2013年10月21日月曜日

NHKスペシャル「シリーズ・病の起源 うつ病の秘密に迫る」をみて,考える。

 「戦争に囲まれてしまった現在の私たちは,芸術や映画や写真などを見ながら,言語化し,考えることがなにより大切なのです」と多木浩二さんは語ります(多木浩二『映像の歴史哲学』,今福龍太編,みすず書房,2013年,P.184)。

 ここで多木さんが言っている「戦争」は,「世界の戦争化・戦争の世界化」という多木さん固有の概念であることを念頭においておくことが必要です。それを平たくかみ砕いておけば,日常生活の「戦争」から,世界「戦争」にいたるまでの,人間の生死をめぐるあらゆる「闘い」というように考えてみるとわかりやすいかも知れません。そういう「戦争」に囲まれてしまった時代を生きる私たちは,映像を見ながら,言語化し,考えることが大切だ,と多木さんは力説しています。

 で,早速,日曜日のNHKスペシャル「シリーズ・病の起源 うつ病の秘密に迫る」を,特別の関心をもってじっくりと(ノートをとりながら)見ましたので,こんどは言語化しながら,可能なかぎり思考を深めてみたいと思います。

 NHKのこのシリーズは,教えられることがとても多いのでいつも楽しみにしているのですが,その一方では,映像の構成の仕方といいますか,映像のもつメッセージ性については,どこか不満というか,違和感を禁じえません。もっとはっきり言ってしまえば,番組制作に携わる人たちの思想・哲学があいまいであること,だから,最先端の科学的な研究成果に依存しすぎてしまい,新たな「科学神話」を生みだすことに貢献してしまっているのではないか,という不満です。

 もちろん,ご覧になった方も多いと思いますが,まずは,わたしがこの映像とどのように向き合い,そこから教えられたことの要点を整理しておきましょう。

 現代病とも呼ばれ,近年,激増している「うつ病」のからくり(メカニズム)を,こんなに単純化して,映像にしてしまっていいのだろうか,という根源的な疑問はひとまずおくとして,わたしも負けないくらい単純化して要点をまとめてみたいと思います。

 うつ病を発症するセンターは脳のなかの扁桃体にあり,そこにストレスがかかるとストレスホルモンを大量に生みだし,脳の神経細胞にダメージを与える,これがうつ病の原因だというのです。それを実験で実証してみせてくれます。なるほど,と納得。問題はここからです。

 この扁桃体のはたらきは,もともとは天敵から身を守ることにあるといいます。つまり,生物の生存競争を生き抜くためのもっとも大事な仕組みだというわけです。ですが,天敵につねに脅かされるような環境に身をおくと,恐怖のあまりストレスホルモンが大量に産出され,神経細胞にダメージを与え,うつ病になる,というのです。ですから,そういう「環境」に身をさらすことを回避する智恵が必要になってきます。これが教えられたことの一つ。

 つぎに教えられたことは,チンパンジーの実験です。感染症にかかったチンパンジーを治療するために一年半ほど群れから隔離してしまったために「孤独」に陥ってしまった,それが原因でストレスが溜まり,うつ病を発症した,という事例です。人間もまた「孤独」に陥るとストレスが溜まりうつ病になる確率が高くなるというのです。

 三つ目は,370万年前にアフリカのサバンナで二足歩行による生活をはじめた類人猿は脳を発達させて「記憶」をわがものとした,これがうつ病発症の大きな原因の一つだ,というのです。つまり,身の危険を「記憶」するようになり,その恐怖の「記憶」が大量に蓄積されることによってストレスが溜まり,うつ病が発症する確率が高くなった,というのです。

 四つ目は,190万年前に人類は「言葉」を獲得したと考えられていて,その痕跡が頭蓋骨のブローカ野(や)で確認できる,というのです。言葉を獲得した人類は,恐怖の体験や記憶を言葉によって語り伝えることが可能となります。すると,そのような恐怖体験を聞くことによってストレスが溜まり,うつ病が発症するようになる,というのです。

 ということは,人類は進化とともにストレスを大量にため込むようになり,うつ病の発症率が高まってきた,ということになります。

 その大きな転機となったのはメソポタミア文明であった,といいます。それは,農耕をはじめたことによって,食料の保存が可能となり,貧富の差が生まれ,階級社会が登場したからだ,というわけです。それに引き換え,いまもなお集団で狩猟採集生活をしているアフリカのハッザ族にはうつ病は皆無だといいます。なぜなら,完全なる平等社会がいまも保持されているからだ,と。つまり,みんなで共同で狩りを行い,とれた獲物はみんな平等に分け合い,そこには貧富の差はまったくないからだ,といいます。

 そして,最後に,現代医学は急速に進展していて,うつ病も治すことが可能になってきた,という事例をいくつか紹介しています。つまり,医科学の未来がわれわれ人類を救済してくれる,という次第です。しかし,治療法が確立すればそれでいいのか,というとそれは違うのではないか,というのがわたしの考えです。むしろ,重要なことはストレスを生みだす原因を除去することの方にあるのは,だれの眼にも明らかです。なのに,話をそちらにはもって行こうとはしません。まったく触れようともしませんでした。なぜ,そういうことになるのか,あえてことばにしなくてもすでにお分かりのことと思います。

 うつ病を発症する原因は,人類の進化の順に合わせて,天敵(生存競争),孤独,記憶,言葉,という四つのキー・ワードで整理されていましたが,そこまで言えるのであれば,それらの原因を除去する方法も,いとも簡単にまとめられるのに・・・・というのがわたしの不満です。

 貧富の差を少なくし,可能なかぎり平等な社会を目指すこと,そういうコンセプトを日常生活の隅々にまで行き渡らせること,こんな単純なことを,なぜ,NHKは言えないのか。ちょっと奇怪しい。それを無視して,最後にとってつけたような結論を出していました。これにはいささかあきれ返ってしまいました。

 それは,TLC(生活改善法)を導入すればうつ病を克服することができる,と。つまり,定期的な運動をしなさい,規則正しい生活をしなさい,といった当たり前のことの列挙です。もう,繰り返すまでもありませんが,問題は,そんなところにはありません。そういうTLCが提唱するような健康的な日常生活が送れなくなってしまっているからこそ「うつ病」が激増しているのですから。まともな日常生活をとりもどすこと,それを不可能にしている原因を除去すること。少なくとも,そちらに舵を切ること。

 いろいろと教えてもらうことも多いのに,せっかくの番組の作り方があまりにも杜撰で,雑である,というのが今回の強い印象でした。そこには,確たる思想・哲学がほとんど見られません。多木さんに言わせれば,日常生活を実り豊かなものにする「クンスト」(Kunst カントの言う意味で)が足りない,ということになるでしょうか。
 

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