2014年2月26日水曜日

「絆」ということばにつきまとう怪しげな影。

 東日本大震災後の復興の合い言葉として誕生した「絆」ということばに,わたしは長い間,ずーっと「どこか違う」という違和感を抱きつづけてきました。ことばそのものにはなんの違和感もないのですが,それが復興の合い言葉として広く行き渡るにしたがって,「どこか違う」「どこか違う」と思うようになってきました。


 たとえば,都市で暮らす人びとの多くが,ひとりひとりに,個人個人に分断され,孤立した生活を強いられている,そういう人びとに向かって「絆」を,と呼びかけ,それなりの行政の取り組みがなされることには,それなりの必然性を感じます。しかし,東日本の被災した人びとの間には,わたしたち都会人がとうにどこかに置き忘れてきてしまったマージナルな,あるいはバナキュラーな,それぞれの土地に根づいた「絆」がしっかりと維持されていました。ですから,被災直後の混乱も整然と協力し合って乗り越えてきました。その姿は世界が称賛するほどの話題になりました。この人たちに向かって,いまさらのように,あるいは,とってつけたように「絆」を,と呼びかけることの,この白々しさがわたしの意識の底に流れていました。


 それだけではありません。ひょっとしたら,「絆」というネットをかぶせることによって,なにか別の企みが隠されているのではないか,という予感のようなものがありました。しかし,それらを自分のことばで言説化することができず,イライラしていました。そこに,偶然ですが,つぎのような文章に出会いました。そして,喉のつかえが一度に瓦解した気分になりました。わたしのなかにモヤモヤしていた気分をもののみごとに代弁してくれていて,「そうだ」「そうなんだ」とこころのなかで快哉を叫んでいました。


 少し長いですが,引用しておきますので,ご覧ください。


 絆というコトバには素朴で優しい「ふるさと」意識や家族回帰の思いがあるのですが,それを超えて,いつの間にか過剰なナショナリズムへ国民を引きずりこんでいく恐ろしい呪術的機能がある。折しも,竹島問題や尖閣列島の領有権をめぐって,はなはだ剣呑な領土問題が,のっぴきならない仕方で浮上し,ナショナリズムの火が燃えかけています。偶然とは,とても思えない。絆が「ふるさと」回帰を超えて,ナショナリズムと手を結ぶとき,そのときになにが起こるか,言うまでもなく戦争です。それが政治の魔術であることを私たちは第二次大戦のナチズムやわが国の全体主義の経験を通して,肝に銘じたはずなのです。その防御としての憲法九条なのです。憲法九条がなかったら,過熱したナショナリズムはたちまち男たちを闘争へ誘発する。それほどに過剰なナショナリズムは,危険をはらんだ暴力的魔性の力学そのものなのです。こうした視点からすると,絆という用語には,人間と社会を暴力に向かって駆り立てる危険な政治的魔術のような機能がある。それが怖い。
 「政治化した宗教」も「宗教化した政治」も,いかに暴力的で魔術的であるか,さかのぼれば,第二次大戦中の国家神道が,まさに政治的魔術として機能したのでした。このような文脈で見ると,<絆>という用語にはきわめて危険な「落とし穴」が隠されている。このことを注意深く見極めていくことが肝要です。とりわけ宗教者は,その危険を見極めることに敏感でなければならない。事実,憲法改正の動きが,にわかに頭をもたげている。その動きも,一部は明らかに旧来の強い日本をとりもどすといった魔術的な「ふるさと」回帰のナショナリズムと結びついている。


 出典は,山形孝夫著『黒い海の記憶』(2013年)を再録した『3・11以後この絶望の国で』(西谷修×山形孝夫著,2014年,ぷねうま舎,P.203~204.)です。
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