2015年3月14日土曜日

『海を渡ってきた古代倭王』──その正体と興亡(小林恵子著,祥伝社,平成26年12月刊)を読む。奇想天外な展開に眼を剥く。

 教科書で教える日本の古代史とはなにか,この本を読んでまっさきにおもったことはこのことだった。日本の古代史はほとんどなにもわかってはいない。それどころか,まったくの嘘で固められた史料にもとづく架空の物語でしかない。

 歴史を教えるということはどういうことなのか。この問いが延々とつづく。やはり,どこまでいってもある特定のイデオロギーの押しつけに終始するようだ。それも「教科書」となると権力側のイデオロギーの押しつけに終わってしまうのが落ちだ。

 第二におもったことは,古代人たちの想像をはるかに超える大移動だった。わけても,定住を好まない騎馬民族の大移動には驚いた。覇権争いに負けると,驚くほどの距離を移動して逃避行をくりかえし,居心地のよさそうな新天地をみつけて,そこで覇権を握る。そのために,まさに,ユーラシア大陸を股にかけて大移動を繰り返す。その末端に日本列島も包含されている。そして,いとも簡単にやってくる。よほどいいところという情報が流れていたらしい。だから,覇権争いに破れた大王たちがつぎからつぎへとやってきて,支配したらしい。

 その鍵を握っていたのは,高度な戦闘能力と当時の先端技術。倭国は,その意味ではもっとも支配しやすい地政学的な位置にあったようだ。しかも,古代の倭人はおとなしかったらしい。とりわけ,農耕を主体とした倭国の先住民たちは,土地に根を降ろし,争いごとをできるだけ避けて,棲み分けていたようだ。そこに,定住にこだわらない騎馬民族が押し寄せてくる。もう,赤子の腕をひねるようなのもだったらしい。

 しかも,ユーラシア大陸に広がっていた情報や文化も,この騎馬民族たちによってつぎつぎに日本列島に持ち込まれていたらしい。

 もう,眼からウロコが落ちるような話がつぎからつぎへと展開する,言ってみれば,摩訶不思議な本である。少なくとも,これまでの「教科書」によって刷り込まれた(あるいは,洗脳された)日本の古代史の枠組みの外に飛び出して,自由奔放に想像力を働かせるテクストとしては,これ以上のものはないだろう。

 その典型的な一例が,聖徳太子伝説だ。よく知られるように「厩戸皇子」は馬小屋で生まれたという伝承には,明らかにイエス・キリストのイメージが投影されている。しかも,10カ国の言語を駆使したという。詳しいことは省略するが,この聖徳太子はそもそも騎馬民族の一派の王であったが,その覇権争いに破れて日本列島まで流れてきて,権力を握った,と著者の小林恵子さんは類推する。そして,倭国の王・タリシヒコとして中国の『隋書』に記録されているのは,まぎれもなく聖徳太子だった,という。

 この聖徳太子の事例はそのほんの一例であって,それ以前の倭国のよく知られた大王たちはみんなユーラシア大陸の勢力争いの余波を受けて,朝鮮半島を経由(あるいは,海路から直接)して,倭国に流れ着き支配したという。その支配も長くこだわることなく,力を溜め込むと,ふたたび朝鮮半島に押し寄せたり,さらには中国からユーラシア大陸にもどっていく。

 神武,仁徳,継体,雄略,などはみんなそうした騎馬民族だった,と小林さんは中国の古い文書や朝鮮の文書をとことん渉猟し,丁寧に読み解きながら類推する。これが事実だったとしたら,まずはこの驚くべき事実をひた隠しにすること,そして「万世一系」の天皇家を正当化するために天智・天武・持統の時代にさまざまに画策し,思考をこらして『古事記』や『日本書紀』を捏造した,というのだ。その主役を演じたのが藤原不比等だった,と。

 
こんな本を読むと,こんにちの倭国の人びとが,やれ中国がどうのこうの,北朝鮮がどうのこうの,韓国がどうのこうの,そして日本がどうのこうの,と重箱の隅をほじくるような議論が,まるで子ども染みた絵空事にみえてくる。小さい,小さい。ちっこすぎる。そして,もっともっと大きな視野に立つべきだ,と痛感させられる。いがみ合う必要などなにもない。なんのことはない。要するに,みんな「同族」ではないか,と。そして,その血の混ざり具合が多少,異なるだけのこと,というくらいの視野に立つと東アジアをみる眼が一変する。

 もし,どうしても万世一系の天皇制を信じたいのであれば,神武天皇は「突厥」からやってきた騎馬民族であった,という小林説も信じてもらいたい,とおもう。そして,日本民族は純粋な単一民族である,などという妄想も吹き飛ばしてもらいたい。これほどみごとに「混血」を繰り返してきた民族はほかに例をみないほどではないか,といまのわたしはおもう。そして,なによりも,倭国はユーラシア大陸の一員である,と。

 まあ,なんともはや気宇壮大な物語に出会い,いささか目眩を感じている。が,それでいてとても爽快な気分になれるのは,いったいどうしてなのだろうか。そして,いつのまにかとニヤニヤしている自分に気づく。

 ご一読をお薦めする。

 なお,小林恵子さんの手になる古代史シリーズは山ほどあるので,これから時間をみつけて少しずつ楽しんでみたいとおもう。

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