2014年8月29日金曜日

「九条の会」弾圧,「国会デモ規制」検討,「沖縄と安倍政権」(佐藤優)。29日の『東京新聞』から。

 今朝(8月29日)の『東京新聞』の一面トップのニュースに愕然としてしまいました。もはや世も末だと。憲法九条を守るという活動を,とうとう地方自治体(国分寺市)までもが排除しはじめた,というのです。その理由が「内容が政治的」だから,と。


 「9条の会」が,いろいろの地域でそれぞれ独立して,草の根的な運動を展開していることは衆知のとおりです。わたしの住んでいる川崎市高津区にも「9条の会」が組織され,街頭にでてビラを配ったり,講演会や勉強会を開催しています。それは,いわゆるプロの活動家ではなく,ごく一般的な市民の有志の集まりです。

 それも,日本国の骨格を支える「憲法」を守る,という国民としてのきわめてまっとうな運動です。そして,その中核をなす「9条」を守ろう,という運動です。学校教育でも熱心に教育されてきた重要なカリキュラムの一つでした。いやいや,いまも,きちんと教育されているはずです。わたしの学生時代には「憲法」という科目が必修でした。この単位を取得しなければ大学を卒業することはできませんでした。

 それを「なにを血迷った」のか,国分寺市ともあろう地方自治体が,自主的に安倍政権に「自発的隷従」をするかのように,「9条の会」に「圧力」をかけてきたのですから・・・・。もはや,開いた口がふさがらない・・・・。国分寺市民は黙ってはいないだろう,とわたしは期待しています。「冗談じゃあない」と声を挙げてほしいところです。

 しかも「国分寺まつり」に出店を出すことを「まかりならぬ」というのです。「まつり」は「まつりごと= 政」であって,どのような「まつり」もすべて「政治的」です。政治的でない「まつり」は古来,わが国には存在しません。「9条の会」を弾圧すること自体が,まさに「政治的」です。

 この調子でいくと,世界でも類をみない,国民に自国の憲法を教えてはいけない,という世にも不思議な国家が誕生しそうです。世界中の「笑いもの」になってしまいます。なにより,おそろしいのは,政権が狂いはじめると,あっという間にあちこちの地方自治体までもが「狂い」はじめてしまうという,この「連鎖」です。そのうち憲法のことを口にしただけで,「白い眼」でみられる社会が出現するのではないか,と不安になってきます。


 この一面トップのニュースのすぐ左隣の記事が,この写真です。こちらも,もはや開いた口がふさがらない,そういう事態です。一体,政府自民党の政治家の頭はどこまで「狂って」しまったのでしょう。自分たちに都合の悪いことは,ことごとく排除してしまえ,というきわめて単細胞的な発想しかできない「大馬鹿者」,いやいや桁外れの「愚者」の集団でしかありません。こうした「馬鹿さ」加減に歯止めをかける議員もいない,なんたる堕落した政党なのか,あきれはててしまいます。

 「奢れるものは久しからず」といいます。精確には「奢る者は心つねに貧し」(『譚子化書』)といいます。いつまでも国民の眼を欺くことはできません。嘘に嘘を重ねてきた安倍政権です。ほんとうにどこまで嘘をつきつづけるのか,いつか,必ずその嘘で固めたお城はあっという間に崩壊するでしょう。国民はそれほど愚かではありません。ただし,いまのところは「猫騙し」が効果を発揮している・・・・かにみえるだけのことです。

 それに気づいたのか,内閣改造だそうです。こちらも壁紙を張り替えるだけの話。党内の不満分子のガス抜き。政権を維持するための小手先のお遊び。国民のことなどかけらも考えてはいません。ただひらすら権力を持続させるための「保身」あるのみ。


 今日の新聞の最後のきわめつけは,佐藤優の本音のコラム「沖縄と安倍政権」。この記事に解説や感想は不要でしょう。ありのままの沖縄の現状を簡潔にまとめたコラムです。ただし,最後の3行はぎくりとさせられます。「その結果,沖縄の分離傾向がかつてなく強まるかもしれない」と結んでいます。「分離傾向」ということばに籠められた佐藤優さんの思いは単純一様ではありません。かれの著作を読めばよくわかることですが・・・・。このことについては,また,機会を改めて検証してみたいと思います。

 このことと関連してひとこと。これも今日の同じ『東京新聞』の広告欄に載っていた本のコマーシャルです。川満信一・仲里効編『琉球共和社会憲法の潜勢力』(未來社,2600円)。この本は,これまでとこれからの沖縄を考える上では必読の書と言っていいでしょう。いつかまた,この本のことについても書いてみたいと思います。

 長くなってしまいました。今日のところはここまで。
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