2014年9月17日水曜日

「竹内敏晴さんが問い続けたこと」についてのわたしのショート・レポート。

 9月9日に書いたブログ:シンポジウム「竹内敏晴さんが問いつづけたこと」(鷲田清一×三砂ちづる)傍聴記にかなり厳しい批判をしました。批判をした以上は,その根拠を提示すべきでした。が,それだけのスペースがありませんでしたので,そのままにして,後日,わたしのスタンスを提示する,と書きました。しかし,そのままになっていましたので,遅くなりましたが,今日こそその責をはたそうと思います。

 「竹内敏晴さんが問いつづけたこと」・・・・シンポジウムのこの問いに対するわたしの結論は,「人間とはなにか」という根源的な問いであった,ということです。その方法論が「竹内レッスン」。からだとことばをとおして,人間存在の謎に接近していくこと。つまり,人間が存在するとはどういうことなのか。その探索のために編み出されたレッスンのひとつが「じかに触れる」だった,とわたしは受け止めています。

 ひとくちに「竹内レッスン」といいますが,いわゆる世間で行われている「レッスン」とはいささか次元が違います。つまり,先生が生徒になにかを「教える」,そういうレッスンではありません。竹内さんは「先生」と呼ばれることを嫌いました。みんなひとりの人間として生きている。人間同士の関係に先生も生徒もない。お互いに人間として啓発し合いながら生きているのだから,お互いが先生であり,お互いが生徒なのだ,と。だから,「〇〇さん」と敬愛の意味を籠めて呼び合いましょう,と提案されます。

 ですから「竹内レッスン」は,みんなで試行錯誤しながら,その日のテーマの解をさぐっていきます。竹内さんはその「道案内」をする人。そして,みずからもその解を求めて必死に考え,行動を模索します。そして,その瞬間,瞬間のお互いのひらめきをとても大切にします。そして,なぜ,そのとき,そのひらめきが生まれたのか,みんなで考える。そうして,そのひらめきが生まれる前の「原ひらめき」(Urdenken)の「場」に迫っていきます。そして,その「場」こそ「じかに触れる」場ではないか,と。

 以上のわたしの理解は,「竹内さんを囲む会」を5回ほどもつことのできた,なにものにも替えがたい僥倖に恵まれた恩寵です。その会は各回とも4~5時間にわたる,緊張感のある濃密な時間でした。そして,そのあとの懇親会でも2~3時間をともに過ごすことができました。ですから,毎回,公と私の両面の会話を楽しむことができました。

 わたしたちのグループは「スポーツする身体とはなにか」というテーマを共有する仲間たちが集まって,もうすでに長い間,研究会を重ねていました。ですから,竹内さんも「スポーツする身体」にとても興味をいだかれ,わたしたちのスポーツ経験とそこから導き出される「身体」理解に耳を傾けてくださいました。しかも,竹内さん自身が弓の名手です。たしか,わたしの記憶ではこの会の話題は弓の話からはじまったように思います。そこでは,当然のことながら,オイゲン・ヘリゲルの『弓と禅』が話題になり,それから武術する身体に入り・・・・という具合に,一つひとつの話題がきわめて具体的でした。ですから,みんなわがことの問題として受け止めながら,お互いに参加した他者の話に耳を傾け,みずからの意見を述べる,という積み重ねができました。考えてみれば,これもまた「竹内レッスン」のヴァリエーションの一つだったわけです。

 何回か会を重ねたところで,わたしはジョルジュ・バタイユを引き合いに出して,「スポーツする身体」を考える上での一つの根拠となるのでは・・・と切り出したところあたりから,竹内さんの眼の光が違ってきたように思います。わたしのバタイユ読解(主として『宗教の理論』)については,ここでは割愛させていただきますが,このブログのなかでも膨大な量の文章を書いていますので,参照していただければ幸いです。

 竹内さんは,バタイユの思想・哲学については,かなり懐疑的でした。それは,バタイユのキー概念の一つでもある「エクスターズ」(恍惚)をめぐる理解の仕方が,わたしとはかなり違うものでした。そのポイントは,バタイユの「エクスターズ」では「意識」はどうなっているのか,という点での理解の違いでした。そして,当然のなりゆきでしたが,無意識と意識の境界領域をどのように理解するか,というところの議論にひろがり,わたしにはとても刺激的な経験となりました。そして,このテーマはこれからも議論していくことにしましょう,という約束になっていました。

 そんなこともあってか,竹内さんは,ようやくご本人の思想遍歴を語ってくださるようになりました。基本的に,竹内さんは,〇〇がこういうことを言っている,という話し方はあまり好まれない方でした。あくまでも,基本は,みずから編み出した「からだ」と「ことば」のレッスンをとおして到達した竹内さん固有の知見に基づくものでした。しかし,その知見の正さを裏付けるために,思想・哲学の本を命懸けで読んでおられました。にもかかわらず,そのことはほとんど語られることはありませんでした。わたしがしつこく食い下がるものですから,仕方なしに,メルロ・ポンティは・・・とか,マルチン・ブーバーは・・・という具合に,ほんのわずかに小出しにしながら,わたしの問いに付き合ってくださいました。

 そうした対話・議論をとおして,「竹内敏晴さんが問い続けたこと」について,わたしなりにみえてきたことは以下のとおりです。もちろん,ここでも,「じかに触れる」レッスンがわたしの竹内敏晴さん理解の手がかりになっています。(書かれた著書は当然のことです)。

 竹内敏晴さんは一度も口にされませんでしたが,竹内さんの仰る「じかに触れる」場は,わたしには西田幾多郎の「場」の理論とほとんどイコールではないか,ということでした。それは『善の研究』で提示された「純粋経験」(意識が立ち上がる以前の経験)にはじまり,やがて「行為的直観」の概念に到達し,さらに「場」の理論となり,最終的には「絶対矛盾的自己同一」にいたる,このプロセスを竹内レッスンをとおして,みんなで確認しながら,からだで経験し合うこと,そして,そこからみえてくるまったく新たな「場」の地平を共に分かち合うこと,それこそが「竹内敏晴さんが問い続けたこと」の中味だったのではないか,とわたしは考えています。これは竹内さんの信念でもあったと思いますが,自分ひとりでわかっただけでは納得しない,だれもが共有できるものでなくてはほんものではない,という姿勢を貫かれたのではないか。これこそが「人間とはなにか」を問う,竹内さんに固有の方法論であった,と。

 このアナロジーが当たっているとすれば,ならば,バタイユの「エクスターズ」の「場」とも,当たらずとはいえども遠からず,という関係にある,というのがわたしの主張です。この点についての詰めの話をする約束になっていたのですが・・・・。残念です。

 そして,ついでに触れておけば,このバタイユの話とともに,バタイユが日本の仏教に深い関心を示していたことを手がかりにして,わたしは禅仏教の話題を提示し,たとえば道元の『正法眼蔵』や『般若心経』の世界に踏み込んでみました。その瞬間から,これまでにも増して竹内さんの眼の光が一段と厳しいものになっていきました。そして,ほんとうに短い応答でしたが,あっ,竹内さんはこの問題についてもすでに相当に深い洞察をされていらっしゃる,ということを直感しました。そして,このテーマについても少しずつ,具体的な事例を取り上げながら検討していくことにしましょう,と竹内さんは提案されました。つまりは,わたしの話は「空中戦」であって,地に足がついていない,だから,そこからは建設的な知の共有はできない,ということを婉曲に指摘された,ということです。わたしはいたく恥じ入りました。が,これも宿題にして,具体的に考えることにしましょう,という竹内さんのご提案に救われました。

 こういうお約束がいくつもあって,それらを,具体的に一つひとつ,どのように対話・議論が展開していくことになるのか,わたしは期待で胸がいっぱいでした。

 しかし,残念ながら,三鷹の舞台を終えられて,ロビーで握手しながら「あの続きをやりましょうね,楽しみにしています」「はい,わかりました」と約束したのが,今生のお別れとなってしまいました。

 こういう経緯が,竹内さんとわたしの間にはありました。ですから,「竹内敏晴さんが問い続けたこと」のわたしの結論は「人間とはなにか」を問うことであり,その具体的な方法論の一つが「じかに触れる」ではなかったか,と考えた次第です。しかも,竹内さんは自分ひとりが理解すればそれでいいということではなく,その理解を他者(マルチン・ブーバー的にいえば「汝」=Du )と共有しながら,さらに深めていくこと,ここが竹内さんがこだわった重要なポイントではなかったか,とわたしは考えています。

 じつは,まだまだ書かなくてはならないことがたくさんあるのですが,今回は,とりあえず,ショート・レポートということで,ここまでとさせていただきます。
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