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2016年1月16日土曜日

アンケート調査。嫌いな政治家のNo.1は安倍晋三。でも,政党支持は自民党。

 もともとアンケート調査なるものを信用しないことにしています。とりわけ,最近のアンケート調査は「世論調査」という名の「世論操作」が多いから,逆に辟易としています。なのに,最近,SNSで流れていた,ある週刊誌の調査結果が妙にわたしの印象に残ってしまいました。しかも,ひょっとしたら,この調査結果って「当たっているかも」とおもってしまったのです。

 その調査結果によれば,もっとも嫌いな政治家は安倍晋三。でも,政党支持は自民党。これはいったいなにを意味しているのでしょうか。

 その理由が面白い。安倍晋三という政治家が嫌いなのは「嘘ばっかり言うから」という。そして,すぐに辞めてほしい,とまで言う。これはきわめてまともな理由ですね。やはり,世の中,ちゃんとみているんだ,と少しばかり安心。

 そのいっぽうで,政党支持は自民党とくる。その理由も,ほかに支持できる政党がないから,という。これもまた,まことにそのとおりだ,とおもいます。

 この「ねじれ」現象が面白い。政治家・安倍晋三は大嫌い,でも支持する政党は自民党。

 もっと興味を引かれたのは,「支持する政党は自民党」の中味。このうちの8割は,支持できる政党がほかにないから,という。これも「なるほど,なるほど」と同感。ならば,まともな政党が現れれば,ただちにこの8割の自民党支持者たちは心変わりして,そちらに移動する,ということを暗示してもいるようです。そして,根っからの自民党支持者は,自民党支持を表明した人のうちのたった2割しかいない,というこの事実。なんという脆弱な自民党支持の内実であることか,と驚いてしまいます。

 この脆弱性に気づいている自民党議員の一部は,顔面蒼白だといいます。つまり,自民党の議席が圧倒的多数を占めているのは,まさに,砂上の楼閣にすぎない,と。だから,この強権政治の一角が「なにかの弾みに」破綻をきたした瞬間から,あっという間にアベ政権は崩壊する,と。ひょっとしたら,自民党内部から政権批判が噴出するのではないか,とも。

 もう,すでに,自民党のかつての実力者たち(長老たち)からは,「いまの政権運営はきわめて危険な状態にある」と公言してはばからない人が現れています。これは巨大権力が崩壊するときの余震のようなものでもあります。みずからの足元から「地鳴り」がしはじめ,粛々と「地殻変動」が起きているようなものです。

 それにしても情けないのは野党。多くの市民運動団体から「野党は共闘」をと呼びかけられているというのに,それができない。共産党の志位委員長が「勇断を奮って」,政党の好き嫌いを言っている場合ではない,とにかく安保関連法案を廃止にするその一点だけのためにも,野党は共闘して今夏の選挙を闘わなくてはならない,と提案しているのに・・・・。

 いまだに党利党略しか考えられない野党各党。とりわけ,民主党。この政党の幹部の少なからぬメンバーが日本会議につらなっているかぎり,身動きがとれません。情けない。いっそのこと解党して,新党をつくるなり,かつての所属政党にもどっていったらいいのに。そうすればすっきりして,新進気鋭の議員たちが活躍の場をえることができるのに・・・。

 いまにも音を立てて崩壊する寸前の自民党が,だれの目にも明らかなのに,その「とどめ」が刺せません。「オール沖縄」のような結束ができないのです。ヤマトの野党の政治家も国民の多くも,みんな「茹でカエル」ばかりだから。このわけのわからない「ぬるま湯」にどっぷりと浸っていて,危機意識のひとかけらもない人びとが多すぎます。沖縄の人びとのこころをひとつに結びつける,長年にわたる「辛苦」が,ヤマトンチュには決定的に欠落しているのです。

 こうなってくると,あとは「弾み車」を頼むしかありません。外圧か,内部崩壊(自滅)か,アベ君のオウンゴールか,はたまた自然災害か,フクシマか・・・・・。時限爆弾や,地雷があちこちにゴロゴロしているというのに,なにかが起きるまでは,火の粉がわが身に降りかかるまでは,国民はみんなよそ事,他人事だとおもっています。

 いやいや,多くのこころある人びとはみんな息をひそめて,じっと身構えているだけなのかもしれません。

 それにしても,この夏の選挙までに,なにかが起きる,そんな予感でいっぱいです。そして,そこに向けて,わたし自身はなにができるのか,なにをすればいいのか,これからもしっかりと考えていきたいとおもっています。

 みなさんも,どうぞ,よろしく。できるところから・・・・。隗より始めよ,です。

2016年1月14日木曜日

書店から「まともな本」が消えていく。

 本屋さんが奇怪しくなっている。わけのわからないポピュリズムに煽られて,本屋さんも動揺しているらしい。とにかく批判の対象になるような本はできるだけ置かない,と逃げの態勢のようだ。それどころか,「自発的隷従」に徹して,政権を批判するような本は最初から置かない,という姿勢がありありの本屋さんも多くなってきた。

 ひところ,ニュースになって大きな話題になったように,「民主主義を考えよう」というようなブック・フェアが,政治的偏向だとして批判の対象になる。そして,この折角のいい企画も取りやめになってしまう。「民主主義」についてみんなで考えようということが,なぜ,いけないことなのか。では,学校では「民主主義」を教えてはいけないのか。

 小学校(精確には国民学校)2年生で敗戦を迎え,いわゆる戦後民主主義を学校で,社会で,あらゆる機会をとおして教えられ,学んできたわたしたちの世代にとっては,まったく考えられないことが現実になっている。いったい,この国は,いつからこんなことになってしまったのか。言うまでもなく,第二次アベ政権の誕生以後のことだ。

 その余波がとうとう本屋さんにまで及んできた。茹でガエル状態のままの,感性が麻痺してしまった国民の多くは,それでもまだ,痛くも痒くもないらしい。わが身に火の粉が降りかかってくるまでは,なにも感じないらしい。しかし,まともにものごとを考えようとする人間にとっては,まことに困ったことが,あっという間に世の中の隅々にまで浸透しつつある。

 書店から「まともな本」が消えていく。しかし,考えてみればこの現象はもうずいぶん前からのことではあった。売れない本は置かない,という市場原理に押し切られながら,徐々に進展していた。そして,いまでは,思想・哲学の本は本屋さんからほとんど姿を消してしまった。それが,とうとう政権批判につながるような本は置かない,というところにまできてしまった。恐るべき<思想統制>の黒い手が伸びてきている。

 わたしは『週間読書人』を,長年にわたって購読しているので,毎週,どんな新刊がでていて,いま,どんな本がどのように評価されているのか,という情報についてはある程度承知しているつもりである。少なくとも,わたしの仕事や興味・関心にひっかかる本に関しては・・・。それと,雑誌『世界』を購読しているので,岩波書店の出版情報についても,毎月一回はきちんとチェックしている。あとは散歩がてらの本屋さん巡りで,立ち読みをしながら・・・・。

 こうして,これは買わなくてはいけないという本が出るとすぐに本屋に走る。そして,実物をしっかり確認した上で購入する。もっとも確認するまでもなく必要な本に関してはネットで購入する。手間もはぶけるので・・・。しかし,なんといっても本屋さんで実物を手にして,じっくり内容を吟味した上で購入する,この至福のときは捨てがたい。

 それが,とうとうできなくなっていきてしまった。わたしが興味を示す本が,どんどん本屋さんから消えていく。なんとも寂しいというか,悲しい。いわゆる「まともな本」がいっぱい刊行されているのに,人びとの目に触れることもなく消えていく。そして,出版社も売れない本は刊行しない。悪循環。負のスパイラル。まともな読者も消えていく。

 ちょっと大きな本屋さんであれば,かならず「新刊コーナー」が設けられていて,そこにズラリと新刊が並ぶ。もちろん,一週間くらいで消えていく新刊もある。しかし,話題になった新刊は,特別コーナーまで設けて平積みになっている。

 この新刊コーナーが,どんどん痩せている。というか,中味などどうでもよくて,ただ売れそうな本だけが独占している。そこには「まともな本」は一冊もない。

 仕方がないので,神田まで足を伸ばすことになる。いまでも月に一回は神田まででかけて本屋巡りをしようとこころがけている。時間がないときは,信山堂(岩波ブックセンター)でことを済ませる。まことに小さな書店であるが,ここの選書はみごと。短時間に必要な情報を手に入れることができる。これは,と思われる重要な本は,ここに行けばまずは見つかる。

 こういう特色のある個性的な書店が,ついこの間まで,あちこちにあった。それが,つぎつぎに消えていってしまった。いまや,小さな店構えで,「まともな本」だけを置くという書店を寡聞にしてわたしは知らない。

 なんとも恐ろしい軍靴ともおぼしき「足音」ばかりが音高く聞こえるようになってきて,日々,憂鬱である。のみならず,悲しい。

 わたしたち日本人はいつからこんなになってしまったのか。
 せめて新刊本だけでもいい,一度は書店に並べて,みえるようにしてほしい。
 みえないことには,なにもはじまらない。
 買う,買わない,読む,読まない,はその上でのこと。

 日本人がますます堕落していく。困ったものだ。

2015年10月27日火曜日

「国民舐めるな」。「若者を使い潰し」ておいて,「一億総活躍社会」だって?ヘッ!

 馬鹿も休みやすみ言え!日本もアメリカと同じように,1%の富裕層のために99%の国民が「貧困化」に向かっているというのに・・・・。その上,「労働者派遣法」などという「悪法」まで制定して,「若者を使い潰し」ている「ブラック企業」を,さらに野放しにするどころか「助勢」までする,とんでもないアベ政権が,なんと「一億総活躍社会」だって,サ。聞いて呆れる。

 国民舐めるな!

 
アベの頭が狂っていることは,いまにはじまったことではないが,その狂人に隷従する自民党・公明党の議員諸氏の頭も相当にイカレている,としかいいようがない。どう考えてみても,完全なる「思考停止」状態。裸の王様をみてみぬふりをしている。そろそろ純粋無垢のこころをもった子どもの登場があってもいいのだが・・・・。それも叶わぬらしい。なぜなら,来るべき選挙で,党の推薦が欲しいから。少しでも抵抗しようものなら,党の推薦からはずされてしまう。それでは,小選挙区は戦えないのだ。こういうからくりをスガは存分に悪用し,アベ独裁を産みだしている。

 わずか30%足らずの得票率で,圧倒的多数の議席を確保できてしまうからくりも,この小選挙区制にある。だから,この小選挙区制をなんとかしなくてはならないのだが,自民党に有利に機能している間は維持しつづけることだろう。もっとも,この制度は,ひとたび,潮目が変わると大逆転を起こす制度でもある。その意味では,われわれ選挙民が問われている制度でもあるのだ。だから,われわれ自身がよくよく考えて投票することが先決なのだ。言ってしまえば,逆に,われわれが利用すべきだ,と。

 
この新聞が報じていることはきわめて深刻だ。こんなブラック企業を野放しにしたまま,新「三本の矢」のひとつに「国民総活躍社会」をかかげ,その実現をめざすという。前の「三本の矢」の総括もしないで,またまた,眼くらましのようにしてつぎの新「三本の矢」の提示である。メディアもまた,すぐにそれに飛びついて,話題をころがして,弄んでいる。こちらもまた「思考停止」状態のまま,政府与党のご機嫌とりに必死だ。なんともはや,みっともない。

 まずは,「三本の矢」政策の結果はどうだったのか,その総括をするのがメディアの役目ではないのか。いやいや,その前に,アベ君がみずからかかげた政策の総括をすべきなのだ。そして,その反省の上に立ち,新「三本の矢」の提示をすべきなのだ。しかし,なぜか,そこには蓋をしたまま,だんまりを決め込んでいる。もし,どうしても総括しない/できないということであるならば,暗黙のうちに「失敗」だったことを認めていることになる。だから,なにも言わないでやりすごし,国民の目先をつぎの「三本の矢」にすり替える。やっていることがあまりに稚拙である。ほんとうに国民を馬鹿にしている。

 国民舐めんな!

 「国民総活躍社会」を目指そうというのであれば,まずは,派遣社員や契約社員を正社員にする手立てを明らかにすることだ。そういう法律を整備することだ。かつては,「3年継続したのちには正社員にする」という法案が準備されたこともある。そこに希望を託して,派遣社員や契約社員として,正社員なみに頑張っていた若者たちがたくさんいた。いまは,その希望もないまま,ずるずると「使い潰し」「使い捨て」にされている。遠い将来に向かって夢も希望もない生活を余儀なくされている若者が,どれほど多くいることか。

 まずは,この若者たちの救済策を講じてからの話ではないのか。「国民総活躍社会」の実現をめざすのは・・・・・。こうした根源的な矛盾には眼をつむって,ことば面だけを飾りつけ,国民を躍らせればいい,と考えているらしい。もはや,そんな甘い手で誤魔化されるような国民ではない。アベ君とその取り巻きは,このことをしっかりと自覚すべし。

 そうでないと,その「お返し」は選挙に跳ね返ってくる,と自覚すべし。
 もう一度,言っておこう。

 国民舐めんな!

2015年10月6日火曜日

「マイナンバー」。とうとう番号になってしまう「わたし」たち。物品管理。丸裸。人権無視。

 「マイナンバー」だって?冗談じゃないよ。

 俺たちは人間なんだ。物品じゃあないんだ。

 倉庫にぶちこまれた物品じゃあないんだ。

 人権をもった人間なんだ。血も涙もある人間なんだ。生身のからだを生きる動物なんだ。

 どこまで行ったって,「モノ」じゃあないんだ。立派な「生きもの」なんだ。

 その「生きもの」を,倉庫の物品と同じように,番号をふって整理し,物品の中味の情報をすべてパソコンにインプットし,一人の人間のあらゆる情報を国家が把握するという。プライバシーもなにもあったもんじゃあない。内緒でやっているアルバイトもみんなバレてしまう。たった一銭の税金も間違いなく取り立てる。光熱水費の支払い情況も。給料明細も。なにもかも。

 これじゃあ,ジョージ・オウエルが描いた小説『1984年』よりも酷いじゃあないか。

 2015年の日本が,マイナンバーというカード一枚で,すべての国民の情報をすべて把握する国家になろうとは・・・・。いったい,だれが想像しただろうか。

 憲法を無視し,議会のルールまでも無視して成立させた「戦争法案」は,日本の憲政史のなかに最悪の歴史を刻んだ。しかし,それに負けず劣らず最悪の制度が,このマイナンバー制度だ。ここには,基本的人権の保護もプライシーの保証もなにもない。人間が「生きもの」であることも否定され,完全なる「モノ」にされ,物品化されて,国家に管理される,というのだ。

 かつて,ジョルジュ・バタイユは,「有用性の限界」ということを言った。その骨子は,人間は自分にとって役に立つ「有用性」を追い求めていくと,便利な生活ができるようになるが,やがて自分たち自身をも「有用性」の枠組みのなかに閉じ込めてしまい,気づいたときには,人間が人間ではなくなり,「モノ」と化してしまう,というものだ。

 それを小説化したものが,さきにあげたジョージ・オウエルの『1984年』であり,最近の小説でいえば,カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』だ。

 これらは小説だ。しかし,マイナンバー制度は,現実の,いまを生きるわたしたち人間を「モノ」として管理するリアルな話なのだ。

 なぜ,こんな制度をアベ政権は編み出したのか。いわずとしれた「戦争法案」とセットなのだ。話をわかりやすくするために,ざっくりと言わせてもらおう。それは「徴兵制」がその裏に隠されている,ということだ。生活に苦しんでいる若者たちを自衛隊に勧誘するのも,このマイナンバー制度があれば自由自在になるのだ。

 この他にも,国民を自由自在に操る装置が,このマイナンバー制度にはいっぱい隠されている。それらについては,いずれ,このブログでも書いていくとして・・・・。

 ああ,やだやだ。マイナンバーなんて,考えるのもやだ。

 こんな鬼の手を,よくもまあ考え出したものだ,とあきれ返ってしまう。官僚のなかには血も涙もない「鬼」のような人が少なくないと聞く。優秀な官僚ほど,冷徹そのものだ,とも聞く。国民を虫けら同然・・・,いや,虫けらどころか,「モノ」同然とみなして平然としていられる人種だ,とも聞く。そういう官僚たちが,鬼の悪知恵を働かす。そうして,アベを喜ばせる。あとは,とんとん拍子で出世する。そして,天下る。そんな筋書きまでが透けてみえてきてしまう。

 あなおそろしや,あなおそろしや。天神様にお願いをしよう。藤原氏の末裔が,いまも悪さを働いていて困ります,と。祟り怨霊のパワーで,なんとか,そこを・・・・。お助けのほどを・・・・と。

2015年9月30日水曜日

スペイン・カタルーニャ自治州議会選挙。独立派が過半数。こんごの行方やいかに。

 スペインのカタルーニャ自治州議会の選挙が行われ,独立派が過半数の議席を確保した,というニュースが28日に流れました。カタルーニャ自治州といえば,スペインにあっても独特の言語や文化をもつ地域として,むかしから「独立」の動きがありました。スペイン北部に位置するバスク自治州もまた,バスク民族の居住地として知られ,独自の言語・歴史・文化を温存しつつ,やはり独立運動が熱心に展開されています。

 スペインでは,この二つの自治州が独立運動をめぐって,賛成派と反対派とが拮抗しています。バスク自治州は,いまは,反対派が政権を握っていますが,その前までは賛成派が握っていました。カタルーニャ自治州も同様で,こんどの選挙でも僅差で独立賛成派が過半数を占めました。とはいえ,独立推進派は昨年11月に住民投票を行い,約8割が独立賛成の票を投じたといいます。しかし,法的拘束力がなかったため,こんどは正式に独立の意思を確認するために前倒しの選挙に踏みきったという。

 カタルーニャ自治州のマス首相は,この選挙結果を受けて,いよいよ独立に向けた作業を進める考えを表明。それに対して,スペインの中央政府は,独立を断固阻止する構えだ,といいます。こうなると,両者の対立は激しくなり,どのような推移をたどることになるのか,世界中が注目するところとなります。

 昨年には,スコットランドの独立をめぐる選挙が行われ,かろうじて独立反対派が過半数を占めて,一応の安定をえました。このときも,英国中央政府はかなり神経を尖らせて,いろいろの切り崩し作戦が展開されたことも報道されました。

 ヨーロッパには,じつは,独立を希望する地域がほかにもあって,カタルーニャ自治州のこんごの成り行き次第では,各地の独立運動が活性化する可能性が大だといわれています。

 ドイツの友人から,The Economist 紙の情報がFBをとおして送られてきました。それによれば,スペイン,英国以外の地域で,独立運動が展開されている地域は以下のようだといいます。

 1.ベルギーのフランダース(『フランダースの犬』で知られる地域)
 2.ドイツのバイエルン州(ドイツ最大の州。州都ミュンヘン)
 3.フランスのコルシカ(地中海に浮かぶ島)
 4.イタリアの南チロル(オーストリアと国境を接する山岳地帯,言語はドイツ語)
 5.イタリアのベネチア(むかしから自由都市として栄えていたが,18世紀にはオーストリア,19世紀にイタリアに併合された)

 それぞれの地域に固有の歴史があり,独自の文化を育み,経済力もあり,自主独立の機運がむかしから強いことが共通しています。言ってみれば,近代国民国家という枠組みに取り込まれてきた,その諸矛盾が鬱積していて,そこからの解放が独立へのエネルギー源になっているということです。

 このことは,日本でいえば,沖縄をみればよくわかります。琉球王国として栄えた独自の歴史・文化は,いまでも沖縄のアイデンティティの中核をなしているといっていいでしょう。薩摩藩による琉球併合以来,沖縄は,つねに中央政府に翻弄されてきました。いまもなお,米軍基地をめぐる問題から解放されることなく,むしろ,過重な負担がさらに大きくなろうとしています。ですから,そこに積もっている抑圧・鬱積は,すでに臨界点に達しつつあります。ですから,沖縄にも「独立」の機運が盛り上がってきています。

 そういうことも視野に入れて考えてみますと,スペイン・カタルーニャ自治州のこんごの独立への進み行きは,沖縄を含めた世界中が注目するところとなっていくことでしょう。わたしも,息をひそめて見守りたいとおもいます。

2015年9月29日火曜日

SEALDsの奥田愛基さんに「お前と家族を殺す」と脅迫状が・・・。

 SNSをとおして,この情報が飛び込んできました。が,わたしが今日みていたテレビのニュースでは,どこも扱いませんでした。どこの局もスルーしてしまったようです。テレビがスルーするということ自体が,この恐るべき事態を容認する側に立つ,ということを如実に示しています。つまり,世の中のとんでもないアホが,たまたま脅迫状を送りつけた,というような単純な事件ではないということを最初にお断りしておきたいとおもいます。

 もっとはっきり言っておきましょう。どことは名指しはしませんが,どこか大きな権力につらなる団体がその背後で動いていることは間違いないだろう,ということです。ですから,テレビもスルーしてしまいます。同じ仲間ですから。そして,警察もまた積極的には動かないだろうということです。あってはならない,とてつもない「大事件」だというのに。

 SNSに流れている情報によれば,以下のとおりです。
 今月の24日に,奥田愛基さん宛ての脅迫状「お前と家族を殺す」が,奥田さんの通う大学とは別の大学にとどいていた,ということ。奥田さんは,警察に被害届けを出したこと。そして,記者会見をしてコメントを発表したこと,などです。

 詳しい情報については,29日の新聞か,SNSを検索して確認してみてください。

 SEALDsは,すでにご存じのように非暴力をモットーに,警察公認の抗議集会を開いたり,デモを行っている,じつに温厚な学生の団体です。しかも,外郭のどこの団体や党派とも手を結ぶことなく,一人ひとりが自律した個人の集まりであり,資金も自分たちの持ち出しと一般の寄付をもとに活動を展開しています。じつに,自由でゆるやかな組織であることを大切にしています。

 そういう団体で活動する奥田愛基さんのところに「お前と家族を殺す」という脅迫状が送りつけられたのです。それも,かれの通う大学とは違う大学宛てに。これもなんだか稚拙というか,ふざけたやり方というか,まともに付き合えないようなレベルの話です。ということは,黒幕が絶対にわからないように,末端のまたその末端の,どうでもいい輩にやらせた・・・,というような・・・・。このやり口の卑劣さが,またまた,恐ろしい。

 それにもまして,SEALDsに所属している学生さんたちに及ぼす影響の大きさが,わたしは心配です。やはり,かなりの動揺は隠せないとおもいます。わたしが学生だったら,ショックです。この程度の活動ですら,脅迫の対象になってしまうのか,と。でも,こうなったら,金曜日の集会には,なにがなんでも参加しようという気にもなってきます。より大きな結束となって,正攻法で政権への圧力をかけていくしかありません。

 この「事件」が,こんご,どのような情報となって流れていくことになるのか,わたしにはわかりません。しかし,「戦争法案」が通過したことによって,ますます,権力は露骨になり,世の中は暗く,陰湿な方向に進展していくことは間違いなさそうです。だからこそ,なにがなんでも,戦争法案を「無効」にする運動を根気よくつづけていくしか方法はありません。

 持久戦のはじまりです。立憲デモクラシーを擁護するために。

2015年9月28日月曜日

捜索令状もなしに土足で踏み込む。これがアベの言う「積極的平和主義」か。

 憲法に保証された「思想・信条の自由」については,中学生になればみんな学校で学んで知っていることです。この憲法の精神にもとづいて,国会前などでの「憲法守れ」の運動に参加した学生さんたちの抗議行動が社会に大きな波紋を投げかけ,大きな運動のうねりとなっていることは周知のとおりです。かく申すわたしもそのなかのひとりです。

 そんな学生さんの住むアパートに,ある日,突然,警察がやってきて,警官が窓から進入し,玄関を開けて大勢の警官が家宅捜査をはじめた,という情報をSNSで知りました。学生さんは,令状の提示を求めたそうですが,「そんなものは関係ない」と切り捨てて,土足のまま踏み込んできた,といいます。

 令状ももたずに,あるいは,令状を提示することもなく,いきなり土足で学生のアパートに踏み込む,こんなことは60年安保,70年安保の時代にも聞いたことはありません。

 じつは,70年安保の時代に,わたしはさる県人寮(学生寮)の寮監をしていたことがあります。もちろん,当時の寮生の多くがヘルメットとゲバ棒をもって,安保闘争に参加していました。そんな折に,寮のまわりを機動隊に囲まれ,責任者として対応したことがあります。そのときも,寮の中の捜索をさせろと強く言われました。門の鉄扉越しに,「中に入れろ」「捜査令状をみせろ」「そんなものはない」「では,そちらの責任者をここに連れてこい」「いまはいない」こんな押し問答をかなり長い間したあげく,かれらは諦めて帰っていきました。

 あの三派系全学連が過激に闘争を繰り返していた時代ですら,いざというときの最後の手続はきちんと守られていました。ましてや,いま,学生さんたちが,たとえば,SEALDsの学生さんたちが取り組んでいる抗議行動は,いかなる暴力も排除された,じつに紳士的なものです。ですから,赤ちゃんを抱いた若いママさんも参加しています。幼稚園・小学生の幼い子連れの親も参加しています。わたしのような老人も参加しています。

 なのに,そういう非暴力の抗議行動に参加している学生さんのアパートに,いきなり土足で警官が乗り込むという,あってはならないことが起きています。

 アベ政権にとっては,目の上のたんこぶにも等しいSEALDsの活動でしょう。ましてや,「戦争法案に賛成した議員を落選させよう」という運動を展開していて,その支持者はネットをとおして鼠算式に増えているといいます。こうなると,アベ政権としては危機感をいだかざるをえません。こういう輩は早めに叩け,ということなのでしょうか。

 政権にとって都合の悪い奴らは,徹底的に叩け,そして,排除・隠蔽してしまえ,これはこのところますます露骨になってきたアベ政権の戦略です。アベの理想とする「平和」にとって邪魔な奴は徹底的に消してしまえ,これがアベの言う「積極的平和主義」のひとつの表出なのでしょうか。だとしたら,この方法は,アメリカのやり方と同じです。

 政権に楯突く集団は許せない,これがアベの「正義」です。ですから,SEALDsはその「正義」に楯突くわけですので,アベにとってはテロリストという位置付けになります。このイメージを,世の中に広めるための情宣活動の一環として,令状なしの暴力的な家宅捜査をはじめたとしたら,これは大問題といわなければなりません。なぜなら,政権が警察を私物化し,政権の利害を守るためだけに,意のままに動かすということが常態化しかねないからです。

 とうとう,こんなことまでやることになったのか,と唖然としてしまいます。
 しかし,こんな行政的手続を無視した,無法の家宅捜査が行われるとなれば,ますます反権力に目覚める国民(とりわけ,SNSを駆使する若者たち)が増大していくことは間違いありません。アベは率先して,みずからの反対勢力を増大させることに貢献しているのですから・・・・。このことに気づかないほどに,アベ政権は盲目になってしまっています。ここが怖いところです。

 ついに,恐怖政治の時代に突入です。これだけは,なんとしても歯止めをかけなくてはなりません。意を決して,粛々と取組みをはじめる以外にありません。

2015年9月18日金曜日

9月16日,SEALDsの若者たちは夜を徹して朝までコール。その傍ら,ゴミ拾いも。頭がさがる。

 17日午後,参議院の特別委員会で「戦争法案」の「強行採決」が行われました。そのときの醜態はニュースでも何回も繰り返されましたので,ご承知のとおりです。もはや,なにをかいわんや,です。委員長の声はなにも聞き取れず(委員会室に出席していたすべての議員に),ましてや議事録も残せない「強行採決」が有効であるとはとても思えません。なのに,ニュースでは,委員会で可決,と報じられています。

 しかし,外国のメディアはこれを大問題として,大きく取り上げている,という情報がSNSをとおして流れています。いまや,日本の議会は,世界の笑い物になってしまいました。このことの結末がどういうことになるのか,アベ政権の責任は重大です。

 というようなことを,今回は書くつもりではなく,9月16日のSEALDsの若者たちの抗議行動について,どうしても書いておきたいことがありましたので,そちらに焦点を当てたいとおもいます。

 もう,よくご存じのように16日の夜は小雨から次第に本降りとなり,深夜には相当激しい降雨に変わっていきました。その様子はIWJがリアル・タイムでSEALDsの抗議集会を中継していましたので,それで知ることができました。いまも,YouTubeでみることができますので,確認してみてください。

 その雨の降りしきるなか,夜中の12時はおろか,夜を徹して朝まで,かれらは抗議のコールをつづけました。この日が抗議行動の「山場」である,とはっきりと自覚し,覚悟を決めた態度表明であったようです。それにしても,雨の降るなか,徹夜で抗議集会をつづける,その情熱にこころからの敬意を表したいとおもいます。日頃から,かれらが言っている「本気でやる」はたんなる見せかけではありませんでした。それをみごとに証明してみせたのです。

  そして,かれらのコールの数あるなかのひとつ,「賛成議員は,落選させよう」が,今夜の国会前抗議集会でも繰り返されています。この声が,こんご次第に大きくなっていくことは間違いありません。そして,この声が全国津々浦々にまで浸透していくことも間違いないでしょう。それほどに,今回の「強行採決」は酷いものでした。だれの眼にも無茶苦茶だ,と。とりわけ,新しく選挙権を認められる高校生に与えた影響は,計り知れないものがあるとおもいます。また,その予備軍である中学生もまた,「なにごとか」と訝ったに違いありません。ましてや,小学生は,どう受け止めたことでしょう。

 「民主主義って,なんだ」「これだ」というSEALDsの若者たちの専売特許ともいうべきコールが,骨身にしみます。まさに,議会制民主主義を否定する「暴挙」以外のなにものでもありません。そして,それが小中高生に与える甚大なる影響はだれの眼にも明々白々です。一番困るのは学校の先生方でしょう。児童・生徒から質問されたとき,どのように答えるべきか,悩むことだろうとおもいます。しかし,ここはひとつ勇気を振り絞って,今回の「強行採決」は民主主義の否定であり,断じて許されるべきことではない,としっかりと教えてあげてください。それが立憲デモクラシーを標榜するわが国の正しいあり方なのですから。自信をもって教えてあげてください。

 またまた脱線してしまいました。もとにもどします。SEALDsの若者たちの情熱は,老いたりとはいえ,わたしのような老人をも叱咤激励し,奮い立たせるほどの迫力を覚えます。ほんとうに素晴らしいとおもいます。そんなSEALDsのメンバーの一人で,公聴会でスピーチした奥田愛基君の動画も何回も繰り返し,聞いています。全文,起こし原稿も,何回も読み返しています。それほどに,かれのスピーチはみごとでした。

 これで一気にメディアも注目するところとなり,かれ一人が脚光を浴びることになってしまいましたが,SEALDsの素晴らしさは,かれ一人だけではありません。かれ以外にも,この運動を支えている,いろいろの分野のエキスパートがたくさんいるということです。詳しいことは省略しますが,縁の下の力持ち的な存在,陰でこの運動をささえている人たちを忘れてはなりません。

 たとえば,これも動画でみて驚いたことですが,16日の深夜の午前2時30分ころに,雨の降るなか,大きなビニール袋を手にたったひとりでごみ拾いをしているSEALDs のメンバーがいた,という事実です。これを知ったときには,おもわず涙が流れてしまいました。なんというメンバーがいるのか,と。それも,おそらくは,自分で気づいたことを自分の判断でやっているにすぎない,と本人は問われれば答えたに違いありません。

 これがSEALDsなのです。みんな,それぞれに自立(自律)した個人です。そして,自分にできることをやる,それが大原則。これまでにみたこともない新たな共同体の姿をわたしはみる思いがします。その意味で,これからもSEALDsを,可能な範囲で支援していきたい,と考えています。

 奥田君の活躍もさることながら,真夜中の雨中をたったひとりでごみ拾いをしていた若者の姿をわたしは忘れることはないでしょう。いまでも涙がこみあげてきます。そして,頭がさがります。

2015年8月3日月曜日

SEALDsにつづいて若い母親の会やOLDsが,そしてついに「ティーンズ」(高校生)が立ち上がる。この猛暑のなかを。

 連日のようにわたしのFBには,眼からうろこが落ちるような,新しいスタイルのアベ政権に対する抗議行動の情報が流れてくる。わたしも馳せ参じて,その隊列の末端にでも並びたい。あるいは,なにか手伝いたい。

 そんな気持だけはあるのだが,術後のこの猛暑にはいささか参っている。壊れたエアコンの取り替え工事がくる5日まで,なんとか扇風機で耐えようとしているのだが,おのずからなる限界がある。水分と睡眠だけは十分にとるよう心がけているのだが,体重はどんどん落ちていく。脚筋力も衰えていく。

 これではいけない,とあせりつつ鷺沼の事務所往復をノルマと課しているのだが,こちらも途切れがち。どうやら気持の上で負けているようだ。かといって無理をしてもいけないし・・・とこころは揺れ動く。

 それはともかくとして,いま,連日のように行われている抗議行動に参加できない,いまのわたしのからだが気にくわない。病気というものとはまったく無縁のまま,75歳をすぎ,このままずーっと元気でいられるものと信じていた。しかし,神様はそうはさせてはくれなかった。天誅というやつだ。いい加減にせい,とお叱りをうけてしまった。

 でも,幸いなことになんとか一命をとりとめ,徐々に社会復帰に向かって体調もよくなってきている。が,そこにこの猛暑と熱帯夜だ。明らかに夏バテの兆候がでている。だから,いやでも慎重にならざるをえない。少なくとも,この猛暑が納まり,熱帯夜から解放されるころには,デモに向かう気力も体力ももどってくるものと,その日のくることを楽しみにしている。

 そんな忸怩たる気持をかかえながら,FBから流れてくる「アベ政権 NO!」の抗議行動の輪が,日ごとに勢いをましていることを知り,地団駄を踏んでいる。早く,デモに身をおきたい・・・と。

 山口二郎氏は,かれらのスピーチを聞いていると涙が流れて止まらない,という。わたしはFBに流れてくる情報を読むだけで涙があふれ出てしまう。これまでわたしが承知していたデモとはいささか次元が異なるのだ。かれらのスピーチは,ひととおりの理屈は整然と述べたのちに,最後に,わたしたちの胸にぐさっとくる情緒的な,無垢な心情の表明がある。「嫌なものは嫌なのです!」というような・・・・。ここで喉がぐっとつまり,涙がとめどなく流れはじめる。

 つまり,理性の枠組みをもうひとつ超えた,人間の魂に訴えかける力を,この若者たちは身につけている。理屈など多少どうでもいいのだ。それよりなにより,「アベ政権の暴走は許せない」「我慢できない」「絶対に止めなくては」という覚悟が,わたしたちの胸を打つ。そうだ,止めなくてはいけない,とだれもがそうおもう。この次元をしっかりと把握している若者たちのハートに,わたしたちは完膚無きまでに打ちのめされてしまう。

 これぞほんものの抗議行動だとおもう。だからこそ,一刻も早く,デモの現場に馳せ参じたい。そして,なんでもいい,できることを手伝いたい。とは言っても,最後尾に並んで声をあげるのが精一杯だと承知してはいるのだが・・・・。それでもいい。でかけたい。

 早く収まってほしい,猛暑と熱帯夜。

2015年8月2日日曜日

とうとう民間による武器製造を認め,海外軍事企業買収を認める,というアベ政権。正気の沙汰か。

 とんでもない男を国のリーダーにしてしまったものだ。こんなはずではなかった。税率を延期することを争点にして選挙したはずの男が,すっかりそんなことは忘れてしまって,戦争法案をとおすための選挙であったかのごとき発言をしている。しかも,閣議決定による憲法解釈を変更し,憲法違反の法案を国会に提出し,むりやり議論させ,数の横暴で押し切ろうとしている。

 野党に力がないので,国会での答弁もでたらめであるにもかかわらず,政権の思いのままに牛耳られてしまっている。しかし,「最後の武器は世論」(山口二郎)である。この世論が黙ってはいない。いまや燎原の火のごとく燃え広がった「アベは辞めろ」の抗議行動はとどまるところをしらない。政権支持率も,ついに,不支持率が支持率を凌駕した。アベ政権としては相当にあせっているはずである。そのあせりの表出とおもわれる「暴言」が多くなってきている。

 そんな折も折,こんどは「民間による武器製造を認め,海外軍事企業の買収を認める」という。これまでの自民党政権は,口を揃えて「厳に抑制」してきた「武器輸出三原則」を「解釈変更」で押し切ろうというのだ。しかも,法律の改正もせず,ただ,解釈を変えるだけだ。これは,憲法の解釈を変えるだけで戦争ができる国家に踏み切っていこうという姿勢とまったく同じだ。

 もはや,正気の沙汰ともおもえない。まぎれもない「狂気の沙汰」そのものだ。

 東京新聞が今日(8月2日)の一面トップで大きく報じている。そのつかみの文章だけでも引いておこう。じつにわかりやすいので・・・・。

 政府は,日本企業に課している海外の武器製造企業の買収規制を見直す方針を決めた。関連法の運用指針を現在の「厳に抑制」から「状況に応じ適切に判断」などと変更。法律改正はせず,解釈を変えることで,現在の原則禁止規制を改める。武器輸出を原則認める防衛装備移転三原則を決定したことに伴うもので,見直しにより日本の防衛関連企業の海外進出が可能となる。

 憲法9条もなんのその,民主主義もなんのその,ときの政権の思惑ひとつで「解釈」を変更し,なんでもできる「独裁体制」を着々と固めつつある。

 しかし,こうした政権の独断専行が,国民の大きな不審を呼び,もはや我慢ならないところまで達していることはだれの目にも明らかだ。にもかかわらず,盲目となってしまった独裁党は,脇目もふらず「わが道」を「暴走」する。そして,いずれ国民は「忘れてしまう」とタカをくくっている。

 冗談もいい加減にせよ。圧倒的多数の国民が腹に据えかねている。

 全国各地で抗議活動を展開しているSEALDsの若者たちは「本気」だ。こんなことが許されてたまるか,とこころの声を挙げている。この「本気」度に触発されるようにして,その輪は一気にひろまっている。党派を超越して,「戦争は嫌だ,自由と民主主義を守る」,このことに賛同する人は参加を,と呼びかける。

 これから,ヒロシマ,ナガサキ,敗戦記念日,といった戦争がらみの大きな行事が目白押しである。すでに,アベ政権退陣への「潮目」は変わった。あとは,実力でその力をみせつけるだけだ。「最後の武器は世論だ」(山口二郎)の短いエッセイも,今日の東京新聞に掲載されている。SEALDsの若者たちのスピーチを聞きながら「涙する」山口さんのハートこそが,多くの人たちと若者たちとが連帯していく源泉なのだろうとおもう。

 変な理屈はいらない。立憲デモクラシーをきちんと守って政治をやってほしい,それだけでいい。どうしてもアベ君がやりたいのなら,「憲法改正」を争点にして選挙をやり,堂々と正面突破していけばいい。その自信がないから,姑息な手を用いる。その姑息さが,もはや鼻について我慢ならない。

 その姑息さの最終仕上げが,こんどの「民間による武器製造」であり,「海外軍事企業買収」を認めるという解釈変更だ。もはや,国民の怒りも臨界点に達している。これがアベ政権の命取りとなり,幕引きに向けて国民の意気はますます軒昂となる。

 公明党はいつまで,戦後最悪の自民党政権と手を結んでいるのか。いまからでも遅くはない。一念発起して,自民党と袂を分かち,党是である「戦争反対」を前面に打ち出して,いまこそ「闘う」ときではないのか。

2015年7月23日木曜日

SEALDsは本気です。その本気度にほだされて・・・・。西谷修さん談。

 術後,はじめての太極拳の稽古に参加しました。かなり手抜きをして,適当にやったつもりでしたが,はやり相当に疲れました。

 その昼食のときの話が,とても印象的でした。たまたま,会食者が少なかったということもあってか,ずいぶんとくつろいだ様子で,本音に近い話題がたくさん飛び出しました。これを全部,書くわけにはいきませんが,いまの日本の情況とからむ部分については,とても大事な内容でもありましたので,その一部は書き留めておきたいとおもいます。

 第一声。「森元,眠ってる?」「はい,睡眠時間だけは確保しています」「そう,それはよかった。とにかく眠りだけはとっておかないと」という短い会話のあと,「昨夜も遅かったのに,今朝早く目が醒めてしまったので,とりあえず,短い原稿をひとつ仕上げて,ちょっと眠ってからとおもって横になったら,つい寝過ごしてしまい,太極拳,遅刻してしまった」とのこと。

 今日はこのあと一風呂浴びて,4時からの勉強会に備えるつもり。そこには,以前から集まっている西谷さんのお弟子さんたちに加えて,SEALDsの若者たちも参加しているとのこと。つぎの若い世代が育ってくれているので,とても楽しみだ。この連中がどんどん育って行ってくれれば,もう,いつ死んでもいいとおもっている,とも。

 いい種まきをしていますね,とわたし。すると,かれらは本気です。その本気度にほだされて,いつのまにか抜き差しならなくなってしまって,いまでは完全に入れ込んでいます。ですから,SEALDs企画の集会にはすべて参加しています。その他の大人の会の世話人もやっているので,記者会見なども含めて,休む暇がないとも。なおかつ,小森陽一さんとの対談,雑誌『世界』用の対談,『夜の鼓動に触れる』の文庫本化のための追加原稿,などとつづく。これらは,たまたま,わたしが耳にした範囲の,つい最近の話。これ以外にも多くの仕事を抱え込みながら,FBでも旺盛な発信をつづけています。それはそれは信じられないほどの仕事量といっていいでしょう。

 それにしても,SEALDsの,このところのめざましい活躍ぶりと,その波及効果もものすごいものを感じます,とわたし。そして,その波及効果は,全国区に広がり,各地の学生さんたちが立ち上がっています。それに刺激されて大人たちも,ようやく重い腰を持ち上げて行動を起こすようになってきました。その結果の現れの一つが,支持率。7月上旬には拮抗していた支持率が,わずか2週間の間に,逆転し,ついには40%を切って35%(毎日調査)になりました。いよいよ政権デッド・ラインに接近してきました。とわたし。

 すると,SEALDsの連中は,そんなに甘くみていませんよ。支持率が下がって20%を割っても,いまのアベ政権は安保法案成立にすべてを賭けるでしょう。そうなることを見越して,そのさきの選挙で,徹底的に自民党・公明党をつぶす戦略まで視野に入れています。その気魄たるや見上げたものです。こういう若者たちが存在するかぎり,日本の未来は明るい,といまは確信に変わりつつあります。ほんとうに,この連中の考えていることは凄いですよ,と西谷さん。

 このSEALDsの活動に,多くの高校生も反応を示しているようですので,選挙権を18歳まで下げた政府・自民党の思惑は大いなる誤算となりつつあります。こうなりますと,学校の先生の役割もむつかしいところに立たされることになりますね。とわたし。

 いやいや,学校の先生は,なにかあったら,「それは<政治的>なことなので学校では教えません」「ああ,それも<政治的>なことなので・・・」と言って,はっきりと政府・自民党の意図するところをすべて指摘してやることはできますよ。かえってやりやすいのでは・・・・?感度のいい高校生はすぐに気がつきますよ。それに,SEALDsの情報発信がもっともっとみごとな力を発揮することになるでしょうね。もはや,若者たちにとっては,新聞もテレビも不要な時代に入っていきますよ。と西谷さん。

 ということは,いまの若者たちは,ものすごいことを学んでいることになりますね。文部科学省も政権与党も手も足も出せない「聖域」をフィールドにして,若者たちはとてつもなく大きな「力」をわがものとしつつあるのですから。とわたし。

 そういうことです。ですから,わたしも手抜きはできません。SEALDsの若者たちのあとを必死で追いながら,いま,自分にできることを全力で出し切る以外にないのです。と西谷さん。

 なんと謙虚な西谷さんだろう,とおもわず顔をじっとみつめてしまいました。

 このところ超過密なスケジュールをこなしていらっしゃることは,それとなく察してはいましたが,今日,たまたま,ちらりと耳にしたかぎりでも,わたしの想像をはるかに超えるとてつもなく多忙の日々を送っていらっしゃることが,よくわかりました。

 その発露が「森元,眠ってる?」という問いでした。このことばにすべてが物語られている,とわたしは直観しました。そして,凄い人と昼飯を食べているんだぁ,と。

 わたしの人生の終盤に,こんなさん然と輝く素晴らしい時間が待っていたとは・・・・。わたしは幸せ者です。わたしを取り巻くすべてに感謝したい,そん気持でいっぱいです。今回の術後の回復も,そんな流れのなかのひとつだったようです。ありがたいことです。まずは,西谷さんに感謝。そして,同席していた森元さんにも。

2015年7月20日月曜日

やっぱり「戦争法案」は駄目なだげなぞん。47%あった支持率がいっぺんに37%に減っちゃっただげなぁ。

 まあ,駄目だぁのん。こんなにいっぺんに支持率が下がっちゃうなんてことたぁ,滅多にあることじゃあなんぞん。ほいッ。みんな,よっぽど腹が立っとるらしいぞん。

 あんた,どうおもうかのん。わしゃぁ,やっぱり,この「戦争法案」だけは駄目だとおもうがのん。こいつだけは「廃案」にしないことにゃぁ,このさき夢も希望もなくなっちゃうでのん。

 アメリカじゃぁ,はえ,この「戦争法案」がとおることを当てにしとるということだにぃ。これがとおりゃぁ,日本の自衛隊を戦争に駆りだすことができるっちゅうので,アメリカの軍隊4万人を削減する予算を組んで議会に提出しとるだげなぞん。というこたぁ,アメリカの軍隊4万人分の肩代わりを日本の自衛隊がになうっちゅうこったのん。

 こりゃあ,えらいこったぞん。

 日本の自衛隊は,他国にまででかけて行って,鉄砲を撃つ訓練はしとらんでのん。もっぱら,専守防衛のための訓練だけだでのん。自衛隊員自身も,そんな覚悟はできとらんだげなぞん。ほいだもんだえ,訓練が最近になって厳しくなってきたら,ノイローゼになる隊員が続出したり,自衛隊を去る人も続出だげなぞん。

 これじゃあ,自衛隊員が足りなくなるというので,こんだぁ学生さんに眼をつけとるだげなぞん。奨学金をもらっとる学生さんに,卒業後,自衛隊に入りゃあ,奨学金を返さなくていいっちゅう法律をつくるらしいって,聞いたことがあるでのん。それが駄目なら「徴兵制」も視野に入れて検討をはじめとるっちゅう話も聞いたことがあるでのん。

 こんなこともあってずら,きっと。SEALDs (Students Emergency Action for Liberal Democracy-s=自由と民主主義のための学生緊急行動)を名乗る学生さんたちの集団が雪だるま式にふくらんで,いまや国会前に10万人の人を集める力をもつようになっただげなぞん。それも,全国ネットで活動を展開しとってのん。どえらいことになっとるらしいぞん。

 ほんだもんだえ,みんな大人衆も,やっぱり「戦争法案」は駄目だ,と考えるようになったらしいだのん。それが,47%の支持率が一気に37%に減ってしまった大きな原因じゃあないか,という人がいっぱいでてきたでのん。

 このままいきゃあ,あっという間に,37%が27%に,そして,17%に支持率が落ちていくこたあ,間違いないらしいでのん。ほいだで,戦争だきゃあ,どんなことがあっても避けていきたい,「憲法9条」を守っていきたい,という人たちゃあみんなアベ政治に「反対」と言い出しただげなぞん。

 あんた,まだ,決めとらんのなら,よくよく考えて,わしゃんとうと一緒に「反対」と書いたプラカード(「安倍政治を許さない」)をもって近くのデモに行かまいかのん。プラカードはコンビニで印刷してくれるげなでのん。それを,まずは,家のどこかに張り付けておいてのん。

 「戦争法案」が廃案になるまで,大事に飾っておいてのん,デモのたんびに持ってでかけまいかのん。そうすりゃあ,なんとか廃案に追い込むことができるだげなぞん。いまのところは,それしか方法がないだげな。

 わしもガンバるでのん。あんたも頑張っとくれん。

 若い衆を戦争に送り出すなんてこたぁ,絶対に許しちゃあ駄目だでのん。
 70年も戦争をしないできた日本だでのん。

 ここを頑張って,戦争法案を廃案にしたら,日本国民に「ノーベル平和賞」が与えられる可能性が大いに開けてくるっちゅう話もあるでのん。

 頑張らまいかのん。本気で。

2015年7月19日日曜日

娑婆にでてみたら,世の中,とんでもないことになっていた。浦島太郎症候群。

 15日ぶりで娑婆にでてきたら,世の中,騒然。とんでもないことになっていました。まるで浦島太郎症候群です。

 今日(19日)は朝からたまっていた新聞を大急ぎでめくってみました。この短期間のうちに,世の中,こんなことになっていたのかと驚くことばかり。

 しかし,なによりの「朗報」は,アベ内閣支持率が37%(毎日新聞)に急激に下がったこと。しかも,大手新聞社の調査結果も軒並み「30%台」だという。まずは,このことをなにより言祝ぎたいとおもいます。おそらくは、SEALDs の若者たちの大活躍が大きく影響しているものとおもわれます。そして,ようやく国民の多くが「目覚め」,これではいけない,と気づいたということなのでしょう。

 これほど政府・自民党が徹底してメディアに対する言論統制を強いてきたにもかかわらず,やはり,「真実の女神」は立ち現れるものです。今回は,「安保法制」=「戦争法案」というイメージがじわじわとひろがり,とりわけ,若者たちと幼い子どもをもつ母親たちが声を挙げ始めたことが大きな分水嶺となったようにおもいます。

 にもかかわらずコウムラ氏(高村)は,「支持率が下がっても安保法案は必要」と豪語しています。つまりは,民意など聞く耳はもたぬ,と声高らかに宣言しているのです。

 その一方で,新国立競技場問題については,朝令暮改(舛添)にも等しいやり方で,白紙撤回してしまいました。どうだ,やるべきときには「素早い決断」をして,民意に答えるのがアベ政権なのだと言わぬばかりのみごとなまでのスタンド・プレイでした。しかし,その「計算づくの演出」はまるみえで,裏の事情をある程度理解している人間からすると,まるで「猿芝居」そのものです。

 いちはやく『東京新聞』の朝刊は,スポーツ基金を取り崩して建設費にまわし,そのツケを五輪後も毎年,国費で5億円を補填する,という合意が財務省と文科省の間で取り交わされた,とすっぱ抜いています。しかも,エンドレスだという。なんというお粗末。スポーツ基金は選手育成のための助成金を出すための基金。これを建設費に使ってしまってどうするというのでしょう。もう,わけのわからないことを平気でやるのが,いまのアベ内閣です。

 さあ,アベ君は「白紙撤回」などと大見得を切ってみせたものの,その化けの皮ははやくもはがれはじめています。これも,どうやらアベ君独特の計算の上に立つ得意の「大嘘」のようだ。となると,その落としどころをどこに求めて行くことになるのか。みものだ。官邸主導とはいえ,事務局は五輪担当大臣のところに置かれた。水面下では,森喜朗組織委員会委員長を筆頭に,これから,さまざまな裏取引がなされることになるだろう。責任問題と抱き合わせにして・・・・。

 せっかく「白紙撤回」したのだから,これからの会議は国民も参加した公開のガラス張りで行われるのが理想だ。そうすれば,あらゆる疑惑から解放され,みんなが納得のいく結論にいたるはず。それができなかったら,元の木阿弥。またまた,とんでもない「伏魔殿」での「密室会議」のはじまりです。そして,総経費は国民の顔色をうかがいながら,いつしかとんでもない額に達するのではないか,とわたしは推測しています。最後は,「時間がない」で逃げ切る。常套手段。「60日ルール」の応用編。

 建築エコノミストの森山高志さんは,旧国立競技場は使い勝手がよく,建築的にも傑作だったのだから,これを若干の手直しをして復元することを提案している。そうすれば,図面も全部あるし,工期も短くて済むし,経費もかからない,という。しかも,このことは官邸の勉強会でも説明済みだという。

 これを承知の上で,官邸はどの手を打ってくるのか。なにせ,沖縄の辺野古問題では徹底して民意を無視しているし,安保法制でも民意を完全に無視して,平気な官邸である。新国立競技場問題も,最後は,官邸の独断先行で押し切ってしまうでしょう。そういう「体質」なのだから。人の話に耳を傾けることなど,とうてい想定できない。それがアベ政権だ。

 だから「安倍政治をゆるさない」というカードを掲げる女性デモが,静かなブームを呼んでいる。このカードをかかげて静かに行進する。いかにも,女性らしい,がしかし,力強い意思表明ではある。

 どうやら,新国立競技場問題と安保法制とは「セット」で国会論議を呼ぶことになりそうだ。新国立競技場問題は,わたしが承知しているだけでも,もっともっと深いところに根があるのだから,つまり,政権の意思決定の方法は同根という意味で,ワン・セットにしてとことん問題を掘り下げてほしい。野党にそれだけの力があるかどうか,そこが問題だが・・・・。

 いやはや,これから会期末まで,国会から眼が離せない。また,国会前でのデモも眼が離せない。なんとか早く体力を回復して,でかけることができるようになりたいものだ。

 退院早々,大問題に直面。えらいこっちゃ,です。

2015年7月17日金曜日

見ろ,SEALDs の底力を。国会前に10万人。全国各都市でも大挙して集結する若者たち。

 見たか。SEALDs の底力を! 国会前に堂々の10万人を集結させたではないか。このまったく新しいスタイルの若者たちのネットワークの構築の仕方には眼を見張るものがある。そうか,この手があったか。でも,よく考えてみれば,だれにもわかっていたことだ。しかも,だれでもできることだ。しかし,実際にやった者はいなかった。コロンブスの卵。

 そうだ。SEALDs は不可能を可能としたのだ。そして,だれでもできる,まったく新しい政治参加の方法をみごとに実現させてみせたのだ。そこが偉大なるところだ。素晴らしい快挙というべし。

 アベが憲法を無視して「クーデター」を企てたのなら,それならまったく別の方法で対抗してやろうという若者たちのアイディア満載の運動の展開。アベが,国民の総意を踏みにじってまでして議会の議席の数を頼りに,あらゆる手段を用いて,強引に「悪法」を押し通そうとする。そんな無謀なことが許されてたまるか,われわれ若者たちの「怒り」の声を聞け,とばかりに現代文明の生みだした利器を最大限に駆使して,巨大ネットワークを構築した。そこには名簿もなにもない。友だちから友だちへ,そして,その友だちからつぎの友だちへ,とその輪はあっという間に広がっていった。

 はじめ,数百人の若者集団からはじまって,あっという間に,国会前だけで「10万人」を集めた。しかも,この輪は全国ネットだ。テレビも新聞もほとんど報道しないが,全国の大都市で,同じ若者集団の結束による抗議活動が展開している。それこそ,ネットの世界をたどっていくと,いくらでもその情報は集まってくる。

 若者たちは,とうのむかしにテレビも新聞も信用してはいない。得意のスマートフォンを駆使して,自分にとって必要な情報を手当り次第に蒐集し,取捨選択をしている。そして,自分の生きる糧となる情報を精選している。そして,大人たちが想像もつかないネット世界のなかに無限の可能性を予知している。

 このSEALDs  の若者たちの運動は,これから燎原の火のごとく燃え広がっていくだろう。この火はもはや政府・自民党をしても消し止める手立てがない。そして,ほんとうに「安保法制」成立にストップをかけるだろう。わたしはいつのまにか,そう確信するにいたっている。

 なぜなら,この「安保法制」を前にして,これを食い止めるだけの力は,いまの政党政治では限界があるということを,だれよりもよく知っているのが,この若者たちだ。もっと言ってしまえば,姑息なイデオロギー論争や政党利害にこだわっていて,その上での政治的駆け引きには限界があるということだ。その体質は弾劾すべき自民党となにも変わらないからだ。政党政治そのものが堕落してしまったということだ。

 このことに,いちはやくSEALDs の若者たちは気づいている。だから,イデオロギーもいらない,利害得失もいらない,ただ,この憲法を無視した逸脱行為でしかない政府・自民党の「暴挙」=「安保法制」だけは,「なにがなんでもとおすわけにはいかない」と腹をくくった。ただ,この一点のみにおいて,賛同者に声をかけた。それ以上でもそれ以下でもない。ただ,純粋に,憲法を無視して「戦争」に向かうのだけは嫌だ。「戦争のことを考えるとからだがふるえる」。この感性を共有する若者たちが集まった。

 だから,この燎原の火はもはや止めようがない。これから,「安保法制」が廃案になるまで,この運動はやむことなくつづくことだろう。しかも,全国区で。

 もう一点だけ。この運動は,若者たちの力で,政治の流れを変えることができる,ということを学ぶ最大の場になっているということだ。この運動が成功したら(成功するとわたしは確信しているが),日本の政治情況は一変するのではないか,とおもう。あまり大風呂敷を広げない方がいいとおもうので,ここでも一点だけ。選挙行動に新たな流れが生まれるだろうということだ。選挙権が18歳まで引き下げられた。この若者たちの情報は,そのほとんどがスマートフォンからえられる。この世界を自家薬籠中のものとしているのが,このSEALDs の若者たちだ。この若者たちが,つぎの選挙の折にどのように運動を展開するか,みものだ。18歳,19歳の若者たちの票の多くは,ここで動きそうだから。

 かれらは,言ってしまえば無党派層。どこでもいいのだ。ただ一点。「憲法9条」を守る。その上で政治を行ってほしい。つまり,若者たちに夢と希望を与えてくれる政治を。

 さあ,こうなったら,「安保法制」廃案まで,とことん反対運動を展開して,政府・自民党にゆさぶりをかけることだ。そして,もし,このまま押し切ったら,つぎの選挙では,自民・公明の候補者を軒並み「落選」させることだ。それだけの力を,この若者たちは手にするだろう。

 そして,政治の流れを変えることができる,ということをこの若者たちが学んだとき,日本の政治情況は大きく変化するだろう。また,そうなることを願っている。だから,ほんとうの闘いはこれからだ。

 さあ,わたしの退院の日も近い。すぐには無理でも,体調が回復ししだい,この結集の最後尾にぶらさがりたい。老骨に笞打って。

2015年7月4日土曜日

「戦争法案」,強行採決の日程が聴こえてくる・・・・・。「憲法違反」と国民世論の圧倒的多数の反対を無視して。

 はじめに,7月20日にやるらしいという情報が入ってきたかとおもったら,その日の夜には7月16日で自民・公明が申し合わせたという情報が入ってきました。3日の夕刻には,15日を軸に自公が確認した,との情報が流れました。

 いよいよやる気で,その日程も視野に入ってきました。

 3日の午後,ちょっとだけ見ておこうとおもって国会中継を覗いてみました。安保法案の衆院特別委員会。野党からは民主党,維新の党,共産党の順番に質問者が立ち,それぞれに質問をする。応答者は,アベ,キシダ,ナカタニ,スガの4氏。

 感想をひとことで言えば,相変わらずのすれ違い討論。野党は直球勝負なのに対して,政府はするりとはぐらかして,自分たちの言いたいことだけを飽きもせず繰り返す。アベにいたっては質問とはなんの関係もないことをべらべらとしゃべって,ひたすら質問時間をつぶしにかかっている。これがアベの言う「丁寧な説明」らしい。そして,もうすでに耳にタコがあたるほど聞かされた決まり文句を何回も繰り返す。すなわち,「国民の命と安全を守るために」。ここからさきの説明を聞きたいのに,説得力のある応答はなにもない。これがたぶんアベの言う「丁寧な説明」ということなのであろう。

 予想どおり,議論はまったく深まることなく上滑り。それでいて時間をかけたからもう十分というところで虎視眈々と見切り発車を狙っている。それが,今月の15日を軸に,という自公の確認事項らしい。

 「戦争法案」に反対する世論が日毎に盛り上がり,内閣支持率がどんどん低下するなか,これは急がねば・・・と焦っての強行突破の構えなのでしょう。その裏では,たぶん,維新の党との取引が行われているに違いありません。なぜなら,全野党が欠席してしまうと,強行採決に入るだけの自信はいまの自民党にはないからです。ですから,なにがなんでも野党の一角を切り崩しておいて,野党同席での強行採決という手続をとりたいのです。

 しかし,維新の党も一枚岩ではありませんので,場合によっては二つに割れるのではないか,という予測もされています。それよりもなによりも,ここで踏ん張ってもらいたいのは公明党です。あれほど,戦争はいやだと長年にわたって言ってきたにもかかわらず,ここにきてだんまりを決め込んでいます。その意味では,いまもっとも堕落した政党,それが公明党と言っていいでしょう。ここで,自民党と袂を分かって,「戦争法案反対」に転ずれば,つぎの選挙では間違いなく議席数倍増間違いなしなのに,もったいないかぎりです。

 「思考停止」してしまった公明党。「自発的隷従」の姿勢を貫く公明党。党の存在をアピールする絶好のチャンスなのに,むざむざ見送っている。ここまで堕落してしまうとは・・・・。

 いずれにしても,国民世論の圧倒的多数が「戦争法案」に反対しているにもかかわらず,さらには,圧倒的多数の専門家が「憲法違反」だと言っているにもかかわらず,それでも戦争法案成立に向けて強行突破しようというのですから,もはや,何をか況んや,です。

 振り返ってみれば,自民党は選挙公約にもなかった,突然の憲法解釈の閣議決定,そして「戦争法案」の提出。しかも,国民の多くを説得できるだけの十分な根拠も見出せないまま,強行採決に踏み切ろうというのです。まるでだまし討ちのようなものです。まさに,藪から棒です。こんな無責任な政党が政権をにぎっているのです。

 もし,強行採決に踏み切って,60日ルールまで利用して,なにがなんでも「戦争法案」を成立させてしまう,というようなことにでもなれば,無理が通れば道理が引っ込むの俚言どおり,世の中は乱れに乱れていくことになります。

 第一,憲法は閣議決定でどうにでもなる,という前例をつくってしまうことになります。つまり,ときの政権のおもうがままに,国民を無視して,やろうとおもえばなんでもできる国家になろうとしているのですから・・・。

 憲法を無視することのできる稀有なる国家の誕生です。世界中,探してもこんな国家はありません。世界の笑い物です。そんな「愚」だけはなにがなんでも忌避しなくてはなりません。国民主権,立憲デモクラシーを堅持するためにも,ここは踏ん張りどころです。そして,それがキープできること,ただ,それだけを祈るのみです。

2015年6月28日日曜日

アベ独裁は時間の問題か?小選挙区制の呪縛からの解放。支持率39%からさらに低下すれば・・・・。

 アベ独裁がますます露骨になってきた。みるにみかねた自民党の長老たちが,ポツポツと政権批判をはじめた。が,まだまだ手ぬるい。若手議員たちの間にも不満が鬱積しているという。しかし,だれひとりとして大きな声を挙げる若手議員はいない。むしろ,足並みを揃えたかのごとく貝のように押し黙っている。なぜか。

 理由はかんたんだ。すべては,小選挙区制にある。その呪縛力の強さだ。

 小選挙区は,原則として,党の推薦は一区一人だ。このたった一人の党推薦を,まずは確保しなくてはならない。だから,つぎの選挙に向けて,現職議員たちは神経をとがらせている。なにを措いても,党の推薦を受けて公認候補になりたいからだ。

 そのためには党の執行部に睨まれるようなことはしてはならない。だから,個人的には不満があっても,党執行部を批判するような言動はさしひかえるということになる。それどころか,党執行部にすり寄ってさえいく。つまり,自発的隷従。

 それが自民党となれば,ますます露骨だ。アベ政権が高支持率を維持しているかぎり,この権力にすり寄っている方が無難だ。たとえ,それが独裁専横であろうとも,そこはじっと我慢。そして,党の推薦を受けて公認候補として選挙を戦う方がはるかに有利だから。

 その表れのひとつが,自民党若手議員たちの勉強会だ。いわゆる「アベ・ポチ」集団。その名も「文化芸術談話会」。このネーミングをみてついつい笑ってしまう。政治家が「文化芸術」の勉強をするかのように見せかけているからだ。その母体はなにを隠そう自民党の極右を支える「日本会議」。現在のアベ政権の6割の閣僚がこの会議に所属しているという。もちろん,アベ君もそのメンバーのひとり。

 その「文化芸術」を勉強する会の講師に招かれたのが,あの悪名高き「百田尚樹」。「沖縄2紙はつぶしてしまえ」の暴言をはじめ,事実無根の沖縄県民を冒涜する発言の連発。知性のかけらもない。そのレベルの低さは想像を絶するものだ。

 その沖縄2紙は,ただちに「抗議声明文」を発表。徹底抗戦の構えをみせている。とんでもないところから火種が生まれ,アベ政権も自民党本部も大慌て。野党も千載一遇のチャンスととらえ,アベ政権攻撃の手を緩めない。

 こんなことが起こる前に,新聞の世論調査が,ついにアベ政権の支持率が39%に下落した,と報じている。そろそろ,つぎの世論調査をやってもらいたいものだ。おそらく,アベ政権の支持率はもっと下落しているだろう。こうなると,その勢いは止まらなくなる。あっという間に支持率が低下し,政権の影響力も地に堕ちてしまうだろう。

 このときが,アベ独裁が倒れるときだ。そして,小選挙区制の呪縛が無効となるときだ。そして,つぎの権力へと移行していく。

 その意味で,支持率は重要な鍵をにぎる。アベ独裁に対する国民サイドからの批判の声を挙げる絶好のチャンスが到来した。

 憲法違反と専門家が口を揃える安全保障法案を,どんなことがあっても「強行突破」させてはならない。その前に,なんとしてもくい止めなくてはならない。

 いよいよ重要な局面を迎えることになった。

2015年6月14日日曜日

「弱肉強食」=アベの正体=別名「弱きをくじき,強きを助く」。世も末か。否。若い力の台頭あり。こちらに期待。

 社会的弱者は徹底的に叩いて金を巻き上げておいて(増税),強い親分には自発的に隷従して,せっせと貢ぐ。まるでヤクザの世界の論理が,いまや,日本のこの世の中をまかりとおっている。親分の名はシンゾウ・アベラー。

 シンゾウとは,嘘をいくらついてもものともしない心臓の強さに由来するという説と,戦争主義を積極的平和主義と言い換える,みせかけの「新造語」を生みだす名手であるという意味での「シンゾウ」からきたという説の二つがある。

 もっとも前者の説には,嘘をついてもそれが嘘であるという自覚がまったくない真正のバカだから当たらない,とする反対説もある。後者の「新造語」については,たとえば,集団的自衛権には,国内向けの定義と,国際社会で用いられている定義とは違う,というややこしい使い分けをしているために閣僚ですら勘違いする人がでてきて,まともな議論が成立しなくなってきており,しだいに論理的整合性を欠く事態が引き起こされつつある。とくに,正直な防衛大臣は,頭のなかがこんがらがってしまって,わけがわからなくなってしまい,とうとう,国会答弁で本音がでてしまった。「集団的自衛権の行使容認は自衛官のリスクが増大する」,と政府の統一見解から逸脱する答弁をしてしまう,といった具合に。

 シンゾウ・アベラーの真実を隠蔽するための必死の努力も水の泡。

 それはさておき,子育て支援には3000億円が不足している,と弱者を締めつけておいて,その一方では,シンゾウ・アベラーは海外にでかけては金をばらまいている。ネット上を流れている情報によれば,1年3カ月の間に,52兆5400億円もばらまいた,という。個人の金をみずからの意思で贈与したというならまだしも,われわれの税金である。閣議決定をしたとも聞いていない。国会で承認をえたとも聞いていない。ソーリの自由裁量らしい。

 そのうらでは,フクシマの原発事故のために故郷を追われて仮住まいをつづける流浪の民が,いまも苦しんでいる。東電から支払われていた10万円程度の補助金も,近々,打ち切られるという。だから,政府は追われた故郷に帰宅せよ,という。まったくもって無茶苦茶な話だ。この人たちはどうすればいいのか。

 あるいは,敗戦後のアメリカ統治下から本土復帰後のこんにちまで,米軍基地に土地を奪われたまま,空軍の騒音に悩まされ,軍事訓練の実弾の音に怯え,なおかつ,米兵による子女暴力があとを断たない,そういう生活を強いられたままの沖縄の人たちの生活,そこに加えて辺野古の新基地建造である。こうした長年の事態に対する沖縄県民の意思は一つにまとまったのに,シンゾウ・アベラーはみてみぬふり。沖縄県民の我慢もすでに臨界点に達しつつある。

 かとおもえば,学校給食のパートとして働きながら一人娘を必死で育てようと頑張った母親,離婚した夫の借金の返済に苦しみながら,とうとう県営住宅の家賃を滞納したばかりに追い立てをする情け容赦もない行政,生活保護も受けられないまま,ついに最愛の娘を絞め殺してしまった母親に有罪判決。哀れ。

 こんな事例はあとを断たない。まさに,政治の堕落であり,行政の貧困である。そのしわ寄せは,すべて弱者のところにいく。

 その一方では,大企業のほとんどは税金を免除されている,という事実(ここから当たり前の税金をとれば,国民の税負担は軽くなるというのに)。それに加えて,労働者派遣法を改悪して,労働者を使い捨てにしてよいことにし,政治献金をたくさんしてくれる事業主擁護の法案をとおそうとしている自民党と公明党。

 アメリカ並みに,1%の富裕層のために99%の貧者を犠牲にして省みない政府与党の姿勢。シンゾウ・アベラーはさらに上位の強い親分(アメリカ)のために自発的に隷従しつつ,国内の弱者を締め上げていく。その最大の代償が,辺野古新基地であり,「集団的自衛権」の行使容認だ。

 「集団的自衛権」の行使容認については,議会での参考人証言でも,圧倒的多数の憲法学者も「憲法違反だ」と言っているにもかかわらず,一切,耳をかそうともしない政府与党。まさに,立憲デモクラシーの否定であり,国民無視の政治だ。いよいよもって独裁者シンゾウ・アベラーの真の姿が浮き彫りになってきた。

 その影の主役「日本会議」(このことについては,いつか,じっくり書いてみたい)に支えられたシンゾウ・アベラー。いや,「日本会議」の操り人形というべきか。言ってみれば,魂の息が吹き込まれていないピノキオだ。だから,議会の多数をバックに,独裁者はやりたい放題だ。情け容赦なしで平気なのだ。

 しかし,それは許さないとばかりに若い学生さんたちが,ついに立ち上がった。その名も「SEALDs」(自由と民主主義を守る学生有志の会)。全国ネットで運動を展開していくという。すでに,スタートを切っている。昨夜(12日)の国会前の集会には,西谷修さんや小森陽一さんらも駆けつけ,応援のエールを送っている。このことについても,また,いつか,じっくりと書いてみたいとおもう。逞しい若者たちの登場である。しかも,発想がユニーク。じつに柔軟で,アイディアも満載である。大いに期待したい。

 この他にもいくつかのグループが名乗りを上げ,各地で活動を展開している。いよいよ,新しい事態が連鎖反応を起こしはじめている。とりわけ,若い学生さんたちの情熱に期待したい。そして,一緒に頑張りましょう,と声をかけたい。

 今日のところは「アベの正体」=「弱肉強食」に光を当ててみた。そして,その欺瞞性に迫ってみた。加えて,若い学生さんたちの登場にも注目してみた。これからも,この新種の独裁者シンゾウ・アベラーの真相についてはあくことなく追求していきたいと考えている。というところで,今日のところはここまで。

2015年6月3日水曜日

いま一度,憲法第9条・ポツダム宣言・カイロ宣言をしっかりと頭に刻め。そして,アベの嘘を見抜け。

 このところの連日の国会での「戦争法案」をめぐる議論が,想像を絶するお粗末さに,多くの国民がうんざりしていることは間違いないだろう。自民党支持者ですら今国会で「戦争法案」を通すべきでないとする人が過半数を超えている。「丁寧に説明されていない」とする人は8割を超えている。それでもアベ政権は民意を無視してなにがなんでも通過させようと必死になっている。もはや,まともな人間とはとても思えない。それどころか,すでに狂人の領域に入っている,としかいいようがない。

 第一,野党のよく勉強してきた議員による質問に対して,アベを筆頭に各大臣も,官僚も,誰一人としてまともには応答していない。いや,できないのだ。だから,全部,空回りの,はぐらかしの答弁に終始する。そして,自分たちの決まり文句を繰り返すばかり。勉強のレベルが違いすぎるほどに,アベも各閣僚も不勉強なのだ。あるいは,頭が悪いのだ。

 とおもっていたら,じつは,そうではないらしい。なぜなら,勉強すればするほど,自分たちの提出している法案がでたらめで,矛盾だらけで,無理難題を押しつけていることがわかってきたからだ。だから,ここは「のらりくらり」と交わして,すり抜ける手にでたのだ。だから,バカ丸出しの,矛盾だらけの答弁を平然とやるしか方法はないのだ。

 アベが「ポツダム宣言」を詳らかには「読んでいない」と答弁したのも,「ポツダム宣言」についての議論をしたくなかったからではないのか。それは,予期された意図的・計画的な戦略だったのではないか,とわたしはみている。一国の総理大臣が「ポツダム宣言」を読んでいないはずがない。なぜなら,全文を読むにしても,全部で13条,5分もあれば読める,そういう代物だ。しかも,むつかしい議論はなにもない。単純明快な取り決めだけである。

 たとえば,そのポイントとなる第7条・第8条・第9条を取り出してみよう。

 第7条 右ノ如キ新秩序ガ建設セラレ且日本国ノ戦争遂行能力ガ破砕セラレタルコトノ確証アルニ至ル迄ハ聯合国ノ指定スベキ日本国領域内ノ諸地点ハ吾等ノココニ指示スル基本的目的ノ達成ヲ確保スル為占領セラルベシ
 第8条 「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州,北海道,九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島に局限セラルベシ
 第9条 日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭に復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルベシ

 これがいわゆる「無条件降伏」の中核をなす部分である。しかも,この宣言はアメリカ・中国・英国の3カ国によってなされ,ソ連はそののちに加わった。つまり,中国が聯合国の主要な一員であったことを,わたしたちは忘れてはならない。

 しかも,改めて指摘するまでもなく,このポツダム宣言は「カイロ宣言」(日本国に関する米・中・英三国宣言・1943年12月1日)を前提にしてまとめられたものである。そこには,1914年の第一次世界大戦後に日本国が中国から奪った領土はすべて中国に返せ,と謳われている。この前提に立てば,尖閣諸島は中国のものであり,少なくとも「係争地」であることは間違いない。この事実を無視して,日本国は勝手に日本の固有の領土だ,と嘯いているにすぎない。アベはこのだまし絵をみごとに利用して「危機的情況」を生みだしているにすぎない。

 国会の場での議論で,ここに触れられると中国による脅威論が根底からくずれてしまい,「戦争法案」を提出する大きな根拠のひとつがなくなってしまう。だから,アベは「知らない」で押し通してしまった,とわたしは推理する。

 中国の言うように,尖閣諸島を「棚上げ」にもどせば,とりあえずは「係争地」として封印しておくことができる。そうすれば,日中の関係はもっともっとよくなっていく。事実,尖閣諸島を日本固有の領土であると宣言する前までは,この地での日中共同開発の計画も進んでいたではないか。中国が「歴史に学べ」と主張する根拠はこれだ。それに対して日本国は尖閣諸島をめぐる「領土問題は存在しない」という一方的な主張で切り抜けようと必死だ。中国が国際司法裁判所で決着をつけようという提案に対して,日本国はそんな必要はない,と逃げ回っているのが実態だ。

 最後に,日本国憲法第9条の条文を挙げておく。これをとくと眺めてみれば,素人でも,アベの提出している「戦争法案」が憲法違反であることは明々白々である。どうしてもやりたいのであれば,まずは,憲法を改めてから「戦争法案」にとりかかるべきではないか。つまり,順序が逆なのだ。この憲法第9条があるかぎり,「戦争法案」はいかなる理由があろうとも,国会を通過させてはならない。それは,日本の政治の堕落であり,日本国民の恥だ。

 日本国憲法第9条
 1.日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。
 2.前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。

 こうした経緯をしっかりと頭に入れた上で,いま国会で行われている茶番にも等しい「議論」を監視していくことが,いまのわたしたちにとっての喫緊の課題なのである。 

2015年5月10日日曜日

国の借金:1053兆3572億円。国民一人:830万円。毎日新聞,報道。

 数日前の毎日新聞にこんな記事がでていて,いまさらながら驚いた。国の借金が年々増えつづけているという話は聞いていた。が,国民一人につき830万円もの借金になっているとは知らなかった。大人も子どもも老人も全部ひっくるめた国民総数で単純に割った数字だというから,これはえらいこっちゃ,だ。この借金を返済する能力をもつ労働人口に換算したら,どれだけの金額になることやら・・・。空恐ろしいことだ。

 この事態は笑いごとでは済まされない。

 こんな巨額な借金を背負っているにもかかわらず,海外に外遊するたびに気前よく巨額の金をばらまいて歩く,のーてんきな坊ちゃん宰相だけが健在だ。おまけに,ほとんど役に立たないオスプレイ(ネパールで実証済み)を定価の倍以上もの値段で購入するという,大国アメリカへのとんでもないサービスぶり。自発的隷従の実証試験。

 もはや,やることなすこと,はちゃめちゃだ。

 毎日新聞の記事をもう少し詳しく読んでみよう。

 この借金が増えつづける主因は,高齢化に伴い膨らんでいる社会保障費の財源不足を借金で賄いつづけていることにある,という。この傾向はこんごもとどまるところを知らない。それどころか,労働人口は減少し,高齢者は増えるばかり。この悪循環は歯止めがかからない。にもかかわらず,そのための抜本的な対策はなにも提示されてもいない。

 国民一人:830万円の積算の根拠は,国の借金:1053兆3572億円を,総務省推計の4月1日時点の総人口1億2691万人で割ったものだ,という。

 借金の内訳は,国債が881兆4847億円。13年度よりも27兆7211億円増加。こうして雪だるま式に借金は増え続けていく。借金だから,当然のことながら利息も支払わなくてはならない。利息だけでもたいへんなことだ。こうして,国債を購入することのできる富裕者層は,借金まみれの国からも利潤を吸い上げて,のうのうと暮らしている。その反面では,働らけど働らけど使い棄て同然の扱いを受ける(時間外手当てもなしに働かされる)貧困者層は増え続けている。

 これが,いま,わたしたちが直面している現実だ。

 まことに唐突だが,こんな借金王国(借金依存体質)にもかかわらず,オリンピックを開催するという。しかも,こちらの財源も不足していて,とうとう,「サッカーくじ」に加えて「野球くじ」で穴埋めをしようという案が検討されているという。しかも,その主体は文部科学省だ。国営賭博を率先垂範しようというのだ。もはや,狂気の沙汰だ。

 いったいぜんたい,なにを考えているのだろう。ぼっちゃん宰相が狂ってしまったので,みんな右へならえ。みんなが狂ってしまうと,それが当たり前となってしまう。となると,まともな人間が,まっとうな発言をすると「きちがい」扱いされてしまう。

 空恐ろしい時代になってしまったものだ。少なくとも,そういう「自覚」だけは失わないように,こころして生きていくようにしたいものだ。たとえ,奇人・変人と言われようとも。

2015年5月2日土曜日

明らかに潮目は変わった。沖縄県民の意思に全国民が反応。辺野古基金(1億1900万円)の7割が本土から。

 今日(5月1日)の『沖縄タイムス』は一面トップの記事で,つぎのように報じています。この記事を読みながら,わたしの胸は高鳴りました。久しぶりのことです。

 まずは,大見出しを拾ってみましょう。
 「辺野古基金1億1900万円に」
 「7割が県外から」
 「辺野古評価せず 全国45%」
 「政府を評価 40%」
 「否定的世論が上回る」
 「全国4紙も同様」

 これらは共同通信がおこなった電話による調査結果であるとした上で,さらに詳しく分析・評論を加えています。これらの大見出しをみた瞬間に,「明らかに潮目は変わった」とわたしは直観しました。これは驚くべき結果以外のなにものでもありません。わたしの想定をはるかに超えるものだったからです。つまり,沖縄県民の意識は,はるか先にまで進んでいるにもかかわらず,本土の茹でガエルは漠然と政府の方針に従うに違いない,とわたしは踏んでいたからです。

 しかし,そうではありませんでした。辺野古基金1億1900万円という額にも驚きましたが,それ以上に「7割が県外から」という見出しにびっくりしました。じつは,わたしも「貧者の一灯」の精神のもとに,わずかばかりですが寄付をしました。しかし,この総額と県外から「7割」ということを知り,ならば毎月,少しずつでもいいから寄付をしていこう,と考えました。一時に大金を寄付することはできませんが,分割して,少しずつ支援の気持を持続させながら寄付することならできる,と。そして,継続的な支援こそ大事ではないか,と。わたしは,この記事を読んで勇気百倍。よし,これでいける,と元気がでてきました。

 いまこそ沖縄支援をするときがきた,と感慨無量です。昨年の夏に辺野古に二度ほど足を運び,その場に立ち,わたしなりの意思表明をして以来,なんとかできないものか,とずーっとアンテナを張りつづけていました。が,遅々として盛り上がらない本土の意識にいらいらしていました。そして,安倍政権支持率は高いまま。いったい,どうなっているんだ,この国は・・・,と苛立っていました。

 が,翁長知事と菅官房長官との対談が大きな転機となりました。これによって,翁長知事がじつに明瞭に民主主義の重要さと人権の否定を,全国民に提示することができたからです。メディアもこの問題を取り上げざるをえませんでした。そして,具合のいいことに,つづいて安倍首相も翁長知事との対談を行いました。そして,まったく稚拙で強引な論法しか政府にはない,ということも明るみにでました。この二つの対談を見届けたところで,多くの本土の国民も,ようやく「奇怪しい」と気づくことになりました。

 その結果が,この基金の総額となり,本土から「7割」という支持になった,とわたしは受け止めています。かくなる上は,持続的な寄付をとおして沖縄県民支持を表明していくことだ,これが本土の人間の良識ある行為だ,とわたしは信じています。そして,それこそが安倍政権退陣への道を切り拓くきっかけになる,とも信じています。

 天下分け目の「関が原」の戦いの幕が切って落とされました。いよいよこれからです。いまこそ,茹でガエルが眼を覚まし,人間として,生身の生きる人間として,「生」を肯定するための行動に立ち上がるときが到来しました。

 この記事の末尾には,もう一点,興味深い情報が提示されていました。

 日米両政府が合意した新たな防衛協力指針(ガイドライン)について,反対が47.9%,賛成が35.5%,という調査結果がでた,というものです。そうか,ようやく安倍政権の「暴走」に危機感をいだく国民が「47.9%」に達したか,と我が意をえた気分です。そして,政府支持よりも反対が上回った,と。これこそ良識というものです。

 まだまだ予断は許されませんが,それにしても,潮目は明らかに変わった,とわたしは感じ取っています。山が動いた,と。あとは「情報操作」に騙されないリテラシーをわがものとすること。これからは,ネット情報で頑張るしかないのかな,と分析しています。そこは若者たちの得意な分野ですので,その点も期待したいとおもいます。すでに,若者たちは全国平均よりもはるかに高いパーセンテージで「反対」の意思表明をしているとも,同紙は報じています。

 明らかに潮目は変わった。いざ,出陣!