2013年10月7日月曜日

白井健三選手(17歳)の床運動「伸身後方宙返り4回ひねり」(シライ)は異次元の世界。感動。

 このところ忙しくしていて,新聞もテレビもほとんどみないで過ごしていたら,世の中,すごいことが起きていました。今日はほっと一息入れています。たまっていた新聞をまずは読みとばしています。テレビのニュースでは,白井健三選手(17歳)の快挙が大きくとりあげられていて,すごい選手がでてきたものだ,と感心していました。

 が,昨夜,ある番組で白井健三選手と内村航平選手の床運動を,繰り返し,映像で確認することができました。これをみて,びっくり仰天してしまいました。これは,もはや,人間業(技)ではない,と。まさに異次元世界のできごとだ,と。神業にも等しい,と。

 かつて,ツカハラと命名された「月面宙返り」が登場したときにも,同じような驚きがありましたが,それとはまた異質のなにかを感じます。体操競技が技の正確さや美しさや力強さを磨き上げて,その完成度を競う競技から,ひたすら「驚異性」を追求する競技へと偏向していくにしたがって,体操競技そのもののあり方が大きく変化することになりました。いわゆる「サーカス芸」がもてはやされるようになった,ということです。

 月面宙返りなどはその先駆けだったと言っていいでしょう。素人の目には,なにをやっているのか,わけのわからない技です。それもそのはずで,逆手車輪を回っていて,手が滑って落ちていく途中で,からだをひねって身の安全を確保しようとしたら,偶然にも足で立っていた,という車輪の失敗から生まれた技でした。その車輪の失敗を逆手にとって,新しい技に仕立て上げただけの話です。つまり,偶然から生まれたものであって,これまでの技の可能性をさらにレベル・アップするという積極的な発想はそこには認められません。

 その点,シライ(伸身後方宙返り4回ひねり)という新技は,すでに完成されていた「3回ひねり」を「4回ひねり」へと「1回」多くひねるという,だれにもわかりやすい技の可能性を追求するものでした。ですから,初めてみる人にとっても,3回が4回になった,ということは一目瞭然でした。ですから,大観衆がまったく新しい技をみた瞬間に大感動したわけです。そして,シライという新技が一気に注目の的となってしまいました。

 しかし,このシライという新技を,なんの予備知識もなしに,単独で目の前で見せられたとしたら,たぶん,ほとんどの人がなにが起きたのか見届けることはできないでしょう。4回ひねっている,その「4回」は,とても数えられないでしょう。しかし,競技会で,「3回ひねり」をみたあとなら,だれの目にすぐにわかります。多くの選手が「3回ひねり」を演技に取り入れていますので,それを見慣れた観衆の目は,「4回ひねり」の違いは一目瞭然であったはずです。

 それを,わたしはテレビで見せつけられました。
 床運動で銅メダルをとった内村選手は,「3回転」「2回転」と連続して,この「ひねり技」を演技構成に取り入れています。この技が,これまでの床運動の「ひねり技」の最高難度でした。そして,内村選手のこのフィニッシュ技がテレビで流れました。ほぼ,完璧というできばえでした。連続して3回,2回とひねるには,最初の「3回転」が完璧にまわり,しかも,ゆとりをもって着地に入り,その着地の反動を利用してつぎの2回転へとつなげていきます。ですから,「3回転ひねり」の完成度の高い選手でないと演技構成に組み込むことは不可能です。しかも,フィニッシュの,疲労困憊した身体でそれを実施するには,相当のブラッシュ・アップをしておかないとできません。その点,内村選手はみごとにそれを制御し,最後の着地もピタリと止めました。観客はもちろん大歓声です。

 しかし,決勝では最後の演技順であった白井選手が「4回ひねり」を「ゆとり」すら感じさせるみごとな演技で成功させました。このとき,みていた人たちはことばには表現のしようのない感動を味わったことと思います。わたしは,テレビをとおして見ただけで,唖然としてしまいました。なぜなら,予選のときの「4回ひねり」は着地がいっぱいいっぱいでした。片足が半歩,前に残っていました。しかし,決勝では,さらにシライの演技が大きくなり,着地は「ゆとり」さえ感じられました。ほとんど「伸身」のままのみごとなまでの着地でした。

 この演技をみてしまいますと,それまでの最高レベルであった「3回・2回」連続ひねりが,色あせてみえてきます。テレビはご丁寧にも,何回も何回も,内村選手の連続ひねりと白井選手の「4回ひねり」をリピートして見せてくれます。ますます,白井選手の決勝でみせた新技「シライ」が光り輝いてみえてきました。その滞空時間の長さといい,4回転の切れ味といい,やはり,わたしは異次元の演技だと思いました。そして,あれは,まぎれもなく「神業」に違いない,と。

 人間の世界の壁を突き破っていく選手は,まぎれもなく「神の子」そのものです。この天才少年を育て,指導した父親ですら,「あの子は大きな大会になればなるほど力を発揮する」といい「神の子としかいいようがありません」とまで言わしめているのですから。

 わたしたちは,いま,「神の子」と出会ってしまったのです。もちろん,個人総合優勝を果たし,平行棒でも金メダルを獲得した内村航平選手も異次元世界を生きる「神の子」です。それにつづく若手の選手たちが陸続と育っています。その意味では,かつての体操日本の再来を大いに期待したいと思っています。

 しかし,体操競技が,ますます「サーカス芸」に走っていくことには一定の歯止めが必要だとわたしは考えています。少なくとも,みている人になにをやっているのかわからないような驚異性の探求は,わたしには邪道にみえます。むしろ,単純明快で,わかりやすい驚異性の探求に励んでもらいたいものだと思います。その典型が「シライ」という新技です。その意味で,白井選手のはたした功績は歴史的な偉業だとわたしは評価し,絶賛したいと思います。

 できることなら,体操競技のこれまでの流れを変える根源的な偉業である,というような評価を,とりわけメディアにお願いしたいところです。このことは,スポーツの本質にかかわる,きわめて重要なことなのですから。
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