今日の夕刊に(どの新聞とは言わない),「やさしい医学リポート」というコラムがあって,「線維筋痛症 太極拳の効用」という見出しの記事が載っている。
この記事を読んで,思わず笑ってしまった。こんなレベルの記事を新聞社が平気で載せる,その無防備さに驚いてしまったからだ。書いたのは東北大教授〇野吉〇さん。記名記事なのでフルネームを書いて差し支えないのだが,こちらが恥ずかしい。記事の書き出しはこうだ。
「線維筋痛症は全身の強い痛みを主な症状とする慢性の病気だ。原因は不明で,特効薬はまだない。この病気の症状の改善に太極拳が有効という論文がニューイングランド医学誌に8月掲載された。
研究は米国の一大学病院で行われた。線維筋痛症の患者66人をくじ引きで太極拳群(33人)と比較群(33人)に分けた。患者は平均約50歳,病気にかかっている期間は平均11年だった。
太極拳群には,一人の指導者による1回60分,週2回のレッスンを12週間続けた。自宅でも毎日20分以上の練習をするよう指導した。比較群には,線維筋痛症についての健康教育40分とストレッチ20分からなる1回60分の指導を,太極拳群と同じ回数行った。自宅でも毎日20分のストレッチをするよう指導した。」
この段階で,ふつうの神経をもった人なら,これが医学誌に掲載されるような論文なのか,と疑問をいだくだろう。こんな比較をしてなにがわかるというの,と小学生でも疑問をもつだろう。いや,小学生だからこそ疑問をもつのであって,頭脳のマヒしてしまった大人たちにはなんの疑問もないのだろう。そして,ただ鵜呑みにして,太極拳はからだにいいらしい,という部分だけが口伝えに広がっていく。「たばこは肺がんになる」という医学の常識(この根拠はどこにもないということを実証した人がいることは以前のこのブログで書いたとおり)と同じだ。
健康教育40分,週2回,計12週やると,線維筋痛症に効用があるとでもいうのだろうか。じゃあ,健康教育をすれば症状が改善される,ということになる。まあ,まったくないとは言わないまでも,あったとしても微々たるものだ。知らないよりは知っていた方がいい,という程度だ。それと,太極拳を実施することとを同列に比較することに,この大学病院の先生方はなんの疑問もなかったのだろうか。そして,この記事を書いている東北大学教授さんも,なんの疑問も感じなかったのだろうか。少なくとも,この記事を読むかぎりは,どこにも疑念をいだいている様子はない。
それどころか,この記事の最後は,つぎのように括られている。
「この研究は,米国立補完代替療法センターなどの助成で行われた。太極拳のような民間療法を評価するしっかりとした研究を,公費で行う重要性を感じさせる。」
ここまで読んだとき,唖然としてしまった。どこまで,お狂いになっていらっしゃるのか,と。太極拳が「民間療法」だと。それを「評価する研究」を「公費で行え」とおっしゃる。いやはやあきれてものも言えないとはこのことだ。
この記事には,カラー写真まで付してあって,雪の上で,防寒着に身を固めた(おそらく,ニューイングランドの)人たちが太極拳をやっている。「イエマフントゥン」という太極拳の典型的なポーズの一つをみてとることができる。間違いなく太極拳である。
ついでに,少しだけ,太極拳について書いておきたい。太極拳は中国の伝統的な武術の一つであること。民間療法でもなんでもないこと。そして,日本に太極拳が紹介されたとき「健康体操」と銘打たれたために,ラジオ体操の中国版と受け取られたことは否めない。以後,日本には健康法としての太極拳と武術としての太極拳の二つの系譜が主流となっている。その違いを明確にするために,日本武術太極拳連盟を立ち上げ,こちらは「競技」をめざしている。オリンピック・北京大会では正式オリンピック種目にしようとしたが,間に合わなかった。すでに,世界選手権大会も開催され,ヨーロッパでもたいへんな人気を呼んでいる。
それと,もう一点。武術太極拳は,素人が1時間も稽古をしたら脚の筋肉が疲労して,ときには動けなくなることもある。まして,毎日20分以上の稽古を義務づけている。初心者にこれを要求することは,太極拳の経験者であれば,それは無理だ,ということはすぐわかる。わたしは,太極拳の稽古をはじめてからことしで6年目に入る。少なくとも,最初の3年くらいは,週1回,1時間の稽古で,3,4日は脚の筋肉痛とたたかった。4年目に入ると,ようやく,太極拳をする身体になじんできて,心地よくなってきた。1週間に1回は自分で稽古しなさい,と薦められたが,それができるようになったのは4年目に入ってからだった。5年目に入ると,ほぼ,「太極拳する身体」の基礎ができあがり,自主稽古の回数も増やすことができるようになった。それでも3日,あるいは4日,続けて稽古したら1日はからだを休めるようにしている。そこに落ち着くまでには,いろいろと稽古の「やりすぎ」で痛い目にあっているからだ。
まあ,年齢のことを割り引くとしても,初心者が,1時間の稽古を週2回,そして,毎日20分以上の自主稽古を12週,さらに,24週とつづけることは,6年目に入ったわたしでも考えられない。ときおり,わたしの耳にも聞こえてくる「太極拳をやって膝を悪くしてしまった」という高齢者は少なくない。わたしの太極拳の老師は,準備運動だけでたっぷり30分はかける。それから,ようやく気功を5分ほど,そして基本の稽古を15分ほど,本命の24式は5分もあれば終わる。そして,さらに整理運動をしっかりと行う。最初はこの意味がよく理解できなかったが,いまは,痛いほどよくわかる。これをきちんとやっていれば,「膝を悪くする」ということを回避できる。わたしの出会った太極拳愛好者の話を聞くと,一般的に準備運動にかける時間が少ない。この準備運動だけで,最初の半年くらいはつらかった。
太極拳は,ゆっくりとした動きなので,手抜きをして重心の位置を高くすれば,ふつうに歩くことと大差はない。だから,ひとくちに太極拳と言っても,その実施内容は千差万別である。重心を下げて,気持ちを集中して,からだの声に耳を傾けながら,よりレベルの高い太極拳をめざすとなると,これは並大抵のことではない。わたしは,いま,足首の固さ(先天的に固い)の限界と闘いながら,太極拳の可能性をさぐっている。6年目にして,ようやく手にすることができた一つの境地のようなものが,ほんの少しだけみえてきた。それでも1時間以上の稽古は無理だ。あとは,手抜きをするだけで,無駄である。
すると,ニューイングランドで行われている太極拳と,わたしのめざしている太極拳とは別物と考えた方がよさそうである。
以前から,スポーツ医学や運動生理学などで,鍛練群と非鍛練群とを分けて,比較研究する方法論そのものに疑問を感じていた。問題は鍛練内容の強弱の内容の精度にある。しかも,これを数量化して,統計処理をする。ときには,この数字はとんでもない「化け物」になっていることがある。そのことに研究者が気づいていないとたいへんなことになる。実験とは,あくまでも,ある特定の条件のもとでの結果であって,それに普遍性をもたせることの「危険」にもっと慎重であってほしいと願う者である。
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