2011年2月6日日曜日

笑うに笑えない「耳」の話。

 加齢とともにからだはどんどん変化していく。それはもう十分に承知していることだ。最近でいうと「耳が遠くなってきたなぁ」ということをひしひしと実感している。でも,ふつうに生活しているだけなら,不自由はない。ただし,ラジオの音声は,ある距離をとるととたんに聞こえが悪くなる。これは大勢で会議をしたり,研究会などでの議論でも同じである。近くにいれば,かなり小さな声でも聞き取れる。しかし,少し離れると(たぶん4~5m),音声が細切れに聞こえてくる。つまり,音声が流れるように連続して聞こえない。電車のなかも同じ。ここは,近くにいても駄目。だから,あとは想像力をたくましくして聞き耳を立てるしかない。
 つい最近,こんなことがあった。笑うに笑えない話。
 ある編集者のSさんと待ち合わせて電車に乗った。車中で立ち話をしている途中で,Sさんが「ちょっとドトールに寄りませんか」という。この「ドトール」がわたしには「トイレ」と聞こえた。だから,「ああ,いいですよ。それなら二子玉の長い階段を降りた左側にありますから」とわたし。「えっ,あそこにありましたか?」「階段を降りきったすぐ左側ですよ」「あそこには売店しかなかったと思いますが・・・・」「いいえ,間違いなくありますよ」とわたしは自信満々。Sさんはあきらめ顔で,「じゃぁ,缶コーヒーでもいいことにしましょう」という。「?」,とわたし。なにか変だなぁ,とはじめて気づく。「なんで缶コーヒーなんですか」とわたし。「ちょっと小腹がすいているので,ホットドックとコーヒーでも・・・と思ったんですが・・・」「えっ?トイレじゃないの?」とわたし。こんどはSさんが「えっ?」ちょっとだけ間があいて,「わたしはドトールの話をしていました」「ぼくはトイレの話です」と,ここでようやく大笑い。Sさんは,ただ話が行き違っただけのことと受け止め,明るく笑ってすませてくれたが,わたしの心中はおだやかではない。「ああ,とうとう,ここまできてしまったか」「よほど気をつけないと・・・」と反省ばかり。
 以来,新聞広告に毎日のように掲載されている通販ページの「補聴器」に眼が釘付けになる。ずいぶん,いろいろの種類があることがわかり,こんどは品定めに困る。しばらくは,あれこれ考えてみることにしよう。
 考えてみれば,父親も晩年は耳が遠くなっていた。補聴器をプレゼントしたが,あまり使おうとはしなかった。雑音がうるさい,というのである。そうか,補聴器の雑音はうるさいのだ。それならいっそのことなにも聞こえない方が静かでいいんだ,と納得したことを記憶している。それ以後は,父親の耳元で話をすることにした。距離をおいて大きな声で話しても聞こえないのに,耳元であれば,かなり小さな声でもちゃんと聞こえていた。この遺伝子がどうもわたしの耳にもつたわったようだ。ならば,きちんと養生をしていれば長生きができる,とまあ自分に都合のいい理屈をつけて,気持ちを静めることにした。父親は死を迎える3日前までは元気だった。95歳だった。そこまではむつかしいかもしれないが,ひとつの目標ではある。
 それにしても,間近にひかえた鼎談(11日・文藝春秋画廊)が心配である。「ドトール」を「トイレ」と聞いてしまう耳だ。こんどは笑い事ではすまされない。みなさんに迷惑をかけてしまう。そうならないよう,それまでに補聴器を購入すべきかどうか・・・・。いまも踏ん切りがつかない。これはわたしの悪い性格。まあ,当分の間は迷えばいい,と自分に言い聞かせる。
 こうしてわたしのからだもまた,生物学的法則に則り,人生という「歴史の終焉」(ヘーゲル)に向けてまっしぐらである。とはいえ,やがて大自然と一体化するための通過儀礼を一つひとつ執り行っているだけの話。ならば,もっともっとエンジョイしなくてはいけない。そうだ,こんど補聴器を購入したら祝賀会を主催しよう。いよいよ補聴器をわがものとする資格をえたことを祝って・・・・。そして,悔しかったら補聴器をつける「資格」をわがものとせよ・・・・と声高らかに宣言するいうくらいの覚悟で。 

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