2014年1月19日日曜日

名護市民に万感の思いを籠めてこころからの敬意を表します。

 夕食を終えてパソコンを開いたら,稲嶺候補の再選確実,という情報が目に飛び込んできた。「ヨシッ!」と思わず大きな声を挙げてしまった。そして,なぜか,こころの底から安堵した。なぜなら、名護市民のみなさんが,人が「生きる」ことの重要性をきちんと選択することのできる良識を持ち合わせていてくれたことに。そして,この良識を,わたしは東京都民のみなさんに期待したい。

 今日(19日),自民党の党大会が開催された。その席で「地方選で勝利してこそ,初めて完全与党となる」という趣旨のことを,たしかイシバ君が発言していたように記憶する(今日のNHKのニュースによる)。そうか,それで「500億円」の追加の「ばらまき」をする用意がある,と名護市長選の応援演説で発言したんだ,と納得した。

 しかし,そんな甘言にだまされる名護市民ではなかった。やはり,地に根を張った考え方のできる人たちが多数を占めていたのだ。現代文明が,人が「生きる」ということとは相容れないものであることを,日々の暮らしをとおして,からだをとおして名護市民のみなさんは,しっかりと理解していたのだ。

 ところで,東京都民ははたしてどうか。

 あの政府自民党の一連の,わたしの感覚からすれば明らかに「選挙違反」とも言うべき「巨額の金のばらまき」戦略に迷わされることなく,人が「生きる」上でのなによりの「宝物」=「自然」を子々孫々に残す道を選んだ名護市民は素晴らしい。こころの底から感動せずにはいられなかった。日本は捨てたものではない,ということを沖縄・名護の人びとに教えてもらった。こんどは東京都民の番だ。

 都知事選で,政府自民党が支持する候補が,続いて落選したらどうなるか。そして,政府自民党はどうなるか。一気に奈落の底に駆け下っていくだろう,というのがわたしの予測だ。なぜなら,すでに,政府自民党のなかには,あるいは,全国の自民党党員のなかには,都知事候補の支援については大いなる不満を抱く人がいっぱいいると伝え聞く。

 「自民党から除名処分を受けた人を推薦することも,その除名処分を受けた人が自民党の推薦を受けることも,わたしには理解できない」と主張するコイズミ・ジュニアのような,まともな人がいる。そして,この主張を支持する党員がわんさといる,という話も漏れ伝わってくる。それはそうだろう。どう考えたって奇怪しいことをやっているのは,現執行部なのだから。

 この人たちが,こんどの都知事選で敗北したら,黙ってはいないだろう。ここに,わたしは大きな期待を寄せている。この人たちを支援するためにも,都知事選は大事だ。日本国の大きなターニング・ポイントとなりうる,とてつもなく重要な選択が東京都民に委ねられている。

 その先鞭をつけてくれたのが名護市民のみなさんだ。恐らく,この結果は,沖縄県民の総意を反映したものだった,と言っていいだろう。

 沖縄県議会が,仲井真知事に対して「辞職勧告」を議決した,この沖縄県民の意思を名護市民は真っ正面から引き受けた,その結果がこれであった,とわたしは考える。その意味で「民主主義」は生きている。この結果を,民主主義の先進国を自認する「アメリカ」はどう判断するのだろうか。それでも,「日米地位協定」にあぐらをかいて,無視するのだろうか。そして,日本政府は「自発的隷従」の姿勢を貫くつもりなのだろうか。

 都知事選の結果いかんによっては,とんでもない事態が連鎖反応のように起きる,のではないかとじつはわたしは楽しみにしている。日本が変わりうるとしたら,いましかない,と本気で思う。このチャンスを失ったら,元の木阿弥。もはや,これまでどおり破局に向かってまっしぐら・・・・。未来はない。その未来は「いま,ここにある」と断言した人がいる。わたしはこの人の説を支持したい。

 その意味で,わたしたちは「いま」という「未来」のなかで最終の選択を迫られているのだ。その答えの一つが,名護市民の選択だった。しかも,もっともまともな選択だった。だから,わたしは名護市民のみなさんに対して「万感の思いを籠めてこころからの敬意を表したい」。

 未来が,1mほど,先に伸びたから。

 
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