2014年12月24日水曜日

兵庫県たつの市の野見宿禰神社,菅原神社,そうめん神社(大神神社),斑鳩寺,などをフィールド・ワーク。

 今日(23日)は休日のため,集中講義はお休み。この休日を利用して,かねてからのお目当てである兵庫県たつの市の神社のフィールド・ワークにでかけました。ターゲットは,野見宿禰神社,南山天満神社(菅原神社),そうめん神社(大神神社),斑鳩寺,など。

 たつの市はグーグルの地図でリサーチしてみますと,不思議な地名があちこちに散在しています。同時に,神社もおやっ?と思われる神社がたくさん存在しています。これらは以前から気になっていたところです。

 地名でいいますと,太子町,斑鳩,富永,土師,などです。いまはわたしの記憶だけで書いていますので,思い出せるのはこの程度ですが,地図で精確にチェックしていきますと,もっともっとあります。

 まずは,太子町という町名。しかも,その中心部に斑鳩寺が存在すること。どう考えてみても聖徳太子との関連を考えずにはいられません。これはたつの市の市史などの文献にあたって,詳しく調べてみたいと思っています。斑鳩寺は広大な敷地をもち,古い本堂や三重塔などが点在しています。空間がたっぷりありますので,近所の子どもたちが野球をやったり,お堂の回廊などを駆け回ったりして遊んでいました。だれでも出入り自由な,公共のスペースとなっていました。奈良などにある古い寺社の管理され,観光化され,有料化されたイメージとはほど遠い,古い伽藍だけがただ建っているという印象でした。

 富永という地名は,わたしの頭のなかではトミノナガスネヒコ(神武天皇と最後まで戦った武将)を連想させます。全国に富永姓は広く分布していることはよく知られているとおりですが,地名として残っているのはあまり例がないのではないか,とこれまたわたしの推測です。

 土師(haze)という地名。この地名は間違いなく土師氏の一族が多く住んでいたことの名残であるということはよく知られているとおりです。土師氏といえば,野見宿禰に垂仁天皇が下賜された名前。この地名のある地域の山側に土師神社があって,そこの由来書には土師一族がここで多くの土器を焼いていたことが記されていました。

 フィールド・ワークをしたコースは順に,土師神社⇨南山天満宮(菅原神社)⇨野見宿禰神社⇨そうめん神社(大神神社)⇨たつの市歴史文化博物館⇨斑鳩寺。

 それぞれの神社から,想像をはるかに超えるインパクトのある印象をうけました。詳しいことは,また,追々このブログに書いてみたいと思っています。ここでは,ごく簡単に印象だけを書いておくことにします。

 南山天満神社(菅原神社)では,正月の準備をするために当番の人たちが集まって仕事をしていました。ですので,そこではいろいろの人とお話をすることができました。自治会長さんも声をかけてくださり,「南山天満神社」というA4で20ページにわたる資料をくださいました。ありがたいことです。詳しくはのちほど。

 野見宿禰神社は,これまた想像をはるかに超える,驚くべきロケーション,その規模の雄大さ,圧倒されるほどの迫力,長い参道,歴代横綱たちの寄進した玉垣の多さ,千家の家紋つきの門扉,塚(墓)を支えている大きな玉石の数,などなど,びっくり仰天でした。写真も多く撮ってきていますので,それらと併せてのちほど紹介したいと思います。

 摩訶不思議な思いをしたのが,そうめん神社(大神神社)です。この地に大神神社が存在することの不思議。そして,この神社名を覆い被せるようにして「そうめん神社」という名称が全面にでていて,新しい鳥居の扁額も「そうめん神社」となっています。大神神社といえば,奈良の中心を占める重要な神社。祭神はオオクニヌシ。そして,三輪そうめん。いろいろのことを連想をさせてくれる不思議な神社でした。ここは相当に調べないとその実態を明らかにすることは困難でしょう。しかし,真新しい社殿や鳥居をみると,いま,とても勢いのある神社だということは間違いなく伝わってきます。揖保そうめんの威力というべきでしょうか。

 以上,取り急ぎ,今日(23日)のフィールド・ワークの概略まで。
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