2011年4月6日水曜日

なんとも後味の悪い大相撲の「八百長」処分。

 今日(6日)の臨時理事会(日本相撲協会)で,ただひとり退職勧告を拒否した谷川親方(元小結海鵬)を解雇処分とすることを決定した。現役時代のあの小さなからだを120%駆使した,スピード感あふれる,そして,切れ味のいい相撲を記憶する者にとっては,残念でならない。しかも,谷川親方が記者会見で,涙ながらに訴えたことばも,わたしにはこころの奥深く突き刺さってきた。「退職勧告に応じて辞表を提出することは,八百長を認めたことになる。わたしは,現役時代をとおして,一度も八百長はしたことはない」と声を震わせた。わたしは,この声に信を置きたい。明らかに無実を訴える人の声だ,と受け止めた。その声と,現役時代の海鵬の土俵態度とはみごとに連続している。この人の土俵態度は勝っても負けてもさわやかな風が吹いていた。そこには相撲の奥義を究めようとする真摯な姿がにじみでていた。その姿勢が「風」を呼ぶ。その風が好きだった。テレビには映らない風がみたくて足を運んだこともある。だから,わたしにとっては,なんとも後味の悪い処分,としかいいようがない。残念だ。
 もし,ほんとうに無実の罪を負わされたとしたら,それは死んでも死に切れないだろう。あの海鵬の気っぷのよさからして・・・も。しかし,ことの真相は藪の中・・・・・。
 八百長を認めた3人(竹縄親方・元春日錦,千代白鵬・元十両,恵那司・元幕内)はともかくとして,それ以外の19人の力士たちは八百長を否定していたにもかかわらず全員「引退届」を提出した。その背景には,もし,引退届を提出しなかった場合には,つぎの段階で,所属の親方が処分されるというプレッシャーがかかったらしい。裁判も辞さないと息巻いていた力士も,すんなりと鉾を収めて,退職金をもらって引退する道を選んだ。これからはじまる長い人生を考えた上で,苦渋の決断をくだしたに違いない。これらの力士たちの中にも,ほんとうに無実の人が何人かはいたのかもしれない。だとしたら,この行動はいったいなんなのか。「親方に迷惑をかけるわけにはいかない」というのが聴こえてくる声だ。
 これが相撲の世界の実態なのだ。いい意味でも,悪い意味でも,これが相撲の世界なのだ。他のスポーツの選手であれば,不当な処分に対して裁判に訴えることは,当然の権利として認められている。そして,法廷の裁きのもとで,正々堂々と白黒をつけてもらう。スポーツの世界はどこまでも透明性が求められる。しかし,大相撲はそうではない。むしろ,この不透明性の部分を抱え込むことによって,大相撲という伝統文化が成立しているのだ。だから,八百長相撲もまた闇の世界なのだ。処分された本人すら気づいていない場合もある,という世界だ。
 谷川親方もそのひとり。かれの嫌疑は,去年の初場所13日目と春場所7日目の,いずれも「春日錦」(竹縄親方)との対戦である。しかも,これは春日錦の「自白」によるもの。つまり,一方的に八百長相撲だったと言われてしまったのだ。春日錦は,八百長のつもりだったのかもしれない。そして,「拝み」くらいはしたかもしれない(別のケースにみられた携帯メールの文言などはその証拠だ)。しかし,それに応答しないで無視することだってある。この場合には八百長は成立していない。片八百長であったとしても,相手力士にその自覚がない場合には,はたして,それを八百長と断定することができるのか。でも,特別委員会(委員長・伊藤滋)は,春日錦の「自白」をそのまま受け止めた。ここには確たる根拠はなにもない。ただ,委員会としての「情況判断」をしただけだ。しかも,反対委員の意見があったにもかかわらず多数決で。
 裁判であれば,「疑わしきは罰せず」という大原則がある。もっとも,最近では,裁判員制度の導入とともに「多数決」が大手を振って歩きはじめている。ここにも大きな問題がある。が,この問題は,また別のところで考えてみたい。
 特別委員会は,裁判所でもなんでもない。日本相撲協会から委嘱された「八百長問題調査特別委員会」にすぎない。だから,委嘱に応じて,「調査」を行い,「答申」を提出しただけだ。それを,鵜呑みにして決定をせざるをえない,やむにやまれぬ事情があった。そこまで日本相撲協会理事会を追い込んだものがある。こここそが,問われなくてはならない重大事なのだ。それをひとことで言ってしまえば「ポピュリズム」。もともとは,フランス革命などのような大きなできごとを突き動かす,弾み車として機能した「ポピュリズム」。基本的人権にかかわるようなできごとに対して「ポピュリズム」が機能することには,なんの異論もない。しかし,ポピュリズムが踏み込んではならない領域というものもある。それは「文化」の領域。とりわけ,「伝統文化」の領域である。ここはポピュリズムとは無縁の,ある種の「聖域」なのだから。いまでも,土俵の上には,どんなことがあっても「女性」を立たせることはしない。
 今回の処分は,いろいろの意味で,まことに後味が悪い。
 元海鵬・谷川親方の心中を察して余りあるものがある。
 残念至極。

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