2014年8月18日月曜日

木田元さんが逝く。85歳。こころからの哀悼の意を表します。

 わたしのハイデガー理解は,木田元さんの著作によってだった。それまで,いろいろの人のハイデガー解説本を読んでみたが,いまひとつ納得がいかなかった。というより,なにを言っているのか理解不能でした。しかし,木田元さんのものは,じつにわかりやすく,こなれていました。ですから,木田元さんが書かれたハイデガー本はほとんど全部読んだと思います。読めば読むほどに理解が深まり,読むのが楽しみでした。そのお蔭で,ジョルジュ・バタイユ理解も深まりました。ありがたいことでした。

 その木田元さんが逝った。85歳。考えてみれば,希有なる人生を歩まれた,叩き上げの哲学者。自分が納得するまで,妥協を許さぬ知へのあくなき挑戦の結果が,わたしのような人間にまでハイデガーをわからせてしまう,深い洞察を生んだのだろうと思います。『闇屋になりそこねた哲学者』(晶文社,2003年⇒ちくま文庫)によれば,若き日の木田元さんが古本屋で手にしたハイデガーの『存在と時間』の訳本が,なにを言っているのかさっぱりわからず,でも,なにか重要なことを言っているらしいと予感し,この本を理解するにはドイツ語で読むしかないと決意し,それから東北大学哲学科への進学をめざした,といいます。そうして,まずはドイツ語を習得し(3カ月後には『存在と時間』を読めるようになった,とのこと),つづけて一年に一つずつ,ラテン語,ギリシア語,フランス語を習得し,語学の幅を広げていきます。まさに血のでるような研鑽を積み,徹底してハイデガー読解に挑んでいきます。

 柔道で鍛えた強靱なからだで,一度は病魔に倒れるもみごとに復帰され,やはり凄い人だなぁと感心していました。が,とうとう完全復帰を果たすことなく,最後は肺炎に襲われてしまいました。もう少し,人生をふり返った余談を書き残してくださるものとばかり思っていました。が,残念なことにその期待には応えてもらえませんでした。

 竹内敏晴さんとの対談『待つしかない,か』──二十一世紀身体と哲学(春風社,2003年)は,わたしたちが竹内さんと昵懇の間柄になってからの著作でしたので,とても興味深く読ませていただきました。竹内さんは演劇の現場から編み出した,竹内さん固有の身体論をベースにした,生身で生きる人間の哲学を展開すれば,それを受けて木田元さんは「反哲学」(西洋の形而上学に縛られない哲学の立場)という木田元さん固有の哲学で応答する,とても息の合った対談でした。その竹内さんもまた,病魔に襲われ,あっけなくお別れしなくてはなりませんでした。わたしたちの研究会との約束もペンディングになってしまいました。残念の極みでした。

 木田元さんの書かれた『反哲学史』(講談社,1995年⇒講談社学術文庫)を最初に読んだとき,びっくり仰天し,わたしの頭の中がひっくり返されたような衝撃を受けました。わたしの頭の中には,いわゆる西洋の伝統的な「哲学史」がベースにあって,それが唯一絶対のものだと信じて疑わなかったからです。それに対して,木田元さんは「反哲学」という考え方を打ち出されたのでした。このあたりが木田元さんの真骨頂だったように思います。

 わたしはこの本に勇気をいただき,スポーツの「哲学」の可能性を探る決意をしました。といいますのは,わたしの恩師の岸野雄三先生から,「君,スポーツに哲学はある,と思うかね」と問われ,絶句したことがあり,そのまま答えを導き出せないまま尾を引いていたからです。この問題をなんとかしなくては・・・と苦慮していたからです。

 ですから,木田元さんの「反哲学」の土俵を借りれば,「スポーツの哲学」はなんとかなるのではないか,とひらめきました。そして,なんとかしてみよう,と模索をはじめました。そこに,忽然とジョルジュ・バタイユの思想・哲学が,わたしの手のとどくところに現れました。その後押しをしてくれたのも,冒頭で触れたように木田元さんのハイデガー解釈でした。それで,一気に世界が開かれた思いがしました。いまは,その延長線上の思考を重ねているところです。

 この木田元さんの「反哲学」をもっともっと大きな視野から,それもまったく次元の異なるレベルから発想されたのが西谷修さんの仰る「チョー哲学」ということになるのでしょう。そして,そのベースになっているのが,ジョルジュ・バタイユの思想・哲学であり,ルジャンドルの「ドグマ人類学」ではないか,とこれはわたしの勝手な推測です。最近では,そこにジャン=ピエール・デュピュイの『聖なるものの刻印』──科学的合理性はなぜ盲目なのか(西谷修・森元庸介・渡名喜庸哲訳,以文社,2014年)が加わるのかな,とこれまたわたしの推測です。

 いささか脱線してしまいましたが,木田元さんの提起された「反哲学」から受けた衝撃は,以上に述べてきましたように,計り知れないものがありました。その木田元さんが,とうとう逝かれてしまいました。謹んで,こころからの感謝と哀悼の意を表したいと思います。もう一度,『闇屋になりそこねた哲学者』でも読み返しながら,木田元さんの面影を忍びたいと思います。合掌。 
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