2015年10月9日金曜日

特集・法治崩壊──新しいデモクラシーは立ち上がるか。『世界』11月号がとどく。

 安保法案の参議院における最後の審議・採決のドタバタ劇(9月19日)をテレビでみていて,心底腹が立ちました。こんなことが許されるとしたら,もはや議会は不要,と絶望の淵に立たされてしまいました。そして,アベ政権は,あらゆる手段をつくして,可能なかぎり早く退陣させなくてはならない,とこころに誓いました。

 冗談じゃあない。「国民,舐めんな」「憲法,守れ」「アベは,辞めろ」という,国会前でみんなと一緒に大声を張り上げたシュプレヒコールが耳に蘇ります。そして,一日中,頭のなかで鳴り響いていました。そんな興奮した日々がつづきました。少し落ち着いたところで,なぜ,こんなことになってしまうのか,なぜ,こんなデタラメが許されるのか,と考えるようになりました。

 いろいろ考えてみましたが,どうしても納得いかないのは,特別委員会の議決が成立していないのに,しかも議事録も記録不能と書き残すしかない法案が,なぜ,参議院で採決され,成立することになるのか,ということでした。そうして,自分なりの解答をいろいろ用意してみました。しかし,これでいいのだろうか,という疑念はいつまでもつづきました。そんな悶々とした日々を送っていたあとの,このタイミングでの『世界』11月号です。

 
そして,その特集が「法治崩壊──新しいデモクラシーは立ち上がるか」でした。

 まさに,わたしの抱いていた疑問に真っ正面から応答してくれる特集テーマでした。欣喜雀躍とはこのことでしょう。そこには,いろいろの専門家の主張が織りなされていました。

 早速,いつものように清宮美稚子編集長の「編集後記」から読み始めました。ああ,やはりそうなんだ,と共感しながら,安心立命。そして,特集の執筆者とテーマを確認する。山室信一,山口二郎,福山哲郎,中野晃一,ほか8名の名前が並ぶ。ついでに拾い読みに入る。つまみ食いとはいえ,読むほどに,わたしの気持ちは落ち着いてくる。やはり,みなさんも一様にご立腹。自分ひとりだけではなかった・・・と。その内容については,自説と突き合わせながら,これからじっくりと堪能したいとおもいます。

 ページをめくって,最初に目に飛び込んでくるのが,A SHOT OF THE WORLD の写真。「パリ18区のタウンホールの前で。スーダンからの難民がテントを設置し,キャンプ生活を送っている。というキャプションを読み,ショックを受ける。パリのど真ん中で,難民がキャンプ生活を送っている。日本ではとても考えられない光景だ。じっと考え込んでしまう。難民を生みだしたのはだれか。われわれ文明先進国だ。その責任を忌避するアベ政権には,ほとほと嫌気がさしてしまう。

 そのつぎに目に入るのが,「昔日」と題するグラビア。工藤隆太郎の公募作品。モノクロのしっとりとした作品が8ページにわたる。忘却のかなたに消え行きそうな,作者の故郷に足を運び,みずからのこころの「根っこ」を確認するかのような作品が並ぶ。故郷を去り,都会で生きる道を選んだ者たちの「宿命」,あるいは「業」のようなものを,わたしはその写真から受けとる。わたしもまた同類だったから。

 そんなことを思い浮かべていたら,表紙の写真が気になりはじめた。雑草が生い茂る原野。なのに,なぜか電信柱や電線が朝もやをバックに浮かび上がっている。そこで,ピンときた。むかし,人が住んでいたのに住めなくなった地域。そう,フクイチの被災地。

 表紙の言葉──福島はいま。飯舘村草野。鈴木邦弘。撮影者の短い解説の最後に「2014年秋撮影。放射線量:1・98マイクロシーベルト」とある。これまた,日頃,忘れがちな原発災害への思いを一気に新たにしてくれる,みごとな作品。

 さてさて,こんなことを始めてしまうとエンドレス。あとは読んでのお楽しみ。今月号もまた,いつもにもまして読みごたえのある号となっている。秋の夜長にはもってこいの読み物。「世界」に目を開くためにも。お薦め。
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