2015年2月12日木曜日

慶応病院の「怪」。恐るべき近藤誠医師叩き。定年後に,恩を仇で返す仕打ち。

 これだけは書かないでおこうかと迷いましたが,医療現場でいまなにが起きているのか,その実態を共有することの方が大事だと考え,書くことにしました。

 まずは,まっさらなこころで,以下の要望書を読んでみてください。

 「慶応義塾大学病院放射線治療科への紹介に関する要望書
 ここ約一年,近藤誠がん研究所から慶応義塾大学病院放射線治療科にご紹介いただいた患者さんに対応してまいりましたが,連携する他科の中には近藤誠先生からの紹介というだけで過剰な反応を示す医師も少なくありません。
 今までも他科との連携を取ることが困難な事例が複数あり,我々医療スタッフの負担増大,なによりも患者さん自身にも円滑に治療が進められないなどの不利益が生じてしまっています。
 放射線治療科外来担当医全員の意見として,次の事項について要望いたします。
                記
 慶応義塾大学病院放射線治療科への患者さんの紹介は,近藤誠がん研究所からではなく,紹介元病院の担当医からしていただきたい。」

 この要望書は,近藤誠著『何度でも言う がんとは決して闘うな』(文春文庫,2015年1月刊)の「文庫版のためのあとがき」(P.344~345.)に掲載されているものを転写したものです。

 この要望書の前段には,近藤誠医師のことばとして,つぎのように書かれています。
 「研修医になって以来,四十一年勤続していた慶応義塾を2014年3月末に定年退職したところ,一週間もたたないうちに古巣の慶応大学病院放射線治療科から封書が届きました。何かと思って開けたら以下の文面です。がん治療現場で医者たちが何を考えているのか,患者ないし患者予備軍の読者には知る権利があると思うので,全文を掲載します。」

 近藤誠医師の名誉のために少しばかり補足しておきましょう。近藤医師は,この絶縁状を突きつけられた慶応義塾大学病院放射線治療科に定年まで勤務しており,まさに,行列のできる医師として勇名を馳せていました。いうなれば,近藤医師はその後輩(=放射線治療科外来担当医)たち全員から,貴方の紹介による患者さんの治療はしない,と拒絶されてしまったというわけです。なんということでしょう。あの名だたる慶応病院ですよ。有名人が大好きな・・・。もっとも,以前から慶応病院は奇怪しいという風評がなかったわけではありませんが・・・。しかし,こんなあからさまな絶縁状を,定年退職直後の先輩医師に対して突きつけるところだとは・・・・。だれが想像したでしょうか。

 ちなみに,近藤医師は,別の著書のなかで「慶応義塾大学病院放射線治療科は,けして居心地の悪いところではなかった」と書いています。ということは,直接,顔を合わせれば,ふつうに対応する医師たちが,こころの中では鬼のように怒り狂っていた,ということなのでしょう。定年で辞めたのを合図に,本音をぶちまけた,というのが実態のようです。なんともはや,まるで伏魔殿のようなところではないですか。

 近藤医師は若いときからじつに研究熱心なひとで,がん治療に関する国の内外の研究成果を総ざらいしながら,がん治療のためのもっとも合理的(科学的)な方法を模索しつづけてきた方です。そして,特別の場合を除き,原則として,がん治療は放置しておくのが一番いいという結論に立ち,その姿勢を貫いてきたひとです。しかも,その実績もあげています。学会にもでかけていって講演もし,研究発表もして,反論があったらいつでも反論してほしい,と身を投げ出して格闘してきた医師です。議論でも,ディベートでも,いつでも受けて立つと宣言して,著作にも取り組んできました。まさに,ひとりわが道を行く,という孤軍奮闘でした。

 こういう医師としての活動を許容してくれる慶応病院は,やはり,いい病院だ,と自画自賛さえしていた近藤医師です。それが,定年退職と同時に,後輩医師たちの突然の君子豹変であり,裏切られてしまった,ということです。なぜ,このようなことが起きるのか,近藤医師は上記の著書の「文庫版のためのあとがき」のなかで,ごく簡単に手際よく説明しています。それを読みますと,われわれ患者の側からは想像もつかない空恐ろしい「力」が医療の現場を支配している,ということがわかります。医師たちは,その「力」に押しつぶされてしまっているにすぎない,と近藤医師はむしろ弁護しているほどです。

 ぜひ,書店で,この「あとがき」だけでもいいですからご覧になってみてください。そうすれば,このような異常事態が,慶応病院だけの問題ではない,ということも明らかになってきます。しかも,これは世界的な異常事態なのだ,ということもわかってきます。むしろ,現代という時代が,いかにして,どのような「病んだ」社会を生みだしているのか,ということを浮き彫りにさえしてくれます。空恐ろしい時代をわたしたちはいま生きているのです。いや,生かされているのです。その軛から離脱し,移動することが喫緊の課題であることは,もはや,論を待ちません。

 その軛とは,経済原則に絡め捕られてしまった医療システム,ということです。つまり,医療が単なる金儲けの手段になってしまっている,ということです。

 近藤医師は,孤軍奮闘,その軛からの離脱をはかろうと必死で格闘している,と言っていいでしょう。立花隆さんとの対談も雑誌に掲載されて,話題になりました。持論を展開した多くの著作も高く評価され,文藝春秋賞を受賞されています。そして,最近では,少しずつではありますが,良識的ながん専門医は,近藤方式をアレンジして活用・併用するようになってきています。いまは大きな過渡期にあるのかもしれません。

 「医は仁なり」といいます。ひとりでも多くの赤ひげ先生が出現せんことを祈っています。
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