2014年3月10日月曜日

三河に春を呼ぶ「おたがさま」の祭り。

 「今日(9日)は,三河に春を呼ぶおたがさまの日で,お参りに行ってきました」というメールを渥美半島に住むいとこからもらった。思わず「おたがさま」と口に出してつぶやいてしまいました。わたしにとってはそれほどに懐かしい呼称で,一気に子ども時代にタイムスリップです。かすかに思い出すのは,三河名物の冷たい空っ風が吹く,まだまだ寒いころのことだったなぁ,という程度のこと。    なのに,無性に懐かしい。敗戦直後の,日本中が貧乏暮らしをしていたころの記憶です。


 成人して阪大に勤務するようになったころ,名神高速道路を父親を乗せて車で走っていたとき,ちょうど滋賀県の多賀大社の横を通りがかりました。すると,父親が「あー,ここがおたがさまの在所だなぁ」と言うではありませんか。「えーっ?」とわたし。このとき初めておたがさまとは多賀大社に連なる信仰なのだ,ということを知りました。それまでは,おたがさまとは渥美半島一帯の,きわめて地域的な,土着の信仰なのだと思っていました。


 それ以後,なぜ,三河に春を呼ぶおたがさまとして,渥美半島一帯では親しみをこめて呼ばれているのか,ということがこころの隅っこに引っかかっていました。しかし,別に調べるというほどの関心もないまま,こんにちに至っていました。そこに,いとこからのメールです。にわかに興味が湧いて,調べてみました。


 「お伊勢参らばお多賀に参れ お伊勢お多賀の子でござる」
 「お伊勢七度 熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」
 という俗謡がある,と書いてあります。


 「お伊勢お多賀の子でござる」ということは,伊勢神宮のご祭神は天照大神だから,その親といえば,イザナギ・イザナミ。読んでいくと,多賀大社のご祭神はこの2柱である,と書いてあります。そうか,「おたがさま」は「おいせさん」より格が上なんだ,と納得。だから「さん」ではなく一つ上の「さま」がつく。


 おたがさまの信仰は,中世から近世にかけて隆盛をきわめ,多くの信者が多賀大社に押し寄せたといいます。しかも,伊勢は七度,熊野は三度,お参りすればいいが,おたがさまは「月参り」が必要だ,という俗謡が残っているといいます。となると,滋賀県の多賀大社まで「月参り」をすることは不可能です。が,それを可能にするのが多賀大社から勧請して分社を設けることです。渥美半島にあるおたがさま信仰は,そうして出来上がった信仰であることがわかります。


 そうか,むかしの人は「月参り」をしていたのだ,と納得。
 では,なぜ,渥美半島におたがさま信仰が根づいたのでしょうか。ここからさきは単なるアナロジーにすぎませんが,どうやら,おたがさまとおいせさんの関係は,出雲大社と伊勢神宮との関係に酷似している,ということです。そして,三河地方には出雲系の神社が意外に多い,ということとも関係しているのではないか,とわたしは考えています。たとえば,三河一宮である砥鹿神社のご祭神は大国主命です。スサノウを祀った神社は無数にあります。


 ここからさきの,わたしの好きな「幻視」は,また,機会を改めて書いてみたいと思います。
 今日のところは,三河に春を呼ぶ「おたがさま」というメールに触発されて,ちょっと調べてみたら,こんなに面白い話になってしまった,というご報告まで。
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