2014年11月3日月曜日

「植物のいのちをいただく」(志村ふくみ)。このことばの重みに感動。

 「”色”で綴る四季の物語 人間国宝志村ふくみ1年の日々」(1.NHKテレビ)に朝から釘付け(11月3日)。こういう番組づくりをみると,NHKはやはり一流だなぁ,と思う。もういっその事,ときの権力の顔色を伺いながら,政治・経済などで嘯かなくてはならないような報道は放棄して,もっぱら文化番組に専念したら・・・と本気で思う。

 90歳の人間国宝はいまも健在で,かくしゃくとして仕事をつづけていらっしゃる。草木染めの素材集めから,煮出し,染色,織物にいたるまで,すべての工程をこなす。立っているときの姿勢もいいし,歩く姿もなに不自由なく流れるように美しい。そして,なによりも顔だちが素晴らしい。老人の匂いをいっさい感じさせない。つるりとしたうりざね顔は,まだ,初老の人という雰囲気だ。しかも,そこはかとない色気が漂う。そして,なにより語る「ことば」がいい。無駄がひとつもなく,染色ということの本質を,短いことばでみごとに表現される。

 その極めつけのひとつは,草木染めとは「植物のいのちをいただく」ことだ,とズバリ。そして,草木染めの原点は「藍染めにあり」,とこれもひとこと。10日間,藍の葉を仕込んで発酵させた瓶のふたをとり,指をつっこんで,そのまま「舐める」。わたしは思わず「あっ」と声をだしてしまった。そして,毎年,舐めるたびに味が違う,と仰る。だから,まったく同じ藍染めというものは二度とできないのです。毎年,一回一回が,真剣勝負です,と。

 つまり,藍の葉を採集するときから,「いのちをいただく」気持を忘れずに,一つひとつの工程を祈りながら,魂を籠めていくのです,と。だから,藍染めは,糸を染め上げ,機織りして,着物に仕立てあげても,なお,藍の葉の魂は生きているのです,とさらりと仰る。このことばの重さに圧倒されてしまう。

 志村ふくみさんは,また,文章の名人でもある。長年にわたる草木染めの経験からにじみでてくる,研ぎすまされ,洗練された美しいことばの連鎖をそこにみることができる。『一色一生』(求龍堂,文春文庫,講談社文芸文庫)で第10回大佛次郎賞・1983年。『語りかける花』(人文書院,ちくま文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞・1993年。そして,2006年には第14回井上靖文化賞を受賞。

 どの本でもいい。本屋さんで手にとって文字を追ってみてほしい。たちまちにして,志村ワールドに引き込まれ,あっという間に本のとりこになってしまうことを請け合います。嘘だと思って,ぜひ,一度,試してみていただきたい。

 近江八幡市のご出身で,現在は京都・嵯峨野に工房を構えて,日々,精進されていらっしゃる。近年はドイツの詩人リルケの世界に共振・共鳴。多くの著作を残している。これらの本もみごとです。ぜひ,ご一読を。

 志村ふくみ語録を少しだけ。
 「植物の魂のレベルは人間よりずっと上」
 「植物に話しかけ,植物と魂の交流ができたら,それは現世とは異次元の,とてつもない世界に触れることになるでしょう」
 「わたしは一歩でもその世界に近づきたいと日々,祈っています」
 「自然の流れに逆行している現代こそ,植物の魂に触れる経験が不可欠です」

 この世界は,わたしにとってはジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』の世界であり,ル・クレジオの『物質的恍惚』の世界そのもの。ジーンとこころの奥底まで響いてくることばです。

 急に坐禅がしたくなってきました。これからすぐに始めます。
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