2015年12月25日金曜日

「共に生きる」(共生論)の根拠を産業公害から考える(西谷修),を聞いて。

 産業(industry )とはなにか。「人が生きる」こととこんにちの産業(industry )はどのようにリンクしているのか。ここに,現代社会を生きるわたしたちが考えなくてはならない根源的なテーマがすべて隠されている,と西谷さんは語りはじめました。

 集中講義第3日目(12月24日)の講義の主要なテーマは,現代産業公害論と共生論,でした。そして,産業公害を考える嚆矢となった水俣病公害とはなにであったのか,を真っ正面から捉え直し,そこに隠されていた公害問題の本質はなにであったのか,を諄々と説いていく,じつに熱の籠もった講義でした。

 まずは,NHKアーカイブからの,当時の映像をたっぷりと鑑賞した上で,西谷さんの講義がはじまりました。水俣病問題は,当初,なにが原因であるかもわからない奇病として放置されたままでした。しかし,やがて熊本大学医学部の先生たちが,その原因は企業(新日本窒素)が海に垂れ流していた有機水銀にあることを確認し実証して,その事実が明らかになります。つまり,垂れ流しにされた有機水銀が魚に蓄積され,それを食べた人が発症する病気である,と。

 こうして,被害保障をめぐる長い長い裁判闘争がはじまります。その経緯を,映像によってたどりながら,問題の本質を明らかにしていきます。そして,最後に,西谷さんはつぎのように締めくくり,産業公害をとおしてみえてくる「共生論」についての問題提起をされました。そのわたしなりの理解を要約しておきますと,以下のとおりです。

産業(industry)
自然(資源)⇨工場(製造)⇨製品・商品(消費)
         ⇩                ⇩
         廃棄物            ゴミ(廃棄物)
         ⇩
         環境汚染
         ⇩
         被害⇨弱者集中

水俣病・・・・・・個人/会社(企業,法人)
         ⇩             ⇩
         犠牲⇨責任追及   国が公益を重視・保護
         ⇩             ⇩
         漁民(少数)      水俣市・市民=公共性を重視    
         ⇩             ⇩
         企業利益のコスト   一般市民の多くは無関心

 以上は,板書されたことがらの概要です。これらについては,詳細な説明が必要なところですが,ここでは割愛させていただきます。そして,こうした公害問題の構造は,水俣病(’60年~),薬害エイズ(’90年代),フクシマ(2011年~)にも共通していて,いまも,少しも変わってはいません。とりわけ,フクシマの放射能汚染は半永久的に解決不能の最大の公害であることに注目すべきである,と。これらのことがらについても,残念ながら割愛。

 そして,一足飛びにまとめ(結論)に入りたいとおもいます。

 〔共に生きる〕=共生(conviviality)の三つの局面
 1.人はひとりでは生きられない。人は社会を構成して生きている。すなわち,人間と社会の共生。
 2.人間は自然と共にある。人間は自然の恵みをいただいて生きている。すなわち,人間と自然との共生。
 3.次世代(胎児性)と共に生きている。すなわち,人間と未来の共生。

 以上。いまは時間がありませんので,メモ風のものだけを書き残しておくにとどめたいとおもいます。また,いずれ機会をみて詳細・細部について考えてみたいとおもいます。とりあえず,今日のところはここまで。
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