなる政策の選択肢が決まってくる。TPPも増税も沖縄問題も,なんの迷いなく意志決定することができるだろう。だから,ほんとうに今回の選挙は日本の未来の命運を賭ける大事なわれわれの意志決定なのだ。

 「小異を捨てて大同につく」などと立派なことを言っているが,じつは,下心がまるみえなのだ。繰り返しになるが,権力への近道を選んだだけで,たんなる利害/打算の結果にすぎない。こういう輩の言動に幻惑されないように,ご用心,ご用心。

0 件のコメント: