2015年12月8日火曜日

「洞窟観音」(高崎市)に遊ぶ。

 学会(群馬大学)の帰路,高崎で途中下車をして,観音山温泉・錦山荘で一泊し,そのすぐとなりにある洞窟観音で遊んできました。

 なんの予備知識もないまま,ぶらりと洞窟観音を尋ねてみました。まあ,洞窟のなかに観音様の像が祀られているのだろうなぁ,とは想像していましたが,どっこい,そんなちゃちなものではありませんでした。山の中腹をくり抜き,400mもの長さの隋道に,33体もの観音様を祀る観音洞をしつらえた,じつに立派なものでした。最初のうちは一体ずつの観音様を祀る洞が,隋道の左右にあって,順番に参拝していきます。が,終盤にさしかかりますと,じつに立派な大きな洞がいくつもくり抜かれていて,何体もの観音様が祀ってあります。それはそれは立派なもので,おもわず観音様の世界に誘引され,魅了されてしまいました。日頃から信仰の浅い,不浄なこころが洗われるおもいでした。

 この洞窟観音の由緒については,入口のところに下記のような看板が立っていましたので,興味のおありの方はご確認ください。ずいぶん長い年月をかけて精根こめてつくられたものであることがわかります。それでも「業半ば」であったとのことです。これが計画どおりにすべてが完成していたら,いったいどのようなものになっていたのだろうか,と想像してしまいます。


そうした観音洞のひとつに遊戯観音を祀ったものがありました。左膝を立てた半かふざというくつろいだ姿勢で座っている像でした。

 
その洞の説明書きによりますと,以下のようです。「五色の雲の上に坐って,宙に浮いた」状態でイメージされているのが大きな特徴のようです。つまり,「遊戯三昧」(ゆげざんまい)の自由自在の境地を表しているというわけでしょう。仏教でいうところの遊戯(ゆげ)とは,さとりを開いた仏様たちが住む浄土の世界で,自他の区別も消滅した,まことに清らかなこころのまま,遊び戯れることを意味します。ほんとうの「遊び」とは,そういうものであることを確認しておきたいとおもいます。「神遊び」ということばも同じところからでてきます。つまり,神や仏と「遊び,戯れる」ということです。


ですから,幼い子どもたちのお遊戯の語源は,この仏教用語からの転用であることがわかります。つまり,「遊戯観音」や「遊戯三昧」ということばからの転用というわけです。日本語の古語には,現代と同じことばを用いていても,いまの解釈とはほど遠いものがあります。そこのところをきちんとわきまえておくことが大事ではないか,とこの「遊戯観音」像を拝みながらおもいました。

 
この洞窟観音は,山徳記念館や徳明園などを含む広大な敷地のなかの一番高い場所にあります。ですから,洞窟観音をお参りしたあとは,遊歩道に誘われるようにして,まずは徳明園に入っていきます。その途中には,まだ紅葉の名残があちこちにあって,これもなかなかの風情でした。足元の落ち葉をみますと,紅葉の最盛期はさぞやみごとだろうなぁ,とおもいました。

 
さらに降っていきますと,枯山水の庭園があって,ここにも観音様が随所に配置されていました。まさに,観音山という名にふさわしい庭園になっていました。快晴・無風という絶好の天気にも恵まれて,静かな落ち着いた雰囲気を満喫しました。まさに「観音ワールド」に身もこころも投げ出し,ここちよい時空間に遊ぶことができました。

 
この洞窟観音からの帰路は,山のなかの裏道を歩いてみようということになり,むかしの山歩きの経験を生かして,この方角にどのくらい歩けば,宿泊した錦山荘の裏側の山にでていくはずだと勘を働かせて出発。この勘がみごとに的中して,あっという間に裏山に到着。あとは,「けものみち」のような,わずかに人が歩いた形跡のある道らしきものをたどり,竹林をとおり抜けて宿の正面に到着。途中の竹林のなかにみごとな紅葉が残っていましたので,そこで一枚。

 しばらく味わったことのなかった至福のひとときを過ごすことができました。ときには,こんな時間を過ごすことが,いまのわたしのからだには,なにものにも代えがたい滋養になるなぁ,と実感しました。これからも可能なかぎりこういうチャンスを生かせるように努力したいとおもいました。

 以上,「観音ワールド」に遊んだご報告まで。

 〔追伸〕洞窟観音の隋道を歩きながら,観音さまが智恵第一人者のシャーリプトラ(舎利子)に向かって説いて聞かせたという設定になっている『般若心経』を唱えたことは,いうまでもありません。
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