2014年9月3日水曜日

富士山登山客が5万人減(山梨側)。なにかが変わりつつある・・・・?

 富士山が世界遺産に登録され,ふたたび富士登山ブームが起きているとばかり思い込んでいました。現に,8月上旬にはイタリアから富士登山をしたいという友人二人がやってきて,なるほどなぁとわたしなりに納得していました。ところが数日前の新聞によると「富士登山客が5万人減(山梨側)」という。思わず「えっ?」と声をあげてしまいました。

 そういえば,富士山がちかぢか噴火する可能性がある,という報道もあります。こんなことがひょっとしたら富士山を忌避する理由にあるのかもしれません。でも,もし,その可能性が高くなってくれば,当然のことながら,富士登山を規制することになるでしょう。しかし,そこまではまだ行ってないようです。

 熟年者の間での,登山ブームは相変わらずのように見受けられます。土,日の早朝には,溝の口駅周辺で登山姿の熟年者の集団をよくみかけます。あるいは,電車の中でも登山を終えて帰ってきたと思われる熟年者に出会うことも珍しくありません。むしろ増えているのではないか,というのがわたしの感想です。

 なのに,富士登山客が減少(山梨側)している,という。
 だとしたら,その理由はなにか。

 他方,海水浴客も減少傾向にある,といいます。たとえば,逗子のことしの海水浴客は20万1300人ほどで,昨年の半分以下に落ち込んだ,といいます。その背景には,海水浴客のマナーが悪くなってきて目にあまるので,それをきびしく規制する措置をとったことが原因ではないか,と推測されています。たとえば,集団でやってきて大音量の音楽を流し,馬鹿騒ぎをする,あるいは飲酒して泥酔する海水浴客が増えている,そのために大音量禁止,飲酒場所を指定するなどの規制措置をとることにした,というのです。これはまあ一般客への「迷惑行為」として規制するのは当然といっていいでしょう。

 しかし,こんなことで海水浴客が減少するとは思えません。しかも,半分以下に。もっとほかに理由があるはずです。

 わたしの意識にあるのは,海水の汚染です。それもフクシマの汚染水の大量の垂れ流しがあります。わたしの知りうるかぎりでは,ネットなどでは,その汚染範囲が相当な海域にまで広がっている,といいます。しかも,それを図示した汚染マップまで掲載されています。その情報の出所もかなりしっかりした研究機関のものです。それをみた瞬間,わたしの脳裏に浮かんだことは「とうとう海水浴もままならない時代に入ったか」というものでした。

 ついでに触れておけば,冬のスキー客も激減していて,スキー場は閑古鳥が鳴いているとさえ言われています。スキーからスノーボードへとスキー場の風景が変わったと聞いたのは,もう,ずいぶん前のことになります。そして,そのスノーボードもブームが去り,静かなスキー場になってしまっていると聞いています。もう,リフトに乗るために長蛇の列,などというのはもはや遠いむかしの物語になってしまったようです。

 なぜ,若者たちがウィンター・スポーツに興味を示さなくなってしまったのか,この理由もまたわたしにはわかりません。遊びの多様化,などという論者がいますが,そんなのは理由にはならないとわたしは思うからです。もっと別のところに理由があるのでは・・・・?とわたしは考えています。それは若者たちだけではなく,この文明化した社会に生きている人間すべての無意識に,なにか大きな変化が起きている,という予感のようなものがわたしの中にはあります。

 しかし,それが何かは断定できないままでいます。あえて推定してみれば,自然離れ。リアル・リアリティからバーチャル・リアリティへの依存。厳しい大自然に向き合うよりは,文明の光に囲い込まれた安楽なバーチャルの世界の遊びの方が居心地がいいと感ずる人が増えてきた,といえばいいでしょうか。それでも,なお,わたしの中には疑念が残ります。もっともっと違う大きな理由があるはずだ,と。それが見えてきません。

 なぜなら,その一方で,市民マラソンのブームは相変わらずです。各地で開催される市民マラソンの大会には応募者が殺到しているといいます。たとえば,東京マラソン。募集人員(約8000人)の20倍を超える人たちが申し込みをしたといいます(8月31日申し込み締め切りの結果)。東京マラソン以外でも,毎年,応募者の数は増えつつけているといいます。

 これはいったいどういうことを意味しているのでしょうか。これはわたしの中の大きな謎の一つです。なにゆえに人びとはマラソンに向かうのか。人びとをマラソンに駆り立てる原動力はなにか。一度でもその魅力に触れてしまったら,もう,止められないとも聞いています。その麻薬のような内実・実態はいったいなんなのでしょうか。

 いってしまえば,一方では自然離れのような現象が起きているのに,他方ではマラソン・ブームがますます増大しつつある,というこの二つの関係がわたしにはいまひとつ納得できないままでいます。もう少し詰めて考える必要がありそうです。

 現代社会を生きるわたしたちの身心に,なにか大きな,根源的な変化が起きている,それも無意識のうちに。この謎解きは重大です。21世紀のスポーツ文化を考える上でのキー・ポイントと言っていいでしょう。このテーマはこれからますます重要な意味をもつことになると思いますので,これからも追ってみたいと思っています。

 というところで,今日のところはここまで。
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