2015年10月15日木曜日

「要虚実分明」と「虚実要分明」について・李自力老師語録・その61。

 今日(10月14日)の稽古はいつになく刺激的なものになりました。

 ことの発端は,Nさんの24式の動作のなかに呉式の動きが現れている,という李老師のご指摘からはじまりました。24式を目指す上ではよくない動作ではあるものの,太極拳というものをトータルで考えたときには,一概に否定はできない,そういう微妙な問題がそこにはある,と李老師。24式を熱中してやっているうちに,無意識のレベルで呉式が表出してくるのは,ある意味では自然なことであり,理にかなっている,というのです。

 それはどういうことなのですか,とわたし。すると,24式の一つひとつの「技」の意識が強くなってくると,その動作が強調されるようになってきます,と李老師。24式は楊式が基本になっているので,一つひとつの「技」の動作がゆっくりで,やんわりと行われます。しかし,それでも「技」はきちんと表現されているわけですので,動作の強弱は,ゆっくりではあるけれども現れてきます。その「技」がいつしか強調されるようになってくると,楊式から,呉式や,陳式になっていく可能性はいくらでもあります。だから,そういう傾向そのものは,太極拳全体を視野に入れて考えた場合には,ある意味で自然ななりゆきなのです。と李老師。

 それが,たまたま,Nさんの雲手の動作の中に表出した,という次第です。Nさんはもともと若いころに空手をやっていた経験がありますので,24式をやっていても「技」の意識がきちんと念頭にあるわけです。ですから,その「技」の意識が強くでてくると,楊式からはみ出して,呉式や陳式になっていく,というわけです。ですから,このこと自体はどこも悪いことではない,と李老師は仰います。そして,つぎのようなお話をしてくださいました。

 それは,「要虚実分明」と「虚実要分明」ということばについてです。

 「虚実」とは,文字どおり,虚と実のこと。虚は力の抜けた状態。実は力が入った状態。日本語の「強弱」と置き換えることも可能だ,とのこと。虚は弱,実は強。「分明」は,はっきりと使い分けること。つまり,虚と実をはっきりと使い分けなさい,ということ。日本語でいえば,強弱のアクセントをはっきりとさせなさい,ということ。「要」は必要である,重要であるという意味。

 「要虚実分明」とは,虚実分明ということば全体に「要」がかかっていますので,虚実分明ということが重要ですよ,ということになります。

 他方,「虚実要分明」の方は,「要」は「分明」にかかっていますので,虚実をはっきり分けることが重要ですよ,ということになります。こちらの方がことばとしては強調されている,とのことです。

 まあ,いずれにしても,「虚」と「実」ははっきりと分けることが重要というわけです。

 このことを説明した上で,楊式の場合の虚実分明はこうです,呉式の場合はこうです,陳式の場合にはこうなります,といって一つひとつ実演してみせてくださいました。直近の目の前で,それらの動作がつぎつぎに行われるのをみていて,息を飲むおもいがしました。その迫力,鋭さ,切れ味,粘り強さ,などが惜しげもなく繰り広げられたわけです。つまり,虚から実への切り換えの瞬間の気魄溢れる動作=技。あるいは,ゆっくり粘り強く虚から実へと変化する楊式の動作=技。

 とんでもない名人芸に,思いがけずも触れることになり,鳥肌が立ちました。

 そして,わたしの眼にはっきりと見てとれたことは,技は,つねに虚から実への移り行きであるということ,つまり,必要がないときにはつねに虚,すなわち,脱力,いざというときは瞬時にして実に変化するということ。ですから,瞬時に実を導き出すためには,つねに虚の状態を保っていることが大前提となる,ということ。24式は,その虚実をゆっくりと表現しているだけのことである,ということ。

 だからこそ,「脱力」が大事なのだ,ということ。李老師が繰り返し,繰り返し仰ることがこの「脱力」。すなわち「虚」。首の力を抜きなさい。肩の力を抜きなさい。腕の力を抜きなさい。股関節を緩めなさい。それらはすべて「実」を導き出すための大前提であるということ。

 問題は,どこまで「力」を抜くことができるか,ということ。

 このテーマは,やがて「行雲流水」につながり,「平常心是道」へと展開していくことになります。禅仏教では,平常心とは自己を「空ずる」ことだ,と説きます。昨日まで,このブログで「平常心是道」の解釈にこだわりつづけたのは,太極拳の稽古の心得にもつながるものがある,と考えたからです。そして,この考えは李老師との,二人だけの踏み込んだ会話のなかからもヒントを得ています。

 言ってしまえば,修行の奥義はすべて同じところにゆきつく,ということだとおもいます。

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