2013年2月18日月曜日

グレコローマン・スタイルって? ウムッ? 史実に反するものはやめよう。

 グレコローマン・スタイルは史実に反する,と恩師の岸野雄三先生からわたしの学生時代に教わったことがある。岸野先生の古代・中世体育史という授業だった。いまから55年前の話である。岸野先生はギリシア語・ラテン語を駆使して,原著に分け入り,とくに古代ギリシアのスポーツの研究者として異彩を放っていた。大学2年生の学生を前にして,英語・ドイツ語・フランス語・ギリシア語を多用しながらの授業は一種異様な雰囲気があった。わたしは,ただ目を丸くして,呆然としながらお話を聞いていた。ノートがとれないのである。

 そんな授業のなかで,ときおり,とてもわかりやすいお話をされた。その一つが,「レスリングのグレコローマン・スタイル」という競技は史実に反する,というものだった。そうして,ギリシア時代のレスリングの仕方について,じつに詳細に話してくださった。その根拠はこれだ,と言って示されたのが,のちに先生の手によって翻訳出版されることになるガーディナーの『古代ギリシア競技史』である。そして,古代ギリシアのレスリングも,古代ローマのレスリングも,あんな形式ではやっていない,まったくのでっち上げにすぎない,と力説された。

 わたしも先生の薫陶をつよく受けて,卒業論文では「オリンピック起源論」をテーマに選んだ。当時のドイツの雑誌「Olympisches Feuer 」(直訳すれば「オリンピックの火」,すなわち『聖火』)に連載されていたUlrich Popplovの論文(Zur Ursprung der Olympischen Spiele:オリンピック競技の起源について)を翻訳し,紹介しながら,それまでのオリンピック起源論を批判したものだった。それがきっかけとなって,研究者の道に迷い込み,こんにちに至っている。ご縁というものは不思議なものである。

 こんな個人的な経緯もあって,以前からグレコローマン・スタイルなどというレスリングの方法を,後生大事に伝承していることに大いに疑問をもっていた。このレスリングのスタイルは近代になって,クーベルタンの周辺にいた人たちが捏造したものにすぎない。それをこともあろうに,古代ギリシアのオリンピック競技会に範をとった近代オリンピック競技会で営々と引き継がれてきたのだ。しかも,テレビの解説では,かならずと言っていいほどに「古代ギリシアと古代ローマのレスリングを再現したものである」と,間違った説明までしてくれる。こうしてご丁寧に,間違いの再生産まで行われ,いまでは,これが捏造された競技種目であるという事実を知る人はほとんどいない。

 こうした,もっとも本質的な議論はかけらもみられないまま,グレコローマン・スタイルという競技を面白くみせるためのルール改正に血道をあげている。ならば,男女比のアンバランスはどうするのか。女子にもグレコローマン・スタイルを加えるとでもいうのだろうか。それは無理だろう。かと言って,男子にだけグレコローマン・スタイルを残すというのもスジがとおらない。

 ここはいっそのこと,歴史上,存在したことのない、近代の捏造品であるグレコローマン・スタイルを廃止すべきだろう。そし,古代ギリシアで行われていたレスリングはこういうものではなかった,ということを国際レスリング連盟の名のもとで認めるべきだろう。その上で,世界的に広く伝承されてきた,さまざまな形式のレスリングの基本は,いま行われている「フリー・スタイル」なのだ,ということを宣言してほしい。

 そうした手続を経た上で,レスリングは男女とも4種目,と定めたらいかがか。

 スポーツ史家を名乗るわたしとしては,ぜひ,このような改正をしていただきたい。そして,レスリングを中核競技からはずすなどという愚挙には走らないでほしい。レスリングは,走・跳・投とならぶ人類の誕生以来からつづくもっとも古い競技の一つなのだから。

 オリンピックの中核競技については,この際,徹底的にその存続理由をチェックすること,このことを再度,提案しておきたい。

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