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2013年9月14日土曜日

なぜ,アスリートたちは自律しないで事物化(モノ化,ロボット化)していくのか。その哲学(バタイユ)的アナロジーについて。

 昨日のブログのつづきです。昨日は,アスリートたちの多くが自律することなくモノ化していくのはなぜか,その理由をアスリートたちが育つこんにちのスポーツ界の環境条件に絞って,考えてみました。その最後のところで,じつは哲学的にもアスリートたちが「モノ化」(事物化)してしまう道筋が考えられる,と書きました。今日は,そのつづきを,すなわち,アスリートたちが事物化してしまう哲学的(主としてバタイユの哲学に依拠しつつ)アナロジーについて書いてみたいとおもいます。

 ちなみに,バタイユの思想・哲学については,このブログでも数年前から折あるごとに,かなり詳細に論じていますので,そちらを参照してみてください。全部でいうと相当のボリュームになります。また,そこで書かれたバタイユ論は『スポートロジイ』創刊号(21世紀スポーツ文化研究所<ISC・21>紀要,2012年,みやび出版,「スポーツ学」(Sportology)構築のための思想・哲学的アプローチ──ジョルジュ・バタイユ著『宗教の理論』(湯浅博雄訳,ちくま学芸文庫)解読・私論,P.148~274.),『スポートロジイ』第2号(2013年,スポーツの<始原>について考える──ジョルジュ・バタイユの思想を手がかりにして,P.190~279.)にも掲載しておきましたので,併せてご確認いただければ,とおもいます。これからコンパクトに書くことになる内容をより深く理解していただけるとおもいます。

 さて,本題に入ります。
 ジョルジュ・バタイユは『宗教の理論』のなかで,つぎのような論を展開しています。
 サルがヒトになるとき<横滑り>現象が起きて,動物性(内在性)の世界から人間性の世界に飛び出してたこのとき,ヒトは理性を獲得する,と。どういうことかといいますと,ヒトが動物性の世界にいたときには内在性を生きているわけですので,自他の区別なく「水のなかに水があるように」生きていたのですが,その動物性の世界から飛び出すということは,動物性の世界が他者になることを意味します。この動物性の世界を他者として意識したとき,驚きとともにヒトは理性に目覚め,他者ではない自己をはじめて意識するようになります。

 そうして,たとえば,目の前にある「石」を他者としてじっと見つめたとしましょう。このとき,はじめてヒトはオブジェ(対象)として「石」をとらえることになります。そうして,どういう経過をたどったかについては諸説がありますが,ヒトは「石」のなかに自己とは異なる特性を見いだします。たとえば,その「石」が道具としてヒトの役に立つということを知ったとき,その「石」はたんなる石ではなくヒトにとって役に立つ石器となります。そうして,ヒトはその石器を自己の所有物として大事に取り扱うようになります。このとき石器はヒトにとってのショーズ(事物)となります。もはや,石器はたんなる石ではなく,ヒトにとって不可欠の宝物になります。つまり,たんなる他者としてのオブジェ(対象)から,自己の所有物であるショーズ(事物)になります。

 このようにして,ヒトは自己の役に立つと思われるオブジェ(対象)をつぎつぎにショーズ(事物)にして,自己の所有物にしていきます。ここからは一足飛びで話をしていきます。たんなるオブジェにすぎなかった動物も,捕獲して飼育し,食糧にしたり,労働力として利用したりして,人間の役に立つショーズ(事物)にしていきます。こうしてショーズ(事物)を所有するという観念が生まれてきます。まったく同じようにして,植物を栽培して,たとえば,米や小麦を人間の事物と化していきます。
 
 こうして人間は自然存在をつぎつぎに自分の役に立つ事物にしていきます。このとき働いている原理は「有用性」です。しかし,この有用性には限界があるということをバタイユは見抜いているのですが,ヒトから人間になった生き物は,この有用性を無限に信じてしまいます。有用性を軸にして働く理性はますます進化・深化していき,ついには「科学神話」を生み出し,こんにちの文明社会を築き上げてしまいます。

 ところが,ここに大きな落とし穴が待ち受けていたことに,いまも多くの人間が気づいていません。それは,生き物としての人間の役に立つべき理性が,いつのまにか狂気と化し,生き物としての人間を攻撃するという逆転現象が起きているという事実です。

 その萌芽が,じつは,オブジェ(対象)をショーズ(事物)にし,それを所有し,私財を蓄えることを考え出したときにみてとることができます。ここからはじっくりと話を進める必要があるところですが,あまりに長くなりますので,さきを急ぐことにします。

 なお,表記が長くなりますので,以下,オブジェ(対象)を対象と,ショーズ(事物)を事物と表記することにします。生き物としての人間が動物や植物をたんなる対象から事物にしたのは,生き延びるための最小必要限の手段としてでした。詳しいことははぶきますが,原初の人間は動物や植物に対する畏敬の念をつよくもっていました。ですから,神に祈りをささげながら,必要最小限の動物や植物の命を「いただく」というのが基本でした。ですから,無闇にたくさん動物を捕獲したり,植物を栽培したりはしていませんでした。

 しかし,そこに動物や植物を私財として蓄えようとする人間が出現します。このときから人間の歴史はややこしくなってきます。貧富の差や争いごとや戦争は,ここからはじまります。それを回避するための智慧として人間は,祝祭の時空間をさまざまに工夫し,定期的に私財を不特定多数の人びとに贈与し,消尽することを考え出しました。こうして,できるだけみんなが平等に,そしてなにより諍いを起こすことなく生き延びていくための文化装置が工夫されました。それが,マルセル・モースの『贈与論』に展開されている世界の心象風景です。

 ところが,この贈与経済に風穴を開ける,とんでもない経済の考え方が登場します。乱暴な言い方になりますが,それが,資本主義経済というわけです。つまり,価値観がすっかり変わってしまいます。贈与経済の社会にあっては余分な備蓄は悪,資本主義経済にあっては備蓄は多いほど善にと,逆転してしまいます。ですから,人びとは競って備蓄をはじめます。その成れの果てが,こんにちのこの社会です。

 この資本主義の考え方こそ,人間の理性が狂気と化す第一歩だったのではないか,とわたしは考えています。

 ここでもう一度,事物の話に立ち返って考えてみたいとおもいます。
 たとえば,小麦の栽培について。自然存在であった小麦が事物と化すプロセスを考えてみましょう。自然存在としての小麦は,こぼれ落ちたタネが春には芽を出し,葉を繁らせ,花を咲かせ,稔ります。そして,やがてタネとなって地に落ちる,これが小麦の一生であり,世代から世代へとバトン・タッチをしていく,この繰り返しです。しかし,事物と化した小麦はそうではありません。人間が手をかけて生育させ,小麦が稔るとそれを収穫し,保存します。保存された小麦は必要に応じて取り出され,粉にされ,いろいろに加工されて,火で焼かれて(じつは,このことに重大な意味があるのですが,ここでは割愛),パンにされ,人間に食べられてしまいます。このプロセスは小麦の一生にとっては,まことに不本意なものです(この問題を解消するためにいろいろの儀礼が生まれますが,これも割愛)。つまり,自然存在の小麦が,人間の食糧としてパンにされてしまうこと,これが小麦の事物化ということの意味です。

 もうひとつの小麦の事物化についても考えておきましょう。小麦はやがて過剰に生産され,私財として備蓄されるようになります。この小麦はやがて商品として取引されるようになります。つまり,小麦がお金に替えられてしまうわけです。お金に替えられてしまった小麦は,こんどはお金としての運命をたどることになります。つまり,小麦の金融化です。このことを銘記しておいてください。

 小麦がお金になるということになりますと,こんどはもっと多くの小麦を生産しようということになります。こうして,生き延びるための小麦生産から,より多くのお金を得るために働くという事態が起こります。

 このとき,小麦栽培の意味の逆転が起こります。なぜか? 自分で満足すればいいだけの小麦の栽培は自分のコントロール下にあります。しかし,金儲けのための小麦の栽培となりますと,もはや主客が転倒してしまいます。つまり,小麦を事物として支配し,小麦の主人であったはずの人間が,より多くの小麦生産のために働かされる,つまり,小麦の奴隷と化してしまうということです。ということは,小麦を事物と化したつもりが,いつのまにか人間が小麦の事物になってしまっている,という奇妙なことが起こります。つまり,人間は小麦を事物にしたつもりでいたのに,いつのまにか人間もまた事物と化してしまっていた,というわけです。

 ここで想起してほしいことは,贈与経済です。贈与経済は,この事物化の悪循環を断ち切るための,まことに優れた文化装置だったのです。こうして人間は,一年に一回(あるいは数回),過剰となった事物を祝祭時空間をとおして贈与することによってみずからの事物化の問題を解消すると同時に,みんなが同じスタート・ラインに立って再出発する,という智慧を生み出していたのです。

 しかし,資本主義経済はこの人間の長年にわたる智慧の集積を破棄してしまい,まったく新しい経済の仕組みを編み出しました。しかも,それは「家政の賄い」に起源をもつ経済という語源からも大きく逸脱してしまうものでした。言ってしまえば,経済が勝手に一人歩きを始めてしまい,もはや人間によるコントロールはおろか,人間そのものが資本主義経済の事物と化してしまう,というとんでもない事態が出現してしまいました。つまり,資本家と労働者という階級分離の問題です。原則的には,いまも,この構造は少しも変わってはいません。しかも,資本家も労働者も,気がつけばみんな資本主義の事物と化してしまっている,というのが現状です。

 さて,いよいよ結論のところにさしかかってきました。
 ここまで書けば,もう,勘のいい人はピンときていることでしょう。
 アスリートの多くが事物化するのは,それは必然だ,と。

 さて,このさきを詳細に書く必要があるでしょうか。
 もう,すでに,相当に長くなってしまっていますので,この稿はこのあたりでひとまず終ることにしたいとおもいます。

 ただ,ひとことだけ。この資本主義社会にあっては,アスリートは事物と化して,金融化され,だれかに所有される以外には,ほとんど生きる術はない,ということです。そして,そのさきに待っているものは,たとえば,オリンピックはマネー・ゲームのアリーナにすぎない,ということです。

 これらのテーマについて,どのように書くか,またまた,宿題ができてしまいました。
 今回は,取り急ぎ,ここまで。(未完)。

2013年9月1日日曜日

「子ども時代がとりわけ長いサルが突然変異で現れた」=<横滑り>(バタイユ)の内実?

  (31日)の『東京新聞』の「筆洗」に面白い話が紹介されていました。『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?』(福岡伸一著,日経BP社刊)という本のなかにつぎのような話がある,というのです。わたしは読んだ瞬間に,あっ,これはジョルジュ・バタイユが仮説として提示した<横滑り>の内実の話だ,と直観しました。

 短い文章ですので,そのまま引いておきます。
 人類誕生をめぐるこんな説があるらしい。ある時,サルの中に成熟が遅い,言い換えれば,子ども時代がとりわけ長いサルが突然変異で現れた。普通に考えれば,不利な存在のはずなのに,なぜかそのサルが繁栄するようになった。食料調達や縄張りなど「大人の問題」に悩まされず,好奇心に従っていろいろ探ったり,遊びで新しい技を身につけたりする時間がたっぷりあったために,脳の発達が促されたというのだ。長い子ども時代は人間だけに与えられた特権であり,その中で「世界の成り立ち」や「自分の存在意義」などという「大きな問い」を発明した・・・と,福岡さんは指摘している。そして,そんな人類がたどってきた進化の道を自分で踏みしめてみることこそ,勉強なのだと。

 この仮説の立て方は,なんの違和感もなく,わたしにはまことにすんなりと入ってきました。そして,それがそのままジョルジュ・バタイユが立てた仮説<横滑り>の内実を意味している,と感じた次第です。なぜ,そのように感じたのかということについて,できるだけ簡単に書いておきたいとおもいます。

 野生のサルの世界は,バタイユのことばでいえば「内在性」を生きる世界です。何回もこのブログでも書いてきましたように,「水のなかに水があるように」存在する様態のことです。つまり,自他の区別がきわめて曖昧な,あるいは自他が一体化した状態を生きているということです。そういう状態で生きている野生のサルにとっては,生まれた子どももできるだけ早く大人と同じ生活を営むことができるようになることが,なによりも優先される絶対条件でしょう。ですから,子どものサルは生まれてすぐに母親のからだにしがみついて離れないでいられる手足の握力をもっています。馬や鹿の子どもたちが,生まれてすぐに立ち上がり,歩きはじめるのと同じです。

 しかし,そこに未熟児のまま子どもを生むサルが登場したのではないか,しかも,このサルたちが繁栄の一途をたどったのではないか,しかも,そのサルの系譜こそ人類の始祖ではないか、という説があるというわけです。この仮説の面白いところは,未熟児で生まれ,かつ,子ども時代がとりわけ長いということは生存競争を生き延びていく上ではきわめて不利になるはずなのに,その不利な条件をかえって有利にするという逆転現象が起きたのではないか,というところにあります。ここが,すなわち,バタイユのいう<横滑り>です。そして,そこが,他者を意識しはじめる始原の場ではなかったか,というのがわたしの直観です。

 つまり,未熟児を産んだ母サルは,もはや,単純な内在性を生きているわけにはいかなくなるはずです。つまり,未熟児の子サルを外敵から守り,育てるためにさまざまな創意工夫が必要になったはずです。と同時に,未熟児で生まれてきた子サルは,親サルの庇護のもとにのんびりと,自由気ままな遊びに熱中します。そして,自分の身のまわりの環境世界を対象(オブジェ)としてとらえるようになり,やがて,それらを事物(     )として自分たちに都合のいい道具(石器など)にしたり,動物の飼育や植物の栽培へと,その歩を進めていくことになります。ここが,サルからヒトへの<横滑り>の始原の場ではなかったか,というわけです。つまり,自然を事物にするサル,すなわち,文化を獲得したヒトの出現へ,という次第です。

 その一端が,新聞に書かれているように(福岡さんの話のように),「好奇心に従っていろいろ探ったり,遊びで新しい技を身につけたり」したのだろう,という話になってきます。この未熟児サルから大人サルに達するまでのプロセスは,こんにちの人間の赤ちゃんが成人するまでのプロセスと原則的にはほとんどなにも変わらないだろうとおもいます。

 そのプロセスを効率的に学習し,身につけることが,こんにちの「勉強」の中核にあるのだ,と福岡ハカセは仰るわけです。もちろん,バタイユのいう<横滑り>の仮説はこれだけではありません。もっともっと多くの複合的な問題がからんでいます。それらについてはひとまず措くとして,未熟児のまま生まれてくるサル,そして,その結果として,とりわけ長い少年時代を送ることになるサル,このようなサルが突然変異として出現したという仮説は,バタイユの<横滑り>仮説を補填する内実としては文句なく説得力がある,とわたしは受け止めました。

 人類の脳の発達は,二足歩行とは別にもう一つ,「とりわけ長い少年時代」を過ごすことにその鍵が隠されていた,という次第です。わたしにとっては,<横滑り>の内実が一つ明らかになった,という点で大満足でした。これからも福岡ハカセの著作には注目していきたいとおもいます。

2011年6月17日金曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その11.「10.人身供犠」について

人身供犠と聞いて,わたしの脳裏にまっさきに思い浮かぶのは古代ギリシアの悲劇の主人公「イフィゲネイア」(Iphigeneia)である。トロイア戦争のために船出をしようとした父王アガメムノンはアルテミスの怒りを解き船出に必要な風をえるために娘イフィゲネイアを生贄に捧げたという話(このつづきはもっともっとあって,恐ろしい悲劇がつぎつぎに起こるのだが・・・)。

映画化された『イフィゲネイア』は,「娘イフィゲネイアを生贄に捧げるべし」という神判がくだると,イフィゲネイアは半狂乱になり,悩み,苦しみ,さまざまな葛藤を経てのち,ついに決断し,自分の意志でひとりで祭壇に登っていくという感動的なシーンで終わる。イフィゲネイアの置かれた位置は,いわゆる二律背反,アポケーである。みずから死を選べばギリシア軍の船出が可能となる。しかし,死を拒否すればギリシア軍は崩壊してしまう。父王アガメムノンも妃クリュタイムネストラも,その一族全員が「判断不能」の状態に陥る。そこから,このギリシア悲劇ははじまる。

しかし,このアポケーでの二者択一にしか「正義」は成立しない。それ以外の「選択」は,かならずなんらかの利害・打算が加わる。すなわち「有用性」という「はかり」(基準)によって。つまり,「正義」は神の領域のものであって,「有用性」という理性的判断が最優先する人間性の世界にあっては「正義」は存在しない。もし,あるとすれば「ガラガラポン」の抽選だけだ(コイン投げの裏表,サイコロ,などもここにふくむ)。

ところで,スポーツに「正義」はあるのか,と問うてみる。
スポーツの本質規定の一つは,「やってみなければ結果はわからない」というものがある。その意味では,スポーツは賭けである。
この賭けと人身供犠とをつないでみると,スポーツの起源の一つである「決闘」が思い浮かぶ。日本の相撲の起源も,古代ギリシアのレスリングも,およそ,格闘技の起源は「決闘」である。決闘は生きるか死ぬか,確率二分の一だ。つまり,相手が供犠となるか,自分が供犠となるか,ということだ。古代ローマの剣闘士の戦いは,負けは人身供犠であり,勝ちは無罪放免(神の意志の表出という意味での「正義」=「神判」)。しかし,ここに徐々に「有用性」の考え方が浸入してくる。その結果が,こんにちの近代スポーツ競技としてのレスリング,ボクシング,相撲,柔道,剣道,フェンシング,等々である。ここには,もはや,人身供犠の考え方もないし,神判の考え方もない。あるのは,アスリートとしての自助努力のみだ。

しかし,よくよく考えてみると,広義の「贈与」の性格を垣間見ることができそうだ。たとえば,こうだ。勝利至上主義の軛から解き放たれたアスリートたちがよく口にするセリフ「勝ち負けはいい,全力をつくして人びとが感動してくれればそれでいい」のなかに「贈与」の精神が流れているように思う。あるいはまた,「勝ち負けではない,銭のとれる相撲をとれ」ともいう。つまり,「全力を出し切る」ことに人びとは感動する。この感動の源泉は「贈与」だ。かつて「贈与」のなかに「人身供犠」も含まれていたことを考えれば,「全力を出し切る」こともまた姿・形を変えた「人身供犠」といえなくもない。

スポーツにはいくつもの「顔」がある。その「顔」のよって立つ基盤も複雑怪奇である。だから,ことはそんなに単純ではない。いろいろな要素が渾然一体となって,こんにちのスポーツ文化は成立している。そこにメスを入れるとすれば,事物化に向う力なのか,それとも供犠に向う力(事物化からの解放の力)なのか,を慎重に腑分けしていくことなのだろう。

しかし,このような視点からの作業はまだだれも手をつけてはいないのだ。だから,現段階ではまったくの未知数としかいいようがない。しかし,新たな可能性,すなわち,21世紀のスポーツ文化を模索していくとすれば,そして,とりわけ,3・11以後の人間の在り方への問いかけと直にリンクするスポーツ文化を模索していくとすれば,バタイユ的視点の導入こそが求められているのではないか,とわたしは考えている。その意味では,こんにちもなお「人身供犠」の考え方は生きているのではないか,と。



2011年6月16日木曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その9.「8.戦争──暴力が外部へと奔騰するという幻想」について

なにゆえにこの節があるのだろうか,としばし考えてみる。
そして,みえてくることがらは,戦争とはなにかという根源的な問いをみずからに発してこなかった,という自分自身への反省である。だから,この節でバタイユが言おうとしていることがらがあまり明確にみえてこない。

とまずは,いいわけをしつつ,いくつかの留保を残しながら,現段階での読解を提示しておくことにしよう。あくまでも議論の手がかりのために。

バタイユは,戦争と祝祭とは似たところがあるが,厳密にはまったく別のものだ,と主張しているように読める。その分岐点となるのは,どうやら「有用性」にあるようだ。

たとえば,こうだ。戦争も祝祭も「破壊的な激烈さ=暴力性」の発露という点では共通しているのだが,その主眼が「有用性」に向けられるのが戦争であり,「消尽」に向けられるのが祝祭だ,と。この裏側にある理論は,もはや断るまでもなく戦争は「人間性」の世界の産物であり,祝祭は「動物性」の世界への回帰願望からうまれてきたとするバタイユ仮説である。しかし,すでに,これまでの節で考察してきたように「祝祭」もまた,ある意味での「有用性」の概念のなかに取り込まれていく。だから,「祝祭」のなかで再現可能な「動物性」の世界は,あくまでも「有用性」の許容範囲内でのことである。

このことは,サッカーのワールド・カップなどの競技場とその周辺のことを想定してみるとよくわかるだろう。フーリガンの存在はその判断の分岐点となる。大会運営者の,あるいは,治安維持者の許容範囲内でのフーリガンの活動は見逃してもらえるが,その範囲を逸脱した場合には,ただちに制御の対象とされる。その基準はあってないようなものだ。それを決めるのは人間性(つまりは,理性)の支配論理である「有用性」である。だから,フーリガンの共有する「内奥性」の発露をどこまで認めるかという治安上のレベルの話になる。

サッカーの歴史を少し繙くだけで,じつは,「動物性」(「内奥性)の発露の場が少しずつ抑制され,排除されながら,ついには人間性の求める「有用性」の枠組みのなかに絡め捕られていくことになる。すなわち,サッカーの「事物化」である。これが近代スポーツ競技の成立過程の内実なのだ。この意味でも,バタイユの『宗教の理論』は,スポーツ史やスポーツ文化論,もちろん,スポーツ哲学を考える上で不可欠の文献である,ということになる。だから,このバタイユの視野をみずからの思考の領域に取り込むことによって,スポーツ事象のみえ方は一変する。そして,これまで抑圧,隠蔽されてきたものの闇の世界が浮き彫りになってくる。すなわち,スポーツ(および,スポーツ的なるもの)の根源にある運動欲求のよってきたる動物性(内奥性)の世界が,にわかにクローズアップされることになるからだ。そして,そこまでわたしたちの視野が広がったところで,はじめて,「生きものとしての人間」にとってスポーツとはなにか,という問いが成立する。わたしの意図するところはここにある。

この節で,もう二つだけ注目しておきたいことがある。
一つは,戦士が到達するかにみえる内在性はみせかけのものにすぎない,という指摘である。つまり,戦争行動は,戦士の「生」の価値を否定して,賭け(勝つか負けるかという戦争)に身を投げ出すことによって個人が解体され,供犠と同様に内在性に向うかにみえるけれども,時間の経過とともにその「生」に価値が付与されるようになる。なぜなら,「生き残った方の個人が,その賭への投入の結果を利益として享受する人」になってしまうからである。すなわち,「有用性」への転換以外のなにものでもなくなってしまうからだ,という。

もう一つは,栄光にかがやく戦士の力は,「一部分は嘘をつく力である」というバタイユの指摘である。戦争行動を支える戦士は,「個体─事物の彼方へと向うはず」なのに,栄光につつまれた個人性の方向に取り込まれていく。つまり,戦士は「個人性の否定という手段によって,個体のカテゴリーのうちに,神的な次元を導入する」。しかし,栄光につつまれた戦士は,一旦はみずからの「生」を否定して,つまり「持続を否定」したにもかかわらず,その結果としてえられた「栄光」を持続的なものにしようとする,「矛盾した意志」をもつことになるからだ,という。

かくして,バタイユはつぎのように言い捨てる。
「戦争は一つの大胆な突出であるけれども,そのからくりは最も見えすいたものである。」

この一文に追い打ちをかけるようにして,栄光の戦士が過大評価したり,「なにものでもないものにたぶらかされて自分を大したものだと空威張りするためには,力に劣らず単純さが──そして愚かしさが──必要であろう」と書き記している。

さて,ここでバタイユのいう「栄光の戦士」を,「栄光にかがやくトップ・アスリート」に置き換えてみると,そこにみえてくるものの異形性が浮かび上がってくるのだが,それははたして深読みのしすぎだろうか。


2011年6月15日水曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その8.「7.祝祭の限界づけ,祝祭が有用なものであるとする解釈および集団の定置」について

この前のブログでも少しだけ触れたように,祝祭は混沌をめざしているにもかかわらず,いつのまにか一定の整序のもとに絡め捕られることになる。この矛盾しつつ一定の調和に到達するところが,いかにも人間性の面目躍如たるところである,とバタイユは説いているように思う。その謎を解く鍵は有用性と共同性にあるようだ①。あるいは,明晰な意識と内奥性の意識とのせめぎ合いにあるようだ②。あるいはまた,動物性から抜け出してしまった結果として到達した人間性は,いくら頑張っても動物性の内奥にもどることはできない,というところにあるようだ③。

一応,①から③まで,三つの視点を提示したが,じつは,これらは個々に独立してある現象(つまり,祝祭)を引き起こすのではなくて,これらの三つの要素が渾然一体となって祝祭の整序ということが起こる。が,便宜上,それぞれの視点から,祝祭が整序に向うプロセスを考えてみることにしよう。

思考のプロセスとしては,③から逆に考えていった方がわかりやすいように思うので,それに従うことにしよう。人間性を身につけてしまった人間は,もはや,動物性へはもどることはできない。限りなく動物性に接近することはできても,内在性をとりもどし,内奥の世界に身をゆだねることはできない。なぜなら,人間性として獲得した「明晰な意識」がそれを拒むからだ。あるいは,内奥の世界を把握することができないからだ。これが②の問題である。内奥性の意識(このような言い方が適切であるかどうかは問題なしとはしないが,バタイユもテクストのなかでこの表現を用いているので,それに倣うことにする)とは,逆説的な言い方をすれば,意識の遠くおよばない晦冥の世界の意識ということだ。だとすれば,内奥の意識とは,曖昧模糊としてとらえどころのない,これといった実体のない意識のことだ。だから,人間性がわがものとした明晰な意識は,この内奥の意識の前で足踏みをするしかない。

この内奥性や内在性への希求を,人間性はどこまで行っても実現することはできない。この矛盾のうちに身をゆだねていくしか方法がない,そして,その疑似体験をする,その受け皿が祝祭ということだ。だから,祝祭とは,幾重にも錯綜した矛盾だらけの世界だということになる。したがって,その矛盾をなんとか合理化する必要に迫られるのが「明晰なる意識」を獲得した人間性の世界を生きる人間である。となると,そこに,なんらかの「操作」の手が伸びていく。バタイユはつぎのように述べている。

「だからついには祝祭それ自身が操作であるとみなされ,その効能は疑いの余地のないものとなる。生産する可能性,田畑を実らせ,家畜を繁殖させる可能性が祭礼に与えられるのである。そしてそうした祭礼の操作的形態のうち最も隷従的ではないものは,神的世界の怖るべき激烈さ=暴力性に対し一歩譲って,その火が燃える部分を分け前として与えてやり,それを防火地帯として他の部分を保全しようとする目的を持っている。」

こうして,祭礼は「有用性」と「共同性」への道を開いていく。もう少しだけ,バタイユの言説に耳を傾けてみよう。
「いずれにせよ積極的には豊穣を希求することにおいて,消極的には贖罪を願うことにおいて,まず事物として──つまり決定的な個体化と,持続を目ざした共同の作業という意味で,事物として──共同性が祝祭のうちに出現する。」
かくして,バタイユは決定的なつぎのような言説を投げつける。

「祝祭は内在性への真の回帰ではなくて,諸々の両立不能な必要性の間の和解,友情に溢れた,しかし不安に充ちた和解なのである。」

「宗教とは,その本質は失われた内奥性を再探求することにあるのだ。」



2011年6月14日火曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その7.「6.祝祭」について

この読解シリーズのクライマックスである。
すなわち,「祝祭」をバタイユはどのように考えていたのか,の読解である。当然のことながら,バタイユの「祝祭」解釈は,これまた独特のものである。少なくとも,わたしにとっては眼からウロコの経験であった。そして,スポーツの本質は「(抑圧されてしまった)内在性への回帰願望の表出である」とする,わたしの仮説に確たる信を与えてくれた節でもある。

しかも,この節でのバタイユの文章は喜々とした躍動感にあふれている。だから,読んでいて快感である。気持ちが落ち込んだら,ここを読むといい。少なくとも,わたしにとっての特効薬である。

この節は,大きく三つのパラグラフで成り立っている。
第一のパラグラフは,祝祭なるものの特質の全体像を,バタイユはじつに美しいことばで歌いあげていく。しかも,このパラグラフの冒頭の一文で,この節でバタイユが言おうとしている意図が明示されている。引いておこう。
「聖なるものはこのように生命の惜し気もない沸騰であるが,事物たちの秩序は持続するためにそれを拘束し,脈絡づけようとする。」
「聖なるもの」は,つまり,内在性は,まるで太陽が惜し気もなく燦々と燃えつづけるように「生命の惜し気もない沸騰である」。しかし,「事物たちの秩序」は,つまり,人間が生きる世俗の現実秩序は,(祝祭を)「持続するためにそれを拘束し,脈絡づけようとする」。すなわち,祝祭での沸騰をあるところでコントロールすることによって,この祝祭の持続が可能となる,とバタイユは説くのである。祝祭のすべてを内在性の沸騰にゆだねてしまうと,それはもはや無秩序状態になってしまって,その祝祭を「持続」することは不可能になってしまうので,そこに若干の抑制がかかることによって祝祭が成立するのだ,とバタイユは説く。ここで暗示されていることは,ここに「人間性」の問題を考えるエキスがある,ということだ。つまり,内在性と事物のバランスのとり方の問題として。しかも,この「聖なるもの」(=内在性)と「事物」(人間性)の葛藤に,わたしは「スポーツ的なるもの」の原初形態の出現をみる。

第二のパラグラフでは,さらに,この問題に深く踏み込んでいく。
たとえば,供犠をきっかけにして一気に「聖なるもの」の炎が燃え上がる。しかし,ここでバタイユは驚くべきことを指摘する。この「聖なるもの」の燃焼には限界がない,と言いつつ「そういう発火状態に適合しているのは人間の生であって,動物性ではない」と指摘する。その上で「内在性に対立する抵抗こそが,その内在性に再び噴出するよう命ずるのである」という。言ってしまえば,発火状態を準備しているのは「事物」を生きる人間の「生」だというのである。その事物(理性)が内在性を抑圧するからこそ,その内在性がより噴出しやすくなるのだ,と。この動物性と人間性の相補関係をどのようなバランスで保っていけばいいのか,これは生きものとしての宿命を生きる人間の永遠の課題なのかもしれない。だから,バタイユはつぎのように述べてこのパラグラフを閉じる。
「・・・・一個の事物であることなしには人間として存在することが不可能であり,また動物的な睡りに回帰することなしには事物の限界を逃れることが不可能であるという事態が常に提起し続ける問題は,祝祭という形によって制限つきの解決を得るのである。」
つまり,両者のバランスをとっているのは「祝祭」という文化装置なのだ,と。

さいごの第三のパラグラフは圧巻である。
祝祭は,供犠をきっかけにして燃焼状態へと開かれていくのだが,その燃焼は「逆方向に働くある種の知恵」によってコントロールされる。
「祝祭の内に炸裂するのは破壊への熱望であるけれども,保守的に作用する知恵がそれを整序し,制限するのである。」
この文章はそのまま,近代スポーツの成立過程を説明するためのテーゼとして用いても,なんの矛盾もない。そして,ついには,わたしのいうふ仮説のクライマックスを迎える。
「一方では,消尽のあらゆる可能性がとり集められる。舞踊(ダンス),詩,音楽そしてさまざまな技芸が繰り拡げられるおかげで,祝祭は目を奪う劇的な昂揚と奔騰の場となり,また時間となる。」
ここでいうところの「さまざまな技芸」のなかに,「スポーツ」の原初形態がふくまれることは,あえて断わるまでもないだろう。しかも,それは純粋なる「消尽」であることも,ここでしっかりと確認しておくべきだろう。
われわれのよく知っている古代オリンピアの祭典競技もまた立派な「消尽」だったのである。それは,まさに,このような祝祭空間のなかで展開されたものであり,そのような「時間」を保証したものである。もちろん,ここでバタイユが述べている祝祭に比べれば,はるかに時代が下ってからの祝祭であるのだが・・・。

ここで再度,確認しておくべきことは,以下のことであろう。
動物性の世界から人間性の世界に<横滑り>してしまったことによって人間は内在性を抑圧した事物と化してしまう。しかし,事物は現実秩序の持続が義務づけられているために,それをかき乱す「死」に怯え,「不安」に陥る。この不安解消のために供犠が執り行われることになる。事物をもう一度,内在性の世界に送り返すために。しかし,この供犠を契機にして,事物のなかに抑圧されていた内奥性が一気に解き放たれ,奔騰する。こうして祝祭の時空間が生まれる。なにものにも制約をうけない酒池肉林の混沌の世界が表出する。しかし,その一方で,この混沌の世界と和合しえない事物の意識が,密かにこれをコントロールすることになる。そうして,あるバランスがとれたところで祝祭の時空間が承認され,持続することになる。

言ってみれば,動物性と人間性のせめぎ合い,これが生きものである人間の避けてとおることのできない宿命でもあるのだ。祝祭はその両者の折り合いをつけるための文化装置として誕生した。スポーツという文化装置もまた,まったく同じ土壌のなかから立ち現れる・・・・とわたしは考える。そして,この地平から,いま一度,「スポーツとはなにか」という根源的な問いを発すること,そして,それに応答する「スポーツ学」「スポーツ史」「スポーツ文化論」を立ち上げること,これが,いま,わたしの考えていることの核心にある。

このことの「是非」についての議論が,こんどの18日(土)の6月東京例会で,できれば幸いである。


バタイユ『宗教の理論』読解・その6.「5.個体,不安,供犠」について

バタイユは,「内奥性を表現するのに,言説(ディスクール)に依拠したやり方で行うことは不可能である」と断り,その理由をいくつもあげて説明した上で,なおかつ,つぎのように言う。
「それにもかかわらず私は分節化という行為に頼ることになろう。」
つまり,内奥性をことばで説明することは不可能であるが,それでもことばで説明するしか方法はない,というのである。ということは,内奥性を議論することには限界がある,ということだ。それを承知で,それを前提として,これからさきの議論をしようとバタイユは提案する。

このことの隠喩をまず読み解いておこう。バタイユがいうところの事物によって支えられている現実秩序とは,換言すれば,ヨーロッパ近代の法秩序ということだ。この法秩序はことばで表現できる範囲での秩序体系のことであり,ことばに絡め張られた秩序体系のことである。しかしながら,この秩序体系のなかにあっては,内奥性がふくみもつ激烈な暴力や破壊はすべて「禁止」されている。つまり,生きものとしての存在である人間のうち,動物性は極端に抑圧され,排除されていて,これらを人間性(ヘーゲル的にいえば理性)によってコントロールすることが義務づけられる。これが,事物化してしまった人間の生き方というわけだ。

当然といえばあまりに当然なことなので,議論する前にこのことをとりたてて断ったりは,ふつうわたしたちはしない。しかし,バタイユはあえてこの問題を取り上げ,重視する。なぜなら,ことばで説明できないことを説明するという矛盾のうちに「内奥性」の問題が潜んでいるからだ。つまり,内奥性について,ことばでどこまで語ったとしても「本質的なもの」は抜け落ちてしまうからだ。

このことはスポーツについて語るときも同じだ。スポーツの「本質的なもの」はほとんどなにも語ることはできない。たとえば,わたしの仮説にもとづいていえば,「スポーツは内在性(動物性)への回帰願望の表出である」と言ったところで,なにが,どこまで理解してもらえるのかはまったくの未知数である。そして,これをさらに踏み込んで説明しようとすれば,そのこと自体は可能であっても,質的にどこまで可能であるかと問えば,それは限界があるということだ。つまり,わたしの考えるような「内在性への回帰願望」としてのスポーツの本質を語ることは,最終的には不可能なのだ。

こうした前提に立った上で,バタイユは「個体,不安,供犠」の関係について語る。
バタイユがここでいうところの「個体」とは,内在性から切り離され,ばらばらにされてしまった事物としての人間のことである。そして,この個体を現実秩序のもとで「持続」させなくてはならないという宿命に気づいたとき,人間は「不安」にかられることになる。つまり,事物として生きることの不安,すなわち,事物としての持続を不可能にする死に対する不安である。しかも,事物である以上,内奥性を完全に封じ込めた上で現実秩序のもとで生きていかなくてはならない。(内奥性・内在性のもとにあっては死はなにも恐れるべきものではない,ということは前の節で検討したとおりである)

こうして,バタイユは,つぎのような文章を置いてこの節を閉じる。あまりの名文なので,そのまま引用させていただく。
「人間は,事物たちの秩序と両立せず,和合しない内奥次元を怖れるのである。そうでなかったとしたら,供犠は存在しなかったであろう。そしてまた人間性もありえなかったであろう。内奥次元が,個体の破壊のうちに,そしてその聖なる不安のうちに啓示されることもないであろう。内奥性は事物と隔たりのない同一平面にあるのではなく,むしろ事物がその本性において(つまりそれを構成する諸々の企図において)脅かされる状態を通じてこそ,戦慄する個体のうちで,神聖な,聖なるものであり,不安という光背を帯びているのである。」

「宗教的なるもの」の出現する現場を,このような言説で解き明かした文章を,わたしは知らない。そして,同時に,これぞ「スポーツ的なるもの」の成立する根拠ではないか,とわたしは直観する。まさに,内奥性・内在性から引き離されてしまった個体,すなわち,動物性から<横滑り>してしまった人間性,つまり,事物と化してしまった人間が,その不安のうちにあって,内奥性・内在性への回帰願望が立ち上がるのはごく自然ななりゆきといってよいからだ。

では,それはどのようにして可能なのか。次節の「6.祝祭」にその鍵が秘められている。

2011年6月13日月曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その5.「4.供犠という消費」について

ここでバタイユは再度,「供犠」とはなにか,と問いかけその確認を行っている。
供犠というとどうしても「死」とセットで考えがちであるが,けしてそうではないのだ,と強調する。そして,供犠の本質は「放棄すること」であり,「贈与すること」であるという。

すなわち,供犠とは贈与である,と。
ここで想起されるのはマルセル・モースの『贈与論』。以前にも触れたように,バタイユの視野のなかには当然のごとくマルセル・モースの「贈与論」が入っている。しかも,きわめて大きな影響を受けている。そのことは,このテクストのP.158.にも明らかである。そこにはつぎのように記されている。

マルセル・モース『供犠の性質および機能に関する試論』
マルセル・モース『贈与論』
前者は,古代の供犠に関する歴史的な基本資料をみごとに集成した労作である。後者はそもそもエコノミーというものを,生産活動の超過を破壊する諸々の形態と結びついたものとして理解する全ての立場の基本となるものである。

となると,こんどはマルセル・モースの『贈与論』の内容を確認しなければならなくなる。が,この問題についてもすでにこのブログで何回かに分けて論じているので,ぜひ,ご確認いただきたい。わたし自身は,バタイユの「消尽」という概念も,マルセル・モースの『贈与論』からもかなり大きな影響をうけていると考えている。とりわけ,ポトラッチのシステムは,供犠そのものと言っても過言ではなかろう。

さて,話をもとにもどそう。
供犠にとって重要なことは,と断ってバタイユはつぎのように言う。
「重要なのは持続性のある秩序から離れて,つまりそこでは諸々の資源の消尽が全て持続する必要性に服従しているような秩序から離脱して,無条件な消尽の激烈さ=暴力性へと移行することである。」
そして,さらに,つぎのようにつづける。
「言いかえれば現実的な事物たちの世界の外へ,その現実性が長期間にわたる操作=作業に由来するのであって,けっして瞬間にあるのではないような世界の外へ出ること──創り出し,保存する世界(持続性のある現実の利益となるように創り出す世界)から外へ出ることが重要なのである。供犠とは将来を目ざして行われる生産のアンチ・テーゼであって,瞬間そのものにしか関心を持たぬ消尽である。」

こういうバタイユの文章をくり返し読みながら想像力をたくましくしていると,わたしの頭のなかは「これはスポーツのことを言っているのではないか」,あるいは「この運動はまさにスポーツと同じではないか」という考えでいっぱいになってしまう。つまり,供犠のメカニズムや機能は,そっくりそのままスポーツに当てはまってしまうのではないか,と。ただし,この点についてはもう少し厳密な論考が必要なので,ここではとりあえず頭出しということにしておこう。

さいごに,決定的なバタイユの文章を引いておこう。
「犠牲として捧げるということは殺すことではなく,放棄する(アバンドネ)ことであり,贈与する(ドネ)ことである。」

バタイユ『宗教の理論』読解・その4.「3.死と供犠の通常行われる連合」について.

この節では,バタイユの真骨頂をみることができる。それは,「死」についての思考の地平を限りなく広げてくれるからだ。そして,きわめて通俗的な言い方をすれば,バタイユ個人はおそらくみずからの死を恐れてはいなかっただろう,ということだ。だからこそ,バタイユは「無神学」(大全)を構想することができたのだ,と。さらに,もう一歩踏み込んでおけば,内在性を生きるということは神を生きることであって,他者としての「神」は不在だということになろう。「神なきエクスターズ」を語ったかれの『内的体験』は,そのなによりの証左である。

この節でバタイユが述べていることを,わかりやすく整理しておくと,動物性の世界での「死」と人間性の世界での「死」とは,まったく別物だということだ。動物性(内在性)の世界にあっては,「死」はたんなる「消尽」であって,ほとんどなんの意味ももたない。しかし,人間性(事物・有用性)の世界にあっては,「死」は事物(有用性)の「持続」の不可能(断絶)を意味するので,一大事となる。

したがって,供犠と死とがセットになるのは,人間性の世界からの見方・考え方であって,内在性を生きる動物性の世界にあってはなんの意味もない,というわけだ。表題の「死と供犠の通常行われる連合」とは,このあたりのことを論じたいがためのものである。だから,この節の冒頭でバタイユはつぎのように語りはじめる。

「供犠には実に子供っぽい無意識状態があるので,生贄を死へと至らしめることがその動物に加えられていた侮辱を,つまり惨めにも一個の事物の状態まで還元されていた動物の被っていた侮辱をはらしてやる一つの様式として現れるほどである。しかし実のところを言うと,殺害することが文字通りに必要だというわけではないのである。それでも死という現実秩序の最大の否定が,神話的秩序の出現を促すうえで最も好都合なのだ。また他方では,供犠における殺害は生と死の苦悩に充ちた二律背反をある一つの転倒によって解消するのである。実際内在性においては,死はなにものでもない。が,しかし死がなにものでもないということから,ある一つの存在はけっして真には死から分離していないのである。死が意味を持たないということ,死と生の間に差異がないということ,死に対する怖れもなくそれに対抗する防御もないということ,こうした事実からして死はなんらの抵抗をひき起こすことなく全てに侵入しているのである。持続が価値を持つことはない。」

この導入部分がクリアできれば,あとは,バタイユ特有のごてごてとした不可解な議論がつづくものの,なんとかその意味するところを追っていくことはできるだろう。その主題は,現実秩序を維持していく上で(つまり,事物の世界を持続させていく上で),内奥性の世界が露呈することはきわめて危険なので,なんとしてもそれを封じ込めなくてはならない,それが人間性の世界の論理だ,という点を強調することにある。すなわち,「呪われた部分」を隠蔽・排除する世界,それが人間性の世界だというわけだ。

しかし,そこに根源的な矛盾を抱え込んでしまったがために,人間性の世界にはこの「呪われた部分」が,まるで「亡霊」のように(デリダ),忘れたころに突如として出現することになる。この葛藤はいまもつづいている。ここに「宗教」が成立する根拠がある。

もうひとこと触れておけば,この「呪われた部分」を解消するための文化装置の一つとして「祝祭」がある。その祝祭のなかから「スポーツ的なるもの」も出現することになる。それも「有用性」に絡め捕られるかたちで。この点については,のちの節で,踏み込んで考えてみることにしよう。供犠とスポーツがセットになる,ということも。あるいは,スポーツは供犠である,と。




2011年6月12日日曜日

バタイユ『宗教の理論』読解・その3.「2.神的世界の非現実性」について

「神的世界」のイメージをバタイユがどのように描いているのか,ここはいささか慎重にならざるをえない。たとえば,前節の最後のところでバタイユは,供犠執行者の呟きとして,つぎのように語らせている。

「内奥においては,この私は神々の至高な世界に,神話が示すような至高性の世界に属している。すなわち激烈な力が荒れ狂う,利害や打算を離れた雅量の世界に属している。ちょうど私の妻が諸々の私の欲望に属しているのと同じように。生贄の獣よ,私はおまえをそのいる世界から引き戻す。つまりおまえが事物の状態に還元された形でしか存在できず,だからおまえの内奥の本性にとっては外的な意味しか持てないような世界からおまえを引き戻すのだ。そして私はおまえを神的世界との親密な交わりへと,あるいは全て存在するものの深い内在性との親密な交わりへと立ち返らせる。」

供犠執行者の「内奥」は「神々の至高な世界」に,あるいは,「至高性の世界」に属しているという。ということは,生贄の獣もまた,その内奥においては供犠執行者と同じ「神々の至高の世界」や「至高性の世界」に属していることになる。だから,生贄の動物を事物の状態から内奥の世界に引き戻すと,供犠執行者はいう。そして,「神的世界との親密な交わり」へと,あるいは「深い内在性との親密な交わり」へと立ち返らせる,という。ということは,「内奥性の世界」も,「神々の至高の世界」も,「至高性の世界」も,「深い内在性の世界」も,そして「神的世界」も,すべて一連の「世界」とバタイユはとらえているようだ。つまり,そこには確たる境界線はなく,みんな自他の区別のない,曖昧模糊とした世界としてイメージされていることがわかる。

だとすれば,神的世界が「非現実」的なものであることは,あらためて断るまでもないことだ。しかし,なにゆえに,ここで「神的世界の非現実性」という節を立てて,このことを論じなくてはならないのか。その意図は,つぎのようなところにある,と類推するのだが・・・。つまり,供犠は事物としての「現実」を否定することによって成立するものなのだが,生贄となる動物の「客観的な現実」というものがきわめて曖昧なものでしかない(確認のしようがない)。だから,「供犠にまつわる領界には,なにやら子供っぽい無動機性という様相がつきまとう」とバタイユはいう。そして,事物が破壊されて「内在的な内奥性へと回帰することは,当然の帰結として意識が朦朧と曇ることを含んでいる」という。

この「子供っぽい無動機性」と「意識が朦朧と曇ること」とが,「内在的な内奥性へと回帰」する場合には不可欠だ,ということが確認できれば,わたしとしては満足である。

なぜなら,「スポーツ的なるもの」の発現する現場がこのようなところにあった,と確認することができたことになるからである。


バタイユ『宗教の理論』読解・その2.「1.供犠が応じている必然性,供犠の原理」について

供犠とはいったいどういうことなのか。なにゆえに,神さまにいけにえを捧げなくてはならないのか。なにゆえに,仏さまに初物(農産物)を供える習慣があるのだろうか(わたしは禅寺で育ったので,こどものころから疑問に思っていた)。

周囲の大人たちに聞いてみると,神さまや仏さまに感謝するためだ,という。こういう自然の恵をいただいて,わたしたちはいまも元気に生活しています,という報告とこれからもよろしくというご挨拶だ,と。つまり,感謝と予祝の意味がある,とのちに書物で知ることになる。しかし,それでもまだなんとなく不明瞭だった。

古代ギリシアの祭典競技の一つ,オリンピア祭でも,生きた牛をいけにえとして捧げていた。ゼウス神殿の前で牛の首を刎ね,その血を祭壇のあちこちに塗りつけ,胴体を解体して,みんなで焼いて食べてしまう。これは祭典の公式行事としても行われたし,選手たちが必勝祈願を兼ねて牛をいけにえにして捧げたりもしている。その数たるやたいへんなものだった,とものの本に書いてある。神さまは,洋の東西を問わず,よほど「いけにえ」がお好きなのだ,とずっと考えてきた。

しかし,バタイユはそうは言わない。しかも,驚くべき仮説を提示する。わたしは天地がひっくり返るほど驚いた。しかも,瞬時にして納得してしまったのである。眼からウロコであった。こんにちのわたしたちの思考のベクトルとはまったくの正反対なのである。こういう世界の見方,認識の仕方があったのか,と感極まってしまった。
この節の冒頭でバタイユはつぎのように書き出している。
「収穫の初物を供犠として献上したり,一頭の家畜を供犠に捧げたりするのは,事物たちの世界から植物や動物を引き戻すためであり,そして同時に農耕者や牧畜者を引き戻すためである。」

この文章を理解するためには,この「Ⅲ.」にいたる「Ⅰ.」と「Ⅱ.」の章でのバタイユの議論が前提となっている。この引用文を読み解くためのキーは「事物たちの世界から植物や動物を引き戻すため」というところにある。もっと絞れば,「事物たちの世界」ということになろう。では,この「事物たちの世界」とはどういうことなのか。

人類が動物性の世界から抜け出してきて人間性の世界を構築し,植物を栽培し,動物を飼育するようになる。このとき,人間は植物の本来のあり方を否定して「栽培」をはじめる。つまり,人間の意のままになる「所有物」として取り扱うようになる。このことを,バタイユは,植物が「事物」になる,と表現する。同じように,動物もまた「飼育」されるようになると,それは人間の「所有物」となり「事物」となる。つまり,植物や動物が,それぞれ本来の「生」をまっとうするのではなくて,人間の都合のいいように利用される「事物」として囲いこまれてしまう,というわけだ。もっと言ってしまえば,栽培植物も飼育動物も,みんな人間に従属する「事物」となる,ということだ。

のみならず,人間もまた,植物や動物とともに内在性を生きていたのに,そられを「事物」にしてしまったために,みずからもまた内在性を生きることができなくなり,「事物」と化してしまうことになる。こうして,人間性の世界が構築される。こうして,栽培植物や飼育動物は人間の手によって本来の「生きもの」の世界(動物性の世界)から引き離されてしまう。同時に,人間もまた本来の「生きもの」の世界から引き離されてしまう。

その結果,なにが起こったか。ここが,この『宗教の理論』がめざす核の部分になる。事物になってしまった人間は,折あるごとに「内在性」への回帰願望が頭をもたげることになる。つまり,生物としての「生きもの」である人間は,当然のことながら,事物としてのみ生きることに満足できなくなる。そのことは,栽培植物も飼育動物も同じであろうと人間は推測する。だとしたら,定期的に栽培植物や飼育動物を「内在性」(動物性)の世界に引き戻してやる必要がある。同時に,農耕者も牧畜者も同じように「内在性」(動物性)の世界に引き戻すことが必要となる。そのための儀礼が「供犠」だというのである。

「動物性」と「人間性」の端境期,あるいは,境界領域こそ,宗教が立ち現れるハイマートなのだ。その仲立ちをする儀礼が「供犠」だというわけだ。このように「供犠」がはじまる「必然性」,あるいは,「供犠」の「原理」が理解できたときに,わたしのなかの根源的な疑問が一気に瓦解した。古代オリンピアの祭典競技もまた,「動物性」への回帰願望の表出として編み出された文化装置だったのだ。

だとすれば,わたしの大きな仮説の一つである「聖なるもの」(宗教的なるもの)と「スポーツ的なるもの」とは「同根」であった,という根拠の一つをここに求めることができる。

2011年6月11日土曜日

ジョルジュ・バタイユ著『宗教の理論』(湯浅博雄訳,ちくま学芸文庫)読解。その1.

18日(土)を一週間前にして,そのための助走を兼ねて,いよいよ『宗教の理論』の具体的な読解にとりかかることにしよう。

このテクストについては,すでに,2回ほど読解を試みていて,このブログでも公開している。詳しくは検索して確認していただきたいが,1回目は,第一部基本的資料の「Ⅰ.動物性」の部分を,2回目は,「Ⅱ.人間性と俗なる世界の形成」をとりあげ,それぞれ数回にわたって連載したと記憶している(最近は,すぐに過去のことを忘れてしまうので,きわめて怪しいのであるが)。

したがって,今回はその3回目ということで「Ⅲ.供犠,祝祭および聖なる世界の諸原則」がその対象となる。スポーツ史やスポーツ文化論的立場から読むと,この「Ⅲ.」が一番,刺激的な面白いし,さまざまな研究上のアイディアがつぎつぎに浮かんでくるところでもある。9日のブログにも書いたように,「聖なるもの」と「スポーツ的なるもの」とは「同根」ではないか,とわたしが仮説を立てる根拠もこの部分にある。そして,「Ⅰ.」と「Ⅱ.」で論じられた動物性と人間性とに引き裂かれた存在としての原初の人間の苦悩の表出として「供犠」や「祝祭」が,鮮やかに描きだされている。ここでは,少なくともこれまでわたしたちが教えられ,あるいは,本で読んで学んできた「供犠」や「祝祭」とはまるで異なる論理展開が待ち受けている。あるいは,まったく正反対の論理展開,と言ってよいだろう。眼からウロコが落ちるような経験をわたしは何回もした。

それこそがバタイユのバタイユたる所以であって,こういう斬新な視点の提示こそが,かれをして『宗教の理論』を書かしめたというべきであろう。手短に,図式的に説明しておくと,以下のようになろうか。ヘーゲルが「絶対知」を人間の到達するゴールとして設定したのにたいして,バタイユは「非-知」を設定する。つまり,ヘーゲルは動物性から離脱して,自己意識を獲得し,さらに理性をわがものとし,共同体の精神を構築し,宗教を超克して絶対知に到達する,という直線的な人間の進歩発展を思い描いたのにたいして,バタイユは,その正反対を主張したと考えてよいだろう。バタイユは,動物性から人間性へと<横滑り>したことに,ある種の人間の原罪をみる。なぜなら,人間がいくら頑張って動物性から抜け出そうとしても,それは人間が生物であるかぎり不可能であって,どんなに遠くまで動物性から離れたつもりでいても,最終的には「生死」「生殖」という「生きもの」としての動物性の枠組みのなかに取り込まれてしまうことになるからだ。そして,人間が安穏に「生」を享受できるとしたら,それは「非-知」のレベルではないか,と問題を投げかける。

このあたりのことは,やや短絡的に聴こえるかもしれないが,道元が『正法眼蔵』のなかで説く「無」の教えや,自然との一体化をめざす正覚の世界につながっていく。西田幾多郎の説く「純粋経験」の世界もまた,バタイユのいう「非-知」の世界ときわめて近似している,とわたしは受け止めている。しかも,その境地は日本の武術の世界にも通底する世界でもある。

あまり話が逸れないうちに話をもとにもどすことにしよう。
このようなバタイユの基本的な考え方は,このテクストの「緒言」の終わりのあたりで,つぎのように述べていることからも確認することができる。引用しておこう。

哲学というイデーそのものに,ある一つの原初的な問いが,すなわちいかにして人間的な情況から外へ出るのかという問いが結ばれている。いかにして,必要性による行動に服従している思考,有用な区切りを立てるよう定められている反省的思考から,自己意識へと,すなわち本質なき──が,意識的な──存在の意識へと横滑りしていくのか,という問いが結ばれているのである。(P.16)

ここには,まぎれもないヘーゲルの論理を逆手にとったバタイユの戦略がみごとに提示されている。『精神現象学』の前半を読んだ人にはすぐにピンとくる,バタイユの挑発でもある。しかも,この「緒言」の最後はつぎのような文章で結ばれている。

不可避なものとしてある未完了は,一つの運動である応えを,──たとえそれがある意味で応えの不在であるにせよ,運動である応えを──いかなる割合においても鈍らせたり,緩慢にしたりすることはない。それどころか未完了は,その応えに不可能なことの叫びという真実を授けるのである。この『宗教の理論』が衝こうとする背理(パラドックス),すなわち個人を「事物」にし,さらにまた内奥性の拒否としてしまうこの根本的な背理は,おそらくある一つの無力さを明るみに出すであろうが,この無力さの叫びこそ最も深奥にある沈黙への前奏曲となるのである。(P.16~17.)

バタイユかなにゆえに「緒言」のさいごにこの一文を置いたかは多言を要すまい。
このことをつねに念頭に置きながら,このテクストを読み進めていくと,面白いほどバタイユの仕掛けたロジックが透けてみえてくる。
とりあえず,今日は「Ⅲ.供犠,祝祭および聖なる世界の諸原則」への導入まで。



お詫び。なぜ,いま,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』なのか,を推敲しました。

6月9日に書いたブログ「なぜ,いま,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』なのか」の文章を読み直してみて(滅多にこういうことはしないのですが),あまりのひどさに呆然。自分でもあきれはててしまいました。よくもまあ,こんな文章を書いて,それも書きっぱなしで,読み返しもしないでそのまま「公開」してしまうとは・・・・。いやはや,申し訳ありません。

そこで,こんどは気持を集中させて,きちんと推敲してみました。こんどはいくらか読めるものになったのではないか,とみずからを慰めています。というわけで,ぜひ,もう一度,読んでみてください。内容そのものは,これまでのわたしの勉強の集大成のようなものになっています。こんどの18日(土)に向けての,わたしなりの「思い入れ」は理解していただけるのではないかと思います。

それにしても,気持ばかりがはやってしまって,飛躍や論理矛盾がいっぱいあって,まさに素人の文章になってしまいました。読んでいただくにはあまりに恥ずかしいものでした。重ねてお詫びいたします。

とりあえず,お詫びと訂正・修正のお知らせまで。

2011年6月9日木曜日

なぜ,いま,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』なのか。

今月の18日(土)の午後に,青山学院大学の教室をお借りして,西谷修さんと一緒に『宗教の理論』(ジョルジュ・バタイユ著,湯浅博雄訳,ちくま学芸文庫)の読解を計画している(詳しくは,わたしのHPを参照のこと)。当然のことながら,なぜ,いま,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』なのか,という問い合わせがわたしのところにやってくる。

そういうことも折り込み済みで,わたしはこの企画を立てた。いまこそ,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』をしっかりと読み込むべきときだ,と。あるいは,ようやくバタイユの『宗教の理論』が受け入れられる情況が,あるいは,時代がやってきた,と。しかも,「3・11」という未曽有の災害を契機にして一気に『宗教の理論』でバタイユが主張していることを理解できる「情況」ができあがった,とわたしは考えている。つまり,ものの見方・考え方を逆転させることなしに,わたしたちは「3・11」以後を生きることはできない,ということに気づいたからだ。

わたしは,かなり早い時期から,このテクストがもっと世の中でまじめに読まれるべきだ,と考えてきた。世間には,バタイユという名を口にしただけで,鼻でせせら笑う「哲学者」は少なくない。わたしは,そういう「哲学者」の何人かに,軽くあしらわれた苦い経験がある。こちらは大まじめにバタイユの話を切り出しているのに,「まあ,あの人も変わった人ですからねぇ」と取り合ってくれない。ならば,ニーチェはどうなんだ,と切り込む。すると,「この人も,ちょっと主流からははずれてますからねぇ」と。これが哲学の主流といわれる「形而上学」にどっぷりと身を浸している哲学者たちの言い分だ。そこから一歩も外に出ようとはしない。なぜなら,「理性」という名の「砦」に囲まれた安住の地であるからだ。そこには人間の「命」という視点が欠落している。つまり,生きものとしての人間の存在をトータルに考える視点が欠けている。

「バタイユは変わった人だ・・・」と?そんなことは百も承知している。その上で,バタイユに挑んでいるというのに・・・・。

バタイユ自身はもっともっと意図的・計画的に自分の思想・哲学を展開した。主流といわれるヘーゲル哲学,とりわけ,『精神現象学』を徹底的に読み込んだ上で,それをいかにして超克していくべきか,と考えた。いな,ヘーゲルを読み込むことによって,みずからの思想・哲学の位置づけが可能となったとさえバタイユは述べている。その結果として,ヘーゲル哲学の「絶対知」の対極に位置づく「非-知」(non savoir)をキー・コンセプトに設定して,まったく新たな哲学体系の構築を試みる。つまり,ヘーゲルのいう「知」(理性,絶対知)を真っ向から否定するところから出発したのだから。このことが,のちの哲学者たちの多くの誤解を招いたようだ。しかし,バタイユの書き残した著作を丁寧に読みこんでいくと,そこには恐ろしいほどのスケールの大きな思想・哲学上の問題提起が仕掛けられていることに気づく。いわゆる「無神学大全」の構想である。

ここで断わるまでもなく,ヘーゲル哲学がヨーロッパ近代の論理を構築していく上できわめて大きな役割をはたしたことは周知のとおりである。つまり,ヨーロッパ近代の合理主義的な考え方の基本はヘーゲルに求めることができる。とりわけ,科学的合理主義はヘーゲルのいう「絶対知」への過剰な信頼なしには語れないだろう。つまり,現代世界を支配しつつある「科学」神話」の根源にあるものの見方・考え方の根底にあるものは,ヘーゲル哲学にその端を発しているといっても過言ではない。この「科学」神話」の一端が,いま,もろくも崩壊しはじめている。

「3・11」以前までは,こうした「科学」神話,すなわち「原発安全」神話が大手を振ってまかりとおっていた(マダラメ君を筆頭に)。しかし,「3・11」を通過したこんにちでは,すでに,そんな「原発安全」神話は間違っていたことを,世界中の多くの人びとが「学んで知った」(マダラメ君もとうとう「間違っていた」と国会で答弁している)。わたしたちは,「3・11」を通過することによって,「科学」一辺倒のものの見方・考え方の悪夢からようやく「目覚めた」というべきであろう。では,この「科学」神話に修正を加えるとしたら,どこからはじめればいいのか。

いま,話をわかりやすくするために「原発安全」神話を例にとり出したが,それは,市場原理を中心とする「経済」主義とも深く深くリンクしていることを忘れてはならない。「科学」も「経済」もわたしたちの「理性」によって支えられている。しかし,その「理性」がどこかでボタンを一つかけ違えたばかりに,最後の最後でボタン穴が一つ余ってしまった。その一つ余ってしまったボタン穴のための「ボタン」はどこにも見当たらないのである(松田道雄)。どこかで狂ってしまった「理性」を,もう一度,原点から立て直さなくてはならない(「生きもの」としての人間理解を),と西谷修はいう(『理性の探求』岩波書店)。そして,同じ論理を『”経済”を審問する』(西谷修編,せりか書房)の第一章でも展開している。

「3・11」以前に,すでに,『未来ははじまっている』(宇沢弘文,内橋克人著,岩波書店)のだ。そのことに多くの人たちは気づいていなかった(気づいていても,気づいていないフリをする知識人も多くいる=「原発安全」を唱えつづけている御用学者たちはその一例)。エッジに立つ批評のできない,ぬるま湯に浸っている「評論家」の多くはそういう人たちだ。しかし,「3・11」を通過したいま,わたしたちは,それ以前まで主流とされてきた考え方(たとえば,「原発推進」という考え方,経済の「金融化」,経済の進歩発展主義,大量生産・大量消費,など)が,もはや通用しないことに,ハタと気づいた。では,それに代わるべき考え方はなにか。そのキー・コンセプトはなにか。

それに代わるべき考え方も方法も見つからない・困難である,といって口を濁す評論家・学識経験者のなんと多いことか(ほんとうなら,ここに実名を挙げておきたいくらいだが,誤解のもとになるので,やめておく。少なくとも,いま,マス・メディアにちやほやされて,大きな顔をしてものを言っている人たちのほとんどは,なんの定見も示すことができないまま,問題を「むつかしいもの」に仕立てあげて,一時を糊塗して平気でいる。そのつもりでご確認いただきたい)。それは,ある意味では,当然の帰結というべきだろう。ヨーロッパ近代の論理(形而上学)で,ヨーロッパ近代の論理(形而上学)がぶちあたった壁を乗り越えることは不可能だから。それとは違うまったく違う論理,すなわち「形而上学」を超克する思想・哲学が必要なのはだれの眼にも明らかだ。

その期待に応える思想・哲学が存在するのに,多くの識者たちは「みて,みない」フリをしている。そう,ジョルジュ・バタイユの思想・哲学だ。ヨーロッパの近代論理主義者は,みんな,バタイユが嫌いなのである。だから,読もうともしない。

しかし,ほんの一握りの識者たちは,しっかりとジョルジュ・バタイユを視野に入れて,「未来ははじまっている」と予言する。たとえば,経済学の領域で。こんにちの経済の「金融化」の隘路から抜け出すには,もう一度,経済とはなにか,という根源的な問いから出発すべきだ,と(宇沢弘文,内橋克人,金子勝,西谷修,ほか)。しかも,その大きなヒントはマルセル・モースの『贈与論』にある,と。このマルセル・モースの『贈与論』をヒントにして,もっと気宇壮大な「経済学理論」を構築しようとしたのがほかならぬジョルジュ・バタイユだ。かれは,モースのいう「贈与」の原点にあるものは「消尽」であると考え,経済のはじまりは,物々交換ではなく,贈与であり,消尽である,と主張する。この贈与や消尽を否定する考え方が「有用性」である。この「有用性」という考え方こそ「理性」が主役を演ずるための舞台装置だったのだ。そして,贈与や消尽を「呪われた部分」として抑圧・隠蔽・排除してしまう。「理性」に「狂気」が忍び込んだとすれば,ここではないか,とバタイユを読みながら,わたしは考える。

そして,バタイユはその理論的裏づけの糸口を,なんとヘーゲルの『精神現象学』から導き出すのだ。それが,『宗教の理論』の冒頭にかかげられたアレクサンドル・コジェーヴの『ヘーゲル読解入門』からの引用文である。こうして,バタイユは,ヘーゲルを徹底的に批判しつつ継承するという立場をとる。

そのヒントになったものが,ヘーゲルが『精神現象学』で展開している「自己意識」をめぐる議論である。ヘーゲルは『精神現象学』の中で,まずは,動物的な「意識」の問題を論じることからはじめ,やがて,人間の「自己意識」がどのようにして構築されるのか,を取り上げる。この問題を,バタイユはさらに掘り下げ,「動物性」の世界から「人間性」の世界への<横滑り>という概念を用いて論じている。そして,人類が動物から人間になるときに,いったい,なにが起きたのか,と問う。そのきっかけとなったのが,さきほども指摘した『宗教の理論』の冒頭に引用されているアレクサンドル・コジェーヴの,謎かけのような文章である。もう少しだけ触れておけば,コジェーヴの読解のテクストは,ヘーゲルの有名な「主人と奴隷」の議論である。主人を奴隷が乗り越えていく弁証法的なロジックのコジェーヴ的読解を手がかりにして,バタイユは,さらにもう一歩踏み込んで,いかにもバタイユらしい固有の議論を展開する。

かくしてバタイユは,「呪われた部分」と「有用性」の思考に到達し,ヘーゲルとはまったく次元を異にする「自由」の理想に向って飛翔していく。すなわち,「呪われた部分」にこそ人類の理想郷が存在したのだ,と。それが『宗教の理論』に籠められたバタイユのひとつの重要なメッセージではなかったか,とわたしは受け止める。

この「呪われた部分」に封じ籠められてしまった原初の人間にとっての「聖なるもの」に,宗教の源泉をバタイユは見届けている。この「聖なるもの」の出現と「スポーツ的なるもの」の発現とは,ほとんど「同根」ではなかったか,というのがわたしの大きな仮説である。しかも,それを裏付ける根拠が『宗教の理論』のなかには満載されているのだ。つまり,「スポーツ的なるもの」こそ,まさに「消尽」そのものであり,「贈与」そのものであったではないか,と。それは,こんにちわたしたちの眼になじんでいる近代競技スポーツの根源のところに,潜在化しているものだ。それが,ときに「顕在化」する。そのとき,わたしたちは「神の降臨」をみる。すなわち,スーパー・プレイ出現の瞬間のことだ。

ヨーロッパ近代の「科学」はこの「宗教」を否定することからはじまり,いつのまにか「科学」の多くが「宗教」と化してしまった。そして,その宗教化した盲目的な「科学」が破綻をきたした。だとしたら,もう一度,宗教とはなにか,という問いからはじめるべきではないか。経済も科学も,そして「スポーツ文化」も,「3・11」を通過したいま,もう一度,原点に立ち返って議論する必要がある,というのがわたしの考えである。そのキー・ワードは「命」。人間は「生きもの」であり,「命」をまっとうする存在である。その意味で,動物性の枠組みから抜け出すことは不可能なのだ。このことは,コジェーヴの引用文のなかにも明記されている。そのことを徹底的に論じたもの,それがバタイユの『宗教の理論』なのだ。

「3・11」以後を生きるわたしたちの新しい道しるべとなるべき思想・哲学を,わたしはバタイユの『宗教の理論』に求めている。と同時に,それは,21世紀のスポーツ文化論を展開していくための根拠であり,21世紀のスポーツ史研究の大前提でもある。

いま,わたしが18日(土)の企画について考えていることは以上のようなことである。
その詳論については,これから,できるだけ,このブログで取り上げていきたいと考えている。
乞う,ご期待!

2010年7月22日木曜日

マルチン・ブーバーの「対話」について

 これまで何回もとりあげてきたテクスト『我と汝・対話』(植田重雄訳,岩波文庫)の後半部分に収められている「対話」について,少しだけ触れておきたい。
 有名な「夢」の話からはじまる。ブーバーはみずからの体験として,自分のみる夢,それもくりかえしみるおなじみの夢のなかで,なにか遠いところから聞こえてくる人間の声でもない,動物が吠えているような,得体のしれないものの発する「音」を聞く。その不思議な「音」に対して,夢のなかでははっきりと意識して「応答」している自分がいる。その「応答」も,なんだかわけのわからない「叫び」だという。しかも,全力をあげて大きく長く「叫ぶ」のだという。すると,また,どこか遠いところから,意味不明な「音」が聞こえてくる。それを何回もくり返す。ここでは明らかに「対話」が成立している,と。
 ブーバーはこれを「原初的記憶」と名づけて,なぜ,こんなことが起こるのかとみずからに問う。しかし,あるときから二度と,この「野獣の夢」をみなくなる。最後にこの夢をみたときには,「わたしの叫びの声が消え,再び心臓が静かに止まった。しかしそのあとに静寂のままで,応答の叫びはおこらなかった」と書いている。このことがきっかけとなって,ブーバーは,それまで聴覚にたよって外部の情報をえることしか考えていなかったが,それ以後,からだ全体をつかって,つまり,あらゆる感覚器官を総動員することを覚えたという。そのとき以来,わたしのからだは「開かれた」状態になった,と。すると,こんどは「遠くからではなく,わたしの身近なまわりの大気から,声とはならない応答がやってくるようになった」と。
 このあたりが,どうやら,ブーバーのいう「われとなんじ」(Ich und Du)の原風景なのかなぁ,と想像している。つまり,日常のなかでごくふつうに起こる「ぼくときみ」ではない,大文字の「Ich」と「Du」の関係が成立する原点を指し示しているのだろう,と。夢のなかでなにかに「呼びかけ」られ,それに「応答」する「わたし」は,明らかに日常の「わたし」とはまったくの別人である。つまり,意識が立ち上がる以前に,なにものかから「呼びかけ」があって,それに対して,自分でもわけのわからない「叫び」(応答)を発する,これはある意味では,自他の区別もあいまいなままの状態での「対話」の始原としか言いようがないだろう。だから,ブーバーは「原初的記憶」という言い方をしているのだろう。
 そこを通過すると,つぎには(これはあくまでブーバーの個人的体験に限定されるが),身近なまわりの大気から,夢のなかでよりはやや明確な「呼びかけ」があり,それに対して「応答」しているわたしがいる。このわたしは,わたしであってわたしではない。つまり,わたしではないわたしの出現である。すなわち,大文字の「Ich」=「われ」である。言ってしまえば,自然の声を聞き,それに応答するわたしは,日常のわたしではない。同時に,「呼びかけ」をしてくる自然もまた,たんなる自然ではない。こうして他者のなかでも他者にあらざる他者が誕生する。ここが「なんじ」=「Du」の「場」となる。
 こういう「われとなんじ」が成立する「場」があって,はじめて「対話」が成立することになるのだろう。この夢の話のつぎに登場してくるテーマが「沈黙が伝えるもの」である。ここでは,たまたま出会った二人の男性が,ベンチに並んで座り,ひとこともことばを交わさないでいる。ひたすら,お互いに沈黙を守ったままでいる。にもかかわらず,一人の男のなかで,突然,自分を拘束していた呪縛が解消してしまうということが起きる。「それがどこから生起したかは問わない。とにかく突如として起こった。しかし彼は今や彼自身だけが支配する力をもっていく一つの隔意を自ら止めてしまうのである。すると彼から隔意なく伝達が流れ出,沈黙がこの伝達を隣りにいる男にもたらすのである。この伝達はこの男に向けられたのであり,すべての真の運命の出合いにたいしてこの男がいつもするように,この伝達を隔意なく受け取るのである。」
 愛し合う恋人同士でもない,信仰を共有する二人の宗教者でもない,たまたまゆきずりの男二人が沈黙の時間をすごす。そうして,このような「伝達が流れ出」て,その伝達を「隔意なく受け取る」ということが起こる。ブーバーは「対話」にことばも身振りも,なにもいらない,という。必要なのは,自分をがんじがらめにしている呪縛を解き放つことだ,と。つまり,精神的にも身体的にも,まったくの自由を確保すること,そうすれば「隔意」がなくなる,あとはなるがままに・・・,という具合である。
 このようにして,ブーバーは「宗教の対話」を語り,つぎのような「問題提起」を行っている。引用しておくので,熟読玩味のほどを。
 対話的なものは,人間相互の交わりに制限されない。すでにそれはわれわれに例示されたごとく,相互に人間が向かい合う態度である。ただ人間の交わりにおいて,じつにこれがよく表わされているにすぎない。
 したがって,会話や伝達がおこなわれなくとも,対話的なものの成り立つ最低条件には,内面的行為の相互性が,意味上分離しがたい要素となっているようである。対話によって結ばれている二人の人間は,明らかに相互に相手の方に向かい合っていることでなければならぬ,それゆえ,──どの程度,活動的であったか,どの程度活動性の意識があったかということはとにかくとして──向かい合い心がそこに立ち帰るということでなくてはならない。
 このブーバーの主張をどのように読むかは自由である。わたしは不遜にも,この引用文を読みながら,じつは,スポーツの成立要件のことを考えている。スポーツは「対話」ではないか,と。そこでの「対話」はいかなる特徴(特質)をもっているのか,と。本気である。

2010年7月20日火曜日

虚実皮膜の間(あわい)に漂うもの

 近松門左衛門は,芸は「虚実皮膜の間」にある,と言ったそうだ。皮膜とは「ヒニク」とも読むそうなので,「皮肉」,つまり皮と肉の「間」にある,ということでもある。
 それがやがて敷衍して,「事実と虚構との中間に芸術の真実がある」とする論になっていったという。事実と虚構との中間,といわれてもわたしのような人間は困ってしまう。
 虚と実,皮と膜,皮と肉,事実と虚構,とならべてみるとますますわからなくなってしまう。近松のいう「芸」とか,一般論としての「芸術」とかも,そもそもはよくわからないことの代表と言ってもいいのだろう。いいようがないので,わかったようなわからないような,相手を煙に巻くような説明になってしまうのだろう。しかし,近松にとっては「虚実皮膜の間」こそがもっともぴったりの表現で,本人にとってはこれ以上の表現はないのだろう。また,いわゆる芸術家とよばれる人びとにとっても「事実と虚構との中間」が,もっとも適切な表現なのであろう。わからないのは,わたしのような凡人だけなのかもしれない。
 それでは悔しいので,あえてわかったふりをしてみると,つぎのような調子である。上の表現のなかでは,わたしにとっては「皮と肉」が一番わかりやすい。鶏肉を思い浮かべて,あの皮と肉と考えれば,ああなるほどとなる。人間の皮もはがすことができるそうで,アウシュヴィッツに収容された人びとの皮を剥いでつくったというハンドバッグ(なかには入れ墨入りのものもあった)というものを写真でみたことがある。しかし,わからないのはその皮と肉との「間」に「芸」が存在するということの意味である。皮と肉との「間」というのは概念としては存在しても,実際には密接していて「間」は存在しない。
 つまり,「芸」とは概念の問題であって,そら,これが「芸」だ,といって指し示すことができるものではない,ということだ。しかも,わかるものにはわかる,しかし,わからないものにはいくら説明してもわからない,そういうものなのだ。芸術も同じだ。そういう比喩として考えればいいのだろう。皮膜の「皮」と「膜」にいたっては,ますますその「間」なるものは複雑怪奇になってしまう。皮も細胞で成り立っている以上,細胞の一つひとつが「膜」(細胞膜)でつつまれている。だから,一つひとつの細胞に分けてしまうと皮は存在しなくなってしまう。
 ここまでくると,なるほど,近松の言った「芸」とはそういうものか,ということがよくわかる。ついでに言っておけば,虚と実も,厳密にいえば分類不能な概念にすぎない。虚と実の境目には厳密な線をひくことは不可能である。虚と実はどこかでオーバーラップしているところがある。それは,事実と虚構も同じである。どちらかといえば虚構の方がわかりやすい。だれかが勝手にでっちあげた「つくりもの」という意味ではわかりやすい。しかし,この「つくりもの」も,見方が変わると「事実」に翻転することがある。虚構にくらべれば,事実の方がわけがわからない。事実とはなにか。だれが,どのようにして実証するのか。事実ほど不思議なものはない。人間が生きていく上で,事実とはなにか。事実も虚構にみえることもあるし,虚構が事実にみえることもしばしばである。優れた役者の流す涙などは,演技なのか事実なのか,そんなことはどうでもいいことだ。しかし,ここに「芸」が潜んでいるのだ,といわれるとよくわかる。
 なぜ,こんなことにこだわっているのか。すでに,おわかりのように,わたしの頭のなかにはマルチン・ブーバーの「我と汝」の「間」(あいだ)の問題がある。正直に白状しておこう。厳密にいうと,わたしにはマルチン・ブーバーのいう「われ」も「なんじ」もよくわからないのである。「われ」をどのように定位すればいいのか,大文字の「ICH」が含意するものはなにか。もう少し踏み込んでおけば,わたしには「わたし」がわからない。わたしが自分でおもっている「わたし」と,わたしの目の前に向き合っている人がわたしをみている「わたし」とはまるで違う。おそらく,どちらの「わたし」も正しくて間違っているのだろう。つまり「わたし」に正解はないのである。これと裏返しになったものが「なんじ」である。
 つまり,「わたし」も「あなた」も,いい意味での誤解のなかに生きているのである。つまり,日常のなかの「わたし」と「あなた」とは,美しい誤解のもとで「恋」をしたり,「愛」を育んだり,「友情」で結ばれたりしている。(これは「虚構」以外のなにものでもない,とわたしは考えているのだが・・・。となると,「事実」とはなにか。この問題系は別に問いを立てて考えてみたいとおもう)。そうした日常性を切り離して,「われ」と「なんじ」という「場」を設定し,素で「向かい合う」こと,そういうステージに立つこと,そのためには「ICH UND DU」という関係を意図的に立ち上げなくてはならないのだろう。こうして,過去の個人情報もなにもなしに,素で「向き合う」「われ」と「なんじ」の間には,一瞬とはいえ,時間も空間もなくなるのだろう。その瞬間にこそ「じか」が立ち現れる可能性が開かれているのだろう。
 この「じか」が立ち現れる「場」が,「なんじ」と「われ」の「間」であり,その「じか」が立ち現れる瞬間こそが「真の実在」である,とブーバーはいう。「真の実在」は「ICH UND DU」の関係性のなかでしか生まれない,とブーバーはいうのである。そして,「われ」と「永遠のなんじ」とが「じか」に触れ合うとき,神との合一体験が起こる,と。この世界はまさに「ユダヤ・キリスト教」的な教理に支えられている,とわたしは考える。
 このように書きながら,わたしはいま,西田幾多郎の「場所的自己」のことを考えている。西田は,自他未分化の状態で見たり,聞いたりする経験のことを「純粋経験」(ジェームズをヒントにして)と名づけた。こうした「純粋経験」こそが真の「実在」であると考えた。西田の背景には,断るまでもなく禅の思想がある。西田は,無念無想の自己のことを「場所的自己」と哲学的に定義し,「絶対無」を通過することによって「絶対矛盾的自己同一」に到達する,と考えた。
 この禅的世界を「自己」と「真の自己」との一体化のプロセスと,さらに「絶対無」を通過したのちに開かれる「遊戯三昧」の世界を描いてみせたものが「十牛図」である。第十図(最後にして最初)にいたって,初めて「自己」以外の「他者」が現れ,「お前はだれか?」と聞かれる。「どこからきて,どこに行くのか?」と問われる。ここで,初めて,マルチン・ブーバーのいう「ICH UND DU」の関係が,禅の世界で明示されている。しかも,これがゴールにしてスタートである。ただし,遊戯三昧の心境・境地でのスタートである。このさきに待っているのは,良寛さんの旅であり,山頭火の旅である。
 「われ」と「なんじ」も,「自己」と「真の自己」も,いうなれば「虚実皮膜の間」である。「じか」に触れる瞬間も,牛の背中に跨がり笛を吹いている境地も,「虚実皮膜の間」ということなのだろう。もし,こういうことであるのだとしたら,近松のいう「芸」も,一般論としての「芸術の真理」も,わたしなりに理解できないことはないのだが・・・・。