2013年9月10日火曜日

いよいよ東京オリンピック狂想曲のはじまり,はじまりっ!7年間も鳴りっぱなし?

 どこもかしこもオリンピック情報ばかり。新聞は各社ともいっせいに「招致レースの裏舞台」をテーマに,しばらくは連載になりそうな勢い。テレビも朝から,どの局もオリンピック情報をてんこ盛り。それもお馴染みの顔ばかりが繰り返し繰り返し登場して,いささか食傷ぎみ。どんな風にメディアがオリンピック招致をとりあげるのか,一応は,見届けておかなければ・・・とおもって努力してみたが,もういい。

 これから7年間もの間,東京オリンピック狂想曲が演奏されつづけるのかとおもうと,世も末だなぁと絶望的になってしまう。しかし,世間では,この狂想曲が「元気のでる」音楽だと囃し立てる。この場合「元気がでる」は,オリンピックに名を借りた「空元気」にすぎない。つまり,なにも考えないで浮かれていればいい,ただ,この狂想曲に身をゆだねていればなんとなく心地よいと勘違いしているだけのこと。

 辺見庸(『しのびよる破局』)ではないが,テレビはみごとに日本人「総員」の思考を停止させる役割を,なんの犯意もなくはたしてくれる。無意識のうちに,気がつくいとまもないまま,思考停止,空元気,失見当識・・・へとまっしぐら。

 流れてくる情報は,まるで凱旋将軍を迎えるような勢いだ。いっそのこと銀座で「ちょうちん行列」でもやったらどうだ。すでに,10万人を集めた実績もあることだ。そして,日本人総員をますます浮かれ気分にさせるにはナイス・アイディアではないか。

 と思っていたら,神奈川新聞のネット記事によれば,やはり,子どもの被曝を恐れて,福島から実家のある神奈川で避難生活を送っている女性(夫は福島で働いている)は,まことに複雑な心境だと語っている。東京にオリンピックがくることによって,福島がなにかと話題になるとすれば,それはありがたいことだが,ひょっとすると都合の悪い情報はすべて蓋をされてしまって,人びとの記憶から忘れ去られてしまうのではないか,という不安もある,と。そして,安倍首相のプレゼンテーションはまるで絵空事のように聞こえた,とも。あまりに現実ばなれしていて・・・・。でも,あそこまで断言したのだから(まったく問題ない),そのようにしてほしい。そういう努力を本気でしてくれるのなら,オリンピックがくることを歓迎したい。これからしっかりと見守りたい,と。

 浮かれてお祭り気分の東京都民の背景には,東京都民に電力を供給するために力を貸した人びとが,家・土地を追われ,流浪生活を余儀なくされている,というこの重い事実があるということを忘れてはならない。故郷という土地に根づき,からだに馴染んだ山や川,美しい田園風景,清澄な空気,力を合わせ仲良く暮らしてきた隣人・友人たち・・・・そういった生きていく上での最高の財産を一瞬にして失うことの過酷な経験・・・・わたしたちの想像をはるかに越える,耐えがたい不慮の災難・・・・。

 安倍首相の脳裏には,この人たちの姿がどのように写っているのだろうか。 

 日の当たる明るい場所には,かならず日の当たらない暗い陰になる場所が生まれる。光の法則。この単純な必然ともいうべき事実を,わたしたちはつねに忘れてはなるまい。せめて,むこう7年間は。

 もう,決まってしまったことにケチをつけるのはやめよう。その代わり,首相が世界に向けて約束した「まったく問題ない」状態を,一刻も早く取り戻すべく,国を挙げて全力投球するよう,わたしたちの監視の目をきびしくしていくことにしよう。そして,それが誠実に実行されはじめたら,大きな拍手を送ろう。ただし,少しでも手抜きをしたら,徹底的に抗議の行動を起こそう。それが国を愛する人間のとるべき必要最小限の行動だろう,とわたしは確信する。

 IOC委員(100数人)に目くらまし(ネコ騙し)をくらわせるほどの「はったり演説」の名手は,その裏でなにをやりはじめるか油断ならないから,くれぐれも要注意。これでオリンピックと経済で国民を煽っておけば,当分の間,安泰とタカをくくっていることだろう。その間にどんな奇手を仕込んでいこうか,と虎視眈々とねらっているに違いない。

 いま,鳴り響いている音楽はオリンピック狂想曲である,ということを肝に銘ずべし。そして,その狂想曲が,イチエフで働いている作業員の人びとを勇気づける音楽として,高らかに鳴り響かせることこそ,わたしたちの重要な任務だ。そういう狂想曲にすべく,これから頑張るしかない。いっときも浮かれてはいられない。
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