2010年8月7日土曜日

「ウツとウツツ」の理論(松岡正剛)

 毒を食らわば皿まで,という俚諺がある。セイゴオさんの本の『方法日本・Ⅰ』(毒)が終わったら,そのまま『方法日本・Ⅱ』(皿)に突入するしかない。
 皿の方のP.176に,「ウツとウツツ」の理論という見出しの一節がある。もちろん,ここまでくる前にいくつものカウンター・ブローをくらっているのだが,ここにきて完全なストレート・パンチをくらってしまった。で,今日はここまでで,この本を読むことをやめにして,このブログを書くことにした。もう,書かないではいられない。
 ウツには「空」とか「虚」という漢字をあてる。漢字からわかるように,なにもない,という意味。ウツロやウツホということばもウツと同じ仲間のことば。で,ウツは,なにもない,という意味だけかというとそうではない,とセイゴオさん。そこからなにかがでてくる。なにかが育まれている。そういうところがウツロであり,ウツホである,と。
 そのわかりやすい例として『竹取物語』をとりあげる。竹の中はウツロ。そこにかぐや姫が育まれている。桃太郎も同じ。ウツロな桃の中から誕生する。
 このウツから,さらに,ウツシやウツリということばが生まれる。漢字をあてるとよくわかる。「移る」「映る」「写る」。つまり,移動や射影,反映である。ここからウツロヒ(ウツロイ)の意味が忽然と浮かび上がってくる,という次第。ウツはなにかのウツロイをおこす母体だったのだ,と。つまり,ウツはなにもないナッシングではなくて,ウツにひそんでいるなにかが「移り」「写って」「映され」ていく。こういう関係がある,と。
 これだけではない。さらに,「ウツ⇒ウツロイ」はさまざまに変転しながら,ついには「ウツツ」に到達する,というのである。ウツツとは漢字にあてれば「現」。つまり,「現実」そのもの。これはなにを意味しているのかというと,「ウツ⇦⇨ウツツ」は双方向だったということ。
 ウツがウツロイをへてウツツになっていく。「無」がいつのまにか「有」になっている。「ウツツには必ずウツロイが動向していて,その奥にウツがある。そういう相互関係です。そういうデュアルで,ミューチュアルな関係なんです」とセイゴオさんは説く。
 「これは,たいへん驚くべきことです。『何もなさそうなもの』から,ウツロイがおこって『何でもありそうなもの』になっていくんですからね。
 これをたとえば,『空虚から現実が生まれる』というふうに欧米的ロジックで言いあらわすのは,とうてい不可能です。ここにはそういうロジックでは説明できないものがある。しかし,だからといって,これを東洋的抽象性とか日本的抽象性というものではありません。けっこう具体的なんです。見える場合もあるんです。二,三,例を出します。」
 といって,神社には「何もない」,ヒルコとエビスの負と正の関係,流れて現れる神々,余白の美意識,などなどの例をあげ,説得力のある論理で説明をしていく。これらの話はぜひテクストで確認してみてください。
 こういうセイゴオさんの話を聞きながら,わたしは勝手に,『十牛図』の話や西田幾多郎の『善の研究』の話を思い浮かべていた。『十牛図』でいえば,「真の自己」をもとめて「絶対無」に到達し,そこを通過することによって,もう一つ違う次元の「現実」と真正面から向き合うことができるようになる,というあたりの話である。「忘牛存人」から,さらに「忘牛忘人」をへて,ついに「絶対無」に到達する。そこで終わりかというとそうではなくて,この「絶対無」を通過すること(大死を通過すること)によって,はじめて「真の自己」になりきることができる,という禅的世界の話である。
 しかし,セイゴオさんの話を聞いていると,むしろ,日本的な本来のものの見方・考え方,感じ方,日常の行動の仕方として,「ウツ⇦⇨ウツツ」という双方向性があったのだ,という。だとすれば,禅的な「無」や「空」の考え方も,いともすんなりと日本人のこころのなかに落ちていったんだなぁ,ということが理解できる。これが日本人の「本来」の姿であるとするなら,ここをしっかりと確認した上で,日本人の「将来」を考えるべきだ,というのがセイゴオさんの主張である。この日本人の「本来」の姿を探り出すいとなみがセイゴオさんのいう「方法日本」の具体的な内容なのだ。
 来年の「国際セミナー」に向けて,また一つ,論陣を張るための有力な根拠がみえてきた。ありがたいことである。グローバリゼーションの問題を考えるということは,こういう日本の「本来」を考えることでもあるのだから。これは,そのまま「スポーツ文化論」としても展開できる。ただし,「ウツとウツツ」の関係を,ヨーロッパ人に説明するのは至難の技ではあるが・・・・。たとえ,わかってもらえなくとも,わかってもらえるべく努力をすることが重要だ。
 しばらくは,セイゴオさんの「方法日本」を追ってみることにしよう。

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