梅雨明け(7月17日)してから8月31日までに,熱中症がきっかけで死んだとみられる人が496人に達したという。
この数字は,時事通信社が,消防,警察,自治体に取材して明らかになったものだという。しかも,自治体によっては,その数をカウントしていないところもあるそうで,実際はもっと多くの人が熱中症で亡くなっているはずだ,という。だとすれば,この夏に500人以上の人が熱中症で亡くなっていることになる。
総務省消防庁が把握しているかぎりでも,熱中症で救急搬送された人は全国で4万6728人。この数をみて驚いてしまった。その原因の主たるものが,クーラーはからだに悪い,扇風機もからだに悪い,という思い込みだそうだ。とくに,窓を締め切ったまま眠っているお年寄りが圧倒的に多いという。
こういうニュースをみるとわたしなどは胸が痛む。わたしたち以上の世代の多くがそういう誤解にもとづく「信念」で生きているからだ。思いかえせば,わたしの子ども時代は扇風機はなかった。みんな,夜はうちわを一つずつもって眠ったものだ。目的は二つ。一つは暑さしのぎ。もう一つは蚊遣。香取線香だけでは間に合わず,うちわで蚊を追った。朝,目覚めるとからだのあちこちに蚊にやられた赤い斑点がついていたものだ。
扇風機が家庭に入りはじめたのは,わたしが大学を卒業してまもないころ。昭和35年(1960年)以後のこと。結婚の早かった友人のところの赤ん坊に,夏に,扇風機の風をあてているのをみて「あてっぱなしはからだに悪いから気をつけた方がいいよ」と忠告した記憶がある。扇風機の出始めのころは,みんな喜んで赤ん坊に風を送った。使い方を間違えた人が,それで赤ん坊を亡くす,という悲しい記事が新聞紙上を賑わしていた。それにつづいて新聞には「特集記事」も組まれ,結局,扇風機は使い方次第である,と書いてあったはずなのだが,いつのまにやら「扇風機はからだに悪い」というイメージだけが定着してしまった。
そのあと,クーラーが家庭に入りはじめる。それはもっとあとのことで,1980年代に入ってからだと記憶する。出始めたころのクーラーは製品の性能もあまりよくなく,からだを冷やしすぎてしまって,体調をくずす人が多くでた。それを「冷房病」と呼んだ。その後,どんどん改良され,最近ではエアコンと呼ばれ,冷房・暖房兼用である。上手に設定すれば,まことに快適な空間を確保することができる。しかし,こちらも,ある年齢以上の人たちには「冷房病」という恐ろしい病気の名前だけが強く印象づけられてしまい,クーラーはからだに悪い,ということになってしまった。
いまも,熱帯夜というのに,窓を締め切って眠りにつくお年寄りは,こういう誤解にもとづく「信念」を貫いている人たちだ。なにを隠そう,かく申すわたしも,どちらかと言えばクーラーは嫌いである。だから,自宅には,扇風機もエアコンもない。熱帯夜は窓を開けっ放しにして,うちわを片手に自分で涼を確保し,いつのまにか眠りにつくのを待つ。慣れるというものは恐ろしいもので,それで,眠れなくて困ったということはほとんどない。ただし,夜中に何回も目が覚めて,そのつど水を飲みにいく。水分を相当に補給しているはずなのに,一晩で1キロは軽く体重が落ちている。その代わり,朝起きてすぐにシャワーを浴びる。
ただし,鷺沼の事務所は,エアコンをセットし,扇風機も小型ながらおいてある。この両方をうまく組み合わせて,快適な室温と風を送るようにしている。そうすると,室温29℃で,ちょうどいい。室温は,仕事をする机の上の温度計による。そして,扇風機は床から天井に向けて風を送る。ようするに攪拌することが目的。そうしないと,天井は暑く,床は寒い,という「からだに悪い」状態になってしまう。この夏は,きわめてまじめに事務所に通った。家にいるより,はるかに快適だから。こうして,なんとか夏を乗り切ったつもりであるが,なんと,まだ2週間ほどは,猛暑日と熱帯夜がつづくそうである。9月に入ったというのに。
2003年の夏のことを思い出す。ちょうど,ドイツ・スポーツ大学ケルンの客員教授として4月から9月末まで滞在していたときのこと。ヨーロッパが記録的な猛暑に襲われ,ケルンも大変だった。新聞をみると,フランスでは〇〇人が熱中症・熱射病で死んだ,という報道が連日のようにつづいた。ドイツやフランスでは,一般の家庭にはほとんどエアコンは設置していない。天井は高いし,夏でも涼しいからだ。むしろ,夏でも夜になると寒いくらいだ。それが例年のことである。しかし,この2003年は異常気象がヨーロッパを襲い,どこもかしこも猛暑となった。ドイツ人たちは,この夏のワインはうまくなるぞ,と噂をしていた。猛暑がようやく去った9月中旬には,フランスで死者が5000人を超えたというニュースが流れた。ドイツにいるのに,テレビも新聞も,フランスの死者のニュースだけである。ドイツの死者の話も報道される。しかし,人数は一度も流れない。不思議に思って,ドイツの友人たちに聞いてみた。みんな同じ答えだった。ドイツではそういう死者はカウントしない,というのである。じゃあ,フランスとどっちが多く死んでいるのだろう,と聞いてみる。にやっと笑って,ドイツ人だ,という。なぜ?とわたし。ドイツ人の方が太った老人が多いから,とドイツ人。それでケロリとしている。
まあ,この猛暑,いつまでつづくのかと恨めしくなって天を仰ぐ。でも,今日あたりは道を歩いていても,日陰に入ると流れる風は,どことなく秋を感じさせる。ほんのちょっと涼しい風にあたるだけで,皮膚は明確にその違いを感じ取っている。人間のからだというものは不思議だ。わたしのからだは,すでに,秋は近いと感じ取っている。早く,それが現実となってくれることを祈るのみ。
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