2015年12月12日土曜日

異次元の世界に遊ぶ羽生結弦選手。緊張のなかの弛緩,みごと。

 テレビの放映をみる前に,ネットで「世界最高点を更新」という情報が流れていましたので,いったい,どんな滑りをしたのか,と楽しみにしていました。

 グランプリ・ファイナルともなれば,選手たちの緊張感も極限に達していることは,だれの眼にも明らかです。ファイナルに選ばれた6人の選手たち全員が,ことしの最後の滑りにすべてを賭けてくるのは必至です。しかも,一発勝負です。失敗は許されません。ショート,フリー,それぞれ一回ずつの演技ですべては決まります。緊張するなという方が無理な話です。

 今夜(11日)のファイナルを見ていても,みんな顔が引きつっていました。そんな中で,意外に冷静に集中していたのが,やはり羽生選手でした。例によって,十字を切り,そして合掌する「祈り」の儀礼を済ませてリンク中央に立つ,ここまではいつものとおり。音楽が鳴りはじめてもしばらくはポーズをとったまま。演技がはじまる寸前に顔がアップになりました。そのとき,羽生選手は軽く鼻をすすり,呼吸を整えました。これを見た瞬間,ああ,なるほどと納得しました。あまりの緊張を,あえて解きほぐすための,意図的な意思をそこにみたからです。

 案の定,羽生選手は上半身の力みをまったく感じさせない,ゆったりとした長い腕の動作が,緊張どころか余裕すら感じさせる演技の入り方をしました。いつもよりも脱力された柔らかい腕の動きをみていて,これは大丈夫だ,と確信しました。他の選手たちが,みんな緊張のあまり腕に力みがみえていたのとは対照的でした。

 とくに,ショートの前半の腕の動作は,どこにも緊張など感じさせないみごとなものでした。緊張するなと言っても緊張するファイナルの舞台です。もちろん,羽生選手が緊張していないはずはありません。演技前のインタヴューでも,世界チャンピオン・フェルナンデスの演技の前の滑りなのでプレッシャーがかかっている,とみずから発言しているくらいですから。裏を返せば,いい滑りをして,フェルナンデスにプレッシャーをかけたい,ということでもあるのですから。

 羽生選手は,この極限に近い緊張と,うまく折り合いをつけながら,ゆったりと滑りはじめました。選曲といい,演技内容といい,滑り出しの緊張を解きほぐすにはもってこいのものだった,と言っていいでしょう。とりわけ,腕の力みがなく,むしろ,しなやかに,柔らかい動きがとても美しくみえていました。逆に言えば,極度の緊張のなかでの上半身の弛緩ができている,これがすべてだ,とわたしはうっとりと眺めていました。

 この羽生選手の演技に比べると,フェルナンデス選手の演技は,正反対でした。選曲も演技内容も,歯切れのいい腕の動作を要求するものでした。ですから,逆に気合が入りすぎ,からだの力みが表出してしまい,からだ全体がガチガチになっているのが,手にとるようにわかりました。その瞬間に,勝負あった,とおもいました。間違いなく,羽生選手の「世界最高点更新」の演技がフェルナンデス選手にとっては大きなプレッシャーになっているな,と感じました。

 結果は,ご覧のとおりです。

 演技後のインタヴューで,羽生選手はつぎのように応答しています。
 「ものすごく緊張しました。が,その緊張している自分がみえていました。その分,冷静さを保つことができたようにおもいます」と。

 異次元世界に「遊ぶ」とはこういうことなのだろうなぁ,とおもいました。「遊ぶ」とは,緊張度が高ければ高いほど,その質も高まるというものです。緊張のない「遊び」は面白くもなんともない,のは周知のとおりです。最高の緊張の中での「遊び」こそが最高のものであり,それこそが「異次元」世界の不可欠の前提条件でもあります。

 羽生選手は,いよいよ,この異次元世界に遊ぶことのできる,数少ない,神に選ばれたアスリートへの仲間入りをはたしたようです。

 二日後のフリーの演技を楽しみにしたいとおもいます。
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